大阪高等裁判所 平成16年(行コ)9号 判決 2004年10月27日
主文
1 控訴人の本件控訴を棄却する。
2 当審における訴訟費用のうち,被控訴人らの控訴に係る分は被控訴人らの負担,控訴人の控訴に係る分は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決主文第2項及び第3項を取り消す。
(2) 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
(1) 主文第1項と同旨。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2事案の要旨及び訴訟の経過
1 本件は,原審においては,滋賀県犬上郡α(以下「α」という。)の住民である被控訴人らが,控訴人である豊郷町長に対し,β518番地所在の豊郷町立豊郷小学校(以下「豊郷小学校」という。)の本校舎の新築工事(以下「本件工事」という。)の執行及び本件工事の代金(以下「本件工事代金」という。)の支払が地方自治法(以下「法」という。)232条の3に違反するなどとして,法242条の2第1項1号に基づき,①本件工事の執行の差止め及び②本件工事代金の支払の差止めを求めた事案である。
2 原審裁判所は,上記1①の本件工事の執行の差止めを求める請求に係る訴えを却下し,同②の本件工事代金の支払の差止めを求める請求を認容した。
3(1) これに対し,控訴人は控訴して同②の本件工事代金の支払の差止めを求める請求を認容する部分の取消しを求め,同請求の棄却を求めた。
(2) 被控訴人らも控訴し,同①の本件工事の執行差止めを求める請求に係る訴えの却下部分の取消し及び本件工事の執行の差止めを求めた。ところが,被控訴人らは,当審において,同①の本件工事の執行の差止めを求める請求に係る訴えを取り下げ,控訴人もこれに同意した。これにより被控訴人らの控訴に係る控訴事件は訴えの取下により終了した。
4 したがって,当審における審判の対象は,被控訴人らの上記1②の本件工事代金の支払の差止請求の当否のみとなった。
第3争いのない事実等(争いのない事実のほか括弧内に掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実も含む。)
原判決2頁25行目から同5頁15行目までに記載されているとおりであるから,これを引用する。ただし,次のとおり補正する。
原判決5頁15行目の末尾に行を改めて次を加える。
「5 本件追認決議
豊郷町議会は,平成16年2月16日,次の議案について,法96条1項5号の議決をした(乙68,以下「本件追認決議」という。)。
(1) 契約の目的 豊郷小学校等改築工事
(2) 契約の方法 指名競争入札による契約
(3) 契約の金額 19億1767万7000円
(4) 契約の相手 桑原組
6 専決処分の追加
控訴人は,平成16年2月27日,次のとおり「契約の変更について」専決処分を行った(乙70)。
変更前の契約金額 19億1767万7000円
変更後の契約金額 19億2059万9000円
変更理由 学校側より要望のあった不審者対策などの児童の安全管理のためのフェンス工事(グランド西側及び旧校舎北側 高さ1.8m,延長166m,旧校舎南側 高さ1.5m,延長42m,両開き戸・片開き戸 各2箇所)及び体育館前・幼稚園西側の給排水設備工事が生じたことによる増額
7 本件工事の完成引渡
本件工事は平成16年3月8日以前に完成し,同日までに引渡が完了し,同日以降教育の場として使用されている(控訴人の自認)。
8 請負代金の支払
控訴人は,平成16年5月7日,豊郷小学校及び豊郷幼稚園改築工事の部分完成払いとして請負業者である桑原組に対し,8億5866万1495円を支払った。未払い額は小学校の外構工事等の4871万2505円である(控訴人の自認)。」
第4当事者の主張等
1 争点
(1) 本件工事代金の支払差止請求に係る訴えの適否(争点1)。
(2) 本件工事代金の支出の適否。
ア 本件工事代金の支出は法232条の3に違反するか否か(争点2の(1))。
イ 控訴人が町長として裁量権を逸脱して新計画を決定したといえるか否か(争点2の(2))。
