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大阪高等裁判所 平成16年(行コ)99号 判決 2005年7月28日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴人の当審における新請求に係る訴えを却下する。

3  当審における訴訟費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨等

1  原判決を取り消す。

2  控訴人が,刑の執行停止申立てに関し平成13年7月9日付けでした行政文書の開示請求に対し,被控訴人が同年8月6日付けでした開示しない旨の決定を取り消す。

3  被控訴人は,前項の開示しない旨の決定に係る行政文書の開示決定をせよ。

4  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

5  第2,3項につき仮執行宣言

(以下,控訴人を「原告」,被控訴人を「被告」という。)

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,原告が平成13年6月5日付けで行った刑の執行停止申立て(本件執行停止申立て)に関する,①大阪高等検察庁が本件執行停止申立てにつき発した八王子医療刑務所その他関係官公署,病院に対する原告の病状,受刑状況等に関する照会書またはこれに類する文書の控え,②前記各照会書に関する原告の病状,受刑状況等に関する回答書(添付文書を含む。)全部,③その他大阪高等検察庁が本件執行停止申立てに関して所持するすべての行政文書(これら各文書を総称して,以下「本件行政文書」という。)について,原告が行政機関の保有する情報の公開に関する法律(ただし,平成13年法律第140号による改正前のもの。以下「情報公開法」という。)に基づき開示請求(以下「本件開示請求」という。)をしたのに対し,被告が開示しない旨の決定(以下「本件不開示決定」という。)をしたため,原告において本件不開示決定の取消しを求めた事案である。

原審は,原告の請求を棄却したため,原告は,本件控訴を提起して,本件不開示決定の取消しを求める(原審以来の請求)とともに,被告が本件行政文書の開示決定をすることを求めた(当審における新請求。以下「本件新請求」という。)。

2  前提となる事実

(ゴシック体で記載した箇所以外は,原判決の事実及び理由中「第2 事案の概要」1に記載のとおりである。)

(1)  情報公開法の定め

ア 開示請求権(3条)

何人も,この法律の定めるところにより,行政機関の長に対し,当該行政機関の保有する行政文書の開示を請求することができる。

イ 行政文書の開示義務(5条)

行政機関の長は,開示請求があったときは,開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き,開示請求者に対し,当該行政文書を開示しなければならない。

(ア) 個人に関する情報(1号)

個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,当該情報に含まれる氏名,生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより,特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は特定の個人を識別することはできないが,公にすることにより,なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの。ただし,次に掲げる情報を除く。

a 同号イ  省略

b 同号ロ

人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報

c 同号ハ  省略

(イ) 2号以下  省略

ウ 公益上の理由による裁量的開示(7条)

行政機関の長は,開示請求に係る行政文書に不開示情報が記録されている場合であっても,公益上特に必要があると認めるときは,開示請求者に対し,当該行政文書を開示することができる。

エ 行政文書の存否に関する情報(8条)

開示請求に対し,当該開示請求に係る行政文書が存在しているか否かを答えるだけで,不開示情報を開示することとなるときは,行政機関の長は,当該行政文書の存否を明らかにしないで,当該開示請求を拒否することができる。

(2)  原告は,被告に対し,平成13年7月9日,情報公開法に基づき,本件開示請求をした。

本件開示請求に係る本件行政文書は,原告が平成13年6月5日付けで行った刑の執行停止申立て(本件執行停止申立て)に関する,①大阪高等検察庁が本件執行停止申立てにつき発した八王子医療刑務所その他関係官公署,病院に対する原告の病状,受刑状況等に関する照会書又はこれに類する文書の控え,②前記各照会書に関する原告の病状,受刑状況等に関する回答書(添付文書を含む。)全部,③その他大阪高等検察庁が本件執行停止申立てに関して所持するすべての行政文書であった。

(甲11号証)

