大阪高等裁判所 平成16年(行コ)43号 判決 2004年11月19日
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人らは,各自,春日町に対し,65万1840円及びこれに対する被控訴人A及び同Bは平成14年4月13日から,被控訴人Cは同月14日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人らのその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1・2審を通じてこれを20分し,その1を控訴人らの,その余を被控訴人らの各負担とする。
5 この判決は,第2項について,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは,連帯して,春日町に対し,90万3840円及びこれに対する被控訴人A及び同Bは平成14年4月13日から,被控訴人Cは同月14日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件は,春日町の住民である控訴人らが,同町が業者との間で締結したペットボトル収集運搬業務の委託契約のために実施した指名競争入札手続において,最低制限価格を設定する等の違法な措置を執ったことにより,適正額よりも高額な委託料額で上記委託契約を締結し,春日町に損害を与えたと主張して,地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの。以下「地自法」という。)242条の2第1項4号前段に基づき,春日町に代位して,上記契約当時,春日町長,町助役又は町収入役の地位にあった被控訴人らに対し,上記契約額と適正な委託料額との差額相当の損害の賠償を求めた事案である。
(2) 原審は,被控訴人らが最低制限価格を設定して指名競争入札手続を採ったことに違法はないとし,その他若干の手続的違法は既に治癒されているなどとして,被控訴人らに損害賠償義務はないと判断し,控訴人らの請求をすべて棄却した。
(3) そこで,これを不服とする控訴人らが控訴した。
2 前提事実(証拠を摘示した箇所を除いて,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 控訴人らは,春日町の住民である。
イ 本件当時,被控訴人Aは春日町長,同Bは春日町助役の各地位にあった者であり,いずれも予算執行,契約の締結等,財務会計行為を執行統括する権限を有し,被控訴人Cは春日町収入役の地位にあり,町長・助役の行う支出負担行為の適法性を審査する等の権限を有していた者である。
(2) 第1回入札の実施
春日町は,同町における平成13年度のペットボトル(容器包装廃棄物)収集運搬業務(以下「本件業務」ともいう。)の委託業者を選定するため,平成13年3月7日,3社を指名業者として選定し,指名競争入札を実施した(以下「第1回入札」という。)。指名業者(以下,3社をあわせて「3業者」という。)と各業者の入札価格(いずれも消費税を除いた金額。以下,特に断りのない限り同じ。)は以下のとおりである。
ア 有限会社D
年額35万6000円(月額2万9666円)
イ 株式会社E
年額71万9742円(月額5万9978円)
ウ F商店
年額96万円(月額8万円)
(3) 再入札実施の決定
第1回入札終了後,被控訴人A及び同Bは,その手続をすべて無効とし,改めて,本件業務の委託業者の選定を最低制限価格を設定する指名競争入札の方法によって実施することを決定した。
(4) 第2回入札の実施
被控訴人A及び同Bは,最低制限価格を月額10万円(年額120万円)と定め,平成13年3月14日,第1回入札と同一の3業者を指名業者として選定し,指名競争入札を実施した(以下「第2回入札」という。)。
同入札における各業者の入札価額は,次のとおりであった。
ア 有限会社D
年額121万0800円(月額10万0900円)
イ 株式会社E
年額94万8000円(月額7万9000円)
ウ F商店
年額108万円(月額9万円)
(5) 本件委託契約の締結
被控訴人A及び同Bは,第2回入札で最低制限価格を上回った唯一の業者である有限会社Dを正式に落札業者として認定し,平成13年4月2日,有限会社Dとの間で,委託料を上記落札価格の年額121万0800円(月額10万0900円)として,本件業務の委託契約を締結した(以下「本件委託契約」という。)。
(6) 監査請求
ア 控訴人らは,平成14年1月10日,春日町監査委員に対し,本件委託契約の締結に違法があるとして,地自法242条1項に基づき監査請求を行った。しかし,同監査委員は,同年3月4日付けで,本件委託契約の締結には,入札において最低制限価格を設定したこと等の違法な点が認められるが,本件委託契約の委託料は不当に高額なものではなく,春日町が損害を被ったとはいえない旨の判断をし,そのころ,その旨の監査結果通知書を控訴人らに送達した(甲2)。
