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大阪高等裁判所 平成17年(ネ)1999号 判決 2006年3月17日

大阪市●●●

控訴人・被控訴人

●●●(以下「1審原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

三木俊博

大阪市中央区本町三丁目2番11号

控訴人・被控訴人

岡藤商事株式会社(以下「1審被告」という。)

同代表者代表取締役

●●●

同訴訟代理人弁護士

●●●

●●●

主文

1  1審原告の本件控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

2  1審被告は,1審原告に対し,8402万0930円及びこれに対する平成15年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  1審原告のその余の請求をいずれも棄却する。

4  1審被告の本件控訴を棄却する。

5  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを10分し,その1を1審原告の負担とし,その余を1審被告の負担とする。

6  この判決は,2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  1審原告の控訴について

(1)  1審原告

ア 原判決を次のとおり変更する。

イ 1審被告は,1審原告に対し,9495万0930円及びこれに対する平成15年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

ウ 訴訟費用は,第1,2審とも1審被告の負担とする。

(2)  1審被告

ア 本件控訴を棄却する。

イ 控訴費用は1審原告の負担とする。

2  1審被告の控訴について

(1)  1審被告

ア 原判決中,1審被告敗訴部分を取り消す。

イ 上記アに係る1審原告の請求を棄却する。

ウ 訴訟費用は,第1,2審とも,1審原告の負担とする。

(2)  1審原告

ア 本件控訴を棄却する。

イ 控訴費用は1審被告の負担とする。

第2事案の概要

1  事案の要旨

(1)  1審原告の請求の要旨

1審原告は,1審被告に対し,1審被告による適合性原則違反,説明義務違反,断定的判断の提供等の違法な勧誘に基づいて行った商品先物取引(1審原告が1審被告に委託して行った取引を,以下「本件取引」という。)によって損害を被ったと主張して,債務不履行(民法415条)ないし不法行為(民法715条,709条・710条)による損害賠償請求権に基づき9495万0930円(①1審原告が本件取引のために支払った合計1億2058万0600円から1審被告より返還を受けた4407万9070円を控除した残額7650万1530円の実損のうち7632万0930円,②慰謝料ないし制裁的賠償〔懲罰的損害賠償〕1000万円,③弁護士費用863万円)の損害賠償及びこれに対する不法行為後である平成15年9月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(上記の各請求は,選択的併合の関係に立つ。)。

(2)  訴訟の経過

ア 原審裁判所は,1審原告の不法行為に基づく損害賠償請求を6730万1224円及びこれに対する平成15年9月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,1審原告のその余の各請求をいずれも棄却した。

イ これに対し,1審原告が上記第1の1(1)のとおりの裁判を,1審被告が同2(1)のとおりの裁判を,それぞれ求めて控訴を提起した。

2  争いのない事実等(証拠の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

ア 1審原告は,本件取引開始当時54歳(昭和23年1月生まれ)の独身女性で,肩書住所地において母親の●●●と二人で暮らしている。

イ 1審被告は,商品先物取引の受託を業として営む「商品取引員」である。本件取引を取り扱ったのは,1審被告の「大阪本店」であり,本件取引に関与した1審被告の役員ないし従業員は,新●●●本店長(常務取締役。以下「新●●●」という。),諸●●●副店長(以下「諸●●●」という。),大●●●次長(以下「大●●●」という。)などである。

(2)  本件取引

1審原告(商品取引所法にいう「一般委託者」に当たる。)は,平成14年12月17日から平成15年8月7日までの間に,1審被告に委託して,原判決添付の別紙「建玉分析表」のとおり(ただし,同別紙1枚目のNo.11に対応する「約定日付」欄の記載を「2003/1/17」に改める。以下同じ。),本件取引を行った。

本件取引に関しては,1審原告と1審被告との間において,原判決添付の別紙「本件取引の売買損益及び金銭授受関係」記載のとおり金銭の授受がされた。すなわち,1審原告は,本件取引により,1審被告に支払った合計1億2058万0600円(平成15年6月20日の合計18万0600円の支払については甲1により認められる。)から1審被告より受領した合計4407万9070円を控除した7650万1530円の損失を被った。

3  争点

(1)  1審被告の1審原告に対する債務不履行責任又は不法行為責任の有無(なお,1審原告は,下記アないしキの違法事由が一連・一体のものとして債務不履行及び不法行為となると主張している。)。

ア 適合性原則違反

イ 説明義務違反

ウ 一任売買

エ 断定的判断の提供による勧誘

オ 新規委託者保護義務違反

カ 両建て勧誘

キ 過当取引

(2)  損害額(過失相殺を含む。)

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(1審被告の1審原告に対する債務不履行責任又は不法行為責任の有無)について

ア 争点(1)ア(適合性原則違反)について

(1審原告の主張)

(ア) 大●●●ら1審被告の役員ないし従業員は,商品取引所法(本件取引当時のもの。以下,関係法令や自主規制については,特に断らない限り同じ。)136条の17(誠実公正義務),同条の25第1項4号,日本商品先物取引協会の「受託等業務に関する規則」(以下「受託等業務に関する規則」という。)」3条(適合性の原則)及び受託者の善管注意義務(契約締結過程にも準用)に基づき,1審原告に対し,1審原告の投資知識・経験,投資目的,投資資力等を十分に把握し,それらに適合した投資勧誘を行うべき業務上の注意義務(適合性原則遵守義務)を負っていた者である。

(イ) 1審原告は,母と二人暮らしの退職勤労者であり,本件取引以前は,先物取引の知識・経験が全くなく,その保有資産・資金は老後生活の安定(基盤形成)のためのものであり,資産・資金の安全かつ有利な運用を指向しこそすれ,決して投機的な資金運用を目的とはしておらず,また,投機行為に振り向けうる資産・資金を保有しておらず,それに必要な経済的判断力も有していなかった。それにもかかわらず,大●●●ら1審被告の役員ないし従業員は,これらの諸事情を無視し,商品投資信託の説明を求め,その購入希望を表明したにすぎない1審原告に対し,投機性が極めて高く,1審原告には適合しない,いわゆる「さや取引」(同種商品間の異常な価格差あるいは収れん性〔収まるところに収まる性質〕のある異種商品の異常な価格差が,長期でない期間内に正常な価格差に戻る必然性を利用し,ポジション〔建玉〕を必ずスクエア〔売り買い同量〕で売買する取引)を含む商品先物取引(本件取引)を行うことを勧誘した。

大●●●らが,前記の諸属性を有する1審原告を本件取引に誘い込んだこと自体が適合性原則遵守義務に違反する行為である。

(1審被告の主張)

(ア) 1審原告は,当初,1審被告側からの勧誘ではなく,新聞広告によって1審被告の梅田支店が商品ファンドの販売をしていることを知り,自ら同支店に出向いて商品ファンドがどのようにして利益を上げるかその仕組みを尋ねた。これに対し,商品ファンド担当の1審被告従業員は,例えば春ころであれば,秋口,冬にかけて灯油が値上がりする買建てをし,その反面,ガソリンは秋口から冬にかけて過去の相場では値下がりをしているから,売建てを行い,春には灯油は値下がりするから売建てをし,ガソリンは値上がりをするので買建てをするというような方法をとっている旨を説明した。1審原告は,資金は500万円以上所持しているが,これを定期預金にしても利息はわずかであるとして,運用成績で高収益を挙げている商品ファンドを購入する意向を示すとともに,上記のとおり商品ファンドの運用方法を聞いて,自らが直接商品先物取引をしたいとの意向をも示し,1審被告従業員から1審被告大阪本店の大●●●を紹介されて,大●●●から商品先物取引の概要の説明を受けた。1審原告は,潤沢な資金を背景として,より短期間のうちに利益を挙げることを意図して,商品ファンドだけでなく,積極的に商品先物取引に取り組んでいたものである。

(イ) 上記(ア)のような経緯や,1審原告は本件取引以前にも株取引等の投資経験を有していたこと(大●●●はその旨の証言をしている。また,上記(ア)の経緯や1審原告と大●●●との打合せが,1審原告の指定により,いずれも高級ホテルで行われたことに照らせば,1審原告が過去に証券会社等から頻繁に接待を受けた経験があり,投資経験を有していたことが強く推認されるというべきである。)からすれば,1審被告側に適合性原則に違反するような行為はない。

イ 争点(1)イ(説明義務違反)について

(1審原告の主張)

(ア) 1審原告は,商品先物取引の知識・経験及びそれに必要な経済的判断力を持っていなかったのであるから,大●●●ら1審被告の役員ないし従業員は,商品取引所法136条の19,受託等業務に関する規則5条1項4号(説明義務)及び受託者の善管注意義務(契約締結過程にも準用)に基づき,商品先物取引の仕組みとその危険性について「商品先物取引・委託のガイド」を提示しつつ分かり易く説明するとともに,一定の投資方針(投資手法)を提案・勧誘するのであれば,その仕組みと危険性についても分かり易く説明して,いずれについても1審原告の十分な理解を得なければならない義務(説明義務)を負っていたものである。

(イ) ところが,大●●●ら1審被告の役員ないし従業員は,1審原告に対し,1審原告が商品先物取引について十分に理解を得られるような分かり易い説明ではなく,「商品先物取引・委託のガイド」を単に交付しただけに等しいようなおざなりで通り一遍の説明を行ったにすぎなかった。また,1審被告の役員ないし従業員は,1審原告に対し,いわゆる「さや取引」である石油系の商品先物取引の勧誘については,「年末年始にかけて,イラク戦争(アメリカ合衆国のイラクへの軍事攻撃)が開始される可能性が高く,その関連で,今がガソリン・灯油・原油の先物取引を開始するチャンスである。」と強調した上,「単品での先物取引にはリスクがあるが,ガソリンに灯油や原油を組み合わせて『両建て』にするとリスクは低くなる。その『両建て』の価格差が「開いたり」「縮んだり」するので,それをうまく利用する。」と述べるだけで,それ以上に分かり易い説明をすることも,取引の具体的な危険性に言及することもなく(1審被告作成の「価格差を利用した取引」と題する書面〔甲57〕を1審原告に交付することもなかった。),かえって,「専門家である担当社員に任せてもらえれば,様々な情報の下で取り組んでいくので,何も心配は要らない。」と申し向けたものである。そのため,1審原告は,「さや取引」を含む商品先物取引につき十分な理解を欠いたまま本件取引を行ったものであり,大●●●らの1審被告役員ないし従業員には,1審原告に対する説明義務違反がある。