(3)  被告は,平成13年8月6日,本件行政文書について,開示請求に係る行政文書の存否を答えるだけで,特定個人の刑の執行の有無という個人情報を開示することになるため(情報公開法5条1号,8条)との理由で,行政文書の存在自体を明らかにすることなく,情報公開法9条2項に基づき,開示しない旨の決定(本件不開示決定)をし,そのころ,原告に不開示決定通知書を送付した。

(甲14号証)

(4)  原告は,本件不開示決定を不服として,検事総長に対し,審査請求を申し立てた。

検事総長は,上記審査請求について,情報公開審査会に諮問した。同審査会は,調査,審議の上,平成14年3月25日,本件不開示決定は妥当である旨の答申をした。

検事総長は,上記答申も踏まえ,平成14年4月11日,上記審査請求を棄却する旨の裁決をし,そのころ,原告に裁決書を送付した。

(甲13号証の1ないし4,15号証,乙1号証)

(5) 原告は,平成14年7月11日,大阪地方裁判所に,被告がした本件不開示決定の取消しを求める本件訴訟を提起した。

(記録上明らかな事実)

3  争点

本件の争点は,本件行政文書を不開示とした本件不開示決定の適法性であり,主要な争点は,情報公開請求の対象文書が,個人に関する情報であって,当該情報に含まれる氏名等により特定の個人を識別することができるものであっても,それが開示請求者本人の自己情報に関するものである場合には,情報公開法5条1項本文前段所定の不開示情報に当たらず,開示請求が認めることになるか否かである。

4  争点についての当事者の主張

(ゴシック体で記載した箇所以外は,原判決の事実及び理由中「第2 事案の概要」3に記載のとおりであるか,これとほぼ同旨である。)

(1) 被告の主張

ア(ア) 本件不開示決定は,いわゆる存否応答拒否(情報公開法8条)を理由とする不開示決定である。

開示請求がされた場合,行政機関の長は,当該開示請求に係る行政文書が存在すれば,これについて開示決定(全部開示決定又は部分開示決定)あるいは不開示決定をし(同法9条1項,2項),当該開示請求に係る行政文書を保有していなければ,その旨の決定(文書不存在の決定)をする(同条2項括弧書)のが,本来である。

ところが,時としては,開示請求に係る行政文書の存否を明らかにすることによって,不開示情報を開示することとなり,不開示情報の規定により保護しようとしている利益が損なわれる場合がある。そこで,このような場合にも,不開示情報の規定が保護しようとしている利益の保護を全うするため,開示請求に係る行政文書の存否を明らかにすることなく,開示請求を拒否することができるとしたのが,同法8条である。

(イ) 本件について検討すると,本件行政文書は,原告が平成13年6月5日付けで大阪高等検察庁検察官に対して行った刑の執行停止申立て(本件執行停止申立て)に関し,同検察官が発した八王子医療刑務所等に対する原告の病状,受刑状況等に関する照会書及びそれに対する回答書,その他被告が本件執行停止申立てに関して所持するすべての行政文書である。

そうすると,本件行政文書は,これが存在するかどうかを回答するだけで,原告が平成13年6月5日付けで大阪高等検察庁検察官に対して刑の執行停止の申立てをしたかどうかという情報が明らかになり,さらに,その前提として,当時,原告が刑の執行を受けていたかどうかという情報もまた明らかになる。

そして,特定の個人の刑の執行の有無に関する情報が,当該個人を識別することのできる情報(個人識別情報)に当たり,情報公開法5条1号本文に該当することは明らかであるところ,仮に本件行政文書が存在している場合,そのことを前提に,同号本文により不開示としたのでは,結局のところ,原告が当時刑の執行を受けていたという情報を明らかにする結果となる。もちろん,本件行政文書が存在しなかった場合,これを保有していない旨の決定をすれば,その逆に原告が当時刑の執行を受けていなかったという情報を開示することとなる。

