大阪高等裁判所 平成17年(ネ)1985号 判決 2006年3月30日
大阪府<以下省略>
控訴人・被控訴人(原告,以下「1審原告」という。)
X
同訴訟代理人弁護士
三木俊博
同
渡部一郎
同
村本武志
同
木村克
同
原啓一郎
東京都中央区<以下省略>
被控訴人・控訴人(被告,以下「1審被告」という。)
日本アジア証券株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
高坂敬三
同
夏住要一郎
同
間石成人
同
鳥山半六
同
田辺陽一
同
小林京子
同
小宮山展隆
同
加賀美有人
同
高坂佳郁子
同
安西儀晃
同
塩津立人
主文
1 1審被告の本件控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 1審被告は,1審原告に対し,金1789万5691円及びこれに対する平成15年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 1審原告のその余の請求をいずれも棄却する。
2 1審原告の本件控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを5分し,その1を1審被告の負担とし,その余を1審原告の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 1審原告
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 1審被告は,1審原告に対し,8401万1238円及びこれに対する平成15年6月1日(最終取引日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 1審被告
(1) 原判決中,1審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 上記取消部分に係る1審原告の請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要等
1 事案の概要
(1) 本件は,1審原告が,1審被告の従業員であるB(以下「B」という。)から勧誘を受けて,平成11年11月24日から平成12年4月20日までに購入した3つの株式投資信託(以下「本件3投信」という。)の取引について,①Bとの間で,安全運用を旨とし,リターンは年10%以内でよく,リスクも年10%以内にとどめ,値上がり・値下がりが投資金額の10%に至った段階で一旦売却することとし,値下がりが10%を超えるおそれがある場合には,Bにおいて,1審原告に対し,その旨を連絡するとの合意(以下「本件合意」という。)をしていたところ,本件3投信は,投資信託の中でもリスク度の高いものであって,1審原告の上記の投資方針に適合しない商品であったから,Bが1審原告に本件3投信を勧誘したことは適合性原則に違反する旨,②Bは,本件合意に基づき,本件3投信が10%以上値下がりするおそれが生じた場合には,1審原告に対し,その旨を連絡すべき義務があったのに,同年11月15日まで,同連絡義務を怠った旨,③仮に本件合意が成立したと認められないとしても,1審原告がBに対して上記の投資方針及び連絡希望を伝え,Bもこれを了解していたことからすると,Bは,信義則上,1審原告に対し,上記②と同様の連絡義務があったのに,同日まで,同義務を怠った旨,④本件3投信はリスク度の高い商品であったから,Bは,1審原告に対し,勧誘にあたり,有価証券目論見書(以下「目論見書」という。)を手渡して,本件3投信の内容(仕組み,特徴,リスクの内容と程度,類似投資信託の運用実績等)を説明すべき義務があったのに,これを怠った旨をそれぞれ主張し,また,平成13年2月5日から平成14年5月28日までに購入した原判決別紙「株式取引状況」記載の各株式(以下「本件株式」という。)の取引について,⑤Bとの間で一任売買の合意をし,又は実質的な一任売買がされ,短期間での回転売買が行われたものであって,適合性原則に違反する旨,⑥Bは,1審原告との間で,購入株式の損失が投資金額の10%を超えるおそれがあるときは,売却処分することとし,値下がりが10%を超えるおそれがある場合には,1審原告に対し,その旨を連絡するとの合意(以下「本件第2合意」という。)をしていたから,同連絡をすべき義務があったのに,これをしなかった旨をそれぞれ主張して,1審被告に対し,不法行為(使用者責任)又は債務不履行に基づいて,損害賠償金8401万1238円(本件3投信取引による損失分6594万3739円と本件株式取引による損失分1042万7499円の合計7637万1238円,弁護士費用764万円)及び前記遅延損害金の支払を求めた事案である。
これに対し,1審被告は,本件3投信取引について,本件合意の成立を否認するとともに,1審原告は,Bに対し,1年間で運用利回り10%以上ということは誰でもできる当たり前のことだと述べて,ハイリターンを求めており,その結果としてハイリスクとなる商品の購入を希望していた旨,Bは,1審原告に対し,目論見書を手渡して,その内容を説明した旨をそれぞれ主張し,また,本件株式取引について,上記⑤の一任売買の合意及び本件第2合意の各成立をそれぞれ否認するなどして,上記①ないし⑥を全て争い,さらに,1審原告は,自らの判断と責任により,本件3投信及び本件株式を保有し続けたとして,過失相殺を主張した。
(2) 原審裁判所は,本件合意が成立したとは認められず,1審原告主張の説明義務違反及び一任売買の主張も認められないとして,1審原告の上記①,②,④及び⑤の各主張を排斥したものの,上記③については,Bは,1審原告に対し,本件3投信の基準価格が10%以上値下がりする危険が生じた時点において,速やかにその旨を連絡すべき信義則上の義務があったのに,平成12年9月4日まで,同連絡義務を怠ったとし,また,上記⑥についても,Bは,同様の信義則上の連絡義務があったのに,平成14年5月以降,同連絡義務を怠ったとして,その限度で1審被告の責任を認めた上で,1審原告の損害額を,本件3投信の損失分1273万2831円(平成12年9月4日までの損失分314万9638円と,その後の損失分4791万5966円に8割の過失相殺をした958万3193円の合計)と本件株式の損失分620万3160円(10%を大きく超える損失が生じた4銘柄の損失額合計1033万8600円に4割の過失相殺をしたもの)の合計1893万5991円及び弁護士費用190万円と認め,結局,1審原告の請求を,不法行為(使用者責任)に基づき,2083万5991円及び前記遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余の請求を棄却した。
(3) そこで,原判決を不服とする当事者双方が,本件各控訴を提起した。
2 前提事実,争点及び当事者の主張は,後記3において当審における当事者の主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」欄第2「事実関係」のⅡ及びⅢ(原判決2頁7行目から9頁6行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
ただし,原判決6頁24行目から25行目にかけての「一任売買の合意又は実質的に一任売買とする旨の合意がされた」を「一任売買の合意がされ,あるいは実質的な一任売買が行われた」に改め,8頁24行目の「Bに対し,」の前に「1審原告は,」を加える。
3 当審における当事者の主張
(1) 1審原告の主張
ア 本件3投信取引における違法事由
(ア) 適合性原則違反(事案の概要①の主張)について
① 本件3投信は,各投資信託がそれぞれリスク度の高いものであることだけでなく,これを一団として観察した場合,その構成配分において「分散投資」が図られておらず,リスク度が高く,商品性格も類似した株式投信ばかりへの「集中投資」となっていること,いわば「偏った集中投資」となっていることに,根本的な問題がある。
