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大阪高等裁判所 平成17年(ネ)832号 判決 2006年5月30日

控訴人

同訴訟代理人弁護士

村田浩治

河村学

大橋恭子

佐藤真奈美

被控訴人

株式会社日建設計

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

辰野久夫

尾崎雅俊

藤井司

畑知成

阿部宗成

和田慎也

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  控訴人が,被控訴人に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

3  被控訴人は,控訴人に対し,平成15年5月以降,本判決確定に至るまで,毎月15日限り19万0840円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人は,控訴人に対し,1000万円及びこれに対する平成15年10月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  3,4項につき仮執行宣言

第2事案の概要

1  本件は,控訴人が,被控訴人に雇用されており,仮にそうでないとしても,法人格否認の法理により被控訴人が雇用契約上の責任を回避することはできないなどとして,被控訴人の控訴人に対する解雇が解雇権の濫用により無効であると主張し,控訴人との雇用契約の存在を争う被控訴人に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認及び解雇後(平成15年4月分以降)の毎月の賃金(弁済期の翌日以降の遅延損害金を含む。)の支払を求めるとともに,不法行為による損害賠償請求として,違法解雇による慰謝料(不法行為後の遅延損害金を含む。)の支払を求めた事案である。

原審裁判所は,控訴人の請求をいずれも棄却した。控訴人は,これを不服として本件控訴を提起した。

2  争いのない事実及び争点(争点に関する当事者の主張を含む。)は,後記3のとおり当審における当事者の主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」1,2欄に記載のとおりであるから,これを引用する。

3  当審における控訴人の新主張

(1)  控訴人の錯誤による合意解約の無効

仮に,控訴人,被控訴人間の契約が合意解約されたとしても,客観的には,期間の定めのない契約か,そうでなくとも期間の定めのない契約と同然の保護を受けうる契約であった上記契約が,控訴人,aビジネス間の契約では期間の定めがある契約とされたにもかかわらず,控訴人は,上記合意解約の際,解約後も従前と何ら労働条件に変更はないものと信じていた。

そして,被控訴人は,控訴人が上記のように信じていたことを知っていた。

よって,控訴人の上記合意解約における意思表示は法律行為の要素に錯誤があるから無効であり,したがって,上記合意解約は無効である。

(2)  民法91条,90条による無効

原判決は,仮に,控訴人,aビジネス間の雇用契約が労働者派遣法4条3項(平成6年当時のもの)や職業安定法44条に抵触するとしても,これらはいずれも取締規定であるから,そのことによって,上記雇用契約が直ちに無効になるということはできない旨判示する。

しかし,そもそも行政取締法規違反の場合,それが私法上の効力には影響を及ぼさないと一義的には決せられず,取締法規の法目的と取引保護の要請等を総合してその効力を判断すべきである。

控訴人が昭和58年以降平成15年3月までの間,被控訴人の指揮命令下で行ってきた業務内容は一般事務であり,平成11年の労働者派遣法改正前には,そもそも労働者派遣がまったく認められなかった業種であり,同年以降についても,1年を超えて派遣することがまったくできなかった職種である。

このように,控訴人,aビジネス間の契約は,労働者派遣法によって許容される契約たり得ず,したがってまた職業安定法44条において禁じられる労働者供給事業にあたる違法な契約であることは疑いない。

そして,控訴人,aビジネス間の契約のように,労働者を恒常的に雇用するために労働者派遣制度を利用すること,さらに,上記のように,許容された職種を超えて一般事務労働に従事させるために派遣労働契約を利用することは,本来の一時的専門的労働者の雇用機会の創出という労働者派遣法の目的から大きく逸脱している。そうすると,上記契約は,直接雇用の原則という職業安定法の見地からも,また専門職種の雇用創出という労働者派遣法の見地からも,重大な法違反行為であり,保護に値せず,民法91条,90条に反して無効であるというべきである。

そして,控訴人,被控訴人間の雇用契約の合意解約は,控訴人が引き続き同じ職場で同じ業務内容を行うためにされたものであり,上記合意解約と控訴人,aビジネス間の新たな派遣労働契約とはいわば一体となっている。

