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大阪高等裁判所 平成17年(ネ)369号 判決 2005年5月18日

大阪府<以下省略>

控訴人

上記訴訟代理人弁護士

齋藤護

大阪市<以下省略>

被控訴人

洸陽フューチャーズ株式会社

上記代表者代表取締役

上記訴訟代理人弁護士

田中博

主文

1  原判決中,控訴人敗訴部分を次のとおり変更する。

2  被控訴人は,控訴人に対し,金457万4254円及びこれに対する平成12年12月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じて10分し,その3を控訴人の,その余を被控訴人の各負担とする。

5  この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

(2)  被控訴人は,控訴人に対し,金1184万0636円及びこれに対する平成11年12月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

(4)  仮執行宣言

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,控訴人が,被控訴人を通じて商品先物取引を行ったが,その際の被控訴人の従業員らの勧誘等行為が違法で不法行為に当たるとして,被控訴人に対し,使用者責任又は被控訴人自身の不法行為に基づき,損害金2411万1272円の賠償請求及び不法行為後である平成11年12月22日以後の遅延損害金請求をなすものである。

原審は,上記請求について,損害金1227万0636円及びこれに対する平成12年12月25日以後の遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余は棄却したので,控訴人は棄却部分を不服として控訴を提起した。

但し,控訴人は,当審において,上記原審棄却部分のうち,原審認容の損害賠償元金に対する平成12年12月24日までの遅延損害金請求を取り下げたので,控訴人の本訴請求の趣旨は,次のとおりとなった。

「被控訴人は,控訴人に対し,金2411万1272円及び内金1227万0636円に対する平成12年12月25日から,内金1184万0636円に対する平成11年12月22日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」

2  争いのない事実等

(1)  当事者

控訴人(昭和22年○月○日生まれ)は,被控訴人を通じて,平成11年6月3日から平成12年12月25日まで商品先物取引をしていた。

被控訴人は,商品取引所法の適用を受ける商品取引所における上場商品の売買,その受託,媒介,取次等を業とする株式会社であり,上記取引受託等について,商品取引所法上,主務大臣の許可を受けた商品取引員である(乙21)。

B(以下「B」という。)は被控訴人の従業員であり,平成11年6月1日,控訴人宅に電話をかけるなどして,商品先物取引を勧誘した者である。

C(以下「C」という。)は被控訴人の従業員であり,同月3日ころから同年7月13日ころまでの間,控訴人との商品先物取引を担当した者である。

D(以下「D」という。)は被控訴人の従業員であり,同月12日ころ以降,控訴人の商品先物取引を担当した者である。

(甲18,乙6の1,2,乙7,26ないし28,証人D,原告本人)

(2)  取引経過

控訴人の被控訴人を通じての商品先物取引(以下「本件取引」という。)の建玉及び反対売買による決済(仕切),委託手数料,損益の状況は,別紙建玉分析表(以下「別表」という。)記載のとおりである(但し,「直」,「途」,「日」,「両」,「不」の各欄の記載を除く。)。

(乙7,弁論の全趣旨)

(3)  控訴人の証拠金等預託,返金,損失

ア 控訴人は,被控訴人に対し,商品先物取引委託証拠金等として,次のとおり合計2316万円を預託した。

平成11年6月3日 160万円

同月4日 40万円

同日 112万円

同月17日 160万円

同日 120万円

同年7月8日 532万円

同月22日 440万円

同年10月4日 400万円

同年12月6日 252万円

同月22日 100万円

イ 控訴人は,被控訴人から,次のとおり返金を受けた。

平成11年6月22日 6万1050円

平成12年1月5日 117万7678円(乙18,23)

ウ 控訴人は,売買損金と委託手数料の合計2192万1272円の損失を被った。

(乙6の1,2,乙8,10,23,弁論の全趣旨)

3  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  被控訴人の従業員による控訴人に対する商品先物取引勧誘及び取引継続の不法行為該当性

(控訴人の主張)

ア 商品先物取引は,現物売買と異なり,ある商品について将来の価格がどのように変動するかを予測することが必要となる投機取引であるが,商品先物市場に上場されている商品の価格は,国際的な政治,社会,金融,軍事等の諸状況や気象その他の影響による複雑な需給関係,思惑といった種々の要因によって,絶えず変動している。そして,これらの要因に関する情報は様々なメディアによりもたらされるが,一般の委託者がこれらの情報に接する方法は,日刊新聞や商品取引員経由の情報に限られることが多い。また,価格変動に関する要因を的確に把握し分析するには相当に高度な知識と経験が必要である。