したがって,本件開示請求は,情報公開法8条所定の場合,すなわち,当該開示請求に係る行政文書が存在しているか否かを答えるだけで,不開示情報を開示することとなるときに該当するから,本件行政文書の存否を明らかにしないで,これを拒否すべきものである。

よって,本件行政文書について,開示請求に係る行政文書の存否を答えるだけで,特定個人の刑の執行の有無という個人情報を開示することになるため(情報公開法5条1号,8条)との理由で,行政文書の存否を明らかにすることなく,情報公開法9条2項に基づき,開示しないこととした本件不開示決定は,適法である。

また,本件行政文書の中には,原告の病状に関する医療機関への照会書とその回答書も含まれており,これらの文書が存在するかどうかを答えると,原告の特定の医療機関への通院の有無や病歴の有無等という個人を識別することのできる情報(個人識別情報)を開示することともなる。

したがって,そのことからしても,本件行政文書に対する開示請求に対しては,当然に存否応答拒否をすべきことは明らかであり,本件不開示決定は,この点からも適法である。

イ(ア) 原告は,本件行政文書に記録された情報は原告本人に関する情報であるから,最高裁判所の判例(最高裁判所平成13年12月18日第三小法廷判決・民集55巻7号1603頁。以下「兵庫県条例最高裁判決」という。)に照らすと,本件行政文書を不開示とすることはできず,本件不開示決定は違法である旨主張する。

(イ) しかしながら,情報公開法に基づく開示請求権は,同法が創設した権利であり,その具体的な内容,範囲等は,根拠法規である同法の定めるところによるべきところ,同法は,以下のとおり,個人情報の本人開示請求を認めることを予定していないと解すべきである。

すなわち,情報公開法の制度趣旨が国民の理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進にある(同法1条)ことからすれば,同法は,同一の行政情報を不特定多数者に公開することを制度の前提としているから,特定の者の個人情報をその者だけに開示するのは,上記趣旨に合致せず,情報公開制度の予定するところではないというべきである。また,同法は,何人に対しても等しく開示請求権を認めており,開示請求の理由や利用の目的,開示請求者が誰かといった個別的事情は,当該開示請求に対する決定に影響を及ぼさないとの立法政策を採っている(同法3条,4条)。そして,同法5条1号本文前段は,個人識別情報を不開示とした上で,個人の権利利益を侵害しないか,又は侵害が受忍限度内にとどまるので不開示にする必要のないもの及び個人の権利利益を侵害しても開示による公益が優越するため開示すべきものを同号ただし書で限定列挙して除外する個人情報識別型を採用しており,個人情報の本人開示請求であっても,個人に関する情報であって,特定の個人を識別できる情報であれば,同法5条1号本文前段に該当するものとして,不開示とする立法政策を採っている。さらに,同条各号の不開示情報(同条1号本文前段及び同条2号ロを除く。)は,いずれも,当該情報を「当該開示請求者に開示することにより」一定の支障が生じるおそれがあるか否かではなく,「公にすることにより」一定の支障が生じるおそれがあることを要件としており,同条各号の不開示情報の定め方からも,同法が不開示情報該当性は開示請求者が誰であるかを問わないで,客観的にこれを判断すべきものとするとの立法政策を採っていることは明らかである。このほか,同法や同法施行令には,本人確認の方法等,本人開示に関する規定やセンシティブ情報の開示の問題に関する規定は一切存せず,同法は,そもそも個人情報の本人開示請求を認めることを予定していないと解すべきである。

(ウ) また,情報公開法の立法経緯をみても,情報公開法要綱案が,個人情報の本人開示については個人情報保護制度の問題であり,情報公開制度において本人開示を否定する立場から立案されたものであることは明らかであり,同要綱案を受けて制定された情報公開法も,同様に本人開示を否定する立場であることは明らかである。

