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大阪高等裁判所 平成17年(ネ)750号 判決 2005年5月26日

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控訴人(第1審原告)

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上記訴訟代理人弁護士

菊元成典

東泰弘

飯田昭

伊山正和

川口直也

功刀正彦

牧野聡

由良尚文

京都府●●●

被控訴人(第1審被告)

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主文

1  原判決中,損害賠償請求に関する部分(主文第2,3項)を次項のとおり変更する。

2  被控訴人は,控訴人に対し,101万9000円及びこれに対する平成16年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1・2審とも,被控訴人の負担とする。

4  この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文第1,2項同旨

第2事案の概要

1  事案の要旨

(1)  本件は,控訴人が,免責決定確定後に,免責債務の債権者である被控訴人から,違法な取立てを受けたために貸金債務の弁済を余儀なくされたことが不法行為に該当するとして,控訴人に対し,① 貸金返還債務の不存在確認と,② 不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害金101万9000円及びこれに対する不法行為日の後である平成16年7月18日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(2)  原審は,貸金返還債務の不存在確認請求は認容し,不法行為による損害賠償請求については,不法行為の成立は認めたものの,5割の過失相殺をし,損害金50万9500円及び付帯請求の限度で認容し,その余の請求は棄却した。

控訴人は,不法行為による損害賠償請求部分(原判決主文第2,3項)について,全額認容を求めて控訴した。なお,被控訴人は,原判決中,被控訴人の敗訴部分について,控訴も附帯控訴もしていない。

(3)  当裁判所は,控訴人の債務不存在確認請求は理由がなく,不法行為による損害賠償請求はすべて理由があるものと判断する。ただし,債務不存在確認請求の点は,不利益変更禁止の原則から控訴人に不利益に変更することはできない。

2  争いのない事実等(末尾に証拠等を記載した事実以外はいずれも当事者間に争いがない。)

(1)  被控訴人は,平成4年7月,●●●商事の屋号で貸金業登録を受け,京都府宮津市で貸金業を営んでいる。

(2)  控訴人は,平成6年11月14日,被控訴人から,弁済期の定めなく,利息月2分の約定で50万円を借り受けたのを最初に,平成9年3月9日まで継続的に金員を借り受けたが,同日の時点で被控訴人に対する貸金債務元本は,被控訴人の計算で700万円に達していた(以下,これらの被控訴人と控訴人との間の継続的な貸金契約を「本件貸金契約」といい,同契約に基づく被控訴人の控訴人に対する貸金債権を「本件貸金債権」という。)。

(3)  控訴人は,平成13年9月ころ,京都地方裁判所宮津支部に自己破産の申立てをし(同裁判所平成13年(フ)第62号),同年10月1日午後5時破産宣告決定(同時廃止)を受け,平成14年3月26日に免責決定(同裁判所平成13年(モ)第88号)を受け,同免責決定は同年4月27日確定した(甲4,甲5)。

控訴人は,上記破産手続において,債権者一覧表に被控訴人が本件貸金債権(現在の金額700万円)を有する旨記載して申告した(甲3)。

控訴人は,上記免責手続において,裁判所の指示により,債権者25名に合計30万円を任意配当したが,被控訴人に対しても平成14年1月18日に11万8184円を支払った(甲3,甲6)。

(4)  控訴人は,上記免責決定確定後の平成14年5月13日から平成16年5月12日までの間,別紙「控訴人の返済状況一覧」記載のとおり,被控訴人に対し,合計101万9000円を返済した(甲2,甲7の1ないし15)。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  被控訴人の本件貸金債権の存否

〔控訴人〕

本件貸金債権は,控訴人の免責決定の確定により消滅している(破産法<大正11年法律第71号,以下「旧破産法」という。>366条ノ12)。

免責後の債務は,いわゆる自然債務になるとする見解もあるが,このような考え方は,破産債権者による裁判外の圧力により,破産者に対して事実上弁済を強制したり,更改による旧債務復活を要求するおそれがあり,破産者の経済的更生を図る免責制度の目的自体に抵触し,不当である。なお,旧破産法366条ノ12の「其ノ責任ヲ免ル」の「責任」は,「債務」と解釈するべきである。

〔被控訴人〕

争う。

(2)  被控訴人の不法行為の成否

〔控訴人〕

ア 控訴人は,借入額面が600万円になったころ,被控訴人から「こういう状況で他にも返せないんやったら,破産する方がええんやないか。ただし,うちのとこだけは破産は認めんからな。」と言われるようになった。

