大阪高等裁判所 平成17年(行コ)91号 判決 2006年9月14日
控訴人兼第1,第2事件附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)
川崎重工業株式会社
上記代表者代表取締役
大橋忠晴
上記訴訟代理人弁護士
佐藤水暁
被控訴人兼第1事件附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)
A1
外159名
被控訴人兼第2事件附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)
B1
外27名
被控訴人
C1
外585名
上記被控訴人ら訴訟代理人弁護士
飯田昭
同
山﨑浩一
同
小林務
同
山下宣
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 第1事件及び第2事件の各附帯控訴に基づき,原判決主文第2,第3項を次のとおり変更する。
(1) 控訴人は,京都市に対し,金18億3120万円及び内金6億0703万0560円に対する平成12年5月8日から,内金12億2416万9440円に対する平成13年5月26日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は1,2審を通じてこれを10分し,その3を控訴人の負担とし,その余を被控訴人らの各負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 同取消しに係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
2 附帯控訴の趣旨(第1事件,第2事件共通)
(1) 原判決主文第2,第3項を次のとおり変更する。
(2) 控訴人は,京都市に対し,金57億3218万6653円及び内金17億7346万1538円に対する平成12年5月8日から,内金39億5872万5115円に対する平成13年5月26日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,京都市の住民である被控訴人らが,京都市が発注したごみ処理設備建設工事の請負契約の一般競争入札において,控訴人が他の入札参加業者と違法な談合を行い,その結果,落札価格が不当につり上げられ,京都市が損害を被ったなどと主張して,地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの。以下「法」という。)242条の2第1項4号により,上記請負契約等の相手方である控訴人に対し,主位的には,上記請負契約等は公序良俗に反し無効であるとして,工事代金として受け取った公金(合計248億3947万5500円)相当額の不当利得金及びこれに対する遅延損害金を,予備的には,不法行為に基づく損害賠償金(上記金額の13分の3相当額である57億3218万6653円)及びこれに対する遅延損害金を,それぞれ京都市に支払うよう請求する住民訴訟の事案である。
原審は,主位的請求については,監査請求期間経過後に行った監査請求に基づくもので,法242条2項ただし書所定の正当な理由も認められないから,適法な監査請求を経たものとはいえないとして,これを却下したが,予備的請求については一部認容し,控訴人に対し,京都市に11億4450万円及びうち3億7939万4100円に対する平成12年5月8日(原審第1事件の訴状送達の日)から,うち7億6510万5900円に対する平成13年5月26日(請求の拡張の申立書送達の日)から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう命じた。
そこで控訴人が控訴を提起し,他方,被控訴人らのうちの一部の者(別紙1,2のとおり)も,予備的請求に関する認容額が少額に過ぎるとして附帯控訴を提起した。
1 前提事実(証拠掲記のない事実は争いがない。)
(1) 被控訴人らは,いずれも京都市の住民である。
(2) ごみ焼却施設の区分等
ごみ焼却施設は,一般家庭から排出される一般廃棄物の焼却処理を行う施設であり,燃焼装置である焼却炉を中心に,ごみ供給装置,灰出し装置,排ガス処理装置が設置されている。そして,ごみ焼却施設は,炉の燃焼方式により,ストーカ式燃焼装置を採用するごみ焼却施設(ストーカ炉)と,流動床式燃焼装置を採用するごみ焼却施設(流動床炉)等に分類される。ストーカ炉とは,ストーカ(火格子)の上にごみを供給し燃焼させる方式のものであり,ごみの焼却処理に最も多く採用されている。流動床炉とは,ごみと高温の砂を攪拌させることにより,ごみを燃焼させる方式のものであり,比較的小規模なごみ焼却施設で多く採用されている。
また,ごみ焼却施設は,1日の稼働時間により,24時間稼働の全連続燃焼式(以下「全連式」という。),16時間稼働の准連続燃焼式(以下「准連式」という。)及びバッチ燃焼式に区分される。
控訴人は,全連式及び准連式のストーカ炉(当該ごみ焼却施設と一体として発注されるその他のごみ処理施設を含む。)を構成する機械及び装置の製造業並びに清掃施設工事業を営む者である。
(3) ごみ焼却施設の発注方法等
ア 普通地方公共団体は,ごみ処理施設を建設する実行年度の前々年度以前に,ごみ処理基本計画を策定し,将来の人口の増減予測に基づいてごみの種別ごとの排出量を推計し,リサイクルすることができるごみの量や地域内で処理が必要なごみの量等を把握した上,その処理のために設置すべき施設の整備計画の概要を取りまとめている。
そして,普通地方公共団体は,ごみ処理施設の建設用地の選定,環境アセスメント,都市計画の決定等の手続を経た上,実行年度の前年度にごみ処理施設整備計画書を作成し,都道府県を経由して国に同計画書を提出するところ,工事費用を把握するため,将来の入札に参加させることのできる施工業者を選定し,工事の仕様を提示して参考見積金額を徴している。
国が国庫補助事業として予算計上したごみ処理施設整備事業については,予算計上後に内示がされ,当該普通地方公共団体は,内示を受けた後,指名競争入札,一般競争入札又は指名見積り合わせ(以下「指名競争入札等」という。)又は特命随意契約のいずれかの方法により発注しているが,ほとんどが指名競争入札等の方法により発注されている。
イ 普通地方公共団体は,指名競争入札又は指名見積り合わせの方法で発注するに当たっては,入札参加資格申請をした者のうち,普通地方公共団体が競争入札参加の資格要件を満たす者として登録している有資格者の中から入札参加業者を指名している。
また,普通地方公共団体は,一般競争入札の方法で発注するに当たっても,資格要件を定め,一般競争入札に参加しようとする者の申請を受けて,その者が当該資格要件を満たすかどうかを審査し,資格を有する者だけを入札参加業者としている。
(4)ア 京都市は,京都市東北部清掃工場(仮称。現在の京都市東北部クリーンセンター。以下「本件清掃工場」という。)のごみ処理設備建設工事(以下「本件工事」という。)の請負契約を一般競争入札の方法により締結することとし,予定価格を222億8571万5000円と定めた上,平成8年11月18日,本件工事の入札(以下「本件入札」という。)を行い,控訴人が入札価格218億円で落札した。
本件入札には,控訴人のほか,株式会社タクマ(以下「タクマ」という。),日本鋼管株式会社(現商号はJFEエンジニアリング株式会社。以下「日本鋼管」という。),日立造船株式会社(以下「日立造船」という。),三菱重工業株式会社(以下「三菱重工業」という。),株式会社荏原製作所(以下「荏原製作所」という。)及び株式会社クボタ(以下「クボタ」という。)が参加していた。
イ 京都市は,本件入札の結果に基づき,控訴人との間で,平成8年12月13日,本件工事について,代金を228億9000万円(うち消費税相当額10億9000万円),工期を契約日から平成13年3月31日までとする請負契約(以下「本件ごみ処理設備工事請負契約」という。)を締結した。京都市が本件ごみ処理設備工事請負契約において発注したごみ焼却施設は,ストーカ炉で全連式のものである。(契約日について甲8)