(3) 本件工事代金の支出が法232条の3に違反するとして,本件追認決議によりこの瑕疵は治癒されたか否か(争点3)(当審における新主張)。
2 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1について
ア 控訴人
法242条の2第1項1号に基づく差止請求は,当該財務会計行為に先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても,これを前提としてされた当該行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限って認められる(最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決民集46巻9号2753頁)。
また,地方自治体は,私人との間で結んだ私法上の契約が有効である場合,当該契約の相手方に対して債務を履行すべき義務を負うから,義務履行行為は違法ではなく,その差止請求は不適法である。
本件工事代金の支出の原因となる支出負担行為である本件請負契約には,何ら財務会計法規上の違法はなく,被控訴人らは,本件請負契約が無効となるような具体的事情を一切主張していない。したがって,被控訴人らの本件工事代金の支出の差止請求に係る訴えは不適法である。
イ 被控訴人ら
被控訴人らは,後記のとおり,本件工事代金の支出の原因となる支出負担行為がないことを具体的に主張立証しているから,この支払の差止めを求める訴えは適法である。
(2) 争点2の(1)について
ア 被控訴人ら
原判決7頁13行目から同8頁12行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,次のとおり,補正する。
(ア) 原判決7頁15行目の「本件工事を執行して」から同頁16行目までを
「本件工事代金を支出しようとしており,違法である。」に改める。
(イ) 同7頁17行目から同頁21行目までを次のとおり改める。
「 新計画に基づく本件工事は,旧計画に基づく工事とは同一性がないから,旧計画に基づく新校舎の建設工事請負契約である本件請負契約に基づいて工事代金を支払うことは許されない。すなわち,新計画による設計は,校舎の構造,階数,デザイン,内容,延べ面積,建設費等,設計内容が旧計画におけるそれと比べ大幅に変更されており,そもそも旧計画に基づく本件請負契約の工事は完成していないし,また契約目的の喪失によって同契約は無効である。」
(ウ) 同8頁10行目の「本来議会が議決すべきであり,」を「改めて新計画に基づく予算を議決すべきである。旧計画に基づく予算を流用すべくされた,」に改める。
イ 控訴人
原判決8頁14行目から同9頁22行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,次のとおり,補正する。
(ア) 原判決8頁15行目の「本件工事の執行及び」を削り,同頁26行目の末尾に行を改め,次のとおり加える。
「 旧計画に基づく校舎の建築工事と新計画に基づくそれとは,以下の点からしても,同一である。
ア 一般に,建物等の建築等工事の請負契約においては,当初の設計,仕様書どおりに施工することが困難な事例が多く,大規模な工事の場合には,予測しない困難な事態に遭遇することがあり,設計を変更することが許容される。この場合に当初の請負契約が直ちに無効であるとか,瑕疵を帯びるといった解釈は採られていない。
イ 本件における二つの工事は,共通する意匠に基づく鉄筋コンクリート造の校舎の改築計画であり,ともに同一敷地内の建物の建築を内容とする。本件校舎の保存を決めた関係から新校舎の建築位置を変更したが,基本的には,鉄筋コンクリート造の校舎を改築するものである。
ウ 新計画に基づく工事も,建築資材や骨材の種類は基本的には旧計画に基づく工事と同一で,数量も大きく変更されるものではない。
エ 新計画に基づく工事の代金は旧計画に基づく工事代金と変わらない。仕様の変更に伴い僅かな追加工事が生じ,平成15年12月17日に豊郷町議会の承認決議を得て,約600万円の契約金額を増額する契約をしている(しかし,これは一部の仕様変更と追加工事によるものであり,全体の金額の変更ではない。)。