被控訴人は,平成13年春ころ,控訴人の自宅に来て「お前とこ,どうなっとんじゃ。」,「どうするんじゃ。」,「お前が払いきらんなら嫁の実家を売ってでも払え。」などと午前6時ころから1時間半にわたり,自宅の内外で大声を出し,控訴人及びその家族は幼い子供を含め,大変怖い思いをした。また,控訴人は,同年7月ころ,その母とともに,被控訴人方に遅滞している貸金の返済に赴いたが,その際,被控訴人は,傍らに置いてあった一升瓶を振り上げてすごい形相で「なめとんのか。殺したろか。」などと申し向けて脅迫した。

控訴人は,このような被控訴人の態度によって,被控訴人に強い恐怖感を抱くようになった。

イ 控訴人は,上記のとおり,免責決定を受け,被控訴人を含む破産債権者に対する債務の全部についてその責任を免れた。しかるに,被控訴人はこのことを知りながら,控訴人に対し,毎月「うちはあんたの破産は認めない。それは最初の契約の時に言うてあったはずや。」,「いつ払うんじゃ。どうなっとるんじゃ。」などとしつこく電話をして従前同様の返済を要求したため,控訴人は,やむなく前記争いのない事実等(4)記載のとおり合計101万9000円を支払って,同額の損害を被った。

被控訴人は,貸金業者として破産手続に関する知識を有しており,破産裁判所から控訴人が破産した旨の通知を受けたから,破産宣告以後,控訴人に対して取立てをしてはならないし,免責決定確定後は,控訴人が本件貸金債権の支払義務を免れることを十分に知悉していたにもかかわらず,上記のように執拗な返済要求をして,その取立てをしたものであり,被控訴人の前記行為は,控訴人に対する不法行為に該当することは明らかである。

ウ 被控訴人が本件貸金契約締結の際,「破産手続にもかかわらず,支払をしてもらう」旨述べていたとしても,控訴人はそれを納得して借り受けたものではないし,破産手続の係属中にも利息の支払を合意した事実はなく,被控訴人の執拗な返済要求に屈して支払を余儀なくされただけである。

以上のように,控訴人は,被控訴人の「恐喝行為」に屈して金を脅し取られただけであり,控訴人には過失相殺をしなければならないような落ち度は全くない。

〔被控訴人〕

ア 控訴人主張の不法行為の成立は争う。

イ 本件貸金契約締結の経緯は,次のとおりであり,控訴人の借入金債務が競馬の呑行為に起因していること,被控訴人は,当初より破産を認めない旨伝えており,控訴人はそれを了解の上借り入れたことなどの事情が考慮されるべきである。

(ア) 控訴人は,平成8年1月ころ,競馬の呑行為で始まった借金が累積し,現在では死ぬしかない,700万円あれば生きられるなどと述べて被控訴人に借入れ方を依頼したので,被控訴人は,破産法の説明をするとともに,一度に700万円を貸す資力はない,この件については破産は認めない,元金が700万円に至ったときは妻の保証が必要である,返済計画を立て金利の高いところから返済をしていくことなどを貸付けの条件として口頭で伝え,その後,上記のとおり,控訴人に数回にわたり,金員を貸し付けた。

(イ) 被控訴人は,平成13年春ころ一度だけ午前7時半過ぎころに控訴人宅に行き,控訴人,妻及びその父親と応接間で面談して本件貸金債権の話をした。その際,被控訴人が少し大きな声を出したことはあるかもしれないが,病人や子供の前で貸金に関する話をしたことはない。

また,被控訴人は,同年9月ころ,控訴人から12月ころまで利子を5万円ほどに負けてくれ,借金の原因となった競馬の呑行為についても口外しないように頼まれ,破産手続においても,控訴人に泣いて頼まれたため裁判所等に返答することができなかったが,免責後の取立てについては,最初から違法であることを承知の上でしたことは事実である。なお,被控訴人は,平成16年3月中旬ころ,控訴人から再度借入れを申し込まれ,これを断ったが,その際,控訴人は,被控訴人に,十分利益を与えた,違法な利息を取った証拠があるなどと述べた。被控訴人は,控訴人に対し,今まで一度も本件貸金債権の元金の返済を受けておらず,その請求もしていない。また,控訴人の利子の支払はほぼ毎回遅れていたが,その遅延損害金も請求していない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記争いのない事実等及び証拠(甲2,甲10,乙1,乙11,乙12,原審証人●●●子,原審控訴人本人,原審被控訴人本人)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  控訴人は,平成6年夏ころ,多額の債務(競馬の呑行為に起因する債務も少なからず存在するものと推認できる。)を負っていたところ,●●●から被控訴人を紹介され,事情を打ち明けて借入を申し込み,同年11月14日に被控訴人から50万円の貸付けを受けた。その際,被控訴人は,控訴人に対し,貸付けの条件として,将来,控訴人が破産して免責を受けても被控訴人はこれを認めないので必ず返済してもらうと述べていた。

