大阪高等裁判所 平成17年(ネ)1716号 判決 2006年7月13日
控訴人・附帯被控訴人(以下「一審被告」という。)
財団法人港湾労働安定協会
同代表者理事
A
同訴訟代理人弁護士
羽尾良三
同
渡辺裕介
同
谷垣岳人
被控訴人・附帯控訴人(以下「一審原告」という。)
X1
被控訴人・附帯控訴人(以下「一審原告」という。)
X2
被控訴人・附帯控訴人(以下「一審原告」という。)
X3
被控訴人・附帯控訴人(以下「一審原告」という。)
X4
被控訴人・附帯控訴人(以下「一審原告」という。)
X5
被控訴人・附帯控訴人(以下「一審原告]という。)
X6
被控訴人・附帯控訴人(以下「一審原告」という。)
X7
被控訴人(以下「一審原告」という。)
X8
被控訴人(以下「一審原告」という。)
X9
上記9名訴訟代理人弁護士
斉藤真行
同
國本依伸
同
松山秀樹
主文
1 一審被告の本件控訴を棄却する。
2 一審原告X1,同X2,同X3,同X4,同X5,同X6及び同X7の附帯控訴に基づき,原判決主文第1項中同一審原告らに関する部分を次のとおり変更する。
一審被告は,一審原告X1,同X2,同X3,同X4,同X5,同X6及び同X7に対し,それぞれ27万5000円及びうち10万円に対する平成14年11月26日から,うち10万円に対する平成16年12月3日から,うち2万5000円に対する同月16日から,うち2万5000円に対する平成17年6月16日から,うち2万5000円に対する同年12月16日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 一審原告X8及び同X9の請求の減縮に基づき,原判決主文第1項中同一審原告らに関する部分を次のとおり変更する。
(1) 一審被告は,一審原告X8に対し,17万9167円及びうち10万円に対する平成14年11月26日から,うち7万9167円に対する平成16年12月3日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 一審被告は,一審原告X9に対し,20万円及びうち10万円に対する平成14年11月26日から,うち10万円に対する平成16年12月3日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は,第1,2審とも一審被告の負担とする。
5 この判決第2項及び第3項(1),(2)は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴及び附帯控訴の趣旨
1 控訴の趣旨
(1) 原判決を取り消す。
(2) 一審原告らの請求をいずれも棄却する。
2 附帯控訴の趣旨
主文第2項と同旨
第2一審原告らの請求
1 一審原告X1,同X2,同X3,同X4,同X5,同X6及び同X7
主文第2項第2文と同旨(当審において請求を拡張)
2 一審原告X8
主文第3項(1)と同旨(当審において請求を減縮)
3 一審原告X9
主文第3項(2)と同旨(当審において請求を減縮)
第3事案の概要
1 本件は,一審被告が,従前一審原告ら受給権者に支給していた港湾労働者年金を平成12年5月以降年額5万円減額したのに対し,一審原告らが,年金額の一方的な減額は無効であるとして,一審被告に対し,従前支給されていた年金額の未払分及びこれに対する支給日到来後支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審裁判所は,一審原告らの請求をいずれもすべて認容した。一審被告はこれを不服として控訴し,これに対し,一審原告X1(以下「一審原告X1」といい,他の一審原告らについても同様に表記する。),同X2,同X3,同X4,同X5,同X6及び同X7は附帯控訴し,原判決後に年金支給日が到来した分の減額分を加算して請求を拡張した。
一審原告X8及び同X9は,それぞれ,原審における請求金額の基礎となる年金支給期間満了日に誤りがあったとして,請求を減縮した
2 前提となる事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 一審原告らは,それぞれ別紙1一覧表(以下「一覧表」という。)の裁定年月日欄記載の日に,一審被告から,港湾労働者年金制度規程(以下「本件規程」という。)に基づき,年金受給権を有する旨の裁定を受けて港湾労働者年金証書の交付を受け,平成5年5月1日以前から年金の受給を開始していた一審原告ら(一審原告X8,同X9,同X6,同X7)においては,同月以降,その余の一審原告ら(一審原告X1,同X2,同X3,同X4,同X5)においては,一覧表の「受給開始年月」欄記載の月以降,年額30万円の港湾労働者年金(以下「本件年金」という。)を受給してきた。
イ 一審被告の前身である港湾労働安定協会は,昭和55年1月1日,港湾運送事業に従事する労働者の雇用の安定と生活の保障を図ることを目的として設立された。港湾労働安定協会が財団法人化されたのが一審被告であり,昭和60年4月11日,その旨の設立登記がされた。
(2) 本件年金制度成立の経過
ア 昭和47年4月7日,全国港湾関係労働組合連絡会議により「港湾労働者の雇用と生活保障に関する要求書」が策定され,その要求項目として,港湾労働者年金制度を設立し,満55歳以上で,かつ,満15年以上港湾労働に従事した者が退職した場合は,終身年金として毎月支払うこと,及びその年額は最低保障賃金とすることが掲げられていた。
イ 昭和47年6月に開かれた第57回ILO総会が「新しい荷役取扱い方法の社会的影響」と題する議題を取り上げたことに関連して,全国港湾関係労働組合連絡会議は,港湾労働者の雇用と就労保障に関する国会請願運動に取り組んだ。
ウ 昭和47年6月8日,全国港湾関係労働組合連絡会議と港湾運送事業者の全国団体である社団法人日本港運協会(以下「港運協会」という。)との間で,「団体交渉に関する確認書」が調印された。