イ そこで,控訴人らは,上記監査結果を不服として,平成14年4月1日,本件訴えを提起した。
3 争点
本件の争点は,本件委託契約の締結が違法か否かであるところ,その前提として,下記(1)のとおり,本件委託契約に地自法が適用されるか否かについて争いがある。そして,地自法が適用されることを前提として,控訴人らが主張する本件委託契約の違法事由は下記(2)のアないしカのとおりであり,被控訴人らはそのすべてを争っている。また,本件委託契約の締結が違法とされた場合,下記(3)のとおり,損害額が問題となる。
(1) 本件委託契約に地自法が適用されるか(争点1)
(2) 本件委託契約の締結の違法性の有無
ア 予算成立前に入札を実施したこと(争点2)
イ 随意契約によらずに契約を締結したこと(争点3)
ウ ダンピングの疑いのみを理由に第1回入札を無効としたこと(争点4)
エ 第1回入札の全体を無効としたこと(争点5)
オ 最低制限価格を設定して第2回入札を実施したこと(争点6)
カ ダンピング業者を第2回入札に参加させたこと(争点7)
(3) 春日町の損害額(争点8)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本件委託契約に地自法が適用されるか)について
〔控訴人ら〕
ア 本件委託契約は,容器包装廃棄物収集業務を民間に委託するものであって,同業務は地自法の定める市町村の随意的法定自治事務であり,それを規律する一般法が地自法である。同事務は,「公法上の義務」として執行されるものであるが,地自法の契約に関する規定は「私法上の契約」に限定されるものではない。
イ 被控訴人らは,一般廃棄物収集運搬業務の委託契約を「公法上の契約」と位置付け,「公法上の契約」においては,経済性・公平性の確保の要請よりも業務遂行の適正が重視される等として,地自法234条の適用が排除されるとするが,地自法は,「私法上の契約」のみに適用が制限されているわけではないし,経済性・公平性とともに業務遂行の適正を維持するための制度も設けられているのであって,被控訴人らの解釈は誤りである。
ウ 被控訴人らは,ペットボトル収集運搬業務に関しても,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)が一般法として適用され,同法が一般廃棄物収集運搬業務の遂行の適正を重視していることを根拠に,地自法234条の規定にかかわらず,適宜の方法で契約することが許されると主張するが,ペットボトル収集運搬業務は,容器包装に係る分別収集及び再商品化の促進等に関する法律(以下「容器包装リサイクル法」という。)の適用を受ける業務であり,同法と廃棄物処理法は,別個の法体系下にあって,特別法・一般法の関係にはないから,本件委託契約には,廃棄物処理法の規定は適用されないと解される。したがって,廃棄物処理法の規定は,本件委託契約に地自法を適用することを妨げるものではない。
〔被控訴人ら〕
ア 一般廃棄物の収集運搬業務委託契約は,本来市町村に義務付けられた公法上の義務を私人に義務付ける効果を発生させる「公法上の契約」であるから,地自法の契約に関する規定(地自法234条)はそもそも適用されないと解すべきである。
イ また,廃棄物処理法及び同法施行令は,一般廃棄物処理の収集等の業務について,その公共性にかんがみ,地自法234条とは異なり,経済性・公平性の確保等の要請よりも業務の遂行の適正を重視し,同業務の委託については,受託者の資格要件のほか,「委託料が受託業務を遂行するに足りる額であること」(廃棄物処理法施行令4条5号)を要求している。しかるところ,ペットボトル収集運搬業務もまた,一般廃棄物収集運搬業務の一環であって,廃棄物処理法及び同法施行令が適用されるのであり,地自法234条の所期する経済性・公平性の確保よりも,業務の適性な遂行が重視されてよく,そのような見地から,最低制限価格を設定して競争入札を実施することが許容されてしかるべきである。
(2) 争点2(予算成立前に入札を実施したことの違法性)について
〔控訴人ら〕
一般廃棄物処理法施行(平成13年4月1日)に伴う本件業務に関する入札が,平成13年度予算が成立する前に実施されており,会計年度独立の原則(地自法208条)に違反し,また,予算に基づかない支出負担行為である点において,地自法232条の3に違反する。
〔被控訴人ら〕
本件各入札が平成13年度予算成立前に実施された違法があることは争わない。しかしながら,4月から施行するためには,業者側の準備を考慮し,3月中に入札する必要性があったし,本件委託契約は,予算成立後の平成13年4月2日に正式に締結されたものであり,これにより,上記の違法は治癒されたというべきである。なお,これによって春日町に損害は発生していない。
(3) 争点3(随意契約によらずに契約を締結したことの違法性)について
〔控訴人ら〕
