大阪高等裁判所 平成17年(ネ)2103号 判決 2006年8月31日
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は,控訴人に対し,金9万4402円及びこれに対する平成16年1月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人の反訴請求を棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審とも,本訴・反訴を通じて,全部被控訴人の負担とする。
3 この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2被控訴人の反訴請求の趣旨
控訴人は,被控訴人に対し,49万9043円及びこれに対する平成16年1月28日から同年3月2日まで年18パーセント,同月3日から支払済みまで年26.28パーセントの各割合による金員を支払え。
第3事案の概要
1 本件は,控訴人が,貸金業者である被控訴人との継続的金銭消費貸借取引(以下「本件取引」という。)における貸付金の返済について,利息制限法に定める制限利率に従って計算した利息(以下「制限利息」という。)を超えて支払った約定利息(以下「超過利息」又は「制限超過部分」という。)を貸金元本に充当する計算を行った結果,過払金が生じたと主張して,不当利得返還請求権に基づき,同過払金の返還及びこれに対する民法所定の年5分の割合による利息の支払を求めて本訴を提起したところ(なお,控訴人は,当審において,上記充当計算を,原判決別紙計算表(1)から本判決別紙「利息計算書」のとおりに改め,請求を拡張した。),被控訴人が,本件取引における約定利息の支払については,貸金業の規制等に関する法律(以下「法」という。)43条1項が適用され,これが有効な利息の弁済とみなされると主張して,上記みなし弁済を前提とする貸金残元本並びにこれに対する制限利息及び利息制限法の範囲内における利率に基づく遅延損害金の支払を求めて反訴を提起した事案である(本訴請求における最終残元本に対する利息の起算日は,最終の取引日の翌日であり,反訴請求における遅延損害金の起算日は,控訴人が分割払の期限の利益を失ったとする日の翌日である。)。
2 原判決は,本件取引における控訴人による約定利息の支払は,いずれも法43条1項の要件を満たし,これが有効な利息の弁済とみなされると判断して,控訴人の本訴請求を棄却するとともに,被控訴人の反訴請求を認容したことから(ただし,貸金元本の一部に対する利息発生の起算日を遅らせた。),これを不服とする控訴人が控訴に及んだものである(被控訴人からの不服申立てはない。)。
3 前提事実及び争点は,後記4及び5のとおり,当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄第2「事案の概要」の1及び2(原判決2頁10行目から6頁14行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決5頁5行目の「1号リ」の次に「(平成12年総理府大蔵省令第25号による改正後は同号カ)」を加え,6頁11行目の「別紙「計算表(1)」記載」を「別紙利息計算書」記載と改める。)。
4 当審における控訴人の主張
(1) 本件取引における控訴人による約定利息の支払については,貸付けに当たり,法17条1項に定める書面(以下「17条書面」という。)の交付が行われていないことから,法43条1項の要件を満たさず,有効な利息の支払とはみなされない。
ア 本件取引はリボルビング方式による継続的な貸付けと返済を繰り返すものであるが,リボルビング方式による継続的な貸付けについても,他の方式による貸付けに比して,包括契約時及び個別貸付けの都度交付すべき17条書面の記載要件が緩和されているわけではなく(包括契約時の書面で個別貸付時の記載事項を補うことは許されない。),「返済期間及び返済回数」(法17条1項6号)や「各回の返済期日及び返済金額」(規則13条1項1号チ)の記載が必要であることは,最高裁判所平成17年12月15日第一小法廷判決(裁判所時報1402号3頁)が判示するとおりである。
イ 本件取引においては,被控訴人は,上記のような記載のある17条書面を控訴人に交付していないから,控訴人の約定利息の支払については,法43条1項を適用する余地はない。
