大阪高等裁判所 平成17年(ネ)1229号 判決 2005年9月29日
控訴人 X株式会社
代表者代表取締役 A
訴訟代理人弁護士 砂山一郎
同 宮内勉
同 宮内俊江
同 水谷恭子
同 石井龍一
同 籔内正樹
被控訴人 Y
訴訟代理人弁護士 村田恒夫
同 安富真人
同 中山善太郎
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は控訴人に対し、一六三〇万四九四四円及びこれに対する平成一五年七月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(4) (2)項につき仮執行宣言
二 被控訴人
主文同旨
第二事案の概要
一 本件は、民事再生手続が開始された株式会社a(以下「a社」という。)と再生手続認可後も取引を継続していた控訴人が、a社が再生手続認可後一年余りで再生手続が廃止され、破産宣告を受けたことにより、売掛代金のうち一六三〇万四九四四円が回収できなかったのは、a社の代表取締役であった被控訴人の代表取締役としての任務懈怠または被控訴人の詐欺的言動に基づくとして、商法二六六条の三第一項または民法七〇九条に基づき損害賠償請求した事件である。
原判決は、取締役としての任務懈怠及び詐欺行為はいずれも認められないとして控訴人の請求を棄却したので、控訴人が控訴に及んだ。
二 争いのない事実等(証拠の掲記のない事実は、当事者間に争いがない。)
(1) 控訴人は、靴製品の製造販売を業とする株式会社であり、平成一三年九月二七日にa社が再生手続開始申立てをする以前からa社と取引があり、a社の最大の債権者であった。
(2) 被控訴人は、a社及びa社の取引先である株式会社b(以下「b社」という。)が平成一三年一〇月一一日午前一一時に再生手続開始決定を受ける以前及び平成一四年三月一三日再生計画認可決定以後も両社の代表取締役であった。
(3) a社は被控訴人によって昭和五二年八月二六日設立された繊維製品及び靴製品の製造販売等を目的とする会社であり、b社は同じく被控訴人によって昭和四九年一〇月一一日設立された衣料品や靴製品の販売等を目的とする会社であった。b社の主力商品は子供服飾雑貨であったが、a社の近年の主たる業務はb社が販売する子供服飾雑貨品の企画・製作及び仕入れで、b社に対する売上がこれらの売上全体の九割を超えていた。
(4) b社は、消費低迷による売上の極端な悪化に加え、主要取引先の倒産の煽りを受けたこと等から、運転資金の確保等が不能となって、経営に行き詰まり、平成一三年九月二七日、東京地方裁判所に対して、民事再生法に基づく再生手続開始の申立を行い、同裁判所により、再生手続が開始され、平成一四年三月一三日再生計画の認可決定がされた。
しかし、b社は、再生債権を計画どおり弁済することができなかったため、平成一五年四月一八日、東京地方裁判所に対して再生手続廃止の上申書を提出し、同裁判所は、同月二八日、職権によりb社に対する再生手続を廃止した後、同年五月二九日、職権により破産宣告をした。
(5) a社は、前記のとおりb社に対する卸売が売上の大部分を占め、かつ、a社固有の販売店舗網を有していなかったため、b社が経営に行き詰まると同時に経営に行き詰まり、b社と同時に東京地方裁判所に対して、民事再生法に基づく再生手続開始の申立を行い、同裁判所により、b社と同じ日に再生手続が開始され、その後再生計画の認可決定がされた。
しかし、a社も、平成一五年三月末日に支払うべき再生計画に基づく再生債権の第一回弁済ができず、同年四月一八日に再生計画を遂行する見込みがなくなったので再生手続の廃止を求めるとの上申書を提出し、同裁判所は、同月二八日、職権によりa社に対する再生手続を廃止した後、同年五月二九日、職権により破産宣告をした。
(6) 控訴人は、a社の再生手続に協力する形で、a社の再生計画認可後も、従前と同様にa社との取引を継続していたところ、控訴人が、平成一四年一〇月から平成一五年三月までの間、毎月末日締、翌々月末日払の約定で、a社に対して靴製品を製造販売した(以下「本件売買」という。)ことによる売掛代金額は合計二七八〇万四九四四円であり、そのうち一一五〇万円が支払われ、その未収額は一六三〇万四九四四円であった。