ア 普通地方公共団体が契約を締結するに際して,契約の相手方の具体的事情によって「時価に比して著しく有利な価額で契約を締結することができる見込みがあるとき」には入札によるのではなく,随意契約によることができるものと定められている(地自法施行令<以下「施行令」という。ただし平成14年改正前のもの。以下同じ>167条の2第2項5号)。そして,著しく有利な価額で契約を締結できる確実な見込みがあるときには,普通地方公共団体は,競争入札か随意契約かの選択の余地はなく,随意契約によって有利な価額で契約を締結すべき一義的な義務がある。
イ 有限会社Dは,従来から春日町及び隣接の市島町一円において随意契約によって独占的に一般廃棄物収集業務を受託しており,業務用車両及び人員を保有している。本件業務のために回収車両1台と作業員2名が必要であるとしても,同社は既に保有している車両と人員によって本件業務を実施することができ,新たに車両を購入したり,人員を確保する必要がない。しかも,同社のテリトリー内に他の業者が参入することは,作業現場におけるトラブルや価格競争の激化等の問題が生じる可能性が高く,同社としては,これを阻止することに相当な経済的合理性を有していたのである。このような事情からすれば,本件委託契約において,有限会社Dの優位性は明白であり,入札に付してみても,有効な競争が成り立たないことは明らかである。
〔被控訴人ら〕
ア 有限会社Dについて,随意契約締結の適格性があることは認める。
イ しかし,春日町においては,他業者から本件業務に参入することに強い希望ないし要請があったため,公正性を考慮して随意契約によらず,競争入札の方法によったものである。
ウ 有限会社Dのように競争力の強い業者がいる場合にも,最低制限価格を設定した競争入札を実施すれば,必ずしも競争力の強い業者が最低価格で入札するとは限らず,競争力の弱い業者を保護することができる。
(4) 争点4(ダンピングの疑いのみを理由に第1回入札を無効としたことの違法性)について
〔控訴人ら〕
被控訴人A及び同Bは,第1回入札において,有限会社Dの業務態勢からして入札価格が適正なものであり,ダンピングの事実などなかったにもかかわらず,ダンピングの疑いがあるとの理由のみで,同入札を無効としたものであり,違法である。
〔被控訴人ら〕
被控訴人A及び同Bは,第1回入札における3業者の入札価格がいずれも異常に低額でダンピングの疑いがあり,業務の適正な遂行が期待できないと判断したため,3業者の了承を得た上で改めて第2回入札を実施したものであり,その行為が廃棄物処理法の趣旨に適合した正当なものであることは前記のとおりである。
(5) 争点5(第1回入札の全体を無効としたことの違法性)について
〔控訴人ら〕
仮に第1回入札における有限会社Dの入札価格が不当に低額なものであったとしても,被控訴人A及び同Bは,施行令167条の10第1項に則って次順位以降の入札者を落札業者とすべきであったのに,上記規定に違反して,第1回入札の全体を無効とした。
〔被控訴人ら〕
3業者ともにダンピングの疑いがあったから第1回入札を全体として無効としたものである。
(6) 争点6(最低制限価格を設定して第2回入札を実施したことの違法性)について
〔控訴人ら〕
ア 最低制限価格を設定すること自体が許されないこと
本件委託契約は,地自法上最低制限価格を設定することが許される「工事又は製造の請負の契約」(地自法234項3項ただし書・施行令167条の10第2項,167条の13)には該当しない。
イ 本件最低制限価格が不当に高額であること
(ア) 本件業務の経費の原価を計算すると,年額36万1440円となるところ,有限会社Dの第1回入札における入札価格(年額35万6000円)は,上記原価にほぼ近い金額である。
(イ) 有限会社Dは,従来から,春日町及び同町に隣接する市島町において同種の一般廃棄物収集運搬業務を行っていた業者であり,本件業務をこれらの従前の業務と一体的に行うことにより,本件業務の人件費,回収車両費等の経費を節約することが可能な状態にあった。
また,有限会社Dは,春日町内における一般廃棄物収集運搬業務を行っていた業者として,他の業者の参入を防ぐため,原価に近い金額で入札したとしても,十分な経済的合理性がある。
(ウ) 以上によれば,有限会社Dの第1回入札における入札価格は,本件業務の委託料として十分適正な金額であったというべきであるのに対し,被控訴人A及び同Bの設定した本件最低制限価格は,上記金額の約3.4倍にも及んでおり,不当に高額である。
ウ 最低制限価格設定の必要性の欠缺
仮にペットボトル収集運搬業務にも廃棄物処理法が適用され,その業務遂行の適正のため一定額を超える価額で契約を締結する必要があるとしても,直ちに最低制限価格の設定が予定されているとはいえない。