① まず,被控訴人が貸付時に控訴人に交付した書面のうち,平成10年8月28日までの取引については,返済期間及び返済回数,各回の返済期日及び返済金額の記載がないことが明らかである(乙153ないし199。なお,乙150ないし152には,最終支払日と返済回数の記載があるが,これらは貸付契約の内容を記載した書面ではないから,17条書面の交付があったといえないことは明らかである。)。
② 次に,被控訴人が貸付時に控訴人に交付した書面のうち,平成10年8月31日から平成14年12月25日までの取引については,最終支払日と返済回数の記載があるものの,各回の返済期日及び返済金額の記載は全くない(乙43ないし59,61ないし149)。
③ 被控訴人が貸付時に控訴人に交付した書面のうち,平成15年1月6日以降の取引については,表面に「約定返済額15,000円以上」「35日サイクル返済」という記載があり,裏面には判読するのが困難なほどの小さな字で「返済回数と最終期日は,約定の返済金額を約定の返済期日に返済した場合のものです」という記載がある(乙3,13。ないし41)。
しかし,この記載内容では「1万5000円以上の金額」を「35日以内に」支払うというものであって,例えば2万円を30日後に支払う場合も含まれ,「1万5000円を」「35日毎に」支払うということとは意味が異なるから,結局,どのような返済期日と返済金額の下での返済回数と最終期日の記載なのかが不明確であり,借主にしてみれば,自己の債務の重さを正確かつ明確に理解することができない。
また,債務者が,自己の債務の重さを認識し,漫然とした借入れを繰り返すことを防止するためには,各回の返済金額のうち,いくらが元金に充当され,いくらが利息に充当されるのかが明確になっていなければならないというべきであるが,被控訴人の交付した明細にはこの点の記載が全くない。
さらに,最終支払日の返済金額については,そもそも1万5000円も支払う必要はなく,完済するにはもっと少ない金額で済むはずなのに,明細書には1万5000円以上を支払わなければならないと記載されているのである。17条書面の記載内容は,正確かつ明確でなければならないのであるから(最高裁判所平成18年1月24日第三小法廷判決・裁判所時報1404号19頁),虚偽の最終回返済金額を記載していることになる被控訴人の書面が,17条書面に該当する余地はない。
④ 結局,被控訴人が貸付時に控訴人に交付した書面は,いずれも規則13条1項1号チに準じた事項の記載がないことは明らかである。被控訴人は,本件取引の途中から,個別の貸付けの際に交付されるご利用明細に返済回数と最終返済日を一応記載しているが,その記載内容は被控訴人が一方的に仮定した内容に過ぎず,その仮定した支払条件すら明らかでなく,その記載内容が客観的真実に合致するのかどうかも全く明らかでないから,借主である控訴人において,そのような記載では返済計画を立てることができない。
ウ なお,基本契約書(乙1)における返済の方式(法17条1項5号)の記載について,「借入金額スライドリボルビング方式」との記載では,債務者にとって一体どのような返済方式なのかが明確でなく,明確性の要件(前記最高裁判所平成18年1月24日判決)も欠くというべきである。
(2) 本件取引における控訴人の各返済には任意性がない。
ア 本件取引における基本契約書(乙1)によると,「本契約にもとづく返済を怠ったとき」に期限の利益を喪失するとされ(6条),そして,「本契約にもとづく返済」とは,支払日までの超過利息を含む約定利息に,被控訴人の定めた最低返済額に達するまでの元本を加えた金額を返済することをいうものである(同契約書の「借入利息計算方法」「各回の返済金額」の欄)。したがって,期限の利益喪失を定める上記特約は,超過利息を含む約定利息を支払わなければ期限の利益を喪失するという内容を含むことが明らかである。
このような特約が文言どおり効力を有するとすれば,控訴人は,支払期日に超過利息を含む約定利息の支払を怠った場合には,元本についての期限の利益を喪失する等の不利益を受けることになるが,それでは利息制限法1条1項によって本来は支払義務を負わない超過利息の支払を強制されることになるから,超過利息の支払を怠った場合に期限の利益を喪失するとする部分は,同法の趣旨に反し無効である(最高裁判所平成18年1月13日第二小法廷判決・裁判所時報1403号2頁)。そうすると,上記特約によっても,支払期日において,制限利息と,最低返済額マイナス約定利息で算出される支払うべき元本の合計額とを支払う限り,期限の利益を失うことはないというべきである。
控訴人は,上記特約のもとで,超過利息を含む最低返済額以上を返済しなければ期限の利益を喪失し,一括請求を受けるとの心理的強制を受けて,約定元利金の支払を続けたものであり,控訴人は,自己の自由な意思によって超過利息の支払をしたものとはいえない。
