大阪高等裁判所 平成17年(ラ)820号 決定 2005年12月14日
抗告人(原審申立人) A
不在者 B
主文
1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は、抗告人の負担とする。
理由
第1事案の概要等
1 事案の概要
(1) 不在者の子である抗告人は、不在者は、平成15年9月3日ないし4日に入水自殺を図ったことが明らかであって、その頃、死亡の原因となるべき危難に遭遇したものであり、その危難が去った後1年間生死が明らかでないとして、民法30条2項に基づく失踪宣告(危難失踪宣告)を求めた。
(2) 原審は、不在者が入水自殺をした可能性はあるが、その具体的な行動を確定することができない以上、不在者が死亡の原因となるべき危難に遭遇したといえないとして、抗告人の申立てを却下する旨の原審判をした。
(3) これに対し、抗告人が抗告をしたのが本件である。
2 抗告の趣旨及び理由
(1) 抗告人は、原審判を取り消し、本件を和歌山家庭裁判所に差し戻すとの裁判を求めた。
(2) 抗告理由は、別紙のとおりである。
第2当裁判所の判断
1 当裁判所も、本件の事実関係のもとにおいては、不在者が入水自殺をした可能性は否定できないけれど、不在者の当日の具体的な行動は確定することができず、それ故、不在者が死亡の原因となるべき危難に遭遇したと認めることができないから、抗告人の申立ては却下するほかないものと判断する。
その理由は、原審判の説示するとおりであるから、これを引用する。
自殺の場合において危難失踪宣告が認められるためには、本件のように、不在者が自殺した可能性が高いというだけでは足りず、更に高度の蓋然性が肯定されることが必要である。
2 よって、原審判は正当であり、本件抗告は、理由がないから棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 松本久 三宅康弘)
(別紙)
抗告の理由
1 はじめに
原審判は、「<1>不在者は、失踪宣告直前に○○町の△△を訪れたところ、<2>不在者がその際に自殺を考えていた蓋然性は高いものの、<3>不在者が△△を訪れてからの具体的な行動を確定することはできず、不在者が△△で入水をしたとまでは認められない」(審判書4~5P)ことを理由に、申立てを却下している。
要するに原審判は、民法30条2項にいう「死亡の原因たるべき危難に遭遇した」というためには、入水、縊死、野獣の攻撃といった具体的な死亡原因を明らかにしなければならないというのである。
しかしながらこのような判断は、前提となる事実を誤認すると共に、法令の解釈を著しく誤ったものであり、これまでの裁判例の内容ともかけ離れたものであるから、直ちに取り消されなければならない。
2 著しい事実の誤認
原審判は上記の通り「不在者が△△で入水をしたとまでは認められない」とするが、前提となる事実を著しく誤認している。
不在者が残したメモ並びに失踪以前の不在者の生活状況、病歴及び言動などからすれば、原審判も認める通り「不在者の失踪の理由として最初に考えられるのが自殺」であって、その他の理由はまず考えられない。
また△△付近に残されたバッグ及び薬のケースといった遺留品や、その発見経緯などに照らせば、海中への投身による入水自殺であることは明らかであって、それ以外の方法によったとは考えられない。
この点原審判は、「不在者がそのほかの方法により自殺を図ろうとしたことも否定できるものではない」(審判書4P)としているが、「そのほかの方法」として具体的に考えられるものは全く存在せず、著しく経験則に反した判断である。
3 民法30条2項にいう「危難」とその立証の程度
そもそも失踪宣告制度の趣旨は、不在者の生死不明の状態が長期化すると法律関係が未確定のままになり、残された者の生活に不都合な結果をもたらすことから、不在者を死亡したことにして法律関係を確定することにある(例えば有斐閣刊『新版注釈民法(1)』P462)。そして単に生死が不明であるというにとどまらず、死亡の蓋然性が高い事情がある場合には、1年という比較的短い期間で失踪宣告ができるようにしたのである(民法30条2項)。
このような立法趣旨からすれば、「危難」の有無を判断する上で問題となるのは、「不在者が死亡した蓋然性が高いか」であって、「不在者が具体的にどのような態様で死亡したと考えられるか」は問題とならない。個人的な遭難であるため目撃者がなく、いつ、どのようにして死亡したのか全く分からなくても、死亡の蓋然性が高い場合には短期間に失踪宣告をして法律関係を確定すべきである。逆に大規模な自然災害や工場爆発の現場付近に滞在していた場合でも、不在者の年齢、性別、体力及び従前の言動などからして、不在者がそこから無事脱出し、そのまま家出をして別の場所で暮らしている可能性があれば、危難失踪宣告の要件は認められない。