オ 契約の同一性の判断基準は一般的に単価の変更をもってするものであり,この点からしても本件工事の単価に変更はない。」
(イ) 同9頁17行目の「したがって,」から同頁18行目の「存する。」までを「このように,本件工事代金の支出は,支出負担行為である本件請負契約に基づくものであり,本件請負契約は,上記補正予算,同補正予算の議会の議決,本件専決処分,議会による本件専決処分の承認決議という一連の予算手続によったものであって,法232条の3に違反しない。」に改める。
(3) 争点2の(2)について
ア 被控訴人ら
原判決9頁25行目から同12頁2行目までに記載されたとおりであるから,これを引用する。ただし,次のとおり,補正する。
(ア) 原判決10頁5行目の「本件工事の執行及び」を削る。
(イ) 同10頁15行目から同頁16行目の「本件校舎は,解体しなければ,」を「本件校舎を教育施設として利用しても,」に改める。
(ウ) 同11頁17行目の「新計画は,」の次に「本件校舎を教育施設として使用せず,別途豊郷小学校敷地の別の箇所に新校舎を建築するというものである。このような新計画は,」を加える。
イ 控訴人
原判決12頁4行目から同13頁25行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,次のとおり,補正する。
(ア) 原判決12頁12行目の末尾に「したがって,新計画に基づく本件工事について本件工事代金を支払うことは何ら違法ではない。」を加える。
(イ) 同13頁22行目から同頁23行目の「予定である。」の次に「しかし,こうした本件校舎の後利用とは別に,上記のとおり,本件校舎とは別に新校舎を建築する必要がある。新計画はこうした双方の要請と議論の上に成立したもので,何ら不合理なものではない。」を加える。
(4) 争点3について
ア 控訴人
仮に,本件工事代金の支出が法232条の3に違反するとしても,豊郷町町議会は平成16年2月16日に改めて本件追認決議をしたから,これにより上記瑕疵は治癒された。したがって,本件工事代金の支出は違法ではない。
イ 被控訴人ら
(ア) 本件工事代金の支出においては,法232条の3の支出負担行為そのものが存在しないという重大かつ明白な違法があり,瑕疵の治癒が認められる事例ではない。
(イ) 仮に,瑕疵の治癒が認められうるとしても,違法事由を修正し,合法性の回復,違法性の解消を実現するものでなければならない。
本件では,旧設計による本件請負契約を解除し,改めて設計契約を締結し,新設計による工事費を見積もって予算を議決し,その設計に基づき新たに入札を実行し,落札者と工事請負契約を締結し,同時に同契約について議会の議決を得ることが求められる。しかし,本件追認決議は,旧計画による本件請負契約と新計画が同一のものであることを前提にして,平成15年11月に本件請負契約を変更し,原判決に対処するために,議会が追認するというものにすぎない。したがって,本件追認決議により瑕疵の治癒が成立する余地はない。
(ウ) 法も議会が追認するという行為について規定を置いていないから,追認決議というものはありえない。
(エ) 法208条は,地方公共団体の健全財政を維持するために,会計年度独立の原則を定めている。会計年度経過後に予算の補正をすることはできないから,本件追認決議により瑕疵を治癒することはできない。また,当該年度で補正予算を議決することにより,瑕疵が治癒する余地があるとしても,当該支出負担行為の行われた当該年度で予算の形式で議決する必要がある。本件追認決議は,予算の決議ではない。
(オ) 以上のとおり,本件追認決議は,いずれにしても,瑕疵を治癒するものではないから,本件工事代金の支出は違法である。
第5当裁判所の判断
1 争点1(本件工事代金の支払差止請求に係る訴えの適否)について断
控訴人は,本件工事代金の支出の原因行為である本件請負契約には,何ら財務会計法規上の違法はなく,被控訴人らは,本件請負契約が無効となるような具体的事情を一切主張していないとして,被控訴人らの本件工事代金の支出の差止請求に係る訴えは不適法であると主張する。
