大阪高等裁判所 平成17年(行コ)18号 判決 2005年11月24日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審における新請求に係る訴えを却下する。
3 当審における訴訟費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 第1次的申立て
ア 原判決を取り消す。
イ 本件を大津地方裁判所に差戻す。
(2) 第2次的申立て
ア 原判決を取り消す。
イ 控訴人が別紙行為目録1及び2記載の日時場所において採捕し,生きたまま再放流したオオクチバス各1匹につき,生きたまま再放流してはならないとの義務がないことを確認する。
ウ [イの請求についての予備的請求]控訴人が琵琶湖に生息するオオクチバスを生きたまま再放流してはならないとの義務がないことを確認する(当審における新請求)。
エ 滋賀県条例第52号滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例18条の規定に係る処分を取り消す。
オ [エの請求についての予備的請求]滋賀県条例第52号滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例18条の規定が無効であることを確認する。
カ 被控訴人は,控訴人に対し,金10万円を支払え。
キ 訴訟費用は,第一,二審を通じ,被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文同旨
第2事案の概要
1 事案の要旨
(1) 控訴人は,肩書地に居住し,別紙行為目録1及び2記載のとおり,琵琶湖上において,オオクチバス各1匹を生きたまま再放流する目的をもって釣り上げて採捕し,間もなく,これらを生きたまま再放流したものであり,今後とも,その思想的信条及び宗教的信念において,同様の行為を続ける意思があると主張している者である。
(2) 被控訴人(滋賀県)は,平成14年10月16日,滋賀県条例第52号滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例(以下「本件条例」という。)を制定し,平成15年4月1日から施行した。
本件条例18条は,(外来魚の再放流の禁止)として,「琵琶湖におけるレジャー活動として魚類を採捕する者は,外来魚(ブルーギル,オオクチバスその他の規則で定める魚類をいう。)を採捕したときは,これを琵琶湖に放流してはならない。」と定めている(以下「本件規定」という。)。
(3) 控訴人は,平成14年10月18日,本件訴訟を提起した。各請求の内容は,次のとおりである。
ア 本件規定は,立法事実が存在せず,また,釣り人である控訴人の権利を侵害する違憲・違法なものであるとする,控訴人が採捕し,再放流した上記各オオクチバスにつき,再放流してはならないとの義務がないことの確認請求(行訴法4条所定の当事者訴訟)[上記第1の1の(2)のイの請求]
イ 本件規定が処分に当たるとして,本件規定に係る処分の取消し請求(同法3条2項所定の処分の取消し訴訟)[同エの請求]
ウ 上記請求の予備的請求として,本件規定の無効確認請求(同条4項所定の無効等確認訴訟)[同オの請求]
エ 本件規定を含む本件条例の制定やその公布行為,更には本件訴訟における被控訴人の応訴態度は,国家賠償法上の違法行為に当たり,控訴人は,これらによって,精神的損害を被ったとして,金10万円の損害賠償の支払請求(国家賠償法1条に基づく損害賠償請求訴訟)[同カの請求]
(4) 原審は,平成17年2月7日,上記アないしウの請求に係る訴えは,いずれも不適法であるとして,これらを却下し,エの請求は,理由がないとして,これを棄却する旨の原判決を言い渡した。
控訴人は,原判決を不服として控訴し,各請求を維持するとともに,上記アの請求の予備的請求(当審における新請求)として,同様の義務が現在においても存しないことの確認を求める請求(上記第1の1の(2)のウの請求)を追加した。これが,本件である(以下,各請求の特定については,上記の第1の1の(2)のイないしカによる。)。
2 争点
本件の争点は,次のとおり,当審における新請求に関する争点を1の2として追加するほかは,原審における争点1ないし4と同じである。すなわち,
[争点1]控訴人のしたという別紙行為目録記載の再放流行為(以下,同目録1記載の再放流行為を「再放流行為1」,同目録2記載のそれを「再放流行為2」という。)について,控訴人のオオクチバス再放流禁止義務の不存在確認を求める訴えの適否(確認の利益の有無)[イ請求関係]