したがって,上記のとおり控訴人,aビジネス間の契約が職業安定法等に反して違法,無効であるから,この契約と対になっている控訴人,被控訴人間の雇用契約の合意解約も無効というほかない。

(3)  控訴人,被控訴人間の新たな雇用関係の成立

仮に,被控訴人,控訴人間の雇用契約関係が一旦終了したとしても,控訴人が,本来派遣就業できない業種に派遣され,また,派遣労働者として派遣可能期間を超えて被控訴人の指揮命令下で勤務していた本件の場合,当然に,控訴人,被控訴人間に黙示的に新たな労働契約関係が成立したと解すべきである。

すなわち,派遣先(本件の場合被控訴人)が派遣受入期間を超えて違法に派遣を継続する場合,その派遣先と派遣労働者との関係は,労働者派遣契約を介する関係ではなく(そのように解する法的根拠がない。),事実上派遣先において派遣労働者が就業を継続している状態になるのであり,このような関係は派遣先,派遣労働者間に黙示的に労働契約が成立している関係にほかならないというべきである。

4  控訴人の新主張に対する被控訴人の答弁,反論

(1)  控訴人の錯誤による合意解約の無効について

控訴人が,被控訴人との契約の合意解約に際しても,aビジネスとの派遣労働契約締結に際しても,契約期間を含む就業条件に何ら変更がないと誤信していたことはあり得ず,錯誤のなかったことは明らかである。

(2)  民法91条,90条による無効について

控訴人は,控訴人が従事していた業務内容を一般事務員と同様の事務であると決めつけた上で,控訴人,aビジネス間の契約を労働者派遣法によって許容される契約たり得ないとしている。

しかし,控訴人が一般事務員と同様の事務を行っていたという事実はなく,かかる事実を前提に,上記契約が民法91条,90条に違反して無効であるとする控訴人の主張は,その前提においてすでに失当であるといわざるを得ない。

控訴人,aビジネス間の契約が無効でないのに,控訴人,被控訴人間の合意解約を無効とする控訴人の上記主張は,「いわば一体となっている」とか「対になっている」というだけでその論理が不明である上,二重契約の成立を前提とする独自の見解というほかなく,反論に値しない。

(3)  控訴人,被控訴人間の新たな雇用関係の成立について

控訴人が従事していた業務内容はいわゆる一般事務ではなく,その大半はOA機器による文書作成及びその一環としての付随的,補完的作業である。したがって,控訴人は本来派遣就業できない業種に派遣されたわけではないこと,控訴人,aビジネス間には明示の派遣労働契約が存在していることからしても,控訴人主張のように,控訴人,被控訴人間に黙示の労働契約が成立したということはできない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(合意解約の成否)について

(1)  証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

ア 被控訴人計画事務所(当時は全国単位の事務所)の大阪地区では,平成5年当時,控訴人を含むアルバイト社員(以下「控訴人ら」と総称する。)による補助入力作業については,ワープロ入力とそれに付随するページ打ち,図表の切り貼り,色塗りなどの手作業が存在したが,これらの作業を一体的に処理することを可能にすべく,パソコンの活用を視野に入れた業務体制を整えることとなり,同年2月にはパソコン(マッキントッシュ)6台が導入された。そこで,被控訴人としては,文章入力をはじめ,ページ打ち,図表の切り貼り,色塗りなどの作業をパソコン及びスキャナー等周辺機器を用いて一体的に処理できる職能を持った人材を確保する必要があったが,その方法として,アルバイトを廃止し,派遣会社からの派遣社員によってこれを達成することとした。しかし,被控訴人は,計画業務の補助的作業に慣れているアルバイト社員の活用の道も残すこととし,また,新規に人材を求める場合の人材確保が容易であることも踏まえ,派遣会社から派遣を受ける方式をとることにした。

被控訴人計画部のB(以下「B」という。)は,平成5年11月,控訴人らに対し,今後,被控訴人には長期アルバイトを置かない方針であること,しかし,本人が希望すれば,派遣会社からの派遣社員として引き続き働くこともできる旨を告知した。これに対し,控訴人らは,特に質問をしたり,異議を述べたりすることはなかった。