ウ 京都市は,控訴人との間で,平成10年9月17日,随意契約の方法により,本件清掃工場の溶融設備建設工事等について,代金を19億4985万円とする請負契約(以下「本件溶融設備工事請負契約」といい,これと本件ごみ処理設備工事請負契約とを併せて「本件各請負契約」という。)を締結した。
(5) 京都市は,控訴人に対し,本件各請負契約に基づき,原判決添付別紙2「公金支出経過等一覧」記載のとおり,代金を支払った。(甲16ないし23,乙3,4)
(6) 公正取引委員会(以下「公取委」という。)は,平成11年8月13日,控訴人,日立造船,日本鋼管,タクマ及び三菱重工業(以下,これらを併せて「5社」という。)が,遅くとも平成6年4月以降,普通地方公共団体が指名競争入札等の方法により発注するストーカ炉の建設工事について,共同して,受注予定者を決定し,受注予定者が受注できるようにしていた事実が認められ,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)3条の規定する「不当な取引制限」(独禁法2条6項)の禁止に違反するとして,5社に対し,独禁法48条2項(平成17年法律第35号による改正前のもの)に基づく排除勧告をした。
しかし,5社がこれを応諾しなかったため,公取委は,平成11年9月8日,審判開始決定をした。なお,公取委の平成16年3月29日付け審決案においては,本件工事を含む合計60件の工事について,5社による談合の事実が認定されている。(甲査190)
(7) 原審第1事件原告である被控訴人らは,京都市監査委員に対し,平成11年12月24日,監査請求を行ったが,同監査委員は,平成12年1月14日,監査請求期間徒過を理由にこれを却下した。
また,原審第2事件原告である被控訴人らは,同監査委員に対し,同年2月4日,監査請求を行ったが,同監査委員は,同月17日,監査請求期間徒過を理由にこれを却下した(以下,被控訴人らの上記各監査請求を併せて「本件各監査請求」という。)。
2 争点
附帯控訴人らが原判決における主位的請求却下部分について附帯控訴の対象としていないため,当審における争点は,予備的請求に係る以下の諸点となる。
(1) 本案前の争点
ア 本件各監査請求の対象と予備的請求に係る訴えの対象とは,同一であるか。
イ 京都市長は,損害賠償請求権の行使を違法に怠っているか(怠っていることの違法性が訴訟要件かどうかを含み,訴訟要件でない場合には本案の争点となる。)。
(2) 本案の争点
ア 控訴人は,本件入札において,談合を行ったか。
イ 京都市が本件溶融設備工事請負契約を随意契約の方法により締結したことは違法か。
ウ 京都市が被った損害及びその額
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)ア(本件各監査請求の対象と予備的請求に係る訴えの対象とは,同一であるか。)について
原判決の「事実及び理由」の第2の4(6)(原判決13頁26行目から同14頁17行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
(2) 争点(1)イ(京都市長は,損害賠償請求権の行使を違法に怠っているか。)について
当審における当事者の主張を次のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の4(7)(原判決14頁20行目から同15頁24行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
(控訴人の主張)
ア 損害賠償請求権という債権について,債権を行使することを前提とした場合でも,最も効率的かつ適切な回収の方法を選択することについては,普通地方公共団体の長に裁量がある。すなわち,本件で,京都市長は,公取委の審決の確定を待って,独禁法25条に基づく損害賠償請求権を行使するという判断をしているが,その判断は,最も効率的かつ適切な権利の行使を選択したものであるから,違法とされるべきではない。
イ また,京都市が控訴人に対して248億円の支払を求める裁判を起こすとすれば,訴状への貼用印紙額だけでも3082万円に上り,予備的請求の請求金額57億3218万6653円を基準に計算したとしても,訴状への貼用印紙額は1176万円となるが,公取委の審決の確定後であれば,京都市は無過失責任を規定する独禁法25条に基づく損害賠償請求権の行使が可能となることから,訴訟を起こすまでもなく,訴訟外で京都市と控訴人の交渉が成立する可能性も高く,そのような場合には,これらの無駄な支出は一切必要ないのであるから,上記審決の確定を待って独禁法25条に基づく損害賠償請求権を行使するという京都市長の判断は,裁量の範囲内の合理的なものである。
なお,被控訴人らが指摘する改正前の独禁法における排除勧告(勧告審決)の制度は,審決の名宛人となるべき者の自由意思による応諾(不利益処分を伴う措置要請に対して協力することの承諾)を基礎として,軽微な負担で,迅速に行政目的を達成しようという趣旨に基づく簡易な手続であるから,違反行為に対する事実上の推定力は極めて弱いものにすぎない。
ウ 逆に被控訴人らの主張によると,本件のように独禁法違反事件が公取委の審判手続に持ち込まれた場合には,普通地方公共団体は,独禁法25条の規定に基づく損害賠償請求権の行使を選択する余地がなく,必ず民法709条に基づく損害賠償請求権を直ちに行使しなければならないこととなる。このことは,普通地方公共団体に対して,審判事件の進行中に民法709条に基づく損害賠償請求権の行使を義務付け,その第一次的判断権を侵害する結果となり,許されるものではない。
エ ちなみに,「違法に怠る事実」が認められるか否かの判断の基準時は,遅くとも,住民監査請求に対する判断がなされた時であり,その時点において「違法に怠る事実」の存在が認められなければ,その後に生じた事由如何に関わらず,住民訴訟は却下又は棄却されるべきである。なぜならば,住民監査請求に対する判断が下された時点で考慮されていなかった事由により,「違法に怠る事実」が存在すると判断されるような場合は,実質的にみて監査委員による監査が行われていなかったに等しく,住民訴訟の要件として住民監査請求を経ることを求めている地方自治法の趣旨に明らかに反するからである。したがって,本件において,京都市が損害賠償請求権を行使しないことの違法性を判断するに当たっては,監査委員が監査を行った平成12年1月14日以降に生じた事実を判断の基礎とすることは許されず,同時点では,公取委の平成16年3月29日付け審決案も存在せず,審判記録を閲覧謄写することも不可能であったから,京都市が公取委の審判の成り行きを見守るという対応を取ったとしても,何ら「違法に怠る」と評価されるものではない。
(被控訴人らの主張)
ア 独禁法25条の規定に基づく損害賠償請求が将来可能になるとしても,そのことが現に発生している不法行為に基づく損害賠償請求権を行使しないことを正当化する理由とはならない。不法行為に基づく損害賠償請求訴訟の手段によっても,実際には故意過失の立証は比較的容易であり,公取委がそれまでに集めた事件資料を参考にしたり,公取委に対して民事訴訟法上の調査嘱託や鑑定嘱託を行うことも可能であり,立証の負担に関しては,独禁法25条に基づく損害賠償請求訴訟の場合と大差がない。逆に後者によると,公取委の審決が確定するまで訴訟を起こせず,また,東京高等裁判所の専属管轄となるなど,被害者に不利である。
イ 貼用印紙額については,訴訟に勝訴すれば訴訟費用として控訴人に負担させることができるところ,本件は既に公取委の排除勧告がなされており,勝訴の可能性が高いのであるから,京都市長が不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起しない理由とはならない。
ウ 控訴人は,被控訴人らの主張が独禁法25条の存在意義を失わせ空文化させる旨を主張するが,逆に控訴人の主張こそ,談合事案に関して独禁法25条に基づく損害賠償請求権の行使を義務付け,不法行為に基づく損害賠償請求の途を閉ざし,ひいては法242条の2第1項4号の存在意義を失わせるものであり,失当である。
