大阪高等裁判所 平成17年(行コ)65号 判決 2006年7月20日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1本件控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が,控訴人に対し,平成13年7月13日付けでした平成13年度介護保険料賦課決定処分及び特別徴収決定を取り消す。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
本件は,介護保険法(以下「法」という。)及びA市介護保険条例(平成12年3月10日条例第9号。以下「本件条例」という。)が憲法14条,25条及び13条に反し違憲であり,これらに基づいて被控訴人が控訴人に対してした平成13年度介護保険料賦課決定処分及び特別徴収決定(以下,これらを合わせて「本件処分」という。)も同各条に反するとして,その取消しを求めている事案である。
1 争いのない事実等
(1) 控訴人は,昭和4年11月10日生まれでA市内に住居を有する者である。
(2) 介護保険制度の概要
法は,平成9年12月17日に公布され,平成12年4月1日から施行されており,法により創設された社会保険制度である介護保険制度の概要は以下のとおりである。
ア 目的
加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり,入浴,排せつ,食事等の介護,機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について,これらの者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう,必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため,国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け,その行う保険給付等に関して必要な事項を定め,もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする(法1条)。
イ 介護保険
介護保険は,被保険者の要介護状態又は要介護状態となるおそれがある状態に関し,必要な保険給付を行うものとする(法2条1項)。
ウ 保険者
保険者は保険の実施運営主体であり,介護保険の保険者は市町村及び特別区である(法3条1項)。
エ 被保険者
被保険者とは,保険制度の目的である保険事故が発生した場合に,保険される主体として損害等のてん補(給付)を受ける者をいい,介護保険の被保険者は次のとおりである(法9条)。
(ア) 第1号被保険者
市町村の区域内に住所を有する65歳以上の者
(イ) 第2号被保険者
市町村の区域内に住所を有する40歳以上65歳未満の医療保険加入者
オ 保険料
(ア) 財源構成
介護保険では,介護費用から利用者負担を除いた額が保険給付されることになるが,給付費の50パーセントを公費で賄い(うち20パーセントを国が,12.5パーセントずつを市町村及び都道府県がそれぞれ負担し,国は全市町村の総給付額の5パーセントに当たる額を調整交付金として交付している。)(法121条から124条まで),残りの5パーセントを保険料財源で賄うこととされている(平成12年度から平成14年度においては,うち17パーセントを第1号被保険者が,33パーセントを第2号被保険者がそれぞれ負担する。)(法125条2項,介護保険の国庫負担金の算定等に関する政令5条)。
(イ) 第1号被保険者にかかる保険料
第1号被保険者の保険料率は,政令で定める算定基準に従い条例で定められ,おおむね3年間を通じて財政の均衡を保つことができるように設定されている(法129条2項,3項)。
本件条例4条は,介護保険法施行令(以下「令」という。)38条1項で定める以下の区分に従い,平成12年度から平成14年度までの年間保険料を所得の多寡に応じて5段階に設定している。
① 次のいずれかに該当する者(以下「第1段階」という。)
1万9470円
a 老齢福祉年金の受給権を有している者であって,次のいずれかに該当するもの(bに該当する者を除く。)
(a) その属する世帯の世帯主及びすべての世帯員が,当該保険料の賦課期日の属する年度分の地方税法の規定による市町村民税が課されていない者(以下「市町村民税世帯非課税者」という。)
(b) 要保護者であって,その者が課される保険料額についてこの号の区分による割合を適用されたならば保護を必要としない状態となるもの
b 被保護者
c 要保護者であって,その者が課される保険料額についてこの号の区分による割合を適用されたならば保護を必要としない状態となるもの(a((a)に係る部分を除く。),②b,③b又は④bに該当する者を除く。)
② 次のいずれかに該当する者(以下「第2段階」という。)
2万9210円
a 市町村民税世帯非課税者であり,かつ,①に該当しない者
b 要保護者であって,その者が課される保険料額についてこの区分
による割合を適用されたならば保護を必要としない状態となるもの(①a((a)に係る部分を除く。),③b又は④bに該当する者を除く。)
③ 次のいずれかに該当する者(以下「第3段階」という。)
3万8940円
a 当該保険料の賦課期日の属する年度分の地方税法の規定による市町村民税が課されていない者であり,かつ,①②のいずれにも該当しないもの
b 要保護者であって,その者が課される保険料額についてこの区分による割合を適用されたならば保護を必要としない状態となるもの(①a((a)に係る部分を除く。)又は④bに該当する者を除く。)
④ 次のいずれかに該当する者(以下「第4段階」という。)
4万8680円