イ 本件取引においては,控訴人は,被控訴人の設置するATMを利用して返済をしているところ,ATMを利用した支払では,利息制限法に定める利息による充当を主張する機会が全く与えられていないから,超過利息を「利息として任意に支払った」とはいえず,法43条1項を適用する余地がないといえる。
ATMによる支払の場合,より一層,心理的強制が明らかである。ATMの表示には,利息として約定利息が表示されるのであり,借主はその利息を支払わなければ期限の利益を喪失すると誤解して,支払を続けることになる。また,仮に,借主に誤解が生じていなかったとしても,このような返済では,利息制限法に基づく充当を主張する機会が与えられないままに支払ったものとして,自己の自由な意思によって支払ったものとはいえない。借主において,弁済を撤回することはできるが,元本と制限利息のみを支払うことは,ATMの構造上不可能であるから,そうなると,支払期日に支払がないものとして期限の利益を喪失してしまうので,結局のところ,期限の利益を喪失することを避けるため,ATMの表示に従って制限超過部分を含む約定利息を支払わざるを得ないのである。
(3) 控訴人の利息の支払により生じた過払金には,少なくとも法定利息を付加すべきである。
以上のとおり,本件取引における控訴人の超過利息の支払については,法43条1項の適用の余地はないから,利息制限法の制限利率に従って,超過利息につき元本に対する充当計算を行うべきところ,同計算によると借入元本は既に消滅して過払となっている。
そして,被控訴人は,過払金につき,その発生のときから,少なくとも商事法定利率年6分の割合による運用利益を取得している反面,控訴人は,少なくともその分,損失を被っているのであるから,民法703条により,被控訴人の悪意,善意にかかわらず,同運用利益のうち,少なくとも民法所定の年5分の割合による利息を控訴人に返還しなければならない。
最高裁判所昭和38年12月24日第三小法廷判決(民集17巻12号1720頁。なお,最高裁判所昭和40年4月22日第一小法廷判決・民集19巻3号689頁,最高裁判所昭和41年4月14日第一小法廷判決・民集20巻4号611頁参照)の考え方によれば,一般市民が損失者であっても,民法703条に基づき,利得金に民法所定の年5分の利率で計算された利息相当額を付して,返還させなければならないという帰結になる。
(4) また,被控訴人は,悪意の利得者でもあるから,この点からも過払金には法定利息を付すべきこととなる。
ア 民法704条にいう悪意の受益者とは,「法律上の原因がないことを知りながら,利得した者」(最高裁判所昭和37年6月19日判決・集民61号251頁)であり,制限利息を超える利息又は損害金を受領していることについて知っていることが悪意の内容である。利息制限法違反の高利の金利は,利息制限法所定利率を超えた部分が当然に元本に充当されること(最高裁判所昭和39年11月18日大法廷判決・民集18巻9号1868頁),そして,超過利息の元本充当により計算上元本が完済となったときは,債務者はその後に債務の不存在を知らないで支払った金額については不当利得金として返還を請求することができること(最高裁判所昭和43年11月13日大法廷判決・民集22巻12号2526頁)は確定した判例であり,実務上の処理とされてきた。利息制限法を超える高利の営業をする貸金業者において,不当利得金の取得について悪意であることは自明であり,大原則である。
イ 利息制限法の上記原則に対して,法43条1項のみなし弁済の規定が設けられたのは,昭和58年における法の制定によるものである。同規定は,法17条,18条に定める記載事項を充たした各書面が交付され,しかも債務者が利息制限法違反の高金利を自ら容認して任意に支払った場合にのみ,有効な利息の支払と認めるとする規定である。しかるに,被控訴人は,リボルビング方式という特殊な契約であるとして,法17条,18条に定める要件の各書面の交付を欠く取引をしてきた。また,被控訴人は,法43条1項の趣旨を踏みにじって,超過利息の支払を契約上の義務であるとして,債務者にこれを請求して支払わせてきたもので,過払金の取得につき善意であるとの主張は到底認められない。
なお,みなし弁済が成立すると考えていたという法律上の錯誤は,悪意の要件事実には全く関係しない。法43条1項は,貸金業者が主張立証する抗弁にすぎず,かかる抗弁に関する認識によって,請求原因に関する認識(悪意の有無)が左右されることはない。
(5) そもそも法43条1項の規定は,憲法に違反するものである。
