大阪高等裁判所 平成17年(ネ)2031号 判決 2006年6月22日
主文
1 被控訴人Aについて,原判決を次のとおり変更する。
2(1) 被控訴人Aは,控訴人に対し,金330万円及びこれに対する平成12年12月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人の被控訴人Aに対するその余の請求を棄却する。
3 被控訴人B及び被控訴人Cに対する本件各控訴をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,控訴人と被控訴人Aとの間においては,第1,2審を通じ,控訴人に生じた費用の12分の1を同被控訴人の負担とし,その余は各自の負担とし,控訴人と被控訴人B及び被控訴人Cとの間においては,控訴費用は控訴人の負担とする。
5 この判決は,第2項(1)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,1264万3311円及びこれに対する平成12年12月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,被控訴人B及び被控訴人A(以下,同被控訴人らを「被控訴人夫婦」という。)の二男であるD(平成7年4月24日生。)が,被控訴人Aの実家である被控訴人C所有の原判決別紙物件目録1記載の建物(以下「出火建物」という。)において,火遊びをして火災(以下「本件火災」という。)を発生させ,隣接する控訴人所有の同目録2記載の建物(以下「罹災建物」という。)に延焼させたことから,控訴人が,被控訴人夫婦に対して民法714条1項に基づき,被控訴人Cに対して同条2項又は民法709条に基づき,それぞれ本件火災により控訴人に生じた休業損害849万3311円(火災保険金により填補されなかったもの),慰謝料300万円及び弁護士費用115万円の合計1264万3311円の支払を求めた事案である(遅延損害金の起算日は不法行為である本件火災の日)。
なお,控訴人は,原審において3165万1130円を請求していたが,当審において上記のとおり,請求の減縮をした。
2 原判決は,本件火災は,Dがマッチを弄んだために発生したと認められるものの,被控訴人夫婦については,Dに対する監督を怠ったことにつき重過失まではなかったというべきであり,被控訴人Cについては,Dの代理監督者とはいえず,また,本件火災の発生を防止する注意義務違反があったということもできないと判断して,控訴人の請求を全部棄却したことから,これを不服とする控訴人が控訴に及んだものである。
3 争いのない事実等及び争点は,以下のとおり,当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄第2「事案の概要」の1及び2(原判決2頁10行目から7頁4行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
ただし,原判決を,以下のとおり補正する。
(1) 原判決文中の「D’」とあるのをいずれも「D」と改める。
(2) 同3頁11行目から12行目にかけての争点(1)に関する記述について「被告B及び被告Aに,Dに対する監督を怠ったことにつき重過失があったといえるか。」を「被控訴人B及び被控訴人Aに,Dに対する監督を怠ったことにつき重過失がなかったといえるか。」に改める。
(3) 同3頁18行目の「ぬいぐるみを近づけ引火した」を「ぬいぐるみを近づけ引火し,これがプラスチック製ごみ容器に燃え移った」と改める。
(4) 同6頁16行目の「損害を被った。」を「損害を被ったが,そのうち火災保険金により474万6220円が填補されたので,残りは849万3311円である。」と改め,同頁20行目の次に,行を改め,「さらに,本訴の提起,遂行のための弁護士費用115万円も,本件火災による控訴人の損害である。」を加える。
(5) 同6頁末行から7頁1行目にかけての「97万3720円」を「97万2720円」と改め,同頁4行目の次に,行を改め,「弁護士費用については争う。」を加える。
4 控訴人の主張
(1) 原判決の事実認定の誤り
ア 出火原因について
