大阪高等裁判所 平成17年(行コ)69号 判決 2006年5月11日
控訴人(原告)
X1
(ほか2名)
控訴人ら訴訟代理人弁護士
河村武信
同
橋本敦
同
豊川義明
同
梅田章二
同
城塚健之
同
阪田健夫
同
豊島達哉
同
竹下育男
同
河野豊
同
杉島幸生
同
中西基
同
井上耕史
同
大西克彦
被控訴人(被告)
堺市
同代表者市長
木原敬介
同訴訟代理人弁護士
俵正市
同
坂口行洋
同
寺内則雄
同
小川洋一
同
井川一裕
同
山田陽彦
同
髙橋英
同指定代理人
五十嵐章裕
同
粟井英樹
同
平井義隆
同
丸井俊剛
同
森下由放
同
木村賢司
同
佐藤裕
主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人がA(以下「亡A」という。)に対し平成12年10月26日付けで行った平成12年度介護保険料賦課決定処分を取り消す。
第2 事案の概要
1 本件は、介護保険法(以下「法」という。)、同法施行令(以下「令」といい、以上を併せて「本件法令」という。)及び堺市介護保険条例(以下「本件条例」という。)が、憲法14条、25条及び84条に反するものであり、法及びこれに基づく本件条例により、被控訴人が亡Aに対してした上記処分(以下「本件処分」という。)も違法であると主張して、被控訴人に対し、その取消しを求めた事案である。なお、本件訴えは、亡Aが提起したが、原審において同人が死亡し、その相続人である控訴人らがその地位を承継したものである。
2 原判決は、法及び本件条例は憲法の上記各条に違反するものではなく、本件処分は適法であるとして、控訴人らの請求を棄却したことから、これを不服とする控訴人らが控訴に及んだものである。
3 当事者の主張は、以下のとおり当審における双方の主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄第2「事案の概要」の1及び2(原判決3頁2行目から13頁2行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
4 当審における控訴人らの主張
(1) 本件法令・条例の憲法25条違反
ア 原判決は、低所得者からも介護保険料を徴収する介護保険法及び本件条例が、「著しく合理性を欠き明らかに裁量権を逸脱・濫用しているとはいえない。」として、憲法25条に違反しているとはいえないというが、そもそも、厳格な違憲審査基準を用いるべきであるところを、緩やかな審査基準を用いたこと、しかも本件については明らかに裁量権の逸脱があるのに、これがないとした点で、原判決は誤っている。
イ 緩やかな違憲審査基準を用いた誤り
(ア) 憲法25条に関する裁判例である堀木訴訟における最高裁判所昭和57年7月7日大法廷判決(民集36巻7号1235頁)及びサラリーマン税金訴訟における最高裁判所平成元年2月7日第三小法廷判決(判例タイムズ698号128頁)は、「憲法25条の規定にいう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念であって、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具体化するに当たっては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。したがって、憲法25条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄である。」旨判示する。
しかしながら、そもそも個人の尊厳確保のための最低限の基盤である憲法25条について、こうした緩やかな違憲審査基準を採ること自体不当である。その点をおくとしても、本件は、憲法25条違反が問われている場面が上記各事案とは全く異なっており、上記各判例の緩やかな違憲審査基準は妥当しないというべきである。
(イ) 堀木訴訟は、障害福祉年金と児童扶養手当の併給禁止規定の合憲性が争われたものであり、サラリーマン税金訴訟は、課税最低限がいわゆる総評理論生計費を下回ることが憲法25条に違反するかが問題となったものであり、いずれも「健康で文化的な最低限度の生活」を直接に侵害しているかが問題となったわけではなかった。
これに対し、本件は、生活保護給付水準以下の収入・資産しかなく、現に「健康で文化的な最低限度の生活」以下で生活している者からも、「第2段階」として介護保険料を徴収することが許されるかが問われているのである。