[同1の2]採捕したオオクチバスにつき控訴人の再放流禁止義務の不存在確認を求める訴えの適否(確認の利益の有無)[ウ請求関係]
[同2]控訴人の本件規定部分の処分の取消し及び本件規定の無効確認を求める訴えの適否(本件規定の制定行為の処分性の有無)[エ請求及びオ請求関係]
[同3]本件規定の適否(違憲,違法か否か)[カ請求関係]
[同4]被控訴人の国家賠償法1条に基づく責任の有無[同]
3 争いのない事実等及び原審における当事者の主張
(1) 争いのない事実等は,原判決該当欄記載のとおり(ただし,原判決3頁26行目に続けて「なお,本件規定違反の行為につき罰則規定は定められていない。」を加える。)であるから,これを引用する。
(2) 原審における争点に関する当事者の主張は,原判決該当欄に記載のとおり(ただし,原判決5頁4行目の「不安・危険」を「侵害」と,同12頁7行目の「外来魚を」を「外来魚について」と,各改める。)であるから,これを引用する。
4 当審における当事者の主張
(1) 争点1(イ請求関係)について
(控訴人)
控訴人が過去の再放流行為について再放流の禁止義務のないことの確認を求めるのは,控訴人が本件条例の適用を受ける滋賀県民ないしは国民であるという抽象的かつ一般的な立場だけでは,当事者適格の有無について争点とされるので,これを回避し,当事者適格を補強するために,控訴人が具体的に琵琶湖でバスフィッシングを継続反復して行う者であり,実際にも採捕して再放流できる能力があることを証明するためである。
そうすると,控訴人の上記確認請求は,外形上は過去の権利又は法律関係の確認を求めるものであっても,当事者間の不安定な紛争状態の除去のためには,上記確認訴訟以外に適切有効な手段がない場合に当たるから,例外的に確認の利益が認められるべきである。
(2) 争点1の2(ウ請求関係)について
(控訴人)
釣りを楽しむことは,憲法13条によって保障された権利である。控訴人のような釣り人には,琵琶湖を含む河川湖沼等の公共用物を利用する権利,すなわち,釣りをするという行為を原則として妨害されない権利があり,この権利には採捕した魚を自己の所有とする権利とともに,採捕した上でこれを所有せず,生きたまま,再びこれを湖等に戻す(キャッチ・アンド・リリース)権利を含むものである。
キャッチ・アンド・リリースは,資源保全と環境保護を目的とした釣り人としての世界的な行動原理であって,環境と生命に関する理念とその表現行為として憲法19条及び20条によって保障された権利である。
にもかかわらず,本件規定は,琵琶湖においてレジャー活動としてオオクチバス等の特定の魚類を採捕する者に対し,再放流の禁止を義務づけるものであるから,控訴人の具体的な権利又は法的利益が侵害されることは明らかである。
したがって,控訴人には,本件規定の定める義務の不存在の確認を求める利益がある。
(3) 争点2(エ請求及びオ請求関係)について
(控訴人)
本件規定を含む本件条例の施行によって,直ちに控訴人の有する上記権利を制約する効果を生じるのであるから,本件規定の取消し又は無効確認を求めることは適法である。
(4) 争点3及び4(カ請求関係)について
(控訴人)
ア 被控訴人は,平成16年10月,滋賀県漁業調整規則を一部改正して,乱獲の原因となる魚群探知機の利用を許可したり,アユが豊漁であるとして,その採捕禁止期間を短縮した。このことからも,外来魚の食害によって在来魚が減少していないことは,明らかである。
イ 環境保全は,特定の事業者の利益だけを擁護するためのものであってはならず,すべての事業者と一般人に対する均衡と抑制が公平かつ公正に実現しうるものでなければならない。ところが,滋賀県の琵琶湖に関する行政は,本件規定も含め,専ら漁業者だけを保護し,その他の事業者(滋賀県フィッシングボート協同組合に所属する事業者や釣り具販売業者等)を保護の対象から除外している。すなわち,本件規定は,キャッチ・アンド・リリースによるバス釣りを目的とする釣り人を琵琶湖から遠ざけ,釣り人を顧客として貸しボートや釣具販売等を営む事業者に対し,減収減益をもたらすものであるのに,これらの事業者に対する補償措置すら講じられておらず,公平かつ公正なものとはいえない。
ウ 平成17年6月1日に施行された特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(以下「外来生物法」という。)においては,キャッチ・アンド・リリースは禁止されていない。にもかかわらず,条例において,これを禁止することは許されないから,本件条例は違法である。