(ア) 原判決は,Dがマッチ類を弄んだ結果,本件火災が発生したものと認めるのが相当であると判断しているが,これは大阪市E消防署消防司令補Fの作成した火災原因判定書(甲12)において「火遊びによる」と記載していることについて,火遊びはマッチ類に限らないにもかかわらず,予断と偏見で,証拠に基づかず,「マッチ類を弄んだ」と誤った判断をしたものである。
しかし,火災原因判定書における実況見分状況書には,発火原因について,マッチやぬいぐるみに関することは一切触れられておらず,むしろマッチのすり軸等の焼残物は見分されていないのである。
さらに,質問調書は,被控訴人Bが自己の体験を供述しているのではないばかりか,その内容も被控訴人らの従前の主張とは明らかに矛盾するものであり,「電気ストーブによる発火」は予見することができたが,「マッチによる発火」は予見することができなかったという法律構成をするために,仕組まれたものであって,証拠力のあるものではない。
(イ) 火災原因判定書においては,出火建物の3階にある本件居室に置かれていたプラスチック製ごみ容器内で燃焼し出火したものと推察されるとしているが,実況見分状況書には,そのような記載はない。上記推察は,質問調書の前記記載によるものであるが,全く誤っている。仮にマッチが存在していたとしても,物理的にマッチ棒だけでごみ容器(箱)が発火することはあり得ない。
本件火災の原因は,Dが,ぬいぐるみを電気ストーブに近づけて発火させ,火のついたぬいぐるみをごみ容器に投げ入れて,ごみ容器が発火したと推察すべきところである。どのようにしてぬいぐるみに火をつけたかとなると,当時,マッチ以外で本件居室に火気のあるものは,スイッチの入った電気ストーブしかないのである。5歳の子どもでも,容易に電気ストーブのスイッチを入れることができるのであり,むしろ,マッチを擦るよりも簡単である。F証人も,電気ストーブに電源・スイッチが入っていたかどうかについては,「分かりません」と証言しており,同証人は,電気ストーブに特異な焼燬状況がないと述べているが,電気ストーブに電源・スイッチが入っていなかったと判定したのではないのである(なお,同証人は,特異な焼燬状況というのは,どのような状況をいうのか証言することができなかった。)。
(ウ) 火災原因判定書においては,「電気配線及び電気器具による出火の可能性は低い」とされているが,これは電気配線,電気器具そのものから出火した可能性が低いという趣旨であって,電気ストーブのスイッチが入っていたことや,電気ストーブにぬいぐるみを近づけて火がついたことを否定するものではない。電気ストーブにスイッチが入っていたら,火が入っていることになるが,その場合に内部に特異な焼燬状況が生じるなら,見分の際,その事実からスイッチが入っていたか否かが判断できるところである。見分の結果から,Fはスイッチが入っていたか分からなかったのである。したがって,原判決の認定のごとく,「これらの器具に火が入っていたのであれば内部にも特異な焼き状況が見分されるのが自然というべきである」という結論にはならない。
上記判定も,実況見分状況,焼燬状況から考察したものでなく,被控訴人Bの質問調書から考察しているが,現場にいた被控訴人Aから聴取せず,被控訴人Bが現場にいたかのような内容の虚偽の調書を作成されていることなどからして,意図的に本件火災の原因をごまかし,曖昧にしたと判断すべきである。
火災原因判定書で,表面よりの焼燬の強さが見分されるのは,電気ストーブ自体から発火したのではなく,外部からの火で焼燬したことを物語るものである。ストーブ内部から発火し焼燬した場合と,外部からの火で焼燬する場合とでは,異なる状況になることは容易に推測される。
(エ) 以上により,本件火災の原因は,Dが電気ストーブにぬいぐるみを近づけたため,ぬいぐるみに火がつき,近くにあったプラスチック製ごみ容器に燃え移り,出火したものというべきである。
イ その余の原判決の事実誤認
(ア) 原判決は,被控訴人夫婦が「日頃からDに対し,父親の仕事は消防士という火を消す仕事であり,火には気をつけるように言っており,またテレビで火事のニュースをやっているときには,火は怖いもので大変なことになると言ったりしていた。また,被告Bは本件火災当時喫煙をする習慣があったため,被告B及び被告AはDに対し,ライターには触っていけないことを伝えていた。」と認定したが,これは,原判決が証拠に基づかないで,被控訴人Aの供述を鵜呑みにしたにすぎず,事実誤認である。
また,原判決は,「Dは日頃ライターを触ることなどの火気に興味を示すような行動をとっておらず,被告B及び被告Aの注意も分かっているという態度で聞いていた。」と判断したのも誤りである。