a 地方税法292条1項13号に規定する合計所得金額が基準所得金額未満である者であり,かつ,①から③までのいずれにも該当しないもの
b 要保護者であって,その者が課される保険料額についてこの区分による割合を適用されたならば保護を必要としない状態となるもの(①a((a)に係る部分を除く。)に該当する者を除く。)
⑤ ①から④までのいずれにも該当しない者(以下「第5段階」という。)
5万8420円
(ウ) 保険料の徴収猶予・減免
市町村は,条例で定めるところにより,特別の理由がある者に対し,保険料を減免し,又はその徴収を猶予することができる(法142条,本件条例11条,12条)。
(エ) 境界層措置
要保護者であって,本来適用すべき保険料を負担すると生活保護が必要な状態になる者(以下「境界層」という。)については,保護を必要としなくなるまで,より低い保険料区分を適用する(令38条1項1号ハ,同項2号ロ,同項3号ロ,同項4号ロ。乙8)。
(オ) 生活保護受給者に関する取扱い
第1号被保険者であって,普通徴収の方法によって保険料を納付する義務を負う者については,生活扶助に保険料の実費を加算する(生活保護法8条,11条1項1号,12条,生活保護法による保護の基準(平成12年3月31日厚生省告示第158号により追加された別表第1第2章の9「介護保険料加算」。乙7))。
(カ) 徴収方式
徴収方式には,普通徴収と特別徴収がある。普通徴収とは,市町村が納付義務者に納入通知をすることにより,納付義務者から直接徴収する方式であり,特別徴収とは,老齢基礎年金を始めとする老齢又は退職を支給事由とする年金(以下「老齢退職年金」という。)の支払をする年金保険者に保険料を徴収させ,市町村に納入させる方法である。特別徴収は,当該年の6月1日から翌年5月31日までの間に支払を受けるべき老齢退職年金給付の額が当該年の4月1日の現況において18万円(月額1万5000円)以上である場合に行われる(法131条から133条まで,135条,令41条)。
カ 保険給付
介護認定審査会の審査判定を経て市町村が要介護又は要支援と認定した被保険者に対し,市町村は保険給付を行う。保険給付には,介護給付(被保険者の要介護状態に関する保険給付(法40条)),予防給付(被保険者の要介護状態となるおそれがある状態に関する保険給付(法52条))及び市町村特別給付(法62条)がある。
利用者が,介護サービスを受けるときに支払う金額は,原則としてサービスに要した費用の1割である。
(3) 被控訴人は,平成13年7月13日付けで,控訴人に対し,以下の内容の本件処分をした。
所得段階
第2段階
年間保険料
2万1910円(なお,平成13年9月までは法施行後の経過措置として保険料は本来の半額としている。)
徴収方法
老齢基礎年金を対象とする特別徴収
(4) 不服申立て
控訴人は,平成13年8月30日付けで,B介護保険審査会に対し,審査請求を行ったが,同審査会は,平成14年7月23日付けで,これを棄却した。
2 争点及び当事者の主張
(1) 介護保険料(以下「保険料」という。)の5段階設定及びその内容が憲法14条に反するか
(控訴人の主張)
ア 介護保険料の5段階設定は,低所得者層の負担を重くし,その犠牲の下に中位以上の所得者層の負担を軽減するものであって,経済的弱者に対する不合理な差別的取り扱いであり,憲法14条に違反する。
イ 憲法14条1項の定める平等原則は,現代の社会福祉国家において,社会的,経済的弱者をより手厚く保護すべきであるという実質的平等をも保障している。そして,個人の生命,生存に直結する事項については,立法府の裁量の範囲は相対的に狭くなるから,その立法の合憲性判断は厳格にされなければならない。本件では,低所得者の生存すら脅かすような保険料の5段階設定が問題となっているのであるから,立法が合憲であるというためには,立法目的が重要であり,その目的と目的達成手段との間に実質的関連性がなければならない。
介護保険制度は,高齢者がその者の希望に沿ったその者らしい自立した質の高い生活を送れるよう社会的に支援することを目的としているが,真の目的は,低所得者に対する負担を重くし,その犠牲の下で中位以上の所得層の負担を軽減することにあり,この目的自体,憲法14条に反する。
ウ 被控訴人は,① 保険制度は応益負担が原則である,② 介護は保険給付として定型的であり,医療に比して定額かつ低額にとどまる,③ 介護は保険事故の発生頻度としては医療に比して低い,④ 事務コストの問題等から保険料の5段階設定には合理性があると主張する。
しかし,①については,介護の提供を社会保険方式で行うとしても,保険料負担を応益負担としなければならない理由はない。②については,介護給付は,いったん要介護状態になれば一生涯必要になるものであるから,医療給付と比較して低額とはいえない。③については,保険事故の発生頻度が低いことは,保険料を低額に設定する理由にはなるが,5段階設定の理由にはならないし,保険料は医療保険と比較して低額とはいえない。④については,住民税課税者の所得は市町村において把握しているし,住民税非課税者についても老齢年金額は市町村において把握しているのであるから,格別のコストを要するわけではない。
また,低所得者からの保険料徴収に関し,被控訴人は,生活保護,境界層措置,個別的減免及び徴収猶予措置等を挙げて,低所得者からの保険料徴収も不合理ではないと主張するが,様々な理由から生活保護を受けられず,生活保護法上の最低生活費を下回る収入しかない者も多数存在している。境界層措置も,生活保護の申請を受け付けることが前提となっており,現状では,境界層措置を受けるのは困難である。個別的減免や徴収猶予措置は,低所得者一般を対象とした制度ではない。なお,低所得者一般を対象とした独自の減免制度を設けている自治体も存在しているが,A市ではそのような減免制度は平成16年4月まで存在しなかった。