すなわち,一般廃棄物収集等の業務は,「工事又は製造の請負」(施行令167条の10第2項)とは異なり,履行の完成後における原状回復に困難を伴うことはなく,履行された時点での十分な検査によって適正な履行を確保することが可能であるから,最低制限価格を設定してまで入札の競争性を制限する必要はない。
したがって,業務の遂行の適正の点から地自法の適用を排斥する理由はなく,業務遂行の適正のため一定額を超える価格での契約締結の必要がある場合には,施行令167条の2第1項2号に基づき,随意契約の方法によって契約を締結すべきである。
〔被控訴人ら〕
ア 最低制限価格を設定したこと自体は適法であること
一般廃棄物の収集運搬の業務委託契約が,地自法及び施行令において最低制限価格の設定が認められる場合(工事又は製造の請負)に該当しないことは争わないが,そもそも地自法が適用されないことは前記(1)で述べたとおりであり,廃棄物処理法施行令4条5号が定める「委託料が受託業務を遂行するに足りる額であること」という業務遂行の適正を重視して,被控訴人A及び同Bは,本件業務を適正に遂行するに足りる程度の委託料による契約締結を図るべく,最低制限価格を設定して第2回入札を実施したものであるから,その措置は,廃棄物処理法の趣旨に適合するものとして適法というべきである。
イ 本件最低制限価格が適正な金額であること
春日町内のペットボトル収集運搬業務は,2名の従業員によって町内約250か所を月2回に分けて収集するものであり,その業務の遂行には,2名の人件費や回収車両1台の必要経費等を要し,これに利潤等を加えた業務積算額は,最低でも月額10万円を下らない。したがって,被控訴人A及び同Bの設定した本件最低制限価格は適正な金額というべきである。
(7) 争点7(ダンピング業者を第2回入札に参加させたことの違法性)について
〔控訴人ら〕
被控訴人A及び同Bは,ダンピングをした疑いがあると判断した業者を第2回入札にも指名業者として参加させた。これは,競争入札の公正な執行を妨げた者の入札参加を制限した施行令167条の4第2項に違反する。
〔被控訴人ら〕
ダンピングと断定したものではなく,ダンピングの疑いと判断していたに過ぎないから,第2回入札に参加させたものである。
(8) 争点8(春日町の損害額)について
〔控訴人ら〕
被控訴人A及び同Bは,第1回入札における有限会社Dの適正な入札価格年額(消費税を含む。)を本件委託契約の委託料とすべきであったのに,第2回入札における落札価格年額(消費税を含む。)を委託料として本件委託契約を締結した。
よって,春日町は,被控訴人らの前記違法行為により,上記金額の差額相当の損害を被った。
〔被控訴人ら〕
争う。
仮に本件委託契約に何らかの違法があるとしても,本件業務における適正な委託料は最低でも月額10万円であり,第2回入札の結果決定された本件委託料(月額10万0900円)は上記適正委託料とほとんど変わらない以上,本件委託契約の締結によって生じた春日町の損害はない。
第3当裁判所の判断
1 事実の認定
前記前提事実及び証拠(甲2ないし4,11,乙2ないし12,16ないし21,23<各枝番を含む。>,原審証人G,文中記載の各証拠)並びに弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
(1) 春日町におけるペットボトル収集運搬業務の概要
春日町(人口1万2000人余り)が平成13年4月から実施を計画していたペットボトル収集運搬業務は,町内約250か所(平成13年4月当時)に設置された資源ごみ収集場所(ステーション)を2ブロックに分け,回収車両1台に運転手と作業員の2名が乗車して,各ブロック毎に1か月につき1回(合計2回)収集し,これを春日町クリーンセンターまで搬入することを内容とする業務であった。なお,委託期間は2年間とされていた。
(2) 入札の実施に至る経緯
春日町では,下水道の整備によるし尿処理業務の著しい減少が予測される中で,平成8年度から,その代替業務として,一般廃棄物の収集・運搬業務を,従来のし尿処理業務の受託業者であった有限会社Dに随意契約によって委託してきた。
しかし,春日町は,平成13年度からの新規事業であるペットボトル収集運搬業務の委託については,近年,町内の他の業者が一般廃棄物収集運搬業務への参入を強力に求めていたことを考慮して,指名競争入札の方法によることとした。
そこで,被控訴人A及び同Bは,第1回入札の実施に際し,3業者を指名業者として選定し,3業者に対し,本件業務の概要(前記(1))を通知するとともに,人件費,回収車両の減価償却費,回収車両の維持管理費(車検費,修理費,消耗品費等),燃料費,諸経費を明記した見積書を提出するよう通知した(乙2ないし5)。
(3) 第1回入札
