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大阪高等裁判所 平成17年(行コ)122号 判決 2006年3月24日

控訴人(原審被告)

神戸市

同代表者市長

矢田立郎

同訴訟代理人弁護士

飯沼信明

被控訴人(原審原告)

主文

1  原判決中、予備的請求に関する部分(原判決主文第2項)を次のとおり変更する。

(1)  控訴人は、被控訴人に対し、25万8510円及びこれに対する平成11年3月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人のその余の予備的請求を棄却する。

2  訴訟費用は、第1・2審を通じてこれを10分し、その7を被控訴人の負担とし、その余は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第2 事案の概要

2 前提事実(証拠等の記載のない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  被控訴人の不動産所有

被控訴人は、平成7年8月7日、Aと共に、前所有者から別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を購入して、その所有権を取得し(持分被控訴人4分の3、A4分の1)、同土地上の建物等を平成8年1月1日以前から住居として利用している。

(2)  控訴人の固定資産税等の賦課・徴収

本件土地は、平成8年度以降、住宅用地の特例の適用があり、その適用がない場合と比較して固定資産税等の税額が低額になるところ、被控訴人の居住地を管轄する神戸市北区長は、平成8年度から平成15年度までの間、本件土地につき、上記特例の適用がないものとして過大に固定資産税等を賦課・徴収した。

このうち、平成8年度から平成10年度の本件土地の各課税標準額及び固定資産税等の税額は、別表記載のとおりであるところ、被控訴人は、この間の固定資産税等を非住宅用地の場合の税額で、いずれも納期限までに納付しており(最終の平成10年度4期の固定資産税等の納期限は平成11年3月1日であり、被控訴人の納付日は平成10年4月28日である。)、合計36万9300円を過大納付したことになる(弁論の全趣旨)。

(3)  控訴人による過納税額の一部還付

神戸市北区長は、本件土地につき、住宅用地の特例の適用がないものとして過大に固定資産税等を賦課・徴収していることに気付き、平成16年4月28日付けで、法417条に基づき、上記特例を適用して平成11年度ないし平成16年度の固定資産税等の課税標準額を修正し、土地課税台帳に登録した上、その旨を被控訴人に対して通知するとともに(〔証拠略〕)、同月30日付けで前記期間の固定資産税等につき賦課決定(税額変更)をし、同日付けの固定資産税及び都市計画税納税通知書を被控訴人に送付した(〔証拠略〕)。

神戸市北区長は、同年8月31日までに、平成11年度ないし平成15年度の固定資産税等の過誤納金計73万4300円及び還付加算金計7万0100円を、被控訴人に対して還付するか又は平成16年度の本件土地の固定資産税等に充当した(〔証拠略〕)。

なお、控訴人は、平成8年度ないし平成10年度の賦課処分(以下「本件課税処分」という。)に基づき被控訴人が過大に納付した固定資産税等については、法定納期限の翌日から起算して5年以上経過しており、法17条の5第3項により減額の賦課決定をすることができないとして、被控訴人の還付請求に応じていない(〔証拠略〕)。

(4)  住宅用地の特例の適用についての土地所有者の協力義務についての法及び神戸市市税条例(以下「市税条例」という。)の定め

ア  市町村長は、住宅用地の所有者に、当該市町村の条例の定めるところによって、当該年度に係る賦課期日現在における当該住宅用地について、その所在及び面積、その上に存する家屋の床面積及び用途、その上に存する住居の数その他固定資産税の賦課徴収に関し必要な事項を申告させることができる。ただし、当該年度の前年度に係る賦課期日における当該住宅用地の所有者が引き続き当該住宅用地を所有し、かつ、その申告すべき事項に異動がない場合は、この限りでない(法384条1項)。

イ(ア)  法349条の3の2第1項に規定する住宅用地の所有者は、当該年度の初日の属する年の1月31日までに、次に掲げる事項を記載した申告書を市長に提出しなければならない。ただし、当該住宅用地の所有者が当該年度の前年度に係る賦課期日から引き続き当該住宅用地を所有し、かつ、その申告すべき事項に異動がない場合は、この限りでない(市税条例44条の2)。

