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大阪高等裁判所 平成18年(う)1216号 判決 2007年3月27日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役1年4月に処する。

この裁判確定の日から3年間上記刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、解任前の弁護人東忠宏作成名義の控訴趣意書、控訴趣意補充書及び同補充書(2)各記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、原判決の法令適用の誤り及び量刑不当をいうものであるが、所論に対する判断に先立ち、職権により検討する。

1  本件公訴事実の要旨は、被告人が、ヤフー株式会社(以下「ヤフー」という。)が「Yahoo! オークション」の名称で運営管理するインターネットオークション(以下「ヤフーオークション」という。)について、<1>ヤフー会員3名を利用権者として付された識別符号(後記のヤフーID及びパスワード)を使用し、ヤフーオークションに不正アクセス行為をすることを企て、法定の除外事由がないのに、平成17年1月19日午前9時6分17秒ころから同年4月24日午後4時30分2秒ころまでの間、前後100回にわたり、被告人方に設置されたパーソナルコンピュータから電気通信回線を介し、ヤフーが設置管理するアクセス制御機能を有する特定電子計算機(サーバーコンピュータ)に上記識別符号を入力して同計算機を作動させ、アクセス制御機能により制限されている特定利用をし得る状態にさせ、不正アクセス行為をし(不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反。原判決が引用する平成18年2月13日付け起訴状記載の公訴事実第1及び同起訴状添付の別表1(以下、単に「別表1」というように表す。))、<2>ヤフーの事務処理を誤らせる目的で、平成17年1月23日午後零時10分39秒ころ及び同月31日午後7時15分34秒ころの2回にわたり、被告人方において、上記<1>の方法により、ヤフーが設置管理する電子計算機(サーバーコンピュータ)に対し、ヤフー会員2名がパスワードを変更した事実がないのに、同会員らがパスワードを変更する手続を取った旨の虚偽の情報を送信し、上記サーバーコンピュータに接続された記憶装置に同情報を記憶蔵置させ、事実証明に関する電磁的記録を不正に作出し、ヤフーの事務処理の用に供し(私電磁的記録不正作出及び同供用。上記公訴事実第2及び別表2)、<3>ヤフー及び同会員の事務処理を誤らせる目的で、同年2月1日午前9時49分29秒ころから同日午後零時7分36秒ころまでの間、前後26回にわたり、上記<1>の方法により、上記サーバーコンピュータに対し、同会員がヤフーオークションに出品された商品に対して入札を行った事実がないのに、同会員が同商品に対して入札を行い、これを落札した旨等の虚偽の情報を送信し、上記サーバーコンピュータに接続された記憶装置に同情報を記憶蔵置させ、権利、義務に関する電磁的記録を不正に作出し、ヤフー及び同会員らの事務処理の用に供した(私電磁的記録不正作出及び同供用。上記公訴事実第3及び別表3)というものである。

2  被告人は、原審において上記各公訴事実を認める陳述をし、原裁判所は、原審で取り調べた証拠により、「罪となるべき事実」として、上記起訴状記載の各公訴事実を引用して認定し、被告人を懲役1年6月に処し、3年間その刑の執行を猶予する原判決を言い渡した。

3  そこで、記録を調査して検討すると、原判決が認定した事実のうち、上記1<1>、<2>の各事実は、上記証拠によりこれを認めることができる。

また、上記1<3>は、被告人が、ヤフー会員であるB(以下「B」という。)のヤフーID及びパスワード(上記1<2>の行為により、被告人が不正に変更したもの)を使用して、ヤフーオークションに出品された商品(<ア>オークションID「略d」の東芝製パーソナルコンピュータ1台、<イ>同「略e」のソニー製パーソナルコンピュータ2台、及び<ウ>同「略f」の液晶テレビ1台)につき、<ア>に対し合計22回の入札(別表3入札状況欄記載の番号1ないし22)を、<イ>及び<ウ>に対し各1回の入札(同番号23、24)をそれぞれ行い、<ア>、<イ>を落札した(別表3落札状況欄記載の番号1、2)旨の虚偽の情報を送信した合計26回の私電磁的記録不正作出及び同供用の事実であるところ、上記証拠及び当審で取り調べた検察官作成の平成19年2月5日付け報告書によれば、被告人が合計24回の入札に係る各私電磁的記録不正作出及び同供用の行為(上記入札状況欄記載の番号1ないし24)を行った事実が認められる。