生活保護給付水準は、立法府及び行政府により、国の財政事情や多方面にわたる高度に専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を経て、生活保護法令において既に明らかにされているのであるが、本件法令及び本件条例は、生活保護給付水準以下の者からも、全く無収入・無資産の者からも、生活保護を申請・受給していない限り「第2段階」として介護保険料を強制的に徴収するのであり、本件では、そのような制度の違憲性が問題なのであるから、そこには高度に専門技術的な考察もそれに基づく政策的判断も全く必要がない。
したがって、本件法令・条例の違憲審査基準については、より厳格な基準によらなければならず、立法事実を具体的に検討し、立法目的の重要性及び立法目的達成手段との実質的な関連の双方が認められない限り、違憲となると解すべきである。
(ウ) 社会保障立法の違憲審査基準として、「三重の基準」論が有力に主張されている。すなわち、第1に「人間として生命のぎりぎりの維持を求める権利、言い換えれば生命権の保障」、第2に「そのような生命の維持を踏まえた上で『最低限度の生活を営む権利』、あるいは最低限度の物質的な生活権の保障」、第3に「さらに健康で文化的な生活を営む権利の保障」である。生命権としての生存権ないしは人間の尊厳の確保のための最低限度の物質的生活保障という意味での生存権が侵害されている場合には、裁判所としては、生命維持が危機に瀕しているか、若しくはそのおそれがあるかを客観的に判断すればよく、そこに立法裁量の余地はないということになる。本件では、現に最低限度以下の生活しかしていない者、無収入・無資産の者からも介護保険料を徴収することが問題となっているのであるから、まさに第1の「生命権の保障」を侵害する立法の違憲審査基準によらなければならない。
この点からも、本件においてはより厳格な審査基準を採用すべきであり、立法事実を具体的に検討し、目的の重要性と目的達成手段の実質的関連性の双方が認められない限り違憲となると解すべきである。
ウ 本件法令・条例が憲法25条違反であること
(ア) 本件法令・条例による介護保険料徴収制度の目的は、高齢者等の介護を実現するというものであるから、目的そのものは重要であるといい得る余地がある。しかし、その目的達成手段としては、従来、わが国で行われてきた措置制度によっても実現可能であるし、社会保険制度によるとしても、収入が一定水準以下の者に対しては保険料を免除して、その分、より高額所得者の保険料を高くするといった「応能負担」により重きを置く制度設計によっても実現可能であるのに、生活保護水準以下の収入・資産しかない者も「第2段階」として年間3万0300円もの介護保険料を徴収され、「健康で文化的な最低限度の生活」を破壊されなければならないのか、目的達成との実質的関連性が全く明らかではない。
(イ) 原判決は、合憲の理由として、「境界層措置」があることをあげているが、失当である。この措置の適用を受けるためには、いったん、生活保護の申請を行わなければならず、市町村はその申請を受け付けた上で、介護保険料を最低生活基準を下回らない水準まで減額することによって、生活保護申請を却下するという取扱になっているが、生活保護行政では、生活保護の申請をしても、各種要件がすべて具備していない場合には、窓口で申請自体を受け付けないという取扱(いわゆる水際作戦)が行われていることは周知のとおりであり、現実に「境界層措置」の適用を受けることは至難の業であって、低収入者への配慮とは到底いえない。しかも、「境界層措置」によっても、生活保護申請をしなければならない上に、「第1段階」として年間2万0200円の介護保険料を徴収されることになるのであるから、やはり「健康で文化的な最低限度の生活」を侵害される事態には変わりはない。
(ウ) したがって、現に生活保護給付水準以下の収入・資産しかない者についても、「第2段階」又は「第1段階」として介護保険料を徴収する本件法令・条例は、憲法25条に違反し無効である。
エ 緩やかな違憲審査基準によっても違憲であること
(ア) 仮に、原判決が採用した緩やかな違憲審査基準によっても、本件法令・条例は憲法25条違反といわざるを得ないものである。
すなわち、本件法令・条例は、生活保護給付水準以下の収入・資産しかない者についても「第2段階」として年間3万0300円もの保険料を徴収するものであり、また、「境界層措置」によっても「第1段階」として年間2万0200円もの保険料を徴収するものであって、明らかに「健康で文化的な最低限度の生活」を侵害するものであり、著しく合理性を欠き、明らかに裁量権の逸脱・濫用がある。
