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大阪高等裁判所 平成17年(ネ)438号 判決 2005年7月26日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

本件は,亡Aが暴力団関係者らに殺害された(以下,亡Aが殺害された事件を「本件事件」という。)のは,控訴人が管理運営する兵庫県警察の警察官らが違法に適切な対応を怠ったことに原因があるとして,亡Aの母である被控訴人が,控訴人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償及びこれに対する亡Aが死亡した日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は,被控訴人の請求のうち,9736万6153円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるとして被控訴人の請求を一部認容した。

これに対し,控訴人は,原判決を不服として敗訴部分について控訴した。控訴人が控訴の理由として主張する主な点は,①兵庫県神戸西警察署(以下「神戸西署」という。)署員らはそれぞれの場面で適正に権限を行使し,その行使に著しい不合理がないのに,原判決が上記権限行使を怠り,その権限の不行使は著しく不合理で違法性を帯びるとしたことは誤りであること,②上記権限不行使の違法性と亡Aの死亡との間に因果関係が認められないのに,これを認めた原判決は過りであることである。

1  争いのない事実等(認定に供した証拠は末尾に掲記)

(1)  当事者等

ア 亡A(昭和50年1月24日生,死亡当時27歳)は,本件事件当時,a大学大学院b研究科博士課程の1回生であった(甲29)。

イ 被控訴人は,亡Aの母であり,昭和55年以来,腎不全にり患している(甲29)。亡Aの父であるBは,被控訴人に対し,亡Aの相続財産一切を譲渡した。

ウ 控訴人は,兵庫県警察を管理運営する地方公共団体である。

エ Cは,亡Aの友人である。

(2)  加害者ら

ア Dは,本件事件当時,c組d組傘下e組組長及びd組組長秘書の地位にあった。

イ Eは,本件事件当時,e組若頭の地位にあった。

ウ Fは,本件事件当時,e組本部長の地位にあった。

エ Gは,本件事件当時,e組若頭補佐の地位にあった。

オ Hは,本件事件当時,e組組長秘書の地位にあった。

カ Iは,本件事件当時,e組幹部の地位にあった。

キ Jは,本件事件当時,Dの愛人であった。

(3)  神戸西署

ア 本件事件の捜査に関与した主な警察官ら

(ア) Kは,本件事件当時,神戸西署の地域第一課長であった。

地域課長の主な職務内容は,警察署の地域警察に関する企画及び立案,各課との連絡及び調整,地域警察官に対する全般的な指揮監督などである(乙8)。

(イ) L警部補は,本件事件当時,神戸西署地域第一課の司令担当係長であった(乙8)。

(ウ) M巡査部長は,本件事件当時,神戸西署地域第一課の司令担当主任であった(乙8)。

(エ) N警部補は,本件事件当時,神戸西署地域第一課に所属し,パトカーによる警ら活動等に従事していた(甲25)。

(オ) O警部補は,本件事件当時,神戸西署地域第一課に所属し,パトカーによる警ら活動等に従事していた(甲23)。

(カ) P巡査部長は,本件事件当時,神戸西署地域第一課に所属し,パトカーによる警ら活動等に従事していた(甲19)。

(キ) Q巡査長は,本件事件当時,神戸西署地域第一課に所属し,パトカーによる警ら活動等に従事していた(甲20,乙5)。

(ク) R巡査長は,本件事件当時,神戸西署地域第一課に所属し,パトカーによる警ら活動等に従事していた(甲26)。

(ケ) S巡査長は,本件事件当時,神戸西署地域第一課に所属し,パトカーによる警ら活動等に従事していた(甲24)。

(コ) T巡査部長は,本件事件当時,神戸西署地域第一課に所属し,f交番勤務に当たっていた(甲17の1,乙6)。

(サ) U巡査部長は,本件事件当時,神戸西署地域第一課に所属し,g交番勤務に当たっていた(甲21,乙7)。

(シ) V巡査は,本件事件当時,神戸西署地域第一課に所属し,h交番勤務に当たっていた(甲18,乙4)。

(ス) W巡査は,本件事件当時,神戸西署地域第一課に所属し,g交番勤務に当たっていた(甲22)。

(セ) X警部補は,本件事件当時,神戸西署刑事課に所属していた(乙8)。

イ 神戸西署地域課の勤務体制(乙4~8)

(ア) 神戸西署地域課は,地域第一課から第三課があり,それぞれの課が,3交替制で,午前9時から翌日午前9時までの24時間を担当することになっている。そして,平成14年3月3日午前9時から翌4日午前9時までは,地域第一課が担当であった。

(イ) 神戸西署地域第一課に所属する自動車警ら班員は8名おり,通常は,警察官が二人一組で,警ら用無線自動車神戸西1号,同3号,同10号及び同11号(以下,「神戸西1号」,「神戸西3号」,「神戸西10号」及び「神戸西11号」という。)に乗車し,管轄区域内の巡回等に当たっている。

(ウ) 神戸西署管轄区域内の交番及び駐在所は,4つのブロックに区分されており,g交番,h交番,f交番及びi交番は第2ブロックに属している。

第2ブロックでは,通常,h交番勤務員3名,f交番勤務員2名,g交番勤務員2名及びi交番勤務員2名の合計9名の警察官が勤務をしている。ただし,本件事件当時は,h交番勤務員1名が警察学校に入校中であり,f交番勤務員1名が公休中であり,i交番勤務員1名が刑事課への転用勤務となっていたので,第2ブロック内で勤務する警察官は合計6名であった。

(エ) 地域課が担当する24時間のうち,16時間が勤務時間で,残りの8時間は休憩時間とされているところ,休憩時間8時間のうち夜間に4時間を超えない範囲で仮眠時間が割り振られている。神戸西署地域課では,午後11時から翌午前3時までの間に仮眠を取る警察官のグループと,午前3時から午前7時までの間に仮眠を取る警察官のグループに分かれている。

平成14年3月3日の第2ブロックの管轄区域内の警察官の仮眠時間については,f交番勤務のT巡査部長及びh交番勤務のV巡査が3日午後11時から4日午前3時まで仮眠を取ることになっており,g交番勤務員を含むほかの4名の警察官は,4日午前3時から午前7時まで仮眠を取ることになっていた。

(4)  亡Aの死亡に至る経緯

ア 亡A及びCは,平成14年3月4日(以下,特に断らない場合は同日をいう。)午前3時10分ころ,神戸市j区h町g所在の県営g団地1号棟前路上(以下「第1現場」という。)で,同団地1号棟から出てきたDから車両の停止位置で因縁をつけられ,いきなり暴行を加えられた。

ほかの加害者らは,Dの側にいたJから電話連絡を受けて第1現場に駆け付け,亡A及びCに暴行を加えるとともに,Gが運転してきた乗用車トヨタ・チェイサー(以下「チェイサー」という。)の後部座席に亡Aを押し込んだ。

イ 警察官らは,亡A及びg団地の居住者等から110番通報を受け,同時36分ころから,第1現場に臨場し始め,後記神戸西3号の中に逃げ込んだCを保護した。Gらは,神戸西3号に保護されたCを車外に引き出そうとした。

ウ 警察官らは,これを阻止するとともに,Gから事情聴取をするために,Gに交番に来るように説得したが,Gが,警察官やパトカーを引き上げたら,後で必ず交番に出頭すると確約したので,午前4時15分ころ,警察官全員で第1現場を引き上げ,亡Aは,警察官らに保護されることなく,チェイサーの後部座席に残された。

エ 亡Aは,加害者らによって,神戸市j区h町kに所在する空き地(以下「第2現場」という。)及び神戸市j区h町q所在のmの建物内(以下「第3現場」という。)にら致されて激しい暴行を受け,午前7時ころ,神戸市j区h町n所在のo北方約700メートル先の地点(以下「第4現場」という。)に遺棄されて死亡した。

3  争点及び当事者の主張

(1)  権限不行使の違法性

警察官らの対応に国家賠償法1条1項の違法性が認められるか。

(被控訴人の主張)

ア 警察官の権限不行使の違法性

警察は,警察法上,個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者の逮捕,交通の取締りその他公共の安全と秩序の維持に当たることを責務とし(同法2条1項),警察官は,その目的を達するために必要な手段として,刑事訴訟法,警察官職務執行法(以下「警職法」という。)等の関係各法令により権限を与えられている。警察官に与えられた上記諸権限は,危険防止の責務を合目的に履行するための手段であり,権限不行使が合理性を欠く場合には,危険防止責務のし意的な不履行であり,作為義務違反として違法性を帯びるというべきである。

そして,具体的状況において警察官に権限を行使すべき作為義務が認められるか否かは,①危険の切迫性,②予見可能性,③結果回避可能性,④補充性の各要素を総合考慮して決せられるべきものである。

イ ①危険の切迫性

(ア) 危険の切迫性の判断基準

暴行傷害事件における危険の切迫とは,被害者の生命身体に対する具体的な危険が差し迫っていたことと定義される。そして,生命に対する侵害は,身体に対する侵害の結果として生じるものであり,また,危険の切迫性とは,警察官の作為義務を検討するための考慮要素であるから,生命に対する侵害の危険性と身体に対する侵害の危険性を区別する必要はない。

(イ) 亡Aは,午前3時過ぎころ,暴力団組長であるDから暴行を受け,午前3時15分ころには,Jがほかの暴力団組員に加勢を求めたことにより,数分以内に多数の暴力団組員によって暴行を受けることが避けられない状態となった。

そして,亡Aは,午前3時25分以降は,Dに加勢した加害者らから執ような暴行を受けて意識を失い,午前3時33分ころには,場所を変えて暴行を加えることを企図した加害者らによって,チェイサーに監禁されたものである。

以上のとおり,亡Aには,午前3時過ぎころ,Dによる身体的加害行為による危険が切迫し,Jがほかの加害者らに加勢を求めた午前3時15分ころには,複数の暴力団組員によって重大な身体的加害行為を受ける危険が差し迫った。そして,亡Aは,午前3時25分以降は,Dに加勢した加害者らから現実に身体的加害行為を受け,午前3時33分ころには,生命侵害の危険が切迫したものである。

ウ ②予見可能性

(ア) 予見可能性の判断基準

本件における予見可能性の有無は,警察官らにおいて,亡Aの生命身体に対する危険が切迫していたことを知り得る状態にあったか否かを基準として判断されることとなる。そして,上記のとおり,被害者の生命に対する危険と身体に対する危険とは別個に予見可能性の対象となるものではない。

(イ) 亡Aによる110番通報がされた時点(午前3時20分ころ)

警察官らは,午前3時19分,本件事件の目撃者である女性からの通報を受理し,午前3時20分ころには,亡Aが暴力団組員の男性から殴られ,女性から脅されている旨の亡Aからの110番通報を受理している。そして,警察官らは,亡Aからの110番通報においては,Dが怒号をあげ,Jが「ほんまに殺されるよ。」と,ば声を発している状況をも傍受している。

以上のとおり,警察官らは,上記各通報により,亡Aの生命身体に対する危険が切迫していることを認識し得たものである。

なお,亡Aによる110番通報の内容は,第1現場に臨場した警察官らに伝達されていない。しかし,それは,警察内部における情報伝達に不備があったに過ぎず,警察官らが亡Aの生命身体に対する危険の切迫を予見し得たことを否定する根拠にはならない。

(ウ) 110番の続報がされた時点(午前3時30分過ぎころ)

警察官らは,亡Aから110番通報を受けた後も,「7から8人のけんか。」,「連れ去られよる。」という内容の110番通報をたて続けに受理している。したがって,警察官らは,この時点で,事態は当初の通報時点から悪化の一途をたどっており,第1現場における暴行事件が大規模で,被害者の生命身体に重大な侵害を負わせる危険が切迫していることを現実に認識するとともに,被害者が加害者らによって自動車内に監禁され,連れ去られそうになっていることを認識し得たものである。

(エ) 警察官らが第1現場に滞在していた間(午前3時36分から午前4時15分ころまでの間)

警察官らは,第1現場到着後,Cが上半身裸で血まみれになって逃走し,明らかに暴力団組員風の男4名がCを追跡してくる状況を現認し,また,Cを保護した後も,暴力団組員風の男たちが警察官の制止にひるむことなくパトカーのドアをこじ開けようとし,Cを奪回しようとする状態を目の当たりにしている。そして,警察官らは,Cの事情聴取を実施し,Cのほかに亡Aが被害を受けていること,亡Aが付近の自動車に監禁されている可能性があることの指摘を受けた。

したがって,警察官らは,第1現場において,亡Aが複数の暴力団組員から強度の暴行を加えられ,Cと同程度の負傷を負って付近の自動車内に監禁されていることを容易に認識し得たものである。

なお,第1現場においては,U巡査部長及びQ巡査長が,Cからの事情聴取の結果を他の警察官らに報告しなかったため,大部分の警察官は,被害者として亡Aが存在することすら認識していなかった。しかし,この点は,第1現場における警察官らの相互連絡の不備によるものに過ぎず,警察官らにおいて,亡Aの生命身体に対する危険発生の予見可能性を否定する根拠にはならない。

(オ) 警察官らが第1現場を撤収した後

警察官らは,第1現場を撤収した直後,亡Aの自宅及び亡Aの携帯電話に電話をかけ,亡Aがいまだ帰宅していない事実を確認している。そして,警察官らは,午前4時30分ころには,交番に出頭したG以外の氏名不詳の3名(I,H及びF)が第1現場付近に見当たらず,第1現場の路上に駐車されていたチェイサー,乗用車トヨタ・アリスト(以下「アリスト」という。)及び乗用車トヨタ・セルシオ(以下「セルシオ」という。)が第1現場からなくなっていることに気づくに至った。

したがって,警察官らは,遅くとも午前4時30分ころには,加害者らが更なる暴行を加えるため,亡Aを自動車に積み込んでら致した可能性があることを明確に認識していた。現に,U巡査部長は,午前4時30分ころ,g交番に到着したK警部に対し,亡Aの所在が不明で,加害者らにら致された可能性があるとの報告を行っている。

エ ③結果回避可能性

(ア) 結果回避可能性は,当該権限を行使することにより結果発生を防止し得たことをいい,その前提として,権限の根拠となる法律上の規定(権限根拠規定)が存在し,具体的状況において当該権限を行使し得た(権限行使可能性)にもかかわらず,権限行使を怠ったこと(権限行使のけ怠)が必要とされている。

(イ) 第1現場到着の遅延

a 権限根拠規定

警察官が110番通報を受理した後に現場へ急行することは,格別の権限規定を要するものではない。また,警察用自動車は,緊急走行に際し,法令の規定により停止しなければならない場合にも停止することを要せず(道路交通法39条2項),優先通行が認められ(同法40条),左寄り通行,横断禁止,追越し禁止等の規定の適用を受けないものとされているから(同法41条1項),現場へ一刻も早く到着し得るよう法律上の権限を付与されている。

b 権限行使可能性

警察官は,格別の権限規定を要さずに現場へ急行することができるのであるから,通報を受理すれば直ちに権限行使が可能となるものである。

警察官らは,午前3時19分に,事件の発生及び発生場所を明らかにした通報を受理したのであるから,この時点で,第1現場へ急行することが可能となった。

c 権限行使のけ怠

(a) 警察官らは,午前3時19分に事件の通報を受理した後,17分を経過した午前3時36分まで第1現場へ臨場しなかった。

警察白書によると,平成13年度のリスポンスタイム(通信指令課が110番通報を受理してから警察官が現場に到着するまでの所要時間)は,全国平均で6分22秒である。そして,本件においては,第1現場が幹線道路に面していたこと,事件発生当時,道路がスムーズに流れており,パトカーの走行に何らの障害もなかったこと,第1現場から徒歩1分も要さない場所にg交番勤務員2名がいたことにかんがみると,警察官らは,平均的なリスポンスタイムよりも大幅に早く第1現場に到着し得たことが明らかである。

(b) K警部は,神戸西署の勤務体制により,g交番勤務員が仮眠時間中であったとして,直ちにg交番勤務員に出動要請をしていない。しかし,客観的に,g交番勤務員が早期に第1現場に臨場することが可能であった以上,神戸西署の勤務体制をもって,警察官らの第1現場臨場の遅延を正当化することはできない。地理的条件に即応して最も早期に現場に臨場し得るよう勤務体制を整えることがブロック制運用の趣旨に沿うのであり,g交番勤務員2名がそろって仮眠を取ることは,ブロック制運用の趣旨を無視したものというほかない。

(c) f交番から第1現場までの距離は約6キロメートルであり,仮に,時速40キロメートルで走行しても,約9分で第1現場に到着することができる。f交番の警ら用小型自動車(以下「ミニパト」という。)が第1現場に到着するのに,事件の通報から17分という長時間を要したことは全く不可解であるといわなければならない。

(d) したがって,本件において,警察官らが,第1現場への急行を怠り,現場到着が著しく遅延したことは明らかである。

d 権限行使による結果回避可能性

本件において,警察官らは,亡Aがチェイサーに監禁されるまでに第1現場に到着していれば,容易に亡Aを保護し,亡Aの生命身体への危険を防止することができたものである。

