大阪高等裁判所 平成17年(ネ)1771号 判決 2006年4月14日
控訴人
ネスレ日本株式会社(旧商号・ネスレジャパンホールディング株式会社)
代表者代表取締役
D
訴訟代理人弁護士
中山慈夫
同
男澤才樹
同
増田陳彦
同
高仲幸雄
被控訴人
X1
被控訴人
X2
被控訴人ら訴訟代理人弁護士
竹嶋健治
同
吉田竜一
同
土居由佳
同
西田雅年
同
坂田宗彦
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1 控訴人
(1) 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 前記取消部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1審,2審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は,控訴人姫路工場に勤務していた被控訴人らが,平成15年5月9日に被控訴人らに対してなされた霞ヶ浦工場への配転命令(以下「本件配転命令」という。)が無効であるとして,霞ヶ浦工場に勤務する雇用契約上の義務がないことの確認及び配転命令後である平成15年8月分以降の賃金の支払いを求める事件である。
2 原判決は,<1>控訴人は被控訴人らの個別の同意なしに転勤を命じる権限を有すること,<2>本件配転命令には,業務上の必要性に基づいてなされたものではあるが,被控訴人らに対して,通常甘受すべき程度を著しく越(ママ)える不利益を負わせるもので,本件配転命令に基づき被控訴人らを霞ヶ浦工場に転勤させることは,配転命令権の濫用に当たるとして,同工場に勤務する雇用契約上の義務のないことを確認すると共に平成15年9月分以降の賃金の支払いを命じた。控訴人は,これを不服として控訴した。
3 前提となる事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,原判決の摘示を後記4のとおり補正し,当審における補充主張として後記5のとおり付加するほかは,原判決が事実及び理由第2の1ないし3として摘示するとおりであるから,これを引用する。なお,以下,原判決の「原告」を「被控訴人」に,「被告」を「控訴人」にそれぞれ読み替える。
4 原判決摘示の補正
明らかな誤字,脱字は特に補正しない。
(1) 原判決2頁下から2行目から1行目の「ネスレジャパングループの統括を行っている会社」の前に「その後,平成18年1月4日付け登記で,商号を「ネスレ日本株式会社」に戻した」を付加する。
(2) 原判決3頁3行目の「茨城県稲敷郡桜川村」の次に,「(平成17年3月22日に周辺町村と合併し,茨城県稲敷市となった。)」を付加する。
(3) 原判決5頁下から3行目から2行目の「執行した未消化年休を傷病や看護の目的で積立使用を認める制度」を「所定の年次有給休暇のうち使用されずかつ次年度に持ち越されないため失効することとなる日数を,1年につき10日,合計40日に限って積立年休として扱い,業務外の傷病,家族の傷病看護の際に通常の有給休暇とは別に有給休暇として使用できる制度」と改める。
5 当審における補充主張
(1) 控訴人の補充主張
ア 配転命令の有効性の判断基準
東亜ペイント事件最高裁判決(最高裁昭和61年7月14日判決・判時1198号149頁,以下「東亜ペイント最高裁判決」という。)は配転命令の有効性の判断基準を示しており,これが判例となっている。その内容は,配転命令の有効性の判断に当たっては,まず,業務上の必要性の存否が問題となり,これが存する場合には特段の事情の存する場合でなければ権利の濫用には当たらず,特段の事情としては,他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき,または,労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく越(ママ)える不利益を負わせるものであるときが挙げられるというものである。この考え方は,配転命令については使用者の裁量を広く認めるものであって,特段の事情があるとされるのは,例外的な場合である。同判決は,「業務上の必要性についても,当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当ではなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯認すべきである。」としているのであって,被控訴人らの主張するような,業務上の必要性と労働者の不利益を相関的に比較衡量する中で判断していく考え方を明確に否定しているのである。
したがって,被控訴人らに通常甘受すべき程度を著しく越(ママ)える不利益を負わせる特段の事情が存するかの判断にあたっては,被控訴人らが本件配転命令によって負う不利益について,相当詳細な検討が行われなければならない。
しかし,原判決は,被控訴人X1の妻及び被控訴人X2の実母の病状及び介護状況について十分な検討を行わず,安易に前記特段の事情を認定したもので,誤った判断というべきである。以下詳述する。
イ 配転を前提とする就労
控訴人は,配転があることを前提として正社員を採用しており,この点は被控訴人ら現地採用者においても同様であった。実際にも,控訴人は長年にわたって正社員に対し転居を伴う配転を命じていた。このため,本件配転命令によって様々な不利益を受ける労働者も,被控訴人らを除いては,これに従ったのである。また,控訴人の従業員のうち大多数(当時の姫路工場の従業員365名中346名)が加入するネスレ日本労働組合(以下「ネスレ労組」という。)も,本件配転命令を雇用確保のためと評価し,組合員に対し協力するよう求めたのである。
ウ 個人面談の趣旨
(ア) 本件配転命令において,控訴人は,事前に従業員の家庭環境等に関して個人面談を行った上で配転命令を発するのではなく,配転命令を発した後に個人面談を行い従業員の家庭環境等に関して事情聴取を行う方式を採用した。しかし,被控訴人らは個人面談において,家族の病状及び介護状況について何ら具体的に申告していない。
(イ) 配転命令が労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく越(ママ)える不利益を負わせるものか否かについては,具体的な判断基準が確立しているわけではないから,配転命令を行う使用者は配転命令の際に,それが通常甘受すべき程度を著しく越(ママ)える不利益を負わせるものか否かの規範的判断を迫られることになる。
そして,その不利益の内容は,労働者の家庭状況等プライバシーに関わる部分が中心になるから,使用者としては,労働者側からの申告がない限り,問題があることすら認識できない。また,不利益の内容・程度についての調査は,事柄がプライバシー・個人情報に関する以上,使用者側が積極的に証拠収集することも困難である。したがって,配転命令について,それによって通常甘受すべき程度を著しく越(ママ)える不利益を負うと主張する労働者は,信義則上,いかなる点で不利益があるかを具体的に申告すると共に,それを裏付ける資料を提供すべき義務があるというべきである。被控訴人らのように,それが妻若しくは実母の介護等である場合には,被控訴人らは,配転命令が介護等に関しどのような不利益を負わせるかの申告と,それを裏付ける診断書等の証明文書を使用者に提供する必要があり,これをしなかった場合には,当該労働者は後になって配転命令の効力を争うことは許されないというべきである。