(イ) なお、生活保護受給者の場合も「第1段階」の保険料を徴収されるものの、その保険料相当額について生活保護給付が上積みされるが、生活保護を受給していない者については、ただ「第2段階」又は「第1段階」の介護保険料を徴収されるだけであって、保険料の恒久的な免除又は保険料相当額の給付などの手当は全く講じられていないから、この点からも本件法令・条例は著しく合理性を欠き、明らかに裁量権の逸脱・濫用と見ざるを得ない。
(ウ) 付言するに、最低限度以下の生活をしている者は生活保護を受給すればよいというのは、本件法令・条例の合憲性を支える根拠とはなり得ない。なぜならば、生活保護制度は、資産調査や生活指導等、受給者に対し一定の制約・負担が課せられるものであって、介護保険料の徴収その他の方法により国民に生活保護を受給することを直接・間接に強制することは、憲法13条が定める幸福追求権等に違反し、また現に最低限度の生活をしている者がその生活を侵害されないという憲法25条の自由権的性格にも反し、憲法の予定するところではないからである。
(2) 原判決の憲法25条解釈の誤り
ア 原判決の誤りは、以上に止まらず、憲法25条のもつ規範構造そのものについての理解を欠くものとなっている。
イ 憲法25条にいう「健康で文化的な最低限度の生活の保障」の意味するところは、現在「最低限度の生活」ができていない、あるいはそのおそれがある者に対して、行政が積極的な施策を行って「最低限度」以上の生活を確保しなければならないという場面(25条の社会権的側面)と、行政の施策によりある者を「最低限度の生活」あるいはそのおそれが生じるような水準の生活に陥らせてはならないという場面(25条の自由権的側面)の両面を有しているところ、仮に、25条の社会権的側面については、行政権に一定限度の裁量を認め得るとしても、その自由権的側面については、司法審査になじむものであって、その点についてまで広範な立法裁量を認めることは許されない。
本件に即していうならば、高齢者の介護ニーズに対して、措置制度と保険制度とのいずれで対応するのかは、社会権的側面に関することであり、その制度設計自体の合理性について行政権に一定の裁量を認めることも許され得る場合もあろうが、保険制度を採用してそれを維持するために、被保険者にどのような水準・方法でその負担を課するのかという点については、自由権的側面が問題となるのであって、この点の違憲審査についてまで「広範な立法裁量論」を採用することは許されない。
行政権は、国民自らの手による健康で文化的な最低限度の生活を維持することを阻害してはならないのであって、この点が争われる際の違憲審査基準としては、当該立法や処分の合憲性を主張する側で、合理的な理由を提示すべきとする「厳格な審査基準」以外にあり得ない。
ウ 原判決は、<1>生活保護受給者については保険料相当額を加算した生活扶助が支給されていること、<2>境界層措置が設けられていること、<3>収入が著しく減少した場合等に保険料の徴収を猶予したり、保険料を減免する措置が執られていることなど、生活保護法を含む制度全体をもって最低限度の生活を侵害することを抑止していることをもって、本件条例が著しく合理性を欠く明らかに裁量権を逸脱・濫用しているとはいえないとしている。しかしながら、これらの認定は、いずれも合理的なものとはいえず、本件条例の違憲の疑いを取り除くものではない。すなわち、
(ア) 原判決の生活保護制度との関連についての上記判断は、いくら厳しい負担を課したとしても、最終的に生活保護制度により救い出すことが予定されていれば、裁量権を逸脱・濫用しているとはいえない、生活保護法があれば、恒常的な低所得者の最低限度の生活を侵害してもよいとするものである。
しかし、憲法25条は、行政の手によって、何人も最低限度の生活に陥らされることはないということ、行政権の行使によって何人も最低限度の生活に陥らさせてはならないことを保障するものであって、左手で奪って右手で与えるようなやり方が憲法25条の趣旨に合致するとはおよそいえない。
また、この考え方は、対象者が生活保護を申請・受給していることを前提としている点で決定的に誤りである。自らの努力によりなんとかその生活を維持している者から、有無を言わさず保険料を徴収することは、行政権がその自立の基礎を破壊することを意味している。生活保護があるからよいとする考え方は、それまで辛うじて営んでいた「最低限度の生活」を破壊するという点で、憲法25条に反するだけでなく、自己のスタイル、すなわち生活保護を受給しないで自立した生活を営むということを困難ならしめる点で自己決定権を保障する憲法13条にも反している。最低生活費にまで介護保険料を賦課し、生活保護に依存せざるを得ない者を増加させることは、憲法13条、25条に反し、また生活保護制度にも反している。