エ 監査請求前置主義は,裁判の前に,普通地方公共団体の内部で簡易迅速な自主的解決を図る機会を持つための制度であるから,その制度趣旨からすれば,監査請求に対する判断がなされる時点において,必ずしも住民訴訟が認容されるための要件(本件では京都市の「違法に怠る事実」の存在)が満たされるまでの必要はない。「違法に怠る事実」の有無の判断の基準時は,住民訴訟における事実審の口頭弁論終結時と解すべきであり,そのように解しても,住民訴訟の内容と監査請求の内容に同一性があれば,監査請求前置主義の趣旨に反することにはならない。逆に,談合事案等では,監査請求に対する判断の時点では裏付資料が不十分なことが多く,控訴人の主張するように解すると,談合事案などに対する住民訴訟の途を閉ざすことになり不当である。
(3) 争点(2)ア(控訴人は,本件入札において,談合を行ったか。)について
次のとおり補正し,当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の4(3)(原判決9頁7行目から同12頁14行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
ア 原判決の補正
原判決11頁19行目「およそ信用性がない。」の次に「甲野一夫(以下「甲野」という。)の公取委の審査官に対する平成10年9月17日付け供述調書(2通)は,公取委が三菱重工業への立入検査を実施した当日に作成されたものであり,混乱に乗じ,審査官の誤った先入観と予断によって誘導して作成された疑いがある。また,上記各供述調書は,甲野に閲読をさせずに作成されたものであり,甲野が供述調書の内容を冷静に確認した上で署名指印をしたとはいえず,甲野の供述内容を正確に記載したものではない,」を加える。
イ 当審における当事者の主張
(被控訴人らの主張)
(ア) 控訴人は,甲野に職務上の権限はなかった旨指摘するが,三菱重工業において,普通地方公共団体が計画しているストーカ炉の建設工事について,どの工事について営業するかという検討や取りまとめは環境装置一課において行っていたのであるから,甲野がストーカ炉の官公需部門の営業の実質的責任者として,受注工事,販売価格等を決めていたといえる。
(イ) 控訴人の丙山が所持していた丙山リストに記載された22件の工事のほとんどが指名競争入札により業者と契約を締結したものである。各社の価格の自由競争によって落札業者が決定される競争入札制度のもとにあっては,各社が,他社の営業活動の進捗状況等を注視して,自社の受注条件に合致する工事に受注目標を絞り込んで集中的に営業しても,目標どおりの契約を締結できるわけではない。しかも,5社は,技術力,営業力,過去の受注実績が伯仲している。このような状況での受注予想としては,有力な2,3社を絞り込むことまでは可能でも,競争入札制度での落札者1社まで予想することはほとんど不可能である。それにもかかわらず,丙山リストでは,龍ヶ崎地方塵芥処理組合の工事や福知山市の工事のように,発注時期を4年先の平成11年度と見込んでいながら受注業者が正確に記載されているものさえ存在している。
他方,丙山リストの予想が的中していないとされている4件のうち3件は,5社に入っていないクボタが落札したものである。5社に限って言えば19件中18件を丙山リストに記載された会社が実際に落札している。これほどの高い精度で競争入札制度での落札者を予想することは不可能である。したがって,丙山リストは,単なる年度別受注予想ではなく,張り付け会議や受注調整行為によって,受注予定者を決定した工事を記載したものとしか考えられない。
(ウ) 「京都市北部クリーンセンター」の建替計画の概要が京都市により発表されたのは,平成12年6月のことであり,その発注・落札がなされたのは平成13年のことであるから,丙山リストが作成された平成7年9月の時点で,平成8年の受注予定計画として記載されることはあり得ない。また,「京都市北部クリーンセンター」は,もともと400トンの処理能力で稼働してきた清掃工場の,現在場所においての建替計画なのであり,それが丙山リストが作成された平成7年9月の時点で,平成8年の受注予定計画として700トンにまで拡張して建て替えられるとの想定自体あり得ない。
(控訴人の主張)
(ア) 三菱重工業においては,課長であっても,1億円未満の黒字工事についてのみ決裁権限があるにすぎず,実質的にどのような案件をいくらで入札するといったことを決定する権限はないから,主務や課長であった甲野が独断で5社の部課長クラスの会合に出席し,受注調整を行うことは考えられない。
(イ) 丙山リストは,単に控訴人が独自に業界内の競争相手の動向を織り込んで受注予想を記載した「年度別受注予想」にすぎない。ストーカ炉の建設は,5社とも専用の工場等を保有しているわけではなく,多くの下請業者を使った現地組立てで行われるものであり,大手5社といえども年間5,6件が最大の受注許容量であるから,各社とも,他社の営業活動の進捗状況等を注視して,自社の達成すべき予算や公募条件,立地条件等の自社の受注条件に合致する工事に受注目標を絞り込んで集中的に営業するのであって,受注予想が高い確率で的中しても決して不思議なことではない。また,5社以外のプラントメーカーは,控訴人にとって取るに足りない存在であり,むしろ,平成7年当時の状況からすれば,5社以外のプラントメーカーの細かな営業情報を収集することは困難であったといえるから,丙山リストに荏原製作所やクボタが記載されていないことは何ら不自然ではない。
(ウ) また,丙山リストの「京都市―北」の記載は,本件清掃工場である「京都市東北部清掃工場」ではなく「京都市北部クリーンセンター」を簡略化して表記したものと解するのが自然である。ごみ焼却炉メーカーとしては,計画が公に発表されてから営業活動を行ったのでは時既に遅しであって,ごみ焼却炉建設工事の計画が公に発表される相当以前から情報を収集し,予想される発注に対して営業活動を行うことは日常的にごく当たり前の話である。特にごみ焼却炉の建設工事の中でも,「京都市北部クリーンセンター」のような建替工事については,厚生省(環境省)の基準により竣工後15年以上経過しなければ補助金が付かないため,それを目安に建替時期を推測することが比較的容易であることから,比較的早期の段階から営業活動を行うことが多く,結果的に入札が行われるまでに10年以上も営業活動を続けることも珍しくない。したがって,「京都市北部クリーンセンター」の概要が発表される相当以前である平成7年の時点で,控訴人が「京都市北部クリーンセンター」の発注を予測していたとしても何ら不自然ではない。
(4) 争点(2)イ(京都市が本件溶融設備工事請負契約を随意契約の方法により締結したことは違法か。)について
当審における当事者の主張を次のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の4(4)(原判決12頁17行目から同13頁7行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
(被控訴人らの主張)
本件溶融設備工事請負契約は,19億4985万円という金額の大きさからしても,溶融設備という本体工事とは別個独立の工事であることからしても,技術的見地及び経済的見地に照らし,法施行令167条の2第1項2号の「その性質または目的が競争入札に適さないもの」とはいえず,競争入札が行われるべきものである。
また,仮に京都市が,競争入札でなく随意契約の方法で,本件溶融設備工事請負契約の相手方として,本件ごみ処理設備工事請負契約の相手方である控訴人を選定したことについて,上記法令の関係での違法性が認められないとしても,本体工事と溶融設備工事は,いわば「親亀と子亀」の関係にあるものであるから,本体工事について談合による違法性が認められる以上,溶融設備工事についても瑕疵を帯びるというべきである。すなわち,本件ごみ処理設備工事請負契約が談合により競争原理が働かない状況下で不当につり上げられた契約金額で締結された場合には,それに関連して競争原理が働かない随意契約により締結された本件溶融設備工事請負契約についても,本件ごみ処理設備工事請負契約の上記瑕疵を承継していると認めるべきである。
