大阪高等裁判所 平成16年(行コ)49号 判決 2005年4月27日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは,大阪府に対し,連帯して51億4012万8000円及びこれに対する平成11年7月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
次のとおり原判決を補正し,当審における補充的主張を付加するほかは,原判決事実及び理由欄の「第
2 事案の概要」(ただし,原審被告aに関する部分を除く。なお,「被告a」とある部分は「a」と読み替えるものとする。)のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の補正
(1) 原判決4頁8行目の「甲8」の後に「,弁論の全趣旨」を加える。
(2) 同9頁9行目及び同12行目の「原告ら外33名」をいずれも「控訴人ら3名を含む住民68名」と改める。
(3) 同11頁16行目の「協会の借地権」を「協会が有する本件借地権」と改める。
(4) 同12頁9,10行目の「本件借地権価格と本件建物価格の合計額」を「本件借地権価格33億7087万9559円と本件建物価格17億6924万9000円の合計額」と改める。
(5) 同13頁12行目の「取り壊されることを前提とされていたにもかかわらず」を「取り壊されることが前提とされていたにもかかわらず」と改める。
2 当審における控訴人ら及び参加人の補充的主張
(控訴人らの主張)
(1) 本件立退補償契約締結に関して大阪府議会の議決を経ていないことについて
法96条1項8号が一定規模以上の財産の取得及び処分について議会の議決を要するものとした趣旨は,一定規模以上の多額の公金の支出が予定される財産の取得や処分について,民主的基盤をもつ議会における慎重な審理議決に委ねることにより,地方自治体における財務の適正化を図ろうとしたものである。かかる趣旨からすれば,同財産の取得及び処分について,同条項の議会の議決があったというためには,①本会議での議決であること,②議会側において,議決すべき対象が明確に意識され,それに対する賛否の意思表示を要するものであることを認識して議決がなされることが必要である。
しかし,本件立退補償契約については,定例会での本会議及び商工農林委員会において一定の審議はされていたが,被控訴人らにおいて,本来,議会の議決が必要な案件であることを「立退補償」という名のもとに隠蔽していたこともあったため,議会側において取り壊し予定の全く価値のない本件建物について,大阪府が有償で取得するということを明確に認識していたとは,到底いえない。すなわち,上記本会議及び委員会においては,立退補償についての賛同は得られたと解することはできても,本件建物の買入についての賛同が得られたということはできない。
また,法96条1項は,柱書において,「次に掲げる事件を議決しなければならない」と規定して,各号の事件を明確に定め,例外を認めていないの対し,法237条2項は,財産の管理及び処分の際の議会の議決について,一般的に定めたものであり,「法238条の4第1項の適用がある場合」や「適正な対価」という一定の要件での例外を認めており,法96条1項の議会の議決は,法237条2項の議会の議決より一層厳格な解釈が求められているのであって,安易な例外を認めることは許されない。
よって,本件立退補償契約締結に関して,法96条1項8号の議会の議決があったとはいえない。
(2) 本件立退補償契約締結の必要性について
本件立退補償契約締結当時,大阪府がα地区に産業振興施策の一環としてのホテル機能を有する施設を設置するという施策は,その施策目的自体が妥当性を失っていたから,同契約締結の必要性はない上,仮に,協会が法的整理となり,任意売却又は競売により本件借地権が第三者に譲渡され,本件借地権の協会から第三者への譲渡について旧借地法9条ノ2又は借地借家法19条の大阪府の承諾に代わる裁判所の許可がされることになったとしても,大阪府と協会との本件賃貸借契約のように使用目的が明確に規定されている契約において,賃貸人である大阪府の意向を無視して,ホテルの敷地以外の土地利用を認める条件に変更することなどおよそあり得ないから,同契約は第三者を拘束し,その裁判において,本件賃貸借契約の特殊性が考慮されず,一方的に借地条件の変更がされることはあり得ず,格別,問題は発生しない。
したがって,大阪府において,本件立退補償契約を締結して,予め本件借地権を消滅させる必要性など全くなかったというべきである。
(3) 補償金額の適否について