また,配転のような人事異動は,その発令と赴任時期が定まっているものであるから,通常甘受すべき程度を著しく越(ママ)える不利益があると主張する労働者の前記のような申告及び証明書提出は,相当期間内になされる必要がある。そして,本件のように,使用者が本件配転命令に関する個人的事情を確認するために個人面談の機会を与えている以上,その申告及び提出はその面談の機会までになされる必要があるというべきで,これを行わなかった場合には,労働者はその主張を信義則上なし得ないと解すべきである。
(ウ) 被控訴人らに関する事実経過は次のとおりである。
<1> 被控訴人X1
a 平成15年5月20日に個人面談を行ったが,その際には同被控訴人は妻が病気であると述べたものの,そのために配転に応じられないとの申し出はしていない。
b 同月22日になって,被控訴人X1は,姫路工場にとどまらせてほしいとの申し出を文書でなし,同文書には,Eの病気やEを帯同して転勤した場合にはEの病状が悪化する懸念があること,母親が高齢であることの記載があった。しかし,Eの具体的な病状や被控訴人X1がなしている介護・援助の状況についての記載はなく,その後同月23日に提出した要望書を含めて,医師の診断書の添付等は一切なされていない。
c 被控訴人X1は,同年6月13日付けで申し立てた地位保全仮処分申立事件において,初めてEの診断書を提出した。
<2> 被控訴人X2
a 控訴人は,平成15年5月12日に,配転対象者に対し,10人程度のグループに分けて本件配転命令の説明会を行い,質疑応答も実施した。被控訴人X2はこれに参加していた。
b 被控訴人X2に対する1回目の個人面談が同月13日に実施されたが,この席で,被控訴人X2は母親が年配であると述べたのみで,Fの病状・介護状況については何ら述べていない。
c 同月19日に,本件配転命令に関してネッスル日本労働組合(以下「ネッスル労組」という。)が主催する相談会が開かれ,同被控訴人はこれに参加した。
d 同月21日に,同被控訴人の希望により,2回目の個人面談が実施されたが,この際に同被控訴人が配転命令に応じられない理由として述べたのは,母親が高齢であることと田畑があることだけであった。
e 同月23日に,同被控訴人は,控訴人に対して,姫路工場にとどまらせて欲しい旨の文書を提出し,この文書には母が要介護2で妻の付添が必要であること,母を帯同して転勤すれば病気が悪化する虞があることの記載があるが,それ以上の,母の病気や介護の状態,被控訴人X2自身による介護の有無については一切記載されていなかった。
f 同月29日に同被控訴人は要望書を提出したが,これにも母の病状や同被控訴人自身の介護についての記載はなかった。
g 同被控訴人は,同年6月13日付けで申し立てた前記仮処分において,初めて介護認定資料等を提出し,Fの病名や介護状況等を明らかにし,同被控訴人が妻と交代でFの介護に当たっていると主張した。
(エ) 信義則違反
<1> 前記のとおり,通常甘受すべき程度を著しく越(ママ)える不利益の有無は,労働者側からの情報提供がない限り,使用者側は検討・考慮することが不可能である。改正育児介護休業法26条により,使用者は配転に際して労働者の家族の介護状況等に関する配慮義務を負うことになったが,その前提として,労働者側にも信義則上,配慮義務の前提となる情報を提供することが求められる。
具体的にいえば,労働者が家庭の事情を理由に配転命令を拒否する場合には,当該労働者は速やかにその家庭の状況を具体的に使用者に報告すべきなのである。そして,適切迅速な人事異動をする必要を考慮すれば,速やかに報告がなされなかった場合には,使用者は既に保有している情報に基づいて配転等の判断を行えば足り,その後になって労働者が家庭の事情を理由に配転を拒否することは信義則上許されないと解すべきである。
<2> しかるに,原判決は,申述すべき内容が個人的なことで他言しにくいことであるから,個人面談において申述しないことが信義に反するとはいえないとした。
他言しにくいことであるが故に,控訴人は個人面談という形で第三者に話が聞こえないように個室で事情聴取を実施しているのであるから,原判決の述べる点は理由になり得ない。
<3> このような方式は控訴人が従来から実施してきた方式であり,控訴人の従業員は個人面談の性格について十分承知していた。
また,被控訴人らは,個人面談以前に,ネッスル労組のビラ及び相談会において,本件配転命令が家庭の事情により無効になる場合があることを知っていたから,配転命令の効力の判断において,いかなる事情が重要であるかを知っており,それを個人面談で主張することは十分可能であった。
被控訴人らは,実際に行われた個人面談が,被控訴人らに配転を困難にする事情を言い出せない雰囲気であったと主張するが,これは事実を歪曲した主張である。
<4> 仮に最初の個人面談で言い出せなかったとしても,一方的に書面を提出するのではなく,被控訴人側から事情聴取をすることができるように再度の個人面談を申し出ることが容易にできた(現に被控訴人X2は再度の面談を申し出ている。)にもかかわらず,被控訴人らはこれをしていない。
<5> 控訴人は,被控訴人らの信義則違反について,原審でも主張したが,原判決は,前記のように他言しにくい内容であるなどという抽象的な理由を述べるだけで,いかなる理由で被控訴人らが個人面談で配転に応じることが困難な理由を具体的に説明しなかったかについて検討していないのは不当である。
<6> 被控訴人らは,個別の事情が認められた場合の配転命令について,撤回する場合の基準が設けられていないこと,撤回した場合の工場内配転については退職者の数が最終的に固まる平成15年5月23日以後に会議を開催しなければならないこと等を主張するが,いずれも根拠がない。控訴人が配転命令を撤回する場合には,その都度会議を開き,ケースバイケースで判断するのであって,事前に具体的な基準を設ける必要があるというのは独断にすぎない。したがって,この会議が平成15年5月23日以降にしか開けないという理由もない。被控訴人らについては,個人面談時の本人の説明,申告内容等から配転命令を撤回すべき事情が認められなかったものである。
エ 被控訴人X1の不利益
(ア) 通常甘受すべき程度を著しく越(ママ)える不利益の有無の判断は,それが例外的に配転命令を無効とするものであるから,厳格かつ慎重になされる必要がある。この観点からすれば,検討すべき労働者側の不利益とは,配転によって発生することが確実視される現実的かつ具体的な不利益を指し,単なる可能性では足りないというべきである。
(イ) そして,配転によって,被控訴人X1の単身赴任,家族での転居のいずれでもEの病状が悪化するとの原判決の判断は,以下のとおり誤りである。
(ウ) 前提について
原判決は,本件配転命令後の平成15年7月にEが実家に戻ったことについて,医師の指示であったとして,被控訴人X1によるEに対する援助の可能性があったと判断している。しかし,この別居について医師が指示したとの記載はカルテになく,前回の平成14年4月の別居について「実家で過ごすこと」との指示の記載があることと比較すれば,医師の指示ではないことが明らかであり,被控訴人X1はEに対して「もうお前なんかいらん」と言い別居の原因を作り,Eは被控訴人X1を避けるために実家に帰ったのである。また,当時のカルテの記載によれば,Eは被控訴人X1との結婚を後悔していたことが明らかで,実際にも平成15年7月から平成16年3月まで実家で生活しているのであるから,当時,被控訴人X1によるEに対する援助は実際上考えられない。
