大阪高等裁判所 平成17年(行コ)109号 判決 2006年12月21日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対してした平成13年6月21日付け生活保護変更決定を取り消す。
3 被控訴人が控訴人に対してした平成13年7月30日付け費用返還決定を取り消す。
4 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,生活保護の受給者である控訴人が,平成13年5月10日に同年1月に遡って障害基礎年金の支給を受けることになったところ,これが収入として認定され,同年6月21日付けで保護費を減額する決定(以下「本件変更決定」という)を,同年7月30日付けで既支。給の保護費のうち遡って受給することになった障害基礎年金相当額から電子レンジ及び洗濯機の購入費相当額を控除した残額の返還を命じる決定(以下「本件返還決定」という。)を受けたことから,本件各決定は違法であると主張して,その取消しを求めた事案である。
2 本件の争点は,①障害基礎年金を収入認定することの適否,②本件返還決定に当たって室内用車いす等の物品の購入費を控除しなかったことの適否である。
3 原審は,控訴人の請求をいずれも棄却した。そこで,控訴人が原判決を不服として控訴した。
4 前提となる事実及び争点に関する当事者の主張は,原判決6頁11行目の「本件減額決定」を「本件変更決定」に,13行目の「却下」を「棄却」にそれぞれ訂正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「2 争いのない事実等」及び「3 争点及びこれに対する当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,本件請求はいずれも理由がないから棄却するのが相当であると判断する。その理由は,次のとおり付加,訂正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決16頁20行目の「同法21条」を「同法20条」に改める。
(2) 原判決16頁26行目末尾に改行の上,次の文章を付加する。
「生活保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件とし,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行われるものであり,最低限度の生活の需要を満たすのに十分であって,かつ,これを超えないものでなければならないところ(法4条1項,8条),控訴人が平成13年5月10日に障害基礎年金の支給決定を受け,同年1月に遡って年額80万4200円の障害基礎年金の支給を受けることになったことは,前記第2の2(争いのない事実等)のとおりである。
そうすると,控訴人が支給を受けることになった障害基礎年金は,法4条1項にいう「利用し得る資産」又は法8条1項にいう「その者の金銭」であるということができるから,これを収入認定して保護費を減額した本件変更決定が違法であるということはできない。」
(3) 原判決17頁14行目から19頁5行目までを次のとおり改める。
「イ また,控訴人は,昭和36年4月1日発社第123号厚生事務次官通知「生活保護法による保護の実施要領について」(平成15年8月26日厚生労働省発社援第0826002号による改正前のもの。以下「次官通知」という。)第7の3(3)によると,「ケ 心身障害児(者),老人等社会生活を営むうえで特に社会的な障害を有する者の福祉を図るため,地方公共団体又はその長が条例等に基づき定期的に支給する金銭のうち支給対象者1人につき8000円以内の額(月額)」については,収入として認定しないものとされていることや,石川県心身障害者扶養共済制度条例(昭和45年石川県条例第14号)に基づく心身障害者扶養共済年金を収入として認定すべきではないとされた裁判例が存在することを指摘し,障害基礎年金には障害者の福祉増進や自立助長の目的が含まれているのであるから,障害基礎年金を全額収入として認定することは許されない旨主張する。