(イ) 境界層措置は、対象者がいったん生活保護の申請を行い、生活保護の受給基準を満たすことが制度上の前提となっているが、生活保護受給の審査は、原則として総資産を対象としており、その適用についてのハードルが極めて高いことは一般に知られており、境界層措置の適用を受ける者はそう多くはない。また、境界層措置を受けるにしても、上記の問題点がそのままあてはまるのであって、その不合理さは明らかであるから、境界層措置があるからといって、最低生活費にまで介護保険料を賦課することを合理化することはできない。
(ウ) 収入が著しく減少した場合等に、保険料の徴収を猶予したり、保険料を減免する措置をとるという制度が存在することは、介護保険が強制加入であることからすれば、いわば当たり前のことであり、恒常的な低所得者からその最低生活費にまで介護保険料を賦課することが憲法25条の趣旨から許されるのかという合理性判断とは関連性を有していない。
(3) 保険料の5段階設定及びその内容が憲法14条に違反すること
ア 原判決の理論的誤り
原判決は、介護保険が憲法25条の趣旨を具体化した社会保険制度であることを前提として、堀木訴訟における最高裁判決を引用しながら、憲法25条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」は、抽象的、相対的な概念であるから、同条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法機関である国会及び地方議会の広い裁量にゆだねられているものというべきであり、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の範囲を逸脱し、又は裁量権を濫用したと見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するに適しない事柄であるとし、保険料の定めが憲法14条に違反するというためには、保険料の負担に関する定めにおいて、何ら合理的な理由のない不当な差別がされているなど、立法機関の裁量を逸脱又は濫用したと見られる場合であることを要するという違憲審査基準を定立している。
しかし、このような基準の定立がそもそも誤りであり、原判決は、憲法14条と25条との違憲審査基準を混同しており、さらには、堀木訴訟における最高裁判決の理解を誤っている。
イ 憲法14条の違憲審査基準
上記判決は、憲法25条の違憲審査基準については、立法が「著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き」違憲とならないとする広い立法裁量論を採用しつつも、憲法14条の違憲審査基準については、これとは別個に、「(児童手当の)受給者の範囲、支給要件、支給金額等につきなんら合理的理由のない不当な差別的取扱をしたり、あるいは個人の尊厳を毀損するような内容の定めを設けているとき」には、これが違憲となることを示し、最高裁は、憲法14条の違憲審査基準として、法的取扱いにもうけられた区別が合理性を有するかどうかで判断するという、いわゆる合理性の基準を採用するとともに、憲法25条の広い立法裁量を狭めようとしているのであって、原判決の違憲審査基準についての理解は誤りである。
また、非嫡出子相続分規定についての最高裁判所平成7年7月5日大法廷決定(民集49巻7号1789頁)によれば、「合理的理由」の有無は、「立法理由に合理的な根拠があり、かつ、その区別が右立法理由との関連で著しく不合理なものでなく、いまだ立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えていない」か否かという基準に具体化されていて(いわゆる「合理性の基準」)、<1>立法理由がその基礎となる社会的・経済的事実(立法事実)に照らして合理的でない場合、又は<2>立法理由が合理的であっても、その実現手段である区分の仕方が立法理由との関連で著しく不合理である場合は、当該立法は憲法14条1項に反することになるのである。
なお、上記最高裁決定のほか、最高裁が憲法14条違反の違憲審査基準としていわゆる立法裁量論を採用しなかった事案として、尊属殺重罰規定についての昭和48年4月4日大法廷判決(刑集27巻3号265頁)があり、尊属殺を普通殺よりも重く罰するという刑法上の差別的取扱が合理的であるか否かを判断するに当たり、その立法目的や目的達成の手段が合理的であるか否かについて、立法事実に立ち入って審査している。