この点は,原判決も「原告X1は,本件配転命令後に,Eの症状を,転勤許(ママ)否のために利用した面がないではない」と指摘しているところで,このように本件配転命令当時全く援助などしていなかったのに,援助が必要で援助をしていたなどと主張するのは,裁判所及び控訴人に対する明らかな背信行為であって許されない。
(エ) 病状悪化の可能性
<1> Eは平成15年5月24日に非定型精神病と診断されているが,本件配転命令当時の症状は,精神的にも安定し,自分で自動車を運転して通院・買い物もなし得るなど,一人で十分に日常生活を営める程度のものであった。
<2> 被控訴人X1が単身赴任した場合,被控訴人X1によるEに対する援助は望めないことになるが,これによってEの病状が悪化するとはいえない。
被控訴人X1は,前記のとおり,本件配転命令当時,Eに対して介護ないし援助を行っておらず,むしろ被控訴人X1の行動・態度がEの病状にとって有害な面があったほどであり,単身赴任によって被控訴人X1が日常的にEと接することがなくなり,霞ヶ浦工場から帰省する際にEに会って励ます程度の援助を行うことは,むしろ望ましいともいえ,それは十分可能であった。
<3> 被控訴人X1が家族帯同で転居した場合について,原判決は転居によって病状が悪化する可能性があり,霞ヶ浦工場周辺の大病院でも完全に治療できるとか環境変化の影響を除去できるとかの保証はないとするが,いずれも具体的な根拠を示さない憶測に過ぎない。すなわち,転居によって病状が悪化することが確実視されるわけではない。主治医が変わることについても,Eが通っていたa病院においては主治医は頻繁に交代しており,一貫して同一の医師との間に信頼関係が構築されてきたわけではなく,霞ヶ浦工場周辺には専門性のある大病院が存在し,転居後も十分な治療が可能である。原判決がいう,環境の変化は好ましくなく,全く知らない土地に住むことで,不安感が増し,病気が悪化するといった予測は,何ら具体的・客観的証拠に基づくものではない。
オ 被控訴人X2の不利益
(ア) Fの病状
<1> 原判決は,本件配転命令当時のFの症状について,「夜中に徘徊することがあり,電気をつけたり,蛇口をひねったりすることがある。」と判断しているが誤りである。
<2> Fは本件配転命令当時要介護2の認定を受けていた。介護保険によるサービスを受けるためには,全国一律の基準である要介護認定を受ける必要があり,そこで対象者は,非該当(自立)・要支援・要介護1~5までの7ランクに分類される。要介護認定は,認定調査,一次判定,二次判定の各手続を経て決定されるが,最初の認定調査は,市町村等の担当職員や介護支援専門員(ケアマネージャー)が本人や家族等から聞き取り調査を行う。そして,その後の一次調査は,基本調査の結果をもとにコンピュータ計算により推定介護時間を算出するもので,二次判定は,市町村等で設置されている介護認定審査会において一次判定を基に最終決定を行うものである。
<3> Fが平成15年2月4日に要介護2に認定された際の資料のうち,認定調査票(特記事項)には「夜間に起きて眠らないことがある。部屋でゴソゴソするだけなので,特に支障はない。」と明記されており,主治医意見書においても,問題行動として徘徊について指摘されていない。○○郡介護認定審査会においても,上記の調査結果を前提として,「夜間起きて眠らずにごそごそしているということなんですが,まぁゴソゴソしていてもまぁあんまりこう問題な(ママ)ってないというふうなところ」との評価がなされている。なお,この記載に関する被控訴人らの主張は不合理な弁解に過ぎない。
<4> 同様に,平成15年6月26日にFが再び要介護2と認定された際の資料においても,主治医意見書は痴呆性老人自立度を1ランク上げているものの,夜間の行動や徘徊については問題にしていない。
<5> これらの事実に加えて,被控訴人X2自身,介護認定の段階から本件配転命令当時までFの病状に変化はないと供述していることからいって,本件配転命令当時もFに夜間徘徊の症状はなかったというべきである。
<6> その後Fは要介護3に認定されているが,これは本件配転命令当時のFの症状を示すものではないから本件とは関係がない。
(イ) 被控訴人X2による介護
<1> 被控訴人X2が控訴人に提出した書面においても,被控訴人X2自身が介護を行っていたとの記載はない。また,介護認定資料においても,被控訴人X2と妻のGとが介護を分担していたとの記載は全くない。このようなことがあれば,当然聞取調査の中で話題となり,Fの介護状況として記載されるべき事項であるのに記載がないのは,そのような事実がなかったことを示している。Fが利用している介護施設作成のフェースシートと題する文書にも,すべての行動を長男の嫁さん(すなわちG)が見守りしていると記載され,被控訴人X2の姉が,Fが夜間に声を上げて被控訴人X2が眠れないということで週に1回以上Fを自分の家に引き取って介護を分担しているとの記載はあるが,被控訴人X2が分担しているとの記載はない。Gの作成した文書によっても,被控訴人X2が行っているのは,夜間のトイレの手助け,部屋を間違えた時の手助け程度であり,被控訴人X2がGと介護を分担しているというように評価されるものではない。
<2> また,Fの介護について,Gのみで介護をすることが不可能とは認められない。実際に被控訴人X2の姉は被控訴人X2宅の近くに居住し,週に何回かFの介護を手伝っているのであるから,今後も介護を行い得る者であるし,同人はFの実子であるからFを介護すべき立場にもある。
更に原判決は,「Gが行っている介護を,ヘルパーや福祉施設を利用して代替することは,第三者がそのように強いることができる問題ではない」,「たとえ妻一人でできたとしても,妻にすべてまかせていいという問題でもない」ともいう。しかし,被控訴人X2は配転があることを前提として入社しているのであるから,配転による不利益について,被控訴人X2の側でもそれを軽減させるべく協力する義務があるというべきであって,原判決の判断は本件配転命令による労働者の不利益について,会社側のみに過大な配慮を求めるものであり,労働者側に偏った誤った判断というべきである。
(ウ) 配転命令に応じた場合の予測
<1> 被控訴人X2が単身赴任した場合のFの介護については,実際に被控訴人X2が介護を行っていなかったことを考慮すると,直ちに代替措置を必要とするものではないが,仮にある程度影響があるとしても,それは福祉サービスにより代替可能である。そのためにある程度の金銭的負担があるとしても,多大な経済的負担とはいえず,通常甘受すべき程度を著しく越(ママ)える不利益とはいえない。
<2> 家族帯同で転居した場合
被控訴人X2がFを含めた家族帯同で転居した場合に,Fの病状に悪影響を及ぼす可能性があるというのは何ら具体的根拠がなく,可能性以上のものではない。
カ 改正育児介護休業法26条の配慮義務及び控訴人の配慮について
(ア) 原判決は,要介護者の存在が明らかになった時点でもその実情を調査しないまま,配転命令を維持したのは,同条の定める配慮として十分なものではないと指摘する。
しかし,同条の定める配慮の対象はあくまでも現に家族の養育・介護を行っている労働者であるところ,被控訴人X2自身は介護を行っていたわけではないから,同条の対象にはなり得ない。