イ 被控訴人大阪総務部のC(以下「C」という。)は,平成6年2月8日,控訴人らに対し,同月末をもって,アルバイトとしての雇用契約が終了するが,希望があれば派遣会社からの派遣社員として働くことができること,派遣会社はaビジネスであること,同社から派遣契約についての説明があるので,説明をよく聞いて決めてほしい旨を伝えるとともに,派遣社員として働く場合の勤務場所等の就業条件については基本的には従前と同じであることを説明した。Cの説明を聞いた控訴人以外のアルバイト社員が,他の会社に行かされることはあるのかと質問したところ,Cは,それはないと答えた。

同月16日には,aビジネス専務取締役のFが被控訴人を訪れて控訴人らと面談し,控訴人らに対し,aビジネスのパンフレットを示しながら,aビジネスの会社概要,就業条件,有給休暇付与,健康診断の受診等の派遣労働契約締結に当たっての派遣社員の仕組み等の説明を行い,各自の希望があれば平成6年3月1日からaビジネスにおいて派遣社員として雇用する旨を伝えた。このパンフレットには,aビジネスの会社概要,同社における派遣システムについてのいわゆるQ&Aが記載されていた。

ウ Cは,後日,控訴人らに対し,平成6年2月末日で被控訴人とのアルバイトとしての雇用契約を終了し,同年3月1日以降aビジネスからの派遣社員として勤務するかどうかについて意思確認を行ったところ,控訴人らは,Cに対し,同日以降aビジネスの派遣社員として働きたい旨の意思を告げた。そこで,Cは,aビジネスにその旨を連絡し,被控訴人は,aビジネスとの間で,控訴人らの派遣を受け入れる旨の労働者派遣契約を締結した。

エ aビジネスは,平成6年3月,控訴人に対し,就業条件明示書,タイムシート(勤務実績通知書)及びその記載方法を説明した「タイムシート(勤務実績通知書)の記入方法」と題する書面,タイムシート郵送用の封筒を送付した。この就業条件明示書(<証拠略>)には,名宛人として控訴人名が記載され,その右下にはaビジネスの社名,所在地,代表取締役Dの表示があり,また,その部分にaビジネスの社印が押捺されており,その本文の冒頭部分には,「あなたを派遣社員(派遣労働者)として雇入れます。」との文言が記載されていた。控訴人は,これらの書類に目を通したが,被控訴人やaビジネスに対し,その内容について異議を述べたことはなかった。控訴人は,上記タイムシートについて,勤務実績を記入した上で,返信用封筒を用いて,aビジネスに返送した。

(2)  以上認定の事実経過,とりわけ,被控訴人やaビジネスの担当者の控訴人らに対する派遣契約締結に向けての説明,被控訴人担当者の控訴人らに対するその後の意思確認を経て,控訴人は平成6年3月,aビジネスから,「あなたを派遣社員(派遣労働者)として雇入れます。」との文言が冒頭に記載されたaビジネス名義の「就業条件明示書」及びタイムシート等の送付を受け,その内容に異議を述べるなどしていないうえ,タイムシートに勤務実績を記入してこれをaビジネスに返送したこと等によると,控訴人,被控訴人間の雇用契約は,平成6年2月末をもって合意解約により終了し,同年3月1日以降は控訴人とaビジネスとの間に,派遣労働契約に基づく雇用関係が成立したものと認めるのが相当である。

(3)  ところで,控訴人は,平成6年3月以降,aビジネスが控訴人の形式的な使用者となったが,実質的な使用者はあくまで被控訴人であり,aビジネスが被控訴人の事務の一部を代行するようになったものである旨主張しているので,検討する。

上記争いのない事実,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

ア aビジネスにおいては,派遣社員に対し,毎月,給与の振込予定日の前日までに,給与振込の案内書(<証拠略>)を郵送し,その案内書とともに,翌月分のタイムシート及びタイムシート返送用の封筒を同封している。