② Bは,経験豊富な証券外務員・フィナンシャルプランナーであり,かつ,1審原告夫婦の投資意向を「X様ご自身に万が一の事があった場合に,奥様が生活されて行かれる為の運用である」と理解していたにもかかわらず(甲1),敢えて1審原告夫婦が託した1億2000万円全部を,リスク度の高い株式投資信託である本件3投信に集中投資させたものであって,上記のとおりその構成配分において「分散投資」が図られておらず,そのことによって1審原告の投資資産のリスク度がより高められている(甲21の2)から,適合性原則に違反する。
③ 原判決は,1審原告のBに対する平成12年11月15日のメール(乙27。以下「11月15日メール」という。)中に「10%の目標」との言葉が存することについて,「10%」が損失の「下限」を意味するのであれば,それが目標となるはずはないから,「目標」という言葉を使うことは考えられないとして,1審原告が10%の値上がり目標を有していた旨説示する。
しかし,原判決の同判断は,同メール中に「下限の認識に相違があったのか」との言葉が存することに目をつぶって,「目標」との言葉尻のみをつかまえた,いわば木を見て森を見ない誤った判断といわざるを得ない。
また,「目標」という言葉だけを取り出しても,「上限の目標値」に対して「下限の目標値」ということも,何ら不自然なことではない。
④ 原判決は,1審原告の投資性向からすると,ある程度のリスクがあることもやむを得ないことを理由の一つとして,適合性原則違反を否定する。
確かに,1審原告は,安全性のみを追求していたのではなく,安全性を基調としつつも,1審原告の死後,その妻が安定的に「月30~40万円(年間400~500万円)程の収入を得られる」投資商品を指向していたのであるから,その意味では,「ある程度のリスクがあることもやむを得ない」というのは正しい。そうであるからこそ,1審原告も「上下10%」の「タガ」をはめたのであり,一般的に言えば,それには投資信託が適合する。
しかし,「ある程度のリスクがあることもやむを得ない」ことから,すぐさま本件3投信が1審原告に適合していたと判断するのは誤りである。投資信託にはリスク度の高いものから低いものまで様々な種類のものがあるのであるから,Bは,経験豊富な専門家として,そのことを十分に考慮に入れて,1審原告の上記の意向・目的に適合したもの,あるいはその組合せを検討して,1審原告に提案しなければならなかったのである。
その意味で,Bが1審原告に投資信託を推奨したこと自体は間違いではないが,Bは,様々な性格・リスク度の投資信託の中から,1審原告の投資意向・目的に適った個々の投資信託を選択する場面と,資産配分(構成)の点において「分散投資」を必要とする場面の2場面において,誤りを犯している。特に,後者,すなわち,商品性格が同一類似であり,しかも,リスク度が高い株式投信(甲28にいう第4分類)に,「集中投資」させたことの誤りは,誠に重大である。
(イ) 本件合意の成否について
① 原判決は本件合意の成立を否定する。
確かに,甲1や甲2には,1審原告の上下10%という「意向」はいたるところで見られるものの,10%の「合意」を交わしたとの明確な記載はない。
しかし,同時期ころに作成された乙45を見ると,「X様と当初お約束しております事を踏まえリスクを限定した形での運用を色々考えてみました。」との記載があり,10%が,単なる「意向」にとどまらず,「お約束」したもの,すなわち,両当事者間で「合意」したものであることが,B自らの手によって明確に記載されている。
原判決は,上記の点を看過し,ただ甲1や甲2の文面のみに終始した結果,乙45をも併せ検討すれば明らかである10%の「合意」を認めなかった点において,重大な事実誤認の過ちを犯している。
② 原判決は,1審原告が,平成12年9月4日のメール(乙23。以下「9月4日メール」という。)により,本件3投信の基準価格の下落を伝えるBからの報告を受けたことを前提として,それにもかかわらず,本件3投信を売却しなかったことを理由の一つとして,本件合意の成立を否定する。
しかし,1審原告が,同メールを受け取り,これを開いたという事実は存在しない。その当時,1審原告がパソコン,インターネット及びEメールの使用について初心者であったことに加え,そのころに使用していたパソコンの受信状態が悪かったことから,1審原告は同メールを受信していないのである。
乙23から認定し得る事実は,Bが同メールを送信したという事実にとどまり,同メール記載の報告を1審原告が受けたことまで推認させるものではない。
1審原告が同メールを受け取っていないことは,同年3月から同年11月までに1審原告とBとの間で交わされた一連のメール(乙9ないし27)を見ても明らかである。すなわち,1審原告は,Bからのメールに対しては,自らが受領した場合,これに対して返信を行っており,また,当時のメールの送受信状況を見ても,同年8月9日に1審原告がBに送信したメールと,やはり1審原告がBに送信した同年10月30日のメールとの3か月近くの間には,9月4日メールしか存在しない。
また,原判決は,1審原告が,Bに対し,10%を超えて値下がりするおそれが生じた場合には,売却を含めて対策をとりたいとの意向を話していたとの事実を認定しているところ,そのような前提があるのであれば,9月4日メールを受け取ったときに,1審原告からBに対して何らかのメールが送信されていなければ不自然であるが,1審原告からBにメールが送信されたのは同年10月30日になってからであり,しかも,同日のメールは,全く9月4日メールに触れていないのである。この点からも,1審原告が同メールを受け取っていないことは明らかである。
さらに,仮に1審原告が同メールを受領していたとしても,同メールの内容は,乙26の2と比較して,購入した約1億2000万円に対する現在価格がどれくらいになっているかが分かる単純なものはなく,手数料も含まれていないものであったから,同メールを受領後に本件3投信を売却しなかったとの事実をもって,本件合意がなかったとはいえない。
③ さらに,原判決は,1審原告が,11月15日メールにおいて,本件合意に違反しているとの指摘をしていないことや,その後も本件3投信を売却しなかったことをも理由の一つとして,本件合意の成立を否定する。
しかし,同メールを見れば,10%が,上限のみならず,下限を含むものであったと認定できることは,前記(ア)③のとおりである。
また,同メールの送信後に面談した際,Bは,1審原告に対し,10%合意の存在を認めたにもかかわらず,一審原告からの損害賠償の求めに対して,「損失補填は法律上できません。」と答えた。そこで,1審原告が「会社として回答を持ってこない限り理解できないので,会社で検討してほしい。」と申し入れると,Bはこれを了解した(原審における1審原告本人)。かかる会話を前提とすると,そのような状況下において本件3投信を売却すれば,「自分の判断で売却した」などと言われ,責任の所在をあやふやにされることになるのが通常であるから,1審原告が,1審被告からの同回答を待つ間,本件3投信の売却を差し控えたことは,十分合理的な行動であり,1審原告の同行動をもって,本件合意がなかったとは到底いえない。
④ 原判決は,1審原告の主張するように,1審原告において,Bが本件合意に違反したことを理由として1審被告に対して損害賠償を求めていたのであれば,そのような1審原告とBとの間の信頼関係は既に失われているはずであり,そのようなBに対して1審原告が本件株式取引を依頼するとは考えにくい旨も説示する。
しかし,11月15日メールを踏まえて,1審原告とBとの間では,上記③のように話し合い,Bを通じて1審被告としての回答を示すという約束をしたのであり,そのような中で,1審原告が,「今度こそきちんとやります。」というBを信じて,Bからの提案を受け入れ,本件株式取引に入ったとしても,何ら不思議ではない。