ア 元来,超過利息は,違法,無効なものであって,債務として存在しない(自然債務でもない)のに,法43条1項においてこれを有効とする立法をしたことは,最高裁判所の判決(前記昭和39年11月18日判決,昭和43年10月29日第三小法廷判決・民集22巻10号2257頁)を否定するものであり,憲法上の権力分立原理に反し,憲法保障制度にも反するというべきである。
イ また,法43条1項は,一般的には,法が貸金業者に対し必要な規制を行うことにより,いわゆる「やみ金融」が助長されることを防止し,資金需要者等の利益を保護するために設けられたものと説明されているが,実際には資金需要者等の過払金返還請求権や元本充当請求権等の利益を剥奪する結果となっており,何らその利益保護とはなっていない。超過利息の返還を否定することは,憲法29条,25条,13条で保障された権利を侵害するものである。
ウ さらに,17条書面に,利息制限法違反の利息を記載するのは,法1条の目的に反するものである。資金需要者等は,このような記載があることにより,本来なら超過利息は支払わなくてもよいとは考えないから,このような記載は錯誤を誘引する不正記載である。超過利息の支払は錯誤に基づいて行われるのであるから,この過程を見るならば,法43条は,著しく法の廉潔性を害しており,憲法31条,13条の適正手続条項にも違反している。
エ なお,法43条1項は,昭和58年の立法当時に,5年間の暫定措置ということで了解されて,立法されているのであり,立法事実は既に失われている。
5 当審における被控訴人の主張
(1) 法43条1項が制定された時に,リボルビング方式の貸付けが想定されていなかったからといって,同方式について直截にみなし弁済を否定すべきではなく,同方式の貸付けにおいては,「返済期間及び返済回数」を一義的に記載する必要はないものというべきである。
ア 法43条1項の立法趣旨は,証書貸付け又はリボルビング方式の貸付けといった貸付方法とは無関係なのである。実質的にも,消費者金融業者が商工ローン業者と比較して,不利益に扱われるべき合理的理由はない。
被控訴人は,平成10年6月15日以降の個別の明細書に,返済期間及び返済回数を記載しているが(乙205,152),その記載がなくても,控訴人は容易に将来の返済計画を立てることができる。リボルビング方式による貸付けの場合,顧客は,返済期間及び返済回数について,何ら関心を持っておらず,さらに,その記載が現実には意味をなさないことは,実際の控訴人の取引経過を見ても一目瞭然である。リボルビング方式による貸付けにおいて,実際に顧客が返済計画として必要とする情報は,次回の支払期限と,次回の返済額であるが,被控訴人は,このような必要な情報を十分に示していた。
イ 法43条1項の解釈適用に当たっては,同条文を文言どおり形式的に解釈適用するのではなく,実際の融資形態に即して,その適用を肯定するに足りる特段の事情が存するかどうかという立法趣旨からの実質的な解釈ないし判断をすべきである。大手消費者金融会社のリボルビング方式の貸付けについては,借手に交付されている書面に法17条1項,18条1項の文言どおりでない部分が存するとしても,消費者金融の社会的役割,その事業の特性からすれば,法43条の規定の適用を肯定するに足ると評価できる場合があり,直ちに法定記載事項を満たしていないという結論をとるべきではない。
(2) 超過利息の支払の任意性について
ア 控訴人の主張は,最高裁判所平成2年1月22日第二小法廷判決(民集44巻1号332頁)が,超過利息を「利息として任意に支払った」というためには,債務者が制限利息を超えていること,あるいは超過利息の契約が無効であることまで認識していることを要しないと判示していることに反するものである。
イ 控訴人の主張は,法43条の立法の趣旨にも反するものである。すなわち,仮に控訴人が主張するように,債務者が支払をするに当たり,契約に従って利息を支払うか,利息制限法に従って利息を支払うかの選択肢を有していない限り,任意性が認められないのだとすれば,あえて自己に不利な選択をして超過利息の支払をする債務者など存在するはずがないのであるから,法43条1項が適用される場面もなくなり,法がわざわざ同条項を設けた意味は全くなくなってしまう。
ウ ATMを利用した支払についても,その支払に任意性が認められることは,店頭における返済と変わりがない。被控訴人が控訴人に対しATMの利用を強制したわけではなく,控訴人がその利便性から,自らの意思でATMを利用しているのである。
(3) 過払金に対する利息について