商品先物取引には,売買約定を最終的に決済しなければならない期限(限月)が定められており,委託者は,利益・不利益に関わりなくこの限月までに反対売買せざるを得ない。また,商品先物取引は,差金決済システム及び1割程度の委託証拠金によりわずかな資金で大きな取引ができる相場取引であり,商品価格の推移により大きな利益が出ることもある反面,時として不測の損金が発生する危険のある投機取引である。さらに,委託者は商品取引員に手数料を支払わなければならず,手数料幅を超えて評価益が出る割合は小さいため,委託者にとっては利益よりもむしろ損失に終わる確率の高い取引である。

イ 商品先物取引の受託業務を専門とする業者と,一般委託者との間には,組織力,資金力のほか,当該商品の取引の仕組みや相場動向等についての知識,経験,情報,情勢分析力等において大きな格差が存する。商品取引員は,取引を勧誘しようとする相手の適格性を見極めて判断し,不適格な者を勧誘せず,取引から排除するとともに,取引参加者には商品先物取引の仕組み及び危険性等を十分に説明し,理解させる義務を負う。したがって,商品先物取引に関し委託者の自己責任を強調すべきではなく,先物取引の適格性に欠ける者が,業者の甘言や誤導によって取引に参加させられ,その後の売買も業者の主導又は業者への一任によりなされたのであれば,その結果についての責任は業者が負うべきである。

ウ 本件においては,被控訴人ないしその従業員の行為は,次の点で違法と評価されるべきである。

(ア) 控訴人は,最終学歴が高等学校の夜間部卒業であり,学習塾のマイクロバス運転手のアルバイトを職としていた者である。また,家族に3人の障害者を抱えていた。投資経験は,現物株式と外国債券を購入したことがそれぞれ1回あるのみで,商品先物取引の知識,経験はなかった。控訴人が有していた資金は,外国債券を含め,投機に充てることのできる資金ではなかった。本件取引当時,控訴人の蓄えは,生命保険の解約金を除けば約1200万円に過ぎず,これは家族の将来の生計を支えるにはぎりぎり一杯の蓄えであった。

したがって,原告は,商品先物取引には不適格であり,被控訴人が控訴人を本件取引に勧誘したのは,不適格者に対する勧誘に当たる。

(イ) 被控訴人従業員のBは,平成11年6月1日,無差別の電話により,控訴人を商品先物取引に勧誘し,さらに控訴人宅を訪問して勧誘した。その際,Bは,控訴人に対し,商品先物取引の仕組みや危険性,当該商品の特性等,新規顧客を勧誘する際に当然告知説明すべき重要事項を説明しなかったばかりか,「今現在のとうもろこしの相場状況は,数年前に高騰したときのパターンと全く同じ曲線をたどっています。」と言ってけい線を示しながら,「ですから,間もなく上がり始めます。高騰します。」「こんな状況ですから,私の和歌山の親戚にも積極的に勧めて買ってもらっています。」「下がることは考えんときましょう。」「とうもろこしはいま底値も底値ですから!」「私どものお客さんの中で学校の先生をやっておられる方がいて,この方はわずか50万円から始めて1億円も儲けられましたよ。その方はもう学校も辞められて,もっぱら先物取引をやっておられます。」等と告げて必ず利益を得られるとの認識を抱かせる断定的判断の提供をした。

(ウ) 平成11年6月3日の取引開始後,控訴人の建玉枚数は,当初とうもろこしの買い建玉20枚,翌日に同じく買い建玉19枚,10日後に売り建玉20枚,その3日後に買い建玉15枚というように矢継ぎ早の建玉をし,約1か月後の7月6日には売り残,買い残各70枚の140枚に達し,同月16日には160枚,同月22日には200枚,同月29日には219枚となっており,被控訴人は,新規委託者の保護義務に反する過大な取引を勧誘した。

(エ) 建玉を仕切って利益が出ると,その利益を加算してさらに大きな建玉をすることを扇形建玉(利乗せ売買)というところ,これは帳簿上利益が出ているように見えても,一度相場が予想に反した方向に進むと,帳簿上の利益をすべて失い,元も子も失ってしまう危険をはらむものである。