<1> 住宅用地の所有者の住所及び氏名又は名称

<2> 住宅用地の所在及び面積

<3> 住宅用地の上に存する家屋の所有者、家屋番号、構造、階層、床面積及び用途並びにその上に存する住居の数(法349条の3の2第2項2号に規定する住居の数をいう。)

<4> 前3号に掲げるもののほか、市長が必要と認める事項

(イ)  固定資産の所有者が44条又は44条の2の規定によって申告すべき事項について正当な事由がなくて申告をしなかった場合においては、その者に対して3万円以下の過料を科することができる(市税条例47条1項)。

(5)  納税通知書及び課税明細書の記載

控訴人が被控訴人に送付した、平成8年度から平成10年度までの納税通知書及び課税明細書には、本件土地について、固定資産課税台帳に登録された価格、課税標準額及び住宅用地に係る固定資産課税の課税標準の特例の有無が記載されている(〔証拠略〕)。

(6)  被控訴人の対応

ア  被控訴人は、住宅用地である本件土地について、平成8年1月31日までに、上記の市税条例44条の2に規定された事項を神戸市長に申告しなかったが、それについて正当な事由は見当たらない(弁論の全趣旨)。

イ  被控訴人は、上記の通知及び通知書の送付を受けるまで、固定資産税等を過大に納付したとの認識がなく、固定資産課税台帳の登録事項である住宅用地の特例の適用の有無について、固定資産評価審査委員会に審査の申し出をしていないし、本件課税処分につき、行政不服審査の申立て、取消訴訟又は無効確認訴訟の提起をしていない(弁論の全趣旨)。〔中略〕

第3 当裁判所の判断

1  違法性(争点(1))について

(1)  控訴人の市長又は市長から委任を受けた区長(法3条の2、地方自治法252条の20第1項、第3項)等(以下「控訴人担当職員」という。)が被控訴人に対し、本件課税処分に基づき、本件土地の固定資産税等を過大に賦課・徴収したことが国家賠償法1条1項にいう違法があったと評価されるか否かは、単に本来住宅用地の特例の適用があるのに適用しなかったという結果だけで決せられるものではなく、住宅用地の特例の適用に関して、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしたか否かにより決するのが相当である(最高裁判所平成5年3月11日判決・民集47巻4号2863頁参照)。

(2)  これを本件について見るに、平成8年度以降、本件土地については、住宅用地の特例の適用があることは前提事実(2)記載のとおりであるところ、固定資産税及び都市計画税は、申告納税方式ではなく、賦課課税方式を採用していること及び同特例の要件を充たす土地につき控訴人は、同特例を適用するか否かの裁量を有しないと解されることからして、控訴人担当職員は、個別住民が市税条例44条の2に基づく申告をしていない場合であっても、個別住民に対する関係で、同特例の適用要件の有無を調査し、適用される土地については同特例に従って算出した価格を固定資産課税台帳に登録した上、この価格に基づき固定資産税等の賦課決定をすべき義務を負い、これに違反したときは、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けると解するのが相当である。

(3)  そして、法403条2項は、固定資産の評価に関する事務に従事する市町村の職員は、……納税者とともにする実地調査、納税者に対する質問、納税者の申告書の調査等のあらゆる方法によって、公正な評価をするように努めなければならないと定めており、一般に、納税者の申告がなくても、住宅用地の特例の適用の可否は、控訴人が有する住民票、土地課税台帳等の資料及び実地調査等から認定することが可能であり、本件土地について、これらの手段によっても往宅用地の特例の適用の可否の判断に困難を伴うなどの特段の事情が存した旨の主張立証はないから、控訴人(神戸市北区長)が平成8年度以降、本件土地について住宅用地の特例を適用せずに本件課税処分をし、それに基づき過大な固定資産税等を賦課・徴収したことについては、国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。

(4)  控訴人は、被控訴人が本件土地について、固定資産課税台帳に登録された住宅用地の特例の適用の有無に関する事項に関し、固定資産評価審査委員会に審査の申し出をしていないので、法434条2項の争訟方式の排他性により、同台帳に登録された事項について、その内容に取り消しうべき瑕疵があっても無効事由に該当しない限り、これに従わねばならず、違法性はない旨主張している。