さらに,本契約につき不正な談合行為を行い,その結果,競争原理が働かない状況下で不当に高額な契約金額で落札した者については,本契約に付随して随意契約により締結された設備契約に関しても,少なくとも本契約と同程度の不当に高額な契約金額で締結されたものと推認すべきである。
(控訴人の主張)
地方自治法施行令(以下「法施行令」という。)167条の2第1項2号の判断基準については,最高裁判所昭和62年3月20日第二小法廷判決(民集41巻2号189頁)が「当該普通地方公共団体の契約担当者の合理的な裁量判断により決定されるべきものと解するのが相当である。」と判示しているとおりであるところ,京都市の担当者において,本件溶融設備工事請負契約をもって上記法令にいう「その性質または目的が競争入札に適しないもの」に該当すると判断したことについて,合理性を欠くと判断することができないことは明らかである。
また,本件ごみ処理設備工事請負契約と本件溶融設備工事請負契約とは,それぞれ独立した別個の契約であり,一方が違法であれば当然に他方も違法であるということにはならない。
さらに,京都市は,随意契約を締結する場合であっても,当然にその金額が適正妥当なものかどうかを十分に検討し,更に相手方企業と十分に交渉した上で,納得して任意に随意契約を締結するのであり,かつ,その能力も十分に有しているから,随意契約を締結することが直ちに不当に高額な契約金額で契約を締結することにはならない。
(5) 争点(2)ウ(京都市が被った損害及びその額)について
当審における当事者の主張を次のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の4(8)(原判決16頁1行目から同17頁16行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
(被控訴人らの主張)
ア 本件における民事訴訟法248条に基づく損害額の算定については,平成17年に独禁法が改正されて課徴金が6パーセントから10パーセントに引き上げられたことが参考になる。この引き上げの理由として,公取委は,過去の違反事例について実証的に不当利得額を推計したところ,平均16.5パーセント程度,約9割の事件では8パーセント以上の不当利得が存在するという結果が得られたことを挙げている。この公取委の調査結果からすると,16.5パーセント,最低でも8パーセントの損害が認定されるべきことは明らかである。
イ また,京都府も,談合が確認された場合の関係業者への損害賠償請求額を見直し,契約額の10パーセントから20パーセントに引き上げることにした。
ウ さらに,本件溶融設備工事請負契約金額の少なくとも30パーセント相当額についても,本件溶融設備工事請負契約が承継する本件ごみ処理設備工事請負契約の上記瑕疵に基づき,あるいは同契約における談合による不法行為と相当因果関係ある損害の範囲にあるものとして,京都市が受けた損害として認定されるべきである。
(控訴人の主張)
ア 今般の独禁法の改正における課徴金制度の性格については,公取委自らが「カルテル・入札談合等の違反行為防止という行政目的を達成するため,行政上の措置として,違反行為による経済的利得相当額を国が徴収する現行の仕組みを改め,不当利得相当額以上の金銭を徴収する仕組みとする」と公表しており,独禁法上の課徴金制度の趣旨及び目的としては,不当利得の剥奪という意味付けは明確に否定されている。
イ 被控訴人らが指摘する京都府による損害賠償請求額の見直しとは,契約書に盛り込まれる違約金条項のことを指すものと思われるが,同条項は,談合が行われたことによって実際に発生する具体的損害とは全く無関係に規定されているものであり,専ら談合等の違反行為を抑止する目的で規定されるものであるから,これら違約金条項を基準とすることも失当である。
ウ 随意契約を締結することが直ちに不当に高額な契約金額で契約を締結することになるとの決めつけを前提とする被控訴人らの主張は全く理由がない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)ア(本件各監査請求の対象と予備的請求に係る訴えの対象とは,同一であるか。)について
控訴人は,本件各監査請求は,本件ごみ処理設備工事請負契約の無効等を理由として,不当利得に基づき工事代金として受け取った公金相当額の返還等を求めるものであるのに対し,予備的請求に係る訴えは,控訴人の談合という不法行為に基づき損害賠償を求めるものであるから,両者には同一性がない旨主張する。
そこで,検討するに,証拠(甲15の1)及び弁論の全趣旨によると,本件各監査請求は,本件各請負契約について,5社の談合という違法行為に基づく無効なものであるとして,京都市が控訴人に支払った請負工事代金のうち既払分の返還及び未払分の支払の差止め等の適切な措置を講じるよう求めるものであったことが認められる。そして,このような適切な措置には,普通地方公共団体が5社の談合という違法行為によって被った損害を補填するために必要な措置を講ずべきこと,すなわち,控訴人に対して損害賠償を求める訴えを提起することも含まれていると解するのが相当である。
そうすると,本件各監査請求と予備的請求に係る訴えとは,いずれも,本件入札に関する控訴人を含む5社の談合の事実を指摘して,本件各請負契約の締結という財務会計上の行為を対象ないし問題としており,これらの点で両者は共通するものがあるといえる。また,本件各監査請求は,京都市に対し,既に支払われた工事代金の返還及び未払分の支払の差止め等の適切な措置を講ずることを求めているが,前記のとおり,かかる適切な措置には,普通地方公共団体が被った損害を補填するために必要な措置を講ずべきこと,すなわち,控訴人に対して損害賠償を求める訴えを提起することも含まれていると解するのが相当であるから,この点においても両者には共通点が存するというべきである。
したがって,本件各監査請求と予備的請求に係る訴えとの間には,同一性があるものと認めるのが相当である。
そして,本件のように,普通地方公共団体の実施した指名競争入札において談合をした指名業者らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠る事実に係る住民監査請求には,法242条2項は適用されないから(最高裁判所平成14年7月2日第三小法廷判決・民集56巻6号1049頁参照),予備的請求に係る訴えは適法な監査請求を経た適法なものというべきである。
2 争点(1)イ(京都市長は,損害賠償請求権の行使を違法に怠っているか。)について
独禁法違反の行為によって自己の法的利益を侵害された者は,当該行為が民法上の不法行為に該当する限り,これに対する審決の有無にかかわらず,別途,一般の例に従って損害賠償の請求をすることを妨げられない(最高裁判所平成元年12月8日第二小法廷判決・民集43巻11号1259頁参照)。
本件のうち予備的請求に係る訴え部分は,前記第2のとおり,被控訴人らにおいて,京都市が,談合により不当につり上げられた代金額で本件ごみ処理設備工事請負契約を締結し損害を被ったという不法行為に基づく損害賠償請求権を控訴人に対して有しているにもかかわらず,京都市長がこれを行使しないとして,法242条の2第1項4号に基づき,控訴人に対し,京都市に代位して損害賠償請求訴訟を提起したものであるところ,当審口頭弁論終結時点においても京都市長が控訴人に対して上記損害賠償請求権を行使していないことは,当裁判所に顕著である。
ところで,普通地方公共団体の債権については,その長がこれを行使すべき義務を負い,行使するか否かについての裁量の余地はほとんどないものと解される(法施行令171条以下。なお,法96条1項10号参照)。したがって,長が,法施行令171条の5に定める場合でないのに,相当期間債権を行使しないときは,それを正当とする特段の事情のない限り,違法というべきである。