しかし,被控訴人らの控訴人に対する本件工事代金の支出差止め請求は,同代金の支出負担行為がないことを理由とし,その原因を具体的に主張していることは上記のとおりである。この主張が容れられれば,控訴人の本件工事代金の支出はその負担行為を欠き,法232条の3の規定内容に照らし,法242条の2第1項1号に定める住民訴訟の対象である違法行為となるから,同請求にかかる訴えは適法である。
2 争点2の(1)(本件工事代金の支出は法232条の3に違反するか否か)について
(1) 本件請負契約は本件工事代金の支出負担行為となるか否か,について
ア 本件請負契約に基づく桑原組の債務の内容
(ア) 本件請負契約(乙57)は,工事名を「豊郷町立豊郷小学校等改築工事」とし,工事場所を滋賀県「犬上郡γ」とするものである。また,この契約書に添付された「豊郷町建設工事請負契約約款」1条には次の記載がある。すなわち,「発注者及び請負人は契約書記載の工事の請負契約に関し,契約書に定めるもののほか,この約款に基づき別冊の図面および仕様書(現場説明書および現場説明に対する質問回答書を含む。以下これらの図面および仕様書を「設計図書」という。)に従いこれを履行しなければならない。」
(イ) 本件請負契約書として提出された乙第57号証には図面及び仕様書の添付はないが,同契約で合意された「豊郷町立豊郷小学校等改築工事」は以下のような施工を行うものである。
すなわち,本件校舎を解体した跡地(敷地のほぼ中央)に,南北に鉄筋コンクリート造2階建(一部3階建,この部分は,約16m四方で,音楽室,その準備室等を予定した箇所で,全体の面積からすれば,2割以内の部分である。),床総面積4932㎡の新校舎を建設する。新校舎の内部は,1階の中央に玄関と玄関ポーチを設け,その北側に職員室,校長室,家庭科調理室,会議室等を,南側に保健室,オープンスペースを備えた2つの障害児教室と4つの普通教室を並べ,その奥にL字型にランチルーム,調理室等を設け,2階は,中央に図書室を置き,その北側にコンピュータ室,理科室,図工・書写室,児童会室等,南側にオープンスペースを備えたIT教室と6つの普通教室,多目的室等を並べ,3階は,中央に音楽室を置く。新校舎の形状はL字型で,南端のランチルーム等が設置された部分が1階建,中央部分の上記の範囲が3階建となっているほかは2階建である(甲161,173,弁論の全趣旨)。
イ 桑原組が行った本件工事の内容
(ア) 豊郷町は,平成13年10月17日,森野設計事務所に対し,委託料を4620万円として旧計画に基づく校舎改築工事の実施設計を委託した(甲178)が,本件請負契約の後,改めて森野設計事務所に対し,新たに随意契約によって,委託料を2840万円として新計画に基づく校舎の実施の設計を委託した(甲179)。
(イ) 豊郷町は,旧計画に基づく建物(校舎)建築図面による建築確認申請を取り下げ,新計画に基づく建築図面による建築確認申請を行い,建築確認を得た(弁論の全趣旨,なお,2度目の確認申請も上記(ア)の委託に基づいて森野設計事務所が作成した図面によるものと窺われる。)。
(ウ) 桑原組は,本件請負契約の別冊の設計図書ではない設計図書(上記2度目の委託に基づいて森野設計事務所により作成されたものと窺われる。)に基づいて次の新校舎を建築し完成させた(甲178ないし180,乙19ないし20,52の1ないし5,53,弁論の全趣旨)。
すなわち,本件校舎を保存し,校庭の東側(敷地の東端)に南北に鉄筋コンクリート造3階建,総床面積約5078㎡の校舎を建築したものである。校舎の内部は,1階の中央に玄関と保健室を設け,北側にオープンスペースを備えた2つの障害児教室と2つの普通教室等を,南側に職員室,校長室,会議室,用務員室,ランチルーム,調理室等を,2階は中央に図書室を置き,その北側にオープンスペースを備えた4つの普通教室等を,南側にコンピュータ室,理科室,児童会室等を,3階は,中央にオープンスペースを備えたIT教室を置き,北側にオープンスペースを備えた4つの普通教室等を,南側に多目的室,家庭科調理室,図工・書写室,音楽室等をそれぞれ配置したものである。校舎の形状は,南北に長いほぼ長方形で,南端のランチルーム等が設置された部分が1階建であるほかは総3階建である。