確かに,次官通知第7の3は,就労に伴う収入のほか,恩給,年金等を始めとする就労外の収入を収入として認定すべきものとする一方,「ア 社会事業団体その他(地方公共団体及びその長を除く。)から被保護者に対して臨時的に恵与された慈善的性質を有する金銭であって,社会通念上収入として認定することが適当でないもの」,「イ 出産,就職,結婚,葬祭等に際して贈与される金銭であって,社会通念上収入として認定することが適当でないもの」,「ウ 他法,他施策等により貸し付けられる資金のうち当該被保護世帯の自立更生のために当てられる額」,「エ 自立更生を目的として恵与される金銭のうち当該被保護世帯の自立更生のために当てられる額」,「オ 災害等によって損害を受けたことにより臨時的に受ける補償金,保険金又は見舞金のうち当該被保護世帯の自立更生のために当てられる額」,「カ 保護の実施機関の指導又は指示により,動産又は不動産を売却して得た金銭のうち当該被保護世帯の自立更生のために当てられる額」,「キ 死亡を支給事由として臨時的に受ける保険金(オに該当するものを除く。)のうち当該被保護世帯の自立更生のために当てられる額」,「ク 高等学校等で修学しながら保護を受けることができるものとされた者の収入のうち,その者の修学のために必要な最少限度の額(ウからキまでに該当するものを除く。)」,「ケ 心身障害児(者),老人等社会生活を営むうえで特に社会的な障害を有する者の福祉を図るため,地方公共団体又はその長が条例等に基づき定期的に支給する金銭のうち支給対象者1人につき8000円以内の額(月額)」,「コ 地方公共団体又はその長から国民の祝日たる敬老の日又は子供の日の行事の一環として支給される金銭」,「サ 現に義務教育を受けている児童が就労して得た収入であって,収入として認定することが適当でないもの」,「シ 戦傷病者戦没者遺族等援護法による弔慰金又は戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給法による特別弔慰金」,「ス 未帰還者に関する特別措置法による弔慰料(同一世帯内に同一の者につきシを受けることができる者がある場合を除く。)」,「セ 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律により支給される医療特別手当のうち3万6610円並びに同法により支給される原子爆弾小頭症手当,健康管理手当,保健手当及び葬祭料」,「ソ 戦没者等の妻に対する特別給付金支給法,戦傷病者等の妻に対する特別給付金支給法又は戦没者の父母等に対する特別給付金支給法により交付される国債の償還金」,「タ 公害健康被害の補償等に関する法律により支給される療養手当及び同法により支給される次に掲げる補償給付ごとに次に定める額(以下略)」については,収入として認定しない旨を規定している。
しかしながら,証拠(乙2,3,5,6,15,16)及び弁論の全趣旨によると,上記規定は,国民生活が多様化し,公的私的援助,サービスが充実される中で,被保護世帯に対する金銭給付のすべてを収入として認定したのでは,法の目的である自立助長や社会通念上の観点から適当でない場合も生じ得ることから,金銭の性格や支給の趣旨等にかんがみて,最低生活の維持のために活用することを求めない,すなわち収入として認定しないのが相当と考えられるものを列挙したものであり,具体的には,冠婚葬祭の祝儀香典,慈善的金銭等(ア,イ,コ,サ),弔慰金等(シ,ス,ソ及びセの一部),特定の者に対しその障害等に着目し,精神的な慰謝激励等の目的で支給されるもの(ケ,セの一部及びタ)及び自立更生のために使われるもの(ウ,エ,オ,カ,キ,ク)を挙げており,生活保護の実務上,これらの金銭については収入として認定しないものとして取り扱われていることが認められるところ,控訴人の指摘する心身障害者扶養共済年金は,その趣旨,目的や金額等に照らせば,これらに類するものと解し得るものである。これに対し,障害基礎年金は,前記アで指摘した国民年金制度の目的,障害基礎年金の支給要件,支給額,併給調整の定め等に照らせば,稼得者の障害という稼得能力の減少,喪失に伴う所得の減少,喪失を補うために支給されるものであることは明らかであるから,これを全額収入として認定することが法の趣旨や社会通念に反するものということはできない。控訴人の上記主張は,独自の見解であって,採用することができない。」
(4) 原判決19頁25行目から20頁18行目までを次のとおり改める。
「ところで,厚生労働大臣は,保護基準において,地域の級地区分,要保護者の年齢及び世帯人員別に応じた生活扶助の基準生活費の額を定めるとともに,障害者加算として,地域の級地区分,障害の程度に応じた加算額に加え,同一世帯に属する者が日常生活のすべてについて介護を必要とする者を介護する場合における加算額等を定めている。