被控訴人は,平成11年6月21日にとうもろこし15枚の買い建玉を仕切ると,その利益分でとうもろこし18枚の買いを建て,控訴人を上記危険な扇形建玉へ誘導した。

(オ) 控訴人は,そもそも先物取引やとうもろこしなどの商品に関心があって商品先物取引を始めたわけではなく,商品知識にも相場情報にも疎かったから,被控訴人従業員らの言うところに従わざるを得ず,被控訴人に対する一任の関係を利用した被控訴人主導の取引にならざるを得なかった。

被控訴人は,売り直し・買い直し,途転,日計り,両建,手数料不抜け等,委託者にとっては手数料がかさむだけで無意味な取引を短期間に頻繁に反復させた。特に両建の頻度,回数が異常に突出している。

(カ) これらの被控訴人ないしその従業員の具体的違法事実は,それらが独立して分断的に存在するのではなく,連続的,重層的かつ一連の不法行為をなすものであるから,当初の勧誘からその後の一連の取引行為全体を不可分一体のものとして把握し,違法性の有無を評価すべきである。

(被控訴人の主張)

ア 控訴人は,商品先物取引の適格者である。

控訴人は,その職業が社会的にも重職とみられる天理教 分教会の教会長であった。また,控訴人は,複数の投資経験,さらに知人から預託された資金の運用等々,相当の経験があったと言うべきである。控訴人が家族に身体障害者を抱えていることについて,被控訴人側が認知したのは,本件取引の後半であった。

被控訴人は,社内規則に照らし,新規委託者保護義務に違反もしておらず,控訴人に対する取引の勧誘継続は,新規委託者に対するものとしても過大なものとはみられない。

イ 被控訴人従業員は,その勧誘に際し,取引の仕組みや危険性等について資料を交付し,時間をかけて十分に説明したし,断定的判断の提供など不当な勧誘は一切していない。

被控訴人は,取引に際し,控訴人と一任関係はなかった。無意味な両建等,「客殺し」と言われるような商法を実行したことは断じてなく,もちろん仕切等の指示を拒否したこともない。

ウ 控訴人は,先物取引の仕組みやリスク等について理解した上,積極的に,自主的判断に基づき,取引を開始し,継続していたものである。

本件訴訟は,何とかしてもうけたいという初心から取引に参加した控訴人が,所期の成果が得られなかったことから,その損失を被控訴人に転嫁しようとしているに過ぎない。

(2)  控訴人の損害

(控訴人の主張)

ア 下記合計2411万1272円

(ア) 2(3)ウの損失金 2192万1272円

(イ) 弁護士費用 219万円

本件訴訟を遂行するために弁護士に委任した費用

イ 本件損害に対する遅延損害金の始期について,控訴人の損害が生じた最後の日,すなわち最後の金員出捐の日である平成11年12月22日とすべきである。

(被控訴人の主張)

ア 控訴人の損害は否認する。

イ 遅延損害金発生の始期は,取引が最後に決済された平成12年12月25日である。

(3)  過失相殺

(被控訴人の主張)

仮に,被控訴人に不法行為責任が存するとしても,上記(1)の主張及び以下の主張に照らし,控訴人に過失が存することは明らかであるから,5割以上の過失相殺がなされるべきである。

ア 控訴人自身,先物取引の仕組みや危険性については理解していた。

イ 控訴人は,本件取引自体にも熱心かつ積極的であったうえ,被控訴人との取引終了後,被控訴人から交付された清算金をもって他業者と引き続き取引を始めている等,取引に対する積極性は極めて顕著である。知人の資金を預かり運用したのは,ずぶの素人とは言い難いものがある。

ウ このような控訴人の取引に対する取組や対応の仕方を見ると,原判決の5割過失相殺は,むしろ控訴人に極めて甘い。

エ 控訴人主張は,自己責任の原則を顧みない一方的見解である。

商品取引員と委託者を敵対関係とみること自体に疑義がある。控訴人の客殺し論は,偏見に基づく空論である。

(控訴人の主張)

上記(1)の主張及び以下の主張に照らし,本件において,過失相殺をすることは不当である。

ア 投資取引,まして投機取引について,不適格者を勧誘してはならないというのは第一次的な規範であるから,これに違反すれば,それがすべてであり,勧誘された側に落ち度があったかどうかを問うべきではない。