a社が破産宣告を受けたため、控訴人は、一六三〇万四九四四円の売掛代金債権を破産債権として届け出たが、事実上、その回収は不能となった。
(7) a社は、本件売買により控訴人から仕入れた靴製品を、b社に売却した(以下、このa社とb社の間の売買を「本件取引」という。)が、本件取引に際して、a社及びb社はいずれも取締役会の承認を得なかった。なお、a社の取締役は、代表取締役である被控訴人のほか、B、Cであった。
(8) 控訴人は、被控訴人に対し、平成一五年六月三〇日到達の内容証明郵便をもって、本件売買による残代金一六三〇万四九四四円が回収不能となったのは、被控訴人がa社の代表取締役としての地位にありながら、漫然とa社の経営悪化を放置したことによるなどとして、損害賠償義務の履行として、その金員を、その内容証明郵便到達後一週間以内に支払うよう求める旨の催告をした。
三 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 本件取引は商法二六五条一項及び民法一〇八条の規制を受けるか(争点(1))。
(控訴人の主張)
ア 被控訴人は、a社及びb社の代表取締役であったから、本件取引を行うにつき、a社及びb社のそれぞれにおいて、商法二六五条一項により取締役会の承認を要する。ところが、各取締役会の承認手続はなされていないから、本件取引は同法二六六条一項四号により禁止される利益相反行為であり、かつ、民法一〇八条に違反する双方代理行為である。
したがって、被控訴人がa社の代表者として本件取引をしたことは、法令に違反する任務懈怠行為であるから、その結果、a社が被った損害について、被控訴人は、a社に対して同法二六六条一項により損害賠償責任を負い、ひいては、a社の取引先である控訴人に対しても、同法二六六条の三第一項により損害賠償責任を負う。
イ a社とb社の両社は、いずれも独自に従業員を雇用し、企業経営をしてきており、法人格否認の法理の対象となるような状態ではない。更に、a社及びb社の株主はともに被控訴人であるから、a社がb社の子会社に当たるわけではなく、法人税法四条の二に規定する完全支配関係にあるものでもない。関連会社という意味でも、被控訴人の関係する会社は当時a社、b社を含めて七社あったところ、本件再生計画案においても、a社のb社からの分業化の徹底が基本方針として掲げられている。したがって、a社の利益がb社の利益と連動しているとはいえず、両社間の取引には利害関係の衝突が生じるから、商法二六五条一項及び民法一〇八条の適用がある。
(被控訴人の主張)
a社はb社の一部門として、b社の一〇〇%出資者である被控訴人が新たに一〇〇%出資して設立した会社であって、実質的にはb社の子会社である。また、本件取引は、a社が控訴人などから仕入れた商品を仕入れ原価どおりでb社に売却し、企画料という名目で収入を得ていたもので、本件取引において裁量の余地はなく、預金契約や運送契約と同様の定型的取引であった。更に、本件取引において、a社がb社に売却していた商品には全てb社のブランド表示がなされていたから、a社が他の取引先に売却することは不可能であった。
これらの事情によれば、本件取引には商法二六五条及び同旨の規定である民法一〇八条の規制は及ばない。したがって、これらの規制が及ぶことを前提とした商法二六六条の三第一項に基づく損害賠償請求は理由がない。
(2) 本件取引が商法二六五条一項及び民法一〇八条の規制を受ける場合に、その規制違反を理由に、控訴人が、被控訴人に対して商法二六六条の三第一項に基づく損害賠償請求をすることは、信義則違反あるいは権利濫用に当たるか(争点(2))。
(被控訴人の主張)
仮に、本件取引に前記規制が及ぶとしても、控訴人は、a社が専らb社との取引によって収益を得ていること及びb社との取引を継続することを前提として再生計画が立てられていることを熟知しながら、再生計画案に賛成票を投じている。更に、a社のb社との取引が違法であると認識していたのであれば、再生計画遂行途中でも、いくらでも取引を停止させて被害を回避する機会があった。そうであるにもかかわらず、控訴人は、民事再生手続廃止後に至って、たまたま本件取引がa社とb社間でなされており、これについて取締役会の決議を経ていなかったことを奇貨として、被控訴人に対し、商法二六五条一項違反に基づく商法二六六条の三第一項の責任をことさら追及しようとするものであり、その請求は、明らかに信義則違反ないし権利濫用である。