Dは,当時5歳であり,親の目の行き届かないところで親の考えられない行動をとるのであって,原判決が認定したマッチ類を弄んだ結果,本件火災が発生したものと認めるのが相当であるというのは正にこのことであって,Dが火気に興味を示すような行動をとっておらず,被控訴人夫婦の注意も分かっているという態度で聞いていたという認定とは明らかに矛盾している。特に,被控訴人夫婦の自宅にはマッチは置いていないのにもかかわらず,Dはマッチの使い方を知っていたことになる。
本件火災当時,出火建物の3階にはマッチは置いておらず,4階の仏壇のところに置いてある程度であったとするならば,Dの行動は火気に興味を示すような行動をとっており,被控訴人夫婦の注意も理解していなかったのである。被控訴人夫婦は子どもに対する間違った見方をしていたのである。
(イ) 原判決は,被控訴人Aが,原審における本人尋問で「火事の原因は,Dがマッチでぬいぐるみに火をつけたところ燃えて,消そうとしたけれどだめだったということを主人から聞いた」と被控訴人らの主張に沿う供述をしているにもかかわらず,「マッチでぬいぐるみに火を付けたこと自体が直接本件火災原因となったかどうかはともかくとしても」と極めて曖昧な矛盾した判断をしている。マッチもぬいぐるみも,その存在について実況見分状況書(甲12)からは不明であるにもかかわらず,マッチの存在のみ明確に認め,「ぬいぐるみ」については曖昧にしている。
マッチを擦って発火しても,何かの燃焼物に引火しないと,火災にはならない。原判決が被控訴人らの主張や被控訴人Aの「マッチでぬいぐるみに火をつけた」との供述を否定してまで,本件火災が発生した原因をマッチ類を弄んだ結果と認定したのは,電気ストーブを否定するための牽強付会の結論である。
(ウ) 原判決が,「2階がしゃぶしゃぶ店であるため,3階も日中は暖かいし,Dを一人にすることになり,危険だから電源を入れなかったという被告Aの供述もあながち不自然であるとはいえない。」と判断したのは誤りである。
原判決は,3階にオイルヒーター,電気ストーブが置いてある事実を看過している。「2階がしゃぶしゃぶ店であるため,3階も日中は暖かい」というのは何に基づいてそのようなことが判断できるのか,それならオイルヒーターや電気ストーブは必要ではない。被控訴人AとDが3階に上がったのは,午前11時過ぎであり,2階に「だんだんお客が入ってくる時間が近づいてくる」時であって(原審における被控訴人Aの本人尋問の結果),2階の熱気で,オイルヒーターや電気ストーブをつけなくてもよいほど3階が暖かくなってはいない時間である。
しかも,Dは,1週間前からおたふく風邪の疑いで,保育所を休んでいたのであり,病み上がりの状態にあった子どもを母親が暖房器もつけないで一人にしておくであろうか。電気ストーブはともかくとして,オイルヒーターの電源を抜いたとの供述は不自然極まりない。原判決が上記のとおり被控訴人Aの供述を措信した判断は全くの誤りである。
(2) 被控訴人夫婦の重過失
前記のとおり,本件火災が発生した原因は「Dがぬいぐるみを電気ストーブに近づけて発火した」と認定されるべきである。かつ,未成年者Dの監督義務者である被控訴人夫婦に,監督について,重大な過失があった。
ア 電気ストーブの電源をコンセントから抜かず,スイッチを入れなかったとしても,5歳のDが容易にスイッチを入れることができた状態であったことは推測に難くない。スイッチを入れた電気ストーブにDはぬいぐるみを近づけたため,引火したと推認される。幼児がぬいぐるみや人形で遊んでいて,近くにストーブでもあると,ぬいぐるみや人形を抱いて,自分と同じように寒いと思い,ストーブに近づけるのは,よく見かける光景である。被控訴人Aは,電気ストーブの電源をコンセントから抜かずにスイッチを入れなかったとしても,5歳のDが容易にスイッチを入れることができる状態で放置したことになる。未成年者Dの監督義務者である同被控訴人の監督について重大な過失があったと認定される。