控訴人の投資経験については,株の現物取引を本件取引より7ないし8年前に1回したのみであり,控訴人が保有していた外国債券は利息がつき,為替相場が上下してもカバーできる安全な債券であった。これらの経験は,先物取引に関して,過失相殺の論拠になり得るようなものではない。

イ 控訴人が知人から資金を預かり運用したのは,控訴人が真に先物取引を理解していなかったことの現れである。控訴人が他社において商品先物取引をしたのは,同社が控訴人を勧誘し,控訴人は藁にもすがる気持ちを起こしたためであり,二重の被害に遭ったものである。これらを控訴人の過失として斟酌するべきではない。

ウ 商品先物取引が恐いものだ程度の一般的認識で,この取引の仕組み,危険性,対象商品の特質,損をした場合の危険性・対処方法等の知識の存否を測ることはできず,上記一般的認識をベースに委託者の過失を引き出すのは誤りであり,こうした思考は,商品取引員による客殺し商法の実態に照らせば,ほとんどその論拠を失う。

我が国の商品先物取引においては,商品取引員に勧誘されて参加する一般委託者が利益を上げて取引を終了するケースは皆無である。我が国における商品先物取引の実態は,先物業者が委託者の出捐金を自社の利益へ転化する世界になっている。控訴人のような一般委託者が,被控訴人のようなプロの業者相手に勝つチャンスは限りなくゼロに近い。このことを知れば,商品先物取引被害事件において,委託者の過失を斟酌することは公平の理念に反するばかりでなく,正義の観念にも悖り許されない。

第3争点に対する判断

1  認定事実

証拠(括弧内に記載)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

(1)  控訴人の属性

控訴人は,本件取引を開始した平成11年6月当時51歳であった。控訴人は,最終学歴が定時制高等学校卒業であり,当時の職業は,天理教の分教会に属する布教師として同教会の仕事をする傍ら,学習塾のマイクロバス運転手として稼働していた。控訴人の家族としては,妻と3人の子がいるが,うち妻は体幹機能障害による身体障害者(2級)で車いすにより生活しており,長女及び長男は知的障害者(長女は第1種,長男は第2種)であった。

本件取引に先立つ控訴人の投資経験としては,平成3,4年ころ野村證券で神戸製鋼株式(現物)を購入し,1か月ほど保有した後売却し,平成8年ころ外国債券(ノルウェー国債及びオーストラリア国債)を購入したことがあったが,商品先物取引の経験はなかった。控訴人は,上記運転手としての稼働により年収約320万円を得て生計を維持していた。控訴人が本件取引開始当時保有していた資産としては,預貯金が約200万円,有価証券(ノルウェー国債及びオーストラリア国債)約1000万円(知人からの預かり金約400万円分を含む。)のほかに,生命保険契約を解約する場合得られるべき返戻金が存するに過ぎなかった。(甲18,19,乙1,控訴人本人)

(2)  被控訴人従業員らの控訴人に対する勧誘及び本件取引の経過

平成11年6月1日午前,Bは,市販の名簿により控訴人に電話をかけ,商品先物取引の勧誘をし,さらに自宅を訪問することにつき控訴人の了承を得た。そこで,Bは,同日午後,もう1人の被控訴人従業員とともに,控訴人をその自宅に訪問した。この時,Bは,とうもろこしの相場状況が,数年前に高騰した時と同じパターンである,今,底値で,間もなく高騰するなどと話して取引開始を強く勧めた。また,Bは,商品先物取引委託のガイドといったパンフレットなどを示して,商品先物取引の仕組み等を説明した。控訴人は,この時は,取引開始を決断せず,翌日もう1度電話をかけるように告げて,面談を終了した。

翌2日,Bは再度,控訴人に電話でとうもろこし相場の現況等を話した上,同日午後控訴人宅を訪問した。Bは,相場情報等の資料を示してとうもろこしの市況説明,今後の見通し等を話し,先物取引について,もうかることも損害を受けることもあると説明したものの,他方では,もうかることを強調して控訴人の興味を引いた。そこで,控訴人は,本件取引を開始することとし,Bに指導されて,その持参した取引事前申込書について,年収500万円以上のところに丸印をつけ,資産状況欄には,有価証券1000万円,預貯金200万円と記入し,第1回お客様アンケート・カードには,商品先物取引の仕組み及び危険性について理解した旨の選択肢に丸印をしたうえ,本件取引を行うことを承諾した旨の約諾書とともに署名押印し,さらに,便箋に自筆で記載した申出書を作成してこれらをBに交付した。同申出書には,取引に当たり受託契約準則の内容等についても充分に理解していること,損益が発生することも承知していること,預託する証拠金はすべて自己資金にて行うこと,売買は自己の判断にて行うこと等の記載がある。Bは,その時,受託契約準則を記した冊子,商品先物取引委託のガイド等を控訴人に交付した。

