大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成17年(ネ)1164号 判決 2005年12月01日

控訴人(第1審原告)

上記訴訟代理人弁護士

武村二三夫

平方かおる

被控訴人(第1審被告)

ゴムノイナキ株式会社

上記代表者代表取締役

上記訴訟代理人弁護士

森脇伸也

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は,控訴人に対し,502万9687円及びうち272万5050円に対する平成14年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人のその余の請求を棄却する。

2  訴訟費用は,第1・2審を通じてこれを2分し,その1を控訴人の負担とし,その余は被控訴人の負担とする。

3  この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は,控訴人に対し,1065万9680円及びうち532万9840円に対する平成14年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案の要旨

(1)  本件は,被控訴人の従業員であった控訴人が,被控訴人に対し,平成13年4月から平成14年7月までの大阪営業所勤務当時,連日午後10時ないし翌朝午前4時ころまでの平日の所定労働時間外勤務や休日の勤務(超過勤務)に対する賃金が支払われていないと主張して,給与規定に基づく超過勤務手当534万2365円のうち532万9840円及びこれと同額の労働基準法(以下「労基法」という。)114条に基づく付加金の各支払並びに超過勤務手当について最後の賃金支払日の翌日である平成14年7月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案であり,被控訴人は,超過勤務の実態を争うとともに,平成13年5月分の賃金について,消滅時効を援用し,また,超過勤務があったとしても付加金の支払を命じるのは相当ではない旨主張している。

(2)  原審は,平日について概ね午後7時30分までの超過勤務を認定し,付加金の請求も認容したが,休日勤務は否定し,また,被控訴人の消滅時効の主張は認めず,控訴人の請求のうち,超過勤務手当155万9550円及びこれに対する付帯請求並びに付加金131万8125円の支払を命じる限度で認容し,その余は棄却した。

控訴人は,原判決を自己の請求全部認容に変更することを求めて控訴した。

(3)  当裁判所は,休日勤務,付加金及び消滅時効については,原審と同様の判断をするが,平日については平均して午後9時までの超過勤務を認定するのが相当であると判断する。

2  前提事実(証拠によって認定した事実は,証拠を末尾に掲記し,それ以外の事実は争いがない。)

(1)  当事者

ア 被控訴人は,工業用ゴム製品・合成樹脂製品の販売等を業とする資本金9000万円の株式会社であり,本社は名古屋市にあり,営業所は愛知県小牧市,同県海部郡,東京都及び大阪府にある。

イ 控訴人は,昭和61年11月,被控訴人と雇用契約を締結して採用され,大阪営業所で勤務し,平成7年5月,名古屋本社に転勤し,平成13年4月,再び大阪営業所に戻って生産管理及び納期のデリバリーを担当していたが,平成14年7月,被控訴人を退職した(以下,大阪営業所に関する記述は,特に断らない限り,2度目の同営業所勤務時の事柄である。)。

(2)  雇用契約の内容

ア 大阪営業所における始業時刻は午前8時45分,終業時刻は午後5時30分(休憩時間は45分)であり,1日の就業時間は8時間であった。

また,同営業所においては,タイムカードは設置されていない。

イ 控訴人の大阪営業所勤務当時の基本給は月額36万4000円であり,毎月1日から月末までの賃金を当月25日に支給されていた。

(3)  時間外労働に対する賃金支払の合意内容

ア 被控訴人の就業規則の給与規定によれば,従業員が休日又は所定労働時間外に労働した場合は割増手当(超過勤務手当)を支払うこととされており,具体的には,所定時間外労働に対しては,賃金単価に勤務時間数及び1.25(深夜<午後10時から午前5時まで>は1.50)を乗じた額を,休日労働(週1回又は4週間4日の法定休日<日曜日>に労働したとき)に対しては,賃金単価に勤務時間数及び1.35(深夜<前同>は1.60)を乗じた額を支払うこととされている(<証拠略>)。

イ 控訴人の割増賃金計算の基礎となる1時間当たりの賃金単価は,1か月当たりの平均就労日数が20.5日であり,1日の労働時間が8時間であるから,上記の基本給を前提に計算すると,2220円である。

(4)  控訴人の催告と本件訴訟提起

控訴人は,被控訴人に対し,平成15年6月20日付け内容証明郵便によって本件超過勤務手当を支払うよう催告(同月23日到達)し,同年8月20日に本件訴訟を提起した(<証拠略>,弁論の全趣旨)。

(5)  被控訴人の消滅時効の援用

被控訴人は,控訴人に対し,平成15年10月2日の原審の本件口頭弁論期日において,平成13年5月分の超過勤務手当に関して,消滅時効を援用するとの意思表示をした。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  超過勤務の有無

〔控訴人〕

ア 大阪営業所における勤務の実態

大阪営業所には,営業2名,生産管理5,6名及び出荷業務パートの合計12名前後が勤務していた。仕事は慢性的に忙しく,女性従業員は午後11時前後まで,男性従業員は午前0時前後まで勤務していた。なお,大阪営業所にはタイムカードは設置されておらず,超過勤務については一応事前許可制とされていたが,その実態はなく,休日出勤の場合や不良品の処理など特別の指示があったときのみに,超過勤務の申告が許されるのが実態であった。