イ 被控訴人Aは,「Dがマッチでぬいぐるみに火をつけたところ燃えて,消そうとしたけれどだめだったということを主人から聞いた」と供述するが,幼児が大人の予想し難い行動をとることがあるにしても,Dがマッチでぬいぐるみに火をつけるとは考え難い。近くにマッチがなく,ぬいぐるみに火をつけて燃やそうとしてマッチを探しに行き,取って来てマッチを擦り,火をつけて燃やす幼児は,通常いない。また,マッチを擦り火をつけること自体,5歳のDには難しいことである。燃やしてはいけない物に火をつけて遊ぶという行為は異常な性格の幼児であれば別であるが,Dはそれに当たらない。大人の被控訴人Aですら気が付いていないのに,5歳の幼児がわざわざ3階から4階に上がり仏壇に置いてあったマッチ箱を取り出してくるなどということは,通常あり得ない。また,本件火災の現場からは,マッチのすり軸やマッチ箱の残焼物は見分されていない。
それにもかかわらず,被控訴人らがDがマッチでぬいぐるみに火をつけた事実を強調するのは,Dがマッチでぬいぐるみに火をつけるなどということは全く予想できなかったことで,被控訴人らの注意義務違反がなかったことを主張するための虚構の事実である。
もっとも,仮に,被控訴人らの主張どおりの事実であっても重過失責任がないことにはならない。被控訴人夫婦がDの異常な性格を知っていたなら,マッチでぬいぐるみに火をつけることのないよう監督すべきで,誰も見ていないところに一人にしておくこと自体,重大な過失で監督義務に違反していることは明らかである。
5 被控訴人らの主張
(1) 出火原因
ア 控訴人の主張は,証拠に基づかない独自の思い込み,推論によるもので,何らの根拠もなく,失当である。
控訴人は,Dがぬいぐるみを電気ストーブに近づけたため,本件火災が発生したと主張する。しかしながら,被控訴人Aは,電気ストーブのコンセントを抜いていたのであるから,これが点火されたのであれば,それはDがコンセントを差し込み,スイッチを入れたということになるが,かかる証拠は全くない。また,電気ストーブが点火された状態で火災になれば,その内部にも特異な焼燬状況が認められて自然であるが,本件では,そのような内部の焼燬は認められておらず,客観的にも,電気ストーブが点火されていたものとは認められない。
さらに,控訴人は,「幼児がぬいぐるみや人形で遊んでいて近くにストーブでもあるとぬいぐるみや人形を抱いて自分と同じように寒いと思いストーブに近づける行動をするのはよく見かける光景である」というが,控訴人独自の思い込みであって,何ら証拠に基づいた主張ではない。
したがって,原判決が,「Dが本件居室にあり点火されていた電気ストーブにぬいぐるみを近づけたことによって本件火災が発生したとは,にわかに認め難い」と判断したことは,当然である。
イ 原判決が,Dがマッチ類を弄んだ結果,本件火災が発生したと認めるのが相当であると認定したことは,証拠に基づいた正当な認定である。Dは,本件火災後,父親である被控訴人Bに対し,マッチを擦ってぬいぐるみに火をつけたらぬいぐるみが燃えだした,あわててたたいて火を消そうとしたが消えなかったと述べており,同供述を否定する証拠はない。
(2) 被控訴人夫婦の重過失
ア 控訴人は,予備的に,発火の原因として被控訴人らの主張を認めた上で,この場合でも,Dの異常な性格を知っていて,同人を一人にしておくこと自体,被控訴人夫婦に重大な過失があったと主張する。
イ しかしながら,原判決が認定したように,①被控訴人夫婦は,被控訴人Bが消防署勤務であるため,日頃から,Dに対し,火には特に気をつけるようにと注意しており,火災のテレビニュースのときにも火は怖くて大変なことになると注意し,ライターを触ってはいけないと,具体的に注意していたし,Dも特に火に興味を示す行動はなく,被控訴人夫婦の注意を分かっているという態度で聞いていた,②被控訴人夫婦の自宅にはマッチはなかった,③被控訴人Aは,Dを一人にしたときは,ビデオテープをセットしてそれを見ておくように言いつけ,居室内にたばこやライターがないことを確認し,電気ストーブ等のコンセントも抜いた,④出火建物の3階にはマッチは置いておらず,4階の仏壇の所に置いてあるだけであったし,被控訴人AもDを一人にしたときには,そのことには思いも至らなかった,という状況であったのであり,かかる状況の下では,被控訴人夫婦において,Dが4階の仏壇の所に置いてあるマッチを持ち出し,ぬいぐるみに火をつけるなど,マッチ類を用いて本件火災を発生させる危険,兆候等があるものと予見することは容易であったとは到底いえず,被控訴人夫婦が本件火災発生前にDに対してとった監督措置が,一般に要求される程度から著しく乖離していたとは到底言えず,被控訴人夫婦にDに対する監督を怠ったことにつき重過失があったものとはいえない。