そして,証拠(乙1,9,10,17,18)及び弁論の全趣旨によると,①生活扶助の基準生活費の改定は,昭和59年以降,いわゆる水準均衡方式(当該年度に想定される一般国民の消費動向を踏まえると同時に,前年度までの一般国民の消費水準との調整を図ることにより,一般国民の消費水準の向上に即して基準を改定する方式)により,政府経済見通しにおける当該年度の民間最終消費支出の伸び率を基礎とし,前年度までの一般国民の消費水準との調整を行うことによって決定されていること,②一般勤労世帯と被保護世帯との消費水準の格差は,縮小の一途をたどっており,平成13年4月1日時点の被保護世帯の消費支出は,一般勤労世帯の消費支出の約71.9%に達し,一般国民の消費実態との均衡から見ても,健康で文化的な最低限度の生活としてはほぼ妥当な水準に達していること,③障害者加算は,障害者が最低限度の生活を営むについて健常者に比べてより多くの費用を要することにかんがみ,基準生活費を障害の程度に応じて上乗せするものであり,具体的には,ハンディキャップに対応する食費,光熱費,保健衛生費,社会的費用,介護関連費等の経費が余分にかかることが想定されていること,④障害者加算は,昭和59年以降,消費者物価の動向等を勘案して改定されてきたものであり,昭和59年から平成13年までの間における障害者加算額の伸び率は,消費者物価の伸び率(116.6%)を上回る122.3%に上っていることが認められる。これらの諸点に照らすと,厚生労働大臣の定めた障害者加算を含む保護基準には,合理性があるというべきであり,憲法25条及び法の趣旨,目的に反し,法によって与えられた裁量権の範囲を逸脱,濫用したものであるということはできない。
この点について,控訴人は,上記保護基準の定める障害者加算では,控訴人が社会参加のために外出する際のタクシー代を賄うことができないから,最低限度の生活を実現することができない旨主張するけれども,前記イで説示したところに照らせば,それぞれの事情によって異なる要保護者の多様な需要をすべて満たすものでないからといって,直ちに上記保護基準が憲法25条及び法の趣旨,目的に反することになるわけではないことは明らかである。そして,証拠(甲2,39の2の1,39の2の3,57,乙1,11の1ないし3,原審における控訴人本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によると,①上記保護基準は,医療扶助として,要保護者が指定医療機関等において診療を受ける場合の費用,薬剤又は治療材料に係る費用及び施術のための費用に加え,移送に必要な最小限度の移送費を支給する旨を定めていること,②控訴人は,歩行が困難であるため,指定医療機関等に通院する際にタクシーを利用することがあり,移送費の支給を受けることが可能であったが,申請から支給までに日数を要することなどから,平成15年7月に至るまで移送費を申請しなかったこと,③控訴人の居住する京都市では,障害者に対する市バスや地下鉄等の無料及び割引制度,タクシー料金の割引制度等が整備されているほか,障害等級2級以上の身体障害者手帳の交付を受けている者については,タクシー料金の助成を受けることができるものとされており,現に,控訴人は,平成11年以降,毎年,この制度を利用してタクシー利用券の交付を受けてきたことが認められるのであって,これらの諸事情をも併せ考えると,控訴人が指摘するタクシー利用の必要性を考慮しても,上記保護基準の定める障害者加算が憲法25条及び法の趣旨,目的に反するものであるということはできない。」
(5) 原判決21頁13行目から24頁1行目までを次のとおり改める。
「(1) 前記第2の2(争いのない事実等)に,証拠(甲1,2,31,34の1ないし34の24,39の1の8,39の1の19,39の1の23ないし39の1の26,39の2の1,40,57,乙13,14,原審における証人B及び同Aの各証言,原審における控訴人本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
ア 控訴人(昭和▲年▲月▲日生)は,昭和53年3月に愛媛県新居浜市内の高校を卒業した後,大阪や京都等でとび職等の仕事をしていたが,平成8年6月,仕事中に椎間板ヘルニアを発症し,神経障害のために就労することが困難となった。
このため,控訴人は,平成9年11月1日に生活保護開始決定を受け,以来,生活保護を受給している。
イ 控訴人は,平成11年10月4日,椎間板ヘルニア,坐骨神経障害,頸椎症による右上肢及び両下肢機能障害により,第1種身体障害等級2級の身体障害者手帳の交付を受けた。これに伴い,控訴人は,車いすで生活しやすい住宅への転居を希望し,同月16日,現在の肩書地の賃貸マンションに転居した。上記マンションは,商店街やバス停に近く,エレベーターも設置されていて,車いすで移動しやすいことから,控訴人が入居を希望した住宅であり,トイレ,風呂及び洗面台が一体となったユニットバス,台所,電気コンロ,ガス給湯器並びに冷暖房設備が完備している。
