大阪高等裁判所 平成17年(ラ)39号 決定 2005年10月11日
主文
1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は、抗告人の負担とする。
理由
第1事案の概要等
1 事案の概要
(1) 抗告人は、相手方の長男であり、遺留分を有する唯一の推定相続人である。
(2) 相手方は、平成16年9月1日、原審に、抗告人を相手方の推定相続人から廃除すべき旨の審判申立てをした(なお、相手方は、平成11年11月22日にも同内容の調停申立てをし、審判手続に移行したが、平成14年12月19日に申立てを取り下げた経緯がある。)。
(3) 原審は、平成16年11月30日、抗告人は、相手方に虐待をし、重大な侮辱を加えたほか、著しい非行に及んだことにより、二人の間の相続的協同関係は破壊されたものといわざるを得ないから、抗告人を相手方の推定相続人から廃除するのが相当であるとして、相手方の申立てを認める原審判をした。
(4) 本件は、抗告人からされた原審判に対する抗告事件である。
2 抗告の趣旨及び理由
(1) 抗告人は、原審判を取り消す旨の裁判を求めた。
(2) 抗告の理由の要旨は、次のとおりである。
ア 抗告人は、相手方に対して原審認定のような暴力を振るったことはない。それにもかかわらず、原審がその事実を認定したのは、誤りである。すなわち、前件の調停以来現在に至るまで、抗告人の暴力を裏付ける診断書等の客観的資料は提出されていないし(前件調停で提出された平成11年10月20日付け診断書は、診察や検査の結果の記載がなく、暴力認定の根拠にはならない。)、家裁調査官による調査によっても、認定の資料は収集できず、かえって、相手方による被害妄想である疑念が生じることになった。また、相手方の陳述は、不自然、不合理で、整合性がなく、矛盾をはらむものであって、認定の根拠にはならない。
イ 抗告人は、相手方の郵便貯金を不法取得したことは一切ない。それにもかかわらず、原審がその事実を認定したのは、誤りである。すなわち、郵便局等の金融機関に勤務する者が、その家族から、その者の預貯金の出入金を依頼されることは、極くありふれたことである。抗告人は、相手方から依頼を受けて出金した金員は、すべて相手方にきちんと渡し、正当に処理してきたし、相手方も何の疑いも挟まなかった。相手方は、長らく、抗告人による不法取得を主張する郵便貯金を特定することができず、その金額も変遷を重ねてきたものであって、このことからも、相手方の主張に理由がないことは明らかである。
ウ 相手方は、老年性精神障害(妄想性人格障害、妄想性統合失調症及び老年期痴呆が混在したもの)に罹患していて、相手方の諸態様は、精神神経医学専門書等に記述されている上記障害の病状態様に完全に合致する。にもかかわらず、原審判は、抗告人は、根拠もなく、相手方の精神障害ないし人格異常をいう主張等をしていると認定したのであって、事実誤認は明らかである。
第2当裁判所の判断
1 当裁判所も、原審と同じく、抗告人には、相手方に対する虐待、重大な侮辱及び著しい非行が認められるので、相手方の推定相続人から廃除するのが相当であると判断する。
その理由は、原審判の理由(ただし、原審判2頁12、13行目の「同一敷地内」を「近接した場所」と、同25行目の「相手方の転居後」を「平成12年10月」と各改める。)と同一であるから、これを引用する。
2 抗告理由について
抗告人の抗告理由は、いずれも理由がない。
(1) 抗告理由ア
抗告人から繰り返し暴力を受けた旨の相手方の供述は、一定の主観的な誇張があることは否定できないものの、内容的にはほぼ一貫し、具体的で現実に体験した者でなければ供述が困難なものと認められるだけでなく、抗告人の長女や三女の申立書(甲9、10)や前件審判で提出されたKの陳述書の記載とも符合するものであって、基本的に信用することができるものというべきである。相手方の被害妄想の結果であることを窺わせる資料は見当たらない。
抗告人は、相手方の供述に沿う診断書等の客観的資料が提出されていないことを問題にするが、そのことから直ちに、相手方の供述の証拠価値を否定することはできない。
これに対し、相手方に対する暴力の事実を否定する抗告人の供述は、具体性に欠け、相手方の性格や人格に対する非難に終始するものがほとんどで、全般的にみて、証拠価値は低いものと評価せざるをえない。
したがって、抗告人が相手方に繰り返し暴力を働き、相手方を虐待したとの原審の認定判断は正当であって、これが事実誤認である旨の抗告人の主張は採用できない。
(2) 抗告理由イ
相手方が抗告人に対して提起した損害賠償請求訴訟において、抗告人が、相手方に帰属する郵便貯金から相手方に無断で合計3582万1108円の払戻しを受け取得したことを認め、抗告人に上記金額等の賠償を命じる第1審判決(和歌山地裁平成14年(ワ)第×××号)が平成16年1月7日に言い渡され、当事者双方が控訴したが、いずれの控訴も棄却する控訴審判決が同年7月27日に言い渡され(大阪高裁平成16年(ネ)第×××号)、同年8月12日に確定したことは、原審判説示のとおりである。
本件において、上記判決の認定に疑義を生じさせ、これを覆すに足りる資料は、何も提出されていないから(当審も、上記事件記録を検討した。)、当審においても、この事実の存在を肯定するものである(相手方が、抗告人の不法取得を主張する郵便貯金の特定や金額の算定に時間を要したからといって、その主張に理由がないということはできない。)。
そうすると、抗告人は、相手方に帰属する郵便貯金から相手方に無断で合計3582万1108円の払戻しを受けて、これを取得したもので、これは相手方との関係で著しい非行に当たるとの原審判の認定判断は正当であって、これが事実誤認である旨の抗告人の主張は、採用できない。
(3) 抗告理由ウ
相手方が、抗告人の主張する老年性精神障害(妄想性人格障害、妄想性統合失調症及び老年期痴呆が混在したもの)に罹患していると認めるに足りる的確な資料は見当たらない。
抗告人は、相手方の態様は、医学書等に記述されている老年性精神障害の病状等に合致する旨主張し、該当資料を引用するが、相手方がそのような態様を示していることについては、これを医学的に裏付ける専門的資料がないばかりか、かえって、抗告人の上記主張は、専門家の判断(平成13年12月3日付け診断書(甲18)における○○○○医師の判断)と齟齬するものといわなければならず、抗告人の見解は、抗告人の主観に基づく独断的なもので、到底、そのように信ずるに足る十分な根拠に基づいたものと認めることはできない。
したがって、抗告人は、根拠がないのに、相手方が精神障害ないしは人格異常である旨の主張等を続け、相手方に重大な侮辱を加えたとの原審判の認定判断は正当であって、これが事実誤認である旨の抗告人の主張は、採用できない。
3 以上のとおりであって、原審判は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 松本久 村田龍平)