(ウ) 信義則上の危険連絡義務違反の履行について
原判決は,Bが1審原告に対して9月4日メール(乙23)を送信したことによって,信義則上の危険連絡義務を履行した旨説示する。
しかし,前記(イ)②のとおり,9月4日メールは1審原告に着信しておらず,1審原告はこれを見ていない。
また,仮に同メールが着信していたとしても,その内容は,本件3投信の基準価格を並列的に書き並べたものにすぎず,到底1審原告に分かりやすく的確な情報を提供したものではないから,同メールの送信をもって,同危険連絡義務の履行があったとはいえない。
したがって,1審被告において同危険連絡義務の履行があったのは,早くとも11月15日メールが送信された時であるといわなければならない。
(エ) 説明義務違反(同④の主張)について
① Bが1審原告に対して説明すべきであった事項は,本件3投信の個々の株式投信に関するものと,本件3投信全体に関するものとに大別される。
具体的には,前者(個々の株式投信)における説明事項は,各株式投信の運用対象(株式・公社債等),運用方針,諸経費,リスクの内容・程度(リスク区分),価格変動率等の要素事項である。
また,後者(本件3投信全体)における説明事項は,リスク分散がどのように行われているか,(その結果)価格変動率はどうなっているか等の要素事項である。
そして,後者については,Bは,1審原告に対し,本件3投信がいずれもリスク度の高い商品ばかりであって,全体としてリスク分散が行われていないこと,その結果,本件3投信全体の価格変動率は15%超30%以下であって,1億2000万円の運用資金が最大3600万円の損失を被るリスクを負っていることを説明した上で,それでもよいかと問いかけるべきであったのである。
それにもかかわらず,Bは,1審原告に対し,上記のような説明を全く行わないまま,漫然と本件3投信を推奨・勧誘したのであるから,説明義務違反を免れない。
② 原判決は,1審原告に対して目論見書を手渡してこれに基づく説明をした旨認定する。
確かに,申込確認書(乙68ないし70)に1審原告の署名・捺印があるが,その経緯は,本件3投信を購入した後,1審原告の妻が,Bから説明を受けることなく,同人の申出を受け入れて,署名・押印したものである(甲35)。
しかも,目論見書は購入に先立って手渡されなければならないものであって,事後に手渡したとしても何の意味もない。
したがって,原判決が,Bが目論見書を交付したことをもって,説明義務が尽くされたとするのは,著しく事実を誤認するものである。
イ 本件株式取引における違法事由
(ア) 一任売買,適合性原則違反及び過当取引(同⑤の主張)について
① 1審原告がBに対して1200万円の回復策について相談を持ちかけ,Bの方から本件株式取引を推奨したという経緯,1審原告がその当初に2000万円という一括資金を預託したこと,1審原告が,本来は株式取引を好まず,かつ,その素人であることに照らせば,本件株式取引が「一任売買の合意」の下で開始されたものと理解するのが相当である。
② 原判決は,1審原告とBとの連絡がつきにくい状態であったと窺われるとしながらも,Bが1審原告の事前の承諾なしに株式の売買を行ったとは認められない旨説示する。
しかし,1審原告提出の多数に上る書証(甲7ないし15)が,多くの機会に事前の連絡がつくはずがないことを如実に示している一方,1審被告からは,1審原告と確実に連絡したことを証明する証拠資料は何ら提出されていないことに照らせば,Bが確実に事前連絡を行っていたとの事実については,明らかに証明不十分というべきである。
なお,念のために付言すると,1審原告は,Bが個々のどの売買についてもすべて事前連絡をしてこなかったと主張しているのではない。また,若干の回数,Bが事前連絡をしていたとしても,そのことは「一任売買の合意」を否定する事情ではない。
③ 「実質的な一任売買」とは,証券取引法実務においては,「口座支配」「取引の主導性」と同一類似の用語である。いずれも,当該取引において,本来は当該顧客が主体的に投資判断をして売買取引を行うべきものであるが,実際には,当該証券外務員の方が主導権を取って自ら投資判断を行い,当該顧客はこれに追従して売買取引を行っている事実状態を表現しているものである。
本件株式取引については,仮に「一任売買の合意」まで認定できないとしても,上記①記載の事情に加え,事前の連絡があった場合でも,短時間の電話連絡にとどまること,原判決も指摘するとおり,本件株式取引の対象となった銘柄中には,一般にほとんど知られていない銘柄が多く,このような株式の売買が1審原告の主導によって行われるとは考えがたいこと,Bは,1審原告に対し,その会社の業務内容,株式価格の推移,今後の見通しについての具体的な根拠等の情報を伝えていなかったこと,1審原告は,Bの勧誘・推奨をすべて受け入れていたこと等の諸事情の下で遂行されたことが明らかである。すなわち,実質的な投資判断はBが行い,素人の1審原告はこれに追従していただけであった。このような状態が,まさに「実質的な一任売買」であり,「取引の主導性」がBにあったということなのである。
④ 本件株式取引における適合性原則違反の有無を検討する上で,大切なことは,同取引における1審原告の投資意向である。それは,半年か1年程度で,1億2000万円の10%である1200万円のうちの相当部分(具体的な率や金額は明確にされていない。)を回復するという内容であった。
したがって,素人であるという1審原告の投資属性と上記投資意向を踏まえて,それに適合した株式取引こそが勧誘・推奨されなければならなかったのである。
ところが,本件株式取引については,上記③記載の事情が存するほか,その期間・数量の側面からして,実質1年3か月間に19銘柄を55回にもわたって売買する(月3.67回)態様のもの,すなわち「短期回転売買」がされている。しかも,Bは,本件株式取引の結果,実質1年3か月間に,投資金額2000万円を用いて,241万3105円もの手数料を稼ぎ出しており,同手数料の額は1審原告の損失額939万7999円の25.7%にも上る。
以上によれば,本件株式取引は,1審原告の投資属性,その1審原告に対して十分な情報を提供せずに一連の売買取引を誘導したこと,不必要な「短期回転売買」を行ったことの諸点に照らして,到底1審原告の上記の投資意向に適合した投資手法とはいえないことが明らかであり,適合性原則に違反している。
なお,原判決は,「実質的な一任売買」が否定されるから,適合性原則違反もない旨説示するが,「実質的な一任売買」は適合性原則違反の構成要件・認定要件ではない。
⑤ 証券取引における「過当取引」の認定要件は,「取引の過度性」と「取引の主導性」の2つである。「取引の悪意性」を必要とする見解もあるが,同見解でも,前2者の要件が認定されれば,最後の要件は推定されるとしている(甲38,39参照)。
前2者の要件のうち,「取引の主導性」は「実質的な一任売買」と同義であるところ,本件株式取引において「取引の主導性」がBにあったことは,前記③のとおりである。
また,「取引の過度性」とは,「当該顧客の投資属性・投資意向に照らして過度であること」であるが,本件株式取引がこれを満たしていることは,上記④記載の諸事情のほか,資金回転率が4.48回/年であることに照らして,明らかである。
この点に関し,原判決は,1審原告が10%を超える値下がりを好まないという意向を示していたため,Bが,その意向に応じて,高率での値上がりや値下がりのない時点で,株式の売却を1審原告に勧誘していたから,その結果として売買の回転率や手数料化率が高くなるのは当然である旨説示する。
しかし,前記のとおり,Bは,1審原告の投資属性と投資意向を無視・軽視し,1審原告の投資意向に適合した銘柄はどれであるか慎重に検討・吟味して推奨・勧誘するのではなく,一般には非周知の中小型株・(いわゆる)材料株を中心に推奨・勧誘したのであり,ここに根本的な間違いがあるのである。原判決は,この根本問題を等閑視して,拙速に判断を勧めた点で,大きな事実誤認を犯している。