有限会社Dは,春日町及び隣接する市島町から一般廃棄物処理業務の委託を独占的に受注していた業者であったことから,その営業範囲内に他業者が参入してくることになれば,同一のゴミステーションで作業員同士が衝突する恐れがあること(ステーションの清掃やゴミ等の取り残しについてのトラブル等),下水道の普及によってし尿の汲取り業務等が減少していく状況下において,会社を維持していくためには少しでも事業を拡大していく必要があること,競業者が参入すれば,価格競争となり収益性が下がる恐れがあること等の事情から,本件業務への他の業者の参入を阻止するため,平成13年度の本件業務を是が非でも落札したいとの意向を有していた。このような事情に加え,有限会社Dとしては,既に長年春日町等で一般廃棄物の収集・運搬業務を行い,必要な車両(パッカー車2台,トラック2台)を保有し,人員(運転手及び作業員9名,常傭,月給制)も確保しており,新たな設備投資や雇傭をすることなく本件業務を遂行できる態勢にあったことから,他の地域における同種契約の代金を大幅に下回る金額(年額35万6000円)の見積書を提出した。その見積内容(月額,消費税別)は次のとおりである。
人件費(4人) 月額 2万6000円
燃料費 月額 2167円
車両消耗品費 月額 1500円
また,有限会社D以外の2業者も,前記のとおり,春日町の新規事業である本件業務への参入に強い意欲を有していたことから,その入札価格はいずれも比較的低額なものであり,後に春日町が設定した最低制限価格(月額10万円,年額120万円)をいずれも下回るものであった。
(4) 低価入札への被控訴人らの対応
被控訴人A及び同Bは,3業者の入札価格が,予算計上額(264万円)や隣町の市島町における委託料(月額約20万円)に比して低額であり,かかる入札価格では業務の適正な遂行が期待できないと判断した。
そこで,被控訴人A及び同Bは,第1回入札をすべて無効として,改めて,最低制限価格を設定して指名競争入札を行うことを決定し,3業者に対し,「入札価格がいずれも低額であり,ダンピングの疑いさえある。」旨説明し,上記再入札の実施について3業者の了解を得た。
(5) 第2回入札における最低入札価格の決定
被控訴人A及び同Bは,第2回入札の実施に先立ち,本件業務の内容に照らし,1か月に2日の作業を要し,1日の作業につき2名の人員と回収車両1台を要するものとして,以下のような計算に基づき,業務遂行設計額を月額14万4600円と試算し(乙6の2),その約70%相当の金額である月額10万円を最低制限価格と定めた。
ア 人件費
特殊運転手1名 日額2万0900円 2日分 4万1800円
特殊作業員1名 日額1万6900円 2日分 3万3800円
イ 燃料費
月200km走行として,50リットル(単価83円)で4200円
ウ その他の必要経費(700万円の4トンパック車として)
償却費,車検費,重量税,保険料,修理費,消耗品費を月額合計を10万4800円と積算し,本件業務のための稼働率を30%として計算した結果,月額3万1400円と算定。
エ 諸経費
ア・イ・ウの合計額の30%として3万3400円
オ 月間経費(ア・イ・ウ・エの合計) 14万4600円(消費税別)
(6) 有限会社Dの落札
被控訴人A及び同Bは,第2回入札を実施した結果,入札価格(月額10万0900円)が最低制限価格810万円)を唯一上回った有限会社Dを落札業者と認定した。有限会社Dの見積内容(月額,消費税別)は次のとおりである。
人件費(4人分) 5万円
燃料費 2700円
車両減価償却費 2万8100円
車検費 1万3000円
修理及びオイル代 3000円
消耗品費 4100円
なお,第2回入札を実施した時点においては,春日町の平成13年度予算はいまだ成立していなかった。
(7) 本件委託契約の締結
春日町は,有限会社Dとの間で,平成13年度予算成立後の平成13年4月2日,本件委託契約を締結した。
なお,平成13年度に有限会社Dが実施した一般廃棄物収集運搬業務(従前業務)と本件業務の実績(月平均値)を比較すると下表のとおりである(使用車両は,稼働延台数であり,1日に2回収集に回った場合は2台と計上しており,比率は,従前業務と本件業務の合計に占める本件業務の割合を示す。)(乙19の3ないし5)。
収集回数
使用車両
回収量
所要時間
従前業務
20回
62台
136.09トン
1391時間22分
本件業務
2回
4台
0.68トン
110時間38分
比率
9%
6%
0.5%
7%
2 争点1(本件委託契約に地自法が適用されるか)について
(1) まず,被控訴人らは,本件委託契約が講学上の概念である「公法上の契約」に該当するから地自法の契約に関する規定の適用はないと主張するところ,本件業務は随意的法定自治事務であり,「公法上の義務」として行われるものであり,その事務の履行を民間に委託するものであるから,「公法上の契約」に分類することも可能である。しかし,「公法上の契約」と「私法上の契約」は実定法上の概念ではなく,その分類に明確な基準があるわけでもない。そして,公法上の義務に関する契約であるというだけで,私法上の契約に関する原則の適用を一般的に排斥する必然性もないのであって,個別具体的な状況の下において,その事務の履行が公共的性格を有するため,公益を保持する上で私法規定に従うのが相当でない場合には,契約の締結・履行・解除等の場面で公法的見地に基づき必要な条件を設定することによって適正に公益を保持することは許されるというべきである。したがって,普通地方公共団体が私人と対等の地位において締結する契約については,原則として地自法の契約に関する規定が適用されるというべきであり,公法・私法の区別のみによって,地自法の適用の全面的な可否を決すべきであるとする見解には賛同できない。すなわち,地自法の原則的な適用を前提としつつ,関連する各法規の趣旨・目的に照らし,部分的な適用あるいはその排除を含めて,実質的に検討する必要があるというべきである。