控訴人は,aビジネスから郵送された各月の給与支払明細書の内容を確認し,同社から給与の支払を受けていた。この明細書には,有給休暇の残日数も記載されており(たとえば,平成15年1月分の給与支払明細書には,有給休暇残日数として「5日」の記載がある(<証拠略>)。),控訴人は,これによって,aビジネスから付与される有給休暇日数を確認していた。

控訴人の給与については,毎月,控訴人が1日ごとの勤務実績をaビジネスから交付されたタイムシートに記入し,派遣先である被控訴人の責任者の確認を経た上で,aビジネスから送付された返信用封筒を用いてaビジネスに郵送し,毎月,原則として15日に,控訴人があらかじめ指定した金融機関の口座にaビジネスから振り込まれていた。

イ aビジネスは,毎年1月,控訴人に対し,当該年度分の給与所得者の扶養控除等(異動)申告書の提出を要請していた。控訴人は,平成6年以降,平成15年分まで,aビジネスからその用紙を受け取った後,同申告書に署名押印をして,aビジネスに提出した(<証拠略>)。

ウ aビジネスは,雇用する派遣社員に対し,毎年,春と秋に定期的に健康診断を実施しており,aビジネスの社員は,年1回,そのいずれかの機会に,aビジネスが指定する4か所の医療機関のうち自らが希望するところで受診することができる。

aビジネスは,控訴人に対しても,平成6年3月以降,毎年,その案内をしていた(<証拠略>)。

この健康診断に要する費用は,全額,aビジネスが負担しており,当該派遣社員が派遣先の就労時間内に健康診断を受けた場合でも,その時間に相当する給与は,aビジネスから支払われている。

なお,被控訴人が雇用する社員に対して実施されている健康診断は,aビジネスの健康診断とは全く別であり,被控訴人は,自らが実施する健康診断の案内を控訴人に行ったことはなかった。

エ aビジネスは,雇用する派遣社員に対する福利厚生の一環として,毎年夏季に恒例のサマーパーティを実施しており,この参加費は,aビジネスが負担している。aビジネスは,平成6年以降,控訴人にも毎年往復はがきによりこの案内を送付しており(<証拠略>),控訴人は,この案内を受けて,出欠をaビジネスに返信していた。

オ aビジネスは,派遣期間満了による契約を更新する都度,控訴人に就業条件明示書を送付し,平成13年4月以降は,就業条件明示書に記載の内容を承諾し,同書面を受領した旨の署名押印欄を設けており,控訴人は,これに署名押印をしていた。

なお,控訴人は,平成15年1月6日付けの就業条件明示書において,「平成15年3月31日にて契約終了となります」との派遣期間欄の尚書きについては承諾いたしかねますと付記した上,同書面に署名押印をし,同年2月3日付け及び同年3月3日付けの就業条件明示書にも,同趣旨を付記の上,署名押印をしている(<証拠略>)。

カ 被控訴人は,平成9年12月初めころ,aビジネスに対し,控訴人に関する派遣契約を,同月末日の期間満了をもって終了する旨通知し,同月15日,被控訴人計画事務所長Gから控訴人に対してもその旨を伝えた。その理由は,当時,各職員に対するパソコンの配備が進行することにより,ワープロ専用機による文章入力業務を主とする派遣社員雇入れの必要性が著しく滅少したことにあった。

しかし,控訴人が派遣社員としての勤務の継続を強く要望し,また,aビジネスからは期間延長の要請があったことから,被控訴人は,控訴人の派遣契約を平成10年3月末まで3か月間,延長することとした。