(1審被告の主張)

(ア) 大●●●は,1審原告に対し,本件取引に先立ち,商品先物取引は投機取引であるため,利益を得ることはあるが,予測に反した場合は損をすることもあることや,特に建玉が損勘定となったときにはどのように対処すればよいかなど「商品先物取引・委託のガイド」に基づいて十分に説明し,1審原告もそれを理解していた。

(イ) また,1審被告の役員ないし従業員は,1審原告に対し,8か月の間,約30回にわたって「お取引明細書」を持参するとともに,その都度,同明細書に基づいて1審原告の建玉の状況につき説明し,今後の方針について1審原告と打合せをしていた。

なお,「さや取引」は投資する複数銘柄の過去の価格差の動きに着目して分散投資を行うことによってリスクの軽減を図ることを特色とする取引にすぎず,投資取引における基本的な手法であって,一般人にも十分に理解できる内容である。そして,1審原告は,1審被告の役員ないし従業員から十分な説明を受けた上で「さや取引」の経験を積んだもので,本件取引の結果は1審原告の自己責任に属する問題である。

(ウ) したがって,1審被告側に,1審原告に対する説明義務違反はない。

ウ 争点(1)ウ(一任売買)について

(1審原告の主張)

(ア) 1審被告の役員ないし従業員は,受託契約準則6条(売買指示)に基づき,売買取引を受託する際には,その都度,委託者から売買数量・指定価格とその有効期限などの所定事項を特定した指示を受けなければならないとされる。委託者から具体的内容の売買指示を受けないで売買注文を受託し,これを執行することは商品取引所法136条の18第3号に違反するものであり,当然,そのようなことを1審被告から委託者に勧誘することは許されない(一任売買の禁止)。

商品取引における売買判断,つまり,投資判断は,本来,委託者が行うべきものであるが,実質的には商品取引員(その従業員)が行っていると評価される事実状態を事実上の一任売買といい,恒常的に,商品取引員が特定の売買取引を勧誘し,顧客である一般投資家がそれに追従して,上記勧誘に係る特定の売買取引を応諾している事実状態もこれに当たる(最高裁判所平成7年7月4日第三小法廷判決・判例集不登載〔甲21の1〕参照)。このような事実上の一任売買が生じるのは,商品取引員(その従業員)は「専門事業者」として公的許認可を受けていることを標榜していることに加え,取引勧誘に当たってそのことを強調してその勧奨に従うように働きかけ,顧客である一般投資家も投資知識・経験・情報とその分析力に圧倒的格差があることから,その「専門性」を信頼してそれに依存しようとし,その結果,商品取引員(その従業員)の勧奨に追従することになるからである。

商品取引所法136条の18第3号の趣旨目的に照らして,明示の合意に基づく場合に限らず,黙示あるいは推定的合意に基づく場合や事実上の一任売買の場合も禁止されるのである(事実上の一任売買・同勧誘の禁止)。

(イ) 争点(1)イについての1審原告の主張(イ)に照らし,大●●●ら1審被告の役員ないし従業員が,本件取引において一任売買(あるいは事実上の一任売買)を行ったことは明らかである。

(1審被告の主張)

1審被告は,1審原告に対し「お取引明細書」を持参するとともに,1審原告との間で今後の方針につき打合せをしているし,平成15年2月に入ってからは,1審原告の要望によって連絡を密にするため,1審被告が費用を負担して携帯電話を1審原告に買い与えている。1審被告は,個々の取引の都度,1審原告から取引の受託を受けており,一任売買を行ったことは一度もない。

エ 争点(1)エ(断定的判断の提供による勧誘)について

(1審原告の主張)

(ア) 商品取引所法136条の18第1号は,商品取引員が,委託者に対して,「利益が生ずることが確実であると誤解されるべき断定的判断を提供して,その委託を勧誘すること」を禁止している。

(イ) 大●●●は,1審原告に対し,平成14年12月中旬から平成15年1月中旬にかけて,イラク戦争(の可能性の高まり)に関連して「金(地金)が値上がりする。金(地金)の先物取引に参加すればさらに利益が得られる」と申し向けて取引を勧誘し,金(地金)先物取引を受託した。

また,大●●●は,1審原告に対し,平成15年2月下旬から3月中旬にかけて,「2~3か月の短期間で,2~3割の利益を得られる」等と申し向けて,石油類商品及び貴金属類商品の取引への追加投資を勧誘し,それらの先物取引を受託した。

すなわち,大●●●は,上記のような言動により,1審原告に利益が生ずることが確実であると誤解をさせたものであり,そのような大●●●の行為は,1審原告に対する断定的判断の提供による勧誘に該当する。

(1審被告の主張)

大●●●が,1審原告に対し,平成14年12月から平成15年1月中旬にかけてイラク戦争の可能性があるから金が値上がりするであろうと相場の予測を述べたことはあるが,湾岸戦争が始まった際の金の相場推移(過去の相場推移)に基づいて,将来の相場予測を告げたものにすぎず,断定的判断を提供したものではない。

オ 争点(1)オ(新規委託者保護義務違反)について

(1審原告の主張)

(ア) 大●●●ら1審被告の役員ないし従業員は,商品取引所法136条の17(誠実公正義務),同条の25第1項4号(適合性の原則),受託等業務に関する規則3条及び日本商品先物取引協会の「受託業務管理規則制定に係るガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)5項(未経験者等の取引に係る管理措置)の趣旨目的並びに受託者の善管注意義務,さらには裁判例に基づき,新規委託者への勧誘と受託に当たっては,新規委託者が未だ先物取引に習熟していない段階にあることから,未熟さ故の不測かつ多額の損失を被ることを防止するため,少なくとも取引当初の最低3か月程度は,受託枚数を多くとも20枚以内に抑制して,同委託者の保護を図るべき業務上の注意義務を負っていたものである(新規委託者保護義務)。

(イ) 大●●●ら1審被告の役員ないし従業員は,1審原告が新規委託者であるにもかかわらず,1審原告を誘導して,本件取引の当初(平成14年12月17日)から石油系3商品で合計100枚もの建玉を行い,平成15年1月17日には金(地金)で200枚の建玉を行い,石油系貴金属系商品の合計では建玉を290枚とした。その後,同年1月31日時点では,石油系100枚,金(地金)400枚の合計500枚に建玉を増加させた。さらに,同年2月末の時点では,建玉を,石油系100枚,金と白金(貴金属系)で580枚の合計680枚とし,同年3月末時点では,石油系180枚,貴金属系1080枚の合計1260枚とし,当初の建玉から僅か3か月強の間に,1000枚を優に越すまで(投資金額1億2000万円)に建玉の枚数を増加させた。以上のような1審被告の役員ないし従業員の行為は,新規委託者保護義務に著しく反する違法行為である。

(ウ) なお,既に主張したような本件取引の経過等に照らせば,1審被告においては,受任者の善管注意義務(民法644条)に照らし,1審原告が商品先物取引のリスクについて誤解して上記(イ)のような建玉をしているのではないかと疑い,1審原告に対し,建玉について再考を促すべきであったのに,これを怠っていたというべきであって,このような観点からも,上記(イ)のような1審被告側の態度は,新規委託者保護義務違反に当たるというべきである。

(1審被告の主張)

(ア) 新規委託者からの受注措置に関する規制については法令上に規定はなく,自主規制(受託等業務に関する規則,ガイドライン)に委ねられている。そして,自主規制の在り方は,各商品取引員の社内規則に委ねられており,社内規則への委任も,取引期間や建玉数量が明示的に定められているわけではなく,上記ガイドラインの趣旨を踏まえて,各商品取引員が独自に定めることが求められている。

もっとも,社内規則が不十分であったり,変更が必要な場合には,日本商品先物取引協会からの指導勧告等の措置がとられることになるが(受託等業務に関する規則9条),1審被告がこのような指導勧告等を受けたことはない。

(イ) したがって,1審原告の主張(ア)には,合理的な根拠はないというべきである。

1審被告は,社内規則(受託業務管理規則)に従って受注措置を行っており,かつ,1審原告のための本件取引開始から3か月間では900万円を超える確定利益をあげている。1審被告に新規委託者保護義務違反はない。

(ウ) 1審原告が大きな資金を追加して取引を拡大したのは,商品取引に対する知識や理解が深まったからであり,商品先物取引のリスクについて誤信があったからではない。また,その点を置くとしても,1審被告には,1審原告に対して建玉について再考を促すべき法的義務などない。

カ 争点(1)カ(両建て勧誘)について

(1審原告の主張)

(ア) 買建玉と売建玉を同時に保有する「両建て」は,一般委託者にとって,緊急避難的な場合を除き有害無益である。すなわち,「両建て」は,緊急避難的な場合や,一般委託者がそのような「両建て」の性質を理解しながらあえてこれを行う場合を除き,許容されないものである。1審被告の役員ないし従業員は,1審原告に対し,商品取引所法136条の17(誠実公正義務),同法施行規則46条11号(あるいはその準用。両建て禁止)及び受託者の善管注意義務に基づき,一般委託者である1審原告を「両建て」に勧誘してはならない義務を負っていた(両建て勧誘回避義務)。

また,商品取引所法136条の18第5号,同法施行規則46条11号は,文言上,商品・数量・限月を同一とする「両建て」に関するものであるが,類似商品を用いたり,数量や限月に若干の差を持たせるなど,商品・数量・限月を違えた「両建て」は,上記法規制の脱法を図るものであり,また,これが一般委託者にとっては有害無益であることは,商品・数量・限月が同一の両建てと同様である。したがって,1審被告の役員ないし従業員は,商品・数量・限月を違えた「両建て」(脱法的な両建て)にも1審原告を勧誘してはならないというべきである。

(イ) それにもかかわらず,大●●●ら1審被告の役員ないし従業員は,1審原告を誘導し,貴金属系商品において計41回の両建て行為を行わせた(建玉行為としての両建て。なお,本件取引中の貴金属系商品における異限月の「両建て」は,異限月の商品間の価格差の伸縮を利用する取引方法である「さや取り」の意図をもって建玉されたものではない。)。のみならず,大●●●ら1審被告の役員ないし従業員は,これらを「同時両建て」(買建玉と売建玉とを同時に建てること),「常時両建て」(取引が常時両建ての状況になっていること),「(両建て下での)因果玉の放置」(引かれ玉〔含み損を抱えた建玉〕を手仕舞いせずに含み益の生じた反対建玉を仕切り,短日時の間に再び反対建玉を行うこと)として反復継続させたものである(両建て勧誘回避義務違反)。