したがって,本件において,警察官らの権限行使により,結果を回避し得たことは明らかである。

(ウ) 第1現場における亡Aの探索及び保護

a 権限根拠規定

(a) 亡Aの探索

警察官は,任意の手段による場合には,個人の生命,身体の保護という警察の責務の履行として(警察法2条1項),また,任意捜査として(刑事訴訟法197条1項),格別の根拠規定を要することなく暴行事件の被害者の探索を行うことができる。

(b) 亡Aの保護

警察官は,被害者を探索して発見した場合においては,個人の生命,身体の保護という警察の責務の履行として(警察法2条1項),格別の根拠規定を要することなく,任意の手段による当該被害者の保護を行うことができる。また,警察官は,発見した被害者が適当な保護者を伴わず,応急の救護を要すると認められる場合には,これを保護しなければならない(警職法3条1項)。そして,警察官は,被害者の生命身体に対して危険な事態が発生し,その生命身体の危害が切迫した場合には,被害者を救助するため,他人の船車に立ち入ることもできる(同法6条1項)。

b 権限行使可能性

(a) 亡Aの探索の可能性

本件では,合計18名もの警察官が第1現場に臨場していたのであるから,亡Aの探索を実施する上で,何らの物理的障害は存しなかった。したがって,警察官らは,任意の手段による亡Aの探索を実施することが当然に可能であったといえる。

(b) 亡Aの保護の可能性

亡Aは,第1現場に警察官らが臨場するまでに,主としてG及びHによって強度の暴行を加えられ,顔面等を負傷し,意識を失ってチェイサー内に監禁されていたものである。したがって,警察官らは,第1現場において,亡Aを発見した場合には,同人が適当な保護者を伴わず,応急の介護を要する者であることを容易に認識し得たことは明らかであり,同人を保護しなければならなかったものである。そして,警察官らが,亡Aを保護するため,チェイサー内に立ち入ることは,被害者を救助するための船車内への立入りとして法律上当然に許容されるものであった。

c 権限行使のけ怠

警察官らは,亡Aを探索して保護することが可能であったにもかかわらず,カムリの車内を調査しただけで,探索活動を実施せず,これを怠ったものである。

なお,警察官らが亡Aの探索活動を実施しなかったのは,亡Aによる110番通報の内容及び第1現場におけるCからの事情聴取内容を警察官らが共有しなかったため,第1現場に臨場した大部分の警察官が,被害者として亡Aが存在することすら認識していなかったことによる。

d 権限行使による結果回避可能性

(a) Hがチェイサーを移動させるまで(午前3時36分から59分ころまで)の間の亡Aの発見及び保護の可能性

警察官らが第1現場に臨場した際,亡Aはチェイサーに監禁されていたが,チェイサーが停車されていた地点は,警察官らがGに対する職務質問を行っていた場所から数メートル程度の距離であった。そして,チェイサーの窓ガラスには,視界を遮るスモーク等が施されておらず,外部から車内を観察することは容易であった。現に,Fは,チェイサーの傍らを通りがかった際,亡Aを目にしている。したがって,警察官らは,大がかりな探索活動を行うまでもなく,わずかな注意を払っていれば,極めて容易に亡Aを発見して保護することができたものである。

(b) Hがチェイサーを移動させてから警察官らが第1現場を撤収するまで(午前3時59分ころから午前4時15分ころまで)の間の亡Aの発見及び保護の可能性

Hがチェイサーを移動させた場所は,第1現場からわずか100メートル東方のg団地内の外来者用駐車場である。そして,V巡査は,本件事件の関係車両と考え,チェイサーのナンバーチェックを行っている。そうすると,警察官らが,第1現場を撤収する前に,g団地内において亡Aの探索を実施していれば,不審車両であるチェイサーの内部をも探索の対象に含めたであろうことは明らかであり,亡Aを発見して保護することは確実であったといえる。

(エ) 第1現場における職務質問の不実施

a 権限根拠規定

警察官は,異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し,若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について,若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる(警職法2条1項)。

また,職務質問の過程においては,着衣あるいは携帯品の外側から軽く触れる程度の行為は許容されるのであるから,職務質問に際して外側から着衣の検査を行うことは可能である。

なお,警察官は,質問を拒否されれば,それ以上いかなる行動にも出られないのではなく,質問を拒んだ相手を説得し,追跡し,停止させるために社会通念上妥当な範囲内で一時的に有形力を行使することも適法になし得る。つまり,職務質問は,本来,警察官に対する自発的協力を期待できない者に対して実施されるものであるから,質問を拒否された際に,いかなる行動にも出られないとするのであれば,明らかに職務質問の目的を達し得ないからである。警察官が,何らかの犯罪に関係しているとの疑いをもって職務質問を開始したところ,相手方がその疑惑を解消する答弁をしないばかりか,質問を拒否し,あるいはその場を立ち去ろうとする態度をとる場合には,疑惑がますます増大し,職務質問の必要性も高まるのであるから,職務質問を継続するために説得し,追跡し,停止させることも警察官の当然の職務である。

b 権限行使可能性

(a) 職務質問

警察官らは,第1現場に到着するまでに,本件事件の関係者が7名から8名であるとの通信を傍受しており,また,第1現場に到着した直後,G,H,I及びFが,全身を負傷して上半身裸の状態のCを奪回しようとして,怒号を上げてパトカーのドアをこじ開けようとする状況を現認していた。そうすると,G,H,I及びFについては,Cに対して暴行を加え,若しくは加えようとしていると疑うに足りる相当な理由があり,職務質問開始の要件を満たしていたといえる。

したがって,警察官らは,第1現場において,G,H,I及びFに対する職務質問を行うことができた。

(b) 着衣の検査

警察官らは,職務質問に当たっては,被質問者であるG,H,I及びFの着衣を外部から検査することができた。

(c) 職務質問のための追跡,説得等

警察官らは,午前3時40分ころ,H,I及びFに対して職務質問を試みたが,「もうほかの者に聞かれて名前言うた。わしら関係ない。」などと言われ,事案の内容のみならず氏名についてすら回答を拒絶された。第1現場到着時の状況からみて,H,I及びFが本件事件に関与していることは明らかであり,かつ,質問を拒絶されたことにより,さらに疑惑が増大したのであるから,警察官らは,事案を解明するため質問を継続し,翻意を求めて説得し,その場を立ち去ろうとした場合には,これを追跡して停止させることが可能であった。

(d) 物理的可能性

第1現場には,最終的には18名もの警察官らが臨場するに至ったのであるから,加害者らに職務質問等を行うに必要な人員は整っていた。また,G,H,I及びFは,警察官らが現場に臨場した後も,逃走することなく第1現場付近にとどまっていた。

したがって,物理的な観点から見ても,警察官らは,現場にいた加害者ら全員に対し,職務質問及び職務質問に伴う諸権限を行使することができた。

c 権限行使のけ怠

警察官らは,G,H,I及びFに対し,適法に職務質問を実施し,事案の解明に努めるべきであったにもかかわらず,Gについては外側から着衣を確認することもなく,H,I及びFについては,「関係ない。」などと明らかに不合理な回答を得たのみで,直ちに職務質問を断念している。

警察官らは,G,H,I及びFが暴力団組員であることを認識し,同人らが警察官らにひるむこともなく,パトカー内のCを奪還しようとする状況を現認したことにより,Gらが極めて粗暴性の高い集団であることを認識していたのである。このような状況では,警察官らは,適切に職務質問を実施し,Gらの着衣等を入念に観察することによって事案を早期に解明し,職務質問に応じない場合においては,停止を求めて質問に応じるよう説得するなどの権限を行使すべき必要性が特に高かったにもかかわらず,これらの措置を怠ったものである。

d 権限行使による結果回避可能性

Hらは,警察官らの面前でCを追跡して奪回しようとしており,しかも,Iの上衣には血こんが付着していたのであるから,警察官らから継続的に職務質問を受けていれば,最終的には本件事件への関与を自認せざるを得なかったことが明らかである。したがって,警察官らが,H,I及びFに対する職務質問を適切に継続していれば,より早期に事案の解明が可能となり,そのことにより,亡Aを発見して保護することが可能であった。

また,警察官らが,H,I及びFに対する職務質問を継続し,同人らがその場を立ち去ろうとした際には,停止を求めるなどの適切な措置を取っていれば,Hらが,一方的に現場を離れてチェイサーを移動させるなどの傍若無人な行動に出ることはなく,より容易に亡Aを発見することが可能であった。

さらに,警察官らが加害者らに対する職務質問を適切に実施していれば,G及びIの着衣に付着した血こん等の犯罪の徴表を発見し,容易に加害者らを現行犯逮捕することができた。仮に,警察官らが加害者を現行犯逮捕するに至らなくても,警察官らは,少なくとも,H,I及びFに対する継続的な捜査の必要性を認めたであろうから,Hらを放置したまま第1現場を撤収するという判断に至ることはあり得ず,亡Aに対する事後の身体的加害行為を防止することが可能であった。

(オ) 第1現場における加害者らの現行犯逮捕

a 権限根拠規定

現行犯人又は準現行犯人(刑事訴訟法212条)については,何人でも逮捕状なくしてこれを逮捕することができる(同法213条)。

b 権限行使可能性

(a) 現行犯人該当性

G,H,I及びFは,警察官らが第1現場に到着した直後,上半身裸で傷害を負って逃走しているCを追跡し,パトカー内に逃げ込んだ同人を奪回すべく,怒号を上げ,パトカーのドアをこじ開けようとしていた。また,Gらは,警察官の職務質問に誠実に応じようとせず,自らの嫌疑を解消するに足りる合理的な供述を行わなかった。そして,Iの着衣には大量の血こんが付着しており,Gのズボンにも血こんが付着していた。

以上からすると,G,H,I及びFは,その全員がCに対する暴行又は傷害の共同正犯として,現行犯人に該当することは明らかであった。

なお,警察官らは,第1現場において,G及びIの着衣に付着した血こんを発見していないが,それは,職務質問やこれに付随する着衣等の観察を怠ったにすぎないのであるから,Gらの現行犯人性を否定する根拠にはならない。

(b) 逮捕の必要性

本件では,Gらは,警察官らの職務質問に対し,不合理な回答に終始し,又は全く質問に応じようとしなかったのであるから,逃亡又は罪証隠滅のおそれが存したことは明らかである。

c 権限行使のけ怠

本件においては,上記のとおり,G,H,I及びFが現行犯人に該当することが明白であり,逃亡若しくは罪証隠滅のおそれも高かったにもかかわらず,警察官らは,同人らを逮捕しなかったものである。

d 権限行使による結果回避可能性

警察官らは,Gらを現行犯逮捕すれば,逮捕に伴う捜索(刑事訴訟法220条)の結果,自動車内に監禁された亡Aを容易に発見することができたであろうから,加害者らによる事後の亡Aに対する身体的加害行為を防止し得たことは明らかである。

(カ) 警察官らの第1現場からの撤収

a 権限根拠規定

警察官らが,第1現場を撤収せず,同現場において,亡Aの探索,職務質問その他の捜査活動を継続することは,警察法,警職法その他の関係各法令により当然に可能であり,格別の権限根拠規定を要するものではない。

b 権限行使可能性

警察官らが,第1現場における捜査を継続できない事情はなく,同現場を撤収することなく捜査を継続することは当然に可能であった。

c 権限行使のけ怠

警察官らは,第1現場において,事案の解明はもとより,被害者の所在を確認できておらず,G以外の被疑者の人定も完了していなかったのであるから,第1現場における捜査を継続する必要があったことは明白であった。しかし,警察官らは,Gの不合理な要求を受け入れ,捜査の統括責任者であったK警部に連絡することなく,第1現場における捜査を中断して撤収したものである。

d 権限行使による結果回避可能性

警察官らによる第1現場における捜査活動が継続されていれば,加害者らが,亡Aをら致して,さらなる身体的加害行為に及ぶことなどあり得なかった。

(キ) 緊急配備その他広域的な亡Aの所在探索活動の未実施

a 権限根拠規定

警察官は,任意捜査(刑事訴訟法197条)として,広域的な被害者の所在探索活動及び緊急配備を実施することができる。兵庫県警察が定める緊急配備規程(平成10年5月20日本部訓令第11号)によれば,緊急配備は,重要又は特異な事件の発生に際し,犯人の検挙及び捜査資料を得るため,必要な警察力を緊急に動員して自動車検問,要点監視,張り込み及び検索を行う組織的な捜査活動をいうと定義されており(緊急配備規程3条1項),本部配備に当たっては地域部長,発生署配備に当たっては発生署の警察署長が発令するものとされている(同7条)。なお,警察職員は,緊急配備対象事件又は緊急配備対象事件に発展するおそれのある事件の発生を認知したときは,直ちに地域部長に報告しなければならない(同19条,16条)。

b 権限行使可能性

(a) 広域的な所在探索活動

警察官らが,亡Aの所在を広域的に探索することは,法律的にも物理的にも何らの障害はなく,これを容易に実施することができた。

(b) 緊急配備

本件事件は,「重要な誘拐又は人質事件」又は「重要な組織的又は集団的暴行事件」として緊急配備対象事件に該当する(緊急配備規程4条2項,4項)。

そして,緊急配備に必要な事項は事前に作成されており,緊急配備が発令されたときには,迅速な組織的探索活動を実施することが可能な体制が整えられていた。

したがって,本件において,兵庫県警察が,緊急配備を実施することは十分に可能であった。

c 権限行使のけ怠

警察官らは,第1現場を撤収後,通信指令課,亡Aの自宅及び亡Aの携帯電話に電話をかけ,亡Aがいまだ帰宅しておらず,行方不明になっていることを確認している。そして,警察官らは,午前4時30分ころには,I,H及びFが第1現場におらず,第1現場に駐車されていたチェイサー,アリスト及びセルシオが既に第1現場にない事実を認識している。以上のとおり,警察官らは,加害者らが亡Aを上記自動車に積み込んでら致している事実を明確に認識することができたのである。実際,U巡査部長は,午前4時30分ころ,g交番に到着したK警部に対し,亡Aが加害者らにら致された可能性があるとの報告を行っている。

したがって,警察官らは,遅くとも午前4時30分には,亡Aが加害者らにら致された可能性があることを認識しており,広域的な亡Aの所在探索活動を実施するとともに,直ちに,本件事件が緊急配備対象事件であることを緊急配備発令権者に報告すべきであった。しかし,警察官らは,第1現場周辺及びd組事務所周辺を探索したのみで,広域的な所在探索活動の必要性を検討することもなく,緊急配備対象事件に発展するおそれがある事件であるとの報告も行わなかった。

d 権限行使による結果回避可能性

加害者らが,第2現場に到着した時刻は午前4時35分,第3現場に到着した時刻は午前5時20分,第4現場に亡Aを遺棄した時刻は午前7時ころである。しかも,上記各場所は,第1現場からさほど離れた位置にあるものではない。そして,亡Aを乗せたチェイサーは,午前4時25分ころに第1現場を出発してから午前7時に亡Aを遺棄するまで,交通量の多い幹線道路を頻繁に利用している。

したがって,警察官らは,第1現場撤収後においても,兵庫県警察本部及び神戸西署が連携をとり,パトカーを多数出動させるなどの組織的な探索活動を実施し,また,神戸西署管内に緊急配備を行っていれば,各現場に停車中の加害者の自動車や移動中の加害者の自動車,又は第4現場に遺棄された亡Aを発見し,同人を保護することは極めて容易であった。

オ ④補充性

(ア) 補充性の有無は,私人の自助努力では危険を防止し得ず,行政庁が規制権限を行使しない限り,結果発生を防止し得なかったといえるかという観点から判断される。

(イ) 本件事件は,複数の暴力団組員が,亡A及びCに暴行を加えた上,更なる暴行を加えることを企図して亡Aを自動車に監禁し,犯行場所を移動して亡Aに対する暴行を継続し,同人を死亡させたというものである。かかる事実関係からみて,亡Aが自己の生命身体に対する危険を自ら回避することが不可能であったことは明白である。およそ私人に複数の暴力団組員による暴行から自己の身体を防衛することを期待することはできず,警察官は,本件のごとき事案において,国民の生命身体を保護するため関係各法令によって諸権限を付与されているのである。

したがって,本件においては,亡Aの自助努力では危険を防止することができず,警察官らが権限を行使しない限り,死亡という結果の発生を防止できなかったことは明らかであり,極めて補充性が高い事案であったといえる。

カ まとめ

以上によれば,本件における警察官らの対応が違法であることは明らかである。

(控訴人の主張)

ア ①危険の切迫について

(ア) 危険の切迫とは,現実的かつ具体的な危険があり,かつ,何らかの措置を講じなければ危険の発生を避けられないような一段と切迫した状態をいうのであって,身体及び財産に対する侵害発生の可能性が一般的抽象的に存在するというのでは足りない。

本件では,亡AがDらに殺害された生命侵害の結果が控訴人に帰責されるかが問題となっている以上,亡Aが死に至るような具体的危険が時間的な経過に照らし合わせて切迫していたか否かが検討されるべきである。

