大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成17年(ネ)1390号 判決 2005年10月28日

京都市<以下省略>

控訴人・被控訴人・1審原告

(以下「1審原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

永井弘二

須田滋

大阪市<以下省略>

被控訴人・控訴人・1審被告

(以下「1審被告」という。)

朝日ユニバーサル貿易株式会社

同代表者代表取締役

大阪府枚方市<以下省略>

被控訴人・1審被告

(以下「1審被告」という。)

Y1

上記両名訴訟代理人弁護士

津乗宏通

大阪府岸和田市<以下省略>

被控訴人・控訴人・1審被告

(以下「1審被告」という。)

Y2

大阪市<以下省略>

被控訴人・1審被告

(以下「1審被告」という。)

Y3

主文

1  本件各控訴を棄却する。

2  控訴費用は各控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  1審原告

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  1審被告らは,1審原告に対し,連帯して4133万3864円及びこれに対する平成14年2月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は第1,2審を通じ1審被告らの負担とする。

2  1審被告朝日ユニバーサル貿易株式会社,同Y2(以下,両名を併せて「1審被告会社ら」という。)

(1)  原判決中,1審被告会社ら敗訴部分を取り消す。

(2)  1審原告の1審被告会社らの請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は,1審での1審原告に生じた費用の3分の2並びに1審被告会社らに生じた費用の各10分の7を,第2審でのものをいずれも1審原告の負担とする。

第2事案の概要

1  事案の概要は,後記2のとおり当審における当事者の補充主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」欄に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決3頁22行目の「同年22日」を「同月22日」と改める。)。

2  当審における当事者の補充主張

(1)  1審被告会社ら

ア 原判決は,1審原告の行った本件取引が,1審原告の取引経験,職業,収入,資産等の属性に照らしても過大なものであり,このような過大な取引を勧誘し,受託することが,1審原告に対する誠実義務に違反する行為として,私法上も違法と評価すべきである,とする。

しかし,1審原告は本件取引参入当時47歳の大学助教授であり,年収は500万円ないし1000万円程度で,預貯金も1000万円以上有しており,取引参入後は,約半年間にわたって取引を経験し,その仕組みや取引自体への習熟も相当あり,相当の資金確保能力があったし,自らの意思と判断で本件取引を行っていた。このような諸事情にかんがみれば,1審被告Y2が本件取引を勧誘かつ受託した行為に過大性があって違法性を帯びるとしても,社会的相当性に著しく反した違法行為とまでは評価し得ない。

イ 原判決は,1審被告会社が制定かつ実施した受託業務管理規則上の保護育成措置に関し,「これは,新規委託者の保護育成の見地から商品先物取引の危険性を熟知させるために一定期間,一定の範囲を超える勧誘を行うことを自粛する点にあるから,上記規定を遵守することは,商品取引員の担当者に対して要請される,委託者に対する信義則上の義務でもあると解される。」とした上で,1審被告Y2の行為に上記義務違反があったとする。

しかし,上記受託業務管理規則が新規委託者の保護育成の見地から商品先物取引の危険性を熟知させるために存在するというのは誤りである。1審被告会社やその担当者である1審被告Y2は,上記受託業務管理規則を遵守して顧客管理を行うべき義務を自ら課するものであるが,これはあくまでも自主規制であり,委託者との関係で,これを遵守すべき信義則上の義務まで負うものではない。委託者は,取引員や取引外務員が自ら課した上記義務を遵守する結果,その反射として保護させることになるに過ぎない。

ウ 原判決は,特定売買は,委託者の手数料負担が増加するにもかかわらず,委託者が利益を得ることができる蓋然性が低い取引であるという面があるとした上で,全体の取引回数に占める特定売買の回数の割合の大きさ等から,1審被告Y2がこのような特定売買を勧誘したことを違法とする。