控訴人は,自らの預金を下ろして用意した金員により,同月3日,控訴人宅を訪問したBに委託証拠金160万円を手渡し,東京穀物商品取引所におけるコーン20枚の買い建玉を行った。

控訴人は,翌4日,Bに取引の追加を勧められ,妻の障害年金を流用して,委託証拠金152万円を追加預託し,コーン19枚の買い建玉を行った。

同月7日には,被控訴人の従業員であるEが控訴人宅を訪問し,商品先物取引の仕組み,損得に加え,両建,難平等の取引手法の説明を行っている。

同月14日ころ,Cが控訴人に対し,上記コーンが値下がりしており,追証拠金が必要であるなどと告げて,その対応として一部建玉の処分,両建,難平などの対策を説明した。これに対し,控訴人は,全建玉を処分する意向を示したが,Cは両建を勧めた。そこで,控訴人は,Cの意見に従うこととし,同月14日にコーン20枚の売り建玉(両建)及び同月17日にコーン15枚の買い建玉(難平)をし,上記取引のために,同月17日ころ,野村證券に預けていたノルウェー国債を売却したりするなどして調達した金員により,280万円を被控訴人に預託したが,同月21日には上記買い建玉15枚を仕切ってその益金30万1050円のうち24万円を証拠金に算入し,同日コーン18枚を買い建玉した。上記益金の残金6万1050円は同月22日控訴人が支払を受けた。同月30日には,上記売り建玉20枚を仕切り,この損金が55万8600円であったが,残った証拠金により同年7月1日にコーン13枚を買い建玉した。

同年7月初旬ころ,Cが,控訴人に対し,電話で,とうもろこしの相場が下がって損失が出ていると説明して,損失の増大を防ぐため,新たに売り建玉を建てて両建とするよう勧め,これを含めて532万円の追加資金が要る旨告げた。控訴人は,やむなく上記両建に応じることとした。そこで,控訴人は,野村證券に預けていたオーストラリア国債を売却するなどして調達した金員から,同年7月8日532万円を被控訴人に預託し,主としてこの預託金を証拠金として同月9日コーン70枚を売り建玉(両建)した。

同月中旬ころ,Dは,控訴人に対し,ゴムの建玉を勧め,控訴人は,同月16日,東京工業品取引所におけるゴム30枚の売り建玉及び同量の買い建玉(両建)を同時にした。証拠金は,それまでの取引で残っていた預託金を充てた。

控訴人は,同月20日過ぎころ,Dから追証が必要である旨告げられ,野村證券に預けていたオーストラリア国債を売却するなどして調達した金員から,同月22日440万円預託した。

同年10月初めころ,Dは,控訴人に対し,とうもろこしが下がるときは大豆が上がる,大豆が割安であるなどと説明して,大豆の買い建玉等を勧め,控訴人をして同月4日,コーンの売り建玉及び東京穀物商品取引所における大豆の買い建玉をさせた。そこで,控訴人は,同日,●●●生命保険契約を担保とした借入金400万円を,被控訴人に預託した。同月21日ころには,Dからゴムの相場状況がいいとして,その取引を強く勧められたため,控訴人自身は取引に消極的であったが,同日ゴムの買い建玉40枚,売り建玉40枚の両建をした。

控訴人は,同年11月25日ころ,Dから追証が必要である旨告げられ,同年12月6日,郵便局の養老保険を担保に借り入れた金員により,252万円を被控訴人に預託した。控訴人は,同月下旬ころ,Dから,資金の追加を求められ,同月22日,郵便局の簡易保険を解約して,100万円を被控訴人に預託した。

上記各取引を含め,控訴人の建玉及び仕切の状況は,別表記載のとおりである。これらについて,控訴人が積極的に売買の指示をしたことはなく,終始被控訴人従業員らの勧誘主導により行ったものである。(甲18,19,乙1,2,3の1,2,乙4,5の1ないし23,乙6の1,2,乙7,8,9の1,2,乙10,12の1,2,乙20,21,26ないし28,控訴人本人,証人D)