エ A市における65歳以上の住民が賦課される保険料は,5段階にしか分かれておらず,しかも,最高保険料額5万8420円は,最低保険料額1万9470円の3倍にしかならない。無収入者や住民税非課税世帯からも保険料が徴収されるのに対し,所得が250万円以上ある市民は,たとえ数億円の所得があっても,5万8420円しか保険料が賦課されない。しかも,保険料は個人所得課税(所得税,住民税)の所得控除の対象となるから,最高税率50パーセント(課税所得1800万円以上)が課せられている高所得者は,支払った保険料の半額が還付される結果,実際の保険料負担は2万9210円となり,第2段階の保険料と同じである。保険料の逆進性は著しく,実質的平等に反するものである。
控訴人の収入は,老齢基礎年金(2か月6万7866円,年額40万7196円)のみであり,住民税が非課税であるから,控訴人の保険料区分は第2段階で,保険料額は2万9210円である。他方,控訴人の所得の数十倍,数百倍の高所得者であっても,その保険料は年額5万8420円で,控訴人の保険料の2倍にすぎず,実質的不平等にほかならない。
したがって,保険料の5段階設定は憲法14条1項に反する。
(被控訴人の主張)
ア 憲法14条は,国家が国民に対して差別的取扱いをすることを禁じるにとどまり,基本的には自由権として捉えるべきである。
仮に,控訴人の主張するような社会権的な意味の平等権が保障されているとしても,憲法14条1項に反する場合とは,立法府の判断が著しく合理性を欠き,裁量権を逸脱していると認められる場合でなければならず,その審査基準としては,当該法律の目的の合理性及び目的の達成手段としての規制方法・態様が合理的であるか否かを審査すべきである。
控訴人は,介護保険制度は個人の生命,生存に直結する事項であるから,厳格な基準で違憲性を判断すべきであると主張するが,介護保険制度は,要介護を原因として生活不能に陥る前にこれに備えるという制度であって,緊急性を欠くことは明らかであるから,個人の生命,生存に直結する事項ではない。
イ 介護保険制度は,高齢者が自身の希望に沿ったその者らしい自立した質の高い生活を送れるよう社会的に支援することを目的としており,その目的に合理性があることは明らかである。
この目的を達成する手段として,幅広い国民層にサービス選択の権利に裏打ちされた負担を求めて,民間活力を幅広く体系的に整備した制度を構築するため,保険制度を採用することには合理性がある。
また,① 保険料の負担については,共通の介護リスクに対して,利用者に平等の負担をさせるという応益負担を原則としながら,強制加入や社会福祉の観点から応能負担の観点をも取り入れたものであること,② 介護は保険給付として定型的であり,額も医療に比して定額かつ低額にとどまること,③ 介護は,保険事故の発生頻度としては医療に比して低いこと,④ 国民健康保険の保険料と異なり,保険料は比較的低い水準であること,⑤ 事務コストの問題等にかんがみれば,保険料の5段階設定には十分合理性がある。
ウ 控訴人は,保険料の5段階設定を憲法14条違反であると主張するが,高齢者の4分の3を占める住民税非課税者について負担能力の相違を判定することは困難であるし,対象者の少ない高所得者を更に細分化しても,低所得者の負担軽減の効果は限られる。
生活保護受給者からも保険料を徴収するのは,相互扶助及び利用主体としての自主性尊重といった考え方に基づくものであり,保険料の負担については,生活扶助として加算され,利用料も介護扶助として受けられるから実質的な負担増にはならない。また,境界層措置,保険料の個別的減免及び徴収猶予の措置もある(本件条例11,12条)。
(2) 低収入の高齢者に保険料を賦課することが憲法25条,13条に反するか
(控訴人の主張)
ア 法及び本件条例は,生活保護給付水準以下の収入しかなく,現に「健康で文化的な最低限度の生活」以下の生活をしている者から,介護保険料を徴収するものであり,換言すれば,行政の施策により,経済的弱者を,最低限度の生活以下或いはその虞が生じる状態に陥らせるものであり,そして,これら生活保護基準以下の収入しかない者に対し,収入に応じた減免制度を整備していないものであるから,憲法25条及び13条に反する。
憲法25条は,健康で文化的な最低限度の生活を保障する規定であるが,ひとたび生活保護法令により保障された最低限度の生活水準を公権力が積極的に侵害する立法や具体的処分の合憲性判断には厳格な審査基準(立法目的の合理性と立法目的及び目的達成手段との間の実質的関連性)が用いられなければならない。
生活保護基準以下の収入しかない者に対し保険料を賦課することについて,何ら合理的な目的は認められない。また,生活保護基準以下の収入しかない者に対し,一律に定額の保険料を賦課した上,収入に応じた減免制度を整備しない場合には,立法目的との合理的関連性も認められない。A市には,平成16年4月まで,恒常的な低所得を理由とする保険料の減免制度がなかった。新しく導入された減免制度も,無収入者であったとしても保険料の支払が全額免除になるわけではなく,保険料の段階が変更されるにすぎない。また,境界層措置によっても,保険料の支払が免除されるわけではなく,そもそも生活保護基準以下の収入しかない者にとっては境界層措置が適用される余地はない。
生活保護水準以下の収入しかない者に対し,保険料を賦課する法及び本件条例は,それまで辛うじて営んでいた最低限度の生活を破壊するという点で憲法25条に反し,生活保護を受給しないで自立した生活を営むということを困難ならしめる点で,自己決定権を保証する憲法にも反している。