なるほど、住宅用地の特例の適用の有無に関する事項は、固定資産課税台帳の登録事項であること、同登録事項に関する争訟方法は、地方税法上、固定資産評価審査委員会に対する審査の申し出及び同委員会の審査決定の取消しの訴えに限定されていること、被控訴人が本件課税処分につき、これらの手続をしていないことは、控訴人主張のとおりであるが、これらはあくまで税法上の手続であって、法令上、これらの手続を経ない限り、国家賠償訴訟を提起できないという根拠は見出し難いものというべきである(最高裁判所昭和36年4月21日判決・民集15巻4号850頁参照)。

そもそも、台帳課税主義や台帳記載事項の不可争的効果ないし公定力といっても、固定資産税等の技術的性格により定められた税法上の一種のテクニックないし擬制にすぎず、固定資産課税台帳への登録の主体と固定資産税等の課税処分の主体が異なり、固定資産税等の課税処分の主体に固定資産課税台帳の記載事項について何らの審査権限も認められていないというような場合であれば格別、現実には、控訴人が主張しているとおり、固定資産評価基準に基づく固定資産の価格等の決定、当該固定資産の価格等の固定資産課税台帳への登録、それに基づく固定資産税等の課税処分というのは、いずれも控訴人職員により行われる固定資産税等の課税のための一連の手続であるから、固定資産税等の賦課・徴収が国家賠償法上違法か否かの判断においては、その一連の手続の全体を通じて判断すべきであって、台帳の登録に税法上特別の意味が与えられているからといって、固定資産課税台帳の登録の前後によって手続を峻別して、台帳登録事項が誤っていても、それに対する法定の不服申し出がない以上、それまでの過誤については免責され、台帳に基づいて固定資産税等を課税した以上違法性がないなどと判断することは到底許されない。

したがって、この点に関する控訴人の主張は採用できない。

(5)  控訴人は、課税処分の違法を理由とする国家賠償請求において、国家賠償法に基づく請求と過納金の還付請求が同一内容であるような場合には、課税処分の早期確定の要請から、当該課税処分が無効なものでなく、取消し得べきものにとどまる場合は、これを取り消した上でなければ、国家賠償請求はなし得ないと主張している。

なるほど、行政処分の効果と損害の内容が同一であるか裏腹の関係にあり、当該処分の取消訴訟と国家賠償請求訴訟とが結局において目的を共通にするような場合に、より直裁的な処分の取消訴訟によることなく、国家賠償請求をすることができるとすると、処分の取消訴訟の適法要件である行政不服申立てや出訴期間の規制を容易に潜脱しうるという控訴人の指摘にはもっともと思われる点もある。

しかしながら、まず、処分の取消訴訟の適法要件である行政不服申立てや出訴期間の規制は、課税処分に関する国家賠償請求訴訟のように、行政処分の効果と損害の内容が同一である場合に限らず、行政処分一般に認められており、国家賠償請求は、行政処分の効力そのものを問題とするものではなく、取消訴訟とは、目的、要件及び効果を異にするものであるから、当該処分が取消し得べき瑕疵にとどまる場合であっても、あらかじめ当該処分について取消判決を得なければならないものではないのであるから(前記各最高裁判所判決参照)、行政処分の効果と損害の内容が同一であるか裏腹の関係にある場合だけをそれ以外の場合と峻別して、前者の場合だけ別異に扱うべき法令上の根拠は見出し難い。また、法17条の5第3項は、法定納期限の翌日から起算して5年以上経過すると、減額の賦課決定をすることができない旨規定しているが、これもあくまで課税処分の早期確定の要請から規定されている、課税庁に対する制約にすぎず、不法行為の被害者が国家賠償請求をする際の制約根拠とはなりえない。

実際上も、行政処分の効果と損害の内容が同一であるか裏腹の関係にある場合にだけ、不法行為の被害者が損害を甘受しなければならないとする合理性はないものといわなければならない。

そして、行政処分の効果と損害の内容が同一であるか裏腹の関係にあるとはいっても、行政処分が違法な場合は必ず国家賠償請求も認められるという関係にあるものではなく、国家賠償請求が認められるためには、当然のことながら、国家賠償法上の各要件の充足が必要である上、損害賠償請求権は3年の短期消滅時効にかかり(国家賠償法4条、民法724条)、後記のとおり、過失相殺の適用もあるから、本件のような場合に国家賠償請求を認めたからといって、必ずしも処分の取消訴訟の法の規制を潜脱する結果になるとも言い難い。