(3)  本件取引の終了

控訴人は,平成12年2月3日に,被控訴人の営業所に赴き,顧客サービス室のFに,本件取引について,Dのアドバイスによっているが,結果がよくない旨苦情を申し入れた。これがDに伝わり,同年3月23日には,Dから委託者別先物取引勘定元帳や委託者別委託証拠金現在高帳等を見せられて,それまでの取引内容,損得勘定を確認したが,結局取引を継続した。控訴人は,同年12月末ころ,Dから,本件取引を止めた場合の返金額が110万ないし120万円程度であると聞き,全建玉を処分したい旨告げ,取引を終了させた。(甲18,乙5の22,23,乙6の1,2,乙7,8,乙17,18,28)

(4)  別会社との取引

控訴人は,エグチフューチャーズ株式会社から勧誘を受け,同社において,平成12年12月25日商品先物取引を始め,被控訴人からの返金117万7678円を含め177万8880円を預託して,商品先物取引を平成13年6月12日まで続けた。控訴人は,同取引において差益98万4900円があったが,委託手数料等を差し引き,174万2370円の損失を蒙った。(乙24の1,2,控訴人本人)

(5)  商品先物取引の特性等

商品先物取引は,長期的に見ても,商品の価格が値上がりを続けるというものではなく,騰落を繰り返すに過ぎないから,取引の当事者らの損得を合計すれば,プラスマイナスはゼロであるところ,顧客は商品取引員に対し相当の委託手数料を支払わなければならないなどの負担があるから,利益を得る確率よりも損をする確率の方が高く,その割合は一般的に損をする確率が7割程度と見られている。

また,一般に,商品先物取引は,商品の価格変動リスクの回避を目的とする生産者や販売業者等による取引以外は,将来の価格と現在の価格の差を利用して利益を得ることを目的とする投機的取引であり,証拠金は取引金額の5ないし10%程度であって,証拠金に対して10倍程度以上の額の商品を取引できるため,損失や利益が投資額を超えて非常に大きくなりうるハイリスクな取引であるうえ,限月,値幅制限,追証拠金ないし仕切決済などシステムが複雑で,その仕組みの理解に十分な知識を要し,危険性に対処して継続的取引を行うには相当の資産も要する。しかも,一般の委託者と商品取引員の間には,商品取引に関する知識,情報収集の機会,能力について,格段の差があるため,商品先物取引においては,一般の委託者は,必然的に商品取引員の情報提供及び意見によって取引を行う実情にあるうえ,建玉多寡すなわち支払委託手数料の多寡や,向かい玉等により,両者の利害が相反する場合等には,商品取引員よりも一般の委託者が損失を被る確率が高い。

(甲8,12,15,16,22の2,乙21,22,証人D)

2  本件取引における被控訴人従業員らの勧誘等行為の不法行為該当性について検討する。

(1)  上記1認定のような,控訴人は,商品先物取引の経験はまったくなく,投資経験として,現物株と外国債券の取引を若干経験しただけであり,雇われ運転手としての収入で生活し,その収入や資産も多くなく,さらに障害者3人を含め妻と3人の子を抱えているというその属性から見て,本件取引のように高度の投機的性格を有し,仕組みが複雑な商品先物取引を継続して行う適格性に欠けていた者と認めるのが相当である。実際,控訴人は,本件取引のため,自己資金である約800万円の金融資産の他,生命保険契約からの借入金や解約返戻金を使用したのみならず,妻の障害年金を流用し,知人からの預かり資産をもつぎ込んでいるのであり,収入及び資産面だけからも,控訴人の経済的能力を超過した投機であったと言うべきである。

もっとも,証拠(乙1,2,9の1,乙19,証人D)によると,被控訴人は,受託業務管理規則を定め,その中で,顧客(委託者)の適格性について,委託者の投資経験,年齢,職業及び役職,年収,客への取引の仕組み,危険性の理解の有無についてのアンケート結果の各項目毎にポイントを算定して,これらを合計したポイントに応じて受託の適否,取引数量の抑制措置を講じるとしており,新規委託者からの受託取引数量は,顧客の適格性の判断ポイントに応じて取引開始後3か月間につき,30(ポイント)以上無制限,25以上30未満で350枚,20以上25未満で250枚,15以上20未満で150枚,10以上15未満で50枚,10未満では受託しないとしていること,控訴人については,株式・債券等の現物取引経験者として5ポイント,50歳以上60歳未満として5ポイント,自営業者相当として6ポイント(会社員相当の場合4ポイント),年収500万円以上として1ポイント(年収500万円未満についてはポイントなし),アンケート全項目について理解したと回答したとして10ポイント(1項目でも理解していない者は0ポイント)を算定し,以上合計ポイントは27ポイントと扱ったことが認められる。