ア 民法は,不当利得返還義務について,受益者は「その利益の存する限度において」のみ返還義務を負うとし,例外的に受益者が悪意の場合にはその受けた利益に利息を付して返還しなければならないと規定しているのであり,控訴人の主張に従えば,民法が703条の特別規定として704条を定めた意味が完全に失われるのである。
イ 控訴人の指摘する最高裁判例は,いずれも本件と事案を異にし,当然に返還請求権者に法定利率による利息相当額の損失があるものと認めたものではない。
そして,本件では,控訴人の運用利益については,何ら立証されておらず,かつ,その運用利益のうち被控訴人の行為の介入がなくとも控訴人が当然取得したであろうと考えられる範囲についても,一切立証されていない。
ウ 控訴人は,被控訴人が年6分の割合による利息相当額以上の利益を上げていると決めつけているが,全く妥当ではない。超低金利時代にあっても資金調達コストを考えると,被控訴人は,制限利息による貸付けでは経営が成り立たないのであり,利息制限法所定利率に引き直して計算した過払金を返還するだけでも,控訴人との取引では損失を被る。ゆえに,仮に,控訴人が制限利息により借入れを申し入れてきたのであれば,被控訴人は決して貸し付けることなどなかったものであり,しかも,過払金返還請求に対する人的,物的コスト,既納付税の問題により,被控訴人の損失はさらに膨らむのである。
(4) 悪意の受益者について
ア 民法704条の「悪意」とは,「法律上の原因のないことを知りながら利得した」場合を意味する。善意ではあるが過失がある場合,又は,ある利得が将来法律上の原因を欠くものとなる可能性を知る場合には,「悪意」と評価することはできない。
被控訴人は,みなし弁済が成立すると信じて債務者からの弁済を受領してきたものであり,百歩譲ったとしても,被控訴人は,みなし弁済が認められずに敗訴する可能性,すなわち,将来過払金が法律上の原因を欠くものとなる可能性を知っていたにすぎないのであるから,被控訴人が本件訴訟において敗訴したとしても,「悪意者」には該当しない。
イ 控訴人は,法43条1項が貸金業者が主張,立証する抗弁にすぎないことを前提として,かかる抗弁に関する認識によって,請求原因に関する認識(悪意の有無)が左右されることはないと主張するが,同主張は,「衡平」をその目的とする不当利得と,「立証責任の分配」をその目的とする要件事実とを混同するものである。
いわゆる過払金返還請求の場合,「法律上の原因のないこと」の意味から解釈すると,その要件には,「利息制限法に定める利率による利息を超える利息又は損害金を受領していること」だけでは足りず,「みなし弁済が成立しないこと,すなわち,みなし弁済の要件事実のいずれかが欠けること」も含まれると考えるべきである。なぜなら,みなし弁済が成立すれば,そもそも過払金が発生しないのであるから,みなし弁済が成立する場合には,顧客から消費者金融会社へと利息制限法に定める利率による利息を超える利息又は損害金という財貨の移転があったとしても,その財産的価値の移動は当事者間(顧客と消費者金融会社)において,まさに正当だからである。すなわち,みなし弁済が成立するのであれば,「法律上の原因」はあるのである。実質的にみても,返還請求者が,自らの意思で利息制限法に定める利率による利息を超える利息又は損害金の支払を約定していること,消費者金融会社は,みなし弁済の成立を当然の前提として営業していることなどから,公平の理念にも合致する。
ウ 被控訴人は,みなし弁済が成立することを当然の前提として,債務者から返済を受けている。そうであるからこそ,本件でも,経済的合理性を無視して,莫大な時間と費用をかけて未整理の膨大な数の明細書のデータ(ジャーナル)から,本件取引に関するものを抽出・整理し,書証として提出して,みなし弁済の主張をしてきたのである。法の立法趣旨からわかるとおり,法の施行当初は健全な貸金業者であれば,みなし弁済が認められると考えられていた。
ところが,時代の変遷によりみなし弁済が問題視されるようになるとともに,17条書面及び18条書面の記載の不備が指摘されるようになったが,被控訴人は,法を遵守して業務を遂行・継続するために,その時々の行政指導,さらには,過去の多数の裁判例等に対応して,17条書面及び18条書面の書式を,その都度改訂,作成してきたのである。そして,被控訴人は,17条書面及び18条書面について,監督官庁に記載内容等の適否を確認するために届出をし,その了解を得た上で,債務者に対し交付しているのであって,常に法を遵守したものを交付していると認識している。また,ATMについても,みなし弁済を否定した裁判例に先駆けて,問題点が指摘されれば,それを解決するために変更を加えるなどしてきたのである。被控訴人の経営は,利息制限法に定める利率では成り立たないのであって,みなし弁済の成立がその経営の大前提となっているのである。