(控訴人の主張)
控訴人が、a社の再生計画に賛成したのは、被控訴人を始めとするa社及びb社の関係者が、再生計画の遂行が可能であることを明確に保証したため、この実行が期待できるものと判断し、被控訴人らの計画実行活動に多大の信頼を寄せたためである。そのような中、案に相違した被控訴人らの放漫経営ないし詐欺行為により、「取引を停止させて被害を回避する機会」を失った控訴人が、被控訴人に対して、商法二六五条一項等違反による同法二六六条の三などに基づく損害賠償請求をすることは、債権者として、正当な権利行使であり、そこには、いささかの信義則違反ないし権利濫用もない。
(3) 民事再生計画認可後のa社に関して、被控訴人に、任務懈怠行為(商法二六六条の三第一項)に当たるような放漫経営があったといえるか(争点(3))。
(控訴人の主張)
ア a社は主要取引先であるb社の倒産の煽りを受けて自己も民事再生手続申立てに至ったのであるから、再生手続認可後は、b社との販売取引が原因となってa社が支払不能に陥らないように合理的に商品販売取引を展開する必要があった。したがって、漫然とb社との取引をすること自体、認可された再生計画に違反するものであるのみならず、少なくとも、a社の代表者であった被控訴人としては、b社との取引に基づく販売代金の決済が確実になされるように、管理する必要があったのに、被控訴人はこれを怠ったものである。
イ c株式会社(以下「c社」という。)に対する輸入代行の依頼は、a社の売上に当然に消長を来すものではないから、これを行ったとしても、そのことから放漫経営をしていなかったということにはならない。また、平成一四年一一月になされたc社に対する債権譲渡は、当時a社は既に債務超過で経営危機に立たされていたから、債権譲渡自体が詐害行為に該当し、当然、a社に対する任務懈怠に当たる。
(被控訴人の主張)
ア 再生計画認可当時、a社の収益の九〇%以上はb社に依存しており、a社はb社との取引を通じて再生を図っていく予定であったことは、再生計画案に明記されていた。それにもかかわらず、b社との取引をすること自体に問題があるという控訴人の主張は、事実を完全に無視したもので破綻している。
イ a社及びb社にとって、海外製品の輸入販売は売上の大きなウェートを占めていたのであって、ことに再生計画認可後のb社ブランドの商品の中心は中国の工場で製造される子供靴であったから、c社による輸入代行の存否がa社の売上にとって極めて重要であることはいうまでもない。
ウ 控訴人の主張は、「放漫経営」と主張するのみで、その具体的な中身を何ら明らかにしておらず、結局、再生手続が廃止になったことそれ自体をもって代表取締役の責任だと主張するものにすぎない。
(4) 被控訴人が、控訴人代表者であるA(以下「A」という。)に虚言を用いて、a社の民事再生が実現可能であると誤信させ、また支払が確実であると誤信させて、控訴人の損害回避の機会を奪ったといえるか(争点(4))。
(控訴人の主張)
ア 被控訴人は、a社の再生計画が奏功する見込みがなかったにもかかわらず、本件再生計画が実現可能であるように装い、控訴人ら債権者を欺罔して本件再生計画に賛成を得た。しかし、本件再生計画における基本方針として記載された事項のうち、a社の基本方針については、b社の基本方針の具体化後に実施するとして全く実現されず、b社の基本方針についても、中国工場の活用、販売網の拡大等いずれも功を奏しなかったものである。このことは、再生計画が立案当初から奏功する見込みの全くない画餅に過ぎなかったものであることを示している。
イ 被控訴人は、再生計画認可直後の平成一四年三月末日、今後の取引関係について確認に訪れたAに対し、支払関係に不安があることについて一言も告げず、約束どおり(支払方法については、月末締めの翌々月末支払いという約束が従前から存在した。)の期日に現金で支払うから安心して取引を継続してくれるように断言した。Aは、被控訴人の発言には裏付けがなく、支払いが確実になされるか不安はあったが、再生計画認可直後でもあり、決済されるものと信じて、a社との取引の継続を決めた。しかし、同年五月末には、この約束は守られず、被控訴人は現金での支払いを求めたAに対して、c社振出しの約束手形での代金支払いを受け入れるよう求めるに至った。