イ 控訴人の超過勤務

控訴人の超過勤務の具体的な内容は,別表1のとおりであるが,その概要は次のとおりである。

(ア) 平成13年5月から同年7月まで

控訴人は,上記期間中は,少なくとも,平日は午前8時45分から午後10時まで,休日は午前9時から午後8時まで勤務していた。

(イ) 平成13年8月について

控訴人は,平日は少なくとも午前8時45分から午後11時まで勤務していた。

(ウ) 平成13年9月から平成14年3月まで

控訴人は,午前0時を過ぎて勤務することも少なくなく,午前3時,4時まで勤務することもあった。そして,平成14年3月には,平日は午後11時までは勤務していた。

(エ) 平成14年4月から同年6月まで

平成14年4月は決算月のため,控訴人は,午前0時までは勤務しており,同月26日ないし27日に退職届を提出した後についても,少なくとも午後10時までは仕事をしていた。

なお,同月から同年5月にかけての連休の際にも,大阪営業所の所長が,各従業員に対し,連休休暇表を配布して休日出勤を求め,控訴人も出勤したが,超過勤務手当は支払われなかった。

ウ 控訴人の業務の内容

控訴人の行っていた業務は,通常は,以下のとおりである。

午前8時 出社し,事務所及び倉庫の扉を開錠する。

午前8時10分 定期便・北星ゴム便等の部品荷卸し作業の確認及び受入れ作業を行う。パレット積みの段ボール箱(40箱程)に収納すべき棚番を一番ごとに記入する。また,棚への収納作業を行う。

午前9時30分 当日分の出荷作業を行う。また,運送便及び他の納入業者の受入れ作業も行う。なお,客先及び仕入先からの部品や納期についての電話対応も行う。

午後0時 昼休憩

午後0時45分 午前中の当日分の出荷作業を引き続き行う。また,仕入先へ電話で納期フォローを行う。

午後2時 客先からの定期便の受入れ作業を行う。

午後3時 翌日分の出荷準備作業を行う。

午後6時 倉庫の後片付け及び整理を行う。

午後7時30分 本日の電話対応分等の事務処理及び注文部品の確認や入出荷リストによる客先へのフォローリストの作成。また,仕入先への督促リストの作成及び電話対応を行う。

午後10時以降 受け払い月報の調査業務,不良部品の修正処理業務,緊急部品の出荷作業を行う。また,上司であるA所長(以下「A所長」という。)及びB課長代理から指示された業務(部品のリストアップを行い,個々の部品についてそれぞれの経緯や今後の納入予定をリストに作成し,当日中に提出する。納期遅延部品<特定部品>の遅延に至る説明や,今後の対策,反省等を書面で提出する。客先よりの問い合わせや確認事項をクレームへすり替え,それらについての反省等を書面で提出する。)を行う。

なお,前記業務のうち,荷作業については,これをサポートするパート従業員がいたものの,パート従業員がいるのは毎日ではなく,毎週1,2日のみにすぎない。

そして,控訴人は,業務中,頻繁に上司から事務所に呼び出されて,1,2時間の打合せを行うため,担当業務が停滞して時間がずれ込み,出荷作業などの通常業務を夜にしなければならないこともあった。

エ 控訴人の超過勤務を裏付ける事実

(ア) 長時間の業務が続いたため,控訴人の体重は急激に減少した。すなわち,本社に勤務していた平成12年10月6日当時,控訴人の体重は57.1kgであったところ,平成13年4月の2度目の大阪営業所への配置転換を経て,同年9月14日には52.3kgとなっており,わずか半年で,5kg近い急激な体重の減少があったことになる。

(イ) 控訴人が大阪営業所から電車に乗車して帰宅する場合,午後11時3分発の最終バスに乗車する必要があり,そのためには午後10時55分までに仕事を打ち切る必要があったが,平成13年7月31日までに関しては,最終バスに乗車することができる場合もあった。

控訴人は,同年6月,7月には,最終バスに乗車するために,午後10時50分ころまで仕事をするのが定例化していたが,最終バスに乗車できずに,会社の車に乗車して帰宅する場合もあった。

控訴人は,同年8月1日からは,仕事が終わらずに,最終バスに乗車することができなくなったため,会社の個別の許可を得て,会社の車に乗車して帰宅するようになった。

控訴人は,同年10月1日以降は,会社の車を常時借用するようになった(同月17日付けで「社有車借用許可申請及び誓約書」を提出して被控訴人の許可を受けている。)。

(ウ) 被控訴人の日直当番戸締まり確認リストには,最後に大阪営業所を退出した者が最終確認を行った時間が記録されており,平成14年1月から同年5月までの記録によると,最終確認の時間は,毎日午前0時を過ぎており,ときには午前4時や5時まで残業するという実態が明らかである。このうち,控訴人は,同年1月16日(午前0時),同年2月8日(午前1時30分),同月21日(午前0時40分),同月28日(午前0時),同年3月9日(午前1時)の各日に最終確認者になっている。

(エ) 控訴人の妻であるFは,平成13年9月から,控訴人の帰宅時間を記録するようになった。平成13年9月から平成14年2月までの別表1の「業務終了時刻」欄記載の時刻は,原則として,Fの記録していた帰宅時間から,自動車による通勤所要時間50分を差し引いた時間である。