(1審被告の主張)

商品取引所法136条の18第5号,同法施行規則46条11号は,同一商品の同一限月,同一数量について売りと買いを同一にすることを勧めることを禁止しているにすぎない。

1審原告は,貴金属系商品に計41回の両建件数があると主張するが,正しくは,金が8回,白金が9回の合計17回にすぎない。また,そのほとんどが異限月のもので,限月間の価格差を利用した取引(いわゆる「さや取引」の一つ)であり,例えば,金及び白金の取引開始時の売建玉及び買建玉をみると,いずれも利益がでている。

キ 争点(1)キ(過当取引)について

(1審原告の主張)

(ア) 大●●●ら1審被告の役員ないし従業員は,1審原告に対し,商品取引所法136条の17(誠実公正義務),同条の25,受託等業務に関する規則3条(適合性の原則),受託者の善管注意義務及び忠実義務(利益相反回避義務)に基づき,1審原告を誘導して,短期・頻回・大量の売買取引を無意味に行わせることで1審被告が多額の手数料を稼ぎ出し,その一方で1審原告に多額の損失を被らせる状態が生じることを回避すべき業務上の注意義務を負っていた(過当取引回避義務)。

(イ) そして,①当該顧客の適合性(あるいは,投資属性,その知識経験・資産・判断能力・意向目的),②取引の過度性(①に照らして大量頻繁等と言えるかどうか),③取引の主導性(どちらが主導性を持っていたか)の3要件(上記①と②とを「過当性の要件」としてまとめれば2要件)が充足されれば,当該取引は違法な過当取引に当たるというべきである。

大●●●らの1審被告の役員ないし従業員は,①1審原告には先物取引の知識経験・経済的判断力がないにもかかわらず,②僅か8か月間に,石油系3商品・貴金属系2商品の計5商品にわたって,総売買回数(建て,落ち各1回)440回,総売買枚数6091枚,保有期間30日以内の売買取引が全体の約60%,特定売買比率68.2%といった短期・頻回・大量で不合理な売買取引を行い,1審原告には7657万6530円の損失をもたらす一方で,1審被告において5305万8600円もの手数料収入を獲得するという過度な取引を行い(手数料化率69.3%。なお,総経費率72.8%,損益均衡点利回りも年率69.4%という異常な数値である。),③しかも,その取引は,1審原告が大●●●らを専門家として信頼していることに乗じて,1審原告を誘導して行われたものである。したがって,大●●●ら1審被告の役員ないし従業員が,過当取引回避義務に違反したことは明らかである。

仮に,違法性の要件として取引の悪意性(商品取引員が顧客の信頼を濫用して自己の利益を図ったこと)が必要であるとしても,本件においては優にその要件も満たされるというべきである。

(1審被告の主張)

(ア) 1審原告は,自己の資金を銀行預金にして僅かな利息を得ることや,上記資金で商品ファンドを購入して利回り配当を得ることだけで満足せず,大●●●の勧誘はあったものとはいえ,短日時の間に利益を挙げようとして商品先物取引を始め,平成15年1月から3月末にかけて相場が予測どおり利益勘定となっていたため,自らの判断で委託を増加させた。その後,1審原告の取引は,平成15年5月までは利益勘定となっていたが,同年6月に入って急激に損勘定となったものである。すなわち,本件取引は,違法な過当取引には当たらない。

(イ) 1審原告は,総売買回数(建て,落ち各1回)440回,特定売買比率が68.2%,手数料化率69.3%等と異常な数値であり,過当取引回避義務に違反していると主張しているが,正規の特定売買比率は11.34%,手数料化率に至っては8.2%にすぎない。

(2)  争点(2)(損害額〔過失相殺を含む。〕)について

(1審原告の主張)

ア 実損害

1審原告は,本件取引により,1審被告に支払った合計1億2058万0600円から1審被告より受領した合計4407万9070円を控除した7650万1530円の損失を被った。

イ 制裁的賠償(懲罰的損害賠償)又は精神的損害

1審被告は,1審原告に対し,商品取引所法上は誠実公正義務及び適合性原則遵守義務を,民法上は善管注意義務・忠実義務を,それぞれ負っているにもかかわらず,一貫してこれを無視し,先物取引の知識・経験・判断力のない1審原告を誘導して,僅か8か月の間に5305万8600円もの手数料を稼ぎ出しつつ,1審原告とその母親の老後の生活の基盤資金の過半を奪い取って,1審原告らを失意のどん底に突き落としたものであって,その結果は極めて重大である。

1審被告に関しては,過去10年間で国民生活センターへの消費者相談が378件もあり,相談内容としては,強引な勧誘が第1位を占め,本件と類似した態様のものも多かった。1審被告は,本件以前から同種同様の違法不当行為を行い,また,裁判所からも違法性を指摘されているにもかかわらず,それを防止することを怠り,本件のような違法行為をするに至ったのである。このように同種同様の違法不当行為を反復継続するという1審被告の業務姿勢は,本件における加害行為の違法性の重要な加重事由に当たる。

本件においては,1審被告の悪質な行為に対する制裁的賠償(懲罰的損害賠償)及び1審原告の精神的慰謝のため慰謝料を認容することが不可欠であり,その金額は1000万円が相当である。なお,制裁的賠償については,明文規定はないが,民事訴訟法248条の準用により認められるというべきである。

ウ 弁護士費用

上記ア及びイの損害額合計の10%に当たる金863万円が,1審被告の債務不履行又は不法行為による損害に当たるというべきである。

エ 過失相殺について

前記主張のような1審原告の地位及び能力,1審被告の違法行為の態様等に照らせば,本件は,過失相殺をすべき事案には当たらないというべきである。

(1審被告の主張)

1審原告の主張は,全て争う。

第3当裁判所の判断

1  判断の要旨

当裁判所は,1審原告の請求は,不法行為(民法715条,709条・710条)による損害賠償請求権に基づき8402万0930円(実損害・7650万1530円のうち請求に係る7632万0930円,弁護士費用・770万円)及びこれに対する平成15年9月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり(したがって,これと選択的併合の関係にある債務不履行に基づく損害賠償請求については,上記認容部分の当否を判断する必要がないことになる。),その余の各請求にはいずれも理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

2  事実の認定

前記争いのない事実等,証拠(甲1ないし3,6の1・2,7の1~3,8の1の1・2,8の2の1~3,9の1・2,10,11の1・2,12,13の1・2,16,18,19,32の1・2の各1・2,32の4,32の5の1・2,32の6~8,33,35の1・2,36,41,56ないし58,乙1の1,2の1~5,4の1~38,5の1~8,6,10の2,14,15の1・2,17,18,20,22の1~10,23の1~11,24の1・2,25,26,証人大●●●〔以下「証人大●●●」という。〕,1審原告〔人証はいずれも原審におけるもの。以下同じ。〕。ただし,以下の認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  1審原告の属性,経済状態等

ア 1審原告は,本判決添付の別紙物件目録1記載の土地及び同土地上の同目録2記載の建物(昭和47年11月1日新築。以下「本件建物」という。)を所有している。

また,1審原告は,本件取引や後記商品ファンドへの投資を始める以前は,商品先物取引のみならず,投資信託を含めた証券取引の経験もなく,また,これらの投資取引に関する知識もなかった。

イ 1審原告は,高校卒業後,●●●大学に事務職員として勤務していたが,平成9年5月6日に退職し,その後は,父の遺産である自宅兼用の本件建物(●●●ビル)の一部を賃貸するごく小規模な不動産賃貸業を営んでいた。本件建物は,3,4階が1審原告の自宅であり,1,2階に4店の商業店舗が入居できるようになっているが,現在では,2店舗分の入居者があるだけである。

1審原告は,上記不動産賃貸業により,平成13年は約430万円の所得を得ていたが,その後,上記のとおり2店舗分の空きができ,賃料収入が減少したため,平成14年の所得は,約207万円の赤字となっており,その後も,1審原告の賃料収入は1か月当たり30万円程度しかなく,管理諸経費を差し引くと赤字の状態は継続していた。1審原告は,このように貸しビルについて赤字が出ていることもあって,少しでも利回りがよく,かつ,安定した収益をあげることができる商品を求めていた。

ウ 1審原告は,平成14年7月10日に保険金として1006万8682円の支払を受け,また,平成15年1月28日には父からの相続により取得した土地を売却して1億3765万0500円の代金を得たが,これらの金銭も,本件取引への投資原資となった。

エ 事実認定の補足説明

1審被告は,本件取引の勧誘を受けた当時,1審原告は既に株式取引の経験を有していたなどと主張する。そして,証人大●●●は,1審原告と最初に面談した際に,1審原告から株式取引や投資信託の経験があるとの話を聞いたなどと証言し,また,乙32には,1審原告が平成14年12月13日に1審被告の梅田支店を訪問した際に株式取引をしているという趣旨のことを述べたとの記載がある。

しかし,上記の各証拠には全く客観的な裏付けもないことや,反対証拠(甲35の1,58,乙1の1,13,14,1審原告。特に,1審被告にとって,1審原告に投資経験があるか否かは極めて重要な情報であることが明らかであって,1審被告側が上記のような情報を得ていたのであれば,内部資料である乙13及び14に,株式取引の経験がないとの記載がされているのみで,1審被告の主張に沿うような追記等がされていないばかりか,上記主張に沿う内容を記載した1審被告の内部資料が一切証拠として提出されていないのは不可解というほかない。)に照らし,採用することができない。また,この点に関する1審被告のその余の主張は,何ら客観的な根拠を伴わない単なる憶測というほかなく,到底採用できない。

(2)  受託等業務に関する規則等の規定

ア 受託等業務に関する規則には,次のような規定が置かれている。

(ア) 3条(適合性の原則)

会員は,商品市場における取引について,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる受託等業務を行ってはならない。(1項)

会員は,取引開始後においても,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不相応と認められる過度な取引が行われることのないよう,適切な委託者管理を行うものとする。(2項)