(2)  被控訴人は,平成8年3月8日に控訴人に100万円を貸し付け,平成9年1月16日に従前の貸付けをまとめて600万円とする借用証書を控訴人と作成したが,その際にも,控訴人及びその当時の妻で控訴人の債務を被控訴人に対して連帯保証した●●●子(旧姓「●●●」。以下「●●●子」という。)に対し,同様に,将来,控訴人らが破産し免責決定を受けても被控訴人は認めない旨を述べていた。

(3)  被控訴人は,その後も,上記のとおり,平成9年3月9日まで貸付けをし,また,控訴人は,被控訴人に対し,本件貸金債権の利息として,毎月,平成6年ころから平成8年5月ころまでは1万円ないし2万円を,同月以降は平成9年4月ころまでは4万円から13万円を,同年5月12日以降は概ね14万円を支払っていた。

(4)  控訴人の被控訴人に対する本件貸金債権の利息の返済は平成12年秋ころから頻繁に滞るようになり,また,控訴人は,平成13年春ころには他の消費者金融業者に対する債務についても返済不能となり,被控訴人への返済もできない状況になった。

被控訴人は,同年3月ころ,控訴人方に支払を催促する電話をかけたが,電話に出た●●●子がすぐに通話を切ったため,その翌日の午前6時過ぎころ,控訴人の自宅前で大きな声を出して来訪を告げ,同日午前8時ころまでの間,同人方の応接間で,控訴人や●●●子らに対し「こら,お前,どうなっとんじゃ,どういうこっちゃ,なんやわしを舐めとんか」,「なんで,まともに話をせんのや,なんで無視するんや,どうするつもりや」などと怒鳴り,その後は,しばらく世間話をした後,支払の催促先として控訴人と●●●子の勤務先の電話番号を聞いて帰った。

控訴人は,その後何度か被控訴人に対し,月10万円程度の利息を支払ったものの,再び,支払を滞らせるようになり,同年7月ころ,母親と同道して被控訴人方に本件貸金債権の利息の一部として3万円を持参したが,被控訴人は,側にあった一升瓶を振り上げ「なめとんのか。殺したろか。」などと述べて怒ったので,控訴人は,同月26日ころ,被控訴人に30万円を弁済した。

(5)  控訴人は,平成13年9月ころ,債権者約28名に対し,総額約3800万円の債務を負担し,支払不能の状態にあるとして,京都地方裁判所宮津支部に自己破産を申し立て,同年10月1日午後5時破産宣告決定(同時廃止)を受けた。

控訴人は,上記破産手続において,債権者一覧表に被控訴人が本件貸金債権(700万円)を有する旨記載して申告した。

ところが,被控訴人は,控訴人が破産申立てをしたことを知りながら,同年9月ころ,控訴人に対し,電話をかけ,「今月はどないなっとるんや」,「同年12月までは月5万円,以後は従前の月14万円を月12万円に減額するので払え」などと執拗に要求するので,控訴人は,やむなく,同年12月まで毎月5万円を支払い,平成14年1月には12万円を支払ったほか,その後もほぼ毎月3万円ないし9万円程度の返済を継続した。

控訴人は,上記免責手続において,裁判所の指示により,債権者25名に合計30万円を任意配当したが,被控訴人に対しても平成14年1月18日に11万8184円を支払った。

控訴人は,平成14年3月26日に免責決定(同裁判所平成13年(モ)第88号)を受け,同免責決定は同年4月27日確定した。

(6)  被控訴人は,上記任意配当を受けた後も控訴人に利息の支払を電話で督促してその支払を受け,控訴人の免責決定が確定した平成14年4月27日以降も支払が遅れたときは控訴人に電話を架けてその支払を督促した。

控訴人は,この被控訴人の督促に対し,免責決定を受けたので支払わないと述べたこともあったが,被控訴人は,免責は認めないことは最初の契約のとき言っていたはずであると述べて支払を求めたため,控訴人は,これに応じて,別紙「控訴人の返済状況一覧」記載のとおり,平成16年5月12日まで本件貸金債権の利息として合計101万9000円を支払った。