Fが,上記のように控訴人の帰宅時刻を記録に残していたのは,超過勤務により,控訴人の体重が急激に減少してきたため,その体調を心配したからである。

〔被控訴人〕

ア 大阪営業所の勤務の実態

(ア) 大阪営業所の平成13年4月以降の人員構成は,おおむね営業及び生産管理13名,嘱託2名,パート14名程度で,合計29名程度であった。

大阪営業所においては,繁忙期等には従業員が所定労働時間外に勤務することがあるが,連日多数の者が深夜まで勤務するような実態は存在しない。

(イ) 大阪営業所においては,各従業員は自己の従事すべき業務が終了した者から順次退社しており,自己の業務が終了したにもかかわらず,他の従業員を気遣うなどして退社せずに会社に居残るようなことはないし,そのようなことがあっても超過勤務手当の支給対象外である。

(ウ) 大阪営業所における超過勤務については,事前許可制であった。その運用方法は,次のとおりである。

a 残業等の超過勤務が必要となった従業員は,「残業(休日出勤)許可願」に所定の事項を記載の上,上司に提出する。

b 上司が,当該勤務の内容・時間・必要性等を把握,確認した上で,許可し,実施された超過勤務について,その手当を支払う。

大阪営業所においては,本社からの指導に基づき,従業員に対し,超過勤務について,必ず当該手続を履践するよう朝礼等において周知していた。そして,控訴人も,当該手続の存在を十分認識しており,真に必要な超過勤務については,正規の許可願を提出した上で,超過勤務に従事して手当の支給を受けている。大阪営業所においては,従業員の許可願の提出に圧力を加えることはなかったし,許可願を提出しにくいような雰囲気が形成されていたこともない。

大阪営業所においては,従業員が許可を求めた超過勤務については,すべて許可して手当を支給してきた。

(エ) なお,平成14年4月から5月の連休に,各従業員が出勤を命じられた事実もない。被控訴人は,出勤命令を出しておらず,各従業員が自己の判断で出勤したものである。

(オ) 大阪営業所は,平成14年10月,淀川労働基準監督署から指導を受けるに先立って,監督官によって全従業員に対する個別面接が実施されたが,その際明らかになった未申告の時間外勤務は,一部の従業員について,せいぜい1か月当たり4時間ないし8時間程度にすぎない。

イ 控訴人の超過勤務

控訴人主張の別表1記載の超過勤務の事実は否認する。

営業職の中には,比較的多忙な業務に従事せざるを得ない者も存在していたが,控訴人が従事していた生産管理部門は,営業職と異なって,営業所内での定型業務(いわばルーチンワーク)が多くを占めており,さして多忙な部署とは言い難く,同部署に所属する控訴人は,決して慢性的に忙しいというような状態ではなく,定時に終了することが多かった。

控訴人の勤務態度は必ずしも良好なものではなく,取引先からクレームを受けることも多く,また控訴人は,終業時刻以降,業務上の必要性がないにもかかわらず,倉庫内で寝ていたり,他の従業員と雑談したりして,業務と無関係に無為な時間を過ごすことが多かったから,退社時間をもって,控訴人に手当が支給されるべき業務の終了時刻と認めることはできない。

大阪営業所の従業員(パート従業員等は除く。)は,2階事務室内の一定の場所に自分の席があり,控訴人も事務室内の決まった場所に自分の席があった。また,2階には,事務室と扉で区切られた形で倉庫が存在しているが,事務室と倉庫は完全に区切られているため,事務室内にいると倉庫内の状況は認識しにくい構造となっている。控訴人は,終業時刻以降,特段従事すべき業務がないにもかかわらず,この倉庫内に居残って過ごすことが多かった。

ウ 控訴人の業務の内容

(ア) 控訴人の通常の業務の概要は,次のとおりであった。

午前8時45分 定期便による部品等の受入れ作業

午前10時 当日出荷する部品の出荷準備

午後2時 出荷作業,翌日の出荷の準備,倉庫整理

午後5時 注文品の確認,入出荷のチェックと必要な部品の督促

午後5時30分 業務終了

(イ) 控訴人主張にかかる業務内容は,以下のとおり,過大なものである。

a パレット積みについては,段ボール箱は多いときでも30箱程度であるし,控訴人1人で作業するのではなく,3名で行っていた。また,棚への収納作業は,男性パート従業員が行っており,控訴人自身の業務ではない。

b 倉庫の後片付けも,午後5時までに完了できるものであった。

c 控訴人が,午後7時30分以降に行ったと主張する業務については,<1>控訴人が与えられた日々の業務を普通にまじめに行っていれば,本来定時内に完了可能であって,完了すべきもの,<2>そもそも連日のように発生するはずのないもの,<3>発生するとしても夜遅くに発生したり作業したりするはずのないものばかりである。

フォローリスト(顧客への納品状況を管理するために納品遅れが記載されたリスト)及び督促リスト(仕入先に対する督促が必要なものが記載されたリスト)の作成については,控訴人は,入出荷の伝票をチェックしてデータを入力し,リストをもとに顧客への納品遅れ状況を適切に把握し,主体的に顧客への納品遅れが生じないよう,ないし解消するよう,早期に仕入先に対して納品を督促する業務を担当していた。これらの業務は,通常30分程度(かかっても1時間弱程度)で完了するもので,本来,定時内に行うべきものである。