イ 控訴人の収入は老齢年金のみであり,年金額は2か月当たり6万7866円(年額40万7196円)である。控訴人の1か月当たりの支出は,電気,ガス等の光熱費(2万円弱),国民健康保険料(1500円),固定資産税(2000円から3000円),自治会費等(400円),病院代(内科2800円,眼科800円),プール代(4200円),食費(4500円から6000円),古典の学習費(500円)である。また,控訴人は,持病の治療のために,年に1回程度の入院手術を受けており,1回あたり5万円程度の入院費を支出している。控訴人は,支出が収入を上回るときには,貯金を切り崩しながら生活している。
控訴人は,本件処分により,更に生活を切り詰めるようになった。したがって,法及び本件条例は憲法25条,13条に反し,少なくとも,このような控訴人に対して適用する限りにおいては違憲無効であり,本件処分は取り消されるべきである。
(被控訴人の主張)
ア 憲法25条の趣旨に応えて,具体的にどのような立法措置を講ずるかは,立法府の広い裁量にゆだねられており,合憲性判断は合理性の基準(目的の合理性及び目的達成手段である規制手段・態様の合理性)によって判断されるべきである。
イ 控訴人は,生活保護水準以下の収入しかない者に保険料を賦課することが,その者に健康で文化的な最低限度の生活を下回る生活を強いることになると主張するが,その者の生活水準は収入のみによって左右されるものではなく,その者がそれまでに蓄積してきた資産等によっても左右される。資産を有さず,現に生活保護を受けている者に対しては,保険料相当額が生活保護法に基づく生活扶助に加算されて支給されることとなっており,保険料の徴収が生活保護法に基づく保護水準を引き下げることにはならない。また,本来適用すべき所得段階の保険料を負担すれば生活保護が必要となり,より低い段階であれば生活保護を必要としなくなるという者については,より低い所得段階の保険料が適用されるという境界層措置が採られることになっている。
ウ 本件の争点は,介護保険制度が憲法に反しているか否かという法的評価の問題であるから,控訴人その他の高齢者の生活状況等の個別事情は上記法的評価を左右する余地はなく,この点に関する控訴人の主張は失当である。
また,控訴人は,土地建物を所有しており,これを換価すれば900万円余になること,生命保険を掛けており,数年後には満期生命保険金50万円余の受領が予定されていること,借金がなく,300万円の貯金を有していること,近くのC市には38歳の息子もいることなど諸事情を考慮すれば,控訴人は現在負担している程度の保険料を負担する能力を十分有しており,控訴人に対して本件処分をしたことが憲法25条にも13条にも反するとはいえない。
(3) 保険料の特別徴収方式が憲法25条に反するか
(控訴人の主張)
ア 保険料の特別徴収方式は,保険料の徴収方法の一つであり,保険料の賦課決定と特別徴収決定とは,双方合わせて一体の処分である。
イ 令41条は,特別徴収の対象となる年金基準額を年間18万円と定めている。すなわち,1か月当たり1万5000円以上の年金が支給されれば,年金からの天引きを行うこととされており,生活保護水準以下の収入しかない者からの保険料の天引きを認めている。高齢者にとって,老齢退職年金は日々の生活を支えるかけがえのない基盤であるにもかかわらず,保険料が天引きされることにより,最低限度の生活が侵害される事態が生じている。保険料の特別徴収方式は憲法25条に反するというべきである。
ウ 被控訴人は,① 保険料は老後の日常生活の基礎的な経費に相当すること,② 最低限度の生活は生活保護法等を含めた制度全体で判断すべきであることを理由に,年金からの天引きも年金受給権の侵害ではなく,生存権の侵害でもないと主張する。しかし,①については,従来の措置制度では,低所得者はほとんど自己負担なしで介護サービスを受けることができたのであり,保険料が老後の生活の経費とされたのは介護保険制度が導入された結果にほかならないから,被控訴人の主張は失当である。②については,生活保護は厳格な運用がされており,生活保護の受給ができない者が多数存在するのであるから,被控訴人の主張は失当である。
エ 控訴人は,現在一人暮らしであり,控訴人の収入は自己の老齢年金(2か月で6万7866円)のみである。控訴人は,公共料金,国民健康保険料,税金等を支払えば,1万円前後しか残らず,食費,日用品,医療費をすべて賄うのは困難な状態である。それにもかかわらず,控訴人は,保険料を天引きされ,持病の高血圧,腰痛,白内障等について十分な治療を受けられない状態である。普通徴収なら,保険料を当面の医療費に回して,余裕ができたときに保険料を追納することも可能であるが,控訴人は特別徴収のため,十分な治療を受けられない生活を強いられている。したがって,少なくとも控訴人について,保険料の徴収方法を特別徴収とした本件処分は違憲無効であり,取り消されなければならない。
(被控訴人の主張)
ア 介護保険法の立法目的は正当である。特別徴収という手段も,保険者側にとっては徴収事務の確実性,効率性を確保するメリットがあり,被保険者側にとっても納付手続の利便性,財政安定化による給付の確実性というメリットがあるから,十分な合理性を有する。
また,特別徴収は保険料の徴収方法であって,強制執行手続である差押えとは異なる上,老齢年金等については差押えの対象とされ,公租公課の禁止が解除されている。老齢年金の主な目的は,老後の所得保障の柱として,老後の日常生活の基礎的な部分を賄うことにあるが,保険料は,高齢期の要介護リスクに備えるためにすべての高齢者に納付義務が課せられているものであり,まさに老後の日常生活の基礎的な経費に相当するものである。また,一定額を下回る年金からは特別徴収は行われないことを考慮すれば,保険料を特別徴収したとしても,年金制度の趣旨を没却するものではない。
そもそも,最低限度の生活は,年金だけで自己完結的に保障されるものではなく,生活保護法等も含めた法制度全体で判断すべきものであり,生活保護法上も,保険料負担を含めて生活扶助が考慮され,介護サービスも含めて介護扶助がされていることを考慮すれば,制度全体として,最低限度の生活は保障されており,特別徴収が生存権を侵害しているとはいえない。