エ 被控訴人は,各漁協等に対し,在来魚の乱獲や混獲を伴う漁法を改善させないばかりか,規制を乱獲可能な方向で緩和し,更には,自らがブルーギルを琵琶湖に拡散した原因を作りながら,これを隠蔽し,釣り人の密放流が原因であるとして,その罪を釣り人になすりつけ,責任転嫁をしてきたものである。このような被控訴人が,本件規定により,キャッチ・アンド・リリースを禁止することは,法の正義,とりわけ,クリーンハンズの原則に違反するものであって,許されない。
オ 本件規定は,外来魚駆除事業等の補助金行政が目的とする漁業者に対する過剰な保護政策に由来するものであり,乱獲により在来魚減少の直接の原因を作った漁業者に対し,更に,混獲による在来魚減少を伴う外来魚駆除等を行わせるという,二足のわらじを履かせたこととの整合性を維持するために,漁業者を善とし,釣り人を悪とする単純な善悪二分論を押し進めたことによるものである。
カ 外来魚は,従来から,食用とされるほか,これを原料とする肥料,脱臭剤,農作物の成長促進剤等の開発やその収益事業化が進められてきた。キャッチ・アンド・リリースは,このように水産資源(有価物)となりうる外来魚を枯渇させない行為であるから,これを禁止する本件規定を存続させるべき理由はない。
(被控訴人)
ア 魚群探知機は,漁業の安全を図る上で要望が高く,漁業者の減少やバス釣りにおける利用実態等をふまえ,禁止を解除したものであって,操業期間や漁具の制限,許可定数の管理等により,乱獲を防ぐことは可能である。
また,アユについては,河川で産卵し沖合で成長するため,沿岸に生息する外来魚による食害を受けにくい魚種で,漁獲量も比較的安定しているものであるから,その豊漁を理由に,外来魚の食害による在来魚の減少がないということはできない。
イ 再放流の禁止は,むしろ,外来生物による被害拡大を防止しようとする外来生物法の趣旨に資するものであって,これに違背するものではない。被控訴人においては,琵琶湖が世界でも有数な古代湖で,多くの固有種を擁しているという特殊性や,昭和50年代後半から外来魚の食害により在来魚介類が激減したという事情等から,本件規定を設けたものである。外来生物法は,全国一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく,上記のような地方の実情に応じて,別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるから,本件規定は,同法と何ら矛盾抵触せず,同法に違反するものではない。
第3当裁判所の判断
1 争点1(イ請求関係)について
(1) 再放流行為1(平成14年10月18日)については,その事実があるとしても,本件条例は平成15年4月1日施行であり,本件条例施行前の行為であるから,その時点においては,本件規定に基づく再放流禁止義務が適用されるものでないことは明らかである。
したがって,控訴人には,当該行為につき,本件規定に基づく再放流禁止義務の不存在確認を求める法律上の利益を肯定する余地はない。
(2) 再放流行為2について,その事実があるとしても,過去の行為に過ぎず,控訴人には,その時点における本件規定に基づく再放流禁止義務のないことの確認を求める法律上の利益を認めることはできないというべきである。
すなわち,過去の法律関係であっても,それを確定することが現在の法律上の紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要と認められる場合には,その存否の確認を求める訴えは確認の利益のあるものとして許容されるが(最高裁昭和47年11月9日第一小法廷判決・民集26巻9号1513頁,同平成7年3月7日第三小法廷判決・民集49巻3号893頁),過去の再放流行為について本件規定に基づく禁止義務が存するか否かの確定は,ただ単に,その時点における上記義務違反の存否を事実上確定するだけにすぎず,また,本件規定には罰則がないことを考え併せると,上記確定により,本件規定を巡る現在の紛争を直接かつ抜本的に解決することにはならないというべきであるから,控訴人には,その確認を求める法的利益があるとはいえないといわねばならない。
なお,本件においては,現在における当該義務の不存在の確認を求める訴えも許されないことは,次に説示するとおりであるが,本件規定は,もともと特定の個人の具体的な権利ないし法律上の利益に影響を及ぼすものとはいえないということを理由とするものであるから,上記訴えが許されないことをもって,例外的に過去の法律関係の存否が許される場合に当たるということもできない。