この点,控訴人は,債権を行使することを前提とした場合でも,最も効率的かつ適切な回収の方法を選択することについては,普通地方公共団体の長に裁量があり,京都市長が公取委の審決が確定するまで上記損害賠償請求権を行使しないことには合理性がある旨を主張する。しかしながら,公取委の審判手続において,控訴人を含む5社が談合の事実を全面的に否認して争っている状況に鑑みると,審決が確定するまでには,審決取消訴訟の帰すう等を含め,なお相当長期間を要することが想定される。しかるに,その間,京都市長が上記損害賠償請求権を行使しないでいるとすれば,普通地方公共団体の被った損害の回復が図られない状態が長期間継続し,法242条の2第1項4号に基づく損害賠償代位請求訴訟の目的に沿わないこととなる。したがって,上記は上記損害賠償請求権を行使しないことを正当とする特段の事情に当たるとはいえないし,仮に独禁法25条に基づく損害賠償請求権を行使することを理由とするものであっても,それが最も効率的かつ適切な権利の行使を選択したものとして合理性を有するともいえない。
なお,控訴人は,訴え提起に必要な貼用印紙額の負担や,独禁法25条に基づく損害賠償請求権行使を行う際の控訴人側の対応を,京都市長の裁量の合理性の事情としてるる主張するが,いずれも不法行為を理由として控訴人に対する損害賠償請求訴訟を提起しない京都市長の判断の合理性を直ちに基礎付けるものとはいえない。
また,控訴人は,「違法に怠る事実」が認められるか否かの判断の基準時は,遅くとも,住民監査請求に対する判断がなされた時である旨を主張するが,本件訴訟は,監査委員の判断の適否を審理の対象とするものではないから,「違法に怠る事実」の有無の判断の基準時は,事実審の口頭弁論終結時と解すべきである。
したがって,「怠る事実」の違法性が訴訟要件であるか実体要件であるかを問わず,いずれにせよ,控訴人の本争点に関する主張は,いずれも採用することができない。
3 争点(2)ア(控訴人は,本件入札において,談合を行ったか。)について
(1) 認定事実
前記第2の1の事実に,証拠(各項掲記のほか,甲査28,46,87,190)及び弁論の全趣旨によると,次の各事実が認められる。
ア 5社は,いずれも全連式及び准連式のストーカ炉を構成する機械及び装置の製造,据え付けなどの工事を行う会社であり,プラントメーカーといわれている。ストーカ炉の建設工事のプラントメーカーとしては,5社のほかに,荏原製作所,クボタ,住友重機械工業株式会社,ユニチカ株式会社(以下「ユニチカ」という。),石川島播磨重工業株式会社,株式会社川崎技研,三機工業株式会社等があるが,これらのプラントメーカーの中でも,5社は,ストーカ炉の建設工事について,施工実績の多さ,施工経歴の長さ,施工技術の高さ等が群を抜いていることから,「大手5社」と称されている。(甲査31,33)
イ 平成3年度から平成7年度(平成7年9月11日現在)までの5年間に,ストーカ炉(100トン以上)の建設工事について,指名競争入札の方法により,発注者である普通地方公共団体から入札参加者としての指名を受けた実績をみると,5年間の全体指名率は,三菱重工業は95.4パーセント,タクマは87.4パーセント,日本鋼管は86.0パーセント,控訴人は85.9パーセント,日立造船は85.0パーセントであり,一方,荏原製作所は24.1パーセント,クボタは17.2パーセント,石川島播磨重工業株式会社は4.7パーセント,ユニチカは4.0パーセントにとどまり,5社とそれ以外のプラントメーカーとの間には大きな格差が存在していた。(甲査149)
平成4年度から平成9年度までの間に,5社を含むプラントメーカーがストーカ炉の建設工事を受注した実績をみると,日立造船は6739トン(シェア15.0パーセント),タクマは6520トン(同14.5パーセント),三菱重工業は5315トン(同11.9パーセント),日本鋼管は5297トン(同11.8パーセント),控訴人は3977トン(同8.9パーセント)であり,一方,荏原製作所は1729トン(同3.9パーセント),クボタは1620トン(同3.6パーセント),住友重機械工業株式会社は1324トン(同3.0パーセント),ユニチカは457トン(同1.0パーセント)にとどまっていた。(甲査160)
さらに,平成6年4月1日から平成10年9月17日までの間に,普通地方公共団体が指名競争入札等の方法により発注したストーカ炉の建設工事の件数は87件であり(その発注者,全連・准連の別,処理能力,落札業者等の詳細は,原判決添付別紙4「ストーカ炉の建設工事一覧(平成6年度から平成10年度)」(以下「工事一覧表」という。)のとおりである。),発注トン数(トン数は,1日当たりのごみ処理能力を示す。以下同じ。)は2万3529トン,発注金額は約1兆1031億円である。そのうち,5社のいずれかが受注した件数は66件であり,受注トン数は,発注トン数の約87.3パーセントに相当する2万0534トン,受注金額(落札金額による。以下同じ。)は,発注金額の約87パーセントに相当する約9601億円に及んでいた。(甲査29)
ウ 5社のごみ焼却施設の営業部署の部長,課長らは,持ち回りで会合を開催していた。この会合は,平成6年4月からは月に1回程度開かれ,三菱重工業は本社機械事業本部環境装置第一部環境装置一課長である甲野(平成8年4月就任),日立造船は環境・プラント事業本部環境東京営業部長である乙山三郎,日本鋼管は環境第一営業部第一営業室長である丁木二男(以下「丁木」という。),タクマは環境プラント統轄本部東京環境プラント第一部第二課長である亥村四郎,控訴人は平成8年4月から本社機械・環境・エネルギー事業本部環境装置営業本部環境装置第一営業部長である戊川五雄(平成8年4月以前は己田)がそれぞれ出席していた。上記5社の出席者らは,ストーカ炉の入札に係る工事や入札金額の決裁権限は有していないものの,いずれも工事選定の過程や入札価格決定過程に関与し得る立場にあった。上記5社の会合は,平成10年9月14日の会合を最後に,同月17日に公取委の立入検査を受けた後は自粛し,開催されていない。(甲査33,46,104,105,139,164,丙24,33)
エ 前記5社の会合においては,さまざまな協議が行われたが,その中で,ストーカ炉の建設工事に関する受注調整を行うことがあった。
すなわち,会合の出席者は,どのような発注予定工事があるかについて,共通の認識を有していたところ,各出席者が,発注予定工事について受注希望を出し合った。その際,発注予定工事は,規模別に,400トン以上の大型,200トン以上の中型及び200トン未満の小型の3つに区分し,それぞれに分けて受注希望を確認していた。
そして,5社内で受注調整を行い「チャンピオン」と呼ばれる受注予定者を決定していた。すなわち,ある普通地方公共団体からの発注が見込まれるストーカ炉建設工事について,受注希望者が1社の場合には,当該会社が受注予定者となり,受注希望者が2社以上の場合には,希望者同士が話し合って受注予定者を決定した。受注予定者の決定は,5社が平等に受注することを基本とし,5社の受注工事の処理能力の合計が平等になるようにしていた。
受注予定者は,指名を受けた工事について積算し,5社を含む相指名業者各自に,入札の際に書き入れる相手方の金額を電話等で連絡して協力を求め,5社のうち相指名業者となった者らはこれに協力していた。5社以外のアウトサイダーの会社が一緒に入札参加の指名を受けた場合には,受注予定者が受注できるように,受注予定者が個別に当該会社に協力を求めていた。また,かなりの回数相指名となって5社が受注できるように協力させていたアウトサイダーの相指名業者には,ときには,指名予定業者が前記5社の会合に諮って了承を得た後,ストーカ炉を受注させたこともあった。(本項について甲査35,37,40ないし45,47,49,102,108)
オ 5社は,ストーカ炉建設工事の受注予定者を決定する協議が行われる会議を張り付け会議と称していたところ,少なくとも次の日時・内容の張り付け会議が行われた。
