大阪高等裁判所 平成17年(ネ)1303号 判決 2005年9月16日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
第2 被控訴人の請求
控訴人取引所及び社団法人商品取引受託債務補償基金協会(原審被告・当審承継前の控訴人。以下「旧基金」という。)は、被控訴人に対し、連帯して254万6395円及びこれに対する平成15年10月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第3 事案の概要
1 本件は、被控訴人が、アイコム株式会社(以下「アイコム」という。)との商品先物取引において、商品先物取引を委託し、委託証拠金名目で金銭を預託したが、アイコムの従業員の勧誘及び取引段階の一連の商品先物取引委託契約上の注意義務に違反した行為により損害を被ったとして、アイコムほか従業員を相手方として不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、これに勝訴した被控訴人が、控訴人取引所及び旧基金に対し、平成16年法律第43号による改正前の商品取引所法(以下「法」という。)97条の3第1項(対控訴人取引所)及び97条の11第3項(対旧基金)に基づき、委託により生じた債権として、前記訴訟の判決で認容された損害金(委託証拠金残金103万3605円、売買による損失等176万6395円、弁護士費用28万円)のうち、支払を受けた委託証拠金残金103万3605円を控除した残金204万6395円と不法行為に基づく慰謝料50万円の支払(附帯請求は、同各金額に対する訴状送達の日の翌日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払)を請求した事案である。
原審は、被控訴人の請求のうち慰謝料請求部分を棄却したがその余は全部認容したところ、控訴人取引所及び旧基金は、これを不服として控訴した。
当審において、控訴人保護基金は、旧基金の訴訟を承継した。
2 前提事実及び争点
次のとおり改めるほかは、原判決「第2 事案の概要」のうち「(前提事実―争いがない事実及び証拠上容易に認定できる事実)」及び「争点」の記載(2頁下から8行目から50頁「第3 争点に対する判断」の上の行まで)を引用する。
(1) 3頁3の項全部を次のとおり改める。
「3 控訴人保護基金
旧基金は、商品取引員が倒産等により後記委託者債権を弁済することができない場合に、商品取引員に代わってその債務を弁済する業務を行う社団法人(法97条の2第3項所定の指定弁済機関)であった。
控訴人保護基金は、平成16年法律第43号附則19条3項から5項により、本件控訴が提起された後である平成17年5月1日、旧基金が行う業務並びにその有する資産及び負債を承継した。旧基金は、同日解散した。」
(2) 3頁4の1行目から50頁「第3 争点に対する判断」の上の行までの間における「被告基金」を、11頁7行目を除き、すべて「旧基金」と改める。
(3) 11頁7行目の「現在は被告基金」を「旧基金」と改める。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所も、被控訴人の請求を原判決の限度で認容すべきであると判断する。その理由については、次のとおり改め、後記2のとおり補足するほかは、原判決「第3 争点に対する判断」の記載を引用する。
(1) 「第3 争点に対する判断」の項における「被告基金」を、56頁6行目を除き、すべて「旧基金」と改める。
(2) 56頁6行目の「現在は被告基金」を「旧基金」と改める。
2 理由の補足
(1) 控訴人らは、被控訴人のアイコムに対する損害賠償請求権の存在を争う。
ア しかしながら、これまで認めた事実、証拠(甲8、11から15、17から19<枝番含む。>)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) アイコムの実質的な母体は、山文産業株式会社(以下「山文産業」という。)であった。同社は、平成12年ころ、顧客(委託者)を増やして委託証拠金を集め、それを原資に事業を拡大し取引額も増やして委託手数料収入の増加をはかるという方針を採り、同年11月以降、全国各地に6か所の支店を開設していった。しかし、山文産業は、折からの不況下、委託者・取引額の減少にともない、急激に資金繰りに窮していった。
山文産業は、商品取引員の許可の更新を得なければならなかったが、業績の悪化などから、これが困難な状況にあった。そこで、山文産業は、米津商事株式会社に吸収合併されるという形で許可の更新を得た。米津商事株式会社は、当時ほとんど活動していなかった。同社は、商号を変更して、アイコムとして活動することになった。
しかし、その後も、アイコムの資金繰りは、悪化する一方であった。これは、高利金融に頼ったことにもよる。
アイコムは、破産宣告時において、約24億円を仮払金として支出していた。また、アイコムは、追証を納付する必要があるのにそれを委託者から徴収しておらず、破産宣告時には、帳簿上、33名の委託者に対し合計6億9500万2470円の未収金債権を有していた。
(イ) 被控訴人は、本件取引を開始する前は、手持ちの資金がほとんどなかった。被控訴人は、原判決別紙3に記載されたとおり借り入れ等により資金を調達した。被控訴人は、うち、リッチ株式会社とは、平成14年3月27日、契約極度額50万円、利息利率年29.2%の割合、初回返済日同年4月30日、毎月の返済日は28日、各回の最低返済額は経過利息金額、最終弁済期日は平成17年3月26日などの約定で、金銭消費貸借に関する基本契約を締結した。