(イ) 5条(禁止行為)1項

会員は,法その他関係法令及び受託契約準則に規定するもののほか,次に掲げる行為を行ってはならない。

知識,経験及び財産の状況に照らして商品市場における取引の参加に適さないと判断される者を勧誘し,受託し,又は委託の取次ぎを引き受けること。(1号)

顧客に対し,取引の仕組み,その投機的本質及び損失が発生する可能性等…(中略)…について,事前交付書面に基づいて説明をしないで勧誘し,受託し,又は委託の取次ぎを引き受けること。(4号)

(ウ) 8条(受託業務管理規則の制定及び届出)

会員は,受託等業務の適正な運営及び管理に必要な事項について,本会が別に定めるガイドラインを踏まえ,社内規則として受託業務管理規則を制定し,これを役員ないし従業員に遵守させなければならない。

イ また,ガイドライン5項(未経験者等の取引に係る管理措置)には次のような規定が置かれている。

委託者の取引意思,取引の経験,資金力,判断力等適格性の審査結果に応じて受託取引数量を制限する等特段の管理措置を講ずること。(2号)

ウ 1審被告は,受託等業務に関する規則及びガイドラインを受けて,受託業務管理規則を定めている。

そして,同規則6条は,適格性の基準として,①未成年者,成年被後見人,被保佐人,被補助人等や恩給・年金等により生計を維持していて余裕資金を持たない者などについては,商品先物取引の委託の勧誘及び受注を行わないとするとともに,②上記①に該当しない者であっても,顧客相談部長が資金力,理解度等からみて商品先物取引を行うにふさわしくないと判断した者等については,同様に委託の勧誘及び受注を行わないとしている。

また,同規則14条は,商品先物取引経験のない新たな委託者からの受注措置として,原則として取引開始後3か月以内は,未決済新規注文の残存枚数を,当初預託金が200万円未満の場合は50枚まで,500万円未満の場合は100枚まで,1000万円未満の場合は200枚まで,1000万円以上の場合は300枚までとし,委託者からこれらを上回る建玉の申出があり,顧客管理担当外務員の管理職が妥当と判断した場合には,審査を受けるべきことを定めている。

(3)  本件取引開始の際の勧誘等

ア 1審原告は,前記のとおり不動産賃貸業が赤字経営に陥っていたことから,自己と母親の老後の生活の安定も念頭において利回りの良い金融商品を探していたところ,商品ファンドに関する1審被告の新聞広告を見て関心を持ち,1審被告から商品ファンドの資料を受領するとともに,平成14年12月13日,1審被告の梅田支店を訪問した。1審原告は,1審被告従業員の中●●●(以下「中●●●」という。)と和●●●(以下「和●●●」という。)から,商品ファンドについて,顧客から集めた資金を先物取引で運用し,運用手法や銘柄を分散させることでリスクの軽減を図り,運用収益の安定性を高めているファンドであり,銀行預金よりは利回りも良いとの説明を受け,銀行預金等ではわずかな金利しか得ることができないこともあって,商品ファンドに興味を持った。そして,1審原告は,帰宅後,和●●●に電話をかけて,商品ファンドに投資することを決め,500万円を投資して(申込みは,平成14年12月14日付け。また,投資資金等は,同月17日に,本件取引の委託証拠金とともに1審被告のもとに持参した。),2年間で約45万円の利益を得た。

イ 1審原告は,上記アのとおり和●●●に電話をした際,和●●●から,「ファンドよりも先物取引の方が利益がいいからこの商品をしたらどうですか。」,「専門の方を紹介します。」などと,商品ファンドのほかに商品先物取引の勧誘も受けたことから,和●●●から言われた「専門」の人間ととりあえず会ってみることにして,平成14年12月14日,母親とともに,和●●●及び大●●●と面談した。

その席で,大●●●は,1審原告に対し,商品先物取引について,価格のグラフやメモ,日経新聞の商品欄等を用いて,①「イラク戦争」が開始される可能性が高く,その関連でガソリン,灯油,原油の先物取引を行うチャンスであること,②「ガソリンと原油の価格差が広がっていたので,ガソリンを売って原油を買う」,「ガソリンと灯油の価格差が縮まっていたので,ガソリンを買って灯油を売る」,というように組み合わせて「両建て」にすること(いわゆる「さや取引」の趣旨)によって,リスクを回避しながら利益をあげるという商品ファンドにおいても用いられている運用方法があり(なお,大●●●は,商品ファンドへの投資額と同じ500万円を投資した場合について話をした。),そのような取引は相場の上げ下げではなく,商品間あるいは市場間の価格の差を取りに行くものであること,③専門家である1審被告の従業員が様々な情報の下で取り組んでいくので,何も知らなくとも心配はいらないことなどを述べて(和●●●もこのような大●●●の説明に同調した。),商品先物取引の勧誘を行った。

その一方,大●●●は,1審原告に対し,商品ファンドは投資顧問に任せて運用をする取引であるのに対し,商品先物取引は1審被告を通じて取引をするものであること,上記のような「両建て」(「さや取引」の趣旨)を行った場合,組み合わせた建玉が両方とも予想と逆の値動きをしたときは,どちらも損失となることも述べるとともに,「商品先物取引委託のガイド」(乙20と同内容のもの。)に基づいて,先物取引の仕組み,ルール,追証,危険性等についてもひととおりの説明はした。

ウ 1審原告は,上記のような大●●●の説明の内容については,十分に理解できてはいなかったが,大●●●らの熱心な勧誘姿勢に加えて,「両建て」(さや取引)がリスクを回避しながら利益をあげる方法であるとか,専門家である1審被告の役員ないし従業員が様々な情報の下で取り組んでいくので何も知らなくとも心配はいらないなどという説明がされていたこともあって,大●●●が説明するような手法による商品先物取引が極めて有利な投資方法であると感じ,取引の危険性については余り気に留めないまま,1審被告に委託して商品先物取引を行うことを決め,大口からの勧誘に従って,石油系の商品の先物取引に1050万円を投資することにして(上記イのような大●●●の話の内容や下記のような口座開設申込書の記載状況に照らせば,1審原告は,当初,商品ファンドに投資した500万円程度を商品先物取引への投資額と考えていたが,大●●●からの勧誘により,これを1050万円に増額したと推認できる。),口座開設申込書(乙1の1)の所定欄に必要事項を記載した。1審原告は,当初,同申込書の「当初投下資金」欄には商品ファンドに投資する予定であった金額を念頭に「500万円以上」(800万円未満)にチェックをし,また,「資産状況」欄には「1000万円以上」(2000万円未満)にチェックをしたが,大●●●からの指摘によりこれらを訂正して,前者については「1000万円以上」(1500万円未満)に,後者については「2000万円以上」(3000万円未満)に,それぞれチェックをし直した。その一方で,1審原告は,「業種」欄及び「役職」欄については,この時点では記入をしなかった。

エ 1審原告は,平成14年12月17日,1審被告の大阪本店に本件取引の委託証拠金として現金1050万円を持参した。その際,1審原告は,大●●●らから,「商品先物取引委託のガイド」を受領するとともに,その内容について再度かいつまんで説明を受けたが,その一方で,石油系の商品の先物取引において,ガソリンを主に灯油や原油を組み合わせてその価格差が開いたり縮んだりすることをうまく利用する「両建て」(いわゆる「さや取引」)を行うことや,専門家である1審被告の担当者が指導するので心配いらないとの説明も併せて受けたこともあって,上記ウの際と同様,商品先物取引の危険性については余り気に留めなかった。

そして,1審原告は,大●●●に対し,本件取引の委託証拠金として上記の1050万円を渡すとともに,大●●●らから求められるまま,1審被告にあてて,先物取引の危険性を理解した上で自己の判断と責任において商品先物取引を行うという趣旨の記載のある「約諾書」(乙2の1)及び「申出書」(乙2の5),損失時の対処を1審原告の判断と責任で行うことを了承するという趣旨の記載のある「建玉が損勘定になった時の対処について」と題する書面(乙2の4。大●●●らからは,同月14日に会った際に説明済みであるとして,具体的な内容の説明はなかった。)を差し入れた(1審原告は,「申出書」については,当初,本文記載のない用紙に1審被告側から提示されたひな型のとおり記載するように言われたが,それを拒否したところ,改めて本文記載のある申出書〔乙2の5〕を示されて署名押印を求められたので,これに応じた。)。また,1審原告は,1審被告のアンケートにも回答したが,これについても,大●●●から言われるがままに,全ての質問について,「理解している」や「知っている」といった項目にチェックをした。さらに,1審原告は,大●●●から説得され,既に提出済みの口座開設申込書(乙1の1)の「業種」欄に「不動産」と,「役職」欄に「代表」と,それぞれ記載した。

大●●●は,1審原告の了承を得て,上記1050万円の委託証拠金で,1審原告のために,ガソリン,原油,灯油合わせて合計100枚の建玉を行った。

オ なお,1審被告の役員ないし従業員は,1審原告に対する本件取引の勧誘においては,「さや取引」について,図を用いたりはしたものの,基本的には口頭で説明をしたのみで,その内容を分かりやすくまとめた書面(甲57に類するもの)を用いたり,1審原告にそのような書面を交付したりしたことはなく,また,「さや取引」が単品の先物取引と比較して予測が難しい取引であるという趣旨の説明をしたこともなかった。さらに,1審被告が1審原告に交付した「商品先物取引委託のガイド」には,さや取引のように複数の建玉を組み合わせて行う形の商品先物取引についての説明は記載されていなかった。

カ 事実認定の補足説明

この点,1審被告は,1審原告が当初から多額の資金を背景に投機的取引を行う積極的意図を有しており,その後も自主的に本件取引に取り組んでいたかのように主張する。しかし,前記のとおり,1審原告には本件取引まで投資経験が全くなかったことや,既に述べたような本件取引の実情に照らし,到底採用できない(なお,本件の事実経過からすれば,1審原告が,1審被告から本件取引の勧誘を受ける以前から,父からの相続により取得した土地を売却して投機取引の資金に充てる意図を有していたということもできない。)。1審被告がるる主張するところは,断片的な事情を取り上げた上で,これらに自己に都合の良い評価を与えたものにすぎないというほかなく,到底採るに足りない。

(4)  平成15年3月までの本件取引の経過等(個々の取引の内容は,原判決添付の「建玉分析表」記載のとおり。)