(ア) 平成8年12月9日には,中型及び小型から1件ずつ,更に小型から1件の合計3件のストーカ炉建設工事の受注に係る張り付け会議が行われた。(甲査67,76)
(イ) 平成9年9月29日には小型から3件,同年10月16日には大型から1件,同月29日には中型から2件のストーカ炉建設工事の受注に係る張り付け会議が行われた。(甲査60,62,63)
(ウ) 平成10年1月30日には,中型ストーカ炉建設工事の受注に係る張り付け会議が行われた。(甲査55,58)
(エ) また,同年3月26日には,中型及び小型のストーカ炉建設工事の受注に係る張り付け会議が行われた。(甲査73,96,102)
カ 控訴人の本社機械・環境・エネルギー事業本部環境装置営業本部西部営業部参事である丙山が所持していた丙山リストは,平成7年9月28日ころに作成されたものである。
丙山リストは,原判決添付別紙3のとおり,「年度別受注予想」と題して,縦欄を,平成8年度,平成9年度,平成10年度,平成11年度,平成12年度以降という各年度に区分し,横欄を,「K」(控訴人),「M」(三菱重工業),「H」(日立造船),「N」(日本鋼管),「T」(タクマ)という5社の名称の頭文字と解される文字を記載し,それぞれを「−S」,「−F」に区分して,Sすなわちストーカ炉につき合計79件の工事を記載している。
そして,S欄に記載された工事と工事一覧表に記載された工事とを対比すると,平成8年度から平成10年度までに発注されたストーカ炉の建設工事合計43件のうち,以下の22件の工事が記載されていることが認められる(括弧内の番号は,工事一覧表記載の工事番号を示す。以下も同じである。)。
(ア) 平成8年度に発注された建設工事15件のうち12件(平成8年度の欄の「三原市」(45),「日南市」(46),「苫小牧市」(49),「宇城七」(50),「置賜市」(51),「久居」(52),「尼崎市」(53),「福岡市」(54),「熱海市」(55),「京都市―北」(58),平成10年度の欄の「湖北広域」(56),平成11年度の欄の「竜ヶ崎」(59))
(イ) 平成9年度に発注された建設工事21件のうち9件(平成8年度の欄の「いわき市」(76),「児玉郡」(77),平成9年度の欄の「札幌市」(60),「名古屋猪子」(61),「佐世保市」(74),「新城市」(79),「東京―中央」(80),平成10年度の欄の「函南」(71),平成11年度の欄の「福知山市」(62))
(ウ) 平成10年度に発注された建設工事7件のうち1件(平成9年度の欄の「名古屋五条」(85))
なお,丙山リストに記載されたその余の工事名の工事については,平成10年度までには発注されていない。
このような丙山リストは,普通地方公共団体からの発注が見込まれるストーカ炉建設工事のうち,既に張り付け会議によって受注予定者が決まった分について,発注見込年度,受注予定者ごとにまとめて記載したものである。そして,同リストには,平成8年度の控訴人を受注予定者とする欄に,「京都市―北」として,京都市発注に係る本件清掃工場が記載されている。(甲査29,89,140)
キ 本件入札に参加した7社の入札価格は,以下のとおりであり,控訴人及び荏原製作所以外の入札価格は,いずれも予定価格である222億8571万5000円を上回っていた。(甲査29,調査嘱託)
控訴人 218億円
荏原製作所 220億円
日立造船 225億円
日本鋼管 225億8000万円
タクマ 229億7000万円
三菱重工業 231億円
クボタ 233億5000万円
(2) 争点に対する判断
前記(1)アないしカの各認定事実に徴すると,5社間には,遅くとも平成7年9月28日ころまでに,本件基本合意が成立していたものであり,本件清掃工場のストーカ炉建設工事について平成8年11月18日に実施された本件入札についても,本件基本合意に基づいて,平成7年9月28日ころの時点までには5社間で控訴人を受注予定者とする旨決められていたものと認められる。
また,前記(1)キの本件入札における入札参加業者7社の入札価格をみると,京都市の予定価格を下回っていたのは,控訴人と荏原製作所の2社のみであり,5社のうち控訴人を除く4社は,いずれも京都市の予定価格を上回っていた。そして,前記(1)エのとおり,5社以外のアウトサイダーの会社が一緒に入札参加の指名を受けた場合には,受注予定者が受注できるように,受注予定者が個別に当該会社に協力を求めることとされていたことからすると,本件入札においても,控訴人は,アウトサイダーである荏原製作所及びクボタに対し,事前に,控訴人が落札できるよう協力を要請するなどの働きかけを行ったものと推認することができる(荏原製作所及びクボタが弁護士法23条の2第1項に基づく照会に対して5社からの協力要請等を否定した回答書(丙14の1,丙15の1)の記載は,いずれもにわかに措信し難く,上記認定判断を左右するものではない。)。
そうすると,控訴人は,本件基本合意に基づき,本件入札において,他の入札参加業者と談合をして受注予定者となり,競争原理が働かないような状況下で本件工事を不正に落札したものであり,これは京都市に対する不法行為を構成するものというべきである。
(3) 控訴人の主張について
本争点に関し,控訴人は,5社及び他の本件入札参加業者との談合の事実を否定し,るる反論をするので,以下検討する。
ア 甲野の供述について
三菱重工業の甲野は,公取委が立入検査に入った平成10年9月17日,公取委の審査官に対し,前記(1)エと同旨の供述をしている(甲査28,46。以下「初期供述」という。)。これに対し,控訴人は,①甲野の公取委の審査官に対する初期供述を録取した平成10年9月17日付け供述調書(2通)は,公取委が三菱重工業への立入検査を実施した当日に作成されたものであり,混乱に乗じ,審査官の誤った先入観と予断によって誘導して作成された疑いがある,②また,上記各供述調書は,甲野に閲読をさせずに作成されたものであり,甲野が供述調書の記載内容を冷静に確認した上で署名指印をしたとはいえず,甲野の供述内容を正確に記載したものではないなどと主張し,甲野も,後日の公取委の審査官による審訊や別件訴訟の証人尋問において,5社の会合における本件基本合意の存在について否定し,上記初期供述については,審査官の質問に対して何と答えたか覚えていない,長時間にわたって取調べを受け,審査官の作成した供述調書の閲読もさせてもらえなかったが,非常に疲れていて,早く帰りたかったので供述調書の内容をよく理解しないまま署名指印してしまったなどと,初期供述の内容を覆す供述をしている(甲査165,166,168ないし170,175,176,179ないし189,丙33)。
しかしながら,前記甲野の初期供述に係る各供述調書は,公取委が三菱重工業への立入検査を実施した当日に作成されたものであり,甲野の記憶が比較的鮮明であり,かつ,甲野が他の者に相談したり,他の者から示唆又は指示を受けることのない状況での供述を録取したものということができる。しかも,甲野の初期供述は,審査官が,立入調査によって収集した証拠を整理・検討するいとまのない時点でのものであるから,審査官による誘導がされた可能性はむしろ低いというべきである。また,当日の事情聴取の経緯,内容等に関する甲野の審訊調書(甲査165ないし173,182ないし189)の内容に照らしても,審査官が,不当に甲野の意思を抑圧したり誘導したような形跡は窺えない。
さらに,上記甲野の初期供述に係る各供述調書は,甲野が,審査官から内容について読み聞かせをされた後,自ら署名指印をしたものであるから(甲査182),甲野に閲読をさせなかったことをもって,直ちにその信用性が否定されるものとはいい難い。また,甲野が,帰社後,三菱重工業の上司や弁護士等に事情聴取の内容を報告していること(甲査187)や,上記各供述調書の内容が,日本鋼管の丁木が所持していた,甲野と審査官とのやり取りを記載したと推認されるメモ(甲査36,80。これらを丁木が所持していたことについては甲査140)の内容とも概ね一致していることからすると,甲野は,自己が審査官に対して供述した内容について,十分認識し記憶していたものとみることができる。