(エ) 兵庫県条例最高裁判決は,情報公開制度において,一般的に個人情報の本人開示請求を認めたものではなく,兵庫県における公文書の公開等に関する条例(昭和61年兵庫県条例3号。以下「兵庫県条例」という。)の解釈を示したにすぎず,同判決の射程は,情報公開法の個人情報の不開示事由には及ばない。

ウ(ア) 原告は,本件行政文書は,原告の生命,健康に係る重要なものであり,情報公開法5条1号ただし書ロ又は7条により開示されるべきであるところ,本件不開示決定は,その点を全く考慮しておらず,違法である旨主張する。

(イ)しかしながら,情報公開法5条1号ただし書ロの義務的開示について,原告の主張する事情は,結局,原告が,本件行政文書の開示を受けて,国を被告とする別件民事訴訟(大阪地方裁判所平成11年(ワ)第9716号損害賠償請求事件)に証拠として提出することを予定しており,これにより国の不法行為(医療過誤)が明らかになるものであるから,本件行政文書は公にすべき「公益」上の必要があるというものであって,原告の生命,健康,生活又は財産を保護するために,本件行政文書が公にされることが必要であるということはできないから,同号ただし書ロに該当しないことは明らかである。

(ウ)また,情報公開法7条は,行政機関の長に対し,要件裁量を認めたもので,行政機関の長が同条による公益上の裁量的開示を行わなかったとしても,その裁量権の不行使が違法とされるのは,その判断に裁量権の逸脱,濫用が認められる場合に限られる。しかるに,同条の裁量的開示について,原告の主張する利益は,前記のとおり,原告が,本件行政文書を別件民事訴訟の証拠として利用する必要があるというものであって,原告自身の個人的利益という「私益」にすぎず,「公益」上,公にすることが特に必要であるという事情,すなわち,同条で考慮すべき「公益」にはおよそ該当しない。そして,原告は,他に裁量権の逸脱,濫用を基礎付ける事情を何ら主張立証していないから,結局,本件不開示決定に際し,被告が同条の公益上の裁量的開示をしなかったことについて,何らの裁量権の逸脱,濫用も認められない。

エ 従前,自己を本人とする情報の開示については,行政機関の保有する電子計算機処理に関する個人情報の保護に関する法律(昭和63年法律第95号)13条及び14条に規定されていた。

今般,同法を全部改正する行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第58号。以下「行政機関個人情報保護法」という。)が成立した。

これにより,自己情報の本人開示は,行政機関個人情報保護法13条によることとなり,立法政策上,自己情報の本人開示の問題については,情報公開法制ではなく,個人情報保護法制によることが一層明らかになった。

しかるところ,我が国における個人情報保護法制においては,従前から,刑の執行に関する情報については,本人からの開示請求であっても,個人情報保護法制の適用対象外とされており,この理は,行政機関個人情報保護法においても同様である(同法45条1項)。

したがって,情報公開法下において,個人情報の本人からの開示請求を特別扱いすべきでないことは明らかである。

オ(本件新請求に対する本案前の答弁)

原告は,原告が,情報公開法3条に基づき,被告に本件行政文書の開示を求めたのに対し,被告が,本件不開示決定をしたことにつき,その取消しを求める(原審以来の請求)とともに,被告に本件行政文書の開示決定をすることを求めている(本件新請求)。

情報公開法3条は,何人も,行政機関の長に対し,当該行政機関の保有する行政文書の開示を請求することを認めているから,本件新請求に係る訴えは,行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)3条6項2号の「行政庁に対し一定の処分又は裁決を求める旨の法令に基づく申請又は審査請求がされた場合において,当該行政庁がその処分又は裁決をすべきであるにもかかわらずこれがなされないとき」において,「行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟」(同条項柱書。以下「申請型義務付け訴訟」という。)に該当する。