そして,本件株式取引が「過当取引」の違法を具有するほどに至ったのは,ひとえにBの誤れる投資方針によるものであり,手数料稼ぎこそが,Bと1審被告の真の動機であったというほかはない。その意味で,「取引の悪意性」すら認められるところである。
(イ) 本件第2合意の成否について
原判決は,多数の銘柄の株式に対する投資金額の総額を基準として,その10%を超える値下がりが生じたときに株式を売却するとの本件第2合意をすることは,計算の煩雑さ等からみて考えられない旨説示する。
しかし,今日の証券業は,本社に大型コンピューター,支店には端末コンピューターを備え置き,これらの電子機器をフル稼働させて営業活動を行っている業界であり,1審被告も例外ではない。顧客の保有証券情報(日々の値洗い=含み損失の算定,稼得手数料の累積等を含む。)は,すべて本社の大型コンピューターに蓄積されており,瞬時に支店の端末コンピューターで閲覧・出力が可能である。
また,社用情報・社用ソフト以外に,一般に販売されている汎用計算ソフト,例えば「エクセル」を用いれば,関数計算を通して,複数銘柄の価格変動を総合管理することは,少なくとも原判決の指摘するようには難しいものではない。現に,Bは,「エクセル」を使用しており,不十分ではあるが,本件3投信の「総合管理表」(乙14の2)を作成しているし,1審被告は,原審において,表計算ソフトを用いて,乙48,49の一覧表やグラフを作成して提出している。
さらに,5銘柄程度であれば,手計算でも,何ら難しいことはない。個々の銘柄の買付単価に株数を掛ければ買付総額が出る。一方,個々の銘柄の買付単価とその時価の差額に株数を掛ければ,値上がり/値下がり総額が出る。その各銘柄分を合計すると,全銘柄の値上がり/値下がり総額が出る。この両者の比率を算出すればよい。
以上によれば,原判決は,何ら難しくないことを難しいと言い募っているのであって,この点は,何ら本件第2合意を認定する妨げとなるものではない。
ウ 過失相殺
(ア) 本件3投信取引について
① 原判決は,平成12年9月4日に前記信義則上の連絡義務が履行されたことを前提として,その後の損失額について過失相殺をするが,同前提が誤りであることは,前記ア(ウ)のとおりである。
② 原判決は,1審原告が,Bから本件3投信を売却しないかと言われたにもかかわらず,自らの判断で売却しなかったことを理由として,8割の過失相殺をする。
しかし,同年11月のやり取りを受けて,本件3投信を売却しないとの判断をしたのは,確かに1審原告であるが,前記ア(イ)③記載の経緯に鑑みると,1審原告の同判断は,素人なりによく考えた結果であって,通常一般人の行動基準から見れば,何ら落ち度があると評価されるべき点はない。
したがって,過失相殺をした原判決の判断は誤りである。
(イ) 本件株式取引について
原判決は,1審原告が,平成14年6月以降,Bから何らの報告もされなくなったのであり,その当時の株式の一般的な市況については,報道等によって当然に認識していたはずであるのに,その点についてBらに何らの問合せをすることもなく放置していたことを理由として,4割の過失相殺をする。
しかし,本件株式取引は,そもそも,それに相応しい知識を有しない1審原告に代わり,Bが実質上すべてを決定し,誘導するやり方で遂行されたものである。そして,1審被告は,1審原告との紛争が顕在化したことによる方針の転換によって,故意に,この誘導を放棄し,これがため,同月以降,全く取引が行われなくなったのである。そうすると,取引が行われなくなった原因は全て1審被告の故意行為にあるのであるから,これによる損失の責任の一端が1審原告にあるとの評価は相当でない。
したがって,本件株式取引においても,1審原告には何ら落ち度がなかったものであり,過失相殺をした原判決の判断は誤りである。
(2) 1審被告の主張
ア 本件3投信取引における信義則上の危険連絡義務違反について
① 原判決は,同危険連絡義務を認める前提として,1審原告が,Bに対し,10%を超えて値下がりするおそれが生じた場合には,売却を含めて対策をとりたいとの意向を話しており,Bも1審原告の同意向を認識していた旨認定し,その根拠として,Bが,平成12年11月下旬,1審原告から言われた際,下限10%の話が当初からされていたことを認めたことを挙げる。
しかし,そのやり取りは,あくまでも同月下旬のものであって,本件3投信の最初の取引が始まった平成11年11月当時のものではない。
また,Bは,平成12年11月下旬,1審原告から言われて,実際には1審原告の言うような話がなかったにもかかわらず,大事な顧客との間で話が揉めるのを危惧するあまり,1審原告に迎合して,それを肯定する趣旨の返事をしてしまったにすぎない。
確かに,そのようなことは,対等な立場にある当事者間では考えにくいうことかもしれないが,1審原告は,当時のBにとっては,預かり資産もトップクラスの大口顧客であったばかりでなく,1審原告の人柄,資力,幅広い経済に対する知識,人生経験など,多くの点で尊敬していた特別な重要顧客であり,力関係としては圧倒的に1審原告が上位にあった。そのため,Bは,1審原告から突然言われた「下限10%」の話を即座に否定することもできず,また,1審原告との信頼関係が悪化することを懸念するあまり,1審原告に迎合してしまったのである。これは,Bの性格と1審原告の属性によるところ大であるが,原判決は,このような顧客(1審原告)と営業マン(B)の実態(人間関係)を正しく捉えたものとはいえず,人間考察においてあまりに形式的である。
さらに,後記②のとおり,Bは,基準価格や株価推移等について1審原告に連絡しており,1審原告も,基準価格の下落状況については認識していたのであるが,それにもかかわらず,1審原告は,Bに対し,何の連絡も指示もしていない。
もし原判決の説示するように,1審原告が,当初からBに対して上記の意向を伝えていたのであれば,下落の途中(下限10%に近づいてきた時)に,Bに何も言わないことなどあり得ないし,9月4日メールが送信された後に,何らの返答をしないということもあり得ず,これを放置すること自体,甚だ不可解である。これは,少なくとも取引開始当初においては,1審原告からそのような意向が示されたことがなかったからにほかならない。
以上によれば,1審原告が「下限10%の合意」なるものを最初に言い出したのは,平成12年11月下旬である。
Bは,それ以前には,下限10%を超えそうだからといって速やかに1審原告に連絡しなければならないという認識は全くもっておらず,そうであるからこそ,同月15日に,27%の損失が出ていた投信の一部売却と株式への乗換えを提案したのである。
② 原判決は,本件3投信の基準価格が10%を超えて値下がりをしたのに,Bは速やかにこれを1審原告に連絡せず,これをしたのは平成12年9月4日になってからのことであった旨説示する。
しかし,Bは,同日以前も,1審原告に対し,頻繁に基準価格や相場状況等を連絡していた。例えば,同年3月31日(乙9),同年4月4日(乙10の1・2),同月10日(乙11の1・2),同年5月8日(乙14の1・2),同月10日(乙15),同月23日(乙16)等である。また,以上の個々のメールのほかにも,電話や面談による報告がなされたばかりでなく,1審被告から1審原告宛に半期(6か月)毎に本件3投信の運用報告書が送付されており,1審原告もその内容を見ていたことを認めているのであって(原審における1審原告),1審原告が基準価格の下落傾向を十二分に認識していたことは明らかである。