(2) この点につき,被控訴人らは,本件で問題となっているペットボトルの収集運搬業務は廃棄物処理法によって規律されるとの前提を採った上,地自法234条の規定は経済性・公平性の確保を主眼としているのに対し,廃棄物処理法及び殊にこれを受けた同法施行令4条5号は,廃棄物処理の外部委託基準として「委託料が受託業務を遂行するに足りる額」であることを要請し,業務の適正な遂行を目的としており,地自法と廃棄物処理法(及び同法施行令)とは趣旨・目的を異にすると主張する。
控訴人らは,ペットボトルの収集運搬委託契約は廃棄物処理法ではなく容器包装リサイクル法によって規律されるべきである旨主張するが,ひとまずこの点を措くとして,被控訴人らの主張を前提として検討するに,確かに,廃棄物処理法施行令は,上記のような外部委託基準を定めるほか,同施行令4条1号においても,受託者の資格要件として「受託者が受託業務を遂行するに足りる設備,器材,人員及び財政的基礎を有し,かつ,受託しようとする業務の実施に関し相当の経験を有する者であること」と定めており,業務の適正な遂行に重点が置かれていることが認められる。
これに対し,地自法234条は,契約締結の方法として一般競争入札を原則としており,同原則は,契約の公正さと公平さの確保とともに,経済性(できるだけ有利な条件で契約を締結すること)の要請に応えることに主眼があると考えられる。
そして,地自法自体は,委託料の面からの業務の適正な遂行を確保するために,予定価格の制限の範囲内の価格をもって申込みをした者のうち最低の価格をもって申込みをした者以外の者を契約の相手方とすることができる場合を想定し,その具体的な場合を政令にゆだねているところ(地自法234条3項),施行令167条の10は,最低の価格をもって申し込んだ者の申込価格によっては契約の内容に適合した履行がされないおそれがあると認められる場合に,その者を落札者とせず,予定価格の制限の範囲内で申込みをした他の者のうち最低価格をもって申込みをした者を落札者とすることができ,又は契約内容に適合した履行を確保するため特に必要があると認めるときは最低制限価格を設けることができるものとしているが,これらの規定はいずれも「工事又は製造の請負の契約」に限定されており,本件業務はそれに該当しない。
そうすると,地自法ないし施行令の上記規定によっては,廃棄物処理の外部委託基準とされる「委託料が受託業務を遂行するに足りる額」を競争入札によって確保することは困難であるといわざるを得ない。したがって,他に適切な手段がない場合には,その限りにおいて,施行令の規定にかかわらず,廃棄物処理法の趣旨に則り,不適切入札者の排除や最低制限価格の設定を許容すべき場合があり得るものと解するのが相当である。
しかしながら,他方,普通地方公共団体の支出の原因となる契約に関する一般競争入札においても,受託者の資格要件に関しては,「必要があるときは,一般競争入札に参加する者に必要な資格として,あらかじめ,契約の種類及び金額に応じ,工事,製造又は販売等の実績,従業員の数,資本の額その他の経営の規模及び状況を要件とする資格を定めることができる。」(施行令167条の5第1項)と規定し,指名競争入札の方法によることも可能である(同条の12第1項)ことから,この面においては,廃棄物処理法施行令の上記規定(受託者の資格要件)は,地自法ないし施行令の規定をより具体化したものにすぎないと解するのが相当である。
この他,地自法及び施行令は,契約の履行の確保のための諸制度を置き(地自法234条の2),契約締結能力に定型的に疑いのある者を入札手続から排除し(同法施行令167条の4),入札保証金を定める(同法施行令167条の7)など,契約の経済性・公平性を主眼としつつも,契約に係る業務の適正な遂行を実現すべく諸般の規定を置いているのであって,趣旨・目的において廃棄物処理法と択一的な関係にあるものとは考え難い。むしろ,契約の相手方選定における公平性の実現という一方の要請と,契約に係る業務の適正な遂行という他方の要請との調和的な実現こそ地自法の所期するところというべきである。