また文献においても「沈没したる船舶中に在りたる」という文言に関し、「例えば湖沼における行方不明の場合などは、相当長期間にわたって発見されないときは、今日の科学的知見からいえば、沈没が立証されたものと認めるべきである」とされている(前掲文献P472)。
こうした記載からも明らかなように、沈没した蓋然性が高ければ具体的にいつ、どのような態様で沈没したかを明らかにする必要は全くない。また沈没という危難が発生した蓋然性の証明も、「現代の科学技術水準からすれば発見されないのは明らかに不自然である」という程度の緩やかなもので十分なのである。
4 原審判が従前の裁判例の内容とかけ離れていること
これまでの審判例においても、死亡の具体的態様の立証まで求めたものは見当たらず、原審判はこの点でも特異である。
(1) まず旭川家裁S46.9.2審判(甲第8号証)は、死体はもちろん遺留品が全く見つからず、どこに向かっていたのかも不明だったにもかかわらず、吹雪の中軽装でスキーに出かけたという事実などから危難に遭遇したものと認定している。
そして不在者が凍死したのか、餓死したのか、それとも野獣に攻撃されたのかといった具体的態様は全く明らかにされていない。また不在者が健康な中学生であったことからすれば、そのまま家出をして都市部等へ出て行った可能性も否定しきれない。
それにもかかわらず裁判所は、天候や服装に鑑みれば「充分生命に危険のあるものであった」として、危難失踪宣告をしている。
(2) 次に仙台高決S62.2.17の事案では、不在者の車が岸壁付近に後部トランクを開けたままの状態で停車されていたという事情があるのみで、不在者が海中に転落したことを示すような証拠は一切なかった(甲第7号証の2)。
しかしそれでも裁判所は、何らかの事情により海中に転落した「可能性が考えられる」ことを理由に、公示催告手続を経て失踪宣告をなすべきであるとして、原審に差戻す決定をしている。
(3) 更に仙台高決H2.9.18は、不在者が「これから林道へ出る。」として沢の奥の方へ歩いていったのを最後に消息を絶った事案に関するものである。
この裁判例は、道に迷いがちな場所であること、谷間に転落するおそれがある地形であったこと、みぞれ模様で霧が立ちこめる天候であったこと、軽装で食料も1日分しか持っていなかったことなどを認定しているが、いずれもそれだけでは死亡の直接的原因にはならない。
また不在者が谷で転落死したのか、凍死したのか、餓死したのか、あるいは野獣に遭遇したのかといった事情も特定されていない。そしておそらくこのような特定が不可能であることを前提に、差戻し審において不在者の人間関係や、不在者の家族が失踪宣告を申立てていない理由などを調査するように指摘している(危難の具体的態様を特定するようには指示されていない)。
(4) これらの裁判例からも明らかなように、問題となるのは飽くまでも死亡の蓋然性が高いかどうかであって、どのような態様により死亡したかではない。そもそも危難失踪宣告が問題となる事案では、目撃者がおらず(目撃者がいればその情報から死体が発見されることが多いと思料される)、どのような態様で死亡したか明らかにできないのが通常であると考えられる。
そこで本件をみると、原審判も認めるように不在者が「自殺を考えていた蓋然性は高」く、「不在者の失踪の理由として最初に考えられるのが自殺」なのである。このことは不在者が残したメモ、△△に残されたバッグや薬のケースなどからして、誰の目にも明らかである。そして上記(1)乃至(3)で引用したどの裁判例と比べても、不在者が既に死亡した蓋然性は証拠上一層明らかである。
それにもかかわらず原審判は「不在者が△△を訪れてからの具体的な行動を確定することはでき」ないことを理由に、入水自殺とは認めれないとし、「死亡の原因となるべき危難に遭遇したとはいえない」(いずれも審判書5P)と判断している。要するに原審判は、どのように死亡したかという具体的な態様や経過を明らかにしない限りは、危難に遭遇したとは言えないとするのである。
このような解釈は何ら法令の根拠に基づかない独自のものであって、これまでの裁判例と全く異なるものと言わざるを得ない。
5 結論
不在者が死亡の原因となるべき危難に遭遇したとはいえないとした原審判は、重大な事実誤認及び明らかな法令解釈の誤りに基づくものであるから、直ちにこれを取り消して事件を原審に差戻し、公示催告手続を経た上で失踪宣告がなされなければならない。
よって抗告の趣旨記載の裁判を直ちになされるよう求める次第である。
以上