しかし,控訴人の業務への取組には,不十分,不熱心な面がみられ,顧客から納品遅れによる督促を受けて初めて仕入先に督促の電話をするなど,納期管理や顧客に対する対応が後手後手に回ることが多かった。控訴人の不十分,不熱心な勤務に起因する納品遅れや顧客に対して納期を明確に回答しないなどの不誠実な姿勢に対して,顧客から要望・苦情が生じており,従業員からも控訴人の勤務態度に対する不満,不信が相次いでいた。

このように,控訴人が午後7時30分以降に行ったと主張する業務については,本来定時内に完了させるべき業務であるが,仮に控訴人がこの時間帯に行っている場合があったとすれば,控訴人自身の日常業務における職務怠慢に起因するものである。

d 控訴人が午後10時以降に行ったと主張する業務のうち,受け払い月報の調査業務については,同月報は毎月1回作成されるものであるから,これに関する業務が日々発生するものではない。また,その調査業務(入出庫数量の差異調査)を午後10時以降に行うべきものではない。

不良部品の修正処理業務は,発生しないことが多く,発生しても月に1回程度にすぎない。

緊急部品の出荷作業は,一定の頻度で生じるものの,毎日のように頻繁に生じるものではない。また,出荷を委託している運送業者の荷受けは夕方までに完了しており,運送業者が荷受けに来ない午後10時以降に緊急の出荷作業を行うことはない。

上司からの指示については,顧客からのトラブルが生じた際の対応に関するものであり,そもそも対応が必要となるトラブルが連日のように生じることはない。また,上司が控訴人に対して書面の提出を複数回求めたことがあるものの,連日求めたものではないし,午後10時以降に求めたことはない。

エ 控訴人の超過勤務を裏付ける事実

(ア) 控訴人の妻が作成していたとする帰宅記録については,記録された時刻自体無条件に信用できない。また,控訴人が,常に会社からまっすぐ帰宅するわけではないから,記録された時刻から控訴人の勤務時間が明らかになるものでもない。

(イ) 日直当番戸締まり確認リストについては,そもそも従業員の時間外勤務等を記録する用途の文書ではなく,最終確認者がその時刻まで社内に存在したことは事実であるものの,一旦外出して食事をした後会社に戻り,その後帰宅する場合など,当該確認者が,必ずしも退出時刻まで必要な残業をしていたわけではない。また,一人の従業員の退出時刻をもって,他の多数の従業員までが同じ時刻まで一緒に社内に残り,真に必要な残業に従事していたことを示すものではない。

(ウ) 控訴人は,体重が減少したことをもって超過勤務の存在を推認させる根拠として主張するが,体重の減少には仕事以外の多様な要因が影響するし,約1年の間に4.8kgの体重が減少することは,一般の生活の中でも十分に生じうる。尿酸値の減少などの点では,むしろ改善されている。

(2)  未払の賃金額

〔控訴人〕

未払の賃金額は,別表2のとおり(なお,別表1の平日深夜時間及び法定外休日深夜時間の合計が,別表2の「(月~土)深夜残業時間」である。)であって,その合計は534万2365円である。

〔被控訴人〕

控訴人主張の額は争う。

(3)  消滅時効の成否

〔被控訴人〕

控訴人は,本件訴訟提起の6か月以内である平成15年6月20日付け内容証明郵便により,本件時間外勤務手当の催告をして消滅時効が中断したが,その2年以前である平成13年5月分の賃金請求権については,労基法115条により消滅時効が完成している。

〔控訴人〕

前記のとおり,被控訴人においては,賃金は,毎月1日から末日までの分を当月25日に支払う約定となっているから,平成13年5月分(同月1日から同月末日まで)の賃金債務の履行期は同月25日となるが,上記の当月25日払いの約定は,毎月定額で発生する基本給,家族手当,通勤費等について適用されるものであり,超過勤務手当のように最終的に月末で締めた実績にしたがって計算すべき費目については,その翌月の25日に支給される。

したがって,平成13年5月分(同月1日から同月末日まで)の超過勤務手当の履行期は,同年6月25日となる。

控訴人は,被控訴人に対し,同日から2年経過する前の平成15年6月20日付け内容証明郵便によって本件超過勤務手当を支払うよう催告(同月23日到達)し,この催告から6か月経過する以前の同年8月20日に本件訴訟を提起しているから,被控訴人主張の時効は完成していない。

(4)  付加金の支払義務の有無

〔控訴人〕

前記のとおり,被控訴人は,時間外勤務手当を支給しておらず,労基法37条に違反しているから,同法114条に基づき,超過勤務手当と同額の付加金の支払を求める。

〔被控訴人〕

付加金の性質は,使用者に対する制裁であるから,訴訟にあらわれた一切の事情を斟酌して,使用者に付加金の支払を命じることが酷であると認められる場合には,裁判所は,裁量的に付加金の支払を命じないことができる。

本件において,仮に控訴人の超過勤務が認定される場合であっても,以下の事情に照らせば,付加金の支払を命じるのは相当ではない。

ア 控訴人が仮に超過勤務をしていたとしても,その労働密度は低い。

イ 被控訴人は,平成14年10月,淀川労働基準監督署の監督官からの指摘を受け入れ,監督官による全従業員に対する個別面接の実施に全面的に協力し,未申告や未払の超過勤務手当を従業員に支払い,従業員による出退勤時間を記入するよう出勤簿の改訂も行った。