エ 昭和48年6月25日,ILOで港湾における新しい荷役方法の社会的影響に関する条約(137号)及び同条約を補足する勧告(147号)が採択された。
同勧告では,雇用又は収入の安定の方策として,<1> 常用雇用又は常時雇用,<2> 雇用又は収入の保障が定められ,さらに,<3> 労働力の削減の場合の適切な措置として使用者が支払う退職手当その他の離職に係る給付が定められた。その上で,同勧告では,適当な年金制度及び退職制度の導入が求められている。
オ 昭和49年4月20日,港運協会と全国港湾労働組合協議会との間で「港湾労働者保障制度に関する協定書」が成立した。同協定書では,港運協会と全国港湾労働組合協議会との間で,港湾労働者の雇用条件の確立のため,港湾労働者年金制度の早期の実現に向けて努力することが確認された。
カ 同年11月の全国港湾労働組合協議会第4回定期大会において,上記オの協定書に基づく協定の実施に向けた闘いをすることが確認された。
キ 昭和50年12月5日,全国港湾労働組合協議会と日本港湾運送労働組合協議会との共同声明が発表され,港湾労働者年金制度は,産業別年金制度として,港湾労働者の失業と高齢化による老後の生活の不安への対策として早急な実施が必要とされ,年金額は,老後の生活を保障するに足りるものとすることを求めていくことが確認された。
ク 港運協会と全国港湾労働組合協議会及び日本港湾運送労働組合協議会との交渉を経て,昭和50年12月11日に港運協会と全国港湾労働組合協議会との間で,同月15日に港運協会と日本港湾運送労働組合協議会(現在の全日本港湾運輸労働組合同盟の前身<<証拠略>,弁論の全趣旨>)との間で,それぞれ「港湾労働者年金制度に関する協定書」が締結された。その各協定書は,次の内容を含むものであった(<証拠略>)。
(ア) 年金制度について(上記各協定書1項)
a 港湾労働者の老後の生活安定をはかるため,港湾労働者年金制度を設ける。(同1項(1))
b この年金制度は,労使協定に基づく公益法人によって運営する。公益法人は遅くとも昭和51年3月末日を目途として,設立するものとする。(同1項(2))
(イ) 運営機構(同2項)
中央に基金運営委員会を設置し,定款(寄附行為)に基づき運営,管理の執行を行う。(委員は,労使同数とする。)
(ウ) 適用範囲について(同3項)
a 六大港及び地方港における港湾運送事業の免許(届出を含む)企業の港湾労働者(事務職を含む)の適用を原則とし,なお細目については業種別,部会別又は企業別レベルで協議して決める。(同3項(1))
b 登録日雇港湾労働者については,適用させるため,労働省を含めた三者協議で決める。(同3項(2))
c 港湾運送事業者(届出を含む)に雇用されている者でaに掲げる者以外の者については,その企業責任において任意加入の申込みがあった場合は認める。(同3項(3))
(エ) 年金の金額(同7項)
港運協会は昭和51年1月末日までに具体的数字をもって回答するものとする。
ケ 昭和51年8月10日,港運協会と全国港湾労働組合協議会及び日本港湾運送労働組合協議会の両者との間で,上記昭和50年12月11日付け及び同月15日付けの「港湾労働者年金制度に関する協定書」に基づく協定書1項の(2),3項の(1)(3)及び7項について,「(性格)港湾労働者年金制度は労使協定に基づく公益法人により運営することを再確認し,その経過及び趣旨にそって引き続きその実現のために労使双方努力するものとする」,「(年金の金額)年額11万6000円を支給する」こと等の合意・確認をする旨の覚書が締結された(<証拠略>)。
コ 昭和51年9月14日,港運協会と全国港湾労働組合協議会との間及び港運協会と日本港湾運送労働組合協議会との間で,それぞれ「港湾労働者年金制度に関する協定書」が締結された。その各協定書には,次の内容が含まれていた(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
(ア) 年金制度について(1項)
a 港湾労働者の老後の生活安定をはかるため,港湾労働者年金制度を設ける。
b この年金制度は,労使協定書に基づく公益法人によって運営する。
公益法人の設立は,その経過及び趣旨にそって引き続きその実現のために労使双方努力するものとする。
c この年金制度は,労働者は無拠出とする。
(イ) 運営機構について(2項)
中央に基金運営委員会を設置し,寄附行為に基づき運営,管理の執行を行う(2項(1))。
(ウ) 適用範囲について(3項)
6大港及び地方港における港湾運送事業の免許(届出を含む)企業の港湾労働者の適用を原則とし,具体的な範囲については,次の各項の通りとする。(中略)
(エ) 年金受給の資格(4項)
勤続18年以上で引き続き勤務し退職時満55歳より満60歳までに達した者を有資格者とする。
(オ) 年金の金額(7項)
年額11万6000円とする。
(カ) 支給実施時期(10項)
昭和51年6月1日にさかのぼって実施する。
サ また,上記「港湾労働者年金制度に関する協定書」が締結された日(昭和51年9月14日)に,本件規程が制定された。本件規程には,次の定めがあった(抜粋)。(<証拠略>)
(ア) (目的:第1条)
この規程は,港湾労働者の老後の生活安定に寄与するため「港湾労働者年金制度に関する協定書」に基づき,港湾労働者年金(以下「港湾年金」という。)の給付の細目を定めるものとする。
(イ) (適用事業者の範囲:第3条)
港湾年金の制度は,6大港及び地方港における港湾運送事業の免許(届出を含む。)事業者(以下「適用事業者」という。)に適用する。
(なお,昭和64年1月1日,適用事業者に財団法人港湾労働安定協会(一審被告)を追加する改正が行われ,平成12年4月7日,その財団法人港湾労働安定協会を削除する改正が行われた。)
(ウ) (登録事業者:第6条)
適用事業者のうち港湾年金加入事業者を登録事業者という。
(エ) (恣意的脱会の禁止:第8条)
登録事業者が適用事業者でなくなったとき以外の事由による港湾年金からの脱会は,認めない。
(オ) (適用対象者:第9条)