第3当裁判所の判断
1 本件火災の発生原因について
(1) 証拠(甲12,乙4,当審提出の甲23,24,当審証人F,原審における被控訴人A本人,当審における被控訴人B本人)によると,被控訴人Aは,本件火災当日の午前10時ころ,Dを連れて,父親である被控訴人Cの経営する飲食店を手伝うために,実家の出火建物に赴いたこと,被控訴人Aは,午前11時過ぎころ,同店を訪れる客が増える時間となったため,Dを3階にある同被控訴人の弟の使用している本件居室に連れて行ったこと,そして,同被控訴人は,本件居室が階下からの熱で暖かくなっていたことから,暖房器具をつけたままにすることに不安があったこともあり,同居室のオイルヒーターと電気ストーブのコンセントをいずれも抜いた上,弟の使うライターのないことも確認し,Dに見せるビデオをセットして,同人を同居室に一人にして,階下に降りたこと,ところが,同日午後零時24分ころ,出火建物の3階から出火し,本件居室の壁や天井を焼燬し,Dが火傷を負ったこと,同人は,その後,入院した病院において,父親である被控訴人Bに対し,本件火災の原因に関し,「マッチに火をつけて消しては,ごみ箱に投げ入れて遊んでいたところ,同ごみ箱が燃えてきたため,近くにあったぬいぐるみでたたいて消そうとしたが,消えずに火が大きくなったので逃げ出した」旨を話したこと,本件火災後,大阪市E消防署の行った実況見分では,本件居室の南東側に置かれていたプラスチック製収納ボックスの辺りが強く焼燬しており,ことに同ボックスの最下段のごみ容器は,原形が見られないほど強く焼燬し,溶融していて,同居室の南東部付近下部から北側上部へ,短時間で燃え広がったことが見分されたこと,同消防署は,同室内の電気配線や電気ストーブ及びオイルヒーターから出火した形跡がなく,電気ストーブの熱により近接した物に引火した様子もなかったことや,たばこや放火による出火の可能性も低いことから,被控訴人Bが聞き取ったDからの話しに基づいて,本件火災の原因を,同人の火遊びによるものと判定したことが認められる。
(2) 以上の事実によると,本件火災は,Dが上記のように被控訴人Bに話したとおりの原因により発生したものと認めるのが相当である。
もっとも,上記の実況見分においては,本件火災の火元となった本件居室からは,ぬいぐるみやマッチ軸及びマッチ箱の焼残物が発見されていないが,当審証人Fの証言によると,同居室の強い焼燬状況から見て,それらの焼残物がなくても不自然ではないことが認められるのであるから,そのことから本件火災の原因がマッチを弄んだDの火遊びによるものではないということはいえない。
また,被控訴人Aは,本件火災の原因について,Dがマッチを擦ってぬいぐるみに火をつけたら,燃えだしたので,あわててたたいて火を消そうとしたが消えなかった旨聞いている旨陳述又は供述をするが(乙4,原審における同被控訴人本人),当審における被控訴人B本人の供述によると,これらは被控訴人Aの記憶違いであることが認められるから,被控訴人Aの上記供述が前記認定を左右するものではない。
さらに,控訴人が本件火災の原因調査を依頼した調査会社の調査員は,その報告書に,被控訴人Bの申述として「石油ストーブの上にぬいぐるみを置いたため火災となった」旨を記載し,火災原因として「ぬいぐるみが焼けていきなり石油ストーブの灯油に引火した」と結論づけていることが認められるが(甲3),同内容は消防署の前記判定及び被控訴人Bの前記供述に照らして措信することができない(被控訴人Bが,本件火災につき被控訴人らの責任を免れるために,その原因についての供述を変えたものということもできない。)。
なお,本件火災が,電気ストーブの焼燬状況から見て,同ストーブの熱による出火又は引火によるものとも認められないことは,前記認定の事実から明らかである。
2 被控訴人らの責任について
(1) Dは,本件火災の当時,5歳であって,責任を弁識する能力のない未成年者であり,その行為により本件火災が発生したものであるから,同人の両親である被控訴人夫婦は,未成年者の監督義務者として,本件火災による損害を賠償する責任を負うところ(民法714条),同監督義務者に未成年者の監督について重大な過失がなかったときには,その責任を免れると解される(最高裁判所平成7年1月24日第三小法廷判決・民集49巻1号25頁参照)。