ウ 検討
(ア) そこで,上記ア,イ等に基づいて検討すると,桑原組は,本件請負契約に基づいて旧設計に基づく上記ア(イ)の校舎を建築完成させる債務を負担しながら,これに反し,本件請負契約の別冊の設計図書によらずに,上記イ(ウ)に記載した新設計に基づく校舎を建築したものである。すなわち,桑原組は,主観的にも本件請負契約に定めない設計図書に基づくことを知りながら,客観的にも本件請負契約で合意された建物(校舎)と異なる建物(校舎)を建築等(本件工事)したものである。
したがって,本件請負契約は,本件工事とは異なる工事の請負契約(支出負担行為)であって,本件工事の代金の支出負担行為となるものではない。
(イ) 控訴人は,いくつかの点を取り上げて,旧計画に基づく校舎の建築工事と新計画に基づくそれとが同一であると主張する。
しかし,控訴人のこの主張は,本件工事に至る経過や建築対象の建物の実体を無視ないし軽視して,自らの主張と整合するような事項を指摘したものにすぎず,以下のとおり,採用できない。
a 控訴人は,一般に,工事の請負契約においては,当初の設計,仕様書どおりに施工することが困難な事例が多く,大規模な工事の場合には,予測しない困難な事態に遭遇することがあり,設計を変更することが許容される。この場合に当初の請負契約が直ちに無効であるとか,瑕疵を帯びるといった解釈は採られていない,と主張し,その限りで首肯できないものではない。
しかし,本件におけるような程度の設計変更を行いそれを前提にした請負変更契約は,当初の請負契約と同一ではないことが明らかである。この点からしてすでに,控訴人の上記主張は,上記両建築工事が同一であることの根拠ないし理由となるものではないというべきである。
b 控訴人は,旧計画に基づく校舎の建築工事と新計画に基づくそれとは,共通する意匠に基づく鉄筋コンクリート造であるとか,同一敷地内の建物の建築であるとか,建築資材や骨材の種類が基本的に同一で,数量も大差ないとか,工事代金に変更がないとか,工事の単価に変更はないなどとして,同一であると主張する。
しかし,これらのどれをみても,前記認定事実をも加えて考慮すれば,両工事が同一ではないとの当裁判所の判断を動かすには足りないことが明らかである。例えば,工事代金額が同じでも,全く異なる2個の建築工事が存在することがありうることは,縷々説明するまでもないであろう。他の点も同様であって,到底採用できない。
(ウ) 被控訴人らは,新計画による設計は,校舎の構造,階数,デザイン,内容,延べ面積,建設費等,設計内容が旧計画におけるそれと比べ大幅に変更されているから,そもそも旧計画に基づく本件請負契約の工事は完成していないし,また契約目的の喪失によって同契約は無効となる旨主張する。
本件請負契約で定められた工事が完成していないというべきことはすでに述べたとおりである。しかし,契約目的の喪失によって本件請負契約が無効となる旨の主張は,その趣旨が明らかではないところがある。本件請負契約の締結後の事情によって契約の目的というべき給付(校舎の建築工事)の履行が不能になったという趣旨であれば,本件請負契約が無効となるとの主張は採用できない。
もっとも,これまでに認定判断したところによれば,新計画に基づく校舎の建築等により,本件請負契約で定められた請負人(桑原組)の債務(給付)は,社会通念上,履行不能となったものというべきである。この場合,契約当事者の負担すべき債務の存否,内容は,この履行不能がいかなる事由によるかによって判断すべきである(危険負担,債務不履行)。しかし,本件では,この履行不能事由の詳細が証拠上不明であるから,控訴人が負担すべき反対債務(代金支払債務)の帰趨を明らかにすることはできない。すなわち,控訴人が本件請負契約に基づいて何らかの債務を負わないとは断定できないのである。それゆえ,この限りで,被控訴人らの上記主張は採用できない。
(2) 本件工事の代金債務のその他の支出負担行為の存否について