平成10年3月下旬になって,当時の控訴人代理人弁護士が被控訴人に対して協議の申入れをしたことを受け,被控訴人は,同年4月28日,控訴人との間で,当時の控訴人代理人弁護士及び被控訴人代理人弁護士の立会いのもとで,<1>控訴人を引き続きaビジネスからの派遣社員として受け入れること,<2>控訴人が,マッキントッシュ(パソコン)の操作に習熟し,業務上必要性の低いワープロ専用機オアシスの入力業務からマッキントッシュの入力業務に移行すること,<3>控訴人が,若手職員を含め被控訴人職員の業務指示に従うことを条件に派遣契約を継続することについて合意した。

aビジネスと被控訴人間の同年10月1日付け労働者派遣契約書(<証拠略>)及びaビジネスの控訴人に対する同日付け就業条件明示書(<証拠略>)には,派遣社員の業務内容として,「ファイリング事務他(マッキントッシュ利用による文書作成)」と明記され,いずれも上記合意が反映された内容となっており,それ以降も同様の記載があった。

キ 被控訴人では,平成10年5月ころ以降,職員の健康管理や経営の合理化・効率化を図る必要性が高まり,派遣社員等を含め,職員各自が自己の担当する業務を勤務時間内で処理することを遵守するよう努めることになった。そこで,被控訴人は,管理者(指揮命令者)の指示命令に基づく場合又は本人の申出に対して管理者が承認した場合にのみ,時間外勤務を認めるという取扱いを厳格に運用していくことにした。

しかし,控訴人は,管理者の明示の指示命令がなく,また,管理者の承認を受けることなく残業を行い,残業をした旨の申告を行っていたため,被控訴人は,aビジネスに対し,控訴人への指導,注意を行うよう求め,これを受けたaビジネスは,控訴人に対し,再三にわたって口頭により注意し,改善を促したが,控訴人は,態度を改めなかった。そこで,被控訴人も,控訴人に対し,口頭及び書面(<証拠略>)による注意を行い,さらに,aビジネスも書面(<証拠略>)により控訴人に注意を行った。このように,控訴人は,管理者の明示の指示命令や,承認を受けずに残業を行っていたため,当時,派遣社員の勤務実績の承認を行っていた被控訴人計画事務所職員のEから,タイムシートへの署名押印を受けることができず,その結果,aビジネスから,時間外手当の支給を受けることができなかった。そこで,控訴人は,被控訴人を相手に別件訴訟を提起した。

被控訴人は,別件訴訟の答弁書において,「控訴人と被控訴人との間には,雇傭契約は存在しない。控訴人は,訴外株式会社aビジネスコンサルタントとの間で雇傭契約を締結しており,同訴外会社と被控訴人との間の労働者派遣契約に基づいて被控訴人に派遣されているものである」と主張した。

なお,被控訴人,aビジネス間の労働者派遣契約書(<証拠略>)には,aビジネスと被控訴人との間の労働者派遣契約に基づき,派遣元であるaビジネスが,派遣先である被控訴人に控訴人を派遣する旨が明記されている。

被控訴人作成の和解条項案においても,控訴人の雇用主がaビジネスであり,控訴人,被控訴人間には雇用関係は存在しないことの確認(第1項)と,aビジネスが控訴人に未払給料13万7400円を支払うこと(第2項),控訴人とaビジネスとの間には給料の未払に関して第2項で定めるほか,何らの債権債務も存在しないことの確認(第3項)及び控訴人は今後派遣先である被控訴人から特段の指示のない限り時間外勤務をしないことの確約(第4項)等が記載されている。

他方,控訴人が提出した和解条項案の第1項(未払給料の支払条項),第2項(遅延損害金の支払条項)及び第3項(控訴人が訴訟に要した費用の支払条項)には,その支払義務の主体が明示されていないが,第5項においては,その主体としてaビジネスが控訴人の銀行口座に振り込むべき旨が記載されている。

別件訴訟は,平成11年3月1日,利害関係人としてaビジネスが加わり,訴訟上の和解により終了した。和解内容の骨子は,利害関係人であるaビジネスが,控訴人に対し,請求の趣旨記載の13万7400円及び遅延損害金を支払うというものであった。そして,和解条項の第1項には,原判決別紙のとおり,「控訴人と雇用関係にあり,かつ被控訴人への派遣会社である利害関係人」との記載がある。aビジネスとしては,控訴人が被控訴人の指揮命令者の指示に従わない時間外就業をしており,本来上記金員を控訴人に支払う必要はないと考えていたが,もともとこの問題は控訴人,aビジネス間の雇用契約上の問題であり,被控訴人には迷惑をかけられないとの思いがあり,金額も比較的少額であったことから,上記訴訟に利害関係人として参加し,和解条項の中に,上記のとおり,控訴人と雇用関係にあるのはaビジネスであることを明記してもらった上で,上記和解を成立させるに至ったものである。