また,そうであるからこそ,1審原告も,同年6月5日,中間点検が必要ではないかとの苦情を申し入れ,さらに,同月11日のメール(乙19。以下「6月11日メール」という。)では,「敗戦にも,敗戦の方法,認識を立てる責任があります」との苦情を申し入れたのである。1審原告は,同「敗戦」の意味について,「10%で価格が落ちて,私がそれを売って,運用を失敗することでしょうね。」と述べているのであり(原審における1審原告),同日時点において,1審原告が本件3投信の運用に失敗したとの認識を有していたことは明らかである。
要するに,1審原告は,本件3投信の下落状況については十二分に認識しながら,また,自ら保有の継続を選択しておきながら,その下落幅が大きくなったため,同年11月下旬になって初めて,下落10%の合意があったとの後付けの理屈を創作し,Bにその責任を転嫁しようとしているのである。
③ 仮に前記①の意向の表明があったとしても,Bに信義則上の危険連絡義務が発生するとする理由が不明である。
投信のその日の基準価格は,日経新聞等に掲載されるし,インターネットで確認することも容易であるから,本人がその気になりさえすれば,容易に知り得るのであり,また,上記②のとおり,Bは,1審原告に対し,早い段階から,訪問,電話,メール等の方法で,その値動きを伝えていたのであるから,1審原告において,その後の状況を知りたければ,Bに問い合わせれば足りるのであるが,1審原告が,Bに対して,電話一本,メール一通発信した事実もない。
自らの資産について,かかる一挙手一投足の労すら怠った1審原告にこそ,投資家としての自己責任があるというべきである。
また,前記②記載の経緯に鑑みれば,基準価格が10%を超えたまさにその1点のみを瞬間的に捉えて連絡義務違反と論ずること自体,到底実態に即した判断とは言い難い。
イ 本件株式取引における信義則上の危険連絡義務違反について
① 原判決は,同危険連絡義務を認める前提として,本件株式取引を始めるにあたっても,1審原告は,購入した株式につき10%を超えて値下がりが生じないうちに,Bが1審原告に連絡をした後,速やかに売却をするなどの適切な措置をとることを希望しており,Bも1審原告の同希望を認識していた旨認定する。
しかし,1審原告が本件株式取引を始めた経緯は,Bの陳述書(乙61)に詳述されているとおりであって,その際,1審原告から上記の希望が出された事実はない。
そもそも,購入株式の損失が投資金額の10%を超えるおそれがある場合には売却するなどということ自体,時々刻々と価格が変動する株式の取引においては,実際問題として不可能であり,仮にそのような「希望」が出されたのであれば,営業担当者は,そのようなことは不可能であることをはっきりと告げるのが常識である。とりわけ,Bは,1審原告との関係からも,本件株式取引を始めることになった経緯からも,トラブルの原因となるような事態は絶対に避けたいと考えており,1審原告からそのような意向が示されておれば,直ちにこれを峻拒している。
② 仮に前記①の意向の表明があったとしても,合意がないにもかかわらず,Bに信義則上の危険連絡義務が発生するとする理由が不明である。
そもそも,時々刻々と価格が変動する,多数の銘柄の,しかも売り買いが繰り返される株式の取引においては,「投資金額の10%を超える値下がりが生じた」時点なるものは,容易には観念し難く,したがって,その時点における連絡義務なるものは,抽象的には言えても,現実にはおよそ特定し得ない。
③ 原判決は,平成14年5月以降,本件株式の価格が10%を超えて値下がりをしたのに,Bやその他の1審被告の従業員はこれを1審原告に連絡していないから,Bらには連絡義務違反があった旨説示する。
しかし,Bは,同月以降も,1審原告との交渉が決裂した平成15年2月まで,1審原告に対し,従前どおり頻繁に連絡をとっていたのであり,少なくとも1か月に1度の割合で直接面談し,その際,保有株式の現状価格も口頭で報告していた。保有株式の現状価格の報告は口頭でするのが通常であり,これは他の顧客に対しても同様であって,原判決が,書面に残っているものがないから報告がなかったと理解したのだとすれば,明らかに取引の実情を無視したものである。
また,このような直接面談による報告以外にも,電話で報告を行っており,平成14年5月以降も,1審原告に対する連絡を怠ったことはない。このことは,同年10月2日の1審原告のBに対するメール(乙52)からも容易に窺い知ることができる。すなわち,同メールでは,1審原告自身,Bから連絡がとれるよう,自らの都合や異動先等を連絡しているのであり,これを受けて,Bは,1審原告に対し,株価の動向等も含め,頻繁に電話で報告をしていたのである。Bが,このようなメールを受領しながら,1審原告に対する連絡を怠ることなど,前述のような当事者間の関係に照らしても,あり得ないことである。
ウ 損害額及び相当因果関係
(ア) 本件3投信取引について
原判決は,9月4日メールの送信後,本件3投信が売却された平成15年5月30日までの間の1審原告の損失4791万5966円についても,Bの連絡義務違反が端緒となって生じたものであるとして,同義務違反と相当因果関係のある損害と認める。
しかし,原判決の判断によれば,Bは9月4日メールの送信をもって同連絡義務を履行したのであるから,その後の保有の継続と売却は,1審原告自身の意思と判断に基づくものであって,その売却の結果として発生した損失(値下がり損)まで,1審被告が負担しなければならない理由は全くない。
そもそも,Bは,平成12年以降,1審原告に対し,何度も本件3投信の売却を提案したが,それにもかかわらず,1審原告は,「塩漬けする」「アンタッチャブル」等と述べて,自らの意思で持ち続けたのであって(乙61),Bの勧めるとおり早期に売却していれば,損失ははるかに少なかったはずである。
(イ) 本件株式取引について
上記(ア)と同様,1審原告自身の意思と判断に基づいて保有し続けた本件株式について,その売却の結果として発生した損失を,Bの連絡義務違反と相当因果関係のある損害と認めることは誤りである。
エ 本件株式取引における過失相殺について
そもそも本件株式取引については,当事者間の交渉において,1審原告からクレームが付けられたことは一切なかったのであり,訴訟段階で初めて問題とされたものである。
また,原判決も説示するとおり,1審原告は,株式の一般的な市況については,報道等によって当然に認識していたはずであるのに,その点についてBらに何らの問合せをすることもなく放置していたのであり,そうであるにもかかわらず,1審被告に6割もの過失が認められるのか,原判決の判断は全く理解し難いものである。
第3当裁判所の判断
1 事実関係
(1) 判断の前提となる事実関係は,以下のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄第3「当裁判所の判断」のⅠ(原判決9頁8行目から13頁12行目まで)に認定するとおりであるから,これを引用する。
(2) 原判決の補正
① 原判決11頁13行目末尾を改行して次のとおり加える。
「また,本件3投信の各基準価格は,いずれも,平成12年7月に10%を超えて値下がりし,同月末時点において,大和ファンドABCが8345円,ニッセイ生活3Cが8227円,野村ビッグプロジェクトが7914円となっており,その後,値下がりが10%以内に回復することはなかった(乙48の3・4)。」
② 原判決13頁1行目の「Bは,」から同頁4行目の「自宅を訪れた後は,」までを「Bは,平成14年6月ころまで,1審原告に対し,メールや口頭で,本件3投信の基準価格や1審原告が購入した株式の現状価格及び株式市況等について報告をしていたが,同月ころ以降,」に改める。
2 本件3投信取引における違法事由の存否