(2) しかして,前記認定のとおりの事実からすれば,被控訴人Aは,Dが未だ5歳の幼児であって,大人には予想できない行動に出ることがありうることを容易に認識し得べきところであり,同人が出火建物のどこからかマッチを見つけ出してこれを弄ぶことも予想すべきものであったというべきである上,しかも,乙4及び原審における被控訴人Aの供述からして,Dがマッチを本件居室から探し出したか,あるいは同居室に持ち込むことも容易にできた状況にあったと認められるにもかかわらず,同人を一人本件居室に残し,少なくとも1時間以上放置したものであるから,被控訴人Aは,同被控訴人において,暖房器具の使用やライターの存在には注意を払っていたとの事実があったことを考慮しても,Dが前記のとおりマッチを弄んだ結果失火したことにより発生した本件火災について,いまだ重過失がなかったとはいえないというべきである。
(3) 被控訴人Aは,自宅にはマッチはなく,また,出火建物の1階から3階までにもマッチはなく,同建物にマッチがあるとすれば,4階のGの部屋の仏壇であるが,同被控訴人において,Dが3階から4階に至って仏壇からマッチを持ち出すことは予見することができなかったと陳述及び供述をする(乙4,原審における同被控訴人本人)。
しかしながら,被控訴人Cは,出火建物において,飲食店を営業していたのであり,また,普段,本件居室を使用している被控訴人Aの弟は喫煙する習慣があったのであるから,同建物の1階から3階までにマッチがなかったという被控訴人Aの陳述等はにわかに信用することができないし,同被控訴人の陳述等によっても,年に数回は,同被控訴人の母親が仏壇からマッチを取り出して,マッチを擦るのをDが見ているというのであるから,同被控訴人において,Dが,出火建物の3階から4階に至り,マッチを持ち出すことは容易に予見することができたというべきであるから,同被控訴人の上記陳述等をもっても,前記判断を左右することはできない。
(4) また,被控訴人らは,被控訴人夫婦において,日ごろから,Dやその兄姉に対し,被控訴人Bが消防士であり,火を消すのが仕事だから,火は怖いものであり,火に興味を持ったり,触ったりしてはいけないこと,被控訴人Bのライターを触ってはいけないことを話しており,あるいは,テレビで火事のニュースを見たときには,怖いし,大変なことになることも告げたりしていたが,Dはこれを理解している様子であり,事実,ライターに興味を持って触るなどのことはなかったとして,被控訴人らには上記重過失がなかったと主張するが,同主張を考慮しても,本件火災について,被控訴人Aに重過失がなかったとはいえないとの前記判断を左右するものではない。
(5) 他方,当審における被控訴人B本人尋問の結果によると,同被控訴人は,自己の実家に帰っていて,本件火災の当時,現場にはいなかったことが認められるところ,同被控訴人については,被控訴人Aについてみたような上記事情は認められないから,Dに対する監督を怠ったことにつき重過失まではなかったといわざるを得ない。
また,被控訴人Cに責任のないことは,原判決の説示するとおりであるから(原判決10頁19行目から11頁18頁まで),これを引用する。
3 本件火災による控訴人の損害について
(1) 休業損害
ア 前記争いのない事実,甲1,甲12及び原審における控訴人本人尋問の結果によると,控訴人においては,本件火災に基づく出火建物3階の南側開口部からの噴炎により,罹災建物が延焼に及び,同建物3階の天井,側壁が焼損し,1,2階の家具等に水損があったため,同建物の復旧のために改修費を支出したほか,自らが同建物において営業していた喫茶店の休業を余儀なくされて,その間の営業利益を失ったこと(以下,同損害を「休業損害」という。)が認められる(建物復旧の費用については,火災保険金により賄われたことから,控訴人は本訴において賠償を求めていない。)。
イ そして,乙3の1ないし8及び原審における控訴人本人尋問の結果によると,控訴人との間に罹災建物について火災保険契約を締結していたH火災海上保険株式会社は,本件火災による控訴人の休業損害につき,罹災建物の復旧に要する期間を,本件火災当日から,同工事の工期60日に前後各10日間の片づけ期間・開店準備期間を加えた80日とし,同期間の売上減少高696万6656円に支払限度率80.7766パーセント(粗利益額2329万4823円に1.1を乗じたものを売上高3172万2440円で除した割合)を乗じ,これから支出を免れた経常費等88万1207円を控除した474万6220円と算出し,控訴人に対し,これに相当する保険金を支払ったことが認められるところ,同額を超えて控訴人に本件火災と相当因果関係のある休業損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。