イ 控訴人には現在の保険料を負担する十分な能力があるから,控訴人の老齢基礎年金から保険料の特別徴収を行ったことは憲法25条に反しない。
第3当裁判所の判断
当裁判所も,法及び本件条例が憲法14条,25条及び13条に違反するとは認められず,これらに基づいて被控訴人が控訴人に対してした平成13年度介護保険料賦課決定処分及び特別徴収決定(本件処分)は違法でなく,控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1 保険料の5段階設定及びその内容が憲法14条に違反するか(争点(1))
(1) 控訴人は,介護保険料の5段階設定は,低所得者層の負担を重くし,その犠牲の下に中位以上の所得者層の負担を軽減するものであって,経済的弱者に対する不合理な差別的取り扱いであり,憲法14条に違反する旨主張する。
(2) 介護保険制度は,加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり,入浴,排せつ,食事等の介護,機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について,これらの者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう,必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため,国民の共同連帯の理念に基づき設けられた制度である(法1条)。
このように,介護保険制度は,国民共同連帯の理念に基づき,介護等を要する者に対し介護給付をすることを目的とした社会保険制度であり,憲法25条の趣旨を具体化したものである。そして,同条の「健康で文化的な最低限度の生活」とは,抽象的・相対的な概念であり,その具体的内容は,その時々における文化の発達の程度,経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものである。しかも,同条を現実の立法として具体化するに当たっては,国及び地方自治体の財政事情を無視することができず,また,多方面にわたる複雑多様な,しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とする。したがって,同条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は,立法機関である国会及び地方議会の広い裁量にゆだねられているものというべきであり,それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の範囲を逸脱し,又は裁量権を濫用したとみざるを得ないような場合を除き,裁判所が審査判断するのに適しない事柄である(最高裁昭和57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁)。
とりわけ,介護保険事業の財源である保険料の規定は,保険給付に要する費用の予想額,国及び地方自治体の財政事情並びに被保険者の所得状況等の複雑多様な諸事情を専門技術的な観点から考慮し,政策的判断によって定められるものであるから,広く立法機関の裁量にゆだねられているものと解される。
したがって,憲法25条の趣旨にこたえて制定された法令において,仮に受給者の範囲,支給額及び費用負担等につき何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いをする規定があれば,その規定について憲法14条違反の問題が生じ得ることは否定し得ないものの,上記に述べたところからすれば,保険料の定めが憲法14条に反するというためには,保険料の負担に関する定めにおいて,立法機関の裁量の範囲の逸脱又は裁量権の濫用があり,何ら合理的理由のない不当な差別がされているとみられる場合であることを要するものと解される。
(3) ここで,介護保険事業に要する費用は,国,都道府県,市町村の負担のほか,原則としてすべての被保険者の納付する保険料によって賄われている。これは,介護保険制度が,国民の共同連帯の理念に基づき設けられた制度であり,高齢者が共通に有する将来の介護リスクに備えて,被保険者から保険料を徴収し,その対価として保険給付を行う社会保険制度であるからであり,保険料と保険給付との対価性ないし対応関係及び被保険者はひとしく保険給付を受け得る機会的利益を有することを考慮すれば,原則としてすべての被保険者から保険料を徴収することが合理的であるという応益負担の考え方を基礎としていることによる。
ただ,介護保険制度が一定年齢に達した者をすべて被保険者とする強制加入の社会保険であることや,相互扶助・社会福祉の理念からすれば,被保険者の所得状況を一切考慮せず,一律に定額の保険料を徴収することは,一部の被保険者に過度の負担を負わせることになり相当でないため,介護保険制度では,応能負担の理念をも取り入れ,被保険者の所得に応じた保険料区分を設けている。
(4) 控訴人は,保険料の5段階設定は,無収入者や住民税非課税世帯からも保険料が徴収されるのに対し,所得が250万円以上ある者はいくら所得があっても,最低保険料額の3倍しか保険料が賦課されないから,保険料の逆進性が著しく,憲法14条で保障される平等権に反すると主張する。