そして,甲野は,平成10年9月17日の事情聴取を終えて三菱重工業に帰社した後,審査官に対して供述した初期供述の内容を上司や弁護士らに報告し,協議したことにより,その重要性(三菱重工業にとって著しく不利益な内容であること)を自覚したため,審訊の際には,談合の事実を一転して否認し,初期供述の事情聴取の状況について曖昧かつ不合理な供述に終始するようになったものと考えるのが合理的である。したがって,前記審訊の際の甲野の供述内容については,初期供述に比して信用性に乏しいものといわざるを得ない。
以上によれば,甲野の初期供述に係る前記各供述調書の信用性は,いずれも十分これを認め得るものであって,この点に関する控訴人の主張は,いずれも採用することができない。
イ 甲野の権限について
控訴人は,三菱重工業においては課長であっても1億円未満の黒字工事についてのみ決裁権限があるにすぎず,実質的にどのような案件をいくらで入札するといったことを決定する権限はないから,主務や課長であった甲野が独断で5社の部課長クラスの会合に出席し,受注調整を行うことは考えられないと主張する。
しかし,証拠(甲査164)及び弁論の全趣旨によると,当時,三菱重工業においては,最終的な決裁権限とは別に,ストーカ炉建設工事の見積金額についての発言権は甲野が一番有しており,ほとんどすべてのストーカ炉建設工事について,実質的に甲野が見積額を決めていたことが認められるから,甲野が5社の会合に出席し,ストーカ炉建設工事についての受注調整を行うことは何ら不合理なものではない。したがって,前記控訴人の主張を採用することはできない。
ウ 丙山リストについて
(ア)a 控訴人は,丙山リストと実際の受注状況と対比すると,工事の処理能力,受注年度,受注業者等に多くの相違がある上,特命随意契約が締結されることが見込まれ,受注調整が不可能な「大阪―舞洲」,「大阪―平野」及び「大阪―東淀」の各工事も丙山リストに記載されていることなどに照らすと,丙山リストは,控訴人が独自に業界内の競争相手の動向を折り込んで受注予想を記載した社内資料にすぎない旨を主張する。
b 確かに,工事一覧表と対比すると,丙山リストに記載された22件の工事のうち,M―S欄の「久居」工事(52),N―S欄の「日南市」工事(46)及び「函南」工事(71)並びにT―S欄の「東京―中央」工事(80)については,割り振られた会社とは異なる会社が受注していることが認められる。
c しかしながら,上記b以外の18件の工事については,丙山リストに記載された会社と実際の落札業者とが一致している。また,落札業者が一致していない上記4件の工事のうち,「日南市」工事,「久居」工事及び「函南」工事は,5社以外のクボタが落札したことが認められるところ,前記(1)エのとおり,かなりの回数相指名となって5社が受注できるように協力させていたアウトサイダーの相指名業者には,ときには,指名予定業者が前記5社の会合に諮って了承を得た後,ストーカ炉を受注させたこともあったのであり,前記3例もそれに該当するものと考えられる。そして,5社についてみれば,ほぼ丙山リストで割り振られた会社が実際に落札しているのであり,控訴人がいかに綿密な調査・分析を行ったとしても,数年先までの将来にわたって,発注見込工事ごとの控訴人及び同業他社による受注予想をこれほど高い精度で的中させるということは,到底想定し難いといわざるを得ない。
d また,証拠(甲査141,丙19の1ないし7,丙20の1ないし5)及び弁論の全趣旨によれば,「大阪―舞洲」の工事については,日立造船が,大阪市から,平成6年12月8日,見積書等の提出依頼を受け,見積書等を提出していたところ,平成7年8月31日付けで実施設計の参考図書作成を依頼され,平成9年3月28日,特命随意契約の方法により請負契約を締結したこと,「大阪―平野」の工事については,平成7年12月11日,大阪市が公募し,平成11年2月8日,日本鋼管が特命随意契約の方法により請負契約を締結したことが認められ,「大阪―東淀」の工事についても,同様に特命随意契約により発注される予想がされていたことが推認されるが,上記大阪市発注の3件の工事については,大阪市が技術提案審査方式を採ることが判明する以前に,既に5社間で受注予定者が割り振られていた可能性も十分考えられるところである。
e さらに,仮に丙山リストが控訴人の受注予想を記載したものにすぎないとすれば,荏原製作所やクボタなどといった,5社に次ぐ受注実績を有するプラントメーカー等について,一切記載がされていないということも不自然である。
f また,原判決添付別紙5「日立造船,日本鋼管,川崎重工業,三菱重工業のリストの工事の記載状況一覧」記載のとおり,丙山リストが作成された平成7年9月28日ころから平成10年9月ころまでにかけて,5社が作成・所持していた各リストには,丙山リストに記載された79件の工事が,未発注の工事でありながら1件も記載されていない。この点,79件の工事の中には,例えば「東京―台船」工事のように,中止を含めて計画の見直しがされたものもあり(甲査81),発注の見通しは平成7年9月当時と必ずしも同じ状況とはいえないにもかかわらず,丙山リストの作成後に作成された5社のリストには一切記載がされていないということは,通常では想定し難い。しかも,79件の工事の中には,例えば,「福岡市」((54)・900トン),「札幌市」((60)・900トン),「名古屋市」((61)・600トン)及び「高知市」((86)・600トン)等のように,政令指定都市,県庁所在地等の地方公共団体が計画する工事であって,処理能力が600トン以上という大型工事も少なからず含まれているものであり,これらの情報について5社のいずれも入手していなかったというのは不自然というほかない。(なお,上記各リストにも「京都(北)」の記載は見受けられるが,例えば,被控訴人担当者が所持(甲査190)していた甲査153において平成13年以降発注見込とされている点などを考慮すると,上記工事は後記(イ)の「京都市北部クリーンセンター」改築工事を意味するものと解される。弁論の全趣旨によると,京都市北部クリーンセンター建替工事計画が京都市により発表されたのは平成12年6月であり,発注・落札がされたのは平成13年である。)
g 以上を総合すると,丙山リストは,前記(1)カ認定のとおり平成7年9月28日ころの時点で,平成8年度以降の各年度ごとに,ストーカ炉の建設工事として発注が見込まれる工事のうち,5社が既に受注予定者を決定した工事を会社別に一覧表に記載したものであって,これを控訴人の受注予想を記載した社内資料にすぎないとする控訴人の主張は,採用することができない。
(イ) 控訴人は,丙山リストに記載された「京都市―北」とは,本件清掃工場ではなく,京都市北部クリーンセンターを表すものであると主張する。
しかしながら,弁論の全趣旨によれば,本件清掃工場は,処理能力について,当初の計画では900トンであったのが,後に700トンに変更されたものであるところ,丙山リストに記載された処理能力とみられる「700」と数値的にまさに一致している。他方,京都市北部クリーンセンターは,処理能力が200トン×2=400トンのものであって,丙山リストの上記「700」の記載とは数値的に明らかに異なるものである。
したがって,上記「京都市―北」の記載は,本件清掃工場に関するものというべきである。
4 争点(2)イ(京都市が本件溶融設備工事請負契約を随意契約の方法により締結したことは違法か。)について
普通地方公共団体が締結する請負契約は,一般競争入札,指名競争入札,随意契約又はせり売りの方法によるものとされており(法234条1項),指名競争入札,随意契約又はせり売りは,政令に定める場合に該当するときに限り,これによることができる(同条2項)。そしてこれを受けて,法施行令167条の2第1項各号は,随意契約によることができる場合を定めている。