(イ) Gが第1現場に到着するまでの間

第1現場において,Dが,凶器を持っていたとか,凶器を振り回していたという事実はなく,Gが第1現場に到着するまでの間は,亡A及びCで地面に尻餅をついたようになっているDの下半身を押さえ,その上半身を羽交い締めにして押さえ込んでおり,Dも鼻がくの字に曲がり鼻血を出す激しい暴行を受けていたのであり,Dが劣勢という状況であった。だからこそ,Jは,Gに救援を求めて電話をかけたのである。そして,亡Aは,3分間にもわたって110番通報をする余裕もあった。

亡Aの生命に対する具体的危険が切迫していたのであれば,同人は,自宅に逃げるか,カムリに乗り込んでその場を離れていたはずである。しかし,亡Aは,そのような手段に出ることもなくDを押さえ続けていたのは,亡A殺害の危険が切迫していなかったことの何よりの証左である。亡Aは,その場から離れることが十分可能な状態にあり,携帯電話で救援を呼ぶJの声を聞きながらも,執ようにDを押さえ続けていたのである。

したがって,亡Aには死に至る身体加害行為の危険も切迫していなければ,身体的加害行為の危険も切迫していなかった。

(ウ) Gが第1現場に到着した後

Dは,第1現場に駆け付けたGらとともに,亡Aに対する暴行を再開したが,暴行事件が例外なく殺人事件に発展するというものではなく,警察官が多数現場に臨場し,加害者の身元が判明している場合には,重大事案に発展することはほとんど考えられない。そして,加害者らは,亡Aを乗せたチェイサーの周囲を見張っておらず,亡Aの身体を縛っていたというものでもない。また,この時点では,加害者らによって亡A殺害の謀議がなされていたという事実もない。

したがって,亡Aがチェイサーに乗せられた時点でも,亡Aに殺害に至る現実的かつ具体的な身体的加害行為が時間的に切迫していたとはいえない。

亡Aは,午前3時30分ころからG,Hから暴行を受けたものであるが,同人が午前3時34分ころにはチェイサーに乗せられ,その後,警察官が現場に到着したため暴行を加えられていないことからすると,その間,わずか4分であり,亡Aが殺害されそうな状況が現実に切迫していた事実はない。第1現場で亡Aがチェイサーに乗せられていたことを前提にしても,まさに亡Aを殺害しようとしていた状況にあったものではなく,いまだ亡Aに殺害に至るような現実的危険の切迫は認められない。

(エ) 加害者らが,亡Aを第2現場に移動し,同人に対する暴行が開始された時点になって,亡Aに対する身体的加害行為が切迫したのである。

イ ②予見可能性について

(ア) 予見可能性が肯定されるためには,規制権限を行使しなかった時点における現実的かつ具体的な状況等を総合的に勘案した上で,当該警察官が,具体的現実的危険の切迫を相当程度のがい然性をもって予見できたことが必要である。

(イ) 亡Aが110番通報をした時点

女性からの電話通報の内容は,「けんか。早く来てほしい。」「3号棟と4号棟の間でけんかしている。」という程度で,そのけんかの具体的な状況は何ら通報されていない。

亡Aによる110番通報は,現場の状況を早口で矢継ぎ早に告げるような緊張した口調ではなく,酒に酔った調子であり,「やくざのおっちゃんが暴れているんですよ。」と告げているが,その男がだれに対してどのようにしているのかという点については,「絡まれている」「何か脅されている」「おったら,すぐに殴りかかられた」としか述べておらず,具体的現実的危険がまさに切迫していることを思わせる状況ではなかった。通信指令課は,亡AがDを取り押さえていること及びJの声も聞いているから,通報の対象となっている事案が,暴力団組員風の男性が女性に絡んでいると理解したとしても何ら不自然ではない。

また,上記110番通報にはJが「殺されるで。」などと叫んでいる声が入っているが,通信指令課は,通報者以外の声が聞こえたとしても,必ずしも何を発言しているかまで同時に認識し得るわけではない。

したがって,亡Aからの110番通報を受けた通信指令課が,110番通報の切断後に,亡A殺害に至る徹底的な暴行が行われることを認識することができたとは到底いえない。

(ウ) 110番通報の続報があった時点

110番通報の続報の内容は,けんか当事者の人数が増え,被害者が自動車に乗せられそうになっているというものであるが,被害者の人数や自動車の車種等については不明であり,通信指令課は,けんかの具体的状況をつかめていなかった。したがって,110番通報の続報の内容から,警察官らが,殺人事件発生の具体的危険の切迫を予見可能であったというのは不合理である。

(エ) 警察官らが第1現場に臨場していた時点

110番第3通報で,7名から8名が殴り合っているとの通報が,110番第4通報で,車で連れて行かれそうとの通報が通信指令課に入っているし,通信指令課では,神戸西署及び現場急行中のパトカーに対し無線で,連れて行かれそうとの通報がある旨を連絡しているのに,この情報を第1現場に臨場した警察官相互で共有できていなかった事実はある。しかし,警察官相互に情報伝達の不備が認められることは否めないものの,事件認知からわずかに2,30分程度の間のことであり,情報を共有し得る状況になるには時間的に短すぎ,このことをもって著しく合理性を欠くとまではいえない。

けんかの通報は多数警察に寄せられるが,一般的には,けんかの通報に対しては,警察官が現場に急行し,そのけんかに収拾を付けることがまず最初に求められる。というのは,現場に到着した時点で被害者及び加害者が明らかな場合は現行犯逮捕といった強制措置を講ずることもあれば,けんかの通報で警察官が現場臨場したものの,現場に到着してみると既に事態が収まっていたり,関係者すら立ち去ってだれもいないようなこともあるが,多くの場合,警察官が現場に急行し,制服の警察官の姿を見せることでけんかの収拾を図り,現場が落ち着いたところで関係者からけんかの原因などを事情聴取することにより事案の内容を把握することが,当該事件で身柄を拘束するか不拘束で事件を処理するのか,関係者から事情聴取するも犯人が明らかでないようなとき事後捜査にゆだねるべきか,あるいは,事案の内容によっては当事者の話合いによりその場で解決するのかなどの個々具体的な判断をする上で最も重要な位置を占めるからである。

特に,第1現場におけるけんかは,110番第3通報,第4通報のような通報もあったといっても,当初,単にけんかをしているという程度の通報が入ったにすぎなかったし,その直後の午前3時36分に神戸西署員が現場に到着しており,その後,現場が落ちついた旨の無線が兵庫県警察本部地域部自動車警ら隊員から発せられたのであるから,K警部において,ちょうど現場が紛糾しているところに警察官が第1現場に臨場してけんかの収拾を図り,現場が落ち着いたものと考えるのが自然であり,さ細なけんかが殺人事件に発展するような特異性を第1現場におけるけんかに関する無線連絡から認識することは不可能であった。

また,Cは,第1現場において,U巡査部長らから事情聴取をされた際,首をかしげながら,半信半疑の状態で,思いつきで,亡Aが自動車に乗せられたかもしれないと述べたにすぎず,U巡査部長らから自動車に乗せられるところを見たのかと尋ねられても,見ていないとかわからないと答えており,亡Aの救助も要請していない。Cは,亡Aに危険性が差し迫っていることを否定するような発言に終始していた。亡Aの動向について,最も詳しいはずであるCが,亡Aの危険性を否定しているのにもかかわらず,後から到着した警察官らがその危険性を認識できようはずがない。

そして,U巡査部長らは,Cから,亡Aの自宅がg団地1号棟であり,現場から亡Aが逃げた可能性もあると告げられたこと,亡Aが加害者らによって車に乗せられていることを強くうかがわせる確かな情報がなかったこと,被害者の一人であるCは,傷害を負っているものの十分に動き回れていたこと,Cは,亡Aが車に乗せられているかもしれないとは言ったものの,それ以上,周辺の車両内を見るよう要請するようなこともなかったこと,Cが同人自身車両に乗せられていたことを告げていなかったこと等から,U巡査部長らは亡Aが第1現場から逃げた可能性が高いと考えたのである。

しかも,Cは,けんかの原因については,車で亡Aを送ってきて,亡Aが助手席から降りたところ,突然殴られ,止めに入ったCも殴られたと説明していたのである。加害者が成人男性を殴った後に車両に押し込まなければならない理由など,通常,思いつかないものである。

以上のとおり,Cの事情聴取の内容からすると,警察官らが,第1現場において,亡Aが自動車に乗せられていることを認識することは不可能であり,むしろ,亡Aが第1現場から逃げた可能性が高いと判断したことには合理性がある。

(オ) 警察官らが第1現場を撤収した後

Gは,警察官らが第1現場を撤収する際,警察官らに運転免許証を提示して身分を明らかにしている。かかる状況において,暴力団関係者である加害者らが,暴力団とは無関係の亡Aをら致してまで殺害することなど予測困難である。

ウ ③結果回避可能性について

(ア) 警察官らの第1現場への到着

a K警部による出動指示の合理性

亡Aによる110番通報の内容は,危険が切迫しているというような状況ではなく,現場に女性がおり,亡Aが相手を押さえつけているというものであった。かかる通報内容から,通信指令課が,第1現場の状況について,暴力団組員風の男性が女性に絡んでいる状況と理解したことはやむを得ないことである。そして,通信指令課の神戸西署に対する指示内容も,g団地で3人程度のけんかが発生しており,女性が絡まれているという程度のものであった。

そこで,K警部は,通報に係る事件が,関係者が凶器を振り回しているような危険性の高い事案ではないと理解し,g交番が第1現場の近くに所在していたものの,仮眠時間中であるg交番勤務員を出動させず,あらかじめ定められた神戸西署の勤務体制に従い,f交番勤務員及び自動車警ら班員に第1現場への出動指示をしたのである。

K警部が,本件電話通報又は110番第1通報の内容を聞いた時点で,第1現場の状況として認識していたのは,けんかをしているということと暴力団員風の男が女性に絡んでいるということであり,仮眠中の交番勤務員に現場出動の指示を出すことが必要な状況ではなかった。

そして,その後の110番通報で,第1現場のけんか事案が悪化し,関係者も増えたことが判明したので,K警部は,その時点になって,g交番勤務員に第1現場臨場の指示をしたのである。

以上のK警部の警察官らに対する第1現場への臨場指示の内容は,何ら不合理なものではない。

b ミニパト及び神戸西3号の第1現場到着

緊急自動車であっても,赤信号などの法令の規定により通常の自動車が停車しなければならない場合には,他の交通に注意して徐行しなければならない(道路交通法39条2項)。ミニパト及び神戸西3号は,途中から緊急走行に切り替えているが,交差点では,低速で徐行しなければならず,出発から第1現場に到着するまで約15分が経過したとしても,到着が著しく遅れたと評価されるべきものではない。T巡査部長及びV巡査が,ミニパトでf交番を出発した午前3時20分の時点では,深夜で通行車両は少なく,緊急走行によるまでもなく,スムーズに走行することができた。また,第2神明道路北線の側道に入った辺りで緊急走行に切り替えているので,通常走行をしたのはごく一部にすぎない。当初から緊急走行していたとしても,現場到着が時間的に短縮されることはほとんどない。結果的に17分後であるが,交番を不在にするための措置をとることは当然であり,現場の状況が激しくなっているとの無線を受信した時点で直ちに緊急走行に切り替えている。

(イ) 第1現場における亡Aの所在確認措置

警察官らは,第1現場において,亡Aが逃げた可能性が高いと判断していたので,亡Aを救助するために第1現場付近を検索する必要性を認識することはできず,むしろ,関係者からの事情聴取が先決と考え,亡Aの所在確認を行わなかったのである。このような警察官らの判断が,当時の状況下において,著しく合理性を欠くとはいえない。G及びHは,チェイサーの中に亡Aを隠し,犯行の発覚を遅らせようと警察官をその場から出て行かせようとし,かつ,パトカーが到着するとわずかな間に警察官の目に触れないようにこっそりとチェイサーを駐車場の奥に移動させたものである。深夜,けんかの現場に到着して間もない警察官が,けんか自体の全体を把握するいとまもない時点で,加害者側が殊更隠匿しようとするとともに,助けを求める行為をしない被害者を,多数の車が駐車しているg団地敷地内の広大な駐車場で発見保護することは極めて困難で,結果回避が容易に可能であったとはいうことはできない。

(ウ) 第1現場における職務質問

a 警察官らは,第1現場において,G,F,H及びIの4名に対し,職務質問を実施したところ,警察官らの質問に応じたのはGだけであり,他の3名については全く応じなかった。職務質問は,相手方の任意の協力の下に行われるものであり,相手方に応答を強いることはできない。そして,警察官らは,4名の中で最も興奮し,年輩であったGが中心人物であり,同人からの事情聴取により事案の解明が可能であると判断し,明るい場所で効果的に職務質問を実施するため,Gにg交番への任意同行を説得したのである。

したがって,警察官らの上記判断及び措置は,当時の状況下において,著しく不合理なものとはいえない。

b そして,警察官らが,職務質問を継続したところで,G以外の3名の加害者らが質問に応じるとは思えない。また,加害者らが,第1現場を立ち去ろうとすれば,それを強制的に停止させる権限は警察官らにはない。したがって,警察官らが職務質問を継続したところで,亡Aを保護することができたとはいえない。

c 仮に,H,I及びFに対して職務質問に応じるよう説得を続け,同人らが任意同行に応じたとしても,それまでの職務質問に同人らが全く協力していなかったこと,現に任意同行に応じたGがg交番において真実を神戸西署員らに話さなかったこと,H,I及びFは,Gと同じ暴力団d組e組に属していること,同人らは,組長であるDが亡Aらの逆襲に遭い,その面子をつぶされた事実を認知していることからすると,同人らもDの意図を察知し,神戸西署員らに真実を告げたとは到底考えられない。そうすると,警察官らは,本件犯行を回避することができたとはいえない。

(エ) 第1現場における加害者らの現行犯逮捕

警察官らが第1現場に到着した時点では,顔から血を流したCが神戸西3号に駆け寄り,その後方からG,I,H及びFが走っている状態であったが,Cに対する暴行が現に行われている状況ではなかった。そして,C自身,犯人を特定することができず,Gらが犯人であることを裏付ける明白な証拠は見つけられない状況であった。

以上のとおり,Gらには現行犯人の要件が備わっていなかったのであるから,警察官らが,Gらを現行犯逮捕しなかったことが違法となることはない。

(オ) 第1現場からg交番への移動

a 警察官らは,Gが運転免許証を提示して身分を明らかにし,g交番への出頭を約束したので,g交番でのGの事情聴取を優先することが本件事件を解決する方法として最善であると判断したのである。そして,この時点では,亡Aが自動車に乗せられていることは予測できなかったのであるから,第1現場からg交番へ移動した警察官らの措置が著しく合理性を欠くとはいえない。

b そして,警察官らは,亡Aが自動車に乗せられていることの認識はなかったのであるから,第1現場からg交番に移動していなかったとしても,亡Aを発見することは不可能な状況にあった。

(カ) 緊急配備の未実施について

a 警察官らは,第1現場を撤収した時点では,いまだ,亡Aの殺害に至る現実的危険が切迫した状況になく,亡Aが逃げた可能性が高いと認識していた。

その後,警察官らは,午前5時30分ころ,Cから,亡Aがシルバーのセダンタイプの自動車に乗せられた可能性があることを聴取した。しかし,聴取した内容から,緊急配備の対象車両を特定することはできず,犯人の逃走方向についての情報もなく,聴取した時点は事件から2時間余りも経過していた。緊急配備は,逃走した犯人を確保するために配備効果が認められる場合に実施する初動捜査の一手段であり,そのためには,配備対象,逃走方向等の情報がそろわなければならない。Cの上記事情聴取結果を踏まえても,緊急配備を実施する効果は認められないと判断される状況にあった。

したがって,警察官らが緊急配備をとらなかったことが法的義務違反とはならない。

b そして,仮に,警察官らが緊急配備を実施したとしても,上記のとおり,効果的な緊急配備をするための情報がなかったのであるから,亡Aを保護することができた可能性は低い。

エ ④補充性について

亡Aは,第1現場から逃げ出すことができたにもかかわらず,Cとともに,Dに殴りかかり,同人を押さえ込んでいたのである。このように,亡Aは,死亡という結果発生を回避することが十分可能であったにもかかわらず,Dに対する反撃行為に出たがために殺害されたのであるから,警察官らが規制権限を行使しなければ結果発生を防止することができなかったという関係にない。

(2)  因果関係

警察官らの権限不行使と亡Aの死亡との間に因果関係があるか。

(被控訴人の主張)

ア 本件においては,亡Aがチェイサーに閉じこめられた午前3時33分より前の時点で,警察官らが第1現場に到着していれば,亡Aが加害者らに監禁されて事後の暴行を加えられることはあり得なかった。また,警察官らが,第1現場において,上記(1)で指摘した捜査を適切に行い,第1現場撤収後においても,緊急配備その他の手段により広域的に亡Aの所在を探索していれば,亡Aを保護することができた。

以上のとおり,本件においては,警察官らが規制権限を行使していれば,極めて高度のがい然性をもって,亡Aの死亡という結果を回避することができたのであるから,警察官らの権限不行使と結果発生との間に因果関係が認められることは明らかである。