(イ) 原判決は,本件配転命令の対象者を,現にギフトボックス係に所属していた60名(ほか1名は定年退職により対象外)に限ったのは,たまたま廃止時に所属していたというだけで不利益を受けるというもので疑問が残るとし,更に姫路工場内で他の部署への配転の可能性等についても言及するが,企業内の実情を知らず,経営に何ら責任を持たない裁判所が控訴人の取るべき人事・経営政策を論じること自体失当である。
(ウ) 原判決は,控訴人が転勤規定,借上社宅ガイドライン等を設けて,転勤に伴う諸費用の支給を定めていることについて,経済的側面では相当の援助をしていると評価しながら,金銭面以外の肉体的又は精神的な不利益について填補し得ないと判断するが,経済的支援に伴って,金銭面以外の不利益について填補されているのか否かについて十分検討していない。
被控訴人X1の場合についていえば,単身赴任した場合には,帰省旅費のほかに別居手当等の支給を受けることができ,これらの措置によって,赴任後も月に1回以上は帰省ができ,その際にEに対して必要な援助を行うことができるのである。
被控訴人X2の場合も,単身赴任した場合には同様に相応の手当て(ママ)が支給され,これによって同被控訴人の受ける不利益が相当程度軽減される結果,通常甘受すべき程度を越(ママ)える著しい不利益にまで至らないと評価されるというべきである。
(エ) 被控訴人らは,被控訴人X1についても,改正育児介護休業法26条の適用がある旨主張するが,育児介護休業法はILO156号条約の批准に伴い法制化されたものであるが,その法制化は各国の事情に基づいて行われるのであり,条約内容と全く同一に法制化されるわけではない。同条約において「介護又は援助」と並列に定められているにせよ,育児介護休業法はその定義規定から明らかなように介護に援助は含まれないのであって,被控訴人X1について改正育児介護休業法26条の適用はない。
キ 配転命令に応じて赴任した者との比較衡量について
(ア) 原判決は,被控訴人らの受ける不利益の程度は,本件配転命令に従って転勤した者に比べても,それを上回ると述べているが,配転命令に従って転勤した者の受ける不利益について具体的に検討しないまま抽象的に判断しているもので,根拠のない判断である。
(イ) 配転命令に応じて転勤した者の中には,家庭に様々な事情を抱えている者もおり,その中には被控訴人らを上回る不利益を負う者もいる。
(2) 被控訴人らの補充主張
ア 配転命令の効力を判断する基準
(ア) 東亜ペイント最高裁判決も述べているように,業務上の必要性がない場合又は必要性が存在しても他の不当な動機・目的をもってなされたとき,若しくは,労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときは,当該転勤命令は権利の濫用として無効となる。
(イ) もっとも,具体的な当てはめにおいては,判例は単身赴任を余儀なくさせる配転命令を,そのことのみによって権利濫用とは判断しない傾向にあることは否定できない。
(ウ) しかし,少なからぬ判例は,介護を要する病気の家族を残しての単身赴任を余儀なくさせるような配転命令については,これを権利濫用として無効と判断してきた。
(エ) 学説においても,判例が東亜ペイント最高裁判決を前提としながらも,要介護者を抱える従業員に対する配転命令はこれを権利濫用と判断してきたと分析した上で,この結論を支持している。
(オ) したがって,改正育児介護休業法26条を云々するまでもなく,本件配転命令が違法の評価を免れないことは極めて当然である。
イ 通常甘受すべき程度を著しく越(ママ)える不利益の判断方法
(ア) 控訴人は,東亜ペイント最高裁判決を初めとする判例によれば,配転を原則的に有効としながら,労働者に特段の生活上の不利益が認められる場合に例外的に配転が権利の濫用になると主張するが,このような判例の解釈が正当とは思われないし,それゆえに,配転命令によって負う不利益は現実のものでなければならないとはいえない。
すなわち,本件で被控訴人らが問題にする不利益とは,本件配転命令に従って被控訴人らが転勤した場合,単身赴任であれ,家族帯同であれ,同居家族中の介護,援助を要する者の病状が悪化する見込みがあるという不利益であるが,それは不確定要素を多分に含む将来を予測してのものである。そして,将来の予測であるから,不利益が生じる一定の蓋然性があれば足りると考えるべきことはむしろ当然であって,東亜ペイント最高裁判決も,配転命令が無効とされる場合の労働者側の不利益が「配転によって発生することが確実視される現実的かつ具体的な不利益」でなければならないと述べている訳ではない。
(イ) 学説は,配転命令における権利濫用論は,業務上の必要性と対象労働者の被る不利益を比較衡量するものである(菅野和夫『新・雇用社会の法[補訂版]』142頁参照)から,通常甘受すべき程度を著しく越(ママ)える不利益としてどの程度のものが要求されるかは,業務上の必要性に応じて異なる旨を述べている。
この観点から本件をみると,控訴人は莫大な利益を上げており,本件配転命令は経営危機とは全く無関係に,あくなき利潤追求を目的としてなされた雇用調整的な配転命令であって,業務上の必要性があるとしても,それは高度のものとはいえない。このような場合に,労働者の被る不利益が「配転によって発生することが確実視される現実的かつ具体的な不利益」でなければならないなどという控訴人の主張は成り立つ余地はない。
ウ 配転に関する業務上の必要性
(ア) 原判決は,配転の業務上の必要性を肯定したが,経営上効率的なものを目指すという内容で業務上の必要性を認めるのは,使用者の裁量を大幅に認めることになり,「業務上の必要性」の要件によって,配転に対し司法による絞りをかけることを事実上放棄したもので,相当ではない。
(イ) 東亜ペイント最高裁判決は,確かに,一般論として業務上の必要性を「企業の合理的運営に寄与する」ことで足りるとし,多くの裁判例も結論としては業務上の必要性を肯定している。しかし,当該労働者の被る具体的不利益と全く関係なく業務上の必要性を肯定することは相当ではなく,東亜ペイント最高裁判決も,転勤が家庭生活に及ぼす不利益が特に大きいときは,やはり高度の業務上の必要性を要するとしていると解すべきである。
(ウ) そして,本件配転命令については,ギフトボックス係廃止についても必要性は明らかではなく,次にギフトボックス係60名全員を遠隔地である霞ヶ浦工場に転勤させなければならない必要性も存しない。
エ 適正手続の欠如
(ア) 原判決は,本件配転命令は転居を伴う遠隔地への配転であって,労働者に多大な負担を与えるものであるから,「その不利益について十分考慮して行うとともに,適正な手続を経て,公平に行わなければならないと(ママ)」と判示した。これは,従前,単身赴任するか否か,家族的責任をどう果たすべきかという事柄は,労働者が判断すべき私的事項であるという考えから,単身赴任の解消,介護育児といった家族的責任の実行については企業を含む社会全体で取り組んでいかなければならないというように国民意識が変化したこと,我が国がILO156号条約を批准し,これを受けて,平成7年に介護休業を法制化し,平成13年には育児介護休業法が改正されたという社会情勢を的確に反映した判断である。
(イ) 原判決は前記の基本的な考え方に基づき,本件での控訴人の対応について,まず配転命令を出した上で個別に労働者の事情を聞くという方法を採用した以上,「人事異動の事務処理等に支障を与えない合理的な期間内に,従業員から,転勤に関する事情の申告があれば,これを考慮の上で,配転命令を維持すべきか否かを検討しなければならない」として,期限とされていた平成15年5月23日までに書面で妻や母の介護援助の問題を抱えており,転勤には応じられず,退職もしない旨を明言したにもかかわらず,これを一顧だにせず配転命令を維持した控訴人の姿勢を厳しく非難した。この判断は,極めて適切な判断であるのに,控訴人はそのような自らの態度を省みず,却って,個人面談において主張しなかった以上信義則上配転に応じられないとの主張はなし得ないというのであって,その主張は不当である。