本件取引当時,法43条1項の要件(17条書面の要件,18条書面の要件等)について,最高裁判所はもとより,下級審裁判例の支配的な見解が確立されていたわけではないことにかんがみれば,控訴人からの各返済の際,被控訴人がみなし弁済の適用があると認識していたことは明らかであり,少なくともみなし弁済の適用がないとの認識を有していたとは認められない。
エ 悪意の有無は,あくまで当該行為時(被控訴人の制限超過利息受領時)を基準として判断されるべきものであり,事後的に法43条1項のみなし弁済の要件を満たさないと判断されたことにより,遡って,被控訴人が利息制限法上の制限超過利息を法律上の原因のないことを知りながら利得したと判断することは,全くの誤りである。また,仮に,民法189条2項を類推適用するとしても,訴訟係属の時に遡って悪意者としての責任が認められるにすぎない。
オ みなし弁済が認められないことが確実となったのは,前記最高裁判所平成18年1月13日判決以降のことである。裁判においてみなし弁済が認められてきた例は,原判決をはじめとして,枚挙に暇がなく,法制定当時から本件取引当時まで,みなし弁済の成否(17条書面及び18条書面の要件等)について,最高裁判例はもとより,下級審裁判例の支配的な見解が確立されていたわけではないのである。ところが,上記最高裁判所判決において,内閣府令たる規則15条2項そのものが,法18条1項の委任の範囲を逸脱した違法な規定として無効と判示された。被控訴人を含む消費者金融会社は,規則15条2項に従って貸金業者の商号等,一部法定記載事項を省略した18条書面を交付していたため,上記最高裁判決によって,消費者金融会社は,規則に従っていただけで落ち度がないにもかかわらず,18条書面の交付が認められないこととなり,みなし弁済の成立が否定されることとなったのである。
なお,前記最高裁平成17年12月15日判決は,リボルビング方式の貸付けに関し,法17条1項所定事項の記載を欠くとして,みなし弁済の成立を否定しているが,同方式の貸付けについて,みなし弁済を完全に否定したわけではなく,同条1項所定事項のうち,確定的な記載が不可能な事項については,当該事項に準じた事項を記載すれば,当該事項を記載したものと解すべき旨判示しているのである。
被控訴人は,平成10年6月15日以降に顧客に交付した17条書面には,顧客が追加借入れをせずに約定返済期日に約定最低返済額を返済し続けたと仮定したときの返済期間,返済回数を記載しているのであるから,上記最高裁判所判決に従えば,「返済期間及び返済回数」に準じた事項を記載したものとして,記載義務を尽くしていたことになる。それ以前は,技術的に記載することができず,上記準じた事項を記載することが可能であったとはいえないから,別の事項を記載することなどによって,準じた事項を記載したとして,記載義務を尽くしたものと解される余地がある。
カ 以上により,被控訴人は,悪意の受益者とは到底いい得ない。
(5) 法43条1項の違憲性について
この点に関する控訴人の主張は,すべて理由がない。
控訴人の立論は,利息制限法を貸金業法の上位規範であるかのごとく決めつけたものであって,独自の見解にすぎない。現在の出資の受入れ,預り金及び金利等の取締りに関する法律の上限利率からみて,法43条1項が憲法13条,25条又は29条に反しないことは明らかであり,適正手続条項に反しないことも論を要しない。
第4当裁判所の判断
1 控訴人が,貸金業者である被控訴人との間に,継続的金銭消費貸借の基本契約及びその変更契約を締結し,同各契約に基づいて,別紙「利息計算書」中,「年月日」「借入金額」「返済額」欄記載のとおり,借入れ及び返済(本件取引)を行ったことは,前記前提事実のとおりである。
しかして,本件における基本契約及びその変更契約は,貸付金の利息を年28.47パーセント又は年27.375パーセントの割合と定めるものであり,利息制限法に定める制限利率を超えるものであるから,控訴人が上記各契約に従って支払った超過利息を,法43条1項により有効な利息の債務の弁済とみなすには,控訴人が超過利息を利息として任意に支払ったこと,並びに被控訴人において,貸付けの都度17条書面を,返済の都度18条書面を,それぞれ控訴人に交付したことの要件を満たす必要がある。