(ウ) アイコムは、被控訴人に対し、平成14年4月9日付けで、買玉が多い状態で値下がりしたため追証として委託証拠金140万円の追加預託が必要である旨通知したが、実際にはその後同月19日に40万円が預託されたのみであった。その後にも、アイコムから被控訴人に対して委託証拠金の追加預託が必要である旨通知されたが、それに沿う預託はされなかった。Aらは、被控訴人に対し、平成14年5月10日ころ、委託証拠金の追加預託が必要であるとしてその預託を求めた。被控訴人は、上記日、金策ができないことを理由に入金を拒み、すべての取引を終わらせようとしたが、結局10万円を用意することになった。被控訴人代理人弁護士は、このころ被控訴人から相談を受け、被控訴人のためにアイコムと交渉し、同月13日にすべての取引を終了させた。
(エ) B、C及びAは、アイコムとともに別件訴訟の被告であり、平成15年1月9日、訴訟代理人弁護士を立てて控訴した。同訴訟代理人は、同年3月26日、控訴理由書を提出した。この控訴理由書には、103万3605円については旧基金から支払われる旨の記載がある。しかしながら、この控訴理由書には、被控訴人が主張して別件判決に摘示された事実に関しては、被控訴人の書面による同意により行われたから法的な損害賠償義務はないとの記載があるものの、それ以上に事実関係を否定する記載はなかった。
なお、上記訴訟代理人は、同年4月17日に辞任して大阪高等裁判所にその旨届け出、B、C及びAは、同日、大阪高等裁判所に対し、「都合により同月22日の第1回弁論を欠席いたします。欠席判決を賜ってもかまいません。現在、職も無く、お金もない状態です。」との欠席届を提出した。
イ 以上の事実によると、まず、被控訴人は、本件取引の前までは、証拠上先物取引の経験があったとも認められず(先物取引の経験をうかがわせる証拠はない。)、手持資金もほとんどなかったから、先物取引の不適格者であるといわざるを得ない。
また、そのような被控訴人が、自ら積極的に先物取引を始めたり、どのような玉をどれだけ建てるかを自発的に判断することは考えがたく、このことだけからも、本件取引の開始や内容の決定にはアイコムの従業員の意向が強く反映していることが推認できる。しかも、被控訴人は、別件訴訟において、被控訴人が頼んでもいないのにBにおいて「Xの名前で登録しました。」など言い、被控訴人が断ったのにCにおいて「勤めておられれば借り入れすることもできる。」、「特別160万円にさせてもらう。40万円は会社に言って対処する。」、「既に登録してしまったので、何とか今晩9時までに用意してほしい。」、「従業員を行かせますので。」などと強引にいうのでしぶしぶ資金調達に走ることとなった旨主張した(甲1)。これに対し、Aらは、控訴までしながら、上記事実関係につき特段否定する主張をしていない。これらのことからすると、アイコムの従業員による本件取引の勧誘については、上記被控訴人主張のとおりの事実が認められ、これは、不適格者を強引に勧誘して取引に至らせたものとして、強い違法性を有するというべきである。
さらに、これまで認めた事実によれば、アイコムの従業員らは、平成14年4月2日、それまでの取引で委託手数料(消費税相当分含む。以下同じ)を差し引いた利益が合計48万0475円生じた状況の下ではあるが、被控訴人に対し、東京コーン25枚の買玉を建てるように勧め、そのようにさせている(約定値段1万5120円)。ところが、東京コーンの値段が下がったため、追証の必要が生じ、同月5日に売玉10枚、同月17日に売玉5枚が建てられたが(両建)、1万4500円すら割り込む状況が続き、4月2日に建てた25枚の買玉を安い値段で決済せざるを得なくなった。資金が潤沢でない委託者に相当量の玉を建てさせれば、相場の変動により多額の損失が生じたり追証の必要が生じたりして委託者が窮地に追い込まれることは、十分あり得るのであり、不適格者といえる被控訴人にそのような危険を有する玉の建てさせ方をしたことも、Aらの勧誘の違法性を強く基礎付ける事情というべきである。なお、本件取引においては、当初から相当量の玉を建てたこと等により、アイコムが取得する委託手数料が、消費税相当分を除いても72万9900円に上っている。
以上によれば、Aらの被控訴人に対する勧誘行為は、極めて違法性が強く、アイコムは、信義則上その取引の有効性及び損益等の被控訴人への帰属を主張できないということも可能である。本件においては、本件確定判決のほか、本件に提出された証拠やその他別件訴訟の経過などに照らしても、本件確定判決で認められた損害賠償請求権は、そのとおり存在するというべきである。
(2) 控訴人らは、委託金の算定方法や準備金との関係、認定の困難等を指摘し、不法行為や債務不履行による損害賠償請求権は、委託者債権及び受託者債務に含まれず、旧基金からの弁済の対象にはならないと主張する。
しかしながら、無断売買においては、商品取引員は、その損益等が委託者に帰属することを主張することができず、委託者から預託された委託証拠金から損益を差し引いたり委託手数料を取得することはできないというべきである。無断売買でなかったかどうかにつき紛争があれば、最終的にはそれについての司法判断が必要にならざるを得ない。そうであれば、返還額の認定の困難という問題は、どのみち避けられないということができる。
また、本件のように、不適格者を強引に勧誘して最初から大量の取引を勧めるような取引は、不法行為の要件を満たすということも可能であるし、信義則上委託者にその損益等を帰属させ得ない(委託者は、預託しただけの金員の返還請求権を有する。)との判断も可能である。そうであれば、委託者が商品取引員に対して有する委託証拠金の返還請求権と損害賠償請求権とは、具体的事案においては必ずしも峻別することができないというべきであり、法97条の3第1項にいう「委託により生じた債権」を委託証拠金の返還請求権等に限定することには無理があるというべきである。
このようにみてくると、前述(原判決の争点2についての判断)のとおり、本件損害賠償請求権は委託者債権及び受託者債務に含まれ、旧基金からの弁済対象になるというべきであり、控訴人らがその他さまざまに主張するところを考慮しても、控訴人らの主張を採用することはできない。
3 結論
以上によれば、原判決は、相当である。
よって、主文のとおり判決する。