ウ 被控訴人は,本件訴訟の提起前から,控訴人やその所属する労働組合との間で,誠実に交渉に当たったが,控訴人が過大な要求をしたため,交渉が決裂するに至った。

エ 被控訴人は,本件訴訟において,原審裁判所が勧告した和解案について,直ちに応じる旨回答し,控訴人の申出も受け入れた。

オ 控訴人は,退社後も,被控訴人による福利厚生の恩恵を受け続けている。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実及び証拠(<証拠略>,原審及び当審証人A,原審及び当審控訴人本人)並びに弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

(1)  1回目の大阪営業所勤務時代の時間外勤務状況

ア 平成3年11月ころから平成4年8月ころまでの控訴人の時間外労働時間(時間外手当が支給された時間)は,概ね1か月40時間ないし50時間程度であった(控訴人は,上記の時期の時間外手当に関しては特に大きな不満は述べていない。)。

なお,被控訴人の給与規定10条によれば,超過勤務手当については,事前に所定労働時間内に「休日出勤・残業許可願」を所属長に提出し,許可を得なければならないものと定められており,上記許可願の書式も作られているが,当時は,上記許可願を提出せずに従業員が超過勤務する場合にも,自己申告により超過勤務手当が支払われるという実態があった。

イ 平成4年夏ころ,大阪営業所の所長が前任のCからA所長に交代したところ,同所長は,従業員に対し,「会社に残るのは結構だが,必要な業務をせずに居残っているだけの時間については残業の申告はしないように。」と通告し,終業時刻後に,「休日出勤・残業許可願」を提出せずに残っている従業員に対し,当該従業員が仕事をしていないことを理由に退社することを求めることはなかったが,他方で上記許可願の提出を厳格に求めるようになった。そのため,従業員が終業時刻以後に仕事をしていても,上記許可願を提出しない場合は,当該従業員に対して被控訴人から超過勤務手当が支払われないようになった。

そのためもあって,平成4年9月ころから平成5年9月ころまでの控訴人の時間外労働時間(前同)は,激減し,時間外労働時間が全くない月もあり,あっても1か月当たり,5時間から11時間程度となった。

(2)  2回目の大阪営業所勤務時代の同営業所の勤務体制等

ア 控訴人が平成13年4月以降に大阪営業所に在籍していた当時の大阪営業所の所長は,A所長であり,同営業所には,30名近くの従業員が在籍していたが,その約半数はパート従業員であった。

イ 被控訴人の大阪営業所における始業時刻は午前8時45分,終業時刻は午後5時30分(休憩時間は45分)であり,1日の就業時間は8時間であった。

同営業所においては,週休2日制がとられており,毎週土曜日及び日曜日が休日であり,タイムカード等を用いた出退勤管理は行われていなかった(パート従業員については,タイムカードが使用されていた。)。

(3)  控訴人の大阪営業所での勤務状況等

ア 控訴人は,遅くとも午前8時30分の出社時刻までには,大阪営業所に出勤していた。

イ 控訴人の通常の業務の概要は,<1>定期便による部品等の受入れ作業,<2>当日出荷する部品の出荷準備,<3>出荷作業と翌日の出荷の準備,<4>倉庫の整理,<5>注文品の確認,入出荷のチェックと必要な部品の督促であり,定型的で,おおむねその従事する時間も下記のとおり決まっていた。なお,控訴人は,この後の午後6時ころから午後7時30分ころまでの間に倉庫の後片付けや整理を行う旨供述している。

午前8時45分 定期便による部品等の受入れ作業

午前10時 当日出荷する部品の出荷準備

午後2時 出荷作業,翌日の出荷の準備,倉庫整理

午後5時 注文品の確認,入出荷のチェックと必要な部品の督促

ウ このほか,控訴人の業務には,<1>当日の電話対応分等の事務処理及び注文部品の確認や入出荷リストによる客先へのフォローリストの作成,仕入先への督促リストの作成及び電話対応,<2>受け払い月報の調査業務,不良部品の修正処理業務,緊急部品の出荷作業,<3>上司であるA所長及びB課長代理から指示された業務(部品のリストアップを行い,個々の部品についてそれぞれの経緯や今後の納入予定をリストに作成し,当日中に提出する。納期遅延部品<特定部品>の遅延に至る説明や,今後の対策,反省等を書面で提出する。客先よりの問合せや確認事項をクレームへすり替え,それらについての反省等を書面で提出する。)があるが,これらは必ずしも終業時刻以降に発生する業務ではないし,<1>のフォローリストの作成以外は毎日発生する業務でもない。

エ 大阪営業所は,2階に事務所と倉庫が存在し,控訴人も事務所内に決まった自席を有していたが,職務内容からしても倉庫内で作業を行うことも多く,倉庫は事務室とドアにより完全に区切られているため,事務室内から倉庫内の作業の状況は認識するのは困難であった。