ク 被控訴人大阪計画事務所長のBは,平成14年5月ころ,控訴人に対し,派遣社員ではなく外注先となることを提案した。控訴人は,この提案を受け入れなかったが,その際,派遣社員として被控訴人における勤務の継続を希望する旨の申出をした。

(4)  上記の認定事実によると,平成6年3月以降,控訴人の使用者は,形式的にも実質的にもaビジネスというべきである。

控訴人は,実質的な使用者をaビジネスと認識していたとも主張するが,上記の認定どおり,控訴人は,aビジネスが雇用契約上の使用者であることを十分認識しており,そのことに異議を述べることなくaビジネスとの間で雇用契約の締結や雇用契約上の各種の手続,確認等をするなど,aビジネスを使用者と認める行動をとり続けていることに照らすと,控訴人の上記主張は採用できない。

2  争点(2)(法人格否認の法理の適用の有無)について

(1)  証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

ア aビジネスは,昭和60年9月1日に設立され,労働者派遣事業,職業紹介事業及び経営コンサルタント業等を営む会社である。aビジネスは,昭和63年1月から,被控訴人に対して労働者派遣を行っており,平成6年2月当時には延べ18人の派遣実績となっていた。aビジネスと被控訴人との間には人的関係や資本上の関係はなく,被控訴人は,aビジネスの100社以上存在する取引先企業の一つにすぎない。

イ 上記のとおり,被控訴人計画事務所の大阪地区では,平成5年2月にパソコンが導入されたことに伴い,手作業からパソコンの活用を視野に入れた業務体制に移行することとなり,パソコンやその周辺機器を使用して一体的に処理し得る職能を持った人材を確保する必要が生じたため,その方法として,アルバイトを廃止して派遣社員を受け入れる方針を固めた。

しかし,控訴人らについては,被控訴人の業務に精通しており,上記職能の発揮を期待することができたので,本人の希望があれば派遣社員として受け入れることとされた。そのため,被控訴人は,aビジネスに対し,長期アルバイト勤務者が希望すれば,aビジネスの派遣社員として雇い入れてもらうよう要請したところ,aビジネスとしても,営業活動を要せず新規契約ができる利点があったことから,これに応じることとした。

このような経緯により,aビジネスと控訴人との間で雇用契約(派遣労働契約)が締結されたため,aビジネスにおいて通常行う派遣社員の雇用及び派遣先の選択とは異なる扱いがされた。

(2)  上記の認定事実によると,被控訴人とaビジネスとの間には人的関係や資本上の関係はなく,被控訴人はaビジネスの一取引先にすぎないのであって,両社が実質的,経済的に同一とみられるような事情はうかがわれない。また,被控訴人において自らの雇用責任を回避する違法な目的のために,控訴人,aビジネス間の上記契約を締結したことを認めるに足りる証拠もない。

したがって,上記の控訴人の法人格否認の主張は採用できない。

3  控訴人の錯誤による合意解約の主張について

控訴人は,当審において,仮に,控訴人,被控訴人間の当初の雇用契約が合意解約されたとしても,客観的には,期間の定めのない契約か,そうでなくとも期間の定めのない契約と同然の保護を受けうる契約であった上記契約が,控訴人,aビジネス間の契約では期間の定めがある契約とされたにもかかわらず,控訴人は,上記合意解約の際,解約後も従前と何ら労働条件に変更はないものと信じていたもので,被控訴人も,控訴人が上記のように信じていたことを知っていたとして,控訴人の上記合意解約における意思表示は法律行為の要素に錯誤があり,上記合意解約は無効である旨主張する。