(ウ) 控訴人の行った個人面談は,退職の意思はないが種々の事情で容易に転勤もできないとして悩む従業員に対して,詳しく事情を聞いてやるという姿勢は全くなかった。このことは,面談を担当したB人事総務課長(以下「B課長」という。)の陳述書からも明らかであり,被控訴人らが妻が病気であることや母親が年配で単身赴任になると述べているにもかかわらず,詳しい事情を聴取するでもなく,ただひたすらに転勤して欲しいと求めているのである。
(エ) 控訴人の行った個人面談は,個別の事情を確認して,配転命令を撤回するとか,工場内配転をするといった,転勤・退職以外の第三の選択肢を予定したものでなかった。B課長は配転命令撤回の可能性もあったと述べるが,どのような場合に撤回するのか質問されて何ら答えられないのであり,実際にもこれまで撤回したこともなかったのである。
(オ) また,控訴人は,個人的事情を申述する期間として平成15年5月23日まで猶予を与えた事実はない旨主張する。しかし,控訴人が個人的事情を申述すべき期間について明らかにした事実はないところ,前記5月23日までに申し出れば優遇措置を受けて退職することができると明記しているのであるから,同一期限までに個人的事情を申述すれば足りると従業員において考えるのは至極当然の判断である。
(カ) 控訴人は,また個人的事情の申述については,具体的な裏付け資料の提出も必要であると主張するが,裏付け資料がなければ判断できないのであれば,その提出を求めるべきであったのであり,このような調査を一切せずに,資料を提出していない申述は無視できるかのごとく主張するのは,却って信義則に反するものである。
(キ) 原判決は,本件配転命令の効力に関して,公平に行うべきことを要求し,たまたまギフトボックス係にいたというだけで不利益を受けなければならないというのは疑問であるとして,姫路工場内での配転に留められた可能性を検討しているところ,控訴人は,これに対して,経営に責任を持たない裁判所が経営政策を論じることが失当であるなどと非難する。しかし,原判決が述べているのは,転勤か退職かの二者択一を迫るなら,そのほかに工場内全体で転勤希望者,希望退職者を募ることによって,労働者の被る損害をより小さくできたという回避措置の可能性を述べているのであって,これが人事経営政策への介入だなどというのは失当である。
オ 被控訴人X1の不利益
(ア) Eの病状と援助の必要
<1> Eは,当初心因反応(うつ状態)と診断されていたが,その後非定型精神病と診断されたところ,平成15年5月10日に長男が死亡したことにより,症状が悪化した。当時,Eは抑うつ的で,困惑がひどく,このような状態で転居を強行すれば不安感が強くなり,最悪の場合には自殺も考えられた。また,転居に伴い主治医が交代することも,前回の交代の際に再入院になっていること,精神疾患の治療においては医師との信頼関係が重要であることからいって,避けるべきであった。
<2> Eは,前記の病気のため家事を行うことができず,日常動作にも不安があった。被控訴人X1の実母は同じ敷地内の別棟に居住していたが,高齢で,しかも,いわゆる嫁姑の関係で,Eとの仲は良好とはいえず,同人による援助は望めなかった。長女は本件配転命令当時高校3年生で,大学進学を予定しており,二女は中学3年生で同様に受験生であって,Eの暗く沈んだ顔を見たくないと述べている状態で,Eに対する援助は望めなかった。したがって,Eに対する援助が可能なのは被控訴人X1だけであった。
<3> 控訴人は,被控訴人X1は本件配転命令当時は全く援助を行っておらず,家事の分担や会って励ます程度のことは他の家族等によっても十分可能であったと主張する。
しかし,この主張には根拠がない。医師に対するEの発言によっても,被控訴人X1が家事をEに代わって行っていたことは明らかで,平成15年7月からEが実家に戻ったのは,当時被控訴人X1も精神的に余裕がなかったため,医師の指示により一時的に戻っていたのにすぎない。その後,被控訴人X1も,病気に対する理解を深めた結果,Eも被控訴人X1との同居を強く求めるようになり,娘の受験が一段落した平成16年3月16日に同居するようになり,Eの病状は急速に寛解した。
控訴人は,被控訴人X1がEに対し,暴力的なことがあったり,無理解な発言があったと主張するが,Eには強迫神経症の症状も見られたところ,その発言は事実を正確に捉えているとはいい難いし,強迫神経症の患者と家族の間に反発や拒絶があることはごく普通の現象であって,そのために援助者として不適切だということはできない。
カ 被控訴人X2の不利益
(ア) 被控訴人X2方には,妻Gと13歳の長男,8歳の二男のほか,本件配転命令当時79歳の実母Fが居住していた。Fは,脳梗塞後遺症やパーキンソン症候群が原因で介助が必要な状態で,本件配転命令当時既に要介護2の認定を受けていた。Fの痴呆状況は進んできており,夜中に徘徊したり,用もないのに電気をつけたり,水道の蛇口をひねったり,お経を上げたりするので,常に目を離せない状態で,昼間は被控訴人X2の妻が介護をするが,同人は家事の都合もあり,夜間は被控訴人X2が介護をせざるを得なかった。また,Fは被控訴人X2を頼り切り,色々と訴えをしてくる状態で,Fにとって被控訴人X2は必要不可欠な存在であった。
(イ) 控訴人は,当審において文書送付嘱託によって提出された資料により,本件配転命令当時,Fに徘徊癖がなかったことがより一層明らかになったと主張するが,同資料により,むしろ,本件配転命令当時に徘徊癖が存したことが裏付けられている。
<1> 社会福祉法人b会c苑(以下「c苑」という。)からの送付資料は,c苑のケアマネージャーがGから事情聴取して作成したものであるが,平成15年2月14日付けのフェースシート(<証拠略>)に,「H15.1昼夜逆転している。3~4/Wの頻度。」との記載があり,また,同年3月13日に作成したc苑利用者調書(<証拠略>)において,問題行動として「離苑行為」が指摘され,「ショート利用中注意必要」と付記されているほか,特記事項欄に「夜間寝られず,ごそごそされ,たまに一人で出かけようとする。」との記載があり,施設での宿泊を伴うショートステイにおいて特に注意を要する旨の記載があり,夜間の徘徊癖があることが明記されている。
<2> d町役場健康福祉課により提出された文書(<証拠略>)は,同町役場の担当者が被控訴人X2方を訪問し,調査した結果作成したものであるが,立ち会ったのはG一人である。
最初の介護認定申請である平成15年1月9日の申請に関する文書の中で,「トイレ場所を忘れてウロウロすることがある(月に1~2回程度)。そのときには家族がトイレに誘導している。」として,認知症のためにFが家の中を徘徊していることの記載がある。同文書には,「夜中に起きて眠らないことがある。部屋でゴソゴソするだけなので,特に支障はない。」との記載があるが,このうち,部屋でゴソゴソするというのは,Fが夜中に押入から布団を出したり別の部屋に移動したりトイレに行こうとしたりすることを意味し,特に支障はないとの記載は,仏間のマッチを隠していたので,Fがマッチで火をつける虞れはなくなっていたので危険はなくなっていたということを示しているにすぎない。
