大阪高等裁判所 平成17年(ネ)1256号 判決 2005年11月24日
控訴人(附帯被控訴人)
ティ・アンド・ディ・フィナンシャル生命保険株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
渡邊賢作
被控訴人(附帯控訴人)
サカタインクス企業年金基金
同代表者理事長
B
同訴訟代理人弁護士
中川克己
木村一成
被控訴人(附帯控訴人)
シマノ企業年金基金
同代表者理事長
C
同訴訟代理人弁護士
辻中栄世
同訴訟復代理人弁護士
大田口宏
主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 本件各附帯控訴に基づき、原判決中、被控訴人(附帯控訴人)サカタインクス企業年金基金の敗訴部分を後記3項の限度で、被控訴人(附帯控訴人)シマノ企業年金基金の敗訴部分を後記4項の限度で、それぞれ取り消す。
3 控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)サカタインクス企業年金基金に対し、91万7944円を支払え。
4 控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)シマノ企業年金基金に対し、64万4030円を支払え。
5 その余の本件各附帯控訴をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、第1、第2審とも、控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。
7 原判決主文1、2項及び本判決主文3、4項は、いずれも仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決中、控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)敗訴の部分を取り消す。
(2) 被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)らの各請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は、第1、第2審とも、被控訴人らの負担とする。
2 附帯控訴の趣旨
(1) 原判決中、被控訴人サカタインクス企業年金基金の敗訴部分を後記(2)の限度で、被控訴人シマノ企業年金基金の敗訴部分を後記(3)の限度で、それぞれ取り消す。
(2) 控訴人は、被控訴人サカタインクス企業年金基金に対し、93万5257円を支払え。
(3) 控訴人は、被控訴人シマノ企業年金基金に対し、65万6177円を支払え。
(4) 訴訟費用は、第1、第2審とも、控訴人の負担とする。
(5) 仮執行の宣言。
第2事案の概要等
1 請求の要旨及び訴訟の経過
(1) 請求の要旨
原判決2頁11行目から同3頁1行目までのとおりであるから、これを引用する。ただし、同2頁25行目の「上記控除額」から同3頁1行目の「支払を」までを「被控訴人サカタインクス企業年金基金が上記控除額1億0565万0181円及びこれに対する上記平成16年4月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を、被控訴人シマノ企業年金基金が上記控除額7412万4280円及びこれに対する上記平成16年4月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ」に改める。
(2) 訴訟の経過
原審裁判所は、被控訴人サカタインクス企業年金基金の請求のうち上記控除額1億0565万0181円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成16年5月25日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につきその限度で理由があるとして認容し、その余につき理由がないとして棄却し、被控訴人シマノ企業年金基金の請求のうち上記控除額7412万4280円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成16年5月25日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につきその限度で理由があるとして認容し、その余につき理由がないとして棄却した。
これに対し、控訴人が控訴し、前記第1の1項(1)ないし(3)のとおりの判決を求め、被控訴人らが附帯控訴し、前記第1の2項(1)ないし(5)のとおりの判決並びに仮執行宣言を求めた。
2 争いのない事実等(争いのない事実を除き、認定に用いた証拠は括弧内に示す。)
原判決3頁4行目から同7頁19行目までのとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決3頁23行目の「厚生年金基金保険」の次に「普通保険」を加える。
3 争点及び当事者の主張