ア 大●●●は,1審原告に対し,平成14年12月26日,同月17日の建玉の一部を仕切ることを提案し,1審原告もこれを了承した。そして,大●●●は,1審原告に対し,平成15年1月7日,上記のとおり建玉の一部を仕切ったことにより生じた利益29万6200円を手渡す一方で(なお,本件取引を通じて1審原告が1審被告から利益として現金を受け取ったのはこのときだけであった。),アメリカのイラク攻撃が予想されたという当時の社会情勢や,それ以前の湾岸戦争時の金相場の動きの話をして,金の先物取引を行うよう勧誘した。1審原告は,上記のとおり,極めて短期間で大きな利益があがったことから,先物取引が非常に有利な投資方法であると感じるとともに,1審被告に対して強い信頼感を持つようになった。そこで,1審原告は,大●●●の勧めに従い,1390万円の資金で200枚の金の商品先物取引を行うことにし,同月9日,和●●●に対し,現金1390万円を手渡し,大●●●は,この資金を用いて,同月17日に金200枚(同年12月限月)の買建玉を行った。

なお,1審被告は,大●●●の申請に基づき,平成15年1月23日付けで,1審原告には,商品取引の仕組・ルール・投機性(危険性)等の理解や,取引商品の知識,資質・資力等に問題はないとして,1審原告からの取引(乙14には,申出枚数として500枚との記載がある。)の受託を適とするとの判断をした。

イ その後,大●●●は,1審原告に対して,金への投資を1200万円追加するように勧誘し,1審原告もこれをそのまま受け入れて建玉をすることとし,平成15年1月27日に1000万円を,同月30日に200万円を,それぞれ1審被告に支払うとともに,金200枚の売建玉をした。なお,1審原告が,1審被告に対し,同日までに支払った合計約3500万円は,1審原告が保有していた手持資金であった。

ウ 大●●●は,1審原告に対し,上記のとおり200万円を受領した際,自分の先輩であり,色々と教わっている経験に長けた人物として諸●●●を紹介した。諸●●●は,1審原告に対し,ガソリンは,4~6月にかけて需要が増えて高くなり,灯油は,11~1月にかけて季候が悪くなり需要が増え,高くなるといった一般的な値動きの説明や,価格差の少ないとき,すなわち,4~6月であれば,ガソリンを買い,灯油を売るという組合せを,9~2月であれば,反対に灯油を買いガソリンを売るという組合わせをし,価格差が広がった時点で両方を手仕舞いをすれば,リスクを少なくして利益を得ることができるといった説明をした。

エ 1審原告は,大●●●から,金の相場が高騰したため買建玉を手仕舞ってはどうかとの提案を受け,平成15年1月30日,この提案に従って金の買建玉を手仕舞いし,601万円余りの利益をあげたが,この利益について1審被告から現金を受け取ることはなかった。また,1審原告は,大●●●から,金が値上がりをしているので再度金を買ってはどうかとの勧誘を受け,これに従って同年12月限月の金200枚の買建玉をした。

オ さらに,1審原告は,大●●●から,平成15年2月17日,諸●●●の上司に当たる新●●●を紹介された。新●●●は,1審原告に対し,エンジン触媒として白金が値上がりするのではないかとの意見を述べて,白金への追加投資を勧誘した。これを受けて,1審原告は,1審被告に対し,大●●●に提示された投資額である1200万円を同月20日に支払い,同月21日,大●●●からの助言に従い,白金200枚の建玉(売建玉100枚・同年12月限月,買建玉100枚・同年10月限月)をした。

カ 1審原告は,これ以後も,1審被告の役員ないし従業員からの勧誘を受けて本件取引を継続するとともに,1審被告に対し,平成15年3月17日に1500万円を,同月19日に3000万円を,同月24日に1000万円を,同月26日に1700万円を,それぞれ委託証拠金として支払った。

(5)  平成15年4月以降の本件取引の経過等(個々の取引の内容は,原判決添付の「建玉分析表」記載のとおり。)

ア 1審原告は,1審被告に対し,平成15年4月初めころ,親族から土地を購入する資金を確保するため,1審原告が1審被告に預託していた委託証拠金のうち8000万円を同月中に返還するよう求めた。これを受けて,大●●●は,同月3日,1審原告に対し,持参した「お取引明細書」(乙4の14)に基づき,値洗い損が約880万円となっていること,預託されている委託証拠金(現金)から建玉に必要な証拠金を差し引いた返還可能額が約3500万円であることを指摘して,同月中に8000万円を返還することはできないことを説明した。その後,1審原告は,1審被告から,同年5月23日から同年6月10日にかけて合計2500万円の返還を受けた。

イ 1審被告の役員ないし従業員は,1審原告に対し,平成15年4月半ばころから,ときに間が空くことはあっても,基本的には週末や休日を除いてほぼ毎日のように取引を勧誘するようになり,1審原告も,そのままこれに応じて取引を行っていた。

また,1審原告は,1審被告から,従前から,本件取引に関し,「お取引明細書」の交付を受け,1審被告の役員ないし従業員から話を聞いた上で,その内容を確認したという趣旨でこれに署名をし,1審被告に渡していたが,同年5月7日を発行日とする「お取引明細書」(乙4の16)の交付を受けた際,新●●●及び諸●●●から,同書面に,署名に加えて「本日までの取引につき,問題はありません。」との記載もするように求められ,最終的にはこれに応じた。その後,1審原告は,1審被告の役員ないし従業員から求められると,「お取引明細書」に,署名とともにこれと同旨の記載もするようになった。

ウ 1審原告は,平成15年6月10日,1審被告管理部の伊●●●(以下「伊●●●」という。)から500万円の返還(上記アのとおり1審被告から返還を受けた2500万円の一部)を受けた際,伊●●●に対し,1審原告からの預かり金の中からさらに5500万円を返還するよう求めた。伊●●●は,1審原告に対し,本件取引についてはかなりの損失が発生していることを説明したが(同日時点の値洗損は1956万円余り,帳尻損金は2777万円余りであった。),その一方で,1審被告に預けている金額の3分の1くらいまでであれば回復可能であるので,それほど心配する必要はないとも述べた。

また,諸●●●は,伊●●●から,1審原告が5500万円の返還を求めていることを聞き,同月12日,1審原告に電話をかけ,同月10日現在の帳尻損金,値洗損金の状況から現状では上記金額を返還することができないこと,現在預け入れられている資金で損失を回復するよう努力するが,うまくいかない場合には投資資金の追加を求めるかもしれないことを話した。これに対し,1審原告は,投資資金を追加することは考えていないと回答した。

さらに,新●●●は,1審原告に対し,同月20日,同月19日を発行日とする「取引内容明細」(甲14の4)に基づいて,約3368万円の損失が出ていること,損失が大きいため「仕掛け直す」ことが必要であることを説明するとともに,投資資金を追加して損失の回復を図るか,これを追加せずに損失の回復を図るかを選択するよう求めた。これに対し,1審原告は,投資資金を追加せずに損失の回復を図りたいとの意向を示した。

エ 諸●●●及び大●●●は,上記ウのとおり1審原告が投資資金を追加しないとの意向を示していたこともあって,1審原告に事前連絡をすることなく,証拠委託金から損失を差し引く処理をした上,平成15年7月3日,額面金額を8301万6970円とする同年6月30日付の証拠金預かり証を1審原告方に持参し,1審原告に交付してあった額面金額を1億0874万0850円とする証拠金預かり証と差し替えた。1審原告は,事前連絡がないまま一方的に証拠金預かり証が差し替えられ,その額面金額が二千数百万円減少することになったため,損失が出ていることを改めて実感するとともに,上記のような1審被告側の対応に不安を感じ,諸●●●及び大●●●に対し,証拠委託金から損失を差し引く際には事前に自分の了解を得てから行うよう求めた。また,1審原告は,大●●●に対し,建玉をどのように手仕舞いするか等を相談し,大●●●からの助言もあって,それまでに預けていた預託証拠金の範囲で損金を少なくするような手仕舞いをしてほしいとの意向を示した。

オ 1審原告は,平成15年7月4日,大●●●に電話をかけて,その時点で本件取引を終了させたらいくらの返還を受けることができるかを問い合わせたが,大●●●から,本件取引を終了させると上記エの差替え後の証拠金預かり証の額面額よりも低い金額しか返還できないと言われたため,その時点では本件取引を打ち切ることはしなかった。その後,1審原告は,弁護士に相談した上,本件取引を終了させることを決め,同年8月7日で全建玉を仕切った。その結果,本件取引によって1審原告に生じた損失の額は,最終的に7650万1530円に確定した。なお,本件取引によって1審被告が得た手数料の合計額は5305万8600円である。

(6)  本件取引に関するその他の事情

ア 本件取引は,すべて,1審被告の役員ないし従業員が,その相場観に従って,1審原告に対し,個々の取引毎に商品の種類や売建・買建の別,建玉の枚数等を提案し,1審原告がそれをそのまま受け入れて取引をするというかたちで進められたもので,1審原告が,1審被告の役員ないし従業員からの提案なしに自ら積極的に取引を申し出たり,1審被告側から提供された情報以外の情報を自ら収集したりしたことはなく,また,本件取引に係る委託証拠金も,すべて,1審被告の役員ないし従業員が1審原告に預託を提案し,1審原告がこれに従うというかたちで,1審被告に預託されたものであった。

イ 一方,本件取引の中で,1審原告が事前に了承しないまま取引がされたものは認められない。また,1審原告は,1審被告から,本件取引に関し,「お取引明細書」(乙4の1~38),「委託売付・買付報告書及び計算書」(乙22の1~10),「残高照合通知書」(乙23の1~11),取引の一覧表(乙24の1・2)及び「お取引内容」と題する書面(乙25)の交付を受け,「お取引明細書」については1審被告の役員ないし従業員から話を聞いた上で(ただし,1審原告が積極的に意見を述べることはなかった。),その内容を確認したとの趣旨でこれに署名をし,1審被告に渡していた。

ウ いわゆる「さや取引」とは,同種商品間の異常な価格差あるいは収れん性(収まるところに収まる性質)のある異種商品の異常な価格差が,長期でない期間内に正常な価格差に戻る必然性を利用し,ポジション(建玉)を必ずスクエア(売り買い同量)で売買する取引をいう。そして,その手法としては,限月間のさやを取る方法(スプレッド),市場間のさやを取る方法(アービトラージ)及び異銘柄間のさやを取る方法(ストラドル)がある。