(ウ) 本件配転命令に伴い,被控訴人X2が単身赴任した場合には,G一人でFの介護をすることになるが,前記のように常時介護が必要であることと,育ち盛りの子供の世話もあることからいって,そのような状態を継続することは不可能であった。
キ 他の従業員との比較衡量について
(ア) 控訴人は,転勤等に応じた他の従業員との比較衡量をすべき旨主張するが,転勤に応じた従業員の中には,被控訴人らのように同居の家族に要介護者を抱え,自らが介護の主体となっている者はいない。これは控訴人が主張する事例からも明らかである。
(イ) 控訴人の主張は要するに,多くの従業員が我慢して転勤に応じているのに,被控訴人らだけが転勤も退職もせずに姫路工場にとどまれるのは不公平だということである。しかし,従業員が自由意思に基づいて配転命令に応じた以上,それがいかに重い不利益をもたらすものであっても,もはや当該労働者に対する配転命令の効力が法的に問題になる余地はない。このことについては,整理解雇の事案において,使用者側がしばしば任意退職した者との均衡の観点から解雇を合理化しようとする主張を,学説,判例が一蹴してきたことが参考になる。
ク 改正育児介護休業法26条の配慮について
(ア) 原判決は,被控訴人X2に関して限定してではあるが,「要介護者の存在が明らかになった時点でもその実情を調査もしないまま,配転命令を維持したのは,改正育児介護休業法26条の求める配慮としては十分なものであったとは言い難い」として,権利濫用の要素として斟酌した。これは正当な判断であって,控訴人の主張するように,配慮すべき者について,現に介護休業を申請している者や介護休業中の者に限るなどと解釈することは到底考えがたい。
(イ) 控訴人は,控訴人が転勤規定や借上社宅ガイドライン等を設けて経済的支援を行っていることを配慮と解すべきである旨の主張をする。しかし,平成14年1月29日厚生労働省告示第13号は,改正育児介護休業法26条の配慮の内容について例示しているが,その中には経済的措置は一つも挙げられていない。改正育児介護休業法の目的は,子の養育及び家族の介護を容易にすることで,労働者が職業生活と家庭生活を両立させることに寄与することを通じて,労働者の福祉の増進と経済及び社会の発展を実現しようというものであるから,子の養育や家族の介護を容易にすることに結びつかない経済的配慮は,同法が求める配慮とは異なることは明らかである。
(ウ) 原判決は,被控訴人X1は,Eに対して介護を行っていたものではないとして,同被控訴人に関する判断においては,改正育児介護休業法26条の適用を否定している。確かに,Eは常時介護を必要としていたわけではなかったが,平成15年6月5日に作成された診断書において,「病状のため生活に援助を要し,単身での生活は困難である」とされていたのであるから,同条にいう介護が必要な場合に含まれるというべきである。
第3当裁判所の判断
1 判断の大要
当裁判所も,控訴人の当審補充主張を勘案しても,原判決と同様に,本件配転命令は被控訴人らに通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもので,配転命令権の濫用にあたり,無効であって,被控訴人らは霞ヶ浦工場に勤務する雇用契約上の義務はなく,また,被控訴人らの賃金支払請求は原判決の認容した限度で理由があると判断する。その理由は,当審における当事者の補充主張等にかんがみ,以下のとおり補正するほかは,原判決が「第3 当裁判所の判断」として説示するとおりであるから,これを引用する。
2 原判決理由の補正
なお,原判決中,本判決で使用した略語によっていない部分について,引用するに当たって特に訂正はしない。
(1) 原判決23頁下から2行目から同24頁4行目までを次のように改める。
「(2) そこで,検討するに,証拠(<証拠略>,証人A,同B及び同Cの各証言,被控訴人X1及び被控訴人X2の各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,次のとおり,認定判断される。」
(2) 原判決26頁7行目の「原告らの加入するネッスル日本労働組合」を「被控訴人X1が加入しており,また本件配転命令後の平成15年5月12日に被控訴人X2がネスレ労組を脱退して加入したネッスル労組」と改める。
(3) 同頁下から7行目の「弁護士による相談会」の前に,「前記のように本件配転命令の効力を争うネッスル労組主催の」を付加する。
(4) 原判決30頁15行目から18行目にかけての「平成15年2月5日,d町から要介護2の認定を受け,痴呆が進んでおり,昼夜逆転の症状があるため,夜中に徘徊することがあり,電気をつけたり水道の蛇口をひねったりすることがある。また,腰が弱く体が動かなくなることがある。」を,次のように改める。
「Fは,平成15年2月5日,d町から要介護2の認定を受けたが,本件配転命令当時,痴呆が進んでいて,昼夜逆転の症状があり,夜に眠れずに部屋で活動することがあり,また,屋内で部屋を移動することがあったほか,頻度は多くないが,屋外に出ようとすることもあった。また,夜間でも2時間おきにトイレに行くところ,排泄自体は自分でできるが,衣類の着脱は一部介助が必要で,時に便所を汚すことがあった。トイレの場所を忘れてうろうろすることもあった。」
(5) 同頁下から1行目から31頁6行目までを次のように改める。
「 夜間の介護のみをヘルパーの夜間派遣等で補うことは制度上困難である上,特別養護老人ホームへの入所は,Fの要介護度に照らし困難である。また,介護老人保健施設又は介護療養型医療施設を利用することも,まず定員に空きがあるかが問題になるほか,入所できてもずっと継続して入所していられるわけではない。ショートステイも月間の利用日数は限定され,いずれの場合にも自宅で療養するのと比較すれば相当の金銭的負担が必要となる。」
(6) 当事者の当審における補充主張及び立証にかんがみ,原判決32頁4行目の次に行を変えて次のとおり付加し,同5行目冒頭の「(3)」を「(4)」に改める。
「(3) 前記認定のうち,被控訴人X2のFに対する介護の有無について,控訴人は前記の認定内容を争うので,以下判断の理由を示す。
ア 控訴人は,本件配転命令当時,Fには徘徊癖はなかった旨主張する。
確かに,本件配転命令に先立つ平成15年1月9日申請の介護保険要介護認定申請書(<証拠略>)関係の書類中,認定調査票(特記事項)には,徘徊があるとの記載はなく,問題行動として記載されているのは,「夜間に起きて眠らないことがある。部屋でゴソゴソするだけなので,特に支障はない。」との記載があるだけである。この記載について,Gは陳述書(<証拠略>)において,仏間のマッチに火をつける危険はなくなったことと,夫が義母を見守っていてくれたから大丈夫だという意味だと述べているが,やや不自然な内容で,それだけでは,にわかに信用できない。
更に,主治医の意見書等にも徘徊についての記載はない。
しかしながら,同様に本件配転命令発令前の平成15年3月13日にc苑の職員のJ某が面接して作成したc苑利用者調書(<証拠略>)には,問題行動として「離苑行為」にチェックがしてあり「ショート利用中注意必要」との記載があるほか,特記事項としても「夜間寝られず,ごそごそされ,たまに一人で出かけようとする。」との記載がある。これは,Fに対する介護計画を立てるに当たって,注意すべき事項を介護を担当してきたGから聴き取って作成されたものと解され,殊更に虚偽の事実を記載すべき理由もないから,少なくとも,この時点でFには夜間にごそごそした上,たまには一人で屋外に出ることがあり,徘徊が心配されたものと認めることができる。