申請型義務付け訴訟のうち,「申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決がされた場合」の類型については,当該処分又は裁決が「取り消されるべきもの」であるときに限り,提起することができるとされている(行訴法37条の3第1項2号)から,併合提起した処分又は裁決の取消請求が認容されることが訴訟要件となるものと解される。したがって,当該処分又は裁決の取消請求が認容されない場合は,当該処分又は裁決が「取り消されるべきもの」に該当せず,申請型義務付け訴訟は,上記訴訟要件を欠くものとして却下されるべきである。

そうすると,前記のとおり,本件不開示決定は適法であって,取り消されるべきものに当たらないことが明らかである以上,原告の本件新請求に係る訴えは,上記訴訟要件を欠き不適法であるから,却下されるべきである。

(2) 原告の主張

ア本件行政文書の開示の必要性については,原判決別紙「訴状」に記載のとおりである。

イ被告の主張に対する反論は,原判決別紙「準備書面(第1回)」及び本判決別紙「準備書面(第2回)」に記載のとおりである。

ウ 情報公開法5条1号ただし書ロ該当性及び同法7条の裁量権の逸脱,濫用等については,本判決別紙「控訴理由書(第1回)」及び「控訴理由書(第2回)」に記載のとおりである。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,本件不開示決定は適法であって,取り消されるべきものに当たらないことが明らかであるから,本件不開示決定の取消請求(原審以来の請求)は理由がなく,これを棄却すべきであり,また,本件新請求に係る訴えは,訴訟要件を欠き不適法であって,これを却下すべきものと判断する。

その理由は,以下のとおりである。ただし,以下の1ないし4のうち,ゴシック体で記載した箇所以外は,原判決の事実及び理由中「第3 当裁判所の判断」1ないし4に記載のとおりであるか,これとほぼ同旨である。

1(1) 本件開示請求に係る本件行政文書の内容は,原告が平成13年6月5日付けで行った刑の執行停止申立て(本件執行停止申立て)に関する,①大阪高等検察庁が本件執行停止申立てにつき発した八王子医療刑務所その他関係官公署,病院に対する原告の病状,受刑状況等に関する照会書又はこれに類する文書の控え,②前記各照会書に関する原告の病状,受刑状況等に関する回答書(添付文書を含む。)全部,③その他大阪高等検察庁が本件執行停止申立てに関して所持するすべての行政文書である(前提となる事実(2))。

ところで,情報公開法5条1号は,個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,当該情報に含まれる氏名,生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより,特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)を不開示情報として規定するところ,上記のような内容の本件行政文書が,同号にいう個人に関する情報として,不開示情報に当たることは明らかである。

(2)ところで,情報公開法5条1号ただし書ロは,個人に関する情報中,人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報については,不開示情報から除外する旨規定している。人の生命,健康等を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報について,同法がこれを不開示情報から除外した趣旨は,何人に対しても開示することによって侵害される個人の権利利益と,一般に公にすることにより保護される利益を比較衡量し,後者が前者を優越するときには,その開示を義務付けることにあるものと解される。

しかるに,この点,原告の主張によれば,本件行政文書中には,原告の病状に関する情報も含まれることとなるが,原告の主張を前提としても,原告の病状に関する情報は自己の生命,健康に関する情報として,現在係争中の別件民事訴訟の遂行上,原告自身がこれを知る必要性があるというにすぎず,これをもって,人の生命,健康等を保護するため,当該情報を公にする必要があると認めることはできない。

2(1) 被告は,本件開示請求に対し,情報公開法8条に基づき,開示請求に係る本件行政文書の存否を答えるだけで,特定個人の刑の執行の有無という個人情報を開示することになるとして,本件行政文書の存在自体を明らかにすることなく,本件不開示決定をしている(前提となる事実(3))。

しかるところ,前提となる事実(2)記載のような本件行政文書の内容に照らせば,本件行政文書が存在しているか否かを答えるだけで,原告に係る刑の執行の有無という個人に関する情報が開示されることになることは明らかであり,仮に本件行政文書が存在するとしても,情報公開法5条1号本文前段の不開示情報に該当するから,被告が本件行政文書の存否を明らかにしないで本件開示請求を拒否したことは適法である。