ウ 社会保障立法に関して採られるべき憲法14条の違憲審査基準社会保障立法については、そのことのみによって、直ちに広範な立法裁量を認めるという態度は拙速に過ぎる。社会保障立法についても種々の態様があり、社会保障立法による多種多様な給付の受給者にとっても、緊急度や権利性の軽重には大きな差がある。とりわけ、社会保障立法の中でも個人の生命・生存に直結する事柄については、立法府の裁量の範囲は相対的に狭くなるのであるから、その立法の合憲性判定に際しては、より慎重な態度が必要とされなければならない。
このことから、<1>問題となっている利益の重要性、<2>非司法的救済の可能性、<3>少数者の利益かどうか等の要因によっては、裁判所が立法府の行った立法について憲法適合性判断に踏み込むべき場合もある。
エ 本件において採られるべき違憲審査基準
本件では、全員が住民税非課税の世帯であっても第2段階の介護保険料を賦課される方で、所得が年間250万円以上の者については、数億円の所得がある者であっても、一律に第5段階の介護保険料(第2段階の3倍にしかならない。)を賦課されるだけであるという不平等が問われている。そして、このような不平等な5段階設定によって、特に低所得者層にとっては、まさに人間として生命のぎりぎりの維持を求める権利が侵害されようとしているのであって、問題となっている利益は極めて重要である。また、生活保護給付水準を大幅に下回る収入しかないような低所得であるにもかかわらず、第2段階の介護保険を徴収される者は有権者のなかでは少数者に属することはいうまでもなく、その政治的過程における発言力は極めて微力である。それゆえ、介護保険料の5段階設定が憲法14条に違反しないかどうかを判断するにあたっては、その立法目的の重要性、その目的と目的達成のための手段が実質的関連性を有しているかどうかについて、立法事実に立ち入って実質的な審査をする必要がある。
オ 立法目的の重要性
控訴人らは、「高齢者が、その者自身の希望に添ったその者らしい自立した質の高い生活を送れるよう社会的に支援する。」という介護保険制度の目的について、何ら異を唱えるものではない。しかし、自己決定を尊重する大前提として、介護保険制度によって保障される介護の内容が、人間に値する介護であること、そのような介護が所得や居住地域等に関係なく平等に保障されることこそがより重要であり、社会保険制度である介護保険制度においては、保険料の拠出・負担が困難な低所得者であっても、被保険者として保険制度に加入させ、そして保険給付を受けることができるように保障しなければならないのであって、介護保険制度実現の手段の合理性を検討するに当たっては、この大前提としての目的に照らして考える必要がある。
カ 目的と手段との実質的関連性(著しい不合理性)
被控訴人は、第1号被保険者の保険料については、応益負担を原則としつつ、所得によって5段階の保険料額を設定した理由について、<1>来るべき共通の介護リスクに対して保険方式で利用者に平等の負担をさせるという観点から応益負担を原則とし、<2>介護は、保険給付として定型的であり、額も医療に比して定額かつ低額に止まり、<3>介護は、保険事故の発生頻度としては医療に比して低く、<4>事務的コストの問題等からも5段階設定とすることは合理的であるという。
また、原判決は、保険料と保険給付との対価性ないし対応関係及び被保険者はひとしく保険給付を受け得る機会的利益を有することを考慮すれば、原則としてすべての被保険者から保険料を徴収することが合理的であるという応益負担の考え方を基礎にするべきであると判断する。
(ア) しかし、被控訴人は、何らの理由を示すことなく、保険方式であれば原則として応益負担をとるべきであると主張しているが、失当である。公的介護を社会保険方式で実現する場合であっても、保険料負担については応能負担とすることは理論上何ら問題がない。また、被控訴人は、保険制度を導入することによって、高齢者・要介護者の選択と自己決定を保障することができると主張していたが、そのために保険料の負担を応益負担とする必然性は全くなく、応能負担をとったとしても、選択と自己決定の保障という目的は完全に達成しうるものである。
(イ) また、社会保険においては個別収支対応ではなく全体収支対応であるから、給付が低額であることは、保険料の額を設定するに当たっては、基本的に理由にならない。しかも、介護保険給付が定型的で定額なのは、利用限度額が設定されているからであり、その利用限度額も、決して低額とはいえない。医療給付が一時的なものであるのに対し、介護給付はいったん要介護状態となれば、基本的には一生涯にわたって継続的に必要となるものであることにかんがみれば、単純に医療給付と比較して低額であると結論づけることは妥当ではない。