イ また,徘徊癖の有無とは別に,控訴人は,Fの介護は基本的にはGがしており,たまに被控訴人X2の姉が介護を代わってすることがあったが,被控訴人X2自身が介護を分担していた事実はない旨主張する。
確かに,前記の要介護認定申請関係の各書類において,被控訴人X2自身が何らかの介護をしていたと認めるべき記載は特にない。
しかし,前記の介護保険要介護認定申請書(<証拠略>)及びc苑利用者調書(<証拠略>)によれば,Fは,昼夜共に2時間ごとにトイレに行くというのであるところ,排泄自体は自力でも可能で,基本的には自分でトイレに行くが,衣服の着脱は一部介護が必要であり,また,月に1,2回ではあるがトイレの場所自体も分からなくなることがあるというのであるから,そのような場合に対処するために夜間でもFがトイレに行く場合には付添をする必要があったと考えられる。そして,昼間ずっとGが介護しているのであるから,夜間については被控訴人X2が付添等をすること自体はごく自然なことであり,夜間に限られることなどから特に事細かに申告していないとしても不自然ではない。その旨をいう被控訴人X2の陳述書(<証拠略>),Gの陳述書(<証拠略>)は信用し得る。」
(7) 原判決32頁下から7行(ママ)の次に行を変えて次のとおり付加する。
「被控訴人らは,業務上の必要性があるか否かは,配転の対象となる労働者の受ける不利益との相関関係において判断されるべきであり,本件配転命令によって被控訴人らのように同居している家族に対する援助又は介護が困難になるという重大な損害の場合には,業務上の必要性は高度のものであることを要すると主張する。しかし,使用者は業務上の必要に応じその裁量により労働者の勤務場所を決定する権限があり,勤務場所を限定する合意がない場合においては,配転を命ずることはその権限の範囲内に属するというべきである。そして,当該配転命令が企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは業務上の必要性が肯定されるべきである。したがって,被控訴人らの主張は採用できない。」
(8) 当事者の当審における補充主張及び立証にかんがみ,原判決33頁5行目から35頁下から2行目までを次のように改める。
「イ そこで,本件配転命令によって被控訴人らが被る不利益について具体的に検討する。まず,被控訴人X1については次のとおりである。
(ア) 被控訴人X1の妻Eは,本件配転命令当時,非定型精神病に罹患していたところ,非定型精神病は,医学事典(<証拠略>)によれば,発病は急激であるが,予後は比較的良好とされる病気で,精神障害者がその障害を克服して社会復帰をし,自立と社会経済活動への参加をしようとする努力に対し,協力することは国民の義務とされる(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律3条)ことをも考慮すれば,配偶者たる被控訴人X1は,Eを肉体的,精神的に支え,病状の改善のために努力すべき義務を当然負っていたというべきである。Eと被控訴人X1の母との関係は必ずしも良好ではなかったから,同人はEに対する十分な援助者とはなり得なかったし,長女や二女はその年齢を考えれば,同様に十分な援助者とはなり得なかったことは明らかである。また,Eの実家は,乙第45号証によれば被控訴人X1方から約4.3kmの距離に存在し,それまでにもEが実家に戻ることもあったことからすれば,Eが実家に戻っている間に,Eに対して自立に向けての努力の援助をすることは可能であったと考えられるが,Eと被控訴人X1が離婚するのではなく,これからも家族として生活していくことを前提とする場合には,実家の家族の行い得る援助は限定的なものにならざるを得ないことが明らかである。
(イ) 控訴人は,本件配転命令当時及びその直後頃に,被控訴人X1とEの関係はかなり悪く,平成15年7月に医師がEに対して被控訴人X1の言動による症状の悪化を恐れて実家に戻るよう指示する状態であったことからすれば,被控訴人X1による援助は当時全く考えられない状態であったと主張する。確かに,被控訴人X1がEの病気の内容について十分理解しておらず,立て続けに起こった長男の死亡や本件配転命令のこともあって,気持ちに余裕がなくEに辛くあたり,これがEの症状を悪化させた面も否定できないと考えられるが,そのことから,被控訴人X1とEが離婚を真剣に考慮したというような事実までは認められない。Eのカルテ(<証拠略>)には,Eの発言として,「夫の許へ帰りたくない」(平成15年7月12日付)などの記載もあるが,これは一時的にそのように考えたというのにとどまることは,それ以後の状況から明らかである。そうすると,Eとしても病状が回復した場合には被控訴人X1のもとに戻ることを考えていたものと考えられ,そのことが自立に向けた努力の励みとなるものと考えられる。
(ウ) 被控訴人X1が本件配転命令によって霞ヶ浦工場に転勤することになった場合には,単身赴任か家族を伴っての転居となるところ,被控訴人X1が単身赴任した場合には,Eは,被控訴人X1と共に生活するという回復のための目標を失うことになるし,また,被控訴人X1が行っていた家事分担について,自ら行わなければならないのではと考えることになり,このような心配がEの精神的安定に影響を及ぼす虞はかなり大きいものと考えられる。
(エ) また,被控訴人X1が家族帯同で転居する場合については,長女及び二女は転居自体に拒否的で受験等も控えていたから同行したか否かは不明であるから,Eの同行のみが問題になるが,転居して全く知らない土地に住むことはEの不安感を増大させ,病気が悪化する可能性が強く,また,現在a病院の主治医であるC医師との間で形成されている信頼関係が消滅し,また一から信頼関係を築く必要があり,これも症状悪化に結びつく可能性があり,ひいては家庭崩壊につながることも考えられる。
(オ) したがって,本件配転命令が被控訴人X1に与える不利益は非常に大きいものであったと評価できる。
(カ) 控訴人は,被控訴人X1が控訴人の設けている介護休業や時間短縮等の便宜措置を利用していなかったことや,泊まりがけのスキーや忘年会などに参加していたことを挙げて,被控訴人X1は自らEの介護等を行っておらず,転勤を拒否するための名目として主張しているのに過ぎないと主張する。前記認定判断のとおり,被控訴人X1は,Eの病状に対する理解が十分ではなく,本件配転命令後は,これに起因する悩み等も伴ってEに辛くあたり,Eが実家に一時的に戻る事態になったことはあったが,その間も家事を分担することにより,Eの負担の軽減という形で援助し,かつ,戻るべき家の存在という形で,Eの回復への努力目標を提供していたのであって,Eに対する援助がなかったと評価すべきではない。したがって,全く援助していなかったのに,裁判のために殊更援助をするような外観を作出したとの控訴人の主張は失当である。また,被控訴人X1の援助が家事の分担と精神的な援助であった以上,便宜措置を利用しなかったことや泊まりがけの旅行に参加したことは,その援助をしていたとの認定の妨げとなるものではない。
ウ 次に被控訴人X2の不利益について判断する。
(ア) 先に原判決を引用して説示したように,本件配転命令当時Fが頻繁に外出し徘徊していたとまでは認められないが,夜間に部屋でゴソゴソするだけでなく,家から出ようとすることもあり,またトイレに行く場合に介助が必要になることもあったため,被控訴人X2は夜間のFの監視や介助及び何かあった場合の援助等をしていた。