2 本件取引は,借入限度額(申込極度額)の範囲内で借入と返済とを繰り返すことを予定し,その返済の方式は,追加貸付けがあっても,当該貸付けについての分割払の約束がされるわけではなく,当該貸付けを含めたその時点での基本契約に基づく全貸付けの残元利金について,35日以内の返済期日に最低返済金額(元利金合計)を支払えば足りるとするものであり,いわゆるリボルビング方式の一つであるから,個々の貸付けについての「返済期間及び返済回数」や各回の「返済金額」(返済期間,返済金額等)は定めることができないし,残元利金についての返済期間,返済金額等は,控訴人が,今後,追加借入れをするかどうか,35日以内の返済期日に幾ら返済をするかによって変動することになり,被控訴人が,個々の貸付けの際に,当該貸付けやその時点での残元利金について,確定的な返済期間,返済金額等を17条書面に記載して控訴人に交付することは不可能であったといわざるを得ない。しかし,本件取引において,確定的な返済期間,返済金額等を17条書面に記載することが不可能であるからといって,被控訴人は,返済期間,返済金額等を17条書面に記載すべき義務を免れるものではなく,個々の貸付けの時点での残元利金について,最低返済額及び経過利息を毎月の返済期日に返済する場合の返済期間,返済金額等を17条書面に記載することは可能であるから,被控訴人は,これを確定的な返済期間,返済金額等の記載に準ずるものとして,17条書面として交付する書面に記載すべき義務があったというべきである(最高裁判所平成17年12月15日第一小法廷判決・裁判所時報1402号3頁参照)。
しかしながら,本件取引においては,そのような確定的な返済期間,返済金額等の記載に準ずる記載のある書面が交付されたことを認めるに足りる証拠はなく,本件取引における貸付けについては,適式な17条書面の交付があったとはいえないから,控訴人による超過利息の支払について,法43条1項の規定を適用して,有効な利息の債務の弁済とみなすことはできないというべきである。
なお,被控訴人が貸付時に控訴人に交付した書面のうち,平成9年1月7日の5万円の貸付けのもの(乙197)は「返済回数」の記載を欠き,同日の3万5000円の貸付け以降,平成10年6月10日までのもの(乙153,154,156,158,160,162,165,167,169,171,173,175ないし177,179,181,182,184,186,188,189,192ないし196)については返済期間,返済金額等の記載を欠き,平成10年8月31日以降平成14年11月28日までのもの(乙43,45,47,48,50,52,54,56,58,61,63,65,67,69,71,73,75,77,79,81,83,85,87,89,91,93,95,97,99,102,104,106,108,109,111,113,115,117,118,120,121,124,126,127,130,132,134,136,138ないし140,144,146,148,149)については返済回数及び最終支払期日のみの記載があるが,返済金額の記載はなく,平成15年1月6日以降の取引のもの(乙13,15,17,19,21,23,25,27,29,30,32,34,35,37,39,41)については,返済回数及び最終返済日のほか,「約定返済額15,000円以上」「35日サイクル返済」と記載しているが,以上のような内容の書面は,確定的な返済期間,返済金額等の記載に準ずる記載があったとはいえないから,いずれも適式な17条書面ということはできない。
3 次に,基本契約の契約書(乙1)には,特約として「本契約に基づく履行を怠ったとき」には期限の利益を喪失することが記載されているところ(6条),このような特約が,利息制限法1条1項の趣旨に反して容認することができず,上記特約のうち,控訴人が支払期日に制限超過部分の支払を怠った場合に期限の利益を喪失するとの部分は,同項の趣旨に反して無効であり,控訴人は支払期日に約定の元本及び利息の制限額を支払いさえすれば,制限超過部分の支払を怠ったとしても,期限の利益を喪失することなく,支払期日に約定の元本又は利息の制限額の支払を怠ったときに限り,期限の利益を喪失するものと解するのが相当であり,また,このような特約の存在は,通常,債務者に対し,支払期日に約定の元本と共に制限超過部分を含む約定利息を支払わない限り,期限の利益を喪失し,残元本全額を直ちに一括して支払い,これに対する遅延損害金を支払うべき義務を負うことになるとの誤解を与え,その結果,このような不利益を回避するために,制限超過部分を支払うことを債務者に事実上強制することとなるから,上記特約の下で,債務者が,利息として,利息の制限額を超える額の金銭を支払った場合には,上記のような誤解が生じなかったといえる特段の事情のない限り,債務者が自己の自由な意思によって制限超過部分を支払ったものということはできないことは,最高裁判所平成18年3月17日第二小法廷判決(裁判所時報1408号6頁)及び最高裁判所平成18年1月13日第二小法廷判決(裁判所時報1403号2頁)のとおりである。