(3) したがって,控訴人のしたという再放流行為1及び2について,本件規定に基づく義務のないことの確認を求める控訴人の訴え(イ請求に係る訴え)は,不適法であって,いずれも却下を免れない。
2 争点1の2(ウ請求関係)について
本件規定は,控訴人の具体的な権利ないし法律上の利益を何ら制限するものではないから,控訴人に,本件規定に基づく禁止義務のないことの確認を求める法律上の利益を肯定することはできない。
すなわち,一般に,一般私人が琵琶湖のような公共用物(自然公物)を使用することによって享受する利益(いわゆる自由使用)は,特定人の公共用物の使用が特定の権利又は法律上の利益に基づくものであることを認めるべき特段の事情がない限り,公共用物が一般私人の使用に供されていることによる反射的利益にすぎず,当該私人が公法上の権利として当該公共用物を使用する権利ないし法律上の利益を有するものではない。本件においては,控訴人のような一般私人(釣り人)がレジャー活動として琵琶湖でオオクチバスを採捕し,これを生きたまま琵琶湖に再放流(キャッチ・アンド・リリース)することにつき,上記のような特段の事情があると認めるに足りる証拠はないから,特定の個人が,上記オオクチバスを生きたまま琵琶湖に再放流する権利ないし法律上の利益を有しているとはいえない(控訴人は,上記再放流は,憲法13条,19条及び20条によって保障された基本的人権である旨主張するが,上記のとおりであるから,憲法13条等による保障は,特定の公共用物において採捕した特定の魚類を再放流することにまでは及ばないというべきである。原判決の説示も,結局,以上と同旨を述べるものと解することができる。)。
そうすると,本件規定は,特定の個人の具体的な権利ないし法律上の利益に影響を及ぼすものではないから,控訴人には,本件規定に基づく禁止義務のないことの確認を求める法律上の利益を肯定することはできない。
したがって,控訴人の本件規定に基づく禁止義務のないことの確認を求める訴え(ウ請求に係る訴え)は,不適法であって,却下を免れない。
3 争点2(エ請求及びオ請求関係)について
本件規定の制定は,行訴法3条2項の「処分の取消しの訴え」及び同条4項の「無効等確認の訴え」の対象となりうる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当するとはいえないから,本件規定の制定の取消し(エ請求)及びその無効確認(オ請求)を求める控訴人の訴えは,いずれも不適法であって,却下を免れない。
その理由は,原判決該当欄(「第3 判断」中の「Ⅱ 争点2について」)に記載のとおりであるから,これを引用する。控訴人の上記主張は,この説示に照らし採用できない。
4 争点3及び4(カ請求関係)について
(1) 控訴人は,本件規定を含む本件条例の制定(本件規定には,立法目的の合理性を支える立法事実がなく,規制手段としても不合理であるだけでなく,違憲,違法,条約違反等の違法があり,立法裁量を濫用して制定された。)やその公布行為,更には本件訴訟における被控訴人の応訴態度は,国家賠償法上の違法行為に当たり,これらによって,精神的損害を被ったとして,同法1条に基づいて金10万円の損害賠償の支払を請求している。
(2) しかしながら,その主張に係る被控訴人の違法行為によって侵害されたという控訴人の被侵害利益は,上記したように,一般私人が公共用物(自然公物)である琵琶湖を使用することによって享受する利益(いわゆる自由使用),すなわち,特定人の公共用物の使用が特定の権利又は法律上の利益に基づくものであることを認めるべき特段の事情がない限り,公共用物が一般私人の使用に供されていることによる反射的利益にほかならず,当該私人が公法上の権利として当該公共用物を使用する権利ないし法律上の利益を有するということはできない性質のものである。換言すれば,控訴人のような一般私人(釣り人)がレジャー活動として琵琶湖でオオクチバスを採捕したとしても,これを生きたまま琵琶湖に再放流(キャッチ・アンド・リリース)することにつき,上記の特段の事情があると認められないのであるから,控訴人が琵琶湖において採捕したオオクチバスを生きたまま同湖に再放流する権利ないし法律上の利益を有しているとはいえないのである。
そうであるとすれば,従来,琵琶湖においてオオクチバスを採捕し,これを再放流していた控訴人が,本件規定の制定によって,それを禁止されたこと,その他被控訴人の上記各行為により,主観的には精神的苦痛を被ったとしても,法律上の利益を侵害されたと評価することができないから,被控訴人に対し,国家賠償法による賠償を求めることはできないものというほかはない。