そのうち,同項2号の「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」とは,競争入札の方法によること自体が不可能又は著しく困難とはいえないが,競争原理に基づいて契約の相手方を決定することが必ずしも適当でなく,当該契約自体では多少とも価格の有利性を犠牲にする結果になるとしても,普通地方公共団体において,当該契約の目的,内容に照らし,それに相応する資力,信用,技術,経験等を有する相手方を選定し,その者との間で契約を締結するのが,当該契約の性質に照らし,またはその目的を達成する上でより妥当であり,ひいては当該普通地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合もこれに該当するものと解すべきである。そして,それに該当するかどうかは,契約の公正及び価格の有利性を図ることを目的として普通地方公共団体の契約締結の方法に制限を加えている法及び法施行令の趣旨を勘案し,個々具体的な契約ごとに,当該契約の種類,内容,性質,目的等諸般の事情を考慮して,当該普通地方公共団体の契約担当者の合理的な裁量により判断されるべきものである(最高裁判所昭和62年3月20日第二小法廷判決・民集41巻2号189頁参照)。
そこで,本件溶融設備工事請負契約の締結について検討すると,弁論の全趣旨によれば,本件溶融設備工事請負契約は,本件ごみ処理設備工事請負契約の関連工事として,ストーカ炉等の基幹部分に設備を付加することを内容とするものであって,本件工事と一体のものとしてごみ処理施設という複雑かつ大規模な施設の建設を目的とするものである。そのため,京都市において,建設工事の遂行能力や施設が稼働した後の保守点検体勢等の考慮から,契約の相手方の資力,信用,技術,経験等を熟知した上で,本件ごみ処理設備工事請負契約の相手方である控訴人を選定することには,首肯するに足りる理由があるということができる。
したがって,京都市が,本件溶融設備工事請負契約をもって法施行令167条の2第1項2号にいう「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当すると判断したことに合理性を欠く点があるということはできず,本件溶融設備工事請負契約を随意契約の方法により締結したことに違法はないというべきである。
また,本件ごみ処理設備工事請負契約が控訴人の談合による不正な手段で締結されたものであることは前記3のとおりであるが,本件ごみ処理設備工事請負契約と本件溶融設備工事請負契約とは,あくまでも別個の契約であり,本件溶融設備工事請負契約が当然に本件ごみ処理設備工事請負契約の談合による不正な手段での締結という瑕疵を承継しているということはできない。そして,その他に本件溶融設備工事請負契約の締結について公正を妨げるような事情は,証拠上窺えない。
そうすると,本件溶融設備工事請負契約の違法を前提とする被控訴人らの主張は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないこととなる。
5 争点(2)ウ(京都市が被った損害及びその額)について
(1) 前記3で認定・判断したとおり,本件入札において,控訴人を含む入札参加業者は,違法に談合を行い,あらかじめ控訴人を受注予定者に決定し,控訴人が本件工事を落札できるように互いの入札価格を調整したものである。
このような状況においては,控訴人は,他の入札参加業者との競争関係を何ら考慮することなく,専らその利益を最大にするため,予定価格に極めて近接する金額で入札することが可能となったものと推認される。そして,前記3(1)キの認定事実に基づき計算すると,実際に,控訴人の落札価格を京都市の予定価格で除した割合(落札率)は97.82パーセントという著しく高い割合であったから,このような談合が行われず,入札参加業者間の自由競争によって落札業者が決定されていた場合と比較すると,本件入札における落札価額は不当につり上げられたものと認められる。
そうすると,京都市は,控訴人による違法な談合によって,本件入札について,談合が行われず,入札参加業者間の自由競争によって落札業者が決定されていた場合に形成されたであろう落札価格(以下「想定落札価格」という。)を前提とした契約金額と,実際の契約金額との差額分について,損害を被ったということができる。
(2) もっとも,想定落札価格なるものは,現実には存在しなかった価格であるから,具体的にこれを認定することは極めて困難である。しかも,落札価格は,入札当時の経済情勢,当該工事の種類・規模,競争者数,地域性等の多種多様な要因が複雑に絡み合って形成されるものであり,談合が価格形成に及ぼした影響を明らかにすることは容易なことでないといわざるを得ない。
しかしながら,証拠(甲31)及び弁論の全趣旨によると,平成17年の独禁法改正による課徴金の引き上げに関し,公取委は,過去の違反事例について実証的に不当利得を推計したところ,平均して,売上額の16.5パーセント程度,約9割の事件で売上額の8パーセント以上の不当利得が存在するという結果が得られたため,少なくとも不当利得は売上額の8パーセント程度存在すると考えられることなどを考慮して,課徴金算定率を原則売上額の10パーセントまで引き上げることとした旨の見解を表明していることが認められる。そして,前記のように不確定要素の多い中で賠償金額を算定するに当たっては,上記公取委の見解も重要な判断材料として斟酌すべきである。
また,本件では,前記(1)のとおり,控訴人は,違法な談合により,他の入札参加業者との競争関係を何ら考慮することなく,専らその利益を最大にするため,予定価格に極めて近接する金額で入札することが可能となったものと推認され,実際に,控訴人の落札率は97.82パーセントという著しく高い割合であったことからすると,本件入札における落札価額のうち,控訴人らの談合により不当につり上げられた分(これは公取委のいう「不当利得」と概ね同義と考えられる。)は,前記公取委の見解で平均値として示された16.5パーセントを著しく下回るものとは考えられない。すなわち,同見解で売上額の8パーセント以上の不当利得額が存在するとされる「約9割の事件」に本件も含まれると推認することができる。
以上を総合考慮すると,控訴人の談合により京都市の被った損害額は,控えめに算定しても,本件ごみ処理設備工事請負契約の契約金額228億9000万円の8パーセントに相当する18億3120万円を下回らないものと認めるのが相当である。
(3) なお,原判決添付別紙2「公金支出経過等一覧」1(1)から(5)までの小計75億8788万2000円の8パーセントに相当する6億0703万0560円に対しては,原審第1事件の訴状送達の日であることが記録上明らかな平成12年5月8日から,同(6)から(8)までの小計153億0211万8000円の8パーセントに相当する12億2416万9440円に対しては,原審第1事件の請求の拡張申立書送達の日であることが記録上明らかな平成13年5月26日から,それぞれ民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるというべきである。
6 その他,原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし,原審及び当審で提出された全証拠を改めて精査しても,当審の認定,判断を覆すほどのものはない。
第4 結論
以上の次第で,被控訴人らの控訴人に対する本件予備的請求は,控訴人に対し,18億3120万円及び内金6億0703万0560円に対する平成12年5月8日から,内金12億2416万9440円に対する平成13年5月26日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を京都市に支払うよう請求する限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却すべきである。
よって,これと異なる原判決は一部不当であり,第1事件及び第2事件の附帯控訴はその限度で理由があるので,これに基づいて原判決を主文第2項のとおり変更し,他方,本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・大谷正治,裁判官・高田泰治,裁判官・西井和徒)