確かに,現行の5段階設定の保険料は,低所得者が負担する保険料の所得に対する割合は中・高所得者と比較して大きいといわざるをえないところ,介護保険制度が一定年齢に達した者をすべて被保険者とする強制加入の社会保険であることに照らすと,応能負担の考え方を無視できず,応益負担より応能負担をより重視すべきであるとの見解も十分傾聴に値する。しかし,保険料の設定に当たり応益負担を原則とするか,応能負担を原則とするかは立法裁量の問題であるところ,現行の保険料の5段階設定で,保険給付のすべてが保険料で賄われるのであれば,その5段階設定は非常に問題があるというべきであるが,前記の介護保険制度の趣旨や内容,特に,介護保険では,利用者負担(原則としてサービスに要した費用の1割)を除いた額が保険給付され,給付費の50パーセントが公費で賄われること,そして公費は応能負担によるものといえることに照らすと,介護保険における保険料の5段階設定が,実質的,全体的にみて,応益負担の原則,応能負担の原則のどちらをより重視しているか一概に断定しがたいところであって,裁量権の逸脱又は濫用があるとは決していえない。
なお,市町村は,5段階の保険料率を定めた令38条の規定にかかわらず,特に必要がある場合においては,6段階の保険料率を設定することもできるとされており(令39条),被控訴人において6段階設定を設けることも可能であったと考えられる。しかし,被控訴人が5段階設定を採用するか,「特に必要な場合」であるとして6段階設定を採用するかは,被保険者の所得の分布状況(被保険者のうち高所得者の割合が比較的高い市町村では,6段階設定にすることにより,低所得者の負担軽減の効果が見込めるが,逆に,被保険者の所得の分布状況によっては,6段階設定を採用したとしても,それほど低所得者の負担軽減につながらない場合もあり得る。)及びその見通しを考慮して決定されるべき立法裁量の範囲内のことであって,特段の事情がない限り,被控訴人において6段階設定を採用しなかったことが違憲になることはなく,本件で特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
(5) 控訴人は,保険料は所得税の所得控除の対象となるから,所得税において最高税率50パーセントが課せられている高所得者は,支払った保険料額の半額が還付される結果,保険料の逆進性はさらに著しいとも主張する。
しかし,所得税法の所得控除の規定により,保険料が社会保険料控除の対象とされ,そのことが一因となって源泉徴収額に過払いが生じ,所得税の還付がされることがあるとしても,それはあくまで所得税法適用の結果であり,保険料が減額されているわけでも,支払った保険料の一部が還付されるわけでもなく,所得税の所得控除により,一層保険料の逆進性が大きくなると評価することはできない(所得税法の議論としても,保険料を他の社会保険料と同様に控除の対象としたことが,高所得者を不当に優遇しているものとは到底解されない。)。
(6) 以上のことに,後記2のとおり,低所得者に対して配慮した規定が置かれていることや,個々の国民の生活水準は,現在の収入のみによって決まるものではなく,これまでに蓄積した資産等によっても大きく左右されることにかんがみると,保険料の5段階設定について,当不当の問題はあるにせよ,立法機関において裁量権の逸脱又は濫用があり,経済的弱者に対し,合理的な理由のない差別をしたとはいえず,憲法14条に反するということはできない(上記大法廷判決,最高裁昭和39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,最高裁平成18年3月28日第3小法廷判決・裁判所時報1409号3頁参照)。
2 低収入の高齢者に保険料を賦課することが憲法25条,13条に反するか
(争点(2))
(1) 控訴人は,法及び本件条例は,生活保護給付水準以下の収入しかなく,現に「健康で文化的な最低限度の生活」以下の生活をしている者から,介護保険料を徴収するものであり,換言すれば,行政の施策により,経済的弱者を,最低限度の生活以下或いはその虞が生じる状態に陥らせるものであり,法及び本件条例は,これら生活保護基準以下の収入しかない者に対し,収入に応じた減免制度を整備していないものであるから,憲法25条及び13条に反すると主張する。
(2) 本件条例によれば,争いのない事実等(2)オ(イ)のとおり,市町村民税世帯非課税者等の低所得者を含めたすべての被保険者から保険料を徴収することとしている。これは,介護保険制度が,高齢者が共通に有する将来の介護リスクに備えて,すべての被保険者から保険料を徴収し,その対価として保険給付を行うという社会保険制度であることから低所得者からも保険料を徴収することにしたものであり,その徴収方法には一応の合理性が認められる。しかも,個々の国民の生活水準は,現在の収入のみによって決まるものではなく,これまでに蓄積した資産等によっても大きく左右されるのであり,現時点で収入の少ない低所得者からも保険料を徴収すること自体が,直ちに憲法25条や13条の趣旨に反するとはいえない。
もっとも,保険料の徴収により,生活保護法を含む他の法制度によって具体化されている国民の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を害することとなるにもかかわらず,保険料の負担を減免するなどの措置を講じていない場合には,法及び本件条例が憲法25条の趣旨に反すると評価せざるを得ない。
そこで検討するに,現に生活保護を受給している者に対しては,その者に課される保険料相当額が生活保護法に基づく生活扶助に加算されて支給されることとなっており(生活保護法8条,11条1項1号,12条,生活保護法による保護の基準(平成12年3月31日厚生省告示第158号により追加された別表第1第2章の9「介護保険料加算」。乙7)),保険料の徴収が生活保護法によって保障されている生活保護水準を引き下げることにはなっていない。また,境界層該当者に対し,本来適用すべき所得段階の保険料を負担すれば生活保護が必要となる者について,より低い所得段階の保険料を適用することにより,保険料の徴収によって生活保護水準以下になることを抑止する措置をとっている。さらに,法142条は,市町村は,条例で定めるところにより,特別の理由がある者に対し,保険料を減免し,又はその徴収を猶予することができると規定し,現に,本件条例11条及び12条は,第1号被保険者又はその属する世帯の生計を主として維持する者(以下「主たる生計維持者」という。)が,災害等により,住宅,家財又はその他の財産について著しい損害を受けたり,主たる生計維持者が死亡したこと,又はその者が心身に重大な障害を受けたことなどにより,収入が著しく減少した等の場合に保険料の徴収を猶予したり,保険料の減免をすることができると規定している。