本件取引中の石油系商品(ガソリン,灯油,原油)の取引については,典型的な「さや取引」と評価できるものは,原判決添付の別紙「サヤ取り状況点検表」の備考欄に注記のないものである(なお,同別紙中,備考欄に「崩れ」と記載されている取引についても,「さや取り」の意図を持って建玉がされたものと考えられる。)。

3  争点(1)(1審被告の1審原告に対する債務不履行責任又は不法行為責任の有無)について

(1)  争点(1)ア(適合性原則違反)について

ア 商品先物取引は,複雑な仕組みを有するものである上,種々の要因により変動する商品先物市場における商品の値動きを予測しなければならず,取引額と比較して少額の委託保証金によって取引を行うことができ,商品の僅かな値動きによって多額の差損益が生じ得るなど,極めて投機性の高い取引であることや,商品取引所法136条の17,同条の25第1項,受託等業務に関する規則3条,同規則5条1項の趣旨に鑑みれば,商品取引員の役員ないし従業員が,顧客の意向と実情に反して,明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど,適合性の原則から著しく逸脱した勧誘ないし受託をしたときは,当該行為は,上記会社の顧客に対する不法行為となるとともに,上記役員ないし従業員を履行補助者とした債務不履行(委任契約上の付随義務違反)となると解すべきである。そして,上記のような債務不履行ないし不法行為の成否に関し,顧客の適合性を判断するに当たっては,商品先物取引の具体的な特性を踏まえて,これとの相関関係において,顧客の投資経験,商品取引の知識,投資意向,財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要があるというべきである。

イ 商品先物取引に関しては,商品取引所法が,商品市場における取引の委託を受け,又はその委託の取次ぎを引き受けようとする者は,主務大臣の許可を受けなければならないとするとともに(同法126条),上記許可について厳格な要件を要求し(同法129条),顧客に対する不当な勧誘等を禁じ(同法136条の18),一定の場合には主務大臣が商品取引員に対して改善命令等をすることができるとする(同条の25)など,投資者保護のための一定の制度的保障がされている上,取引の対象となる商品の値動き等は,新聞等にも掲載されるなど,投資者に対する情報環境も整備されている。また,商品取引員が,商品市場における取引の受託等を内容とする契約(受託等契約)を締結するときは,主務省令で定めるところにより,あらかじめ,顧客に対し受託等契約の概要その他の主務省令で定める事項を記載した書面を交付しなければならないとする同条の19の規定は,専門的な知識及び経験を有するとはいえない一般投資家であっても,商品先物取引の適合性がないものとして一律に取引市場から排除するのではなく,当該取引の危険性等について十分な説明を要請することで,自己責任を問い得る条件を付与して取引市場に参入させようとする考え方に基づくものと解される(そして,以上のような特性は,いわゆる「単品取引」と「さや取引」とで,基本的に異なるところはないというべきである。ただし,個々の一般投資家の属性・能力や,商品取引員が勧誘しようとする具体的な取引方法によって,自己責任を問い得る条件を付与するために必要とされる説明の内容が異なることは,後記のとおりである。)。

ウ 上記のような商品先物取引の特性に加えて,1審原告の年齢及び経歴,自己所有の不動産を用いてごく小規模ではあるが不動産賃貸業を営んでいたこと等に照らせば,1審原告は,商品先物取引の危険性等についての説明により,自己責任を問い得る条件を付与するための基礎となる通常の社会人としての一般的な判断能力は有していたと推認できるというべきことや,前記認定のような1審原告の資産状況を考慮すれば,1審原告が先物取引を含む投資についての経験ないし知識を有していなかったことや,1審原告の投資傾向を考慮しても,1審原告が本件取引を自己責任で行う適正それ自体を欠き,商品先物取引市場から排除されるべき者であったとまではいえず,したがって,1審被告が,1審原告に対して,適合性の原則から著しく逸脱した商品先物取引の勧誘をしてこれを行わせたとまでは評価できない。よって,この点に関する1審原告の主張は,採用することができない。

(2)  争点(1)イ(説明義務違反)について

ア 商品先物取引は,複雑な仕組みを有するものである上,極めて投機性の高い取引であることに鑑みれば,商品先物取引の仕組みや危険性等についての十分な理解は,一般投資家に商品先物取引から生じうる危険性について自己責任を問うための前提条件であるということができる。そして,一般投資家は,商品取引員に委託して商品先物取引をせざるを得ないこと(商品取引所法77条参照),商品取引員は,商品先物取引の専門家であって,その仕組みや危険性を熟知している上,一般投資家からの受託等契約によって利益を得ている者であることに鑑みれば,商品取引員ないしその役員又は従業員は,一般投資家である顧客に対して商品先物取引を行うことを勧誘するに当たっては,個々の顧客の属性や理解度,当該取引において行わせようとしている取引手法などに応じて,顧客が,取引の仕組みや危険性等を的確に理解できるよう十分な説明をすべき一般的な注意義務を負い(前記のような同法136条の19の規定や,これを受けて受託等契約の締結前に交付すべき書面の記載事項等について定める同法施行規則47条の規定,受託等業務に関する規則5条1項4号の定めは,このような商品取引員の顧客に対する義務を前提とするものと解される。),商品取引員ないしその役員又は従業員がこれに違反した勧誘を行った場合には,当該顧客に対する不法行為ないし債務不履行を構成するというべきである。

イ これを本件についてみるに,確かに,1審被告の役員ないし従業員は,1審原告に対し,商品先物取引の仕組みや危険性等,商品ファンドと商品先物取引との違い,「両建て」(いわゆる「さや取引」の趣旨)にも危険性がないわけではないことについて,ひととおり説明を行った上,商品取引委託のガイド等の書面を交付してはいる。

しかし,その一方で,1審被告の役員ないし従業員は,「両建て」(いわゆる「さや取引」の趣旨)という一般人には耳慣れない取引手法を持ち出し,これを,商品ファンドでも用いられているリスクを回避しながら利益をあげる手法であると紹介するとともに,本件取引について専門家である1審被告の従業員が様々な情報の下で取り組んでいくので,何も知らなくとも心配はいらないと述べたりしている。また,1審原告から1審被告に対してアンケート等を提出させた際の指示も相当なものとは言い難い。さらに,本件取引開始直後の極めて短期間の間に上がった利益金を1審原告に交付するのと同時に新たな取引を勧誘してもいる。このような勧誘手法は,本件取引の有利性をことさら強調するものといわざるを得ず,殊に本件取引以前に商品先物取引等を行った経験がなく,そのような投資取引に関する知識も全く有していなかった1審原告(なお,既に述べたような本件の経過や,証拠〔甲35の1,乙13,14,1審原告〕及び弁論の全趣旨に照らせば,1審被告側もそのような事情を認識していたものと認められる。)を基準として考えれば,商品先物取引の危険性に関する適切な理解を妨げるものといわざるを得ない。

また,いわゆる「さや取引」は,その概念自体,1審原告のような十分な知識・経験のない一般投資家が容易に理解できるものとはいい難い(このような者にとっては,説明を受けたその場では理解できたかのように思えても,後に思い返してみると十分にその内容を理解していなかったという事態が生じるといった類の取引手法であろう。)。のみならず,常に複数の商品の相場における値動きを予測し,両者の相関関係の中で利益が出るか否かを判断しなければならない点で,適切な投資判断をするためには,商品先物取引や相場の変動要因に係る各種情報に関する十分な知識と相当の取引経験を要する難しい取引であると評価できる(このことは,商品先物取引市場における相場が,種々の要因が複雑に関係しあって変動するものであり,一種類の商品に係る相場についてでさえ,その変動要因に係る各種の情報を十分に収集,分析,検討して,的確な投資判断を行うことが容易でないことを考えても明らかというべきであろう。1審被告は,「さや取引」が誰にでも容易に理解可能で簡単な取引手法であるかのように主張するが,十分な知識・経験のない一般投資家の能力を意図的に過大評価した見解というほかなく,到底採るに足りない。)。ところが,1審被告の役員ないし従業員は,1審原告に対し,「さや取引」が商品先物取引や相場の変動要因に係る各種情報に関する十分な知識と相当の取引経験とを要する難しい取引であるとの説明は一切しておらず,また,その説明も口頭でのものに止まっており,「さや取引」についての説明が記載された顧客向けの書面を準備して,これを交付するなどもしなかったものである。

ウ これまで述べたところからすれば,1審被告の役員ないし従業員は,1審原告に対し,いわゆる「さや取引」を含む商品先物取引の危険性等を的確に理解できるよう十分な説明を尽くしたとは言い難い。そして,1審原告は,1審被告側からこのような不十分な説明を受けたにとどまった結果,本件取引がはらむ高度の危険性についての認識や,いわゆる「さや取引」の困難性についての理解が不十分なまま本件取引を行ったことも明らかというべきである(なお,前記2認定のような事実経過に照らせば,1審原告から1審被告に差し入れられた約諾書やアンケートの記載は,1審原告が本件取引の危険性を十分に理解していたことを示すものとはいえないし,当裁判所の認定・判断に反する証拠〔乙17,18,証人大●●●〕も,結局のところ,1審被告側の希望的観測による主観的評価を述べるものにすぎないことが明らかである。)。そうすると,1審被告には,本件取引に関し,1審原告に対する説明義務違反があるというべきである。

(3)  争点(1)ウ(一任売買)について

ア 前記2で認定したとおり,本件取引に関しては,1審被告側は,1審原告に対して,自己の相場観等を示すなどして取引の勧誘を行い,個別の取引すべてについて1審原告が事前に了承した上で取引が行われているから,1審被告により一任売買がされた事実は認められない。

イ 1審原告は,前掲最高裁判所平成7年7月4日第三小法廷判決(甲21の1)を引用しつつ,「恒常的に,商品取引員が特定の売買取引を勧誘し,顧客である一般投資家がそれに追従して,上記勧誘に係る特定の売買取引を応諾している事実状態」は「事実上の一任売買」に当たり,違法であるなどとも主張する。