控訴人は,終業時刻以降,倉庫内で過ごすことが多かった。

オ 大阪営業所における終業時刻以降の残業は,明示の職務命令に基づくものは別として,多くの場合は,その日に行わなければならない業務が終業時刻までに終了しないためやむなく終業時刻以降も残業せざるを得ないという性質のものであり,従業員の作業のやり方等によって,残業の有無や時間が大きく左右されることになる。現に,控訴人自身,当審における本人尋問において,繁忙時期以外は,やろうと思えば遅くとも午後10時ころまでに業務を終了することが可能であったという趣旨の供述をしている。

また,同営業所においては,業務のためばかりではなく,スキルアップのための読書をしたり,家庭内の問題等から,営業所で仕事と関係のないパソコン操作をしたり,近くの飲食店で食事を済ませた後,営業所に戻り,その後帰宅したりする従業員もいた。

(4)  控訴人の休日出勤・残業許可願の提出状況

控訴人が平成13年4月以降の大阪営業所に勤務している期間に,「休日出勤・残業許可願」を被控訴人に提出したのは,同年6月28日,同月29日,同年9月3日,同月4日及び同年12月28日の合計5日間であるが,同年6月28日及び同月29日の2日間については,実際には,同月23日の土曜日に出勤したことによる休日出勤手当について,被控訴人の指示に基づき,同月28日及び同月29日に超過勤務をしたことにして,その旨の報告をしたものであった。そして,控訴人は,大阪営業所に勤務している期間,前記のとおり許可願を提出した場合には被控訴人から超過勤務手当が支払われたが,これ以外の超過勤務に関して,被控訴人から超過勤務手当が支払われたことはなかった。

(5)  「日直当番戸締まり確認リスト」について

大阪営業所においては,最後に営業所を退出する者が,営業所内の電源が切られているか,戸締まりがされているかなどを確認した上,「日直当番戸締まり確認リスト」に自らの氏名と最終確認の時間を記載していた。

被控訴人において,現在残っている同リストは,平成14年1月から同年5月まで(<証拠略>)である。

そして,控訴人が,上記期間のうち,同リストに記載したのは,1月16日(午前0時),2月8日(午後11時30分),同月21日(午前0時40分),同月28日(午前0時),3月9日(午前1時)の合計5日であり,4月及び5月には,その記載はない。控訴人以外の者による最終確認の時間は,午後10時30分から午前4時30分の間であり,その多くは午前0時以降である。

(6)  社有車による通勤

控訴人は,平成13年4月に大阪営業所で勤務するようになった当初,午後11時3分発の最終バスに乗車できない場合には(午後10時55分に退社しないと間に合わない。),被控訴人に「車輌一時借用願」を提出して,会社の自動車に乗車していた。そして,平成13年10月1日からは,通勤用として,会社から毎日社有車を借用するようになり,同月17日付けで「社有車借用許可申請及び誓約書」を提出して被控訴人の許可を受け,以後は個別に届出を出すことはなくなった。

(7)  帰宅時間の記録等

ア 控訴人の妻Fは,控訴人の帰宅が遅いことから,その体調を心配し,平成13年9月から平成14年3月までの間,控訴人が自宅に帰宅した時間をノート(<証拠略>)に記載するようになったが,控訴人自身は,自らの退社時間を記録に残すことはなかった。また,控訴人が帰宅した際,Fが就寝していた場合には,控訴人が翌朝帰宅時間をFに告げ,Fがその時間をノートに記載していたが,控訴人が告げた時間は必ずしも正確なものではない。さらに,上記ノートはあくまで控訴人の帰宅時刻を記載しているため,例えば控訴人が他の従業員を自宅まで送った後に帰宅したり,寄り道をした場合には,上記ノートの記載だけでは退社時間を把握できない。

また,上記ノートはほぼ30分単位で記載されており,控訴人の妻が上記のように記載した帰宅時間は,ほとんどの日について午前0時を過ぎており,午前3時を過ぎることもあった。

イ 控訴人は,Fの記録した帰宅時刻にあわせて,平成14年2月1日から同年5月末日までは,退社時刻等のメモ(<証拠略>)を作成しているが,同メモは控訴人が後日記憶に基づいて記載したものであり,その正確性には多大の疑問がある。

ウ 平成13年6月22日には,午後6時30分から大阪営業所において職場の歓送迎会があり,控訴人はこれに出席している。

また,平成14年3月22日にも,午後6時30分から同様に送別会があり,控訴人はこれに出席している。

エ 控訴人は,平成14年5月以降については,平日の業務終了時刻は午後10時までであること,休日勤務もなかったことを供述している。

(8)  控訴人の健康状態

控訴人の体重は,平成7年から平成9年ころまでは,58kg前後であり,社内の健康診断において,平成10年10月1日には55.9kg,平成11年10月8日には57.1kg,平成12年10月6日には57.1kg,平成13年9月14日には52.3kgと記録されている。

(9)  控訴人の退職

控訴人は,平成14年4月27日,被控訴人に対し,同年7月末日付けをもって退職したいとの退職願を提出したが,同年6月ころから,被控訴人から退職を強要されたと主張するようになり,労働組合も関与して交渉が行われたこともあった。