港湾年金の適用対象者は,適用事業者に雇用されている労働者で次の各号に掲げる者とする。(中略)
(カ) (登録者:第10条)
前条の適用対象者で,港湾年金に登録されている労働者を登録者という。
(キ) (登録の申請:第11条)
登録事業者は,労働者を第9条に規定する適用対象者として雇用し,又は配置転換した場合は,その日から6カ月以内に,財団法人港湾労働安定協会(以下,この規程において「安定協会」という。)に登録申請の手続をしなければならない(1項)。
(ク) (受給資格要件:第18条)
港湾年金の給付を受けるためには,次の各号に掲げる要件を満たさなければならない。
a 登録者であること。
b 勤続18年以上で引き続き勤務し,退職時満55歳より満60歳までに達した者であること。
(ケ) (受給権者の裁定:第19条)
港湾年金の給付を受ける権利は,前条の要件を満たした者の請求に基づいて,安定協会が裁定する。
(コ) (裁定請求:第20条)
a 裁定の請求は,第18条に規定する受給資格要件を満たした者が,事業者を通じ安定協会に届け出ることによって行うものとする。
b 前項の手続きにおいて,事業者が倒産等により行為能力を喪失したときは,地区雇用対策委員会が代行する。
(サ) (受給権者:第21条)
前条に規定する裁定請求に基づき裁定された者を受給権者といい,安定協会により,その証として港湾労働者年金証書を交付する。
(シ) (年金額:第22条)
港湾年金の額は年額25万円とする。
(ス) (支給期間:第23条)
港湾年金の支給期間は,満60歳の誕生日の翌月から,満75歳の誕生月までの15年間とする。ただし,満60歳に達した日以後に受給権者となった場合は,退職日の翌月から支給し,支給期間中に死亡した場合は,死亡月をもって終了する。
(セ) (支給月:第24条)
港湾年金の支給は,3月,6月,9月及び12月の4回とし,それぞれの前々月分までを,支給月の15日に支給する。ただし,金融機関が休業の場合は翌営業日とする。
(上記支給月は,平成13年5月29日,6月及び12月の2回とする旨改正された。)
(ソ) (支給方法:第25条)
港湾年金の支給は,受給権者の指定金融機関口座への振り込みにより行う。
(タ) (労働者の負担:第36条)
労働者は無拠出とする。
(チ) (原資負担者:第37条)
年金及び遺族見舞金給付に要する原資は,受給権者が第18条に規定する受給資格要件を満たして退職した時に在籍していた事業者(以下「原資負担者」という。)が負担する。
(ツ) (原資負担者の変更:第38条)
原資負担者が原資の負担能力を喪失したときは,次の各号に掲げる場合に応じ当該各号に規定する者に変更するものとし,変更後の原資負担者はその旨当該地区雇用対策委員会を経由して安定協会に届け出るものとする。
a 合併等の理由による場合で,特定の継承者がいるときは,その継承者
b 倒産等の理由による場合で,特定の継承者がいないときは,当該地区港運協会
(上記a,bは,平成13年5月29日の改正により,「a 特定の継承者がいるとき((1)号) 合併等の理由による場合で,特定の継承者がいるときは,その継承者。b 特定の継承者がいないとき((2)号)倒産等の理由による場合で,特定の継承者がいないときは,当該地区雇用対策委員会は関係者の意見等を踏まえて,その処理に努力する。」と改正された。)
(テ) (助成:第39条)
安定協会は原資負担者に対し,次により助成を行う。
a 港湾年金
(a) 年金額のうち,150,000円
(b) 前条(2)号((チ)b)の場合は,前号の助成額に,年金額から前号の助成額を差し引いた金額の2分の1を加算した金額(この規定は平成13年5月29日削除改正された。)
b 遺族見舞金
遺族見舞金の支給額の60%
(ト) (原資の納付:第40条)
原資負担者は安定協会の告知に基づき,告知相当額を納入告知書記載の期限までに納付しなければならない(1項)。
(ナ) (不服申立:第45条)
この制度に基づく登録,受給権の裁定,その他に関して,不服のある場合は,その通知を行った日の翌日から起算して30日以内に地区雇用対策委員会を経由し,安定協会に不服の申立をすることができる。
(ニ) (所得税の納付:第49条)
原資負担者は,原資納付時に支給した港湾年金について所得税を徴収し,支給月の翌月10日までに所轄税務署に納付しなければならない。
(ヌ) (源泉徴収票の発行:第50条)
前条の事業者は毎年1月31日までに前年度に支給した港湾年金について源泉徴収票を作成し,当該受給権者に交付するものとする。
シ 昭和54年12月25日,港運協会の会長,副会長ら,全国港湾労働組合協議会の議長,副議長ら,全日本労働総同盟交通運輸港湾協議会港湾部会副部会長らが出席して,港湾労働安定協会設立発起人会が開催された。その港湾労働安定協会の設立趣意書には,「今回,『港湾労働者の雇用と生活の安定に関する諸制度』を円滑に運営するための財政的援助並びにこれに付帯する業務を取扱うことを目的として港運協会,全国港湾労働組合協議会並びに全日本労働総同盟交通運輸港湾協議会港湾部会の港湾労使共管による港湾労働安定協会を取り敢えず任意団体として設立するものであります。」と記載されていた。また,上記設立発起人会において,「港湾労働安定協会規約」の決定等が行われた。(<証拠略>)
ス こうして,昭和55年1月1日,港湾労働安定協会(一審被告の前身)が設立された。
上記「港湾労働安定協会規約」(<証拠略>)には,次のような規定が置かれていた。
(ア) (目的:第3条)
本会は,港湾運送事業に従事する労働者の雇用の安定と生活の保障を図ることを目的とする。
(イ) (事業:第4条)
本会は,前条の目的を達成するため,次の事業を行う。
a 次の各号に掲げる制度の円滑な実施を図るための財政的援助
(a) 港湾労働者年金制度
(b) 最低保障賃金制度
(c) 職業訓練制度
(d) 転職資金制度
b 前項に付帯する業務
(ウ) (会員:第5条)