しかし,商品取引員が,一般投資家に対し,専門家としての自己の相場観に基づいて,特定の商品先物取引を勧誘し,顧客である一般投資家が,商品取引員の専門家としての知識・経験を信頼し,提示された相場観を受け入れて取引を行う,という経過でされた商品先物取引を,そのような取引経過それ自体から私法上違法であると評価し難いことは明らかであり,したがって,そのような関係が継続したとの一事をもって,取引の全体が違法なものとなるとも考え難い。前掲最高裁判所平成7年7月4日第三小法廷判決(甲21の1)は,当該事件の原判決(甲21の2)の認定事実を前提としてその判断を是認したに止まるものであって,1審原告主張のような法理を示したものではない。また,前記2の認定事実に照らせば,1審原告は,1審被告側が示す相場観等を全面的に信頼して取引を行っていたとはいえるものの,客観的に見て1審原告が具体的な取引内容に立ち入って話ができないような状況下で取引の委託がされていたとまでは評価し難いから,一連の取引が,事実上,一任取引と同等なものと評価できるか否かという点に限れば,本件は,前掲最高裁判所平成7年7月4日第三小法廷判決と同等の事案とまではいえないというべきである。

ウ したがって,本件取引に関しては,一任売買(事実上の一任売買を含む。)との観点からは,その違法性を導くことまではできないというべきである。この点に関する1審原告の主張は,いずれも採用することができない。

(4)  争点(1)エ(断定的判断の提供による勧誘)について

ア 前記2で認定したところからすれば,1審被告の役員ないし従業員は,1審原告に対し,本件取引の勧誘に際して,過去の経験や商品先物取引市場の相場の動きについての一般的傾向といった各種の情報を前提として,自己の相場観に基づく意見を述べたにとどまるというべきであって,1審被告の役員ないし従業員の言動をもって,1審原告に対する断定的判断の提供による勧誘と評価することはできない。

イ なお,1審原告は,大●●●が,平成15年2月下旬から3月中旬にかけて,「2~3か月の短期間で,2~3割の利益を得られる」などと述べて取引を勧誘したなどと主張し,証拠(甲35の1,1審原告)にもこれに沿う部分がある。しかし,上記部分においても,大●●●の発言の前後の具体的な経緯は不明であるほか,1審原告の供述中には,大●●●から勧誘を受けて多額の投資をしたが,その後,現実にはそのような利益が上がっていなかったにもかかわらず,別におかしいとは思わなかったなどといった部分もあり,いささか不合理と目されるところであり,反対証拠(乙17,証人大●●●)に照らしても,大●●●が利益が確実であるなどといった断定的判断の提供と評価し得るような発言をしたと認めるには,未だ躊躇を感じざるを得ない。

ウ したがって,この点に関する1審原告の主張は,採用することができない。

(5)  争点(1)オ(新規委託者保護義務違反)について

ア 既に述べたとおり,受託等業務に関する規則8条を受けて定められたガイドラインは,5項2号において「委託者の取引意思,取引の経験,資金力,判断力等適格性の審査結果に応じて受託取引数量を制限する等特段の管理措置を講ずること。」と定め,1審被告は,これを受けて,受託業務管理規則14条で,商品先物取引経験のない新たな委託者からの受注措置として,原則として取引開始後3か月以内は,未決済新規注文の残存枚数を,当初預託金が200万円未満の場合は50枚まで,500万円未満の場合は100枚まで,1000万円未満の場合は200枚まで,1000万円以上の場合は300枚までとし,委託者からこれらを上回る建玉の申出があり,顧客管理担当外務員の管理職が妥当と判断した場合には,審査を受けるべきこととしている。

商品先物取引は,複雑な仕組みを有するとともに,極めて投機性の大きいものであり,このような商品先物取引の特質に照らせば,商品先物取引を開始して間もない者は,取引に対する知識・経験が不十分であるため,過大な数量の取引をした場合には,いたずらに損失を拡大させ,不測の損害を被る可能性が高い(このような者には,商品先物取引から生じる結果につき自己責任を負わせるための前提条件が,いまだ十分に備わっていないとも評価し得るのであって,一般投資家の中でも特に厚い保護が要請されると考えられる。)。上記のような受託等業務に関する規則等の定めは,上記のような観点から,取引数量に一定の制限を加えて生じうる損失の範囲を限定することにより,商品先物取引を開始して間もない者を特に保護する趣旨で定められたものというべきである。

そして,上記のような保護の必要性に加えて,一般投資家は,商品取引員に委託して商品先物取引をせざるを得ないこと,商品取引員は,商品先物取引の専門家であって,その仕組みや危険性を熟知している上,一般投資家からの受託等契約によって利益を得ている者であること,商品取引員は,取引の委託を受けた顧客に対し,誠実に業務を行うべき義務を負う(商品取引所法136条の17)とともに,委任契約上の善管注意義務を負う者であること等の事情に鑑みれば,商品取引員は,商品先物取引を開始して間もない者に対し,過大な数量の取引を勧誘したり,そのような取引を受託しないようにすべき一般的注意義務を負っているというべきであり,商品取引員ないしその役員又は従業員がこれに著しく反する行為をしたときは,当該行為は,顧客に対する債務不履行ないし不法行為に当たると解すべきである(なお,これまで述べた点に鑑みれば,このような商品取引員の一般的注意義務は,受託業務管理規則14条所定の取引開始日から3か月間が形式的に経過した瞬間に消滅する性質のものでないことは明らかである。すなわち,このような商品取引員の内部規則の定めは,商品取引員の行為が上記の一般的注意義務に違反するものであるか否かを判断するための一つの目安となるに止まるというべきであろう。)。

イ これを本件についてみるに,1審被告の役員ないし従業員は,1審原告に,本件取引の開始初日からいきなり合計100枚の建玉をさせ(1審被告への入金額は1050万円。なお,前記のとおり,1審原告は,当初,商品ファンドに投資した500万円程度を商品先物取引への投資額と考えていたが,1審被告側の勧めにより投資額を増額させたものと推認できる。),その後の建玉数は,取引開始からほぼ1か月を経過した平成15年1月17日の時点では,1審被告の受託業務管理規則14条が当初預託金が1000万円を超える場合の原則的な上限としている300枚(なお,前記アで述べたところからすれば,上記のように預託金の額を基準として取引枚数の原則的上限を定める1審被告の受託業務管理規則の定めの合理性には疑問があるというほかないが,この点はとりあえず措く。)を僅かに下回る合計290枚に,同月31日には合計500枚に至り,取引開始から3か月目に当たる同年3月16日の時点では,上記の上限の2倍を優に上回り,かつ,新規委託者からの受託報告書(乙14)記載の申出枚数さえも大幅に上回る合計660枚(1審被告への入金額は合計4800万円余り)に至っている。さらに,1審原告の建玉数は,取引開始時から3か月を僅かに超えたにすぎない同月24日の時点では合計1160枚に,同月28日の時点では合計1260枚(1審被告への入金額は合計1億2000万円余り)にも達している。そして,前記2で認定したとおり,これらの建玉は,いずれも,1審原告から1審被告に対して積極的に申し出たものではなく,1審被告側が1審原告に対して取引を勧誘し,1審原告がそれを受け入れて行われたものである。

また,1審被告の内部においては,大●●●の申請に基づき,受託業務管理規則の定めに従って審査の手続がされ,同年1月23日付けで,1審原告からの取引の受託を適とするとの判断がされているが,合計300枚を超える取引は1審原告が積極的に申し出たものではない上,1審原告は本件取引以前に投資経験を有していないこと,本件取引の経緯及び実態や,1審原告が1審被告に対して約諾書,アンケート等を差し入れた際の具体的状況,いわゆる「さや取引」を含む商品先物取引の危険性等についての1審原告の認識等に照らせば,上記のような1審被告の判断には全く合理性が認められない。

以上のような事情に照らせば,上記のような多数の建玉を伴う取引を1審原告に勧誘するとともに,1審原告からこれを受託した1審被告側の行為は,商品先物取引を開始して間もない者に対し,過大な数量の取引を勧誘したり,そのような取引を受託しないようにすべき一般的注意義務に著しく反するものというほかない。

ウ この点,1審被告は,1審原告が取引を拡大したのは,商品取引に対する知識や理解が深まったからであるなどと主張するが,既に認定したところに照らし,前提を欠く主張というほかなく,到底取るに足りない。

また,1審被告は,本件取引開始から3か月間では利益を上げているから,1審被告には新規委託者保護義務違反はないとも主張する。しかし,上記主張は,注意義務違反の有無の問題と損害論(あるいは因果関係論)の問題とを混同しているきらいがある上,本件取引は,その実態を見れば,その全体が相互に密接に関連した一連の取引であると評価すべきものであること(前記2認定のような本件の事実経過に照らすと,本件においては,取引開始当初にされた過大な数量の取引によってたまたま大きな利益が生じてしまった結果,商品先物取引の危険性について深刻に受けとめていなかった1審原告が,そのような危険性に益々目を向けなくなったとも言い得るであろう。)等を勘案すれば,1審被告が主張するような事情は,上記のような当裁判所の判断を左右するに足りない。

(6)  争点(1)カ(両建て勧誘)について

ア 商品取引所法136条の18第5号,同法施行規則46条11号は,商品取引員が,顧客に対し,特定の商品等の売付け及び買付けとこれらの取引と対当する取引の数量及び期限を同一にすることを禁じている。上記規定が禁じる「両建て」は,商品・数量・限月を同一とする売建玉と買建玉とを同時期に保有することをいうが,このような取引手法は,建玉の根洗いが損になったときに,反対の建玉をすることにより,その後の相場の変動による損失の拡大を防ぎ,適当な時期に一方を反対売買して,残った建玉で利益を得ようとするものであり,相場の動向について迷った際に,発生した損失を固定させ,これを含み損の状態にして模様眺めをしつつ取引を継続し,利益を得ようとする場合には,一定の意味を有するものである。しかし,このような取引手法を行う際には,新たな証拠金や手数料が必要になる上,一方の建玉についてどの時期に反対売買を行って「両建て」を解消するかという判断は極めて困難なものであるため,建玉に根洗い損が生じた時点で手仕舞いをした場合と比較して,より大きな損失が生じる危険性をはらむものである。上記のような商品取引所法及び同法施行規則の規定は,このような点を考慮し,委託者を不測の損害から保護することを趣旨として定められたものと解される。

また,類似商品の売建玉と買建玉や,限月に差を持たせた商品の売建玉と買建玉を同時期に保有する取引(このような取引を,以下「両建て的取引」と総称する。)は,単純な取引の場合と比較して,複数の相場における値動き等の予測が必要とされる点で困難な判断が必要となると考えられる上,相場が予測に反した動きをした場合の危険性が大きくなること(「両建て的取引」は,「両建て」に比べて,損失を固定化する効果が不十分であるため,より損失が拡大する危険性が高いともいい得る。),証拠金や手数料が余分に必要となることは,「両建て」の場合と同様である。