被控訴人は,同年7月15日,控訴人に対し,同日より同月31日までの間の休業を命じた。

控訴人は,結局,同年7月に,上記の退職願のとおり,被控訴人を退職した。

(10)  A所長報告書

A所長は,平成14年6月17日付けで控訴人の職務内容や残業時間について,D専務宛に作成した報告書(<証拠略>)を作成しているが,同報告書において,「控訴人は,平成13年9月ころまでは,9時~10時ころまでには帰宅していた。10月ころからは,社有車にて通勤に切替え,帰社(ママ)は9時~12時ころには退社していた。」旨の記載がある。

(11)  労働基準監督署の是正勧告

被控訴人は,平成14年10月,淀川労働基準監督署から時間外勤務手当を支給していないという労基法37条違反で是正勧告を受けた。

その際,労働基準監督署の監督官により大阪営業所の従業員に対する面接調査がされたが,その結果判明した賃金未支給の時間外労働は,5人について,1か月当たり4時間ないし8時間程度であった。

なお,被控訴人は,その際時間外労働時間を適正に把握するため,タイムカードやIDカードによる管理の指導も受けたが,その後もタイムカード等の導入はせず,代わりに出勤簿に出退勤の時間を記載することとした。

2  超過勤務の有無(争点(1))について

(1)ア  控訴人は,別表1記載のとおり勤務したと主張している。

なるほど,前記認定のとおり,日直当番戸締まり確認リストの記載によれば,大阪営業所においては,従業員が最後に営業所を退出するのは多くは午前0時以降であったこと(認定事実(5)),控訴人については,平成13年4月に大阪営業所で勤務するようになった当初,午後11時3分発の最終バスに乗車できずに会社の自動車に乗車する場合があり,同年10月1日からは,恒常的に会社から社有車を借用するようになったこと(同(6)),控訴人の妻も,控訴人の帰宅が遅いことから,その体調を心配して,控訴人が自宅に帰宅した時間をノートに記載するようになったこと(同(7)ア),現に,控訴人の体重は,大阪営業所に勤務していた約1年間に約5kgも減少していること(同(8))などに照らすと,控訴人は,午後5時30分の終業時刻以降も相当長時間,大阪営業所に残っていることが恒常化していたというべきである。

イ  しかし,控訴人が具体的に主張している業務終了時刻については,平成13年5月から同年8月及び平成14年4月から同年6月までの期間については,控訴人の供述を裏付ける客観性のある証拠は皆無である。

また,平成13年9月から平成14年3月までの期間についても,控訴人の供述を裏付ける証拠は,前記の日直当番戸締まり確認リストの記載のほかは控訴人の妻Fが記載したノート(<証拠略>)しか存在していない。そしてF記載のノートも,帰宅時間しか記載されていないため,控訴人が途中で寄り道をした場合にはそれだけでは退社時刻の把握が困難であるし(控訴人は,他の従業員を送っている日以外は寄り道をしたことがなく,他の従業員を送ったのは職務命令に基づくものであると供述しているが,俄かに信用できない。),控訴人が帰宅した際にFが就寝していた場合には,控訴人が翌朝Fに帰宅時間を告げていたというのであるが,その時間は必ずしも正確なものではないというのであるから,上記ノートの記載により控訴人の退社時刻を確定することもできない。

ウ  さらに,労基法上の労働時間とは,労働者が使用者の明示又は黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間であると解するべきところ(最高裁判所平成12年3月9日判決・民集54巻3号801頁参照),控訴人の超過勤務自体,明示の職務命令に基づくものではなく,その日に行わなければならない業務が終業時刻までに終了しないためやむなく終業時刻以降も残業せざるを得ないという性質のものであるため,控訴人の作業のやり方等によって,残業の有無や時間が大きく左右されることからすれば,退社時刻から直ちに超過勤務時間が算出できるものでもない。

エ  しかし,他方,タイムカード等による出退勤管理をしていなかったのは,専ら被控訴人の責任によるものであって,これをもって控訴人に不利益に扱うべきではないし,被控訴人自身,休日出勤・残業許可願を提出せずに残業している従業員が存在することを把握しながら,これを放置していたことがうかがわれることなどからすると,具体的な終業時刻や従事した勤務の内容が明らかではないことをもって,時間外労働の立証が全くされていないとして扱うのは相当ではないというべきである。

オ  以上によれば,本件で提出された全証拠から総合判断して,ある程度概括的に時間外労働時間を推認するほかない。

そして,前記認定事実によれば,控訴人が主張する午後7時30分以降の業務は毎日発生するものではないこと(認定事実(3)ウ),控訴人自身,繁忙期以外の時期には,やろうと思えば午後10時には退社できたことを自認していること(同(3)オ),控訴人の平成3年11月ころから平成4年8月ころまでの大阪営業所における時間外労働時間(時間外手当が支給された時間)は,概ね1か月40時間ないし50時間程度であり,これには控訴人も特に大きな不満を述べていないこと(同(1)ア)(1か月の労働日数は約20日間であるから,毎日同程度の残業をしたとすると,1か月40時間の場合は,1日当たり2時間<午後7時30分まで>,1か月50時間の場合は,1日当たり2時間30分<午後8時まで>となる。)A所長作成の文書では,控訴人は,午後9時~12時ころに帰(ママ)社していた旨の記載があること(同(10))が認められ,これらの事実によれば,控訴人は,平成13年5月以降平成14年6月までの間,平均して午後9時までは就労しており,同就労については,超過勤務手当の対象となる(ただし,平成13年6月22日及び平成14年3月22日については,午後6時30分までである。)と認めるのが相当である。なお,控訴人は,平成13年10月19日の始業時刻が午前6時である旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