(1) 1審原告とBとの間で本件合意が成立したとは認められず,1審原告の適合性原則違反の主張(事案の概要①)並びに本件合意の成立を前提とする連絡義務違反の主張(同②)は,いずれも理由がないこと,Bは,1審原告に対し,本件3投信取引をするにあたり,事前に目論見書を手渡して,これに基づく説明をしたと認められるから,1審原告の説明義務違反の主張(同④)も理由がないこと,他方,本件3投信取引をするにあたり,1審原告は,Bに対し,10%を超えて値下がりするおそれが生じた場合には,売却を含めて対策をとりたいとの意向を話しており,Bも1審原告の同意向を認識していたと認められるから,Bは,信義則上,1審原告に対し,本件3投信の基準価格が10%以上値下がりする危険が生じた時点において,速やかにその旨を連絡すべき義務があったというべきであること,Bは,1審原告に対し,平成12年7月から同年9月4日まで,同連絡義務を怠っていたが,9月4日メールでした報告により,同連絡義務を履行したというべきであること,したがって,1審原告の信義則上の連絡義務違反の主張(同③)はその限度で理由があることは,いずれも原判決「事実及び理由」欄第3「当裁判所の判断」のⅡ及びⅢ(原判決13頁13行目から20頁2行目まで)に認定・説示するとおりであるから,これを引用する。
(2) 当審における当事者の主張に対する判断
ア 適合性原則違反について
1審原告は,Bが,1審原告夫婦の託した1億2000万円全部について,それぞれリスク度の高い本件3投信に「偏った集中投資」をさせた点において,適合性原則に違反する旨主張する。
しかしながら,1審原告が,安全性のみを追求していたものでなく,10%の値上がり目標を有していたことは,原判決の認定するとおりである上,Bが,1審原告に対し,本件3投信の基準価格が10%以上値下がりする危険が生じた時点において,速やかにその旨を連絡すべき信義則上の義務を負っていたことは,上記のとおりであり,Bが同連絡義務をきちんと履行していれば,1審原告が不測の大きな損失を被ることはなかったといえるから,本件3投信がいずれも投資信託の中では比較的リスク度の高いものであったとしても,1審原告の投資意向・目的に反していたとまではいえず,本件3投信への集中的な投資を勧誘したBの行為が適合性原則に違反するものであったということはできない。
また,この点に関する1審原告のその余の主張も,いずれも適合性原則違反があったといえないとの上記判断を左右するものではない。
イ 本件合意の成否について
1審原告は,乙45を見ると,10%が,1審原告の「意向」にとどまらず,「お約束」したもの,すなわち,1審原告とBとの間で「合意」したものであることが,B自らの手によって明確に記載されているから,本件合意が成立したというべきである旨主張する。
しかしながら,法律上の合意としての本件合意が成立したとはいえないことは,原判決の説示するとおりである。
そして,乙45中の「当初お約束しております事を踏まえ」との記載については,同書面を全体として読めば,1審原告の「意向」に沿うようにできる限り対応するとの趣旨でBの意思を表明したものと解釈することができ,法律上の合意としての本件合意が成立したことを認めたものとはいえないから,乙45の同記載を考慮しても,上記の判断が覆ることはないというべきである。
したがって,1審原告の上記主張は採用することができず,また,本件合意の成否に関する1審原告のその余の主張も,いずれも上記判断を左右するものではない。
ウ 信義則上の危険連絡義務違反について
(ア) 1審原告は,9月4日メール(乙23)が1審原告に着信しておらず,1審原告はこれを見ていないから,Bが平成12年9月4日に信義則上の危険連絡義務を履行したとはいえない旨主張し,同旨の供述(当審提出の甲47)をする。
しかしながら,9月4日メールは1審原告に着信しており,Bが同メールの送信によって信義則上の危険連絡義務を履行したというべきであることは,原判決の認定・説示するとおりであり,1審原告自身,原審においては,乙15ないし26の各メールを受け取ったことは事実であると思う旨陳述していたこと(甲25)に照らしても,当審における1審原告の上記供述及び主張は採用することができない。
また,1審原告は,仮に9月4日メールが着信していたとしても,その内容は,本件3投信の基準価格を並列的に書き並べたものにすぎず,到底1審原告に分かりやすく的確な情報を提供したものではないから,同メールの送信をもって同危険連絡義務の履行があったとはいえない旨も主張する。
しかしながら,1審原告は,同日時点において,本件3投信の購入価格を認識しており,同メールに,投資信託管理表が添付されていなくても,その時点での基準価格(本件3投信のすべてについて,購入価格よりも10%を超えて値下がりしているもの)が記載されていることにより,本件3投信の基準価格が10%を超えて値下がりしていることを認識したと認められるから,同メールの送信をもって同危険連絡義務の履行があったといえることは,原判決の認定・説示するとおりである。
したがって,1審原告の上記主張も採用することができない。
(イ) 他方,1審被告は,Bが,平成12年11月下旬,実際には1審原告の言うような話がなかったにもかかわらず,1審原告に迎合して,それを肯定する趣旨の返事をしてしまったものであって,1審原告が「下限10%の合意」なるものを最初に言い出したのはその時である旨主張するが,同主張が採用できないことは,原判決の説示するとおりであり,この点に関する1審被告のその余の主張も,いずれも同判断を左右するものとはいえない。
エ 説明義務違反について
1審原告は,Bが,1審原告に対し,本件3投信全体についての説明事項として,本件3投信がいずれもリスク度の高い商品ばかりであって,全体としてリスク分散が行われていないこと,その結果,本件3投信全体の価格変動率は15%超30%以下であって,1億2000万円の運用資金が最大3600万円の損失を被るリスクを負っていることを説明した上で,それでもよいかと問いかけるべきであったのに,その説明を全く行わなかったし,また,目論見書を事前に手渡していなかったから,説明義務に違反する旨主張する。
しかしながら,Bが,1審原告に対し,事前に目論見書を手渡して,これに基づく説明をしたと認められるから,説明義務違反があったといえないことは,原判決の認定・説示するとおりである上,Bが前記信義則上の連絡義務をきちんと履行していれば,1審原告が不測の大きな損失を被ることはなかったものであって,最大3600万円の損失を被るリスクを負っているとの説明をすべきであったとまではいえないから,この点に照らしても,説明義務違反があったとする1審原告の上記主張は採用することができない。
3 本件株式取引における違法事由の存否
(1) Bが1審原告の個別の事前承諾なしに株式の売買を行ったことがあるとは認められず,1審原告とBとの間で一任売買の合意が成立したとは認められないし,本件株式取引が実質的な一任売買であったともいえないこと,1審原告が10%を超える値下がりを好まないとの意向を示していたため,Bは,同意向に応じて,高率での値上がりや値下がりがない時点で,1審原告に対し,株式の売却を勧誘していたのであり,その結果として売買の回転率や手数料化率が高くなるのは当然であるから,そのことを理由として本件株式取引が1審原告に適合しないものであったといえないこと,したがって,1審原告の適合性原則違反の主張(事案の概要⑤)は理由がないこと,1審原告とBとの間で本件第2合意が成立したとは認められないこと,他方,1審原告は,本件株式取引を始めるにあたっても,購入した株式につき10%を超えて値下がりが生じないうちに,Bが1審原告に連絡をした後,速やかに売却をするなどの適切な措置をとることを希望しており,Bも1審原告の同希望を認識していたと認められるから,Bは,信義則上,1審原告が購入した個々の株式の価格が10%以上値下がりする危険が生じた時点において,1審原告に対し,速やかにその旨を連絡すべき義務があったというべきであること,それにもかかわらず,Bは,1審原告に対し,平成14年6月ころ以降,同連絡義務を怠ったというべきであるから,1審原告の連絡義務違反の主張(同⑥)はその限度で理由があることは,いずれも原判決「事実及び理由」欄第3「当裁判所の判断」のⅣ及びⅤ(原判決20頁3行目から24頁15行目まで)に認定・説示するとおりであるから,これを引用する。