以上のとおり,個々の国民の生活水準は,現在の収入のみによって決まるものではなく,これまでに蓄積した資産等によっても大きく左右されるのであること,生活保護受給者については保険料相当額を加算した生活扶助が支給されること,境界層措置が設けられていること,収入が著しく減少した場合等に保険料の徴収を猶予したり,保険料を減免する措置が執られていること等により,生活保護法を含む法制度全体をもって具体的に保障されている最低限度の生活を侵害することを抑止していることからすれば,法及び本件条例が,原則としてすべての被保険者に保険料を課し,一定の収入以下の者に対し,一律に保険料を賦課しないものとする規定又は保険料を全額免除する旨の規定を設けていなかったとしても,それが,著しく合理性を欠き,立法機関において裁量権の逸脱・濫用があるとはいえないので,憲法25条に反しているとはいえないし,同法13条に反するともいえない(上記最高裁第3小法廷判決参照)。
(3) 控訴人は,現在の生活保護行政は,①申請すら受け付けないこと,②調査に対する包括的同意の強要があり,プライバシーの侵害があること,③失業者・低所得者に対する受給拒否があること,④自立のための最低限度の資産保有すら許されないこと等具体的事例をあげ,憲法25条や生活保護法の理念とかけ離れた運用がなされている旨主張する。
しかし,生活保護法4条は保護の補足性(保護は,生活に困窮するものが,その利用する資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われること,民法に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は,保護に優先して行われること)を定め,さらに保護の程度についても,同法7条は基準及び程度の原則を,同法8条は,必要即応の原則を定めているのであって,生活保護の受給資格の確認等のための調査は不可欠であるうえ,同法27条は指導及び指示を定めており,保護の実施期間は,被保護者に対し,被保護者の自由を尊重し必要最小限にとどめなければならないし,被保護者の意に反して,強制することができないという制約のもとで,生活の維持,向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができること等に鑑みると,控訴人が指摘する具体的事例は,必ずしも,憲法25条や生活保護法の理念とかけ離れた運用がなされているとはいえない側面もあるうえ,仮に,生活保護法に違反する運用がなされた場合は,行政不服審査の申立て,行政事件訴訟の提起という不服申立て手段があり,これらを通じてその運用の適正化を図るべきものであり,控訴人の上記主張をもって,法及び本件条例が違憲であるとの根拠とすることはできない。
また,控訴人は,生活弱者は,介護サービスを受けるとき,原則としてサービスに要した費用の1割を負担しなければならないため,その自己負担が足かせになり,その保険給付申請ができず,いわば,保険あって給付なしの状態になりかねない旨主張する。
確かに,生活弱者が,介護サービスの1割の自己負担が足かせになり,その保険給付申請をためらうことは予想できなくもないが,1割の自己負担で十分な介護サービスを受けることができるとの介護保険制度の内容が十分認識された場合,実際に介護サービスを受ける必要が生じたとき,生活弱者が必ずしもその保険給付申請をためらうとは思われない。また,生活保護の要否の判定に当たっては,介護扶助を受けるための介護費(住宅改修費を除く。)の支出も考慮されることとなっているため(乙27),保険給付を受けようとする者が,費用の自己負担分の支出によって生活保護基準以下の生活水準に陥ってしまう場合は,生活保護を受けられる仕組みになっており,現に生活保護を受給している者については,介護保険給付の自己負担分1割が介護扶助として支給されることとなっている(生活保護法15条の2,34条,乙27)のである。
以上のとおりであり,控訴人の上記主張も採用できない。
(4) 控訴人は,法及び本件条例が控訴人に適用される限りにおいて,違憲であると主張するので,検討する。
ア 証拠(控訴人本人)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
控訴人の収入は,老齢基礎年金のみであり,年金額は2か月当たり6万7866円(年額40万7196円)である。
控訴人の1か月当たりの支出は,電気,ガス等の光熱費(2万円弱),国民健康保険料(1500円),固定資産税(2000円から3000円),自治会費等(400円),病院代(内科2800円,眼科800円),プール代(4200円),食費(4500円から6000円),古典の学習費(500円)等である。
控訴人は,兄弟から米・野菜等の食料品や衣類の仕送りを受けており,医療費等で支出が収入を上回るときには,貯金を切り崩しながら生活している(昭和50年以後の約30年間で約300万円の預金を切り崩した。)。控訴人は,自宅である土地建物を所有しており,借金はなく,300万円余りの貯金を有しているほか,満期保険金が50万円程度の生命保険に入っている。