イ 警察官らが第1現場を撤収した後の亡Aに対する身体的加害行為は,警察官が第1現場に臨場する前の暴行と密接な関連を有する一連の行為であり,警察官撤収後に特別の事情によって生じたものではない。したがって,亡Aの死亡によって生じた損害は,特別の事情によって生じたものではなく,通常生ずべきものであるから,警察官らの予見可能性の有無を問題とする必要はない。

ウ 仮に,本件において因果関係を肯定するためには,警察官らにおいて,警察官らが撤収した後の亡Aに対する身体的加害行為の予見可能性が必要であるとの見解に立つとしても,警察官らは,上記のとおり,かかる身体的加害行為を容易に予見し得たものであるから,因果関係を否定することはできない。

したがって,亡Aの死亡による損害が特別の事情であったとしても,本件において因果関係の存在が認められることは明らかである。

(控訴人の主張)

損害が特別の事情によって生じた場合において,違法行為と損害との間に因果関係があるというためには,当該公務員において,当該事情の予見可能性が必要である。そして,本件事件は,Dを頂点とする暴力団組員が共謀の上で犯行に及んだものであるから,警察官らにおいて,Dらが亡Aを殺害することを予見することはおよそ不可能であった。したがって,警察官らの不作為と亡Aの死亡との間には高度のがい然性はなく,因果関係は認められない。

電話通報及び110番第1通報の内容は,けんかをしている,殴りかかられた,絡まれているというような内容だっただけであり,その時点では,そのような事案では殺人事件にまで発展するような高度のがい然性はなく,警察官らにおいて第1現場におけるけんか事案が殺人事件にまで発展するなどということは到底予測できなかった。

このような事案では,g交番勤務員に現場臨場指示を出さなかったことあるいは現場に急行するのに17分を要したことが本事件を殺人事件にまで発展させる高度のがい然性はない。

警察官らがチェイサーの外部から亡Aを発見して保護することが容易に可能であったとはいえず,現場警察官が車両の中の亡Aを発見し得なかった場合に亡Aが死亡する高度のがい然性があるとはいえず,また,亡Aが車両に乗せられていることを第1現場の警察官らが認識し得なかったし,認識し得べきでもなかった以上,現場警察官が車両の中の亡Aを発見し得なかったことと亡Aの死亡という結果との間に因果関係があるとすることはできない。

駐車位置を原因に全く見ず知らずの者とけんかになったような事案が,その後の警察官の現場臨場により関係者とおぼしき人物の身元確認を実施した後においてもなお引き続き執ような暴行を行い死亡させるような事態に発展することは一般的とはいえないのであり,GらがCを追いかけ,奪回しようとしたからといって,このことが,駐車位置を原因とするいさかい程度のけんかがその程度をはるかに越え,亡Aをら致した上で殺人事件に発展することを警察官らに想像させ得るものではない。

(3)  損害

(被控訴人の主張)

合計1億3739万9491円

ア 亡Aの損害

(ア) 逸失利益 5789万9491円

a 平均年収 680万4900円

亡Aは,本件事件当時,a大学大学院b研究科の学生であり,将来にわたって十分な年収を得るがい然性があったのであるから,平成13年度賃金センサス第1巻第1表産業計・企業規模計・男性労働者大卒の平均年収額である680万4900円を基礎とする。

b 就労可能期間 39年間(ライプニッツ係数17.0170)

c 生活費控除率 50パーセント

d 計算式

680万4900円×(1-0.5)×17.0170=5789万9491円

(イ) 慰謝料 4000万円

亡Aは,本件事件当時,大学院博士後期課程の大学院生として将来を嘱望されていたが,何ら落ち度がないにもかかわらず,加害者らから無法な暴行を受け,せい惨なリンチを受けて殺害されたものである。

また,亡Aは,本件事件発生直後,通報し保護を求めていたにもかかわらず,警察官らが適切な捜査及び亡Aの探索を行うことなく,亡Aを放置して漫然と第1現場を撤収した上,その後も亡Aがら致されていることを認識しながら,組織的かつ広域的な捜査活動を怠ったことにより死亡するに至ったものである。

亡Aが,暴力団による暴行及び警察官らの任務け怠により惨殺され,将来を断たれたことにより受けた精神的苦痛は筆舌に尽くし難く,これを金銭に見積もると4000万円を下ることはない。

イ 被控訴人固有の損害

(ア) 被控訴人固有の慰謝料 2000万円

被控訴人は,将来を嘱望されていた一人息子である亡Aを暴力団組員に無惨に殺害されたものであり,その悲しみは一生涯消え去ることがない。また,亡Aの遺体は死後丸一日以上も屋外に放置され,見るも無惨な形で発見されたものであり,被控訴人の無念は察するに余りあるものである。

本件事件により被控訴人が受けた精神的苦痛は,金銭に見積もることさえはばかられるものであるが,少なくとも2000万円を下ることはない。

(イ) 葬儀費用 150万円

亡Aの死亡時の年齢その他の諸事情に照らし,本件事件による葬儀関係費用は150万円とするのが相当である。

(ウ) 弁護士費用 1800万円

被控訴人は,本件事件後,控訴人から損害賠償金の支払がなされないため,弁護士に本件訴訟追行を委任せざるを得ない状況に追い込まれたものである。本件訴訟に要する弁護士費用は,1800万円と見積もるのが相当である。

(控訴人の主張)

争う。

第3当裁判所の判断

1  本件の事実経過

上記第2・1の前提事実のほか,証拠(甲3の2,4の1・2,5の1・2,6の1・2,7の1~3,8の1・2,9の1・2,10の3~6,11,12,14の1・2,16の1~3,17の1,18~26,27の1・3,28の1・2・4,29,31,34,44,45,58,62の1・2,乙4~8,証人C,同T,同K,同V,同Q,同U,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実を認めることができる。

(1)  110番第1通報までの経緯

ア Dは,Jとともに,平成14年3月3日午後9時ころから翌4日午前2時30分ころまでの間,焼き鳥屋やカラオケ店などで飲酒し,午前3時ころ,ベンツを運転してg団地1号棟××号室のJ宅(以下「××号室」という。)に戻った。

Dは,C型肝炎及び糖尿病の治療のためにp1病院に入院する予定であったので,午前3時6分ころ,××号室において,妻であるYに電話をかけ,入院中はJに付き添ってもらうと告げた。そして,Dは,Yから体裁が悪いなどの不満を述べられたことに立腹し,「こっちはえらい目しとんのや。」,「そこで待っとけ。」,「今すぐ行ったるから。」などと怒鳴りつけて電話を切り,Yのいる自宅に向かうため××号室から出て行った。

Jは,DがYに対してひどい暴力をふるうのではないかと考え,Dをとめるために後を追った。(甲4の1,9の1)

イ 亡Aは,平成14年3月3日午後9時ころから翌4日午前1時ころまでの間,Cとともに,沖縄料理店で飲酒し,その後,Cの運転するカムリに乗車してC宅に立ち寄った。

Cは,午前2時30分ころ,亡Aを自宅があるg団地まで送るため,カムリの助手席に亡Aを乗せてC宅を出発し,午前3時10分ころ,g団地に到着し,同団地1号棟前の路上にカムリを停車させた。(甲3の2,58,証人C)

ウ 亡Aは,自宅へ帰るためにカムリから降りた際,g団地1号棟から出てきたD及びJと出くわした。そして,Dは,カムリが目の前に停車していたことが気に入らず,「どこ停めとんやこら。」と怒鳴りながら,亡Aの顔面を手けんで殴打した。

Cは,亡AがDから殴られたことに気付き,カムリから降りて両者の間に割って入ろうとしたが,Dから顔面を殴られ,かけていた眼鏡を飛ばされた。そして,Cは,Dから更に殴打されそうになったので,亡Aに対し,警察に電話するよう告げ,その後,Dを押さえつけようとしてもみ合いとなった。(甲3の2,4の1,58,証人C)

エ 亡Aは,直接,警察官に助けを求めようと考え,第1現場から60メートルほどの距離に所在するg交番を訪れた。しかし,同交番勤務員であるU巡査部長及びW巡査は,午前3時から交番に設置された休憩室で仮眠をとっていたので,亡Aが訪れたことに気づかなかった。

そこで,亡Aは,第1現場に戻り,Cとともに暴れようとするDを押さえつけた。(甲3の2,4の1,9の1,58,62の1・2,証人C)

オ Jは,Dを助けるためにe組の組員を呼び出そうと考え,××号室に戻り,午前3時18分から同19分の間,H及びIに電話をかけ,Dがやられているのでg団地に急いで来るよう伝え,その後,携帯電話を持って再び第1現場に戻った。(甲7~9の各1,44)

カ Iは,Jの電話に出たものの,その内容を聞き取ることができなかったので,Jからの電話の内容を確認するため,Hに電話をかけた。Iは,Hからe組のほかの組員をg団地に集合させるよう指示を受け,午前3時21分,Eに電話をかけ,g団地に向かうよう伝えた。(甲5の1,7の1,8の1,44)

キ 午前3時19分ころ,女性から神戸西署に電話があり,M巡査部長がこれを受けた。そして,同女性は,M巡査部長に対し,「けんか。早く来てほしい。gの県住の3号棟と4号棟の間でけんかをしている。gのr番地」などと告げた(以下「本件電話通報」という。)。

K警部は,M巡査部長から,本件電話通報の内容を聞き,第1現場に警察官を派遣する必要があると考えたが,当日の第2ブロックの管轄区域内の警察官の仮眠時間は,f交番勤務のT巡査部長及びh交番勤務のV巡査が前日午後11時から当日午前3時までであり,g交番勤務員の警察官は,当日午前3時から午前7時までであったことから,M巡査部長に対し,g団地から6キロメートルの位置にあるf交番にいるT巡査部長及びV巡査を現場に臨場させるよう指示した。

M巡査部長は,K警部の指示に基づき,午前3時20分ころ,f交番に電話をかけ,これを受けたT巡査部長に対し,「h町g,g団地3号棟と4号棟の間でけんか事案が発生したので,すぐに現場に向かうように。」との指令を出した。(甲16の3,17の1,18,乙4,6,8,証人C,同K)

ク T巡査部長は,M巡査部長の指令を受けたので,V巡査に対し,けんかをしているのでg団地に向かうと告げ,g団地の所在地を地図で確認するなどして出発の準備をした。(甲17の1,18,乙4,6,証人V,同T)

ケ Dは,亡A及びCに押さえ込まれていたので,第1現場に戻ったJに対し,「若い衆呼ばんかい。」と告げた。

そこで,Jは,午前3時20分から21分の間,G及びFに電話をかけ,Dがやられているのでg団地に急いで来るよう告げた。(甲6の1,9の2,10の3,44,58,証人C)

コ Cは,第1現場に警察官が訪れる様子がなかったので,亡Aに対し,もう一度警察に電話をするよう頼んだ。

そこで,亡Aは,午前3時20分から同23分の間,携帯電話で110番通報をし,これを受けた通信指令課に対し,息の切れた声で,「gの交番呼んでもね,だれも出ないんですよ。」,「gの高層!」,「gの高層!」,「やくざのおっちゃんが暴れてるんですよ。」,「g,1号棟!」「gの高層住宅!県住の!」「おっちゃんが暴れている!知らん人 絡まれてる!」「070 ×××× ××××」,「Aです。」,「あともう一人,女の人」,「何かようわからん。何か脅かされている。」「押さえとったら,知らんでーって,何か脅かされている。」「おったら,すぐに殴りかかられた。」などと伝えた(以下「110番第1通報」という。)。

Jは,Dから「ナンバー控えとけ。」と言われ,携帯電話にカムリのナンバーの一部を入力し,また,Dを押さえつけていた亡A及びCに対し,「あんたら,いい加減にしとけよ。」,「ええ!しまいにほんまに殺されるよ。ほんまに殺されるよ!」,「離しとき,離しとき,こら!」「おんどりゃー!えー!」「うるさい!のけこら,おっさん!」「殺されるぞ。うるさい!のけこら,この人に何してんのよ!こら!」「のかんかいこら!」などと怒鳴りつけた。

亡Aは,Jの怒鳴り声について,通信指令課の警察官に対し,「今,聞いた?聞いた?」「こんな調子や。」と女性もやくざ風の男と一緒になって叫んでいることが分かるように確認した。通信指令課の警察官らもJの声について,「これ,女の人が暴れとんの。」「女の人の声聞こえとったね,ごっつい。」などと確認していた。

Jは,亡Aが110番通報をしていることに気づき,亡Aの手から携帯電話機を取り上げてg団地1号棟の方向に投げた。(甲3の2,9の2,16の1,58,62の1・2,証人C)

(2)  110番第1通報後警察官らが第1現場に到着するまでの経緯

ア 通信指令課は,110番第1通報を受け,午前3時23分ころ,神戸西署に対し,無線で,「けんか,口論,神戸市j区h町g高層住宅1号棟前で,暴力団,男一人と女の人」,「被害者,A,男性,070-××××××××」と伝えた。(甲16の3)

イ M巡査部長は,上記無線連絡を受け,再度,f交番に電話をかけ,これを受けたT巡査部長に対し,「けんかの当事者がg団地1号棟の方へ移動したらしい。」と伝えた。しかし,M巡査部長は,被害者の名前が亡Aであること及び亡Aの携帯電話番号などは伝えなかった。

そして,T巡査部長及びV巡査は,ミニパトに乗車してf交番を出発し,g団地に向かった。(甲17の1,18,乙4,6,証人V,同T)

ウ K警部は,上記無線連絡を受け,神戸西署1階にある自動車警ら班の勤務員の席に向かって,「gの団地でけんかをしているとの110番通報が入っている。hのブロック員を行かせているが,パトカーも1台現場臨場してくれ。」との指示を出した。しかし,K警部も,被害者の名前が亡Aであること及び亡Aの携帯電話番号などは伝えなかった。そこで,P巡査部長及びQ巡査長は,神戸西3号に乗り込み,神戸西署を出発してg団地に向かった。

K警部は,この時点では,通報に係るけんか事案の内容が暴力団風の男性が女性に絡んでいるものと考え,g交番勤務員が仮眠時間中であることを考慮し,同交番勤務員に現場臨場の指示を出さなかった。(甲19,20,乙5,8,証人Q,同K)

エ 午前3時29分,女性から110番通報があり,同女性は,これを受けた通信指令課に対し,「けんかしてるみたいなんですけど。」,「神戸市j区の,h町gの,あのうg交番ありますでしょ。」,「あの裏の県住の敷地内なんですけど。」,「3人くらいです。」などと伝えた(以下「110番第2通報」という。)。通信指令課は,同女性に対し,「5分くらい前に当事者の方から電話ありまして,今現在パトカーが向かっておりますので。」と伝えた。(甲16の2)

オ Gは,午前3時30分ころ,チェイサーを運転して第1現場に到着し,カムリの西側にチェイサーを停車させ,Dの足を押さえつけていたCの顔面をけり上げた。その後,Gは,Dの上半身を押さえつけていた亡Aの顔面を右手けんで2回殴打し,さらに,その衝撃でDから手を放した亡Aの襟首あたりをつかんで引きずり,チェイサーの近くまで移動させた。(甲3の2,10の3,58,証人C)

カ Hは,セルシオを運転して第1現場に到着し,チェイサーの西側にセルシオを停車させ,亡Aの頭部を右手けんで1回殴り,その後,DとともにCの顔面等を数回けり上げた。また,Hは,再び亡Aのもとへ行き,「わしらをなめとったらあかんぞ。」などと怒鳴りながら,Gとともに,四つんばいの状態になっていた亡Aの顔面などを数回けり上げ,その後,Dとともに,Cに暴行を加え続けた。

そして,Gは,Dから「G,もっといわさんかえ。」と怒鳴りつけられ,亡Aに暴行を加え続けた。(甲3の2,7の1,10の3)

キ 午前3時32分ころ,g団地の5号棟に住む男性から110番通報があり,同男性は,これを受けた通信指令課に対し,「gのね,交番の裏の団地やけどね。」,「7から8人でつかみ合いのけんかしよるで。」などと伝えた(以下「110番第3通報」という。)。そして,通信指令課は,神戸西署に対し,午前3時33分ころ,無線で,「けんか,口論。神戸市j区h町g。1号棟。7から8人。5号棟から見える。匿名男性。」と伝えた。(甲16の2・3)

ク ミニパト及び神戸西3号は,g団地に向けて出発した当初は,サイレンは鳴らさずに赤色灯だけをつけて走行していたが,通信指令課からの上記無線連絡を傍受し,至急に現場に臨場する必要があると判断し,サイレンを鳴らす緊急走行に切り替えてg団地に向かった。(甲17の1,18~20,乙4~6,証人T,同V)

ケ K警部は,通信指令課からの上記無線連絡を受け,先行させた4名の警察官だけでは現場の対応ができないと考え,仮眠中のg交番勤務員も出動させることとし,g交番のW巡査の携帯電話に電話をかけ,「交番の裏の団地で大きいけんかが起きてるみたいや。110番通報も入っているから,とりあえず現場へ行ってくれ。」と指示した。