ア 控訴人は,前記のとおり,本件請負契約の変更を行ったとか,本件請負契約における建物等の設計変更を行ったとか,工事の仕様の変更を行った旨の主張をしているが,本件請負契約における工期の変更契約以外の請負変更契約を行ったとは主張しない。
なお,控訴人は,当審における平成16年7月28日付準備書面に「そもそも契約の締結に関する権限は,法律上控訴人にあり,締結権限を有する者の意思の合致により,新校舎の建築請負契約が成立している。」と記載している。この趣旨も,明確ではないが,従来の主張を変更したものとは解されない(ただし,新たな請負変更契約の主張とみれば,下記のウのとおりである。)
イ 仮にこの主張を支出負担行為としての法律行為をいうのではなく,本件請負契約で定められた債務(給付)の内容,すなわち旧計画に基づく校舎の建築工事を変更して,新計画に基づく校舎の建築工事を行ったという事実行為(債務不履行行為)を行ったというものと理解すれば,この事実行為が本件工事の代金の支出負担行為とならないことは明白である。この場合は,本件工事を行った桑原組は,何らかの契約に基づくものとして本件工事代金を請求する権利を持たないことは明白である。
この点に関連して,控訴人は,上記準備書面で,「建築請負業者(桑原組をいうであろう。)は,商人として,商法512条により,本件校舎の改築について,相当の報酬請求権を控訴人に対して有するというべきであり,請負人(桑原組)が請負代金の請求権を有することは法律上明白である。」と主張している。この前段は,首肯できる場合があるが,それゆえに「請負人(桑原組)が請負代金の請求権を有すること」(後段)にはならない。ましてや,請負人(桑原組)が本件請負契約で定められた代金を請求する権利があるとは到底いえない。控訴人の立論からしてもそうであるし,商法512条の規定(商人カ其営業ノ範囲内ニ於テ他人ノ為メニ或行為ヲ為シタルトキハ相当ノ報酬ヲ請求スルコトヲ得)に照らしても,明らかである。同条所定の「報酬」請求権は合意による「代金」請求権とは異なるのである。したがって,控訴人のこの主張を考慮しても,本件請負契約が本件工事代金の支出負担行為となるということはできない。のみならず,上記控訴人の主張も,その「報酬」額の確定等を経たとするものではないことなどから,本件工事代金の支出負担行為をいうとみても,それ自体失当である。
ウ 上記アの主張を本件請負契約を変更して新計画に基づく校舎の建築工事を行う旨の請負変更契約を締結したとの主張とみる余地がないではない(実際上は,本件請負契約の当事者の合意なくして,上記のような工事内容の変更を行うことは至難であろう。)。しかし,この請負変更契約は,本件請負契約とは別個の請負契約にほかならないから,法所定の手続を履践する必要があることはいうまでもない。控訴人は,その点を自認し,以上の意味の新たな請負契約となるような請負変更契約を結んだとの主張をしない。したがって,新たな請負変更契約が本件工事代金の支出負担行為となるということはできない。
また,控訴人は平成15年12月17日の議会の議決を経た約600万円の代金増額の請負変更契約を結び,さらに平成16年2月27日に行った「契約の変更について」とする専決処分(乙70)に係る「支出負担行為」(控訴人は,乙55の2の仮契約書の提出を検討したかの如くである。控訴人平成16年2月12日付準備書面)を結んだ旨の主張はしている。ただし,その主張の趣旨は,以上の各変更契約は,いずれも追加工事等に限った請負契約であると主張するに止まり,これらを本件工事全体の支出負担行為とするのではないというものである。この点をも踏まえると,控訴人は,上記の各変更契約を,一部であれ,本件工事代金の支出負担行為となるとの主張はしていないものと解される。
しかし,念のため,これらの各変更契約を本件工事代金(一部であれ)の支出負担行為となるかを検討しておくこととする。
上記のとおり,これらの各変更契約は,実体的には,本件工事の追加等に基づく一部代金の増額を目的とするものであるが,手続的には,本件請負契約を前提にその変更契約という形式を用いたものである。してみると,法の要請する支出負担行為の趣旨からすれば,上記各変更契約は本件請負契約の一部とみるほかなく,全体としては,旧計画に基づく工事にかかる支出負担行為を構成するものというべきである。したがって,これらの各変更契約は,たとえ一部であれ,本件工事代金の支出負担行為とすることはできない。