したがって,廃棄物処理業務を適正に行うために,委託料が業務遂行に足らない額であってはならないことは,廃棄物処理法施行令4条5号の求めるところであるから,その趣旨に則って地自法ないし施行法の規定の適用が修正されることはあっても,同規定をもって,本件委託契約を含むペットボトルの収集運搬委託契約に対する地自法234条及びその関連規定の適用を全面的に排除する根拠にはならないというべきである。
3 争点3(随意契約によらずに契約を締結したことの違法性)について
(1) 地自法の契約に関する規定(234条)は,契約締結の方法として一般競争入札を原則としているが,これは,普通地方公共団体の行う契約事務の執行が,公正さをもって第一義とし,機会均等の理念に最も適合し(公平性),かつ,経済性(できるだけ有利な条件で契約を締結すること)の要請を充たす上で合理的な制度と考えられるからである。そして,地自法は,政令で定める場合に限り,例外的に指名競争入札,随意契約又はせり売りの方法による契約の締結を許容するものとしている。これを受けて,施行令は,一定の場合には随意契約によることができるものとしているが,その一場合として,「時価に比して著しく有利な価格で契約を締結することができる見込があるとき」と定めている(施行令167条の2第1項5号)。
(2) これを本件についてみるに,前記1(2)(3)で認定したとおり,春日町においては,従前から一般廃棄物の収集・運搬業務を随意契約で有限会社Dに委託してきており,同社は,地区内の250箇所に及ぶゴミステーションの位置を掌握し,住民が同ステーションに出す一般廃棄物を1か月に20回(ただし,収集曜日が5回ある月は増加する場合がある。)出動して分別収集をしてきた実績があり,それに必要な車両を保有し,人員についても運転手及び作業員9名を常傭(月給制)で確保していたものであり,しかも,下水道の普及によってし尿汲取り等の作業が減少する中で,人員的にもゆとりがある状況であった。
このような状況において,同一のステーションに出されたペットボトルを月2回回収するだけの本件業務を受託しても,車両を使っていなかった日に回収に回ることができ,新たな車両購入やそのための人員を雇傭する必要性はなく,ほとんど初期費用を掛けることなく本件業務を遂行することが可能であった。
したがって,春日町としては,これらの状況を的確に把握していれば,有限会社Dには新規参入業者が太刀打ち出来ない有利な状況があり(指名業者として本件入札に参加した株式会社Eの代表者も,到底競争にならないと思い,半ば諦めて入札した旨陳述している。甲11),したがって,時価に比べて著しく有利な価格で契約を締結することが十分に見込める状況にあったことは明らかである。
以上の事実からすれば,有限会社Dが,随意契約を締結する適格性を有していたことは明らかであり,被控訴人らもこれを自認するところである。
(3) ところで,地自法234条2項は,政令で定める場合には随意契約を締結することができるものとしているだけであり,随意契約を義務付けているわけではない。
しかし,地方財政法4条1項は,「地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて,これを支出してはならない。」と定めており,より支出を抑えることができる蓋然性の高い契約締結方法(随意契約)がある場合に,それによることなく,正当な競争を前提とする限り,随意契約による場合よりも不利な契約となる蓋然性が極めて高い競争入札を選択することは,地方財政の健全性を損なうこととなるのであって,上記選択に関する裁量権を逸脱し,違法というべきである(なお,本件においては,第1回入札における有限会社Dの入札額は,後に検討する随意契約による適正価格より低額であるが,これは,長らく随意契約によって一般廃棄物の収集・運搬業務を行ってきたのに,その一環ともいうべき本件業務についてのみ競争入札とされたため,他業者の参入によるトラブルを避けるためにやむなく採算を度外視した価格での入札を余儀なくされた結果であり<原審証人G>,正当な競争によって形成された価格とは到底言い難いのであって,このような異常な状態における価格と随意契約による価格を比較することは相当ではない。)。
4 争点8(春日町の損害額)について
そこで,春日町と有限会社Dが随意契約を締結する場合の適正価格について検討するが,有限会社Dには,従来からの一般廃棄物収集のテリトリーを守らなければならない状況があったのであり,そのような状況を利用すれば,人件費や車両にかかる経費等も考慮しないような不当な価格での契約を締結することも不可能ではないであろうが,そのような価格設定は,適正な業務を阻害するおそれがあり,廃棄物処理法施行令4条5号にいう「委託料が受託業務を遂行するに足りる額」から著しくかけ離れるおそれがあるから妥当ではない。
現実に,人的物的設備が整っていることを前提としつつも,必要な経費や利潤も適正に評価するべきである。以下,そのような観点で適切な価格について検討する。
(1) 人件費について