本会は,港運協会,全国港湾労働組合協議会及び全日本労働総同盟交通運輸港湾協議会港湾部会をもって組織する。
(エ) (役員の選任:第15条)
a 会長は,港運協会副会長がこれにあたる。
b 理事は,港運協会から5名,全国港湾労働組合協議会及び全日本労働総同盟交通運輸港湾協議会港湾部会から5名それぞれ選任する。
c 監事は,港運協会から1名,全国港湾労働組合協議会及び全日本労働総同盟交通運輸港湾協議会港湾部会から2名選任する。
セ (1審被告の設立)
港湾労働者年金制度は,労使の長い間の協議と国内外にわたる類似制度の調査研究の結果の末に生まれた画期的な制度であり,この制度を適正に運営するには,労使双方により運営される組織である公益法人を設立する必要があった。そこで,それまでに存在した任意団体である港湾労働安定協会を土台として,港湾運送事業に従事する労働者の職業能力の開発向上,雇用及び生活の安定のために必要な事業を実施することにより,港湾労働者の福祉の増進と港湾運送事業の近代化に資することを目的に,昭和60年4月11日,一審被告が,民法34条に定める財団法人として,主務大臣である運輸大臣及び労働大臣の認可を受けて設立された。一審被告の理事の構成は,事業主の代表である理事と労働組合の連合体の代表である理事の双方から成っている。(<証拠略>,弁論の全趣旨)
一審被告の寄附行為には,次の定めが置かれている(<証拠略>)。
(ア) (目的:第3条)
本協会は,港湾運送事業に従事する労働者の職業能力の開発向上,雇用及び生活の安定のために必要な事業を実施することにより,港湾労働者の福祉の増進と港湾運送事業の近代化に資することを目的とする。
(イ) (事業:第4条)
本協会は,前条の目的を達成するため,次の事業を行う。
a 港湾労働者年金制度,転職資金制度,職業訓練制度及び最低保障賃金制度の運営
b 職業訓練施設の設置及び運営
c 港湾労働法関係付加金制度の運営
d 港湾労働法(昭和63年法律第40号)第30条に規定する港湾労働者雇用安定センターの業務
e その他本協会の目的を達成するために必要な事業
(ウ) (財産の構成:第5条)
本協会の財産は,次の各号に掲げるものをもって構成する。
a 設立当初の財産目録に記載された財産
b 労働安定基金
c 港湾労働法関係付加金
d 港湾労働法第35条の規定に基づく国庫交付金
e 寄附金品
f 財産から生じる収入
g その他の収入
(エ) (役員の種類及び定数:第16条)
理事 20名以上25名以内
監事 2名以上4名以内
(オ) (役員の選任等:第17条)
理事及び監事は,評議員会において選任する(1項)。
(カ) (理事会・権能:第25条)
理事会は,この寄附行為に別に定めるもののほか,本協会の業務に関する重要な事項を議決し,執行する。
(キ) (評議員:第33条)
a 本協会に,評議員15名以上20名以内を置く(1項)。
b 評議員は,理事会で選任し,会長がこれを委嘱する(2項)。
(ク) (運営委員会:第35条)
本協会に,第4条第1号から第4号までに掲げる事業に係る専門的事項を調査審議するため運営委員会を置くものとする(1項)。
ソ 本件規程は,その制定後,次の改正が行われた。
(ア) 年金額(本件規程第22条)
a 一審被告設立(法人化)前
(a) 昭和55年4月1日(同年10月施行) 年額15万円
(b) 昭和59年4月29日(同年5月施行) 年額17万4000円
b 一審被告設立(法人化)後
(a) 昭和61年4月14日(同年5月施行) 年額20万円
(b) 平成元年4月16日(同年5月施行) 年額24万円
(c) 平成3年5月9日(同年5月施行) 年額27万円
(d) 平成3年5月9日(平成5年5月施行) 年額30万円
(イ) 支給月(本件規程第24条)
平成13年5月29日,年4回を年2回(6月及び12月)に改正。
(ウ) 助成額(本件規程第39条)
a 一審被告設立(法人化)前
(a) 昭和55年4月1日(同年10月施行) 年額5万円
(b) 昭和59年4月26日(同年5月施行) 年額7万4000円
b 一審被告設立(法人化)後
(a) 昭和61年4月14日(同年5月施行) 年額10万円
(b) 平成元年4月16日(同年5月施行) 年額12万円
(c) 平成3年5月9日(同年5月施行) 年額15万円
(d) 平成3年5月9日(平成5年5月施行) 年額18万円
(e) 平成6年10月13日(同年11月施行) 年額15万円
(3) 本件年金の減額支給
ア 平成11年11月2日付けで,港運協会と全国港湾労働組合協議会及び全日本港湾運輸労働組合同盟は,港湾労働者年金制度における年金額を平成12年5月以降25万円とすることを確認した(<証拠略>)。
イ 同日,一審被告は,本件規程の年金額(第22条)を,25万円(平成12年5月施行)に改正した(<証拠略>)。(ア,イによる年金額の減額を,以下「本件年金額の減額」という。)
ウ 一審被告は,一審原告らに対し,平成12年6月26日付けの「『港湾労働者年金額』改訂のご通知」と題する書面によって,同年5月以降の年金額を25万円に減額する旨の通知をした。
上記書面には,「港湾労働者年金制度に基づく年金額(現行30万円)が平成11年11月2日に港運中央労使間で『年金額は平成12年5月以降25万円とする』ことが確認されたので,年金額を改訂いたします。」と記載されていた(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
エ 一審被告は,一審原告らに対し,平成12年9月から平成17年12月の支給分まで,年額25万円として計算した上,本件規程第24条(支給月)の規定に従って支給した。
(4) 本件規程及び労使間で定められた協定書において,年金額の改定に関する明文規定は存しない。
3 争点
(1) 一審原告らと一審被告との間の年金支給に関する法律関係(本件年金請求権の法的性格)
(2) 本件年金額の減額の一審原告らに対する効力の有無
第4当事者の主張(略)
第5当裁判所の判断