しかし,チェックシステムが特定売買比率で問題とするのは,その時々の相場水準,値動き,市場の繁閑等により特定売買が行われる度合いが異なることから,あくまで市場水準に比してこれが著しく多いか否かという点である。本件取引の場合,当初の3か月間では,特定売買比率は42.6パーセントであり(特定売買回数26回,売買回数61回),取引全期間中をみても,特定売買比率は44.3パーセントであるから(特定売買回数43回,売買回数97回),特定売買比率が著しく相当性を欠く程度に高いとはいえない。また,これら特定売買について,市況との関係をみると,ストップ安を受けて両建がされたり,相場動向に応じた益出し行為,損切り行為がされるなどしている。以上によれば,1審被告Y2がこれらの特定売買を勧誘,受託した行為を違法と評価する原判決の判断は,何ら理由のない独断であり,不当である。

エ 原判決は,1審原告の本件取引における過失を3割と認め,1審原告の損害額から3割の過失相殺をした。

しかし,これは1審原告の自己責任を軽視するもので,公平の見地からしていささか不当である。1審原告は,社会経験が豊富で,資産・収入等の経済事情からして先物取引に参加するに十分な資格を有していたといえること,本件取引当初の勧誘段階から,「商品先物取引委託のガイド」等の各種書面を受領し,これらの書面に基づき1審被告らから先物取引の危険性,その仕組み等の説明を受け,これら説明への理解も示していたこと,取引継続中も,個々の取引の都度,売買報告書や売買計算書を受け取っており,その取引内容全般について知ることができたこと,また,取引期間中,個々の取引について何ら異議を申し立てることなくこれを承認し,合計4700万円に及ぶ証拠金を自ら調達していること等にかんがみると,本件損害の発生及び拡大については1審原告にも大きな寄与責任があるというべきであり,1審被告Y2の過失と1審原告の過失の割合は,5分と5分程度と評価するのが妥当である。

(2)  1審原告

ア 原判決は,1審被告Y3及び同Y1の責任を否定した。

しかし,1審原告が本件取引に引きずられたのは,1審被告Y3及び同Y1の極めて違法性の高い勧誘行為によるものであり,同1審被告らの違法行為と1審原告の本件の一連の損害との間に因果関係が存するのは明らかである。

のみならず,1審被告らの会社ぐるみの客殺しの体質,1審被告らの共同一体となった欺瞞的勧誘行為の存在,客殺しのベテランとしての1審被告Y2に引き継がれる状況を1審被告Y3,同Y1が積極的に作り出していった経緯,そして1審被告Y2に引き継がれた途端,転がしによる客殺しの主要手段である取引拡大が図られていることなど,一連の事情をみれば,1審被告らは,まさに一丸となって会社ぐるみで1審原告からの手数料収奪を図っていたことは明らかであり,1審被告Y3及び同Y1を含む1審被告らの共同(詐欺)性も優に認められる。

イ 原判決は,1審原告に商品先物取引のようなリスクの高い取引を行おうとする社会人として不注意な点があるといわざるを得ないなどとして,1審原告に過失を認め,3割の過失相殺をした。

本来,過失相殺は両当事者間の公平な損害の分担という観点から信義則上されるものであり,そうであれば,1審被告らに1審原告を非難する資格があるか否かが問われなければならないはずである。しかして,1審被告らは,本件取引当初から手数料稼ぎを目的として1審原告に接近して勧誘し,その後取引を拡大・継続させ,手数料稼ぎの目的を実現しているのであり,いわば1審被告らは手数料稼ぎのために1審原告をカモにしたのであるから,過失相殺をするに当たっては,1審被告らのこのような手数料稼ぎという違法性との関係で1審原告の過失が考慮されなければならず,こういった関係において1審原告の自己責任を強調するのは1審原告に余りに酷である。

原判決は,1審原告が「商品先物取引委託のガイド」等を読み直さなかったことを問題にする。しかし,これらガイド等には商品先物取引の仕組みは記載されているものの,1審被告らの手数料稼ぎの実態については何らの記載もないのであるから,1審原告がこれらを読み直さなかったことは過失相殺の理由とはならない。

1審原告が500万円以上の取引を申し出る旨の申出書を提出したことも,本件取引当初から手数料稼ぎのカモにしようと目論んでいる者との関係においては,到底落ち度と評価すべき事由ではない。