ウ 控訴人は,平成13年5月22日,京都市南福祉事務所を来訪し,担当のケースワーカーであるAに対し,障害基礎年金の支給決定を受けたことを報告した。
そこで,Aは,控訴人に対し,障害基礎年金は収入として認定され,既支給の保護費のうち遡って支給されることになった1月分から3月分までの障害年金相当額については,法63条により返還する必要があることを説明した。これに対し,控訴人は,上記障害年金相当額を返還せずに使いたいと述べ,分割返還の可否を尋ねるなどしたが,Aから,一括返還を求めることになる旨の説明を受け,不満そうな様子で帰宅した。
エ 控訴人は,平成13年5月23日,Aの上司で,担当の係長であるBに電話をかけ,「Aから収入認定や保護費返還の説明を受けたが,俺だって色々ええもんも食いたい。返還しないで,チャラにすることはできないか。分割返還にしてくれないか。」などと述べた。そこで,Bは,改めて収入認定等について詳しい説明をするため,控訴人と面談する約束をした。ところが,控訴人は,同月28日,京都市南福祉事務所を来訪したものの,Bに対し,「障害基礎年金は収入として認定すべきではない。自らの見解が拒否された場合には不服申立てをする。」旨が記載されたワープロ書きの書面を手渡しただけで,帰宅してしまった。
オ 控訴人は,平成13年5月29日,京都市南福祉事務所を来訪し,BとAに対し,障害基礎年金も原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律により支給される諸手当等と同様に収入認定から除外されるべきである旨を繰り返し主張した。そこで,BとAは,改めて収入認定の仕組みや障害者加算の制度趣旨等を説明し,障害基礎年金が老齢基礎年金等と同様に収入認定の対象となることや,不服申立てをするかどうかは控訴人自身が決める問題であること等を伝えた。これを受けて,控訴人は,障害基礎年金が振り込まれたら連絡することを約した。
カ 控訴人は,平成13年6月11日,障害基礎年金の振込通知を持参して京都市南福祉事務所を来訪し,BとAに対し,障害基礎年金を収入として認定することに不満を述べた上,「ヘルパーに食事を作ってもらっているが,作り置きを鍋で暖め直すのが面倒なので,冷めたままで食べている。電子レンジが欲しいが,何とかならないか。」と尋ねた。Bは,控訴人に対し,冷蔵庫や洗濯機等,自立更生のためにやむを得ない物品の購入費用については,法63条に基づく返還金額から控除されることを説明した上,電子レンジが必要な理由等について事情を聴取し,電子レンジの購入費用を控除する方向で前向きに検討する旨を伝えた。その際,Bは,控訴人が以前から「俺だって色々ええもんも食いたい。返還しないで,チャラにすることはできないか。」などと述べていたことから,「あれもこれもはあかんで。」という趣旨の発言をしたが,控除の対象となる購入物品の個数について言及するようなことはなかった。また,控訴人は,Bから,電子レンジ以外に購入を希望する物品がないか尋ねられたが,「電子レンジでいい。」と述べ,他の物品購入費用の控除を求めるようなことはなかった。
キ 控訴人は,平成13年6月18日,Bに対し,「洗濯機が壊れたので,洗濯機の購入費用も控除してほしい。」旨の電話連絡をした。Bは,控訴人の傍らにいたヘルパーから,洗濯機の状態を確認した上,控訴人に対し,他に控除を希望する購入物品はないか尋ねた。これに対し,控訴人は,「他にはない。」旨を述べ,他の物品購入費用の控除を求めることはなかった。
ク Aは,平成13年6月19日開催のケース診断会議において,洗濯機と電子レンジの購入費用を返還対象額から控除することが決定されたのを受けて,同月21日,控訴人に対し,その旨を電話連絡した。その際にも,控訴人は,他の物品購入費用の控除を求めることはなく,同年7月30日付けで本件返還決定を受けるまで,追加控除の希望を申し出るようなことは一切なかった。
ケ 平成13年当時,控訴人は,歩行が困難であるため,車いすで移動していたが,食事,着替え,排泄等,身の回りのことは独りで行うことが可能であり,週3日,ヘルパーの派遣を受けて炊事,清掃,入浴等の介助を受け,単身で生活していた。控訴人が現在の住宅に入居した当初は,自力で入浴していたため,ユニットバスに手すりを設置することが可能かどうかが検討されたことがあったものの,家主が手すり設置のために穴を開けるのに難色を示した上,ヘルパーによる入浴の介助が行われるようになったこともあって,手すりの設置は見送られたが,その後,控訴人が風呂やトイレの手すり設置を要望するようなことはなかった。また,上記住宅のある賃貸マンションの正面入口には段差があるため,控訴人は,正面入口から出入りする際,その脇にある花壇のブロックに腰掛けて車いすを移動させていたが,本件返還決定を受けるまでの間,スロープ等の段差解消設備の設置を要望するようなことはなかった。