1 争点(1)(一審原告らと一審被告との間の年金支給に関する法律関係)について
(1) 前記前提となる事実(以下「前提事実」という。)によれば,本件規程の制定とこれに基づく本件年金制度は,港湾運送事業者の全国団体である港運協会と港湾運送事業に従事する港湾労働者で組織される全国港湾労働組合協議会及び日本港湾運送労働組合協議会の間で締結された「港湾労働者年金制度に関する覚書」に基づいて制定され,これが,港運協会,全国港湾労働組合協議会及び全日本労働総同盟交通運輸港湾協議会の三者の共管によるものとして設置された任意団体としての港湾労働安定協会(一審被告の前身)に移管され,その港湾労働安定協会の法人化(一審被告の設立)によって一審被告の事業に承継されたものであることが認められる。これに,前提事実に係る本件年金制度制定の経緯,本件規程の内容及びその変更の経緯等を合わせ考慮すれば,一審被告は,労使団体によって,港湾労働者の雇用及び生活の安定等を図ることを目的として,本件年金制度の実施その他の事業を行うための事業主体として設立された財団であって,本件年金制度についていえば,その事業は一審被告自身の事業であることは明らかである。
一審被告の設立目的,事業目的が上記のとおりのものである以上,本件年金制度の運営(年金原資の確保,年金支給業務の遂行等の財団の運営)についての事業主体は一審被告であり,それについての年金受給権者に対する法的責任は一審被告のみが負う立場にあるというべきである。
(2) 確かに,前提事実によれば,港湾労働安定協会は,労使団体の協定により,労使団体の共管によるものとして設置されたものであり,その性格は一審被告も基本的には同じであると認められる。そして,港湾労働安定協会の規約には労使の双方から理事,幹事を選任する旨の定めがあり,一審被告の寄附行為にはそのような規定は置かれていないが,一審被告においても,港湾労働安定協会におけるのと同様に労使双方から役員が選任され,労使団体の合意内容を一審被告自身の内部の意思決定により実現する仕組みがとられているものといえる。一審被告が労使団体による共管によるものとして設立されたものであることから,労使団体による協定の効力がそのまま一審被告に及ぶといえる法的根拠は見出し難い。「共管」の趣旨は,一審被告がその財団運営を,労使団体の協定したところを一審被告の財団運営において取り込み決定して運営していくというところにあるのであり,一審被告の寄附行為に基づく財団運営から離れて,労使団体の協定が当然に(自動的に)一審被告の財団運営を規律し,本件規程の内容を規律・改変する効力を有するものとは解し難い(労使団体の協定が当然に一審被告の財団運営を規律するというものであれば,財団法人としての一審被告の存在意義自体が否定されることになろう。)。
したがって,一審被告は,労使団体が協定するところに従って運営される財団として設立されたものということができ,その点から見れば,一審被告は,労使団体から本件年金制度事業の運営を委託されてこれを行い,年金受給権者はその事業(第三者の事業)の受益者であるという側面があることは否定できないが,法律的には,上述のとおり本件年金制度の運営は一審被告自身の事業であり,一審被告が労使団体や事業者から本件年金制度の運営について業務を委託され,労使団体又は事業者を要約者,一審被告を諾約者,年金受給権者を受益者とする第三者のためにする契約関係にあるとはいえないというべきである(実際,それらを明示する契約書類は作成されていない<弁論の全趣旨>。)。
(3) 一審被告は,一審被告が受給権者に支払う年金の原資の中には労働安定基金による助成金も含まれているが,助成は原資負担者に対して行われているのであり,本件年金は原資を負担する事業者において支払うものである旨主張する。
確かに,本件年金制度においては,年金に要する原資は受給権者が本件規程所定の受給資格要件を満たして退職した時に在籍していた事業者(原資負担者)が負担するものとされ(本件規程37条,40条),事業者は一審被告の告知に基づいて告知相当額を一審被告に納付し(同40条1項),一審被告はその事業者の納付額と,一審被告の事業者に対する助成金(同39条)をもって,受給権者に対する年金を支払うものとされている。
しかし,本件規程によれば,<1> 本件年金制度は,登録事業者(適用事業者のうち港湾年金加入事業者)が適用事業者でなくなったとき以外の事由による港湾年金からの脱会は認められないこと(8条<恣意的脱会の禁止>),<2> 労働者は無拠出であること(36条),<3> 原資負担者が原資の負担能力を喪失したときは,合併等の理由による場合で特定の継承者がいるときはその継承者が,倒産等の理由による場合で特定の継承者がいないときは,当該地区港運協会が負担する(平成13年5月29日の改正前,同日の改正により,「当該地区雇用対策委員会は関係者の意見等を踏まえてその処理に努力する」と改正された。)ものとされており(38条<原資負担者の変更>),原資負担者が倒産した場合には当該労働者の年金受給権が消滅するものとはされていないこと(これは,本件年金制度が,個々の事業者と労働者との労働契約関係を超えた,産業別の制度であることを示している。),<4> 一審被告は,原資負担者に,(a) 年金額のうち15万円を助成し,(b) 原資負担者の特定継承者がいない場合は,上記助成額に,年金額から上記助成額を差し引いた金額の2分の1を加算した金額を助成するものとされていたこと(39条,(b)についての規定は,平成13年5月29日削除された。)は,上記のとおりである。そして,一審被告による上記助成金の支出は,一審被告により徴収と管理が行われている「労働安定基金」(寄附行為5条2号)から行われており,この労働安定基金の原資は,コンテナ等の積荷の数量に対して一定の比率で荷主,船主から一審被告に納付される拠出金によるものである(<証拠・人証略>,弁論の全趣旨)。