しかし,上記ポイント制度は,被控訴人の内部規則に過ぎず,証拠(甲14,証人D)によると,新規委託者については,3か月以内の取引数量は20枚以下と定められる例もあること,上記ポイント制度は,新規委託者の家族構成や生活状況を考慮していないものと認められることに照らすと,上記ポイント数による取扱基準を満たしているからといって,新規委託者の保護に欠けないとは言えない。

のみならず,上記被控訴人の規則に照らしても,控訴人は,その職業が送迎バスの運転手であるから自営業者相当とは言えず,会社員相当に過ぎない者であり,年収は500万円未満であり,アンケート(乙2)に関し,甲18及び控訴人本人に照らし,商品先物取引の仕組み及び危険性を充分に理解していたとは言えないことからすると,ポイント数は合計14ポイントに過ぎないものと考えられる。そして,1認定のとおり,控訴人の本件取引における建玉残数は,取引開始以後2週間で50枚を超え,3か月以内において,最大219枚に達しているものであるから,被控訴人の規則に照らしても,本件取引は過大であったと言うべきである。

(2)  本件取引の内容について見るに,1認定の事実及び乙6の2,乙7,8によると,本件取引の途中において,建玉の決済により時々利益が出ることがあったが,平成11年6月21日の場合を初め,これらが概ね新たな建玉の証拠金に充てられ,いわゆる利乗せ満玉に近い取引が重ねられていることが認められるのであって,これは委託者にとって結局大きな損失を招くおそれが強いものであったと言うべきである。

次に,1認定の事実によると,控訴人は,BやDから,建玉を行う際,相場の好転や利益を上げる見通しについて,断定的判断に近い言辞を交えて強く勧誘され,本件取引を開始,継続したものと見られる。この点,乙26及び証人Dには,そのようなことはない旨の記載,供述があるが,これらは,証人D自身の供述内容や,甲18,控訴人本人に照らし,措信しがたい。

さらに,本件取引では,委託者にとって取引上無駄で手数料負担が大きく不利益な面のある直し,途転,日計り,両建,手数料不抜け(いわゆる特定取引)が多くなされ,その回数は,重複分を除いても112回に達しており,特に両建について,1認定のゴムの取引のように,委託者にとりただ手数料を多く要するだけの無意味な取引と見られる同時両建もなされ,これら取引を含め,取引回数は,取引全期間である約1年7か月間に291回という夥しい回数に上り(1か月当たり売買回数は約15.3回,特定売買取引率は約38.5%),このため,控訴人の損失のうち約64%を被控訴人への委託手数料が占めており,控訴人の甚大な損失の一方,被控訴人が多大な利益を上げる結果となっているのであって,これは,被控訴人従業員らにおいて,控訴人に対し,上記のような無駄の多い取引を積極的に勧誘し,控訴人の利益を著しく軽視した手数料稼ぎの取引を推し進めた結果と認められる。

(3)  以上に述べたところによると,本件取引にかかる被控訴人従業員らの勧誘等行為は,そもそも不適格の新規委託者である控訴人に対し,収入及び資産面だけからも過大な取引を継続的に勧誘して行わせ,しかもその際,断定的判断に近い言辞を交えて強く勧誘して主導し,取引の内容も,両建等の委託者にとって無駄で手数料負担が大きい取引を多く含み,時には控訴人が消極的であるのにあえて建玉をさせ,手数料稼ぎのため多数回の頻繁な建玉をさせたものというべきであるから,全体として違法であり,控訴人に対し不法行為を構成するものと認めるのが相当である。

なお,1認定の事実によると,本件取引については,控訴人においても,商品先物取引の危険性等について説明を受けたうえ,自らの意思に基づき取引を開始し,また継続したものと言えるが,これら事情は,後記過失相殺における事情として検討されるべきであるものの,直ちに本件取引における被控訴人従業員らの勧誘等行為の違法性を失わせる事由と解することはできない。