コ 控訴人は,平成13年当時,室内用の車いすを所持していなかったが,障害者福祉制度に基づく申請を行えば,無料で支給を受けることが可能であり,自ら購入する必要はなかった。本件返還決定後,控訴人は,室内用の車いすの支給を申請し,平成15年12月ころから,無料支給を受けている。
サ 控訴人は,平成13年当時,通信手段として固定電話及び携帯電話を所持しており,本件返還決定を受けるまで,パソコンやファクシミリ,洗浄機能付き便座等が日常生活に必要であると述べたり,これらの物品を要望したりするようなことはなかった。また,控訴人は,平成13年当時,前記ケのとおり,身の回りのことを独りで行うことが可能であり,控訴人の障害の内容,程度等から客観的にみて,これらの物品が日常生活を送る上で必要性の高い状況にあったわけではなかった。」
(6) 原判決25頁9行目から27頁19行目までを次のとおり改める。
「イ 前記(1)で認定した事実によると,①控訴人は,平成13年6月11日にB及びAから,自立更生のためにやむを得ない物品の購入費用については,法63条に基づく返還金額から控除される旨の説明を受け,電子レンジと洗濯機の購入費用の控除を求めたこと,②控訴人は,同年7月30日付けで本件返還決定を受けるまでの間に,購入希望物品の追加の有無を何度か尋ねられたが,その都度,「他にはない。」旨回答し,追加控除の希望を申し出ることはなかったこと,③控訴人が本件訴訟において控除対象とすべきであると主張する室内用車いす,トイレの手すり,正面入口の段差解消設備,洗浄機能付き便座,パソコン及びファクシミリについても,控訴人が設置や購入等を希望するようなことはなかったこと等を指摘することができるのであって,これらの諸点に照らすと,本件返還決定に当たり,控訴人から申出のあった電子レンジ及び洗濯機の購入費用のみを自立更生のためにやむを得ない物品の購入費用として控除した被控訴人の判断に裁量権の逸脱,濫用があるということはできない。
ウ この点について,控訴人は,Bから,控除の対象とする購入希望物品を一つか二つだけ選ぶよう求められ,直ちに回答しなければ控除しない旨を告げられたため,他の物品の購入希望を申し出ることができなかった旨主張し,控訴人作成の陳述書(甲40)及び原審における控訴人本人尋問の結果中には,これに沿うかのような供述記載部分ないし供述部分が存在する。
しかしながら,前記(1)で認定した控訴人とB及びAとのやりとりの経緯,殊に,控訴人が,障害基礎年金が収入として認定される旨の説明を受けた後,自らの見解が受け入れられない場合には不服申立てに及ぶ予定であることを明らかにした上で,収入認定されるべきではない旨を繰り返し主張していたことに加え,B及びAの反対趣旨の証言をも併せ考慮すると,上記供述記載部分ないし供述部分をそのまま信用することはできない。
エ また,控訴人は,室内用車いす,トイレの手すり,正面入口の段差解消設備,洗浄機能付き便座,パソコン及びファクシミリは控訴人にとって必要不可欠な物品であったから,控訴人からの申出がなくとも,被控訴人において,控訴人の日常生活の実態調査をしたり,控訴人に教示するなどして,これらの購入費用を積極的に控除すべきであった旨主張する。
しかしながら,前記(1)で認定した事実によると,①室内用車いすは,自ら購入しなくとも,障害者福祉制度に基づいて無料支給を受けることが可能であったこと,②トイレの手すりや正面入口の段差解消設備については,家主の承諾を得る必要があった上,控訴人がこれらの設置を要望したこともなかったこと,③洗浄機能付き便座,パソコン及びファクシミリについては,控訴人の障害の内容,程度等から客観的にみて,日常生活を送る上で必要性の高い状況にあったわけではなく,控訴人から具体的な要望等が出たこともなかったこと等を指摘することができる。
これらの諸点に照らすと,上記各物品の購入費用が,控訴人の自立更生のために必要不可欠なものであり,地域住民との均衡を考慮して社会通念上容認される程度のものとして,当然に法63条に基づく返還額から控除されるべき性質のものであったとまでいうことはできない。したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。」
2 よって,原判決は正当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島田清次郎 裁判官 片岡勝行 裁判官 福井章代)