(ウ) 保険事故発生頻度が低ければ保険料を全体として低額に設定すれば足りるのであり、わずかに5段階にしか設定しないことの理由にはならない。しかも、個別収支対応原則はとられていないのであるから、負担能力を有する者から負担能力に応じて保険料を徴収することには何らの障害もないはずである。
(エ) 被控訴人は、介護保険料の全国平均が月額2911円(当時)であるのに対し、国民健康保険の保険料は全国平均同6653円であることから、保険料の段階をきめ細かく設定する必要性がないと主張する。しかし、平成15年4月以降、介護保険料が改定され、全国平均は月額3241円となる見込みであり、同4000円を超える自治体も240以上を数えると見込まれ、沖縄県では県全体の平均が月額5300円以上となることが予想されている。更に、介護保険料は今後も増額し続けることが見込まれており、医療保険と比較しても決して低額とはいえない。政府管掌健康保険の保険料は39段階に区分されているし、国民健康保険料も最高で年額約60万円から最低で年額約1万8700円と幅広く設定されていることと比較すれば、介護保険料が5段階にしか設定されていないことの不合理は明白である。
(オ) 結局、保険料を5段階にしか区分しないことの理由としては、保険料賦課に当たっての事務コスト負担ということに収斂されよう。しかし、現行の制度では、介護給付を受けるに当たっては、6か月ごとに更新しなければならない「要介護認定」というシステムを導入し、莫大な事務量とコストをかけて介護給付を利用できる者を制限している。保険料を徴収する場面では事務の簡素化を謳いながら、給付を制限する場面では莫大なコストもいとわないのであり、事務コスト負担という点も5段階設定を合理化する理由とはならない。実際上も、住民税課税者の所得はすでに市町村において把握しているのであるから、所得に応じて保険料を賦課することには格別のコストを要するわけではない。また、住民税非課税者についても老齢年金額は市町村において把握しているのであるから、負担能力に応じた配慮を行うことには格別のコストを要しない。
(カ) 被控訴人は、<1>生活保護、<2>境界層措置、<3>個別的減免・徴収猶予措置をあげて、低収入者からの保険料徴収も不合理ではないと主張する。
しかし、様々な理由から現に生活保護を受給していない者であっても、生活保護上の最低生活費を下回る収入しかない者は多数存在しているのであり、これらの者からも定額の保険料が徴収されている。また、境界層措置を受けることは至難の業であることは前述のとおりであるし、個別的減免等は低所得者一般を対象とした制度ではない。したがって、これらの事由も、5段階設定の合理的理由となるものではない。なお、厚生労働省は、収入のみに着目した保険料の一律免除、保険料の全額免除、及び一般財源投入による保険料免除は、いずれも適当ではないとの指導を行っている。
(4) 行政事件訴訟法10条1項について
ア 控訴人らの本件における主張は、介護保険料が5段階にしか設定されていないことは、貧困者に過酷な負担を課することになるのであって、それが法の下の平等を定めた憲法14条に違反するものであり、また、生活困窮者から介護保険料を徴収することが生存権を保障する憲法25条に違反しているとするものである。
イ 通常、自己に対する法令の適用の合憲性を争う際に、第三者の権利侵害を主張することのできる当事者適格については、当該第三者と違憲の争点を提起する者との間に「利害関係を有する」ことが必要とされているが、自己に対する法令の適用が、第三者への違憲の適用と不可分に結びついているような場合や、第三者への適用が法令による規制の不可欠の部分であるがゆえに法令そのものが違憲との結論が引き出される場合には、結局、客観的に違憲な法令が自己に適用されることとなるのであるから、自己にそのような法令が適用されること自体も違憲であり、自己に対するその適用が排除されることになるのであるから、当該訴訟当事者は、そうした違憲の争点を提起することが許される。
ウ したがって、本件は、亡Aに対する本件処分の違法性が問われているものであるが、同処分が、不特定の第三者に対する違憲の適用と不可分に結びついている場合には、控訴人らは自己に対する違憲な法令の適用を排除するため、そうした憲法上の争点を提起することができることとなる。
エ そして、亡Aの介護保険料は、第4段階に区分されているが、その額は第1段階及び第2段階の被保険者からも保険料を徴収することを当然の前提としていることろ、同各段階の少なくない者にとって、その保険料を徴収することはその生存権を侵害するものであって、憲法25条に違反するものであり、亡Aに対する上記処分は多くの者に対する違憲な適用と不可分に結びついている。