原判決7頁21行目から同14頁18行目までのとおりであるから、これを引用する。ただし、以下のとおり補正する。
原判決14頁1行目から2行目にかけての「13.2パーセント」の次に「(本件早期解約控除制度によって減額される金額の割合は0.87パーセント)」を、同行目の「5パーセント」の次に「(同0.69パーセント」を、それぞれ加える。
原判決14頁6行目の末尾に改行して以下のとおり加える。
「(4)控訴人が、代行返上による国への返還部分については早期解約控除を適用しない旨表明している場合、被控訴人らが控訴人に委託している各資産全額を早期解約控除の適用外とすべきか(以下「争点4という。)。
(被控訴人らの主張)
控訴人は、本件両厚生年金基金に対し、いずれも代行返上による国への返還部分については早期解約控除を適用しない旨表明した。本件両厚生年金基金は、いずれもその総資産を控訴人を含む複数の生命保険会社等に分けて委託しているが、その総資産に占める代行返上による国への返還部分の額(代行返納金)は控訴人に委託している資産全額を超えている。そこで、シマノ厚生年金基金は平成16年2月25日、サカタインクス厚生年金基金は同月26日、控訴人に対し、それぞれ委託している資産全額を代行返納金に充当する旨通知した。したがって、控訴人は、本件両厚生年金基金の各委託資産に対し早期解約控除を適用することはできない。
(控訴人の主張)
控訴人が本件両厚生年金基金から受託していた資産は、代行返納金の部分のみではなく、それと企業独自の加算給付の部分との集合体であり、これを被控訴人らにおいて恣意的に振り分けることはできないから、上記主張は失当である。」
原判決14頁7行目の「(4)」を「(5)」に、同頁8行目の「争点4」を「争点5」に、それぞれ改め、同頁16行目の末尾に改行して以下のとおり加える。
「仮にそうでないとしても、本件両厚生年金基金は、控訴人に対し、いずれも平成16年2月下旬に控訴人に委託している資産全額を同年4月1日をもって自らに移管するよう申し入れ、期限を定めた履行を請求した。したがって、解約返戻金を含む委託資産の返還債務は同日の経過により遅滞に陥る。」
第3当裁判所の判断
1 原判決の補正
原判決14頁20行目から同20頁25行目までのとおりであるから、これを引用する。ただし、以下のとおり補正する。
原判決20頁7行目の「争点4」を「争点5」に、同頁22行目の「そして」から同頁25行目の末尾までを「甲A2、甲B2並びに弁論の全趣旨によれば、本件両厚生年金基金は、控訴人に対し、いずれも平成16年2月下旬に控訴人に委託している資産全額を同年4月1日をもって自らに移管するよう申し入れたことが認められ、上記認定事実によれば、本件両厚生年金基金は、各解約返戻金を含む委託資産の返還債務につき、いずれも控訴人に対し、平成16年4月1日を支払期限と定めて履行を請求したことが明らかである。したがって、控訴人の被控訴人らに対する解約返戻金返還債務の支払期限は平成16年4月1日となり、同債務は同日の経過によって遅滞に陥るものというべきである。」に、それぞれ改める。
2 控訴人の当審における主張について
(1) 控訴人は、厚生年金基金の母体である団体の合併や営業譲渡が行われることによって厚生年金基金保険契約が解約となる場合には、保険契約者である厚生年金基金が団体の合併や営業譲渡の意思決定に関与することができないから、本件特則7条2項(1)の「契約者の意思によらずやむをえない事由により契約の全部又は一部を解約する場合」に該当するが、厚生年金基金が代行返上をする場合には、当該厚生年金基金自身が直接のその意思決定をすることによって厚生年金基金保険契約が解約となるとして、上記特則条項には当たらない旨主張する。
しかし、厚生年金基金が代行返上をすることによって保険契約が解約となる場合も、本件特則7条2項(1)に該当するものと解すべきことは、前記争点2についての説示(1)ないし(3)(原判決16頁1行目から同17頁17行目まで)のとおりである。ちなみに、上記特則条項の規定の体裁上、団体そのものが保険契約者である場合、当該団体そのものが合併や営業譲渡をすれば、これにより当該団体を保険契約者とする保険契約は解約となるものと解されるところ、この場合と、保険契約者である厚生年金基金が代行返上することによって保険契約が解約となる場合とを比べると、保険契約者の意思決定によって解約に至る点において、何らの相違はない。したがって、厚生年金基金の母体である団体の合併や営業譲渡の場合と厚生年金基金の代行返上の場合との比較のみで、ただちに代行返上の場合は本件特則7条2項(1)に該当しないと結論づけることはできないというべきである。上記主張は採用できない。
(2) 控訴人は、団体が保険契約者の場合における当該団体の合併や営業譲渡の意思決定は、それ自体を目的としたものであり、保険契約の終了を目的としたものではないのに対し、厚生年金基金の代行返上の意思決定は、保険契約の終了を目的にしたものであるとし、前者の保険契約の終了は、意思決定の付随的効果であるのに対し、後者のそれは、意思決定の本来的効果であるとして、同一視することはできないとも主張する。