(3) まとめ
以上,本件請負契約の観点から((1)),また本件工事の代金債務の観点から((2)),支出負担行為の存否について検討したが,いずれにおいても,これが存在しないものといわざるを得ず,控訴人による桑原組に対する本件工事代金の支払は法232条の3に反する違法なものというほかない。
3 争点3(本件工事代金の支出が法232条の3に違反するとして,本件追認決議によりこの瑕疵は治癒されたか否か)について
(1) 控訴人は,本件工事代金の支出が法232条の3に違反するとしても,豊郷町町議会が平成16年2月16日にした本件追認決議により上記瑕疵は治癒されたと主張する。
この主張も明確なものではないが,要は,法232条の3の規定が充足される状態を回復したというものであろうと解される。
(2)ア 法は,232条の3で,「普通地方公共団体の支出の原因となるべき契約その他の行為(これを支出負担行為という。)は,法令又は予算の定めるところに従い,これをしなければならない。」と定める。
イ それとともに,法96条1項は,普通地方公共団体の議会は,次に掲げる事件を議決しなければならないと定め,議決を要する事件のひとつとして,「その種類及び金額について政令で定める基準に従い条例で定める契約を締結すること」(5号)を掲げている。
この政令である法施行令の121条の2は「地方自治法96条1項5号に規定する政令で定める基準は,契約の種類については,別表第三上欄に定めるものとし,その金額については,その予定価格の金額が同表下欄に定める金額を下らないこととする。」と定めている。さらに,同別表第三は次のとおりである。
「工事又は製造の請負 都道府県 500,000千円
指定都市 300,000千円
市(指定都市を除く。次表において同じ。) 150,000千円
町村 50,000千円」
ウ 上記イの法等の規定を受けて,豊郷町は,「豊郷町議会の議決に付すべき契約および財産の取得または処分に関する条例」(昭和39年4月1日)を制定し,その2条で,「地方自治法(昭和22年法律第67号)第96条第1項第5号の規定により議会の議決に付さなければならない契約は,予定価格50,000,000円以上の工事または製造の請負とする。」と定めた。
(3) 支出負担行為に関する法232条の3の規定と,議会の議決に関する法96条1項等の各規定は,その趣旨,目的を異にするものであることはいうまでもない。地方公共団体が,当該普通地方公共団体の事務を処理するために必要な経費等の支出の原因が,上記別表に該当する場合には,法232条の3の規定を遵守すべきほか,これとともに議会の議決を要するのであって,いずれか一方で足りるものではない。
これを本件についてみると,すでに述べてきたとおり,豊郷町は,本件工事代金の支出について法232条の3の規定に適合した支出負担行為をすべきところ,これを怠ったものである。この支出負担行為が存在しないとの法違反の状態は,支出負担行為を行う権限のある者による支出負担行為の実行によってのみ是正されるものである。その権限を有しない議会は,その議決により支出負担行為を行うこともできないし,追認とうたった議決(乙68,69)によっても支出負担行為の存在する法適合状態に回復させることはできないというべきである。控訴人のこの点の主張も採用できない。
4 まとめ
以上のとおり,本件工事代金の支払は,その支出負担行為を欠く違法のものであるから,豊郷町の住民である被控訴人らは,法242条の2第1項1号に基づき,当該執行機関である控訴人に対しその差止めを求めることができる。
第6結論
以上の次第で,被控訴人らの本件請求はいずれも理由があって認容すべきものであり,これと同旨の原判決は相当である。控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとする。よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官 赤西芳文 裁判官 川口泰司)