そして,W巡査は,上記指示内容をU巡査部長に伝え,U巡査部長とともに,制服等を着用してg団地に向かった。(甲21,22,乙7,8,証人U,同K)

コ G及びHは,午前3時34分ころ,Dから,「おい,そいつをそれに乗せとけ。さろてまわんかい。」などと言われ,倒れて気絶していた亡Aをチェイサーの後部座席に押し込んだ。(甲4の1,7の2,10の3)

サ 110番第3通報をした男性は,午前3時34分ころ,再度,110番通報をし,これを受けた通信指令課に対し,「もう連れて行かれよるで。」,「はよパトカー呼ばな。」,「はよ来たらな。時間かかりすぎやわ。」など伝えた(以下「110番第4通報」という。)。また,同男性は,通信指令課から「車か何かに乗せられよるんですか。」と尋ねられ,「そうそうそう。」と答えた。

そして,通信指令課は,神戸西署に対し,午前3時36分ころ,無線で,「けんか,口論。神戸市j区h町g。連れて行かれる。車で。早く来てやってほしい。」と伝えた。(甲16の2・3)

シ K警部は,通信指令課からの無線連絡を受け,O警部補及びS巡査長に対し,「gのけんかやけど,派手にやっとるようやから行ってくれ。」と指示した。

そこで,O警部補及びS巡査長は,午前3時38分ころ,神戸西1号に乗り込み,神戸西署を出発してg団地に向かった。(甲23,24,乙4,証人K)

ス Iは,午前3時35分ころ,カリブを運転して第1現場に到着し,Dのもとに駆け寄った。そして,Dは,Iに対し,「あいつ,捕まえてこい。」と命じ,四つんばいになって逃げようとしていたCを捕まえさせ,Cをカムリの後部座席に押し込もうとした。(甲8の1,10の3,証人C)

セ ミニパト及び神戸西3号が,午前3時36分ころ,第1現場に到着した。ミニパトはセルシオの西側に停車し,神戸西3号はミニパトの後方に停車した。(甲17の1,18~20,31,乙4~6)

(3)  警察官らが第1現場に臨場していた間の経緯

ア Jは,第1現場に警察官らが到着したので,チェイサー後部座席の亡Aの存在に気づかれないようにするため,I及びHに対し,「車はよどけて。」と言って,チェイサーを第1現場から移動させるよう指示した。そこで,Iは,チェイサーの移動通路を確保するため,チェイサーの前に停車していたセルシオを移動させた。(甲7の2,8の1)

イ Cは,警察官らに助けを求めるため,カムリの後部座席からミニパト及び神戸西3号に向かって走り出した。そして,Gは,Dから,「捕まえろ。」と怒鳴られ,Cの後方を追いかけて行った。また,I及びHも,チェイサーに警察官らを近づけないようにするため,警察官らのもとに近寄って行った。

Cは,ミニパト及び神戸西3号に向かって走っていた際,上半身が裸であり,顔面から血を流している状態であった。そこで,Q巡査長は,Cが110番通報に係る事案の被害者であると考え,神戸西3号の後部座席のドアを開け,「こっちに来なさい。」と言ってCを誘導した。

Jは,警察官らに気づかれないために,「パパ,上へ上がろう。」と言ってDの腕を引っ張り,Dとともに××号室に戻った。(甲4の1,7の2,8の1,10の4,14の1・2,17の1,18~20,乙4~6,証人V,同Q,同T)

ウ Fは,アリストを運転して第1現場に到着し,カムリの北東にアリストを停車させ,Gからそれまでの事情を聞いた。Fは,第1現場において,チェイサー(移動前)の傍らを通りがかった際,チェイサーの外部から,後部座席に人影を認め,同人がズボンを穿いた状態で,顔をはらし,あお向けに寝ころんでいるのを認めた。

Gは,「われ,出てこんかい。」と怒鳴りながら,神戸西3号の後部座席のドアノブを引っ張って揺すり,Cを車外に引き出そうとした。また,Fも,神戸西3号の運転席のドアを開けて後部座席のドアロックを解除し,Cを車外に引き出そうとした。

そこで,T巡査部長,P巡査部長,V巡査及びQ巡査長は,「なにしとんや,やめんかい。」などと言って,G,F,I及びHを神戸西3号から引き離し,同人らをミニパトとg団地1号棟の間まで移動させた。(甲6の1,7の2,8の1,10の4,17の1,18~20,乙4~6,証人V,同Q,同T,同C)

エ T巡査部長及びP巡査部長は,Gに対し,「何があったんや。聞かせてくれ。交番に行って話を聞かせてくれ。」と言って職務質問を開始した。しかし,Gは,「単なる口論や。関係ないから帰れ。強制か,これは。任意やろ。任意とちがうんか。」と言って事情を説明せず,任意同行にも応じようとしなかった。

また,V巡査は,Fに対し,「何があったんや。」などと言って職務質問をしたが,同人も「知らん。今来たとこや。」と言って質問に答えようとしなかった。そして,Q巡査長は,P巡査部長からの指示を受け,神戸西3号に戻り,Cからの事情聴取を開始した。(甲6の1,8の1,10の4,17の1,18~20,乙4~6,証人V,同Q,同T)

オ g交番勤務のU巡査部長及びW巡査は,午前3時40分ころ,第1現場に到着した。そして,U巡査部長は,Gのもとへ行き,「何があったんや。」などと言って職務質問をしたが,Gは質問に答えようとしなかったので,Cから事情聴取をしようと考え,神戸西3号の中に入っていった。

Fは,W巡査から名前を尋ねられたが,「もうほかのもんに聞かれて名前を言うた。わしら関係ない。」と言って答えなかった。(甲21,22)

カ P巡査部長は,Gらが職務質問に答えようとしなかったので,警察官の人数を増やす必要があると考え,神戸西3号の無線で,神戸西署に対し,警察官の増員及び救急車の派遣を要請した。

そして,K警部は,上記無線連絡を受け,M巡査部長に対し,救急車を要請するよう指示し,また,N警部補,u巡査部長及びR巡査長に対し,第1現場に向かうよう指示した。

N警部補ら3名は,午前3時45分ころ,神戸西11号に乗車し,神戸西署を出発して第1現場に向かった。(甲25,26)

キ Cは,激しい暴行を受けて呼吸をするのも苦しい状態であったが,神戸西3号の中で,U巡査部長及びQ巡査長から「どないしたんや。」と尋ねられて「友達を送ってきたら,いきなり殴られた。」「友達の名前はAです。あそこの建物の一番上に住んでいます。」と一言一言必死で答えた。Q巡査長から,「だれが殴ったんや。」と聞かれたが,Cは「眼鏡がないから,わかれへん。」と答えた。Cは,U巡査部長から,亡Aについて「友達はどこにおるんや。」と所在を尋ねられたが,Cは「その辺におらへんか。」と逆に尋ねた,U巡査部長は,車内から見える範囲を見渡しても,友人らしい人物は見当たらなかったので,「そんなんおらへんで。」と言うと,Cが「車に乗せられたんやろか。」と言うので,U巡査部長は,「車に乗せられるのを見たんか。」と尋ねたところ,Cは,「見てへん。,わかれへん。」と答えた。U巡査部長は,「それじゃ,逃げたんか。」と尋ねたところ,Cは,「そうかもしれん。」と答え,その後,意識を失った。

そして,午前3時50分ころ,救急車が第1現場に到着したので,U巡査部長及びQ巡査長は,Cを救急隊員に引き渡した。(甲3の2,20,21,乙5,7,証人Q,同U,同C)

ク Eは,午前3時50分前ころ,セドリックを運転してg団地付近に到着し,g団地の西側の入り口から中に侵入しようとした。

Iは,Eが運転するセドリックが到着したことに気づき,Eを事件に巻き込ませないために,セドリックの助手席に乗り込み,Eに対し,g団地の北側に所在するローソンまでセドリックを移動させるように求めた。Eは,ローソンの駐車場にセドリックを駐車させたが,Dから電話があり,「今どこぞえ。何しよんぞえ。はよこんかえ。」と怒鳴られたので,Iとともにg団地に向かった。(甲5の1,8の1)

ケ Gは,職務質問を受けるうちに,「ちょっとしたことで口論になり,もめた。」と答えるようになった。

T巡査部長は,Gから詳細な事情を聞く必要があると考え,Gをg交番に任意同行しようと説得を続けた。しかし,Gは,「ちょっと待ってえな。後で行くから。約束する。」と言って,T巡査部長の説得に応じなかった。(甲17の1,乙6,証人T)

コ U巡査部長は,Cを救急隊員に引き渡したので,Gに対する職務質問に加勢しようと考え,神戸西3号を降りてT巡査部長のもとへ行き,T巡査部長に対し,Gに対する職務質問状況を尋ねた。T巡査部長は,U巡査部長に対し,Gが後でg交番を訪れると言っていること,Cのけがに関しては知らないと言っていることなどの職務質問状況を伝えた。そして,Gは,U巡査部長から「お前がやったん違うんか。」と尋ねられたが,「知らん。やってない。」と答え,Cに対する暴行を否認した。(甲10の4,17の1,21,乙6,7,証人T,同U)

サ U巡査部長は,T巡査部長から,Gの人定事項を確認していないと聞き,Gに対し,運転免許証を提示するよう求めた。

Gは,チェイサー後部座席の亡Aの存在に気づかれないうちに,警察官らを第1現場から引き上げさせようと考え,U巡査部長らに対し,「詳しいことは後で交番に出頭して話をする。」と告げ,また,警察官らを信用させるため,求めに応じて運転免許証を提示した。

そこで,U巡査部長は,Gが提示した運転免許証を確認し,手帳にGの身上事項を記載した。(甲10の4,17の1,21,乙6,7,証人T,同U)

シ O警部補及びS巡査長は,g団地に向かう途中,現場は落ち着いたという内容の無線連絡を受け,午前3時50分ころ,g交番の北側にあるg会館の駐車場に神戸西1号を駐車し,そこから徒歩でg団地に向かい,午前3時51分ころ,第1現場に到着した。

そして,O警部補は,Gに職務質問をしているT巡査部長から,Cが上半身裸の状態で走ってきたこと,Cの後ろを4,5人の男が追いかけてきたこと,その追いかけてきた男の一人がGであること,Gの人定事項は運転免許証で確認したことなどの報告を受けた。

Gは,O警部補からg交番に同行するよう説得されたが,「わしは逃げも隠れもせえへん。免許証も見せとるやないか。後で必ず行くから。」と言って同行を拒否した。(甲17の1,23,24,乙6,証人T)

ス V巡査は,午前3時55分ころ,P巡査部長から指示を受け,g団地1号棟の前に駐車していたけんかの関係者のものと思われる自動車のナンバーチェックを行い,チェックした自動車のナンバーをメモ用紙に記載した。V巡査がチェックした自動車及びそのナンバーは,①白色セルシオ,神戸308の××××,②黒色チェイサー,名古屋35な××××,③白色アリスト,神戸300そ××××,④銀色カムリ,神戸500も××××であった。(甲18,19,乙4,証人V)

セ N警部補,u巡査部長及びR巡査長は,午前3時57分ころ,g交番の北側にあるg会館の駐車場に神戸西11号を駐車し,g交番に入った。そして,g交番で待機していた兵庫県警察本部所属のt警部補は,N警部補に対し,「現場は落ち着いている。g交番の勤務員から,交番で待機するよう言われているので待機している。」と告げた。

しかし,N警部補は,g団地に向かう必要があると考え,R巡査長とともに,走って第1現場に向かった。(甲25,26)

ソ Cを乗せた救急車が,午前3時59分ころ,第1現場を出発し,神戸市j区に所在するp2病院に向かった。そこで,P巡査部長は,神戸西署に対し,無線で,警察官をp2病院へ派遣するよう要請した。そして,神戸西署のv巡査部長は,M巡査部長からの要請を受け,Cの事情聴取をするためp2病院に向かった。(甲19)

タ Hは,Jから亡Aを乗せたチェイサーを移動するよう指示を受けていたので,午前4時ころ,チェイサーの東方に停車していたアリスト及びカムリを移動させて通路を確保し,約100メートル離れたg団地敷地内の東の端までチェイサーを移動させた(甲6の1,7の2,34)。

チ Q巡査長は,Cを乗せた救急車が第1現場から出発した後,亡Aを探すためカムリの車内を確認し,また,カムリの運転席側のドリンクホルダーに立てかけてあったCの携帯電話を持って神戸西3号に移動し,その中から亡Aの電話番号を探そうとしたが,亡Aの電話番号を見つけることはできなかった。

そのころ,R巡査長は,神戸西3号に乗り込み,Q巡査長から,Cから事情聴取した事案の概要及びもう一人の被害者が亡Aであることなどを聞いた。(甲20,26,乙5,証人Q)

ツ 神戸西署における4日の宿直中の業務を統括する責任者は,Z警部であった。そこで,K警部は,午前4時ころ,仮眠中であったZ警部を起こし,Z警部に対し,g団地でけんかが発生し,現場に警察官を向かわせていることを報告した。また,K警部は,午前4時3分ころ,亡Aの携帯電話に電話をかけたが,応答はなかった。(乙8,証人K)

テ U巡査部長は,通信指令課及び神戸西署に対し,午前4時4分ころ,神戸西3号の車内の無線から,「被害者2名が車で帰ってきたところ,いきなり見知らぬ者が殴った。現場には約6名いるが,犯人かどうかの特定はできない。被害者が110番通報したものと思われるが,1名は現場から立ち去り,1名は既にp2病院に搬送した。」と報告した。そして,通信指令課は,U巡査部長の報告を受け,U巡査部長に対し,「けんかの件,被害者Aなる男性から携帯で入っていた。」と伝えた。

また,U巡査部長は,O警部補からGの犯歴照会をするよう指示され,午前4時6分ころ,神戸西署のM巡査部長に電話をかけ,Gの前科,前歴等の照会を依頼した。そして,犯歴照会の結果,Gが暴力団d組の組員であり,4回の犯歴を有することが判明した。(甲21,23,乙7,証人U)

ト U巡査部長は,O警部補及びT巡査部長に対し,午前4時10分ころ,Gが暴力団組員であることを告げ,また,Gに対し,「とりあえず交番まで来てくれ。」と言って任意同行に応じるよう説得した。Gは,警察官らを第1現場から引き上げさせるため,U巡査部長らに対し,「警察官やパトカーを引き上げてくれ。免許証まで見せとるから,逃げたりしませんがな。警察官やパトカーを引き上げてくれたら,後で必ず交番に出頭する。」と告げた。O警部補は,Gが任意同行の説得に応じようとしなかったので,U巡査部長及びT巡査部長と相談し,第1現場から引き上げることを決め,Gに対し,「分かった。そのかわり,すぐ交番へ出て来てくれ。」と告げた。(甲10の4,17の1,21,23,乙6,7,証人T,同U)

ナ U巡査部長は,第1現場を引き上げる前に,g団地1号棟前に停車していたカムリの車内を確認したところ,キーが差し込まれ,ドアも施錠されていない状態であったので,カムリをその状態で放置するのは不用心であると考え,キーを抜き取ってドアを施錠した。(甲21,乙7)

ニ 神戸西署以外に所属する警察官も,要請を受けて第1現場に臨場しており,最終的には,合計18名の警察官が第1現場に臨場していた。

そして,警察官らは,O警部補らの指示により,午前4時13分ころ,第1現場を引き上げた。(甲17の1,18~24,乙4~7,証人V,同Q,同T,同U)

(4)  警察官らが第1現場を撤収した後のDらの亡Aに対する暴行等

ア D,J,G,I,H,E及びFは,警察官らが第1現場を撤収した後,××号室に集合した。Dは,ほかの6人に対し,「団地を出たところで,相手の二人とけんかになった。こんな目に遭うのは初めてや。あのガキら。パトカーに逃げたやつはしゃあないけど,もう一人の男はどうなっとんのや。」と言った。そこで,G及びFは,Dに対し,「もう一人は車に積んでまっせ。」と答えた。

Gは,Dらが亡Aに暴行を加えることを気づかれないようにするため,一人で交番に出頭して警察官らの対応をしようと考え,Dに対し,「さっきのポリに後で絶対に出頭するからと言って約束してますから,とりあえず交番へ行ってきますんで。」と告げた。そして,Gは,Dから「ほな頼むわ。いらんこと言うなよ。」と言われ,××号室を出てg交番に向かった。(甲4~6の各1,7の2,8の1,9の2,10の4)

イ Dは,亡Aに更なる暴行を加えるため,午前4時25分ころ,「ほな,行くぞ。」と言って,I,H,E及びFとともに××号室を後にした。Jは,Dに対し,「私もついて行く。」と言ったが,Dから制止され,××号室に残った。そして,Dらは,チェイサー,セルシオ及びアリストに乗り込み,亡Aを連れて第2現場に向かった。(甲4~6の各1,7の2,8の1,9の2)