ウ その後、平成一四年一二月末日が支払期限である同年一〇月分までの商品販売代金二三六三万八〇七二円の支払いがなされなかったことから、Aは平成一五年一月三〇日に被控訴人と面談して、同代金の支払いを求めた。これに対して、被控訴人は、実際には支払いができる見込みはなかったにもかかわらず、当座の責任を逃れるために、未払代金を二回に分けて支払う旨約束した。しかし、このうち、半額については同年一月から三月にかけて五回に分割して支払われたものの、残りの金額は支払われなかった。
エ 更に、a社が破産に至ることを明確に認識し、その旨を被控訴人がAに告げた平成一五年四月一七日の直前にも、控訴人をして商品を納入させている。このことからみて、平成一四年一〇月から平成一五年三月までの間の取引である本件売買全体についても、被控訴人が、代金決済の見込みがないことを知っていながら取引を行ったことは明らかである。
(被控訴人の主張)
ア a社及びb社の再生計画案が当初から履行可能性のない計画などではなかったことは、会計監査法人の報告書、監督委員の意見書、再生計画認可後にa社が控訴人に対して合計三二五六万五二〇四円もの売買代金を支払っている事実から明らかである。
イ また、被控訴人のAに対する発言の内容については否認する。控訴人の主張を基礎づける証拠は、Aの陳述書及び原審における供述のみで、それらは信用性が認められない。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(利益相反取引)について
被控訴人が本件取引の当事者であるa社及びb社双方の代表者であって、本件取引について、取締役会の承認を受ける手続はとられていないことは争いがない。そこで、本件取引が、商法二六五条一項および民法一〇八条の規制を受ける取引(利益相反取引)に当たるかどうかについて検討する。
(1) 商法二六五条一項の規定の趣旨からすれば、その規制が及ぶ取引とは、取締役と会社との間に利害衝突の生ずるものに限られ、会社に不利益を及ぼす恐れのない取引は除外される。また、同様に民法一〇八条の規定の趣旨からすれば、その規制を受ける法律行為も、双方の会社の利益が衝突する場合であり、互いの利益が相反しない場合には双方代理を認めてよい。
(2) <証拠省略>並びに前記争いのない事実によれば、次の事実が認められる。
ア a社は、設立当初はb社以外の会社から雑貨品等のOEM、企画生産を請け負っていたが、b社の業績が伸びていたことから、昭和五六年頃に、b社の企画生産部門を移管する形で再編成された会社であり、それまでのb社の仕入れ先も殆どa社の仕入れ先に変更された。再生手続開始申立てまでのa社の主たる業務は、b社の扱う子供服・服飾雑貨の企画・デザイン・生産管理・発注等であり、b社との取引高が売上の九割以上を占めていた。
イ 被控訴人は、b社の発行済み株式総数一万二〇〇〇株中一万〇五〇〇株及びa社の発行済み株式総数二万株中一万六八〇〇株をそれぞれ保有していたほか、残りの株は被控訴人の妻や親族の名義となっているものの、それらの株式取得の資金は、すべて被控訴人から出ていた。したがって、a社もb社もいずれも被控訴人が所有している会社であった。
ウ a社はb社とのOEM契約に基づき、b社から商品の発注を受け、b社ブランドの製品を企画・製造(他社への発注を含む)し、生産され、仕入れられた商品を全てb社に転売しており、控訴人がa社に対して製造販売した靴製品には、全てb社のブランド・ロゴマークが表示されていた。
エ これらの事情は、a社及びb社の再生計画案においても、直ちに変更することは予定されていなかった。a社の再生計画案には、民事再生の基本方針のうち将来的構想として、「再生債務者の売上はb社に依存しており、会社としての独立性が必ずしも十分とは言えない。そこで、再生債務者は、b社の生産管理体制の確立を待って、将来的にはb社以外の他社からの別注をも請け負うこととし、それによって再生債務者の財務体質の強化を図って行く予定である。現在ではまだ時期尚早であるが、b社の生産管理体制が確立し、b社及び再生債務者の営業が安定的に推移するようになった暁には、上記構想は十分実現可能であると考えられる。」と記載されている。