ただし,原判決20頁6行目の「実質的に一任売買とする合意」を「実質的な一任売買」に,同24頁10行目から11行目にかけての「平成14年5月以降」を「平成14年6月ころ以降」に,それぞれ改める。
(2) 当審における当事者の主張に対する判断
ア 一任売買,適合性原則違反及び過当取引について
(ア) 1審原告は,Bの方から本件株式取引を推奨したという経緯,1審原告がその当初に2000万円という一括資金を預託したこと,1審原告が,本来は株式取引を好まず,かつ,その素人であること,本件株式取引の対象となった銘柄中には,一般にほとんど知られていない銘柄が多く,このような株式の売買が1審原告の主導によって行われるとは考えがたいこと,Bが1審原告に対してその会社の業務内容,株式価格の推移,今後の見通しについての具体的な根拠等の情報を伝えていなかったこと,1審原告がBの勧誘・推奨をすべて受け入れていたこと等の諸事情に照らすと,本件株式取引が「一任売買の合意」の下で開始されたと理解するのが相当であるし,仮に同合意まで認定できないとしても,「取引の主導性」はBにあり,「実質的な一任売買」であったというべきである旨主張する。
しかしながら,Bが1審原告の個別の事前承諾なしに株式の売買を行ったことがあるとは認められず,1審原告とBとの間で一任売買の合意が成立したとは認められないし,本件株式取引が実質的な一任売買であったともいえないことは,原判決の前記説示のとおりである。
なお,本件株式取引において,銘柄の選定がBの主導によって行われ,1審原告はBの判断を受け入れる形で個々の売買をしていたことは,1審原告の指摘するとおりである。
しかし,銘柄の選定がBの主導によって行われたからといって,直ちに違法な「実質的な一任売買」と評価されるものではないというべきであるところ,前記のとおり,Bは,1審原告が購入した個々の株式の価格が10%以上値下がりする危険が生じた時点において,1審原告に対し,速やかにその旨を連絡すべき信義則上の義務を負っていたものであって,Bが同連絡義務をきちんと履行していれば,1審原告が不測の大きな損失を被ることはなかったといえるから,1審原告が指摘する点は,本件株式取引が実質的な一任売買であったとはいえないとの上記の判断を左右しない。
また,この点に関する1審原告のその余の主張も,上記判断を覆すに足りるものではない。
(イ) 1審原告は,素人であるという1審原告の投資属性と,半年か1年程度で1200万円のうちの相当部分を回復したいとの1審原告の投資意向を踏まえて,それに適合した株式取引が勧誘・推奨されなければならなかったところ,本件株式取引については,上記の諸事情が存するほか,不必要な「短期回転売買」がされており,同投資意向に適合した投資手法とはいえないから,適合性原則に違反している旨主張する。
しかしながら,1審原告が10%を超える値下がりを好まないとの意向を示していたため,Bは,同意向に応じて,高率での値上がりや値下がりがない時点で,1審原告に対し,株式の売却を勧誘していたのであり,その結果として売買の回転率や手数料化率が高くなるのは当然であるから,そのことを理由として本件株式取引が1審原告に適合しないものであったといえないことは,いずれも原判決の上記認定・説示するとおりである。
そして,上記(ア)のとおり,Bが連絡義務をきちんと履行していれば,1審原告が不測の大きな損失を被ることはなかったことに照らしても,適合性原則違反といえないとの上記判断は相当というべきである。
したがって,1審原告の上記主張は採用することができないし,この点に関する1審原告のその余の主張も,上記判断を左右しない。
(ウ) 1審原告は,上記諸事情のほか,資金回転率が4.48回/年であることに照らすと,本件株式取引は,「取引の主導性」のほか,「取引の過度性」の要件をも満たしているといえるから,「過当取引」に当たる旨も主張するが,同主張についても,上記(イ)と同様の理由により採用することはできない。
イ 本件第2合意の成否について
1審原告は,1審原告とBとの間で本件合意が成立したものであり,コンピューターや計算ソフトを使用すれば,本件合意を実行するための計算をすることは難しいことではないから,この点は本件第2合意を認定する妨げとなるものではない旨主張する。
しかしながら,法律上の合意としての本件第2合意が成立したとはいえないことは,原判決の説示するとおりであり,1審被告にとって,顧客は1審原告1人ではなく,ある特定の顧客のために,多数の株式の株価や投資金額の推移等を常時監視して10%を超える値下がりが生じたか否かを逐一判断する義務を担当者に課するような合意が成立したとは,到底認められないから,この点からしても,1審原告の上記主張は採用することができない。
ウ 信義則上の危険連絡義務違反について
(ア) 1審被告は,1審原告において,本件株式取引を始めるにあたり,購入した株式につき10%を超えて値下がりが生じないうちに,Bが1審原告に連絡をした後,速やかに売却をするなどの適切な措置をとることを希望し,Bも1審原告の同希望を認識していたというような事実はなかった旨主張する。
しかしながら,本件3投信について同様のやり取りがあったと認められることは,前記1,2に認定したとおりであり,同事実に照らしても,本件株式取引についても上記のようなやり取りがあったと認定した原判決の判断は,相当というべきである。
したがって,1審被告の上記主張は採用することができない。
(イ) 1審被告は,Bが,平成14年5月以降も,1審原告との交渉が決裂した平成15年2月まで,1審原告に対し,少なくとも1か月に1度の割合で直接面談した際や,電話により,口頭で保有株式の現状価格を報告していたのであって,そのことは平成14年10月2日の1審原告のBに対するメール(乙52)からも容易に窺い知ることができる旨主張し,Bは同旨の供述(当審提出の乙78)をする。
しかしながら,Bが,1審原告に対し,同年6月ころ以降に,上記連絡義務を履行したとは認められないことは,原判決の認定・説示するとおりであり,Bの陳述書(乙61)には同旨の記載がないことに照らすと,当審におけるBの上記供述は容易には採用できないし,同メールも,1審被告の上記主張事実を認めるに足りるものとはいえない。
したがって,1審被告の上記主張は採用することができない。
(3) そして,本件株式のうち,「トレンドマイクロ」(原判決別紙「株式取引状況」のNo19。購入単価3570円)及び「ビー・エム・エル」(同No20。購入単価3550円ないし3600円)については,平成14年5月末日時点の株価が,「トレンドマイクロ」につき3680円(約3%の値上がり),「ビー・エム・エル」につき3500円(約1ないし2%の値下がり)であり,Bが上記(1)の信義則上の連絡義務を履行しなくなった同年6月ころ以降に,10%以上の値下がりの状態となったことが認められる(乙49の3)から,同連絡義務違反があったというべきである。
他方,「プロトコーポ」(上記「株式取引状況」のNo14。購入単価1800円)及び「伊藤忠テクノ」(同No18。購入単価5990円)については,Bが同連絡義務を履行していた同年5月末日時点の株価が,「プロトコーポ」につき1030円(約42%の値下がり),「伊藤忠テクノ」につき5090円(約15%の値下がり)であって,いずれも既に10%以上の値下がりの状態となっていたことが認められる(乙49の3)から,同連絡義務違反があったということはできない。
また,その余の本件株式についても,前記前提事実のとおり,Bが同連絡義務を履行していた同年5月末日までに全て売却済みであったことが認められるから,同連絡義務違反があったということはできない。
4 1審原告の損害額
(1) 本件3投信について