(2)  控訴人は,休日にも勤務していたと主張しており,控訴人の妻であるFの記録していた前記ノート(<証拠略>)にもその旨の記載がある。

しかし,休日に勤務していたとの点については,控訴人の原審提出の陳述書(<証拠略>)には記載がないし,原審本人尋問においても勤務したとは積極的に供述していない。控訴人は,当審本人尋問において,休日にも出勤して納期遅れの製品の処理等をしていた旨供述しているが,原審本人尋問において積極的に供述していなかったことからすると,信用性に疑問が残るし,仮に休日にも出勤していたとしても,前記認定のとおり,平成14年5月以降は全く休日に出勤していないこと,控訴人の時間外労働自体,明示の職務命令に基づくものではなく,控訴人の作業のやり方等によって大きく左右されることなどに照らすと,休日に超過勤務手当の対象となる労基法上の労働がされたとまでは認め難い(なお,認定事実(4)のとおり,平成13年6月23日の休日出勤については,平日の超過勤務として超過勤務手当が支払われている。)。

(3)  被控訴人は,控訴人が,真に必要な超過勤務については,正規の許可願を提出した上で,超過勤務に従事して手当の支給を受けている旨主張するところ,前記認定によれば,控訴人の請求にかかる超過勤務のうち,平成13年9月3日及び同月4日については,許可願を提出し,被控訴人が超過勤務手当を支払ったことが認められる。控訴人は,前両日については,午後5時30分から午後10時までの残業の許可を願い出たものであるところ(<証拠略>),午後10時以降も就労していたことを認めるに足りる証拠がないことに照らすと,前両日の超過勤務手当の支払を求める控訴人の請求には理由がない。

(4)  したがって,控訴人の超過勤務手当の対象となる勤務時間については,別表3記載のとおり(超過勤務は,平成13年5月は80時間30分,同年6月は71時間,同年7月は77時間,同年8月は63時間,同年9月は63時間,同年10月は80時間30分,同年11月は77時間,同年12月は59時間30分,平成14年1月は66時間30分,同年2月は70時間,同年3月は64時間,同年4月は70時間,同年5月は70時間,同年6月は70時間)であり,合計982時間であると認められる。

3  未払の賃金額(争点(2))について

前記前提事実(3)イ記載のとおり,超過勤務手当支給の基準となる控訴人の賃金単価は2220円であるから,未払賃金額は,これに給与規定の係数1.25を乗じ,さらに982時間を乗じた額である272万5050円である。

4  消滅時効の成否(争点(3))について

(1)  前記前提事実(2)イ記載のとおり,被控訴人においては,賃金の支払は,毎月末日締め当月25日払いであるが,超過勤務手当については,現実の超過勤務に対する対価である以上,超過勤務をしない限り発生せず,その額を算定することもできないものであるから,超過勤務手当に関する限りは,その支払は,当月25日払いではなく,翌月25日払いであったと認められる。

(2)  被控訴人は,平成13年5月分の超過勤務手当について消滅時効が完成している旨主張しているが,前記前提事実(4)記載のとおり,控訴人は,同月分の超過勤務手当の履行期である同年6月25日から2年以内(労基法115条)の平成15年6月23日に履行の催告をし,さらに,その後6か月が経過していない平成15年8月20日に本件訴訟を提起したのであるから,平成13年5月分の超過勤務手当についても時効が中断しており,消滅時効は完成していない。

(3)  したがって,消滅時効に関する被控訴人の主張は採用することはできない。

5  付加金の支払義務の有無(争点(4))について

被控訴人が主張するとおり,付加金の支払を命じるか否かについては,裁判所に裁量権があり,使用者に付加金の支払を命じることが酷であると認められるような場合には,付加金の支払を命じるのは相当ではないと解される。

しかし,本件においては,前記認定のとおり,被控訴人自身,タイムカードを導入しないなど自ら出退勤の管理を怠っていたこと,そのため相当長時間の超過勤務手当について手当が支給されずに放置されていたこと,現に,労働基準監督署からその旨の是正勧告も受けていることなどの事情を考慮すると,被控訴人が主張する事由を考慮しても,付加金の支払を命ずるのが相当でない場合に該当するとは認め難い。

ただし,付加金の支払の請求は,違反のあった時から2年以内にしなければならないところ,本件では,前記のとおり,超過勤務手当の弁済期は翌月25日であり,平成13年5月の勤務に対する超過勤務手当の弁済期は同年6月25日,同年6月の勤務に対するそれは同年7月25日であるところ,控訴人が本件訴訟を提起したのは平成15年8月20日であり,平成13年5月分及び同年6月分については付加金の対象とならない。

したがって,平成13年7月以降の勤務について,超過勤務手当と同額の付加金の支払を命じるのが相当であり,その額は230万4637円(830時間30分として計算,円未満切捨て)となる。

6  結論

以上によれば,被控訴人は,控訴人に対し,272万5050円の超過勤務手当及びこれに対する最後の賃金支払日の翌日である平成14年7月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金並びに230万4637円の付加金を支払うべきである。

よって,原判決を上記の趣旨に変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 髙山浩平 裁判官 神山隆一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例