前記1(5)の認定事実によれば,春日町が算定した人件費は,特殊運転手と特殊作業員各1名が2日稼働したするとして7万5600円と積算しているが,有限会社Dは,新たな雇用をする必要はなく,かつ,本件業務を引き受けた後,従前から雇用していた人員でその業務を遂行できており,格別手当等を支出してもいないことが認められる(原審証人G)。しかし,それは社内事情によるものであって,本件業務に人員が必要である以上,全く負担しないとすることは相当でなく,諸般の事情を考慮し,上記金額の半額の3万7800円をもって相当とする(有限会社Dの第1回入札の人件費の約1.5倍に相当する。)。
(2) 燃料費
有限会社Dの第2回入札金額の2700円をもって相当と認める。
(3) その他必要経費
本件業務に使用する車両に関する経費であるが,有限会社Dは,本件業務に既に保有していたロングボディの2トントラックの使用を考えていたものであり(原審証人G),その購入価格は,取得税や重量税を加えても350万円程度のものであり(甲7),その耐用年数は5年である(甲8)。これを前提に諸経費を算定する。
(ア) 車両の償却費
春日町の算定方式に従って算定すると月額で5万2500円となる。
3,500,000×0.9÷5÷12=52,500
(イ) 車検費・重量税・保険料・修理費・消耗品費
的確な認定資料はないが,車両価格が春日町の算定の半額であるから,上記経費(乙6の2によれば3万9200円となる。)についても半額の限度で認定すると月額1万9600円となる。
(ウ) そして,本件業務による車両の使用頻度は,前記1(7)の認定によれば6%であるから,その他の必要経費の月額は4326円となる。
(4) 諸経費
現場管理費等の特別の経費を要することを認めるに足りる証拠はないから,利潤のみを考慮するものとし,上記(1)ないし(3)の直接経費4万4826円の約10%に相当する4500円をもって相当と認める。
(5) 随意契約額
以上によれば,月間経費は4万9326円となり,年額にすると59万1912円となり,端数を切り捨てた59万円をもって適正な随意契約額と判定する。これに消費税を加算すると61万9500円となる(なお,原審証人Gも年額60万円程度が利益のほとんどないぎりぎりの線であると証言している。)。
(6) なお,他の市町村におけるペットボトル収集運搬業務の委託料についてみると,証拠(乙13,原審証人G)及び弁論の全趣旨によれば,人口及び収集場所数において春日町(人口1万2000人余り)と同規模ないしこれを下回る市町村においても,民間業者に対する1か月当たりの委託料が月額10万円を超える例が少なくないことが認められる。特に,春日町に隣接する市島町(人口約1万人,収集場所数170か所)では,人口及び収集場所数において春日町をやや下回る規模であるにもかかわらず,有限会社Dが随意契約によって受注したペットボトル収集運搬業務の委託料は,本件最低制限価格の2倍以上の月額20万5800円となっている。そうすると,春日町におけるペットボトル収集運搬委託契約の代金月額の最低限を10万円と査定したこと自体は,ひとまず合理的なもののように見える。
しかしながら,上記のような他市町村における契約内容が,前記認定のような有限会社Dの具体的状況とどのような類似性があるのか,随意契約で締結されたとしてその合理性がいかにして担保されているのかも明らかではなく,適切に比較検討できる証拠はないから,他市町村における契約内容をもってしても前記認定を覆すに足りるものとは言い難い。
また,春日町の行った最低制限価格の算定は,有限会社Dの具体的状況を何ら考慮したものではなく,車両価格を700万円とし,稼働率を実際の5倍の30%,諸経費率を30%とするなど実態に合わないものであって,合理性を有するものではない。
(7) 以上によれば,被控訴人らは,年61万9500円(消費税込み)で有限会社Dとペットボトル収集運搬委託に係る随意契約を締結すべきところ,これをせず,代金年127万1340円(消費税込み)で本件委託契約を締結したものであるから,少なくとも,その差額分である65万1840円につき,春日町に損害を与えたこととなり,被控訴人らはこれにつき連帯して賠償すべき責任を負うというべきである。
5 結論
以上によれば,控訴人らの請求は,被控訴人ら各自に対し65万1840円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被控訴人A及び同Bにつき平成14年4月13日,被控訴人Cにつき同月14日であることは記録上明らかである。)から各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり(数額の重なり合う範囲内で連帯責任),その余の請求は理由がない。
よって,これと結論を一部異にする原判決を上記の趣旨に変更することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 高山浩平 裁判官 大島雅弘)