本件取引において,控訴人について,上記のような誤解を生じなかったといえる特段の事情を認めるに足りる証拠はないから,控訴人が本件取引の返済について自己の自由な意思によって超過利息を支払ったということはできず,その支払については法43条1項の適用要件を欠くというべきである。
4 以上のとおり,本件取引における控訴人の超過利息の支払は,有効な利息の支払となり得ず,したがって,上記超過利息は,支払の都度,元本に充当されることとなり,充当が繰り返されて元本が消滅した後は,その支払ごとに,過払金(不当利得金)が発生することとなり,後に被控訴人の貸付けがあれば,同貸付債権に法定充当されることとなるというべきである。
そして,上記過払金については,貸金業者である被控訴人は,超過利息を受領するたびに,控訴人の損失により,法律上の原因がなく自らが利得することを知悉していたというべきであるから,被控訴人は,悪意の受益者として,過払金につき,その発生の日から消滅まで少なくとも年5分の割合による利息を付して,返還する義務があるというべきである(同利息の発生した後に,被控訴人の貸付けがあれば,同利息も同貸付債権に法定充当されることとなる。)。
しかして,本件取引における過払金及びこれに対する利息の発生と,元本に対する充当の関係は,別紙「利息計算書」のとおりとなり,控訴人は,被控訴人との最終の取引の日である平成16年1月29日現在で,被控訴人に対し,9万4402円の過払金返還請求権を有することとなる。
5 この点に関し,被控訴人は,控訴人の超過利息の支払については,法43条1項のみなし弁済が成立することを当然の前提として受領してきたのであり,過払金の発生時において控訴人の損失と被控訴人の利得との間に法律上の原因がないことを知っていたわけではないから,被控訴人が過払金を取得したことについては悪意の受益者ではない旨主張するが,金銭消費貸借において支払われた超過利息については,実体上,貸主がこれを法律上保持する原因はなく,借主の返還請求に対して,貸金業者である貸主が,抗弁として主張するみなし弁済の成立が立証されたときに,同返還請求の行使を阻止することができるに止まる性質のものであるから,被控訴人の上記主張は理由がない。
また,被控訴人は,抗弁に関する認識によって,請求原因に関する悪意の有無が左右されないとする控訴人の主張は,不当利得の問題と,立証責任の問題とを混同するものである旨主張するが,被控訴人が,超過利息の支払であることを認識してこれを受領したことが認められることは当然の前提となっており,みなし弁済の抗弁が立証されてはじめて,債務者からの過払金の返還請求権の行使を阻止することができるに止まることは上記のとおりであるから,この点に関する被控訴人の主張も採用することができない。
そのほか,被控訴人は,「法律上の原因がないこと」の要件には「制限利息を超える利息・損害金を受領していること」だけで足りず,「みなし弁済が成立しないこと」も含まれると解すべきであること,みなし弁済が認められないことが確実となったのは,前記最高裁判所平成18年1月13日判決以降のことであり,それまでは被控訴人も,みなし弁済が認められるものと信じていたこと等を主張するが,これらの主張がいずれも採用できないことは,上記の説示から明らかである。
なお,悪意の有無が行為時を基準として判断されるべきであることは被控訴人の指摘するとおりであるが,当該行為時において被控訴人の悪意が認められることも上記のとおりであり,後にみなし弁済が否定されることにより,遡って被控訴人の悪意を認定するものではないから,この点に関する被控訴人の主張も採用することができない。
6 以上によれば,控訴人の本訴請求(当審において拡張した後のもの)は,その余の点につき判断するまでもなく理由があり,他方,被控訴人の反訴請求は理由がないから,これと結論を異にする原判決は,取消・変更を免れない。
よって,原判決を変更し,控訴人の本訴請求を認容し,被控訴人の反訴請求を棄却し,なお,担保を条件とする仮執行の免脱宣言は相当でないから,これを付さないものとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 菊池徹 裁判官 市村弘)
別紙省略