したがって、この点に関する控訴人の主張も採用できない。

2 過失(争点(2))について

(1)  前記1で判示したとおり、固定資産税等は、申告納税方式ではなく、賦課課税方式を採用していること、住宅用地の特例の適用の可否は、控訴人が有する住民票、土地課税台帳等の資料及び実地調査等から認定することが可能であり、本件土地について、これらの手段によっても住宅用地の特例の適用の可否の判断に困難を伴うなどの特段の事情が存した旨の主張立証はないことからすると、本件において、控訴人(神戸市北区長)が平成8年度以降、本件土地について住宅用地の特例を適用せずに本件課税処分をし、それに基づき過大な固定資産税等を賦課・徴収したことについては、控訴人職員に少なくとも過失があったものと認められる。

(2)  控訴人は、住宅用地の特例の適用の可否の判断の困難性や市税条例上、その判断に必要な事項につき土地所有者に申告義務が課せられていることなどから、過失の存在も争っている。

なるほど、地方自治体によっては、固定資産税等の賦課・徴収手続は相当煩雑になり、困難を伴うことから、法はこの点について土地所有者に申告義務を課す条例を定めることを認め、控訴人においては、市税条例により申告義務を課しているものと解される。

しかしながら、前記のとおり、固定資産税等は、申告納税方式ではなく、賦課課税方式を採用していることからすると、たとえ条例により土地所有者に住宅用地の特例の前提条件につき申告義務を課したとしても、それはあくまで補完的なものであり、基本的には自ら課税要件を認定して課税すべきであるから、土地所有者の不申告を理由に、固定資産税担当職員の過失を否定することはできないし、本件の場合、現に、法の規定する実地調査等の手段によれば、適正な課税が可能であると解されるのであるからなおさらである(控訴人の固定資産税担当職員も、本件の過誤の原因について、「すでに10年近く前のことであり、原因を特定することはできませんが、当初課税時において、土地評価担当者と家屋評価担当者の相互連絡が不十分であったか、コンピュータへの入力漏れがあったかなど、事務処理の過程で生じた人為的なミスであると考えています。」と被控訴人に返答しており(〔証拠略〕)、被控訴人の申告がないから、適正な課税ができなかったなどとは返答していない。)。

したがって、控訴人の上記主張も採用できない。

3 被控訴人の損害額(争点(3))について

前提事実(2)記載のとおり、控訴人担当職員の前記義務違反行為により、被控訴人は、平成8年度ないし平成10年度に過大に納付した固定資産税等の額36万9300円相当の損害を被ったものと認められる。

4 過失相殺(争点(4))について

前提事実(4)ないし(6)記載のとおり、法が、条例の定めによって、住宅用地の所有者に固定資産税の賦課徴収に必要な事項の申告をさせることができるとしたのは、賦課課税方式を採用しつつ、調査等の過誤を防止するため、住宅用地の特例によって固定資産税等の逓減措置を受けられる住宅用地の所有者に必要事項の申告義務を負わせることとしたものであって、その限りでは、法は、申告により利益を得られる者が申告しない以上、利益を得られなくてもある程度はやむを得ないという立場を採っているともいい得るところ、被控訴人は、市税条例により申告を義務づけられている(違反には過料の制裁まで科せられる。)にもかかわらず、正当な理由なく所定の申告をせず、しかも毎年控訴人から送付される納税通知書及び課税明細書を子細に検討すれば、本件土地について住宅用地の特例の適用がされていないことが判明するのに、控訴人が自ら過誤に気づき平成16年に是正手続を採るまで過誤にも気づかず、何らの不服申立ても行わなかったというのであるから、被控訴人についても、損害の発生及びその増大につき過失があるのは明らかである。

そして、上記過失の内容・程度のほか、本件における諸般の事情を考慮すると、過失相殺として、被控訴人の損害額からその3割を控除するのが相当である。

したがって、過失相殺後の被控訴人の損害額は、25万8510円となる。

5 結論

以上によれば、被控訴人の予備的請求は、損害金25万8510円及びこれに対する控訴人担当職員の不法行為の後の日である平成11年3月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

よって、原判決中、予備的請求に関する部分(原判決主文第2項)を上記の趣旨に変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 髙山浩平 神山隆一)

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