したがって,被控訴人は,上記従業員らの不法行為につき,民法715条に基づき,使用者責任を負うものである。

3  過失相殺

(1)  1認定の事実によると,控訴人は,スクールバスの運転手のほかに,天理教の布教師としての生活も送っており,多少の投資経験もあったうえ,年齢的にも通常の社会人が有する程度の判断能力は具備していたと解される。しかも,取引開始当初等に,被控訴人従業員らから,商品先物取引にかかる受託契約準則や商品先物取引委託のガイドといったパンフレットなどを示して説明され,かつ交付されるなどして,商品先物取引の仕組みと危険性について一応説明されていたから,その仕組みが十分理解できたとまでは言い難いものの,その取引の危険性についてある程度認識できたはずである。さらに,1認定の事実及び証拠(乙5の1ないし23,控訴人本人)によると,控訴人は,少なくとも本件取引開始時以降平成12年3月まで毎月,D等から,本件取引に関しての損益や証拠金の現在額,必要額等が記載された残高照合の回答書を見せられて取引内容を確認し,これに署名押印していたことが認められ,控訴人としては,本件取引において,早い段階からかなりの損失が出ており,しかもこれが月を追う毎に増大傾向にあったこと(別表によると,損失額が,平成11年7月末で100万円前後,同年8月末で400万円余,同年12月末には1200万円余)を知り得たものと考えられるから,控訴人において,平成11年中には,本件取引を継続する時は,損失の増大を招く可能性が大きいことを認識することができたものと言うべきである。

そうすると,上記事情にもかかわらず,本件取引を開始し,かつ継続した控訴人には,損害の発生及び拡大につき過失があると認めるのが相当である。

もっとも,1認定のとおり,控訴人が,知人の資金を本件取引につぎ込んだり,平成12年12月以降,別会社で商品先物取引を行った事実があるが,前者については,追証の必要に迫られたためであり,後者については,短期間で,投資額及び損失額も多くなく,しかも本件取引の返金を主とした資金源として,本件取引の損失を何とか挽回しようとして行ったものと認められるから(控訴人本人,弁論の全趣旨),これらをもって,控訴人の投機における積極性を表すものとまで見ることはできず,そのほか本件取引において,控訴人が,被控訴人従業員らの勧誘を離れて,積極的に取引の開始,継続を行ったものと認めるに足りる証拠はない。

(2)  他方,2に述べたとおり,控訴人は,その収入,資産,家族構成等から,基本的には本件取引を行う適格性に欠けていたうえ,本件取引において,損害が発生,拡大したのについては,被控訴人従業員らの違法行為が主たる原因であると考えられる。

(3)  以上の検討に照らすと,本件取引にかかる損害賠償の額を定めるにつき,控訴人の過失を斟酌せざるを得ないが,その過失割合は3割をもって相当と認める。

4  控訴人の損害賠償請求権

(1)  控訴人の本件取引上の損害額は,第2の2(3)記載の損失額2192万1272円に,上記過失相殺3割を施し,次のとおり算出できる。

2192万1272円×(1-0.3)=1534万4890円(円以下切り捨て)

(2)  弁論の全趣旨によると,控訴人は,本件訴訟の提起追行を弁護士に委任して行わせざるを得なかったと認められるところ,その弁護士費用相当損害については,上記損害額及び本件訴訟の経過等に照らし,150万円を相当と認める。

(3)  上記(1),(2)の合計額は,1684万4890円である。

(4)  上記損害金に対する遅延損害金の起算日については,本件取引にかかる被控訴人従業員らの継続的な勧誘等行為が全体として不法行為を構成し,しかも,本件取引が終了し,全体としての損失が確定したのは平成12年12月25日と認められるから,同日をもって遅延損害金の起算日とするのが相当である。

5  結論

よって,控訴人の被控訴人に対する本訴請求は,損害金1684万4890円及びこれに対する平成12年12月25日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないところ,これと結論を異にする原判決のうち,控訴人敗訴部分(但し,上記のとおり,原判決主文第1項の元本に対する遅延損害金の敗訴部分の訴は当審で取下げ済みである。)を主文のとおり変更することとし,訴訟費用の負担について,民事訴訟法67条,61条,64条を,仮執行宣言について同法310条を各適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 高田泰治 裁判官 白石研二)

<以下省略>

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