また、介護保険料の著しい逆進性の結果、介護保険制度全体として、低所得者層には相対的に負担が重く、高所得者になればなるほど相対的に負担が軽くなっているから、介護保険料が、よりきめ細かく所得の多寡に応じて設定されていたならば、亡Aに課せられる保険料負担は、より低額になるであろうことが明らかである。
よって、亡Aには違憲な法令により介護保険料を徴収されないという法律上の権利を有しているのである。
5 当審における被控訴人の主張
(1) 行政事件訴訟法10条1項について
控訴人らは、本訴において、本件法令・条例が憲法14条、25条に違反すると主張するが、その理由となる具体的な事実関係としては、介護保険料の5段階設定に基づいて保険料を賦課することによる「生活保護基準以下の収入しかない者」に対する不利益を主張するものである。
しかしながら、亡Aは、本件処分当時、「生活保護基準以下の収入しかない者」に当たらなかったことは明らかであり、控訴人らの主張する本件処分の違法事由は、亡Aの法律上の利益に関係がないものであるから、行政事件訴訟法10条1項により、控訴人らは、そのような事由に基づいて、本件処分の取消しを求めて訴えを提起することは許されない。
また、控訴人らは、介護保険料がよりきめ細かく所得の多寡に応じて設定されていたならば、亡Aに課せられる保険料がより低額となるとも主張するが、むしろ、控訴人らの立論によると、生活保護基準以下の収入しかない者の負担を軽減したときには、第4段階である亡Aの保険料は、より高額となる可能性があるのであり、いずれにしても、「生活保護基準以下の収入しかない者」に対する不利益に関する控訴人らの主張が、亡Aの法律上の利益に関係のない違法事由に関する主張であることは明らかである。
(2) 憲法25条及び憲法14条違反の主張に理由がないことは、原審で主張したとおりである。
なお、低収入者からの保険料徴収に関し、生活保護法は、要件を満たす者すべてに対して生活扶助等の支給を認めており、受給「できない」ということは、その要件を満たさないという意味しかなく、その他、生活保護申請そのものに関して控訴人らが主張する点は、生活保護認定の訴訟の場でなされるべきであり、本件訴訟とは関係がない。
また、控訴人らは、厚生労働省が、被保険者の収入のみに着目した介護保険料の一律減免について適当ではないとの見解を示していることをあげて、問題とするようであるが、同見解は、介護保険制度が、介護を国民共同連帯の下で支え合おうとするものであり、保険料を支払った者に対して必要な給付を行うものであることから、収入のみに応じた保険料の一律減免を市町村が単独で行うのは相当でないとの理由に基づくものであり、介護保険制度の趣旨に沿った考え方であることが明らかである。また、そもそも、5ないし6段階設定によって低所得者に対する必要な配慮がすでになされているにもかかわらず、それ以外の方法によって更に一定の低所得者に対する減免を行うのであれば、真にその者に負担能力がないことを見極めねば不公平であり、資産や扶養義務の状況を個別具体的に判断しないで、収入のみに着目して一律に減免措置を講ずることは適当ではない。
第3 当裁判所の判断
1 取消しの理由の制限規定(行政事件訴訟法10条1項)について
(1) 控訴人らが本件処分の取消しを求める理由とするところは、本件法令及び本件条例によって、生活保護受給者及び生活保護受給水準を下回る収入、資産しかない第1段階及び第2段階の被保険者に、介護保険料を賦課することが、憲法25条に違反し、また、本件条例が介護保険料を5段階にしか区分しなかったため、無収入者と数千万円の所得がある者との間にも、わずかに3倍の開差のある介護保険料が設定されたにすぎないことが、憲法14条に違反するから、このような違憲の内容を含む本件法令及び本件条例に基づいて、控訴人らの被相続人である亡Aに行われた本件処分も取り消されるべきであるというのである。
(2) しかしながら、行政処分の取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として処分の取消しを求めることができない(行政事件訴訟法10条1項)ところ、本件処分においては、亡Aは、第1段階及び第2段階よりも所得水準の高い者の属する第4段階に区分されたものであり、同人が、同段階の介護保険料を納付することによって、健康で文化的な最低限度の生活を侵害されるおそれがあることについては、何らの主張もないから、控訴人らにとって、本件法令及び本件条例が憲法25条に違反するということは、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として本件処分の取消しを求めるものというべきである。