2  被控訴人の本件貸金債権の存否(争点(1))について

上記認定事実によれば,被控訴人の控訴人に対する本件貸金債権は,控訴人の免責決定の確定により,訴えをもって履行を請求しその強制的実現を図ることができなくなった(いわゆる自然債務になった)ものと認められる(最高裁判所平成9年2月25日判決・判例時報1607号51頁参照)。

控訴人は,債務自体が消滅した旨主張するが,旧破産法366条ノ12は「其ノ責任ヲ免ル」と規定しているにすぎないから,債務自体が消滅するものと解することはできず,控訴人の主張は採用できない。なお,改正後の破産法(平成16年法律第75号)も,同旨の規定(253条1項)であり,債務自体が消滅するとは規定していない。

したがって,控訴人の本件貸金契約に基づく貸金返還債務の不存在確認請求は失当である。

3  被控訴人の不法行為の成否(争点(2))について

(1)  前記認定事実によれば,被控訴人は,控訴人が本件貸金債権について免責決定を受け,その取立てができなくなったことを知りながら,同決定の確定後も,電話で支払を執拗に督促し,それまでの被控訴人の取立て行為によって被控訴人を恐れていた控訴人から合計101万9000円の支払を受けたことが認められ,その経過に照らし,控訴人が任意に弁済したものとは到底考えられず,このような被控訴人の督促行為は,社会通念上相当性を欠き,不法行為に該当するから,被控訴人は,これにより控訴人が被った101万9000円の損害を賠償する義務がある。

(2)  被控訴人は,控訴人の借入金債務が競馬の呑行為に起因していること,貸付の当初より破産を認めない旨伝えており,控訴人はそれを了解の上借り入れたことを考慮すべきであると主張している。

なるほど,控訴人は,原審本人尋問において,競馬の呑行為をしたこと自体は自認しており,そのために暴力団等に対する債務を負担することになり,その清算のために,被控訴人に貸付を求めたことがうかがえるが(原審控訴人本人),被控訴人は,貸金業者であることに加え,控訴人から上記のような使途を聞いた上で控訴人に金員を貸し付けたのであって,被控訴人自身,それを了解していたのは明らかである。そして,このような使途での本件貸金債権については,免責不許可事由(旧破産法366条ノ9,同法375条1号)に該当する可能性がないわけではないが,被控訴人自身の判断によって,免責申立てに異議を述べず,控訴人は,既に免責決定を受け,それが確定した以上,控訴人に対する取立てを合法化する根拠になり得るものではないのは明らかであるから,被控訴人の不法行為の成否に影響を及ぼすことはないし,また過失相殺の事情にもなり得ない。

次に,当初より破産を認めない旨伝えており,控訴人はそれを了解の上借り入れたという点について検討する。

なるほど,控訴人としても,そのようなことを述べる貸金業者から借り入れなければよいのであり,あえてそのような貸金業者から,その点に特段異議を唱えずに貸付けを受けたために,本件のような事態に至っているのであり,その点には落ち度があるといえないこともない。

しかし,被控訴人は,貸金業者であり,破産免責制度の内容を熟知していること,破産法の免責規定は,破産者の更生を図るための強行法規であるから,これに反する合意は無効であること,控訴人のような多重債務者は,藁にもすがる思いで,新たに貸付けをしてくれる業者を探しているのであり,まさに窮迫の状態にあること,被控訴人は,控訴人のそのような事情を熟知した上で,貸付けの際,「破産は認めない」旨一方的に申し述べていたことなどの事情からすれば,被控訴人の行為は,被控訴人の窮迫の状態に乗じて,強行法規に反する合意を迫るものであって,その違法性の程度は極めて大きいのに対し,控訴人の落ち度は,軽微であるというべきであるから,過失相殺を認めるのは相当ではない。

したがって,控訴人の不法行為による損害賠償請求はすべて理由がある。

4  結論

以上によれば,控訴人の債務不存在確認請求は理由がなく,不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害金101万9000円及びこれに対する不法行為の後の日で,訴状送達の日の翌日である平成16年7月18日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は,すべて理由があるが,債務不存在確認請求については,敗訴者である被控訴人が控訴も附帯控訴もしていないから,不利益変更禁止の原則により,これを控訴人に不利益に変更することはできない。

よって,原判決主文第2,3項(不法行為による損害賠償請求部分)を上記の趣旨に変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 髙山浩平 裁判官 神山隆一)

<以下省略>

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