ウ Dらは,午前4時35分ころ,第2現場に到着し,亡Aをチェイサーの後部座席から引きずり出し,「ヤクザなめとったらあかんぞ。けじめとったろか。ぶっ殺したろか。」などと怒鳴りながら,亡Aの顔面などを多数回蹴り上げた。Iは,Dからユンボを持ってくるよう指示され,午前4時40分ころ,アリストを運転してm(第3現場)に向かった。

その後も,Dらは,第2現場において,バケツで亡Aに水をかけたり,ロープを使って亡Aをフェンスに縛り付けるなどの暴行を加え,Cの名前を聞き出そうとした。しかし,亡Aは,うめき声をあげるだけで,Dらの問いには答えなかった。(甲4~6の各1,7の2,8の1)

エ Dは,午前5時10分ころ,H,E及びFに対し,「山へ連れてけ。」と言って,第3現場に亡Aを連れていくよう指示した。そして,Dらは,チェイサーのトランクに亡Aを押し込み,チェイサー及びセルシオに乗り込んで第3現場に向かった。

Iは,ユンボを運転して第3現場から第2現場に戻っていた途中,Dらに出会い,第3現場に向かうよう指示されたので,ユンボを反転させて第3現場に引き返した。(甲4~6の各1,7の3,8の1)

オ Dらは,午前5時15分ころ,第3現場に到着し,亡Aをふろ場に運び,浴槽に入れた。そして,Dは,亡Aの髪をわしづかみにし,「お前,名前なんて言うねん。名前言わんかえ。お前の連れ,何て言うんや。」などと怒鳴りながら,右手けんで亡Aの顔面を2,3回殴打し,また,亡Aの顔を押さえつけて湯の中に浸けた。(甲4の1,5の2,6の1,7の3,8の2)

カ Iは,Eから,Dの服がぬれたので着替えを持ってくるよう指示され,午前5時30分ころ,アリストに乗って××号室にDの着替えを取りに行き,午前6時ころ,再び第3現場に戻った。(甲8の2)

キ Gは,午前5時30分ころ,g交番から帰宅することを許され,午前6時前ころ,第3現場に合流した。(甲10の5)

ク Eは,ふろ場を掃除するためのデッキブラシで亡Aの頭部を殴打し,その後,デッキブラシの柄の部分で亡Aの頭部から肩口にかけて殴打した。また,Iも,Eから受け取ったデッキブラシの柄の部分で,亡Aの上半身や腕を2,3回殴打した。(甲5の2,6の1,7の3,8の2)

ケ Dは,午前6時30分ころ,「もう引上げ。そこへ寝かせとけ。」と言い,I及びFとともに,亡Aを浴槽から引きずり出し,洗い場に寝かせた。この時,亡Aは,後頭部から出血し,顔面ははれ上がっており,片目は開けられず,上半身はあざだらけであった。

そして,Fは,Dから「ほかしてこい。g付近はあかんぞ。人目の付くとこにほかせ。人に見られんなよ。」と言われたので,I及びHとともに,タオルで目隠しをした亡Aをチェイサーのトランクに押し込み,午前6時50分ころ,第3現場を出発した。(甲4の2,5の2,6の1,7の3,8の2,10の5)

コ Fらは,亡Aを放置する場所を探し回ったが,午前7時ころ,第4現場にさしかかり,そこに亡Aを放置することとし,亡Aをトランクから引き上げ,道路の中央付近にあお向けに寝かせて放置した。(甲6の2,7の3,8の2)

(5)  第1現場を撤収した後の警察官らの対応等

ア U巡査部長は,g交番に戻ったものの,亡Aの所在が気になり,午前4時14分ころ,110番に電話をかけて亡Aの携帯電話の番号を確認し,亡Aの携帯電話に電話をかけたが,応答はなかった。そこで,U巡査部長は,亡Aの携帯電話の着信音を頼りに亡Aを探そうと考え,V巡査及びW巡査を第1現場に出向かせ,再度,亡Aの携帯電話に電話をかけた。しかし,亡Aの携帯電話は応答せず,V巡査及びW巡査は,第1現場で,携帯電話の着信音を聞くことができなかった。

また,U巡査部長は,Q巡査長に対し,g交番備付けの「巡回連絡簿」で亡Aの自宅の電話番号を調査させ,亡Aが帰宅しているかどうかを確認するよう指示した。(甲16の2,18,20~22,乙4,5,7,証人V,同Q,同U)

イ Gは,午前4時25分ころ,g交番を訪れ,T巡査部長及びU巡査部長から取調べを受け,「わしがやりましたんや。わしが一人でやりましたんや。駐車のことでもめて,けんかになったんや」と話した。

T巡査部長は,Cの顔面が血だらけであったにもかかわらず,Gの着衣に返り血が認められなかったため,Cに暴行を加えたのはGではないと考え,Gに対し,「おまえと違うやろ。おまえ一人でやったらもっと血が付くはずや。だれがやったんや。」と言って追求したが,Gは,かたくなに自分一人の犯行である旨の供述を繰り返した。また,Gは,U巡査部長からけんかの相手の人数について尋ねられた際も,「覚えていない。興奮していてわかりませんわ。」などとあやふやな返事をした。(甲17の1,21,乙6,7,証人T,同U)

ウ Q巡査長は,g交番備付けの巡回連絡簿から亡Aの自宅の電話番号を調査し,午前4時30分ころ,亡Aの自宅に電話をかけ,これを受けた亡Aの母である被控訴人に対し,亡Aが帰宅しているかどうか尋ねた。しかし,亡Aは帰宅しておらず,Q巡査長は,被控訴人に対し,亡Aが帰宅したら神戸西署に連絡を入れるよう告げて電話を切った。(甲20,29,乙5,証人Q)

エ K警部は,Gが暴力団d組の組員であることが判明したので,自ら現場の状況を把握して指揮を執る必要があると考え,神戸西署を出発し,午前4時30分ころ,g交番に到着した。そして,Q巡査長は,K警部に対し,Cから事情聴取した内容や第1現場の状況,もう一人の被害者である亡Aの所在が不明であること等を報告した。

また,U巡査部長及びT巡査部長も,K警部に対し,Cから事情聴取した内容や第1現場の状況,Cは救急車で病院に搬送されたこと,Cのほかに被害者がもう一人いること,現場にいた者のうちG一人が任意出頭に応じたこと,Gが一人でCに暴行を加えたと供述していること,Gには返り血が認められないことなどを報告した。

この時点では,V巡査も,第1現場からg交番に戻っていたので,K警部に対し,第1現場において関係者のものと思われる自動車のナンバーチェックをしたことを報告した。

Gは,K警部から,「一人でやったんか。」と尋ねられた際は,「そうです。」と答え,「救急車で運ばれたほかに,もう一人はどうした。」と尋ねられた際には,「知らん。」と言うだけで,それ以上は答えようとしなかった。(甲17の1,20,21,乙4~8,証人Q,同T,同U,同K)

オ Q巡査長は,Gが着用していたズボンの左足部分に直径約5ミリメートルの血こんが付着していたので,午前4時40分ころ,K警部の指示により,ポラロイドカメラでGの写真撮影をした。(甲10の6,20,乙5,8)

カ N警部補,W巡査,Q巡査長,R巡査長及びV巡査は,午前4時50分ころから午前5時30分ころにかけて,K警部の指示により,亡Aの所在確認及び遺留品の調査のため,g団地の敷地内を捜索した。そして,N警部補らは,カムリから北東に約5メートル離れた通路で10センチメートル四方の血こんを,カムリの西側に停車されていた白色の軽四自動車の左前方のタイヤ付近で黒色の革靴の片方を,カムリと白色軽四自動車の間の通路の南側の縁石付近でレンズが茶色の眼鏡をそれぞれ発見した。(甲18,20,22,25,26.27の1,乙4,5)

キ K警部は,O警部補,U巡査部長及びT巡査部長とともに,Gを緊急逮捕できるかどうか検討し,また,神戸西署のZ警部にも電話をかけて相談したが,犯人であることを特定する証拠が不十分であり,実行犯をかばって出頭した可能性が高いと考え,Gをいったん帰宅させることとした。そこで,K警部は,午前5時30分ころ,連絡をした際には必ず出頭するように告げ,Gを帰宅させた。(甲17の1,21,23,乙6~8,証人U,同K)

ク K警部は,第1現場の捜索を終えてg交番に戻ったN警部補らから,Cのカムリが第1現場に停車したままであると告げられ,N警部補らに対し,Cが運ばれたp2病院までカムリを届けるよう指示した。そして,カムリ及び第1現場で発見された遺留品をCに届けるため,R巡査長は,午前5時30分ころ,U巡査部長からかぎを受け取ってカムリを運転し,神戸西11号に乗車したN警部補及びu巡査部長とともにp2病院に向かった。(甲25.26)

ケ v巡査部長は,Cの事情聴取をするためにp2病院を訪れ,午前5時30分ころから,事情聴取を開始した。そして,Cは,v巡査部長に対し,Dから暴行を受けた際の状況や,亡Aが白かシルバーの乗用車に連れ込まれた可能性があると告げた。(甲58,証人C)

コ N警部補,u巡査部長及びR巡査長は,午前5時40分ころ,p2病院に到着し,カムリ,携帯電話,革靴及び眼鏡をCに渡した。

また,N警部補は,v巡査部長から,亡Aも暴力団員風の男から殴られ,相手方のシルバーの自動車の中に連れ込まれたと告げられたので,神戸西署に電話をかけ,L警部補に対し,亡Aが車に乗せられてら致されている可能性があると報告した。そして,L警部補は,午前5時50分ころ,K警部に電話をかけ,亡Aがシルバーのセダンタイプの自動車に乗せられた可能性があると伝えた。

N警部補,u巡査部長及びR巡査長は,L警部補からd組の事務所やg団地の周辺を検索するよう指示を受け,午前5時50分ころから,神戸西11号でシルバーの自動車の検索を開始したが,これを発見することはできなかった。(甲25,26,58,乙8)

サ P巡査部長は,K警部から,Gのインスタントカメラ写真を使ってCから犯人の面割りをするよう指示を受け,午前6時15分ころ,p2病院を訪れた。そして,P巡査部長は,v巡査部長から,C以外にも被害者がいること及びその被害者は行方不明になっていることを聞いた。

P巡査部長は,Cの治療が終わった午前6時40分ころ,Cに対し,Gのインスタントカメラ写真を見せ,暴行を加えた相手がGかどうか尋ねた。すると,Cは,P巡査部長に対し,「後で加勢にきた人の中にいたように思う。」と述べた。

そして,P巡査部長は,午前7時過ぎころ,神戸西署に戻り,K警部に対し,上記面割りの結果について報告した。(甲19,乙8)

シ O警部補及びS巡査長は,午前7時ころ,K警部から,もう一度g団地に行って亡Aの安否を確認するよう指示され,神戸西1号に乗車してg団地に向かった。そして,O警部補らは,午前7時15分ころ,亡Aの自宅の呼び鈴を押したが,亡Aの母である被控訴人が外出していたので,応答がなかった。

その後,O警部補らは,g団地周辺で遺留品の捜索を開始し,g団地1号棟前の植え込みの中から亡Aの携帯電話を,g団地1号棟前の通路上でネクタイピンをそれぞれ発見し,K警部に電話をかけ,捜索の結果を報告した。(甲23,24,29)

ス K警部は,午前7時30分ころ,Z警部及びw警部補と協議し,幾つかの遺留品が発見されたものの,被疑者の特定が進まないことから,Gを再度呼び出し,Gの事情聴取を先行するという方針を決定し,神戸西署で捜査書類の作成をしていたU巡査部長に対し,Gに電話をかけて出頭の要請をするよう指示した。

そして,w警部補及びU巡査部長は,午前7時40分ころ,Gの携帯電話に電話をかけ,亡Aを連れて直ちに神戸西署に出頭するよう要請した。しかし,Gは,持病の治療のため病院に行く必要があるので,直ちに出頭することはできないと言って拒絶した。(甲21,28の1,乙7,8)

セ 神戸西署のz署長は,午前8時30分ころ,神戸西署に出勤し,K警部及びZ警部から,事件の概要についての報告を受けた。そして,z署長は,K警部に対し,Gの逮捕,暴力団d組関係者からの事情聴取及び亡Aの所在捜査をするよう指示した。(乙8)

ソ N警部補及びx巡査長は,K警部の指示により,午前8時30分ころから,近隣の病院に電話をかけ,亡Aが治療に訪れていないか確認したが,亡Aはいずれの病院も訪れていなかった。(甲25,乙8)

タ Gは,午前8時49分ころ,神戸西署に電話をかけ,y巡査部長に対し,病院に行くので午後3時ころに神戸西署に出頭すると告げた。(甲28の2)

チ X警部補は,午前9時ころ,p2病院を訪れ,Cに対し,事件の内容及び亡Aが立ち寄りそうな場所を尋ねた。(甲58)

ツ Dは,午前9時30分ころ,y巡査部長に電話をかけ,「わしはガンでp1病院に入院しております。今日はGが迷惑をかけてすんません。Gは昼過ぎに出頭させますので。」と告げた。(甲28の2)

テ U巡査部長は,亡Aの所在を確認するため,亡Aの母である被控訴人の非常連絡先に電話をかけ,被控訴人がp3病院で人工透析治療を受けていることを聞き,午前9時30分ころ,同病院に電話をかけた。そして,U巡査部長は,被控訴人が人工透析治療中であったので,電話に出た看護師に対し,亡Aが帰宅しているかどうかを被控訴人に確認するよう依頼したが,亡Aは帰宅していないとのことであった。(乙7)

ト K警部は,午後1時50分ころ,亡Aが通学しているa大学に電話をかけたが,亡Aの所在を確認することはできなかった。(乙8)

ナ Gは,午後3時8分,神戸西署に出頭し,X警部補に対し,「事件は,自分一人がやったもので,相手も一人だった。現場には,Fもいたが,暴力は振るっていない。」と告げた。そして,Gは,午後4時48分,神戸西署において通常逮捕された。(甲28の4)

ニ K警部は,午後4時45分ころ,亡A宅に電話をかけ,これを受けた被控訴人に対し,「まだ亡A君は帰っていないですか。実は亡A君ら致されているかもしれないんです。半日もたってるんで,ちょっと尋常じゃないんで,お母さん,西署の方に来てもらえますか。」と伝えた。そして,被控訴人は,神戸西署を訪れ,午後5時45分ころ,亡Aの捜索願を提出した。(甲29,乙8,被控訴人本人)

ヌ X警部補及びy巡査部長は,午後5時40分ころ,p1病院を訪れ,Dに対し,「事件当時,Fがその現場にいたことははっきりしていることだから,F本人から早急に電話するよう伝えてくれ。所在の分からないもう一人の亡Aを今すぐにでも返すようにせえ。」などと伝えた。(甲28の4)

ネ Fは,午後11時58分,X警部補に電話をかけ,「あの事件は,Gが言っているとおり,G一人の犯行で,けんかの相手の男も一人しかいなかった。」と告げた。そして,X警部補は,Fに対し,「被害者のもう一人の男を警察まで連れてきて返せ。事件のことについては,それからのことや。G一人で終わらすことはできんから,明日お前も警察まで出頭してこい。」などと伝えた。すると,Fは,X警部補に対し,「分かりました。そしたら,明日の昼1時ころに出頭させてもらいます。」と告げた。

X警部補は,Fが翌5日午後1時を過ぎても出頭してこなかったので,同日午後2時10分ころ,同人に電話をかけ,早急に出頭するよう要求した。

Fは,5日午後4時1分,X警部補に電話をかけ,「g団地の件は,わしがやったもんや。警察で捜しているもう一人の男は,事件後,わしが一人で車で運んで捨てた。事件の後,わしが一人でチェイサーで運んで,nからnaへ行く途中のnb組の前辺りに捨てた。」などと告げた。(甲28の4)

ノ 5日午後4時35分ころ,第4現場の道路わきにある川の中において,亡Aの死体が通行人により発見された。

亡Aは,加害者らによる上記各暴行により,頭部挫裂創,頭部表皮剥脱,頭皮下出血,顔面打撲擦過傷,頸部打撲擦過傷,胸部打撲擦過傷,腹部打撲擦過傷,左上下肢打撲擦過傷,右上下肢打撲擦過傷,胸腰背部打撲擦過傷,胸腹部皮下筋肉内出血,胸郭多発骨折,腸間膜出血及び後背膜出血,急性硬膜下血腫,脳くも膜下出血の各傷害を負い,遺棄された数時間後,前記各傷害に基づく低体温症により凍死した。(甲11,12,45)

2  争点(1)(警察官らの対応に国家賠償法1条1項の違法性が認められるか)について

(1)  警察官の規制権限不行使と国家賠償法1条1項の違法性

被控訴人は,本件において警察官らが各種規制権限を行使しなかったことが,国家賠償法1条1項上違法であると主張する。

警察法2条1項は,「警察は,個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者の逮捕,交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当たることをもつてその責務とする。」と規定しており,また,警職法は,その1条1項において「警察官が,警察法に規定する個人の生命,身体及び財産の保護,犯罪の予防,公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために,必要な手段を定めることを目的とする。」とし,同法2条以下においてその行使し得る手段を規定している。