(イ) このうち,夜間の介護については,ショートステイの方法により,若干介護の負担を逃れることができると認められる。被控訴人らは,Fが初めてショートステイをしたときに,Fが寂しがって夜半に親戚に電話をかけたことから,その後ショートステイを利用せず,Fについて週2回程度デイサービスを利用しているにとどまっている。介護保険実務からいえば,より長時間の利用も不可能ではない。
しかし,要介護者の介護を親族が行うことは介護施設で行うサービスとは違って,要介護者及び介護担当者にも,主として精神的な面であるが,それなりのメリットがあり,また介護保険による介護を利用する場合には一定程度の利用者負担が必要であるから,配転命令のもたらす不利益の程度の判断において,要介護者が常に最大限介護保険等による公的サービスを受けていることを前提として判断すべきものとはいえない。
(ウ) また,被控訴人X2の子供については,その年齢からしてもFの介護の担当者として考慮するのは尚早である。被控訴人X2の姉は週に1回から月に1回くらいの割合でFを自宅に引き取って介護を負担していることが認められ,これを大幅に増やすことは他に家庭を持つ実姉にとって困難であると推認される。
(エ) そうすると,被控訴人X2が本件配転命令による転勤として単身赴任した場合には,被控訴人X2が主として行っていた夜間のFの行動の見守りや介助及び援助は,Gが行わざるを得なくなることになる。Fの行動の見守りや介助は,昼間も常時必要であるためGが担当しているから,被控訴人X2が単身赴任した場合には一日中見守り行為及び各種の補助をしなければならないことになり,実際上不可能である。これについては,ある程度は介護保険によるサービスで賄うことが可能と解されるが十分とは考えられない上,その場合には相当額の費用負担も必要となる。
(オ) 他方,Fが老齢であって,新たな土地で新たな生活に慣れることは一般的に難しいことを考慮すると,被控訴人X2と同行して転居することは,かなり困難であったことは明らかである。」
(9) 原判決36頁12行目末尾に続いて,次のとおり付加する。
「被控訴人らは,Eに対する被控訴人X1の支援の内容に照らし,同人の場合も改正育児介護休業法26条の配慮すべき場合に当たる旨主張するが,同法の定義規定に照らし採用し難い。」
(10) 当審における控訴人の補充主張にかんがみ,原判決38頁11行目末尾に続いて次のとおり付加する。
「控訴人は,このような判断は,企業内の実情を知らず,経営に責任を持たない裁判所が判断すること自体失当であると主張するが,少なくとも改正育児介護休業法26条の配慮の関係では,本件配転命令による被控訴人らの不利益を軽減するために採り得る代替策の検討として,工場内配転の可能性を探るのは当然のことである。裁判所が企業内の実情を知らないというのであれば,控訴人は,具体的な資料を示して,工場内では配転の余地がないことあるいは他の従業員に対して希望退職を募集した場合にどのような不都合があるのかを具体的に主張立証すべきであるのに,抽象的に人員が余剰であると述べるだけで済ませ,経営権への干渉であるかのようにいうことの方が失当というべきで,前記の判断を左右するに足りない。」
(11) 当審における補充主張にかんがみ,原判決39頁2行目から40頁3行目までを次のように補正する。
「 控訴人は,控訴人が本件配転命令後に個人面談を実施したのにかかわらず,この中で被控訴人らが具体的に配転によって生じる不利益について具体的な資料をつけて主張することをせず,一方的に書面を送りつけただけである以上,後から裁判において不利益があるとの主張をすること自体信義則上許されないなどと主張する。
しかしながら,控訴人は本件配転命令において事前に対象となる従業員の個別事情について確認調査することなく,一律に配転を命じた上で事後的に事情聴取をするという方法を取ったもので,その際に,転勤が困難である事情についての申告期限を特に決めて通知したわけでもないのであって,人事異動が緊急を要するにしても,控訴人自身において,異動の期限を平成15年6月23日と定め,また異動ができない場合には同年5月23日までに申し出るように表明しているのであるから,その申出期限内に書面でなされた被控訴人らの転勤困難の申出や具体的な事情の主張が信義則に反すると解すべき理由はない。
確かに,個別面談は,その行われた時期からいって,転勤を困難とする事情について従業員側から聴取するためのものであったと考えられるが,転勤を困難にする事情は人によって異なり,一義的に判断できる資料があるわけではないから,個人面談において申し出がなされても引き続き調査が必要になることも多いと考えられ,申出や資料提出が個人面談後になされたとしても,それだけで手続全体が大きく遅延するというものでもないと考えられる。
また,判断の対象となるのが個人の家庭内の事情であって,使用者側の調査が困難であり,裏付けとなる資料の提出も必要であるとしても,どのような裏付けが必要かは千差万別であるから,個別の事案において,使用者側でこのような点を裏付ける資料を提出するように求めたにもかかわらず,相当期間内に労働者側がその資料を提出しないというような場合に初めて信義則が問題になると考えられる。
しかるに,B課長の陳述書(<証拠略>)及びB証人の証言によっても,被控訴人X1及び被控訴人X2はそれぞれ妻が病気であること,母親が年配であることを述べ,転勤が困難であると悩んでいることを窺わせる事情を述べているにもかかわらず,B課長の方は具体的な事情を聴取し裏付けを求めるようなこともしていないのである。それにもかかわらず,被控訴人らが同面談で積極的に申出や資料提出をしなかったとして,その後文書で,被控訴人X1において,妻が非定型精神病であり,母が高齢であること等を理由に転勤が困難であるとの趣旨で姫路工場にとどまりたいと申し入れ,被控訴人X2において,母親が要介護2と認定されており妻による介護が必要であること,見知らぬ土地へ行けば症状が悪化すること等を告げて,配転命令について再考を求めているのに,それを信義則に反するとして無視するのは明らかに不当である。控訴人の主張は採用できない。」
(12) 当審での控訴人の補充主張にかんがみ,原判決40頁10行目の「金銭的な援助」の後に「や,それらの経済的支援の活用によってできる範囲での埋め合わせ」を付加する。
(13) 同頁末行の文末に次のとおり付加する。
「控訴人はこの点の判断を非難するが,仮に転勤者の中に被控訴人らより大きな不利益を受ける者がいたとしても,それによって,直ちに,そのような大きな不利益が通常甘受すべきものとなるわけでもないし,被控訴人らにおいて自らの著しい不利益を甘受しなければならないものでもないから,この点も結論を左右し得るものではない。」
3 したがって,本件配転命令は被控訴人らに通常甘受すべき程度を著しく越(ママ)える不利益を負わせるもので,配転命令権の濫用にあたり,無効であって,被控訴人らは霞ヶ浦工場に勤務する雇用契約上の義務はなく,また,被控訴人らの賃金支払請求は原判決の認容した限度で理由がある。よって,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴は棄却すべきであるから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 富川照雄 裁判官横山巌は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 小田耕治)