(2)  原告は,仮に本件行政文書が同法5条1号本文前段の不開示情報に該当するとしても,原告の氏名,生年月日等を非公開とし,当時の治療に関する部分について,同法6条2項による部分開示を行うべきである旨主張するが,本件行政文書が,その存否を明らかにしただけで,同法5条1号本文前段に該当する不開示情報を開示することとなるのは,前記(1)のとおりであるから,原告の上記主張は失当である。

3(1)  原告は,本件行政文書に記録された情報は原告本人に関する情報であるから,本件行政文書を不開示とすることはできず,本件不開示決定は違法である旨主張する。

そこで,以下この点について検討する。

(2)ア  憲法21条は,国民の表現の自由を保障するところ,その実効性を担保するためには,国民の知る権利も保障する必要がある。しかしながら,憲法上認められる知る権利は,それ自体では抽象的な権利であり,特定の情報ないし文書の開示を請求するためには,これに具体的権利性を与える実定法上の根拠が必要であると解される。してみれば,開示請求権の内容や範囲も,当該実定法の目的や趣旨を参考として,当該実定法の文言に即して判断すべきこととなる。

イ そこで情報公開法の規定についてみるに,同法1条は,行政機関の保有する情報の一層の公開を図り,もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに,国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする旨規定している。また,同法3条は,何人も,同法の定めるところにより,行政機関の長に対して当該行政機関の保有する行政文書の開示を請求することができる旨規定しており,開示請求者について,何らの制約を加えていない。さらに,同法5条1号本文前段は,個人に関する情報であって,当該情報に含まれる氏名,生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるものを不開示情報としており,不開示の根拠として,個人のプライバシー保護の必要性を直接の判断基準とする立場に立たず,特定の個人を識別することができる情報(個人識別情報)は原則として不開示とする立場に立っているものと解される。

このほか,同法や同法施行令には,開示請求がされた情報が開示請求者自身の情報に該当するか否かを明らかにするための手続が何ら規定されていない。

ウ  以上のような情報公開法の規定に照らすと,同法は,本人による自己情報の開示請求のように,個人のプライバシーを侵害するおそれを想定し難い場合であっても,それが個人識別情報に該当する以上,原則として不開示とする立場に立っていると解するのが相当である。

エ  このことは,情報公開法の立法経緯からも明らかである。

すなわち,情報公開法制の整備について検討を行った行政改革委員会は,平成8年12月16日に「情報公開法要綱案」及び「情報公開法要綱案の考え方」を明らかにしたが,「情報公開法要綱案の考え方」の八(1)において,個人情報の本人開示の問題は,基本的には個人情報の保護に関する制度の中で解決すべき問題であるとともに,本人に開示すべき個人情報の範囲の在り方も,その中で専門的に検討すべき問題であるとし,また,個人情報の保護に関する制度が整備されるまでの措置として,情報公開法の中に本人開示を認める制度を盛り込むという意見もあるが,本人に開示することが不適切な情報も現実に存在し,不特定多数者を対象とする不開示情報の考え方とは異なる本人開示に特有の開示範囲を規定すること,請求者が本人であることの確認手続を規定することなどの情報公開法の枠組みを越えた検討が不可欠である,さらに,国民の関心が強いのは医療,教育関係情報であり,その取扱いについての専門的な検討を避けて制度化することも適切でないとして,同要綱案には個人情報の本人開示を認める制度を盛り込まないこととしたとされている(総務省行政管理局編・詳解情報公開法509頁以下参照)。

(3)  この点,原告は,兵庫県条例最高裁判決を根拠として,請求者自身の自己情報の開示請求の場合には,個人に関する情報(情報公開法5条1号)として不開示とすることは許されない旨主張する。