しかし,控訴人,被控訴人間の当初の雇用契約が期間の定めのない契約か,そうでなくとも期間の定めのない契約と同然の保護を受けうる契約であったとの事実を認めるに足りる証拠はなく,かえって,期間の定めがあった控訴人,aビジネス間の契約と同様,控訴人,被控訴人間の上記契約も1年間の契約期間が定められた,期間の定めのある契約であったことが認められるうえ(<証拠略>,弁論の全趣旨),上記認定によれば,控訴人は,被控訴人の担当者から,派遣社員として働く場合の就業条件について基本的に従前と同じであるとの説明を受けたものの,従前と何ら労働条件に変更はないとの説明を受けたことはない(現に,控訴人の終業時刻は,アルバイト時代に17時35分であったものが,派遣社員になった後は17時45分に変更されている(<証拠略>)。

したがって,控訴人主張のように,控訴人が上記合意解約の際,解約後も従前と何ら労働条件に変更はないものと信じていたと認めることはできないし,控訴人の上記合意解約における意思表示について,法律行為の要素に錯誤があったものと認めることもできない。控訴人のこの点に関する主張は採用の限りでない。

4  控訴人の民法91条,90条による無効との主張について

(1)  控訴人は,当審において,控訴人,被控訴人間の雇用契約の合意解約と控訴人,aビジネス間の新たな派遣労働契約とはいわば一体となっているから,控訴人,aビジネス間の上記契約が職業安定法等に反して違法,無効である場合,この契約と対になっている控訴人,被控訴人間の雇用契約の合意解約も無効というほかない旨主張する。

(2)  証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

ア 控訴人の被控訴人における業務は,勤務した時期により変動しているが,主たる業務は,OA機器による報告書等の文書作成とそれに伴う資料整理であった。しかし,控訴人は,被控訴人において,それ以外に次のような業務に従事することもあった。

<1> 文書の目次を作り,ページ番号をつける手作業

<2> 書籍や地図から必要なデータを抜き出す

<3> データの集計をする

<4> 図面上で面積や距離を測定する

<5> 図面に色を塗る

<6> 図に説明や印をつける

<7> 図に凡例をつける

<8> 図面を台紙に配置する

<9> アンケートの発送をする

<10> 回収されたアンケートの集計・分類をする

<11> コピーをする

<12> 社内,社外に資料を届けたり,受け取ったりする

<13> 必要な物品の購入をする

<14> 図書館で本を借りる

<15> 梱包,発送する

イ 上記<1>ないし<8>の業務はOA機器による報告書等の文書作成に伴う付随的な業務であり,控訴人は,これらの業務をOA機器の操作業務の一環として行っていた。これらの業務は,平成9年12月ころ以降,次第に正社員によるパソコンで処理されるようになり,被控訴人計画事務所の業務全体に占める派遣社員による割合は低下していった。また,上記<9>ないし<15>の業務は,臨時又は緊急時に被控訴人が控訴人に従事させたもので,控訴人は,日常的にこれらの業務に従事していたわけではなかった。これらの業務の量は,控訴人が従事していた業務全体に比してわずかであり,控訴人が派遣社員になってからは更に減少した。

他方,被控訴人において一般事務に従事していた一般職の正社員は,上記のような控訴人の業務とは異なり,<1>秘書的な業務すなわち職員のスケジュール管理,<2>経理・人事に関わる総務的な事務処理すなわち切符・ホテル等の手配,旅費の精算,住所変更届け,扶養家族届け等の諸届けの取扱い,接待伝票の処理,<3>庶務的な業務すなわち給与明細書の配付,社内郵便の集配等の業務を行っていた。

被控訴人計画事務所には,平成5年から平成9年ころにかけて,オペレーターと呼ばれるワープロ入力専門の派遣社員が存在し,これらの者は,短期間に大量の入力作業が必要な場合に対応していた。しかし,被控訴人計画事務所では,ワープロ入力に付随した業務を行う必要があり,これらの業務は,一定の習熟を要するものであったため,オペレーターとは別に,控訴人らが手作業を含めた一体的な作業として対応していた。