公共事業に伴って,借地権付き建物の存する土地につき,借地権又は土地所有権を取得する場合には,その前提として,土地収用法3条,16条に基づく厳格な手続が踏まれているが,本件立退補償契約においては,公共事業に匹敵するような必要性は認められず,土地収用法の事業認定手続があったと同視できるような状況にはなかったから,およそ「公共用地の取得に伴う損失補償」に準じるような事実関係があるとはいえない。したがって,本件借地権の消滅に伴う補償の対象を検討する場合,公共用地の取得に伴う損失補償基準に準じることはできないから,取得後に取り壊し予定の本件建物を補償の対象とすることはできない。また,買い取り後,取り壊しを予定している本件建物の解体費用相当額を補償金額から差し引いていないから,本件建物解体費用までを大阪府が負担する結果となっているが,公共用地の取得に伴う損失補償に準じる事実関係になく,むしろ協会の救済という側面が強いのであって,大阪府が建物解体費用まで負担する必要は全くなかった。さらに,将来の本件建物の購入主体がその解体費用を負担することや解体費用を圧縮することなどは,確実に行われる保証は全くなく,本件立退保証契約締結の合理性を補強する事実にはなり得ない。
本件借地権の評価に当たっては,大阪府と協会との特殊な契約関係からすれば,かかる契約関係を承継することを承諾する者が限定されることは明らかであり,市場が限定されるというべきであるから,その限定価格が求められるべきであり,正当価格を求めたことは誤りである。
また,谷澤総合鑑定所及び大和不動産作成の各鑑定書は,鑑定時において最も評価額が高くなるような手法で評価額を算出していること,その後の土地の価格下落の状況とは必ずしも一致しないこと等から,本件借地権の評価額自体もやはり高すぎるというべきである。
したがって,本件立退補償契約における補償金額が合理的なものであったということはできない。
(参加人の主張)
(1) 本件立退補償契約の締結と大阪府議会の議決について
ア 法96条1項8号は,法237条2項とともに,普通地方公共団体の長の権限に属する公有財産の取得又は処分に関して,当該普通地方公共団体の財政の健全性確保の観点から,議会の議決事項とする旨を定めたものであり,法96条1項8号の議会の議決が法237条2項の議会の議決より一層厳格な解釈が求められているとの控訴人らの主張は理由がない。
イ 本件立退補償契約については,大阪府議会平成11年2月定例会の本会議及び商工農林常任委員会において,本件立退補償契約締結の是非に関する十分な審議が行われた上で,契約締結に必要な補正予算の議決がなされているのであり,立退補償の結果として,本件建物の所有権が大阪府に移転する事実及び本件建物が解体撤去される予定であることや補償額における本件借地権価格と本件建物価格の内訳は議会において十分認識していたものである。
したがって,議会側が本件建物を大阪府が有償で取得するということを明確に認識していたとはいえないとの控訴人らの主張は理由がない。
(2) 大阪府の産業振興施策と本件立退補償契約について
ア α地区は,従来から,β及びγ商工会議所における展示,会議等を伴う催事の参加者に対し,δホテルが,宿泊,宴会,飲食等を提供するという形で,大阪府内の中小企業の振興拠点として機能してきたものであり,同地区の有する産業振興機能を維持充実させるためには,δホテルに替わる新たなホテル施設が必要であったものであり,実際にも,δホテルの閉鎖により,βの展示場の稼働率は著しく低下しており,β及び大阪商工会議所の利用者は,やむを得ず,代替として周辺の宿泊施設等の利用を余儀なくされており,βの設置者である財団法人大阪産業機構や大阪商工会議所からもホテルの早期建設の要望書が出されている(丙47,48の1,2)。
したがって,大阪府のα地区にホテル機能を有する施設を設置するという施策目的自体が妥当性を失っているとの控訴人らの主張は理由がない。
イ 本件立退補償契約締結当時,複数の業者等との間で,産業支援機能を有するホテル施設を整備することを条件とした本件土地Aの売却交渉が進んでいたため,大阪府としては,本件立退補償契約を締結し,速やかに本件借地権を消滅させて本件土地Aの返還を受け,他人の権原がないようにしておくという政策判断が必要であった。
控訴人らは,任意売却又は競売により本件借地権が第三者に譲渡され,大阪府の承諾に代わる裁判所の許可がされることになったとしても,大阪府の意向を無視した借地条件の変更がされることはあり得ないと主張するが,協会においては,本件借地権及び本件建物をできるだけ高い対価で譲渡する必要があったこと,競売に付された場合は,売却価格によって優先順位が決まり,本件建物及び本件借地権を取得した第三者が,その使用収益方法として,マンションやオフィスビルを建設するという事態も十分に想定できるのであって,大阪府の期待するようなβ等との三位一体のホテル機能を有する施設が建設される保証はない。
したがって,予め本件借地権を消滅させる必要はなかったとの控訴人らの主張は理由がない。
(3) 立退補償額の算定の合理性について