以上述べたところからすれば,「両建て」ないし「両建て的取引」は,顧客(一般投資家)がこれらの取引の経済的効果や種々の困難性等について十分に理解した上で行われるものでない限り,原則として不適切な取引方法といわざるを得ない(なお,いわゆる「さや取り」を目的として,類似商品や異なる限月の同一商品について同時に買建玉と売建玉とを建てること〔いわゆる「さや取引」〕は,一般に許容されている取引手法ということができる。しかし,顧客が「さや取り」の目的を持って上記のような危険性等を有する手法を用いることを十分に理解している場合でなければ,商品取引員側が主観的に「さや取り」の意図を持って取引の勧誘を行ったとしても,当該取引を「さや取引」であると評価することはできず,したがって,そのような取引が,顧客にとって不適切な取引であることに変わりはないというべきである。)。

そして,前記のような商品先物取引の投機性や,商品取引員の専門性,顧客に対する委任契約上の善管注意義務(民法644条。なお,商品取引員のような専門的知識を有する受任者は,善管注意義務の一内容として,委任事務の処理に関して委任者である顧客から不適当な指示があった場合には,指示内容の変更を求める等の適切な措置を採るべき義務があると解される〔我妻榮「債権各論中巻二」670頁以下,673頁参照〕。)ないし一般的な誠実義務(商品取引所法136条の17)等に鑑みれば,商品取引員は,顧客(一般投資家)に対し,不適切な手法による取引を勧誘ないし受託してはならない一般的な注意義務を負っているというべきであり(商品取引所法136条の18第5号,同法施行規則46条11号は,このような注意義務を基礎としたものと解される。また,1審原告が主張する「両建て勧誘回避義務」は,まさにこのような一般的注意義務に包含されるものである。),商品取引員ないしその役員又は従業員がこれに反する行為をしたときは,当該行為は,顧客に対する債務不履行ないし不法行為に当たると解すべきである。

イ これを本件についてみるに,前記2で認定したとおり,①1審原告は商品取引等の投資取引については全く経験・知識を有していなかったこと,②1審被告側が1審原告に説明した「さや取引」の手法は,異銘柄間のさやを取る方法であって,限月間のさやを取る方法について説明がされた形跡はないこと(1審原告の供述〔甲35の1・2,1審原告〕のみならず,1審被告側関係者が述べるところ〔乙17,18,26,32,証人大●●●〕や大●●●が作成したメモ書き〔甲32の各枝番〕をみても,そのような説明がされたとは認められない。また,本件取引に関して,甲57に類した書面が1審原告に示されたり交付されたりしたような事情もない。),③本件取引は,1審被告の役員ないし従業員が,その相場観に従って,1審原告に対し,個々の取引毎に商品の種類や売建・買建の別,建玉の枚数等を提案し,1審原告がそれをそのまま受け入れて取引をするというかたちで進められていたことに照らせば,1審原告が,本件取引中の貴金属系の商品の取引について「さや取り」の目的を持って売建玉と買建玉とを同時に保有する取引手法を用いることを十分に理解していたとは到底認められない。したがって,原判決添付の「建玉分析表」の「両建」欄に「○」ないし「●」との記載のある取引が,いわゆる「さや取引」であるとは評価できない(したがって,これらの取引をもって「さや取り」を目的とするものであるとする1審被告の主張は,採用することができない。)。

そうすると,原判決添付の「建玉分析表」の「両」と記載されている欄に「○」ないし「●」との記載のある取引は,いずれも「両建て」ないし「両建て的取引」に当たると評価するほかない。そして,前記2で認定したところからすれば,1審原告が「両建て」ないし「両建て的取引」について,その経済的効果や種々の困難性等について十分に理解していたものとは到底認め難いから,上記の各取引は,いずれも不適切な取引方法であったといわざるを得ず,このような取引を勧誘ないし受託した1審被告の役員ないし従業員の行為は,1審原告が主張する「両建て勧誘回避義務」に違反するものというほかない。

ウ なお,1審被告は,本件取引中の貴金属系の商品の「両建て的取引」について,売建玉及び買建玉ともに利益が出ている取引があることを指摘して,上記取引に問題がないかのように主張するが,単なる結果論を述べるものにすぎず,上記イのような当裁判所の判断を左右するものではない。

(7)  争点(1)キ(過当取引)について

ア 前記のような商品先物取引の投機性,商品取引員の専門性,顧客との間の委任契約上の善管注意義務(民法644条),誠実公正義務(商品取引所法136条の17)に照らせば,商品取引員が,専ら自己の利益を図るため,顧客に対し,合理性のない頻回かつ大量の取引を勧誘してこれを行わせた場合,顧客に対する債務不履行ないし不法行為となることは明らかである。

イ これを本件についてみるに,これまで述べたような取引経過及び個々の取引の内容,特に,①1審原告は,商品取引等の投資取引について十分は知識・経験を有しておらず,また,自ら積極的に投機的な取引をする意図は有していなかったこと,②本件取引は,すべて,1審被告側が,1審原告に対し,個々の取引毎に商品の種類や売建・買建の別,建玉の枚数等を提案し,1審原告がそれをそのまま受け入れて取引をするというかたちで進められたもので,本件取引に係る委託証拠金も,すべて,1審被告側が1審原告に預託を提案し,1審原告がこれに従うというかたちで,1審被告に預託されたものであったこと,③取引開始当初から平成15年3月までの本件取引は,建玉枚数から見ても投資金額から見ても新規委託者保護義務に著しく反する過大なものといわざるを得ず,そのような過大な取引を許すに当たってされた1審被告内部の審査も全く合理性の認められないものというほかないこと,④1審被告側は,1審原告が8000万円の返還を求めた直後である平成15年4月半ばころから,1審原告に対し,ときに間が空くことはあっても,基本的に週末や休日を除いてほぼ毎日のように取引を勧誘して,取引をさせるようになったが,本件全証拠を見ても,そのように頻繁に取引をしなければならなかった必然性は全く見出し難い(1審被告側の関係者の証言〔乙17,18,証人大●●●〕を見ても,そのような頻繁な取引の必要性については,具体的に説明されているとはいい難い)こと,⑤本件取引によって1審原告に生じた損失の総額は7650万1530円である一方,1審被告が得た手数料の額は5305万8600円にものぼることに照らせば,本件取引を全体的に考察すれば,1審被告が,1審原告に対し,専ら自己の利益を図るため,合理性のない頻回かつ大量の取引を勧誘してこれを行わせたものと見ざるを得えない。

ウ したがって,1審被告側の行為には,この点から見ても違法性があるということになる。

(8)  まとめ

本件取引に関しては,1審被告側に説明義務違反,新規委託者保護義務違反,両建て勧誘回避義務違反が認められるとともに,本件取引は,その全体が違法な過当取引に当たるというべきである。したがって,1審原告に本件取引を勧誘し,これを行わせた1審被告側の行為は,全体として1審原告に対する不法行為(民法715条,709条・710条)ないし債務不履行に当たるというべきである。

4  争点(2)(損害額〔過失相殺を含む。〕)について

(1)  判断手法

前記のとおり,1審原告の1審被告に対する不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求とは選択的併合の関係に立つと考えられるところ,附帯請求の起算日等の違いに照らせば,債務不履行に基づく損害賠償請求において認容可能な額が,不法行為に基づく損害賠償請求において認容可能な額を超えないことは明らかである。したがって,本件では,不法行為に基づく損害賠償請求によって認容されるべき損害額について判断すれば足りることになる。

(2)  実損害

前記争いのない事実等のとおり,1審原告は,本件取引によって最終的に7650万1530円の損失を被ったものであり,これは,前記認定のような1審被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。

(3)  慰謝料ないし制裁的賠償(懲罰的損害賠償)について

ア 1審原告は,精神的苦痛についての慰謝料も請求している。しかし,財産的損害が金銭賠償によって填補された場合には,特段の事情がない限り財産的損害とは別に損害賠償によって慰謝すべき精神的損害は発生しないと解されるところ,本件においては,後に述べるとおり,1審原告にも過失相殺の対象になるとまではいえないものの一定の落ち度があるといわざるを得ないこと等に鑑みれば,上記特段の事情があるとまではいえない(1審原告が主張するところは,上記特段の事情に当たるものとは評価できない。)。この点に関する1審原告の主張は,採用することができない。

イ また,1審原告は,民事訴訟法248条を明文上の根拠として,いわゆる制裁的賠償(懲罰的損害賠償)の支払も求めている。

しかし,同条は,損害が生じていることは認められるが,損害額の立証が極めて困難な場合における損害額の証明度の軽減を定めたものであって,填補されるべき損害の存在を前提としない制裁的賠償(懲罰的損害賠償)を認める根拠たり得るものではない。また,そもそも,不法行為の当事者間において,被害者が,加害者から実際に生じた損害の賠償に加えて,制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは,我が国における不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであって,いわゆる制裁的賠償(懲罰的損害賠償)の制度は,我が国の公の秩序に反するというべきである(最高裁判所平成9年7月11日第二小法廷判決・民集51巻6号2573頁参照)。1審原告の主張は,主張自体失当であって,採用することができない。

(4)  過失相殺について

前記2で認定したところからすれば,1審原告にも,商品先物取引の危険性を余り深刻なものととらえず,1審被告側からの勧誘にやや安易に乗ってしまったという点で,一定の落ち度は認められるというべきである。しかしながら,商品先物取引に対する1審原告と1審被告との知識・能力の差違や,既に述べたような1審被告の不法行為の態様に照らせば,本件においては,過失相殺をすることは相当でないというべきである(上記のような1審原告の落ち度は,慰謝料請求の当否の判断において斟酌すれば足りる。)。

(5)  弁護士費用について

本件訴訟の内容,認容すべき賠償額等の諸般の事情に鑑みれば,770万円をもって,1審被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害と認める。

5  結論

以上の次第であって,1審原告の各請求に対する判断は,前記1のとおりとなる。よって,1審原告の本件控訴に基づき,これと異なる原判決を変更するとともに,1審被告の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 川口泰司 裁判官 田中一彦)

<以下省略>

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