控訴人には,サラリーマンをしている38歳の息子がおり,同人はC市内に妻子とともに居住している。控訴人は,その息子が余裕のある生活を送っていないため,何らの援助も受けていない。以上の事実が認められる。
イ ところで,前記の争いのない事実等(3)のとおり,被控訴人は,平成13年7月13日付けで,控訴人に対し,所得段階第2段階等の内容の本件処分をしたが,上記の認定に照らしても,本件処分が違法であるとはいえないし,他に違法であることを認めるに足りる証拠はない。
もっとも,控訴人の現在の収入を考えると,その生活に余裕はなく,控訴人の収入だけで最低限度の生活を送ることができるか疑問の余地がなくもないが,個々の国民の生活水準は,現在の収入のみによって決まるものではなく,これまでに蓄積した資産や他人の援助等によっても大きく左右されるのであるところ,控訴人の現在の収入や控訴人が自宅を所有し,相当の預金等を保有しており,借金がないこと等の控訴人の収入,支出,資産及び扶養義務者等からの援助の各状況を踏まえると,控訴人に課された平成13年度の保険料が年額2万1910円であり,平成13年9月までは,法施行後の経過措置により本来の保険料額の半額(2か月当たり2400円)にとどまっていたことに照らせば,最低限度の生活を送ることができたというべきであり,法及び本件条例を控訴人に適用する限りにおいても違憲であるということはできない。
(5) したがって,低所得者を含め,原則としてすべての被保険者に保険料を課す法及び本件条例が憲法25条,13条に反するとはいえず,法及び本件条例を控訴人に適用する限りにおいても違憲ということはできない。
3 保険料の特別徴収方式が憲法25条に反するか(争点(3)について)
(1) 介護保険の保険料は,政令で定める基準に従い条例で定めるところにより算定された保険料率により算定された保険料額によって課することとされており(法129条),保険料の徴収については,特別徴収の方法による場合を除くほか,普通徴収の方法によらなければならないとされている(法131条)。他方,保険料の特別徴収については,年金保険者から一定額以上の老齢退職年金給付の支払を受けている者であって65歳以上のものの氏名,住所等を通知された市町村は,当該通知に係る第1号被保険者に対して課する保険料を特別徴収の方法によって徴収するものと規定している(法134条,135条)が,災害その他の特別の事情があることにより,特別徴収の方法によって保険料を徴収することが著しく困難であると認める場合は除かれており,当該通知に係る第1号被保険者が少ないことその他の特別の事情があることにより,特別徴収を行うことが適当でないと認められる市町村においては,特別徴収の方法によらないことができるとされている(法135条1項)。そして,市町村は,特別徴収の方法によって保険料を徴収しようとする場合においては,その旨等所定事項を特別徴収義務者及び特別徴収対象被保険者に通知しなければならず(法136条),この通知を受けた特別徴収義務者は,保険料を徴収し,徴収した保険料を当該市町村に納入する義務を負うことになる(法137条)。
(2) 介護保険制度が憲法25条を具体化する立法であることからすれば,保険料の徴収方法について,どのような立法措置を講じるかについても,立法府に広い裁量が認められるべきである。そして,保険料を被保険者に納付させるより,保険料相当額を年金から天引きして市町村に納入させる方が,介護保険事業に要する費用を賄っている保険料を確実かつ効率的に徴収することができる。また,被保険者にとっても,保険料の納付が簡易になるだけでなく,介護保険制度の財政安定化により,保険給付の確実な提供という利益を享受することもできる。
控訴人は,特別徴収方式は年金受給権を侵害すると主張するが,老齢退職年金の主な目的が,老後の生活保障の柱として,老後の日常生活の基礎的部分を賄うことにあるところ,介護保険料は高齢期の介護リスクに備えるために納付が義務付けられるものであり,老後の日常生活の基礎的な経費に相当するものであるから,同年金から介護保険料を天引きしたとしても,直ちに年金の上記目的に反することにはならない。
また,老齢退職年金は,それだけで自己完結的に最低限度の生活を保障することを目的とした給付ではなく,最低限度の生活保障は,生活保護法等をも含めた法制度全体で判断すべきであるところ,前記のとおり,生活保護受給者については保険料相当額を加算した生活扶助を支給しているなど,法制度全体で最低限度の生活水準を保障している。
このことに,令41条は,老齢退職年金給付額が年額18万円以上である場合に特別徴収の方法によって徴収するものとしており,同給付額がそれに満たない場合は特別徴収を行わないことにより,年金給付額が少なくなりすぎないよう配慮していること,特別徴収の対象は,公租公課禁止規定(国民年金法25条)の趣旨に配慮して,同法による老齢基礎年金及びこれに相当する年金とされていることを合わせて考えれば,法が保険料の徴収方法として特別徴収方式を定めていることをもって,著しく合理性を欠いたものあって憲法25条に反するということはできない(上記最高裁第3小法廷判決参照)。
(3) 控訴人は,保険料の特別徴収を定めた法を控訴人に適用する限りにおいて違憲であると主張するが,前記のとおり,控訴人に所定の保険料を課すこと自体違憲ではなく,前記控訴人の資産や収支状況等に照らし,控訴人に特別徴収方式を適用することが違憲になるような特別の事情も認め難いから,控訴人に特別徴収方式を適用したことが違憲であるということはできない。
第4結論
以上の次第で,控訴人の請求は理由がなく,これを棄却した原判決は相当であるから,本件控訴を棄却し,控訴費用は控訴人の負担とすることとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田勝年 裁判官 東畑良雄 裁判官 植屋伸一)