これらのことからすれば,本件年金制度においては,原資負担者の納入金は一審被告の年金財源(一審被告の資産)への拠出金とされ,倒産等の理由で原資負担事業者がなくなった場合にも,当該受給権者の受給権が消滅するものとはされておらず,一審被告において支給継続の対策を講じていくものとされているなど,年金は一審被告の資産から支払われ,個々の受給権者とその適用事業者(原資負担者)との個別的関係を超えた,産業規模による支給の仕組みがとられているものであり(これこそが本件年金制度が画期的であるゆえんである。),年金受給に関する契約関係が,受給権者とその適用事業者との個別的労働契約に基づいて発生するものではないといえる。
そして,本件年金制度がそのようなものである以上,原資負担者が一審被告の納入告知金額を納入しない場合においても,当該受給権者の同意がない限りその受給権は消滅するものではないというべきであるから,当該受給権者の同意なく受給権抹消の取扱をすることは許されないというべきである。
(4) 以上のところからすれば,本件年金制度は,港湾運送事業に従事する労働者の老後の生活の安定と良質の港湾運送労働力の確保という労使双方の要請に基づき,労使団体によって,個別事業者と労働者との関係を超えて,産業規模で制定された制度であり,一審被告は,本件規程に従ってその運営の責任を負い,本件規程によって受給権者の裁定請求をした受給資格者に対しては,その裁定をして,本件年金を支給しなければならないのであり,本件規程に従った一審被告と一審原告ら受給権者との関係は,一審原告らが申込み(本件規程による受給権者の裁定の請求)をし,これに対して一審被告が承諾(本件規程によって受給権者の裁定)をした,一審原告らと一審被告との間の本件規程に従ってする年金支給契約関係と見るほかない。私的契約関係であれば,申込みに対してそれを承諾をするかどうかの自由(契約の自由)が相手方にあるのが原則である。しかし,一審被告は,本件規程に定める受給資格要件を有する者から本件規程に従った裁定請求を受けた場合には,必ずその裁定をしなければならず,一審被告にそれについて裁量の余地のないことは本件規程上明らかであるが,それは本件年金制度の本質(設立の趣旨・目的)に由来するものであり,それによって,一審被告と受給権者との間の法律関係が両当事者間の年金支給契約関係であるということが否定されるものではない。
一審被告は上記と異なるさまざまな主張をするが,上記考察したところからいずれも採用できない。
(5) そして,以上のところからすれば,一審原告らは,本件規程により,それぞれ一審被告に対し,各支給開始月から15年間,裁定年金額の支給を受ける権利を取得し,その後の年金額の増額改訂により一審被告が増額年金額を支給し,これを受領した一審原告らについては,同一審原告らにおいて年金額の増額変更に黙示の同意をしたものと認められ,これにより年金支給契約の年金額の変更が合意され,同一審原告らは一審被告に対し,以後の年金支給期間,その増額年金額の支給を受ける権利を取得するに至ったものと認めるのが相当である(本件年金の支給時期,方法等の変更についても,上記と同様のことがいえる。)。これと異なる一審被告の主張は採用できない。
2 争点(2)(本件年金額の減額の一審原告らに対する効力の有無)について
(1) 前提事実によれば,本件年金額の減額が,港運協会と全国港湾労働組合協議会及び日本港湾運輸労働組合同盟の協定を受けて,一審被告において本件規程の年金額の改正が行われ,これに基づいて一審原告らに減額通知が行われたものと認められる。当時,一審原告らは,既に受給権者の裁定を受けて年金の支給を受けていた者である。
そこで,上記のような一審原告らに対して本件年金額の減額の効力が及ぶのかどうかにつき,以下検討する。
(2) 第三者のためにする契約における変更権の留保について
一審被告は,本件年金支給に関する契約関係が第三者のためにする契約関係であるとして,これを前提に第三者のためにする契約に起因する抗弁(民法539条)を主張するが,本件年金支給に関する契約関係が第三者のためにする契約関係に当たらないことは前述のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,上記一審被告の主張は理由がない。
(3) 年金支給契約における黙示の合意について
ア 一審被告は,本件年金制度は,もともと労使団体の合意によって変更されることがあり得る制度であり,労使団体の合意によって給付の内容が変更された場合は,一審被告と受給権者との契約の内容もこれに従って自動的に変更され,変更された内容に従って一審被告が受給権者に年金を支給するというのが,契約当事者双方の意思であり,その旨の黙示の合意がされた旨の主張をする。
確かに,本件年金制度は,労使団体の協定に基づいて制定されたものであるが,その運営は,一審被告によって,一審被告の定める本件規程に基づいて行われ,一審被告と受給権者との間の年金支給契約の内容も本件規程に従って定まるものであって,労使団体の合意がただちに本件規程の内容を規律,改変する効力を有するものでないことは前述のとおりである上,本件規程には年金受給権の内容の変更に関する規定は何も置かれていないことを考慮すると,年金支給契約当事者双方の意思が上記一審被告主張のとおりのものであったとは解し難く,したがって,上記一審被告主張のような黙示の合意があったとは認め難い。
もっとも,上記認定の,労使団体の共管によるものとして労使団体の交渉・協定に従って運営されるという本件年金制度の性格や運営の実情,本件年金制度における年金原資の負担の構造等を考慮すれば,本件年金制度(本件規程)は,労使団体の協定に従った一審被告の決定(本件規程の改正)によって,本件規程に基づく受給権者の権利の内容を変更する(本件規程を改正する)ことを排除してはおらず,本件規程の改訂によって受給権者の権利内容を集団的,一律的に変更することが予定されているものと解することができないでもない。