(3) のみならず,仮に,控訴人が本件規定により,何らかの法的利益を侵害されたと観念することができるとしても,本件規定は,琵琶湖における外来魚の個体数を低減し,琵琶湖の自然環境を保全するという正当な目的を,レジャー活動として採捕されたオオクチバス等の外来魚の琵琶湖への再放流を禁じるという合理的で適法な手段により達成しようとするものであって,立法裁量の逸脱や濫用はなく,違憲,違法な規定であるということもできないから,本件規定を含む本件条例の制定行為や公布行為が,控訴人の権利ないし法律上の利益を違法に侵害するものとはいえないし,これに関する被控訴人の応訴態度も違法ということはできない。
その理由は,次のとおり付加するほか,原判決該当欄の理由説示のとおりであるから,これを引用する。
ア 本件規定は,上記のとおり,琵琶湖の自然環境の保全を目的とするものであるが,原判決認定事実からは,琵琶湖は,固有種を含む多様な種類の魚類や水生生物が生息し,豊かで多様性に富む貴重な生態系を有するものであること,にもかかわらず,近年,その沿岸部の魚相が外来魚中心のものに変化するなど,琵琶湖固有の生態系が損なわれようとしていることが認められるから,琵琶湖の自然環境を保全しようとする本件規定の目的は,正当なものといえる。
イ また,琵琶湖におけるオオクチバスやブルーギル等の個体数を低減するという本件規定の目的は,急激な魚相の変化や在来魚の減少という,近年における琵琶湖の実情に対応し,琵琶湖固有の生態系や自然環境の回復を図ろうとするもので,オオクチバスやブルーギルに関する一般的知見によって裏付けられているほか,国の政策やこれまでの被控訴人の政策とも整合し,県政世論調査に示された県民の意見にも合致するものといえるから,正当なものであるということができる。
ウ 更に,本件規定は,琵琶湖においてレジャー活動としてオオクチバス等の外来魚を採捕した者に対し,これを琵琶湖に再放流することを禁じるものであるから,琵琶湖におけるオオクチバス等の外来魚の個体数を低減するという上記目的を達成するための手段として,合理性を有するものといえる。
この点に関し,控訴人は,これまでは,キャッチ・アンド・リリースの失敗により,相当量のオオクチバスを駆除できていたのに,本件規定を制定すると,オオクチバスの釣り人を琵琶湖から遠ざけることになり,かえって逆効果になる旨主張するが,控訴人の主張を裏付ける的確な資料はないばかりか,証拠(乙94)によれば,本件規定施行後,年間1万㎏内外の外来魚が回収されていることが認められるから,控訴人の主張を採用することはできない。
また,控訴人は,本件規定は,その施行に当たり,回収箱・いけすの設置や監視員・指導員の配置等のため多額の予算を必要とするから,費用対効果の面からも不経済である旨主張するが,外来魚の個体数を低減させ琵琶湖の自然環境を保全するという目的を達成するためには,一定の予算を要するのは当然のことであり,本件規定の施行のために不当に多額の予算を必要とすると認めるに足りる証拠はない。
エ 法令違反等に関する控訴人の主張は,次のとおり,いずれも採用できない。
(ア) 控訴人は,本件規定は,みだりに外来魚を殺すという結果を招くもので,教育上の配慮を欠き,子供の学習権や親の教育権を侵害するとともに,動物の愛護又は管理に関する法律にも違反する旨主張するが,そのことは,控訴人の利益と関連性のないものであるのみならず,本件規定は,琵琶湖の自然環境を保全するという,上記のとおり正当な目的のために,琵琶湖の外来魚の個体数を低減しようとするものであって,理由なく外来魚の死を生じさせるものではない。
(イ) 控訴人は,本件規定において,外来魚の概念は曖昧である旨主張するが,本件規定で再放流が禁止される外来魚が,ブルーギル,オオクチバスその他の規則で定める魚類をいうことは,本件規定上明らかであって,再放流禁止の対象は明確である。
(ウ) その他,本件規定が,手段としての合理性を欠き,あるいは他人の権利や利益を不当に侵害し,国の法令等に違反する不当,違法なものであると認めるに足りる証拠はない。
オ 控訴人の当審における主張も,採用できない。
(ア) 弁論の全趣旨によれば,魚群探知機の許可は,漁業の安全を図るために禁止が解除されたものであり,また,アユは,河川で産卵し,沖合で成長するため,沿岸域に生息する外来魚による影響が少ない魚種であるとされていることが認められるから,魚群探知機の許可や,アユの採捕禁止期間短縮の事実から,外来魚の食害による在来魚の減少がないと結論づけることはできない。