しかし、代行返上は厚生年金基金から確定給付企業年金へ移行する(それは組織変更の一種といえる)ための意思決定であり、保険契約の終了を目的とするものではないことは、その性質上明らかである。その場合、保険契約の終了は、上記意思決定に基づく移行によって厚生年金基金が消滅することに伴う波及効果というべきである。したがって、それは、団体が合併や営業譲渡をした付随的効果によって保険契約が終了する場合と何ら変わりがないものというべきである。上記主張は採用できない。
(3) 控訴人は、本件特則7条2項(1)の「厚生年金基金の解散」は「当事者の意思によらずやむを得ない事由」の例示であるから、これに該当するのは、厚生年金保険法145条2項に基づく解散のように年金制度を存続できないような極限的な場合に限られるものと解すべきであるほか、本来、厚生年金基金の解散は年金制度を消滅させるための措置であるのに対し、代行返上は年金制度を残すための手続であり、両者は目的を異にし、その要件も異にするから、同一視することはできないなどとして、代行返上は、上記特則条項に該当しないものと解すべきである旨主張する。
しかし、この点については、前記争点2についての説示(4)イ(原判決18頁11行目から同頁21行目まで)のとおりであるほか、本件特則7条2項(1)は「厚生年金基金の解散」の次に「等」と規定し、更に「契約者の意思によらずやむを得ない事由」という一般的表現で結んでいる上に、本件特則上、「厚生年金基金の解散等」を厚生年金保険法145条2項の解散や年金制度を存続できないような極限的な場合に限定する趣旨をうかがわせる規定も存在しない。また、確定給付企業年金法111条3項によれば、厚生年金基金から規約型企業年金に移行する場合、厚生大臣の承認があれば、厚生年金基金につき厚生年金保険法145条2項の解散の認可があったと見なされ、確定給付企業年金法112条4項、5項によれば、厚生年金基金から企業年金基金に移行する場合(代行返上)、厚生大臣の認可の時点で厚生年金基金は消滅し、消滅した厚生年金基金の権利義務を承継した企業年金基金を、解散した厚生年金基金と見なして厚生年金保険法138条6項(厚生年金基金が解散する日における年金給付等積立金不足額の徴収に関する規定)を読み替えて適用することになっており、このような諸規定からすると、代行返上は、いわば厚生年金基金の解散に類する位置づけにあるものといえ、その場合、移行により厚生年金基金が消滅する点においては解散と同様であり、本質的な差異は見当たらない。これらの諸事情からすると、代行返上の場合は本件特則7条2項(1)に該当するものと解するのが相当である。上記主張は採用できない。
(4) 控訴人はその他縷々原判決を批判するが、いずれも独自の法解釈に依拠して原判決を正解しないものであり、採用できないところであり、当裁判所の判断を左右するものではない。
第4結論
以上によれば、争点3、4について判断するまでもなく、被控訴人らの各請求は、控訴人に対し、被控訴人サカタインクス企業年金基金において早期解約控除額1億0565万0181円及びこれに対する支払期限の翌日である平成16年4月2日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を、被控訴人シマノ企業年金基金において早期解約控除額7412万4280円及びこれに対する同日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める限度において理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。これと一部異なる原判決はその限度において失当であり、変更を免れない。
ところで、上記支払期限の翌日である平成16年4月2日から原判決が認定した遅延損害金の起算日の前日である同年5月24日までの日数は53日であるから、被控訴人サカタインクス企業年金基金の早期解約控除額1億0565万0181円の商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の53日分は91万7944円(1億0565万0181円×0.06÷366×53)、被控訴人シマノ企業年金基金の早期解約控除額7412万4280円の商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の53日分は64万4030円(7412万4280円×0.06÷366×53)となる。
したがって、本件各控訴はいずれも理由がなく、他方、本件各附帯控訴は、原判決中、被控訴人サカタインクス企業年金基金の敗訴部分のうち91万7944円の支払を求める部分、被控訴人シマノ企業年金基金の敗訴部分のうち64万4030円の支払を求める部分についていずれも理由があるが、その余は理由がない。
よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法67条2項、64条、61条を、仮執行の宣言について同法259条1項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官 矢延正平 田中一彦)