しかしながら,前記(2)アのとおり,開示請求権の内容や範囲は,当該開示請求権に具体的権利性を与える実定法の目的や趣旨を参考として,当該実定法の文言に即して判断すべきものであるから,兵庫県条例の解釈として判断を示した兵庫県条例最高裁判決によって,直ちに情報公開法の下においても自己情報の開示を認めるべきであるとすることはできない。

このことは,兵庫県条例8条1号には,「個人の思想,宗教,健康状態,病歴,住所,家族関係,資格,学歴,職歴,所属団体,所得,資産等に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,特定の個人が識別され得るもののうち,通常他人に知られたくないと認められるもの」が記録されている公文書については,その公開を行わないことができる旨が規定されており(乙第5号証),情報公開法5条1号本文前段の規定とはその規定ぶりを異にしていることからも明らかである。

もっとも,原告は,兵庫県条例最高裁判決が,①個人情報保護制度が採用されていない状況の下において,②情報公開条例に本人開示を許さない趣旨の規定が置かれておらず,③本人開示が個人の権利利益を害さないことが請求自体において明らかなときは,個人に関する情報であることを理由として不開示とすることができないと判示しているうち,③の「本人開示が個人の権利利益を害さないことが請求自体において明らかなときは,個人に関する情報であることを理由として不開示とすることができない」と判示している点を上記根拠として主張しているのであって,兵庫県条例8条1号と情報公開法5条1号本文前段との規定云々を主張しているのではないという。

しかし,兵庫県条例最高裁判決は,②の「情報公開条例に本人開示を許さない趣旨の規定が置かれて」いない点をも踏まえて,上記判示をしているのであるから,兵庫県条例8条1号と情報公開法5条1号本文前段との規定ぶりの違いを無視して,同判決の射程距離を測ることはできないから,原告の上記主張は採用できない。

(4) 以上の検討結果に照らせば,本件行政文書に記録された情報は原告本人に関する情報であるとの原告の主張を前提としても,前記1(1)の不開示情報に該当すると認められる本件行政文書について,これを不開示とした本件不開示決定は適法であるというべきである。

4  原告は,本件行政文書は,原告の生命,健康に係る重要なものであり,情報公開法7条により開示されるべきであるところ,本件不開示決定は,その点を全く考慮しておらず,違法である旨主張する。

この点,同条は,開示請求に係る行政文書に不開示情報が記録されている場合であっても,公益上特に必要があると認めるときは,開示請求者に対し,当該行政文書を開示することができる旨規定し,公益上の理由による裁量的開示を認めている。しかるに,原告の主張を前提としても,原告の病状に関する情報は自己の生命,健康に関する情報として,現在係争中の別件民事訴訟の遂行上,原告自身がこれを知る必要性があるにすぎず,これを開示することが公益上特に必要があると認めることはできない。そして,本件全証拠によっても,他に裁量権の逸脱,濫用を基礎付ける事情は見当たらないから,結局,本件不開示決定に際し,被告が同条による裁量的開示を行わなかったことについて,何ら裁量の逸脱,濫用は認められない。

5  その他,原審及び当審における当事者提出の各準備書面等に記載の主張に照らし,原審及び当審で提出,援用された全証拠を改めて精査しても,前記認定判断を覆すほどのものはない。

6  以上の次第で,本件不開示決定は適法であって,取り消されるべきものに当たらないことが明らかであるから,本件不開示決定の取消請求(原審以来の請求)は理由がなく,これを棄却すべきである。

また,本件新請求に係る訴えは,申請型義務付け訴訟であって,本件不開示決定の取消請求が認容されることを訴訟要件とするものであるから,結局,上記訴訟要件を欠くこととなり,不適法であるから,これを却下すべきである。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹原俊一 裁判官 長井浩一 裁判官 中村心)

<編注:原文内文章の『ゴシック体で記載した箇所』は、太字にて入力。>

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