(イ) 本件条例は,琵琶湖におけるオオクチバス等の釣り客を対象として貸ボート業や釣具販売業を営む事業者に対する営業補償について何も規定をおいていないが,一般の釣り人に過ぎず,そのことに具体的利害関係を持たない控訴人が,そのことの故に本件規定が不合理なものであると主張することは許されない。
(ウ) 平成17年6月1日に施行された外来生物法には,キャッチ・アンド・リリースを禁止する規定はないが,国は,同年4月5日公表の「特定外来生物等の選定に係る意見募集(パブリックコメント)の結果について」及び同月22日公表の「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律施行規則(案)に関する意見募集(パブリックコメント)の結果について」において,特定外来生物を捕獲した直後に放つ行為について,各自治体でどのような規制を行うかは,各自治体の判断に任されているとの見解を示していたほか,環境省のホームページにおいても,都道府県によっては,条例により外来生物のキャッチ・アンド・リリースを禁止している場合もあるとして,注意を呼びかけ,更には,環境省・水産庁による同年6月3日付けの「オオクチバス等に係る防除の指針」においても,個体数低減化の効果を期待する観点から,自治体の条例や内水面漁場管理委員会の指示等によりキャッチ・アンド・リリースを禁止している地域があるが,この手法の導入については,防除水域の状況に応じて,当該水域での必要性等を個別に検討することが適切であるとの見解を示している(乙90ないし93)。
外来生物法は,特定外来生物による生態系等に係る被害を防止し,もって生物の多様性を確保,人の生命及び身体の保護並びに農林水産業の健全な発展に寄与することを通じて,国民生活の安定向上に資することを目的としているものであり(1条),その目的に照らせば,同法においてキャッチ・アンド・リリースが禁止されていないことが,全国一律にキャッチ・アンド・リリースを禁止しないことを趣旨としているものと解することはできず,かえって,上記認定事実からは,各公共団体において,その実情に応じて,キャッチ・アンド・リリースを禁止することを許容しているものと解するのが相当である。
(エ) 被控訴人が在来魚の乱獲や混獲を容認してきたり,ブルーギルを琵琶湖に拡散した原因を作ったと認めるに足りる的確な証拠はない(ブルーギルは,滋賀県水産試験場が西の湖においてその研究を始める1年前に確認されたものであるし,また,上記研究中に逃逸したブルーギルがいたことを示す記録〔甲84〕もあるが,それが琵琶湖に拡散した原因であるとまで認めることは困難である。)。また,仮に,そのような事実が認められるとしても,琵琶湖における外来魚の個体数を低減し,琵琶湖の自然環境を保全するという正当な目的を達成するために,本件規定を制定することが,法の正義やクリーンハンズの原則に違反し許されないということはできない。
(オ) 本件規定は,琵琶湖における外来魚の個体数を低減することにより,琵琶湖の自然環境を保全することを目的とするものであって,漁業者の保護を目的とするものではないし,また,本件規定の結果,外来魚が減少して在来魚が増加し,琵琶湖の漁業者の利益につながることになったとしても,そのこと故に,琵琶湖における外来魚の個体数を低減させ,琵琶湖の自然環境を保全するという本件規定の目的の正当性が失われるものではない。
(カ) オオクチバスやブルーギルが水産資源として利用可能であり,その収益事業化が可能であるとしても,現状において,琵琶湖は,その沿岸域がオオクチバス等の外来魚により優占され,固有の生態系が失われようとしている実情にあり,また,本件全証拠によっても,これら外来魚の個体数を大きく減らすことに資するような収益事業化が実現されていると認めることはできないのであるから,このような現状の下においてオオクチバス等の個体数の低減を図ることは,正当なものであり,漁業資源保護法や生物の多様性に関する条約の規定にも違反しないというべきである。
(4) 以上により,控訴人のカ請求は,いずれにせよ,理由がなく,棄却を免れない。
5 結論
以上の次第で,イ,エ,オの各請求に係る訴えを却下し,カの請求を棄却した原判決は正当であって,本件控訴は,理由がないから棄却することとし,また,控訴人が当審で追加したウの請求に係る訴えは,不適法であるから,これを却下することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 松本久 裁判官 村田龍平)
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