そうすると,警察官は,特定の個人が犯罪等の危険にさらされている場合において,その危険を除去するために,法律上許容される範囲内で警察法2条1項所定の職務に関して必要かつ相当な措置を執る一般的な権限を有していることは明らかであり,警察官によるこのような規制権限の行使は,警察官に与えられた公益上の義務であるとともに,特定個人に対する法的義務としての権限の行使にもなると解される。

もっとも,犯罪捜査権限は,事実関係を解明して,犯人を検挙し,適切な刑罰権を行使することによって,将来の犯罪の発生を予防するという公益を図るためのものであり,犯罪捜査に伴って犯罪による被害が回復されたり,同種の犯罪が防止されたりすることによって,犯罪の被害者等の特定の私人が受ける利益は,公益を図る過程で実現される事実上の利益にすぎないとも考えられる。しかし,警察官による犯罪捜査権限の行使は,犯罪等の危険除去等のための権限行使と重なる場合があることも明らかであるから,犯罪捜査権限の行使が,更なる犯罪等の危険にさらされている特定個人の危険除去のために必要とされる場合には,特定個人に対する法的義務としての権限の行使にもなると解すべきである。

したがって,①犯罪等の加害行為がまさに行われ又は行われる危険が切迫しているか否か,②警察官においてそのような状況であることを知り又は知ることができるか否か,③上記危険除去のための権限を容易に行使することができるか否か,④その権限を行使することによって加害行為の結果を回避することが可能であるか否か等の事情を総合勘案して,当該権限の不行使が著しく不合理と認められる場合には,その不作為は,国家賠償法1条1項における違法な職務執行となると解するのが相当である。

(2)  犯罪等の加害行為がまさに行われ又は行われる危険が切迫しているというためには,被害者の生命,身体及び財産に対する現実的かつ具体的な危険が差し迫っていることを要するものと解される。被害者の生命,身体及び財産に対する侵害発生の可能性が一般的抽象的に存在するというのでは足りないというべきである。

控訴人は,本件では,亡Aの生命侵害の結果が控訴人の不作為に帰責されるかがどうかが問題となっている以上,亡Aの身体に対する侵害の危険性があったことだけでは足りず,亡Aが死に至るような具体的危険が切迫していたか否かが検討されるべきであると主張している。

確かに,本件では,亡Aの生命侵害の結果との関係で控訴人の不作為の違法性を検討するものであるから,亡Aの生命,身体及び財産に対する犯罪等の加害行為すべてについて,その具体的危険が切迫していたかを問題とするのではなく,亡Aの生命侵害に対する現実的かつ具体的な危険が切迫していたかを検討すべきである。

しかし,生命という法益自体は,故意に基づく殺人行為だけではなく,過失に基づく行為によっても侵害され得るものであり,また,身体に対する侵害の結果として生命侵害に至る場合もあるのであるから,亡Aの生命侵害の結果に関連して控訴人の不作為の違法性を検討するに当たっても,殺意に基づく具体的な殺害行為が開始されなければ,現実的かつ具体的な危険が差し迫っていないと解すべきではなく,客観的な状況から,亡Aが死に至るような具体的危険が切迫していたといえるか否かを検討すべきである。したがって,仮にDらに亡Aに対する殺意が生じたとされるのが第2現場に至ってからであったとしても,その時点以降において,亡Aが死に至るような具体的危険が切迫したものと単純に解すべきではなく,第1現場においても,亡Aの生命に対する現実的かつ具体的な危険が差し迫っていたといえるかどうかについて判断すべきである。実際に殺意に基づく殺害行為が着手されるに至って始めてこのような切迫性が認められるとすることは,上記のとおり,犯罪の予防,鎮圧についての警察官の規制権限を定めた上記の警察法,警職法の趣旨にも反するものであって相当ではない。

以下,亡Aの生命に対する現実的かつ具体的な危険が差し迫っていたといえるかなど,上記①~④の点について,時間的順序に沿って検討する。

(3)  警察官らが第1現場に到着するまでの対応について

ア 本件事件の最初の通報(本件電話通報)あるいは110番第1通報がされた時点の危険の切迫状況

(ア) 上記のとおり,亡Aは,午前3時10分ころ,g団地1号棟前でカムリから降りた際,e組の組長であるDから顔面を殴られるという暴行を受けたこと,Jは,午前3時18分から19分の間,Dへの加勢を求めるため,Dの配下であるH及びIに電話をかけ,g団地に急いで来るように告げたことが認められる。

(イ) 控訴人は,上記のとおり,Dが,第1現場において,凶器を持っていたという事実はなく,Gが第1現場に到着するまでの間は,亡AらがDを押さえつけるなどして優勢であったので,亡A殺害の危険性が切迫していなかったと主張する。

しかし,加害行為そのものは,素手あるいは足蹴等による暴行によっても生じるものであり,しかも,複数の暴力団員が加わることによって加害の危険性もより高いものになることは容易に推認できるから,Dが凶器を所持していなかったことから,亡Aの生命侵害への危険性が直ちに否定されることにはならない。

(ウ) もっとも,D自身については,執ように抵抗していたとはいえ,亡AとCによって押さえつけられており,Dによる亡Aの生命に対する具体的な加害行為の危険性はさほど高くないものと考えられる。

そして,JがDの配下であるH及びIに電話をかけたことによって,Hらが第1現場に到着すれば,組長を押さえつけていた亡Aに対して,Hらが暴行を加える可能性は高く,その点では,亡Aの生命侵害に対する加害行為の抽象的危険性は既に存在したものと認められる。

もっとも,その危険性は,Hらが第1現場に到着するまでは,いまだ現実かつ具体的なものとはいえず,例えば,亡Aらがその前にDから逃亡した可能性も存在したと考えられるところである。

上記の事実経過からすると,神戸西署に本件電話通報がされた午前3時19分ころから亡Aが110番第1通報をする午前3時20分から23分の時点では,亡Aには,D及びJから呼出しを受けた加害者らによる加害行為の具体的危険性が切迫していたものとは認められない。

イ 危険の切迫に対する警察官らの認識及び認識可能性

(ア) 本件において,上記のとおり,亡Aは,警察官に電話連絡により助けを求めるのではなく,まず,直接に助けを求めようとしてg交番を訪れたにもかかわらず,同交番勤務員であるU巡査部長及びW巡査は,休憩室で同時に仮眠をとっていたため,亡Aが助けを求めにきたことに気づいていないものである。しかし,たとえ仮眠を取るとしても,交番に直接に助けを求めようとして訪れた一般市民が警察官の助けを得られないまま放置されるのでは,治安が悪化している現状で,交番を設置している意味が失われてしまうことにもなりかねないのであるから,仮眠中に上記のような交番を訪れた一般市民に対応しうる措置を取っておくことが求められるところである。

(イ) もっとも,上記で認定のとおり,警察官は,午前3時19分ころ,第1現場でけんかが発生したという本件電話通報を受け,亡A自身も,午前3時20分ころから23分にかけて,110番第1通報をしている。

上記各通報からは,警察官らは,第1現場で暴力団員と思われるやくざ風の男が暴れていること,いきなり亡Aが殴りかかられたこと,亡Aがやくざ風の男を押さえているが,女性から脅迫されていることは理解できるところである。したがって,暴力団員と思われるやくざ風の男が暴れており,これに女性が加勢している状況であることは,警察官は知ることができたものである。

しかし,上記各通報から,警察官が,暴力団員と思われるやくざ風の男が組長であって,学生である亡AとCに殴りかかって逆襲を受け,同人らに押さえ込まれていることや,女性の連絡によって間もなく第1現場に同組長配下の者が合流して亡Aらに共同して加害行為を行う危険性があることまで認識することはできないというべきである。

もっとも,亡A自身による110番第1通報中には,Jの「ほんまに殺されるよ。」などの発言が聞こえているが,「殺されるよ」という言葉自体は,実際にその危険性のある状況が存在しなくても,脅し文句として発せられることが多いことからすると,上記発言のみから,警察官らが,亡Aに多数の暴力団員が加害行為を加える危険性があることまで認識できたとは認められない。また,上記110番第1通報において,亡A自身は,警察官に対して,冷静になんとか当時の状況を説明しようと試みていることからすると,上記各通報内容から,亡Aの生命身体に対する加害行為が切迫したものであることを警察官らが認識できたものとは認められない。

(ウ) なお,控訴人は,上記のとおり,亡Aによる110番第1通報は,酒に酔った調子であり,具体的現実的危険がまさに切迫していることを思わせる状況ではなく,その内容は,通報の対象となっている事案が,暴力団組員風の男性が女性に絡んでいると理解されるものであったと主張する。

しかし,上記のとおり,110番第1通報内容は,暴力団風の男が暴れていて,これに女性が加勢しているという状況であり,証拠(甲16の3)によれば,通信指令課も,加害者が暴力団員と思われる男一人と女の人,被害者はAという男性というけんか・口論として指令をしたことが認められることに照らすと,控訴人の上記主張を採用することはできない。

ウ K警部がg交番勤務員に第1現場臨場の指示をしなかった点について

(ア) 権限行使の容易性

上記のとおり,神戸西署の当日の勤務体制によれば,本件事件が発生した時間帯は,g交番勤務員は仮眠時間中であったことが認められる。例え仮眠時間中であっても,必要があれば,g交番勤務員を第1現場に臨場させることに格別の支障があったものではなく,K警部は,その後,午前3時33分の時点でg交番勤務員であるU巡査部長らに現場臨場の指示を出していることからすると,110番第1通報に基づき通信指令課から神戸西署に対し指令が発せられた時点では,仮眠中の交番勤務員を現場臨場させるほどの事案ではないと判断したために仮眠中の交番勤務員に指示を出さなかったものと認められる。したがって,K警部が,本件電話通報又は110番第1通報を受けた時点で,g交番勤務員であるU巡査部長及びW巡査に対し,第1現場臨場の指示を出すこと自体は,比較的容易であったと認められる。

(イ) 結果回避可能性

また,上記のとおり,第1現場から60メートルほどの距離にg交番が所在していたこと,K警部が,M巡査部長から本件電話通報の内容を聞いたのは午前3時19分ころであり,通信指令課から無線連絡により110番第1通報の内容を聞いたのは午前3時23分ころであったこと,Jから午前3時20分ころに電話連絡を受け,第1現場に来たG及びHが亡Aをチェイサーの後部座席に押し込んだのは,午前3時34分ころであったことが認められるから,K警部が,本件電話通報又は110番第1通報の内容を聞いた時点で,g交番勤務員であるU巡査部長及びW巡査に対し,第1現場に急行するよう指示をしていれば,U巡査部長らが,亡Aがチェイサーに押し込まれる前に第1現場に臨場し,亡Aを保護することができた可能性そのものはあったものと考えられる。

(ウ) 検討

しかし,前記の認定説示のとおり,本件電話通報がされた時点及び110番第1通報がされた時点において,いまだ亡Aには,Dら加害者による加害行為の具体的危険性が切迫していたとは認められないし,警察官らにおいて,上記具体的危険性が切迫していることを認識することができたものとは認められないことからすると,K警部が,通報にかかる事案が通常のけんかの事件であると考え,g交番勤務員が仮眠時間中であったことを考慮して,g団地から6キロメートルも離れたf交番の勤務員及び神戸西署内にいた警察官に現場臨場の指示をしただけで,第1現場から60メートルほどの距離に所在するg交番の勤務員に第1現場臨場の指示をしなかったとしても,その判断自体は,現場での裁量の範囲内に止まっており,直ちに不適切,不合理であるとはいえない。

エ ミニパトの第1現場への臨場について

(ア) 権限行使の容易性

緊急自動車は,法令の規定により停止しなければならない場合にも停止することを要せず(道路交通法39条2項),優先通行権が認められ(同法40条),左寄り通行,横断禁止,追越し禁止等の規定の適用を受けないものとされている(同法41条1項)。したがって,ミニパトが第1現場に急行することは,比較的容易であったと認められる。

(イ) 結果回避可能性

f交番は,g団地から6キロメートルほどの距離に所在するので,ミニパトは,時速40キロメートルで走行しても,約9分間で第1現場に臨場することができたものと認められる。そうすると,T巡査部長及びV巡査が,M巡査部長から第1現場臨場の指示を受けた午前3時20分の時点で,直ちに第1現場に向けて出発していれば,亡Aがチェイサーに押し込まれる午前3時34分までに,第1現場に臨場し,亡Aを保護することは可能であったといえる。しかし,実際には,当初に通報を受けてから第1現場に到着するまでに17分を要しており,証拠(甲54)によれば,平成13年度の全国平均のリスポンスタイムは6分22秒と認められるから,これを単純に比較すると,上記到着時間は,その約3倍程度であることになる。

(ウ) 検討

しかし,M巡査部長から第1現場臨場の指示を受けた午前3時20分の時点では,本件は,通常のけんかとして扱われていたものと認められるから,上記のとおり,T巡査部長らは,ミニパトを途中までサイレンを鳴らすことなく,赤色灯を付けるだけで走行させ,その後の緊迫した通報を傍受してから,緊急走行に切り替えたとしても,不適切であり,合理性を欠いたものとは認められない。

オ 結論

そうすると,警察官らが第1現場に到着するまでについては,亡Aの110番第1通報当時には,いまだ亡Aに対する生命身体への侵害の危険性は切迫したものとはいえず,その他の警察官の処置にも特別不合理な点は認められないから,この時点では警察官の対応に権限不行使の不作為の違法は認められない。

(4)  警察官らの第1現場での対応について

ア 危険の切迫状況

(ア) 上記のとおり,亡Aは,午前3時30分ころから,第1現場にかけつけ,Dの指示を受けたG及びHから,間断なく顔面等を多数回殴打される暴行を受けたうえ,午前3時34分ころには,継続的に暴行を加えることを企図したDの指示により,チェイサーの後部座席に押し込まれ,その後,第2現場まで連れていかれ,暴行を継続されたことが認められる。したがって,午前3時34分ころには,亡Aの生命身体に対する重大な加害行為の危険性が切迫した状況に至り,その後かかる状況が継続したものと認められる。

(イ) この点について,控訴人は,上記のとおり,①亡Aは,加害者らによってチェイサーに乗せられたが,チェイサーの周囲を加害者らが見張っているとか,亡Aが身動きがとれないように身体を縛られていたわけではなく,物理的にチェイサーから外へ逃げられない状態にあったわけではないこと,②加害者らによって亡A殺害の謀議がなされたという事実もないことから,亡Aが,チェイサーに乗せられた時点でも,同人に殺害に至る現実的かつ具体的な身体的加害行為が時間的に切迫していたとはいえず,加害者らが,亡Aを第2現場に移動し,同人に対する暴行が開始された時点になって,亡Aに対する身体的加害行為が切迫した状況に至ったなどと主張する。

しかし,上記のとおり,亡Aは,Dの指示を受けたG及びHから,間断なく激しい暴行を加えられていたのであり,同様に暴行を加えられたCも,神戸西3号に乗せられてから意識を失う状態にあったのであり,また,チェイサーに乗せられた亡Aの状況が顔をはらし,仰向けに寝ころんでいるものであったというのであるから,亡Aは,意識を失っているか,それに近い状況にあったものと推認されるので,自力でチェイサーから脱出することは困難であったものと認められる。そして,Dは,亡Aをら致して,Dへの反撃の仕返しをしようという意図で,Gらに命じ,同人が乗車して来たチェイサーに亡Aを乗せているのであるから,亡Aが身体を縛られておらず,チェイサーの周囲を加害者らが見張っているという状況になかった(もっとも,Gら加害者らは,前記1(3)ア,イ,サ,タに認定のように,チェイサーに乗せられた亡Aが発見されるのを避けるために種々の工作等をしている。)としても,亡Aの生命身体に対する加害行為の切迫性を否定することはできず,したがって,控訴人の上記の主張を採用することはできない。

また,上記のとおり,警察官らの権限不行使の違法性を肯定するには,必ずしも具体的な殺害行為の危険性が切迫していることまで要求されるものではなく,したがって,加害者らによる亡A殺害の謀議を要求する控訴人の上記の主張も採用できない。

イ 危険の切迫に対する警察官らの認識及び認識可能性

(ア) 上記のとおり,午前3時32分ころ,110番第3通報をした男性は,通信指令課に対し,7から8人が第1現場でつかみ合いのけんかをしていると伝えたこと,同男性は,午前3時34分ころにも,110番第4通報をし,これを受けた通信指令課に対し,「もう連れて行かれよるで。」,「はよパトカー呼ばな。」,「はよ来たらな。時間かかりすぎやわ。」などと,けんかの被害者が車で連れていかれそうになっている切迫した状況を伝え,通信指令課においても,上記男性に対し,被害者が車に乗せられて連れて行かれそうになっていることを確認していること,通信指令課は,神戸西署に対し,無線で「けんか,口論。・・・連れて行かれる。車で。」などと,110番第4通報の内容を伝えたこと,Cは,神戸西3号内で,U巡査部長及びQ巡査長から事情聴取を受けた際,亡Aが被害者の一人であり,加害者らによって車に乗せられた可能性があると告げたことが認められる。