(3) 前記(2)の事実によれば、a社は実質的にb社の一〇〇パーセント子会社と同様の関係であるといえ、a社はb社に対して、控訴人から購入するb社のブランド・ロゴマークが表示されている商品をb社に販売せざるを得なかったものというべきであって、これが従前同様の内容で定型的に行われる限りでは、a社とb社間の取引において利害衝突は生じることはないというべきである。そして、再生計画認可後の取引内容に変化が生じたとの主張、立証はない。
a社が前記認定のようにもともとはb社とは別個の事業を行っており、また、再生手続開始申立ての時点では、b社が正社員八名、アルバイト一六名、a社が正社員三名をそれぞれ別個に雇用し、主要な営業所は別(登記上の本店所在地は同一だが、b社の営業本部は東京都渋谷区<以下省略>で、a社は同区<以下省略>であって、法人格否認の法理の適用を受けるような法人としての独立性が疑われる状態にはなかったことを考慮しても、前記判断は左右されない。
(4) したがって、本件取引が、商法二六五条一項及び民法一〇八条の規制を受けることを前提とした、控訴人の被控訴人に対する商法二六六条の三第一項に基づく請求は、争点(2)を含め、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
二 争点(3)(放漫経営)について
(1) 控訴人は、民事再生計画認可後も、被控訴人が漫然とb社との取引を継続したことが、放漫経営に当たる旨主張するが、前記認定のとおり、再生計画案においても、少なくとも当面の間はa社はb社との取引に頼らざるを得ないことを前提としていたと認められ、また、前記のようにb社に全面的に依存していたa社が再生計画が認可されたからといって直ちにb社から独立して商品を製造・販売できる可能性はそもそも認めがたいから、控訴人の主張は採用できない。また、控訴人は、b社との取引に基づく販売代金の決済が確実になされるように管理する必要があったと主張するが、前記認定の取引の実態に照らし、そのためにどのような手段があったか疑問であり、この点に関する控訴人の主張も採用できない。
(2) 次に、控訴人はc社に対する債権譲渡を問題にするところ、<証拠省略>によれば、a社からc社に対して、平成一四年一一月一日譲渡担保を原因とする九二〇〇万円の債権譲渡の登記がなされていることが認められる。そして、被控訴人の供述によれば、この債権譲渡は、輸入代行を依頼していたc社に対する担保目的でなされたもので、c社の輸入は平成一四年九月から始まって、平成一五年一月から本格化しているが、三、四か月前から信用状を開設する必要があり、結局、c社はこの譲渡担保により債権回収ができたのは二割程度であったと認められる。また、<証拠省略>によれば、b社の計画案では、基本方針の第一として、中国工場の活用による製造コスト削減及び収益力の回復が挙げられていることが認められ、前記のように差し当たってa社がb社に対する商品供給を主たる業務とする以上、a社においても中国からの輸入の確保は重要な課題であった。そうすると、c社との取引の開始、これに対する債権譲渡はいずれも必要な業務であったと認められ、放漫経営との主張は当たらない。
三 争点(4)(被控訴人の虚偽発言等による詐欺)について
(1) 控訴人は再生計画案自体が立案当初から功を奏する見込みがなかったもので、このような案を提出すること自体が詐欺行為に当たると主張する。しかし、控訴人の主張においても、再生計画案に記載されたa社またはb社の再生の基本方針にあったとする問題についての具体的な指摘はない。控訴人の主張は免除後の再生債権に対する一〇回分割の弁済計画について第一回の支払いもなされずに再生手続廃止になったこと自体に基づき、計画自体が杜撰であったと非難するものといわざるを得ない。しかし、民事再生手続が経済的に窮境にある債務者について行われる手続である以上、再生債権の免除や猶予等がなされたから直ちに利益が上げられるというものではない。真摯に作成された再生計画案の下でも再生手続が失敗することはあり得ることといわなければならない。そして、<証拠省略>によれば、再生計画案に対しては、監督委員である弁護士が再生計画が履行される見込みがないとはいえないとして、不認可の決定をすべき理由はないとの意見書を提出していること、再生計画が認可されたことからいって、債権者の多数は再生計画案が全く根拠がないものとは考えなかったことが認められる。他にこの点を認めるに足りる事情もない。そうすると、再生計画案が全く根拠のないもので、詐欺行為に当たるとの主張は採用できない。