本件立退補償契約の締結は,産業振興機能の維持充実を図るという施策目的を実現するために,大阪府有地の所有権の完全な回復を図ったものであり,公共事業を実施する際の公共用地の取得の場合と何ら異なるところはない。
したがって,本件立退補償契約において,公共事業における損失補償基準に準じて,本件借地権価格及び本件建物価格を補償金額としたことには合理性があり,そのことに何ら裁量権の濫用・逸脱はない。
また,本件立退補償契約における補償金額は,専門家による適正な不動産鑑定評価をもとに,大阪府財産評価審査会の答申を受け,その答申額を踏まえた合理的な価格である。
したがって,本件立退補償契約における補償金額が合理的なものではないとの控訴人らの主張は理由がない。
第3当裁判所の判断
次のとおり,当審における控訴人ら及び参加人の補充的主張に対する判断を付加するほかは,原判決事実及び理由欄の「第3 当裁判所の判断」のとおりであるから,これを引用する。
(当審における控訴人ら及び参加人の補充的主張に対する判断)
1 本件立退補償契約締結と大阪府議会の議決について
控訴人らは,法96条1項8号の議会の議決があったというためには,①本会議での議決であること,②議会側において,議決すべき対象が明確に意識され,それに対する賛否の意思表示を要するものであることを認識して議決がなされることが必要であるところ,本件立退補償契約については,立退補償という形がとられており,議会側が本件建物を有償で取得するということを明確に認識していたとはいえず,法96条1項の議会の議決については法237条2項の議会の議決より一層厳格な解釈が求められているのであって,安易な例外を認めることは許されないことからしても,本件については,法96条1項8号の議会の議決があったとはいえないと主張する。
しかしながら,本件立退補償契約の締結に関し,大阪府議会において独立した議案が提出・議決されていないことは控訴人ら指摘のとおりであるが,法96条1項8号は,普通地方公共団体の長の権限に属する公有財産の取得又は処分に関して,当該普通地方公共団体の財政の健全性確保の観点から,議会の議決事項とする旨を定めたものであるから,独立した議案が提出・議決されない場合であっても,当該財産の取得等に係る歳出項目等が計上された予算(補正予算を含む。)の審議において,当該財産の取得等の適否につき議決すべきことが認識され,その必要性・妥当性についての審査を経て議決がなされておれば,法96条1項8号の趣旨は満たされるものと解されるところ,本件においては,前記認定のとおり(原判決事実及び理由欄の第2の1(3)イ,ウ及び第3の1(1)ケないしス参照),本件補正予算に51億4012万8000円の都心型新産業育成拠点整備関連事業費が計上され,大阪府議会平成11年2月定例会の本会議及び商工農林常任委員会における本件補正予算の審議過程において,本件立退補償契約が本件借地権の消滅を目的としたものであることや本件建物の所有権が大阪府に移転されるものであること及び本件立退補償契約における補償金額には本件建物価格に相当する補償が含まれていることは十分認識された上で,その必要性及び補償金額についての審査が行われたことが認められるから,本件については,本件補正予算についての大阪府議会の議決により,実質的に大阪府議会の判断を経ており,法96条1項8号の議会の議決を経たものということができる。
なお,控訴人らは,法96条1項8号の議会の議決については,法237条2項の議会の議決より一層厳格な解釈が求められていると主張するが,法96条1項8号と法237条2項の議会の議決について異なる解釈をする必要があるものとは解されない。
したがって,法96条1項8号の議会の議決があったとはいえないとの控訴人らの主張は採用できない。
2 本件立退補償契約締結の必要性について
控訴人らは,α地区に産業振興施策の一環としてのホテル機能を有する施設を設置するという大阪府の施策は,その施策目的自体が妥当性を失っていた上,任意売却又は競売により本件借地権が第三者に譲渡され,大阪府の承諾に代わる裁判所の許可がされることになったとしても,その裁判において,本件賃貸借契約の特殊性が考慮されず,一方的に借地条件の変更がされることはあり得ないから,本件立退補償契約を締結して,予め本件借地権を消滅させる必要性など全くなかったと主張する。