以上の事実関係のもとでは,警察官らは,第1現場に臨場した時点で既に,亡Aが加害者らによって車の中に乗せられ,その後継続的に暴行を受けるという重大な加害行為の危険性が切迫していた状況にあったことを認識し得たものと認められる。

ところが,上記のとおり,K警部は,通信指令課から上記110番第3通報及び同第4通報の内容を知らされていたにもかかわらず,「gのけんかやけど,派手にやっとるようやから行ってくれ。」と指示したにとどまり,第1現場に臨場した警察官らに対し,けんか当事者の人数やけんかの被害者が車で連れて行かれそうになっている状況を何ら伝えていないという情報の共有という面で重大な職務行為の怠りがあった。また,U巡査部長らも,第1現場に臨場していた他の警察官ら(ただし,R巡査長を除く。)に対し,第1現場で,せっかくCから亡Aが車に乗せられたのではないかという情報を事情聴取しながら,これを知らせないままに放置するという重大な職務行為の怠りがあった。したがって,第1現場に臨場していた多くの警察官は,亡Aに対する加害行為の危険性が切迫した状況にあることを認識するに至らないまま,暴力団員がからんだ通常のけんかの事案と認識していたものと認められる。しかし,けんか事案の被害者に関する情報は,本来,捜査に当たる警察官らの間で当然に共有されるべきものであり,それがなされていないのは,指揮命令を含めた警察官相互の情報伝達に問題があったといわなければならない。

したがって,組織としての情報伝達に問題がある以上,第1現場に臨場していた各警察官が現実に被害者に危険が切迫している状況を認識していなかったとしても,危険の切迫に対する警察官らの認識可能性を否定することはできない。

(イ) 控訴人は,上記のとおり,110番第3通報,同第4通報によっても,被害者の人数や被害者が乗せられそうになっている自動車の車種等については不明であったから,警察官らが,亡Aに対する殺人事件発生の具体的危険の切迫を予見可能であったというのは不合理である,U巡査部長らは,Cから,半信半疑の状態で亡Aが車に乗せられたかもしれないと告げられただけであり,また,亡Aが現場から逃げた可能性があるとも告げられたので,亡Aが第1現場から逃げた可能性が高いと判断したものであり,その判断には合理性があると主張する。

しかし,110番第3通報,同第4通報の内容は,警察官らが被害者に対する身体的加害行為の危険性を認識するには十分なものであり,控訴人が主張するような詳細な情報まで必要であるとは考えられない。また,上記のとおり,違法性の判断要素となる認識可能性の対象としては,殺害の危険性まで要求されるものではない。したがって,控訴人の主張は採用できない。

また,上記のとおり,Cは,U巡査部長から,亡Aが逃げた可能性について尋ねられた際,「わからへん。」と答えたこと,U巡査部長は,通信指令課及び神戸西署に対し,被害者の1名は既に現場から立ち去ったと報告したことが認められる。

しかし,Cは,U巡査部長らから事情聴取された際に,亡Aが車に乗せられた可能性があると述べていることや,被害者が加害者らによって車で連れて行かれそうになっている状況にあるとの110番第4通報がなされていたことに照らすと,U巡査部長らが,亡Aが逃げた可能性が高いと判断したことが合理的であるとはいえない。

控訴人は,Cがもっと明確に亡Aが車内にら致されている可能性を訴えていれば,警察官らは,第1現場を捜索したであろうが,Cの供述が不明確であったために,亡Aが発見されなかったとの趣旨の主張をしているが,Cは,加害者らから激しい暴行を受けていた直後であり,呼吸するのも精一杯の状況で懸命に説明をし,その後,意識を失っているのであるから,被害者であるCの供述が不明確であったことから,警察官らの判断が合理性があったものとすることはできない。

ウ 権限行使の容易性

(ア) 警職法3条1項2号は,警察官は,負傷者等で適当な保護者を伴わず,応急の救護を要すると認められる者を発見したときは,警察署,病院等の適当な場所において,これを保護しなければならないと規定し,同法5条及び6条1項は,警察官は,犯罪がまさに行われようとするのを認め,人の生命,身体又は財産に対し危害が切迫した場合において,その危害を防止し,損害の拡大を防ぎ,又は被害者を救助するため,やむを得ないと認められるときは,合理的に必要と判断される限度において他人の土地,建物又は船車の中に立ち入ることができると規定している。

また,警職法2条1項は,警察官は,異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し,若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について,若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができると規定し,同法2条2項は,その場で質問をすることが本人に対して不利であり,又は交通の妨害となると認められる場合においては,質問するため,その者を付近の警察署,派出所又は駐在所に同行を求めることができると規定している。

(イ) 上記のとおり,亡Aは,G及びHから強度な暴行を受け,チェイサーの後部座席に押し込まれており,自力でチェイサーから脱出できる状況になかったのであるから,警職法3条1項2号所定の負傷者に該当し,警察官らは,亡Aを発見したときは,同人を保護する義務を負うものと認められる。本件において,上記のとおり,亡Aは,生命身体に対する重大な加害行為の危険性が切迫した状況にあったのであるから,警察官らには,同法5条及び6条1項に基づき,チェイサーの車内に立ち入り,亡Aを救助する権限が与えられていたものといえる。そして,18人もの多数の警察官が第1現場に臨場していたことからすると,警察官らが,亡Aの所在探索をして同人を保護することは,容易であったものと認められる。

(ウ) また,上記のとおり,警察官らが第1現場に到着するまでに,通信指令課は,神戸西署に対し,無線で,本件事件の関係者が7から8名であると伝えていた上,警察官らは,Gらが,第1現場において,傷害を負ってパトカーの後部座席に逃げ込んできたCに対し,警察官らの制止にもかかわらず,「われ,出てこんかい。」と怒鳴りながら,その後部座席のドアノブを引っ張って揺するなどしてCを車外に引きずり出そうと異常なまでに粗暴性を示す行動をしている状況を現認していたのであるから,G,H,I及びFに対し職務質問したり,任意同行を求めることは容易であったものと認められる。

エ 結果回避可能性

(ア) 上記のとおり,チェイサーはg団地1号棟前のカムリとミニパトの間に停車されていたのであるから,警察官らが,亡Aが加害者らの自動車に押し込まれている可能性を認識していれば,第1現場に所在する自動車内を調べ,チェイサー後部座席にいる亡Aを発見して同人を保護することは可能であったと認められる。このことは,上記で認定したとおり,Fがチェイサーの外部から,ズボンを穿いた状態で,顔をはらし,仰向けに寝ころんでいる亡Aを認めていること,及びV巡査が,けんかの関係者の自動車と判断し,チェイサーのナンバーチェックをしていることからも裏付けられる。

そして,Hが100メートルほど離れたg団地の東の端までチェイサーを移動させた後においても,いまだチェイサーはg団地の敷地内に所在したのであるから,警察官らが,亡Aの所在探索を丹念に行えば,同人を発見して保護し得る可能性はあったものと認められる。

(イ) また,警察官らは,G,H,I及びFがパトカーに保護されたCに対して攻撃的な行動をとることを現認していたのであるから,事態の重大性を認識し,同人らに対して継続的に適切な職務質問をしたり,g交番に任意同行を求めていれば,本件への関与の糸口を早期に発見し得た可能性が高く,その結果,Hらが,勝手に現場を離れてチェイサーを移動させるなどの行動をとることはできず,亡Aを発見することが可能であったものと認められる。

オ 検討

上記のとおり,K警部及びM巡査部長は,通信指令課から,午前3時23分ころ,被害者の名前が亡Aであること及び同人の携帯電話番号,午前3時33分ころ,けんかの人数が7,8人であること,午前3時36分ころ,被害者が自動車に連れ込まれそうな状況にあることを聞いていたにもかかわらず,警察官らに第1現場臨場の指示をした際,かかる詳細な情報を一切伝えていない。また,U巡査部長及びQ巡査長も,Cから,亡Aが自動車に乗せられた可能性があると聴取していたにもかかわらず,第1現場に臨場していた他の警察官ら(ただし,R巡査長を除く。)にそのことを伝えていない。しかし,亡Aに関する上記情報は,第1現場に臨場した警察官らが共有すべき最も重要なものであり,K警部,M巡査部長,U巡査部長及びQ巡査長が,これをほかの警察官らに伝達することを怠ったことにより,第1現場に臨場した多くの警察官は,亡Aを探索し保護する必要があることを認識することができなかったのである。しかも,U巡査部長においては,亡Aが第1現場から逃げた可能性が高いと判断し,神戸西3号の車内無線から,通信指令課及び神戸西署に対し,亡Aは現場から立ち去った旨の報告までしており,このようなU巡査部長の短絡的な思い込みが,警察官らの的確な状況分析を困難にしたことは否めない。

そして,警察官らは,亡Aやけんか当事者の人数に関する上記情報を共有できず,的確な状況分析もできないままでいたために,神戸西3号に保護されているCを奪回しようと異常な行動をとったG,H,I及びFに対する職務質問の際にも,亡Aの所在を一切尋ねていないばかりか,関係者の人数,女性の存在等について言及することもなく,職務質問自体が事件の内容を解明するにはほど遠いものであった。また,警察官らは,同人らをg交番等に任意同行することもなく,警察官とパトカーを第1現場から撤収させることの要請とそうすれば後でg交番へ出頭するとのGの言葉を安易に受け入れて同人を帰宅させた。さらには,警察官らは,第1現場に停車されていた自動車に格別の注意を払っていなかったために,Hがチェイサーを移動させたことにすら気づいていなかった。その結果,警察官らは,亡Aの所在を確認しないまま第1現場を撤収している。

以上検討した諸事情を考慮すると,警察官らは,第1現場において,加害者らに対する職務質問の際に亡Aの所在を問いただし,また,亡Aの所在探索をして同人を保護すべき義務を有していたものと認められ,これを怠った警察官らの行為は,極めて不適切,不合理なものであることは明らかである。

(5)  以上で検討したとおり,警察官らが,第1現場において,加害者らに対する職務質問を適切に行わず,亡Aの探索及び保護を怠ったことなどの諸事情を総合して考慮すると,上記一連の警察官らの権限不行使は,組織としての対応のつたなさを如実に物語るものであり,著しく不合理であって違法性を帯びるものと解さざるを得ない。

3  争点(2)(因果関係)について

(1)  以上のとおり,被控訴人らのその余の主張について判断するまでもなく,本件における警察官らの規制権限の不行使は違法と解される。そこで,警察官らの権限不行使の違法性と亡Aの死亡との間に因果関係が認められるかについて検討する。

(2)  まず,亡Aが押し込まれていたチェイサーは,g団地1号棟前のカムリとミニパトの間に停車していたこと,警察官らが,チェイサーの停車位置から近い距離で,Gの職務質問をしていたこと,V巡査が,けんかの関係者の自動車と判断し,チェイサーのナンバーチェックをしていること,第1現場には,神戸西署以外に所属する警察官も臨場しており,最終的には合計18名もの警察官らが臨場していたこと,Fは,第1現場において,チェイサーの外部から後部座席に人影(亡A)を認め,同人がズボンを穿いた状態で,顔をはらし,仰向けに寝ころんでいるのを認めていることに照らすと,警察官らが,上記のとおり,亡Aに関する情報を共有し,亡Aが加害者らの自動車に押し込まれている可能性を認識していれば,加害者らに対する職務質問の際に亡Aの所在を追求し,また,亡Aの所在探索のために第1現場に所在する自動車内を調べ,その結果,チェイサーの後部座席に押し込まれている亡Aを発見して保護することが可能であったと認められる。

さらには,Hが100メートルほど離れたg団地の東の端までチェイサーを移動させた後においても,いまだチェイサーはg団地の敷地内に所在したのであるから,警察官らが,亡Aが加害者らの自動車に押し込まれている可能性を認識し,亡Aの所在探索を丹念に行えば,チェイサー後部座席に押し込まれている亡Aを発見して保護することができたものと考えられる。

(3)  以上のとおり,警察官らが第1現場において規制権限を適切に行使していれば,亡Aを暴力団である加害者らの手から救い出すことができ,その結果,高度のがい然性をもって亡Aの死亡という結果を回避できたものと認められる。

(4)  そして,上記のとおり,警察官らが,一連の通報内容及びCからの事情聴取の結果を適切に共有する態勢をとっていれば,亡Aが加害者らによって自動車の中に乗せられ,その後継続的に暴行を受けるという重大な身体的加害行為の危険性が切迫した状況にあることを認識することができたこと,警察官らが,第1現場において,Gらが,傷害を負って神戸西3号の後部座席に逃げ込んできたCに対し,警察官らの制止にもかかわらず怒鳴りながら,神戸西3号の後部座席のドアノブを引っ張って揺するなどし,Cを車外に引きずり出そうとする攻撃的な行動に及んでいた状況を現認していたこと,警察官らは加害者らが暴力団であることを確認しており,多数の者がCに対して執ような攻撃を加え,また,Gがg交番に同行することを求められたのに対し,容易に応じず,かえって警察官やパトカーを現場から撤収することを求めたことには,何らの理由があるものと考え,諸々の情報を総合検討することによってその理由を解明することができたはずであること,Cと同様に被害者となっていた人物を放置すれば,暴力団員である加害者らが更に攻撃を続けるがい然性が高いことを知ることができたことなどの本件における事情を考慮すると,警察官らは,亡Aが,暴力団員である加害者らに連れ去られることによって更なる暴行を受け,その結果,死亡に至ることには相当程度のがい然性があり,警察官らもこれを十分予見し得たものと認められる。

したがって,本件における警察官らの規制権限の不行使と亡Aの死亡との間には因果関係が認められる。

4  争点3(損害)について

(1)  亡Aの損害

ア 逸失利益

亡Aは,死亡当時27歳で,a大学大学院b研究科博士課程の1回生であり,就労していなかったが,その学歴からして,本人が希望すれば,就職の機会は十分あったと認められる。したがって,就労可能年数は27歳から67歳までの40年間と認めるべきであるから,逸失利益は以下のとおり5786万6153円となる。

(ア) 平成14年度賃金センサス第1巻第1表産業計・企業規模計・男子労働者大卒の平均賃金は,674万4700円である。

(イ) ライプニッツ係数は,17.1590である。

(ウ) 亡Aは,死亡当時独身であったことから,生活費控除率は5割と認めるのが相当である。

(エ) 計算式

674万4700円×17.1590×(1-0.5)=5786万6153円

イ 慰謝料

上記のとおり,亡Aは,何ら落ち度がないにもかかわらず,Dからいわれのない因縁を付けられ,その後,Dを含め,その配下の暴力団員から長時間にわたり,残虐かつ執拗な暴行を受け,110番通報をし,あるいは近隣の交番に助けを求めに行き,さらには第1現場に臨場した警察官らの不適切,不合理な対応によって,車内に押し込められているところを発見されるに至らないなどして,警察官らに保護されることなく,最終的には野外に遺棄されて死亡するに至ったものである。ところで,Dらが亡Aに対する暴行をエスカレートさせた背景には,前述のとおり,警察官らの組織的な対応のつたなさ,警察官らの暴力団に対する不適切な対応が大きく影響しており,それゆえに,Dらに,亡Aを首尾良く確保できたとの思いを増長させて,亡Aに対する暴行をとめどのないものにさせたことは想像に難くない。したがって,亡Aが死亡により受けた精神的苦痛を慰謝するには,2500万円をもってするのが相当である。

(2)  被控訴人固有の慰謝料

被控訴人は,病の中にあり,一人息子である亡Aの将来にのみ希望を託していたが,その息子をいわれのない残虐かつ執拗な暴力により殺害されている。そのような結果を招来させたのは,暴力団の非道な行為によるものとはいえ,本来,市民の生命身体を守るべき警察官らの対応が不適切,不合理であり,救いを求める亡Aに救護の手が及ばなかったことも大きな要因をなしているといわざるを得ない。以上の諸事情に照らすと,被控訴人が受けた精神的苦痛は甚大なものといえ,これを慰謝するには,500万円をもってするのが相当である。

(3)  葬儀費用

本件における控訴人の違法行為と相当因果関係の認められる葬儀費用は150万円と認めるのが相当である。

(4)  弁護士費用

本件訴訟の難易度,審理の経過及び認容額等の本件における諸般の事情にかんがみると,控訴人の違法行為と相当因果関係のある弁護士費用は800万円と認めるのが相当である。

(5)  なお,控訴人は,亡A及びCが,Dから暴行を受けた際に現場から立ち去ることなくこれに抵抗したという事情をしんしゃくし,被控訴人の損害額を減額(過失相殺)すべきであると主張する。しかし,上記認定のとおり,亡Aらは,Dからいわれのない因縁をつけられていきなり暴行を加えられたのであるから,直ちに現場から逃げずにこれに抵抗したとしても,そのことに何らかの落ち度があると解することは到底できない。したがって,当該事情を過失相殺の対象となる事由ととらえることはできず,控訴人の上記主張を採用することはできない。

5  結論

以上によれば,被控訴人の請求は,上記4(1)~(4)の合計である9736万6153円及びこれに附帯する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容すべきところ,これと結論を同じくする原判決は正当であり,控訴人の控訴は理由がないから,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 小原卓雄 裁判官 吉川愼一)

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