しかし,そうだとしても,一審原告らのように,既に本件規程に従って確定的に年金受給権を取得した受給権者の権利内容についてまで労使団体の協定に従った一審被告の意思決定(本件規程の改正)によって変更されることがあることが契約当事者の意思であったとするには,その契約当時に,その当事者がそのように認識し得た特段の事情があったことが必要であると解される。本件年金制度においては労働者は無拠出とされているが,それは,労使団体間における港湾労働者の労働条件全体の検討と交渉を経て決定され,労働者側の権利として制定された制度であることは,前述の本件年金制度制定の経緯に照らし明らかであるから,本件年金制度は使用者側から労働者側に対する恩恵的制度であるとしてその労働者の権利を軽く取り扱うことは許されないというべきである。しかるところ,本件規程には受給権の内容の変更に関する規定は何も置かれていないし,本件年金制度の制定についての労使団体の交渉の過程でそのような変更について確認・合意された形跡もないのであり,上記特段の事情が存在したとは認められない。
したがって,上記一審被告の主張は採用できない。
イ また,一審被告は,一審被告と一審原告らとの間には,労使団体間において年金額の減額が合意・決定された結果,原資負担者が本来の原資負担のうちの一部(減額部分)の負担をしない場合には,一審被告は,当該減額部分の年金支給を拒むことができるとの黙示の合意がなされていた旨の主張をする。
しかしながら,本件年金制度(本件規程)においては,原資負担者が原資負担能力を喪失しても年金受給権は消滅しない仕組みになっていること(これと異なる一審被告主張の取扱いは本件規程に反するものであること)は前述のとおりであり,これを考慮すると,一審原告らと一審被告との間に上記一審被告主張の黙示の合意がされたとは認め難く,上記一審被告の主張は採用できない。
(4) 労働協約や就業規則の不利益変更に関する労働判例の類推適用について
一審被告は,労使団体の合意による本件年金制度の変更の効力は,労働協約や就業規則の不利益変更に関する労働判例法理が類推適用され,既に年金の支給を受けている受給権者にも及ぶ旨主張する。
しかし,一審原告らの年金受給権は,そもそも労使団体の協定自体の効力によって取得されたものではない。しかも,既に年金の支給を受けている受給権者は,現に労使関係にある労働者ではなく,本件年金制度の変更を行った労使団体の合意における意思形成過程に参加する機会が全く与えられていないのである。そして,既に退職して労働組合を脱退した受給権者と,現に労使関係にある労働者とは,その利益が共通する関係にあるとはいえず,その手続保障が代替される関係にないから,労使間の合意が一審原告らに及ぶと解することはできない。
したがって,本件年金額の減額の合理性や必要性を論じるまでもなく,本件規程によってすでに確定した契約内容に従って年金を受給している受給権者に対し,労使団体の合意によって契約内容が変更されるということはできないから,上記一審被告の主張は採用できない。
(5) 本件年金額の減額の必要性について
ア 上記のとおり,本件年金額の減額の効力が一審原告らに及ぶとする一審被告の主張は,本件年金額の減額の必要性を論じるまでもなくいずれも理由がないというべきであるが,一審被告は,本件年金額が30万円に増額された後の港湾運送事業の経営環境等の変化により,本件年金制度を維持するためには本件年金額の減額の必要性があった旨主張するので,この点について以下付言する。
イ 証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 港運協会は,港湾運送事業者の年金原資の調達が困難な状況となったとして,平成9年,港運協会と労働組合が開催した労使政策委員会において,労働組合側に対して,年金額の減額,新規採用者の資格登録の中止,転職資金制度の廃止等の提案をした。その後,平成10年,平成11年の春闘での交渉において,労使団体による制度見直し専門委員会を設けて検討することが合意された。そして,制度見直し専門委員会は9回開催され,平成11年11月2日に労使団体が協定書を結び,平成12年5月以降年金額を年額25万円に減額すること,平成11年4月1日以降新規採用者の年金制度登録を凍結することが決定された。また,同協定書において転職資金制度の廃止も決定された。
(イ) 年金減額の労使団体交渉が行われていた平成9年から平成11年までの間の港湾運送事業者の収支状況は,年金額を30万円に増額することが決定された平成3年度の実績を100とした場合,a 港湾取扱貨物量は,平成9年は104.4(増加),平成10年は95.4(減少),平成11年は93.0(減少)であり,b 一般港運事業者(無限定)192社の港運事業損益は,平成9年は85.5,平成10年は66.0,平成11年は77.4(いずれも減少)であり,c 常用港湾労働者数は,平成9年は91.5,平成10年は89.6,平成11年は87.0(いずれも減少)であり,d 港湾労働者に対する本件年金の支給総額は,平成9年は164.3,平成10年は169.7,平成11年は170.8(いずれも大幅に増加)である。
(ウ) 年金額の30万円への増額が決定された平成3年から平成13年までの間の本件年金制度における「登録者」数(本件規程10条に定義される本件年金に登録されている現役労働者の数),年金受給者(実際に年金を受給している者の数),年金支給総額とその内訳としての中央助成額及び事業者負担額,1登録者あたりの事業者負担額の各推移は,別紙2「登録者・受給者等の推移」<53頁-編注>記載のとおりである。これによれば,登録者数が急速に減少する一方で,年金受給権者数の増加や年金額の増額に伴って,平成11年度までは,年金支給総額,1登録者あたりの事業者負担額は増加の一途を辿ったが,平成12年度から減少傾向となっている。
(エ) 本件年金制度の脱退事業者数のうち,廃業・経営悪化・倒産による脱退事業者数は,平成元年10月から平成3年12月までは6であったが,平成4年は4,平成5年は3,平成6年は3,平成7年は4,平成8年は7,平成9年は8,平成10年は10,平成11年は11,平成12年は8,平成13年は6,平成14年は6,平成15年は3,平成16年は6であった。