(2) 次に、被控訴人がAに対し平成一四年三月末日頃、a社の支払能力について不安があることについて告げず、約束どおり現金で支払う旨断言したとの主張について検討する。Aはこれに沿う供述をするが、被控訴人は、当時、直前の三月の売上が大きく低下し、a社は手元流動性が皆無で、資金繰りが厳しい状態であったため、とても前記のような発言ができる状況にはなく、これをしたことはない旨供述する。双方の供述は全く異なるが、再生計画認可直後であり、従前最大の仕入れ先であった控訴人との取引継続はa社にとっても重要であったと考えられることからすれば、被控訴人が、資金繰りが苦しいことを赤裸々に打ち明けたかどうか疑問はあるけれども、同年五月の時点で、a社は現金ではなくc社振り出しの約束手形で支払いをし、それについて、双方でやり取りはあったものの、その後も取引が継続されていることなどをも考え合わせると、平成一四年三月頃に現金で支払うとの約束があったとまでは認めがたい。更に、仮に、この時点で被控訴人の発言に自己の信用を誇大に表現する点があったとしても、この時点での取引残高についての決済はその後なされていて、支払いが得られなかった本件売買は、その後c社の手形による支払い等の事情の変更があり、信用不足が明らかになった後の平成一四年一〇月以降の取引であることを考慮すると、当該発言が直接本件売買につながっていたものとは評し難い面もあるから、これに関する詐欺として不法行為になるものとは認め難い。
(3) 控訴人は更に、平成一五年一月三〇日の被控訴人の発言が詐欺行為であると主張し、Aはこれに沿う供述をする。しかし、仮に、この時点での被控訴人の発言に、控訴人の主張するような虚偽があったとしても、それ以前に控訴人が発送・納品した部分についてはこの虚偽発言とは因果関係がなく、因果関係があり得るのは、この発言以後に発送・納品したものに限られ、具体的には同年三月一八日から二五日にかけて発送した商品(代金額一四三万九一五〇円)に限られる。また、被控訴人は、控訴人主張のような発言をしたことを否定しているところ、控訴人の主張によっても、半額は自己の不動産を売却して支払うというもので、再生手続中の会社の代表者が全く無担保の不動産を有していることは通常考えられないから、被控訴人の話は、実質的には、高価に売却できれば支払いが可能だという程度の話であったと考えられ、Aの供述は採用しがたい。なお、残りの半額は、五回にわたって売上金から充当されて支払われていることが認められ、これについて現金で一括して支払いをするとの発言をしたとも認めがたい。結局、控訴人のこの時点での発言が詐欺行為に当たるとの主張も前提となる事実を認めるに足りず採用できない。
(4) 控訴人は更に再生手続廃止・破産宣告の直前に、このことを告げずに商品を納入させたことについても主張し、前記のように控訴人は平成一五年三月一八日から二五日にかけて代金額一四三万九一五〇円の商品の発送を行っていることが認められる。しかし、これについての発注がいつであったかは明らかではなく、発注の時点でa社が再生手続廃止が確定的になっていたと認めるべき証拠もない。なお、a社の再生手続廃止・牽連破産が確定的になったのは、同月末の第一回再生債権支払いが不能になった時点である(前記争いのない事実等)。
(5) 被控訴人及びAの各供述及び弁論の全趣旨によれば、民事再生計画認可後の取引過程で、a社は代金を予定どおり支払えなかったことが何回かあり、そのため、Aと被控訴人とは再三にわたって協議をしており、これにより、Aはa社の逼迫した経済状況を十分認識しており、他方、被控訴人は、資金繰りの苦しい中で、他の取引先に優先して、控訴人に対する支払に尽力していたことが認められる。
したがって、その他の点を検討しても、被控訴人が詐欺行為を行ったとは認めるに足りない。
四 以上の次第で、控訴人の請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 富川照雄 裁判官下野恭裕は差し支えにつき署名押印することができない。裁判長裁判官 小田耕治)