9月4日メールが1審原告に送信された時点において,1審原告には1477万3460円の損失が生じており,購入価格の1割である1162万3822円を超える額は314万9638円であったこと,その後,本件3投信が売却された平成15年5月30日までの間に,1審原告には4791万5966円の損失が生じたことは,いずれも原判決「事実及び理由」欄第3「当裁判所の判断」のⅥの1(原判決24頁18行目から25頁11行目まで)に認定するとおりであるから,これを引用する。
そうすると,本件3投信に係る1審原告の損害額は,上記の各損失額を合計した5106万5614円であると認められる。
(2) 本件株式取引について
前記3(3)のとおり,本件株式取引のうち,前記連絡義務違反があったといえるのは,「トレンドマイクロ」(前記「株式取引状況」のNo19)及び「ビー・エム・エル」(同No20)のみであるところ,前記前提事実によれば,それらによる1審原告の損害額は,次のア及びイを合計した593万8100円であると認められる。
ア トレンドマイクロ
単価3570円で2000株を購入し,単価1990円でその全部を売却したのであるから,1審原告の損失額は316万円であり,購入価格の1割である71万4000円を超える額は,244万6000円である。
イ ビー・エム・エル
単価3550円で100株,単価3560円で200株,単価3570円で100株,単価3580円で400株,単価3590円で700株,単価3600円で500株をそれぞれ購入し,単価1480円でその全部を売却したのであるから,1審原告の損失額は420万9000円であり,購入価格の1割である71万6900円を超える額は,349万2100円である。
5 相当因果関係及び過失相殺
(1) 本件3投信について
ア 1審原告の前記4(1)の損害のうち,平成12年9月4日までに発生した314万9638円については,Bが前記連絡義務と相当因果関係のある損害であること,その後に発生した4791万5966円についても,Bが前記連絡義務を履行しないうちに10%を超える値下がりが生じていたため,価格の回復を待っている間に逆に損失額が拡大したものであって,同損害も同連絡義務違反を原因の一つとして発生したものと認められるから,同義務違反と相当因果関係のある損害であると解するのが相当であること,同314万9638円については,過失相殺をすべきでないこと,他方,同4791万5966円については,Bから連絡を受けた後に,1審原告が自ら本件3投信を売却しないとの判断をした結果として発生したものであることに照らし,8割の過失相殺をするのが相当であり,同過失相殺後の損害額は958万3193円であること(円未満切捨)は,いずれも原判決「事実及び理由」欄第3「当裁判所の判断」のⅦの1(原判決26頁11行目から27頁9行目まで)に認定するとおりであるから,これを引用する。
イ 当審における当事者の主張に対する判断
(ア) 相当因果関係について
1審被告は,Bは9月4日メールの送信をもって同連絡義務を履行したのであるから,その後の保有の継続と売却は,1審原告自身の意思と判断に基づくものであって,その売却の結果として発生した損失まで,1審被告が負担しなければならない理由はない旨主張する。
しかしながら,同日以降に発生した1審原告の損害も,同連絡義務違反及び1審原告の過失を原因として発生したものと認められるから,同義務違反と相当因果関係のある損害であると解するのが相当であることは,上記アのとおりであり,1審被告の上記主張は,同判断を左右するものとはいえない。
(イ) 過失相殺について
他方,1審原告は,前記の平成12年11月のやり取りを受けて,本件3投信を売却しないこととした1審原告の判断は,素人なりによく考えた結果であって,通常一般人の行動基準から見れば,何ら落ち度があると評価されるべき点はないから,過失相殺をすべきでない旨主張する。
しかしながら,同年9月4日以降に発生した1審原告の損害については8割の過失相殺をするのが相当であることは,上記アのとおりであるから,1審原告の上記主張は採用することができない。
(2) 本件株式取引について
ア 前記認定事実によれば,1審原告の前記4(2)の損害は,Bが前記連絡義務を履行しないうちに10%を超える値下がりが生じていたため,価格の回復を待っている間に逆に損失額が拡大したものであって,同連絡義務違反を原因の一つとして発生したものと認められるから,同義務違反と相当因果関係のある損害であると解するのが相当である。
また,前記3(3)認定のとおり,平成14年5月末日時点における株価は,トレンドマイクロが3680円,ビー・エム・エルが3500円であって,購入単価と比較してほとんど値下がりしていなかったこと,他方で,証拠(当審提出の甲48の11及び18)によれば,それらの銘柄は,いずれも東証1部上場会社のものであったことが認められるから,1審原告が独自にそれらの株価を知ることは比較的容易であったと解されること,原判決認定のとおり,それにもかかわらず,1審原告は,同年6月ころ以降,Bに対して何らの問合せをすることもなく放置していたことに照らすと,本件株式取引についての賠償額を算定するにあたっては,4割の過失相殺をするのが相当であり,そうすると,同過失相殺後の損害額は356万2860円(前記4(2)の593万8100円×0.6)となる。
イ 当審における当事者の主張に対する判断
(ア) 相当因果関係について
1審被告は,1審原告自身の意思と判断に基づいて保有し続けた本件株式について,その売却の結果として発生した損失を,Bの連絡義務違反と相当因果関係のある損害と認めることは誤りである旨主張する。
しかしながら,1審原告の前記4(2)の損害は,同連絡義務違反及び1審原告の過失を原因として発生したものと認められるから,同義務違反と相当因果関係のある損害であると解するのが相当であることは,上記アのとおりであり,1審被告の上記主張は,同判断を左右するものとはいえない。
(イ) 過失相殺について
1審原告は,そもそも,本件株式取引が,それに相応しい知識を有しない1審原告に代わり,Bが実質上すべてを決定し,誘導するやり方で遂行されたものであったのに,1審被告は,1審原告との紛争が顕在化したことによる方針の転換によって,故意に,この誘導を放棄し,これがため,同月以降,全く取引が行われなくなったのであって,これによる損失の責任の一端が1審原告にあるとの評価は相当でないから,過失相殺をすべきでない旨主張する。
他方,1審被告は,本件株式取引については,当事者間の交渉において,1審原告からクレームが付けられたことは一切なかったのであり,また,1審原告は,株式の一般的な市況については,報道等によって当然に認識していたはずであるのに,その点についてBらに何らの問合せをすることもなく放置していたのであり,そうであるにもかかわらず,1審被告に6割もの過失を認めるのは相当でない旨主張する。
しかしながら,4割の過失相殺をするのが相当であることは,上記アのとおりであり,1審原告及び1審被告の上記各主張は,いずれも採用することができない。
(3) 認容額
上記(1)アの314万9638円及び958万3193円と,(2)アの356万2860円の合計額は,1629万5691円であるところ,これに相当と認められる弁護士費用160万円を加えると,認容額は1789万5691円となる。
6 以上によれば,1審原告の請求は,不法行為(使用者責任)に基づいて,上記の1789万5691円及び前記遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余の請求は理由がないから,これと異なる原判決は,その限度で変更を免れない。
よって,1審被告の本件控訴に基づき,原判決を本判決主文第1項(1)(2)のとおり変更し,また,1審原告の本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 菊池徹 裁判官 細島秀勝)