ウ 控訴人は,別件訴訟の訴状において,控訴人が被控訴人で従事していた業務の内容について,「OA機器による文書作成や書類の整理」と自ら記載した(<証拠略>)。

(3)  上記の認定事実によると,控訴人が被控訴人において従事してきた業務の内容は,時期により変動はあるものの,平成6年3月の前後を通じ,主としてOA機器による文書作成や資料整理であったというべきであり,労働者派遣法や職業安定法に抵触するとはいえないから,控訴人,aビジネス間の上記雇用契約(派遣労働契約)が,民法90条の公序良俗違反に該当して無効とはいえない。

確かに,上記認定事実からすると,控訴人が実際に行っていた業務は,文書,磁気テープ等のファイリングに係る分類の作成又はファイリング(平成6年当時の労働者派遣法施行令2条5号。平成11年政令第367号による改正後の4条8号)に該当するとはいえないし,その業務の中には適用対象業務である「事務用機器の操作」(平成6年当時の労働者派遣法施行令2条2号。平成11年政令第367号による改正後の4条5号)に該当しないものも含まれているが,平成6年3月から平成9年12月ころまでの控訴人の仕事はOA機器による文書作成や書類の整理が大半であったと認めることができるから,少なくとも平成6年3月の上記合意解約当時においては,労働者派遣法や職業安定法に抵触するとはいえない。

また,上記認定によると,平成9年12月以降の控訴人の仕事については,必ずしもOA機器による文書作成や書類の整理が主とはいえず,通常の事務の仕事にも相当従事したとみる余地が十分あるが,これは有効に成立した控訴人とaビジネス間の派遣労働契約の効力の問題であって,控訴人と被控訴人間の上記合意解約の効力に影響を及ぼすものではない。なお,控訴人とaビジネス間の派遣労働契約について,労働者派遣法4条3項(平成6年当時のもの)や職業安定法44条に適合しないと解される部分があるとしても,これらの規定がいずれも行政取締規定であるか(ママ)らすると,そのことによって,控訴人,aビジネス間の派遣労働契約が直ちに無効になるということはできないというべきである。

したがって,控訴人,被控訴人間の雇用契約の合意解約は有効であるから,その無効を前提とする控訴人の上記主張は採用できない。

5  控訴人,被控訴人間の新たな雇用契約の成立について

控訴人は,当審において,仮に,被控訴人,控訴人間の雇用契約関係が一旦終了しているとしても,控訴人が,本来派遣就業できない業種に派遣され,また,派遣労働者として派遣可能期間を超えて被控訴人の指揮命令下で勤務していた本件の場合,当然に,控訴人,被控訴人間に黙示的に新たな労働契約関係が成立したと解すべきである旨主張する。

しかし,前記認定のとおり,控訴人の行っていた業務は,少なくとも平成9年12月ころまでは,一般職の正社員が従事していた上記一般事務とは異なり,その大半がOA機器による文書作成及びその一環としての付随的,補完的作業であり,一般事務については,臨時又は緊急時に限ってといえるものであって,これらの事務量は,控訴人が従事していた業務全体に比してごくわずかであったものであるから,控訴人が本来派遣就業できない業種に派遣されたと評価することはできない。また,本件において,控訴人が派遣可能期間を超えて被控訴人の指揮命令下で勤務していたことを認めるに足りる証拠もない。

したがって,控訴人,被控訴人間に黙示的にせよ新たな労働契約関係が成立したと解すべき余地はないから,控訴人のこの点に関する主張も理由がない。

以上によれば,控訴人の被控訴人に対する雇用契約上の権利を有する地位の確認請求及び賃金請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。

6  争点(5)(不法行為の成否)について

上記の認定判断のとおり,被控訴人は,控訴人主張の本件解雇時である平成14年12月17日当時,控訴人を雇用していないから,控訴人主張の本件解雇が解雇権の濫用であるとの主張は,明らかに理由がない。

したがって,控訴人の不法行為の主張は採用できない。

第4結論

よって,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田勝年 裁判官 植屋伸一 裁判官末永雅之は転官のため署名押印できない。裁判長裁判官 横田勝年)

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