ウ この点に関し,罹災建物の復旧工事(解体・改築)を請け負い,これを完成させたI建設株式会社のJは,その陳述書(甲20)において,罹災建物の上記工事が,平成13年3月5日から同年7月10日まで,長い工期を要した理由として,罹災建物が,道幅が狭く人通りの多い飲食店の密集する商店街に位置し,昼間に物品等の搬出が困難であったため,裏側のガレージを賃借したことから,その準備期間が必要であったこと,罹災建物には家財道具,店舗内の家具,備品類が多量にあり,廊下,階段,搬出口が狭いので,小割りにして搬出せざるを得なかったこと,罹災建物は出火建物との反対側にある店舗と接着している部分があり,解体を手ばらしで行うなど,慎重に工事をしたほか,同店舗の営業に支障がないように,午前中の騒音・振動を避けなければならなかったこと,罹災建物の2階が住居となっているため,残業もできなかったこと等を述べている。
しかしながら,出火建物については,本件火災から90日を経過した平成13年3月8日には,店舗を再開していること(乙4),罹災建物は出火建物に比して規模が小さいこと(甲10及び11の各1・2,原審における控訴人本人),罹災建物の内装工事についても,家具等の製作期間を含めても,着手から1か月余で完成をみていること(甲21)に照らすと,前記80日の期間を超えた休業損害は,本件火災とは相当因果関係を欠くものといわざるを得ない。
エ したがって,本件火災による控訴人の休業損害は,前記火災保険により全て填補されたというべきである。
(2) 慰謝料
本件火災は,控訴人にとって,被控訴人C所有の建物からの出火による2度目の罹災となるものであり,その憤懣に著しいものがあることは容易に推認することができるほか,火災そのものによる驚愕や,罹災建物の復旧及び営業の再開に向けて尽力したことによる心労は,察するに余りあるというべきであるから,控訴人においては,本件火災による人的損害がなく,また,財産的損害が上記保険金によって賄われたからといって,本件火災による精神的苦痛が発生せず,あるいはそれが解消されたものとはいえず,なお金銭をもって慰謝されるべきものがあるというべきところ,その金額は,本件火災の原因と被控訴人Aの過失の程度等をも斟酌して,300万円をもって相当とするというべきである。
なお,控訴人が,本件火災ののち,左目の束状角膜炎に罹患したことについては(甲19),本件火災と相当因果関係があると認めるに足りる証拠はないから,これを慰謝料額算定において考慮することはできないし,本件火災後における被控訴人らの行動が控訴人にとって不快感を覚えるものであったとしても,これをもって慰謝料の増額の事由とすることはできないというべきである。また,控訴人は,本件火災により,火災保険金を受領したにもかかわらず,なお負債を残したと主張するが,これらは主として,罹災建物の品格を上げる費用や,罹災建物の敷地の購入費用であると認められるから(甲8〔枝番を含む。〕,11の1・2),そのような負債の存在も,慰謝料の算定において考慮することはできない。
(3) 弁護士費用
上記事実関係に照らし,30万円をもって相当と認める。
4 以上によれば,控訴人の被控訴人Aに対する請求は,上記慰謝料及び弁護士費用の合計330万円及びこれに対する前記遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,これを認容すべきであるが,その余は失当として棄却すべきものであり,被控訴人B及び被控訴人Cに対する請求は,全部理由がないからこれを棄却すべきものである。
よって,控訴人の被控訴人Aに対する請求を全部棄却した原判決を変更し,同被控訴人に対する請求を上記の限度で認容し,その余の請求を棄却した上,被控訴人B及び被控訴人Cに対する本件各控訴をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 菊池徹)
裁判官細島秀勝は,転補のため,署名,捺印することができない。裁判長裁判官 大和陽一郎
別紙省略