(3) 他方で、本件条例における介護保険料の5段階設定が、憲法14条に違反するという理由により、本件処分が取り消されたときには、亡Aは、改めて本件処分におけるものよりも低い保険料を賦課される可能性が全くないとはいえないから、控訴人らにとって、本件法令及び本件条例が憲法14条に違反するという事由は、直ちに、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由としてその取消しを求めるものということはできない。
2 本件処分と憲法14条違反の有無
そこで進んで本件処分が憲法14条に違反するか否かにつき判断するに、本件条例は、5段階の保険料を設定し、生活保護受給者や低所得者である第1段階及び第2段階に属する被保険者にも、介護保険料を賦課することとしたものであるが、原判決の認定するとおり、生活保護受給者に対しては、本件法令、本件条例及び生活保護法において、生活扶助として保険料の実費が加算して支給されるなどの配慮がなされ、低所得者に対しては、法により境界層措置が設けられ、他に保険料の減免又は支払猶予の制度も置かれているのであり、また、介護保険制度が国民の共同連帯の理念に基づき設けられたものであることにかんがみると、本件条例が、上記のような第1、第2段階に属する被保険者について、一律に保険料を賦課しないものとする旨の規定又は保険料を全額免除する旨の規定を設けていないとしても、それが著しく合理性を欠くということはできないし、また、経済的弱者について合理的な理由のない差別をしたものということもできないから、本件条例が憲法14条(及び憲法25条)に違反するものとはいえない(最高裁判所平成18年3月28日第三小法廷判決・裁判所時報1409号3頁参照)。
なお、控訴人らは、低所得者が境界層措置を受けるについては、生活保護受給の申請を行う必要があるところ、実際にはそのハードルは高く、現実に境界層措置を受けることは困難であるから、低所得者は保険料の賦課により健康で文化的な最低限度の生活を侵害されることとなるし、また、生活保護制度は資産調査や生活指導等、受給者に制約等を課すものであり、生活保護の申請を間接的にも強制することは、生活保護を受給しないで自立した生活を営むという自己決定権を侵害すると主張するが、生活保護の受給が必要な者に対してこれが行われない現実があったとすれば、それは生活保護法の運用の問題であって、これが介護保険料の設定について憲法違反の瑕疵をもたらすものとはいえないしき仮に生活保護の受給を強制されない自由があるとしても、境界層措置が同自由を侵害するものともいえないから、控訴人らの上記主張は、いずれも理由がない。
控訴人らのその余の主張がいずれも理由のないことは、原判決の説示するとおりであるから〔原判決「事実及び理由」欄第3「当裁判所の判断」の1及び2(原判決13頁4行目から18頁11行目まで)〕、これを引用する。
なお、原判決が、本件条例について憲法24条に違反するか否かの判断をするに当たり、いわゆる堀木訴訟における最高裁判決を引用して、そのまま立法府の広い裁量権を認めたことは必ずしも相当とはいえず、一般的には、憲法14条の違憲性の判断に当たり、立法府又は行政庁の広い裁量の有無を考慮する必要のない場合もあることは、いずれも控訴人らの指摘するとおりである。
しかしながら、本件のように、保険料設定を5段階にすべきか否か、第1、第2段階の被保険者からも保険料を徴収すべきか否かについては、高度の政策的判断による立法府の広い裁量にゆだねられているものと解されるのであって、本件条例が、その裁量の範囲を逸脱又は濫用し、経済的弱者について合理的な理由のない差別をしたものということはできず、これが憲法14条に違反しないことは前記のとおりである。
3 租税法律主義違反
本件法令及び本件条例が、租税法律主義(憲法84条)に違反しないことについては、原判決が「事実及び理由」欄第3「当裁判所の判断」の3(原判決18頁12行目から20頁9行目まで)に説示するとおりであるから、これを引用する。
4 以上によれば、控訴人らの請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、本件各控訴はいずれも理由がない。
よって、本件各控訴をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 菊池徹 細島秀勝)