ウ 他方,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 港湾運送事業においては,平成元年から,はしけ運送量やいかだ運送量は減少していっているが,船舶積卸量は概ね増加してきており,コンテナ貨物量は,ほぼ増加の一途を辿っている。また,労働者1人あたりの荷役量も毎年右肩上がりに増加している(これらの点は,荷役量が減少したために労働者数が減少したものではなく,作業の効率化によって労働者数が減少した(これが登録者数の減少に繋がっている)ことを窺わせるものといえる。)。
(イ) 年金受給権者は,平成15年度が1万6088人,平成16年度が1万5851人で,減少傾向にある。前記のとおり登録者数が減少してきていることから,将来的にも年金受給権者は減少する傾向にあると見られる。
(ウ) 一審被告の収支の状況(平成元年度から平成16年度まで)は,別紙3<53頁-編注>記載のとおりである。これによれば,収入は平成5年度(30万円年金額が実施された年)当時の水準を維持しており,労働安定基金収入においては,平成13年度以降増加傾向にあって,平成4年度当時の金額と同等かそれを上回るほどになっている。他方,支出のうち,港湾年金助成額は,年金受給者の増加に伴って平成11年度までは増加してきているが,平成12年度以降は,平成15年度がピークでその後減少している。当期収支差額では,平成15年度,16年度は赤字となっているが,港湾年金助成額が減少し,これが将来的にも減少していくことが見込まれることから,収支差額も解消されていくことが予想される。
(エ) 本件年金額の減額についての労使団体交渉の際に検討の資料とされた予測資料(乙18)の平成16年度見込額と同年度の実際額(甲56)を比較すると,一審被告の労働安定基金収入(乙18:24億7500万円,甲56:26億1900万円),当期収入合計(乙18:25億9000万円,甲56:38億6900万円)とも実際額が見込額を上回り,他方港湾年金助成金額(乙18:24億3000万円,甲56:23億7700万円)は,実際額が見込額を下回っている。
エ 上記イ,ウ認定の事実に照らせば,港湾運送事業の経営環境には厳しいものがあり,登録事業者の本件規程に基づく原資負担が経営に及ぼす影響は少なくないことは確かであろうと思われるが,上記ウ認定のような本件年金額の減額前後の状況の推移を見れば,港湾運送事業者の合理化等の経営努力や港湾事業環境の変化もあって,港湾運送事業の経営環境ないし港湾運送事業者の経営状況や一審被告の収支状況は,本件年金額の減額の決定にあたって予測されていたほどには悪化しておらず,今後,登録者数や年金受給権者数が減少していく傾向にあり,港湾運送事業者の原資負担の程度も軽減されていく可能性もあると認められ,上記イ認定の事情を考慮しても,本件年金額の減額が決定された当時,本件年金制度を維持するために本件年金額の減額が真にやむを得ない状況にあったとまで認めることは難しい。一審被告は,各地区港運協会から年金支給額を大幅に減額すべきであるとか本件年金制度を廃止すべきであるという意見が出ている旨主張し,証拠(<証拠略>)によれば,各地区港運協会からそのような意見が出されていることは認められるが,本件年金制度の登録事業者の具体的経営状況や収益状況は本件証拠上不明であり,原資負担者がその負担の軽減を希望すること自体はいつでもあり得ることであるから,上記地区港運協会の意見を考慮しても,本件年金制度を維持するためには上記本件年金額の減額がやむを得ないものであったとまでは認め難い。(なお,仮に本件年金額の減額の必要性があったとしても,いわゆる事情変更の原則を適用して,一審原告らと一審被告間の前記認定の年金支給契約について,一審原告らの同意なくしてその年金額が一審被告の本件年金額の減額の告知額に変更されると認めるべきほどの事情の変更があったとは認められない。)
3 以上によれば,本件年金額の減額の効力は一審原告らに及ばず,一審原告らは,本件年金額の減額決定後も年額30万円の年金を受給する権利を有し,一審被告に対して,次のとおりの支払を請求することができるものと認められる。
(1) 一審原告X1,同X2,同X3,同X4,同X5,同X6及び同X7
それぞれ27万5000円及びうち10万円に対する平成14年11月26日から,うち10万円に対する平成16年12月3日から,うち2万5000円に対する同月16日から,うち2万5000円に対する平成17年6月16日から,うち2万5000円に対する同年12月16日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
(2) 一審原告X8(当審における請求の減縮に基づく変更)
17万9167円及びうち10万円に対する平成14年11月26日から,うち7万9167円に対する平成16年12月3日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
(3) 一審原告X9(当審における請求の減縮に基づく変更)
20万円及びうち10万円に対する平成14年11月26日から,うち10万円に対する平成16年12月3日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
4 よって,一審被告の本件控訴は理由がないからこれを棄却し,一審原告X1,同X2,同X3,同X4,同X5,同X6及び同X7の附帯控訴は理由があるから,同一審原告らにつき主文第2項のとおり原判決を変更し,一審原告X8及び同X9の請求の減縮に基づき,同一審原告らにつき,主文第3項(1),(2)のとおり原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 竹中邦夫 裁判官 矢田廣髙)
(別紙2) 登録者・受給者等の推移
<省略>
(別紙3)
<省略>