1審原告がアンケートに対し「何度か(上記ガイドを)読んだので,(内容については)おおよそわかる。」という事実と異なる回答をしたことも過失相殺をすべき事由とはならない。このアンケートには1審被告らの手数料稼ぎについて質問する項目は全くないこと,1審原告が商品先物取引を理解しているとか理解していないとかは相対的な問題であること,このアンケートには,「よく理解しているつもりだ」と「何度か読んだのでおおよそわかる」という質問事項しかなく,「読み返していない」という選択枝がないこと等に照らすと,このようなアンケートは,その様式自体からみて,後のトラブル発生時の弁解にするために作成徴求されていることは明らかであるからである。

1審原告が残高照合通知書の交付を受けた後,それまでの取引状況につき抗議をしたり,異議を述べたりせず,通知書のとおり間違いない旨回答した点については,この通知書には取引の外形的な数字が記載されているだけであるから,その数字自体に誤りがなければ,1審原告が上記のような回答をすることに何ら落ち度というべきものはない。また,原判決は,1審原告が平成13年12月ころまでに,取引状況を是正する措置を講じようしなかったことも問題とする。しかし,これは,当時損失が2000万円を超え3000万円となるような状況に追い込まれ,何とか少しでも損失を回復したいがために,1審被告Y2にすがるしか方法がなく,同1審被告のいうがままにならざるを得なかった1審原告の心理を理解しないものであり,1審原告をそういった心理状態に追い込んだ1審被告らこそ非難されるべきである。

これらの事情を考慮すると,過失相殺は断じてされるべきではない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,1審原告の1審被告会社らに対する請求は原判決主文1項記載の限度で理由があるから認容し,その余は棄却すべきものと,その余の1審被告らに対する請求はいずれも棄却すべきものとそれぞれ判断する。

その理由は,以下のとおりである。

2  事実認定

原判決16頁23行目から26頁22行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,次のとおり補正する。

(1)  原判決17頁23・24行目の「被告会社作成の」から25行目の「開始するよう求め,」までを削除する。

(2)  原判決24頁22行目の「買い建てる」を「売り建てる」と改める。

(3)  原判決26頁6行目,17行目及び21行目の「乙48から乙50」を「乙46ないし48」と,同12行目の「(被告Y2本人)」を「(1審原告本人)」とそれぞれ改める。

3  1審被告Y2らの違法行為の有無(争点1)について

(1)  当裁判所も,本件取引における1審被告Y2の1審原告に対する勧誘等の一連の勧誘行為は私法上違法な行為であり,1審被告Y2のこの行為が1審被告会社の業務の執行について行われたから,1審被告会社らは,1審被告Y2の上記違法な行為によって1審原告が被った損害を賠償する責任が存するというべきであるが,その余の1審被告Y1及び同Y3については1審原告に対し損害賠償責任が存するものとは認められないと判断する。その理由は,原判決26頁24行目から30頁17行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  1審被告会社らは,当審において,上記第2,2(1)アのとおり,1審被告Y2が本件取引を勧誘かつ受託した行為に過大性があって違法性を帯びるとしても,社会的相当性に著しく反した違法行為とまでは評価し得ないと主張する。

しかし,上記2の認定(原判決引用)のとおり,1審原告は,これまで株式取引や商品先物取引の経験がなかったにもかかわらず,将来の商品の値動きを予測する商品相場という専門性の高い分野であり,証拠金による取引という特性から少しの値動きで損益の幅が大きくなるというハイリスク(・ハイリターン)な投機取引の側面を有する本件取引において,わずか3か月の間に,年収の5倍,保有していた預貯金等の2倍を超える4700万円余の証拠金を自ら借入れをするなどして調達し,合計8348枚もの取引を行っており,その後の期間を併せても,5か月余の間に,行った取引回数が85回,総取引枚数は1万1604枚に達している。これは,1審原告の上記取引経験,職業,収入,資産,本件取引に対する知識,認知度等に照らしても過大なものであり,1審被告Y2が,このような過大に取引を勧誘し,受託することは,1審原告に対する誠実義務に違反する違法な行為と評価すべきである。したがって,1審被告会社らの上記主張は採用できない。

(3)  1審被告会社らは,当審において,上記第2,2(1)イのとおり,受託業務管理規則の定めは,1審被告会社及び外務員に対し顧客管理を行うべき義務を自ら課して自己を拘束するだけで,委託者たる顧客との関係でこれを遵守すべき信義則上の義務までを負うものではないと主張する。