しかしながら,大阪府がα地区を都心型新産業育成拠点区域として捉え,同地区に,β及びγ商工会議所の展示,会議等を伴う催事の参加者に対し宿泊,宴会,飲食等を提供する機能を有する,新しいホテルの建設を必要としていたことは前記認定,判断のとおり(原判決事実及び理由欄の第3の1(1)エ,オ,サ,シ及び(2)参照)であるが,特に,δホテルが,その閉鎖まで,β及びγ商工会議所と三位一体の施設として機能し,大阪府の産業振興のためにそれなりの成果を上げており,同ホテルの赤字経営は本件建物が老朽化したことによるものと考えられたことに照らせば,同ホテルと同様の機能を期待できる民間経営の新しいホテルを建設することにより将来にわたって三位一体の実を上げられるようにしたいとの大阪府の整備構想には妥当性があったとみることができるから,本件立退補償契約には一定の合理性があり,必要性がなかったとはいえない。仮に,大阪府において,本件立退補償契約を締結せずに,本件土地Aをそのまま放置した場合には,大阪府と協会の特殊の関係を考慮しても,赤字経営を続けていた協会が,本件建物及び本件借地権をできるだけ高価に第三者に処分しようとする可能性を否定することはできないところ,そうなると,本件建物及び本件借地権を取得した第三者が,その効率的な使用収益を追求(たとえば,マンションやオフィスビルの建設)するような事態が生じかねず,本件借地権の第三者への譲渡について大阪府の承諾に代わる裁判所の許可がされる場合,本件賃貸借契約には,使用目的としてδホテルの敷地との条件が付されていたけれども,本件土地Aが必ずホテルの敷地として使用収益される保証はないうえ,その紛争の解決のための期間,目的の達成が遅れることが十分予想されることからすると,本件土地A上にβ及びγ商工会議所と三位一体となったホテル機能を有する施設を建設し,α地区の有する産業振興機能を維持充実させるとの大阪府の施策が実現できなくなるか,実現するとしても,その実現の時期が遅れる可能性があったことは否定できない。
したがって,大阪府としては,本件立退補償契約を締結し,速やかに本件借地権を消滅させて本件土地Aの返還を受け,本件建物を取得する必要があったものと認められるから,控訴人らの上記主張は理由がないというべきである。
3 補償金額の適否について
控訴人らは,本件立退補償契約においては,公共事業に匹敵するような必要性は認められず,土地収用法の事業認定手続があったと同視できるような状況にはなかったから,補償の対象につき,本件借地権に限るべきであって,取り壊し予定の本件建物を補償の対象とすべきでなかったし,その解体費用まで大阪府が負担する必要はなく,同費用相当額を補償金額から差し引くべきであって,本件立退補償契約における補償金額は合理的なものであったとはいえないと主張する。
しかしながら,前記において認定,説示するとおり(原判決事実及び理由欄の第3の1(1)ソないしチ,同(3)アないしウ),本件立退補償契約は,大阪府が,α地区における産業振興機能の維持充実を図るという施策目的を実現する目的のため,本件土地Aの所有権の完全な回復を行うために締結したものと認められるから,公共事業を実施する際の公共用地の取得の場合と格別に異なるものではないと解される(なお,本件立退補償契約における本件借地権及び本件建物に対する補償金額が,公共事業における損失補償基準に準じて算定されていること及びその金額が不適正で違法なものではないことも,前記の認定,説示のとおりである。)。したがって,本件立退補償契約において,公共事業における損失補償基準に準じて,本件建物価格を補償金額に含め,本件建物の解体費用を補償金額から控除しなかったことが不合理であるとまではいえないから,この点に関する控訴人らの主張は理由がない。
また,控訴人らは,本件借地権の評価に当たっては,大阪府と協会との特殊な契約関係からすれば,かかる契約関係を承継することを承諾する者が限定されることは明らかであり,市場が限定されるというべきであるから,その限定価格が求められるべきであり,正当価格を求めたことは誤りであるとか,谷澤総合鑑定所及び大和不動産作成の各鑑定書は,鑑定時において最も評価額が高くなるような手法で評価額を算出していること,その後の土地の価格下落の状況とは必ずしも一致しないこと等から,本件借地権の評価額自体もやはり高すぎるというべきであって,本件立退補償契約における補償金額が合理的なものであったということはできないと主張する。しかしながら,本件立退補償契約における補償金額の算定においては,本件借地権の限定価格でなく,正常価格によることが相当であり,上記各鑑定における不動産評価の過程に特に不合理な点を認めることのできないこと,上記の補償金額の算定においては,上記の各鑑定評価だけでなく,大阪府財産評価審査会の答申を受け,その答申額をも踏まえた合理的な価格であることは,前記(原判決事実及び理由欄の第3の1(1)ソないしチ,同(3)ウ)に認定,説示するとおりである。
以上のとおりであって,この点の控訴人らの主張も採用できない。
第4結論
以上によれば,控訴人らの請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから,これを棄却すべきものである。
よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田勝年 裁判官 末永雅之)
裁判官 亀田廣美は,差し支えのため,署名押印することができない。