しかし,1審被告会社をはじめとする商品先物取引業界がこのような受託業務管理規則を設けたのは,商品先物取引が極めて高い投機性を有し,知識及び経験に乏しく,資金的にも余裕がない一般投資家が参入することには大きなリスクが伴うため,新規委託者が取引経験を積むまでの数か月を習熟期間とし,受託者において,当該新規委託者が自覚的な意思に基づいた取引ができるようにしたものである。受託業務管理規則が設けられたこのような趣旨にかんがみると,上記規則を遵守することは,単に商品取引員の担当者自らを拘束するというだけのものではなく,原判決が説示するとおり,商品取引員の担当者に要請された,委託者に対する信義則上の義務でもあるというべきである。1審被告会社らのこの点に関する主張は採用できない。

(4)  1審被告会社らは,当審において,上記第2,2(1)ウのとおり,本件取引における特定売買比率は著しく相当性を欠く程度に高いといえず,当時の市況に応じた両建て,益出し,損切り行為等がされているから,1審被告Y2がこれらの特定売買を勧誘,受託した行為を違法と評価すべきではない旨主張する。

しかし,上記2の認定(原判決引用)のとおり,1審被告Y2は,これまで商品先物取引について知識,経験がなく,ほとんど同1審被告の言われるがままに本件取引を行っていた1審原告に対し,取引回数全体(合計85回)の約4分の3の回数(合計64回)にわたる特定売買を勧誘,受託したもので,その回数,特定売買に至る経緯等に照らすと,原判決の説示するとおり,1審被告Y2の上記特定売買を勧誘,受託した行為は違法と評価すべきである。1審被告会社らの上記主張は採用できない。

(5)  1審原告は,当審において,上記第2,2(2)アのとおり,1審被告Y3及び同Y1の違法行為と1審原告の本件の一連の損害との間に因果関係が存することは明らかであり,また,1審被告らは会社ぐるみで1審原告からの手数料収奪を図っており,1審被告ら全員の共同(詐欺)性も優に認められると主張する。

しかし,1審被告Y3及び同Y1の行為と1審原告の本件の一連の損害との間に相当因果関係を認めることができないことは,原判決が説示するとおりであり,また,1審被告ら全員が会社ぐるみで1審原告からの手数料収奪を図っており,1審被告ら全員の共同(詐欺)性が認められるとの上記主張事実を認めるに足りる十分な証拠もない。1審原告の上記主張は採用できない。

4  1審被告Y2の違法行為と因果関係のある損害(争点2)について

当裁判所も,1審原告の本件取引による損失である3757万6240円全体が,1審被告Y2の不法行為と相当因果関係にある損害であると判断する。その理由は,原判決30頁19行目から22行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

5  過失相殺(争点3)について

(1)  当裁判所も,1審原告の上記4の損害額から3割の過失相殺をすべきものと判断する。その理由は,原判決30頁24行目から32頁1行目までに記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決31頁21行目の「前記5」を「前記4」と改める。)。

(2)  この点,1審原告は過失相殺すべきではないと主張し,1審被告会社らは,1審被告Y2と1審原告の過失割合は5分5分程度であると主張する。

しかし,1審被告Y2の違法行為の内容・程度に加え,1審原告の年齢,経歴,社会経験の程度,1審原告には商品先物取引委託のガイド等の説明書により先物取引の危険性に対する理解の機会があったこと(これらの内容を読んだ上,取引担当者に対し質問することにより容易に現物取引との差異等を知ることができたはずであるし,後日これらの書類を精査し,自己の目的とした取引と異なると感じた場合などには担当者に取引中止をもっと早く,強く申し出るなどすることも全く不可能ではなかったと考えられること)等,諸般の事情を総合すると,原判決のとおり,1審原告の損害額から3割の過失相殺するのが相当である。

1審原告や1審被告会社らがこの点に関しるる述べる主張を吟味し,記録を精査しても,上記判断を左右するに足りるほどのものはない。

第4結論

よって,以上と同旨の原判決は相当であり,本件各控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田勝年 裁判官 植屋伸一 裁判官 末永雅之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例