しかし、上記落札状況欄記載の番号1、2は、被告人がBのヤフーID及びパスワードを使用して行った上記入札状況欄記載の番号1ないし23の各入札により、BのヤフーIDを使用した被告人が上記<ア>、<イ>の商品を落札した旨のヤフーオークションのシステム処理の結果にすぎず、被告人自身がその落札情報につき私電磁的記録不正作出及び同供用の各行為を行ったものとは認められないから、原判決が「罪となるべき事実」において、上記落札状況欄記載の番号1、2を被告人の行った上記行為と認定した部分は、事実を誤認したものというべきである。その理由は、次のとおりである。

4(1)  関係証拠によれば、ヤフーオークションの仕組みや被告人の本件各犯行状況等につき、次の事実が認められる。

ア  ヤフーオークションの概要は、ヤフー会員となったインターネット利用者が、ヤフーが運営管理するヤフーオークションのページを通じ、商品を出品して売買を広告し、その購入を希望するヤフー会員が同ページの所定欄に金額等を入力して入札すると、自動的にオークションが行われ、最高入札額で入札した者が同商品を落札し、当事者間でその売買契約が締結されるというものである。

そして、ヤフーオークションにより商品の出品又は入札を行うためには、ヤフーID(Yahoo!JAPAN ID)等の登録手続が必要とされ、その登録を行ったヤフー会員は、ヤフーのホームページ等からヤフーID及びパスワードを入力してログインすると、ヤフーがサービスごとに設置する認証専用のサーバーコンピュータ(ログインサーバー)により正規会員か否かの認証作業が行われ、ログインが許可されることにより、ヤフーオークションのサービスを受けることができるようになる。

イ  ヤフーオークションにより商品を出品しようとするヤフー会員(以下「出品者」という。)は、ヤフーオークション所定の出品者用のページから、当該商品の情報、数量、開始価格(最初の入札価格)等を入力し、また、必要に応じて最低落札価格、希望落札価格等を入力する。そして、出品内容を確認し、「利用規約とガイドラインに同意して出品する」と記載されたボタンを押す(クリックする)ことにより当該商品がヤフーオークション上に出品され、その際、システムが、同商品に複数けたの数字又は英数字で構成されるID番号(オークションID)を自動的に設定する。

ウ  ヤフーオークション上で商品を購入しようとするヤフー会員(以下「入札者」という。)は、ヤフーオークションのトップページから商品を検索し、検索した商品のページに掲載されている「現在の価格」(その時点で商品に付けられている最高価格)、「入札単位」(他の入札者と競って入札するときに、現在の価格を上げる上乗せの基準となる金額であり、現在の価格により自動的に決まるもの)等を見て、同ページ上の「入札する」の部分にある「最高入札額」欄に金額(当該商品に支払う上限価格)を、「パスワード」欄に入札者のヤフーIDのパスワードをそれぞれ入力して、「確認」ボタンをクリックすることにより入札を行う。入札が完了すると、ヤフーオークションのシステム内でオークションの処理作業が行われ、その結果、最高額の入札者が当該商品を落札し、ヤフーオークションから落札通知メールが送信される。その後は、商品を落札した入札者と出品者との間で代金支払、商品の授受等が行われる。

なお、ヤフーオークションでは、自動的に他の入札者と競って入札を行う自動入札システムが採用されており、他の入札者から同じ商品に入札があったときは、あらかじめ設定した予算(最高入札額)まで、上記入札単位ずつ自動的に金額を上げて入札が行われる。また、出品者が、当該商品について最低落札価格を設定している場合、入札者は、開始価格から入札することはできるが、入札額が最低落札価格に達しなければ落札することができない。そして、入札者の最高入札額が設定された最低落札価格に満たないときは、「最高入札額」欄に、入札者の入力した最高入札額に入札単位の金額が加算された金額が自動的に表示されるようになっており、入札者がその金額で入札する場合には「確認」ボタンをクリックするが、なお最低落札価格に達しないときは、更に入札単位の金額が加算された金額が表示され、以後、最低落札価格を超える金額が入力されるまで、同様の手続が繰り返される。

エ  ところで、被告人は、他人のヤフーIDを不正使用して存在しない商品を出品し、入札者から代金を詐取するなどの手口を使ったインターネット詐欺が横行していることを知り、このような詐欺行為に対する反感から、被告人方に設置したパーソナルコンピュータを使ってヤフーオークションのページにアクセスし、被告人が詐欺と考える商品を落札するなどの妨害行為を繰り返していた。

被告人は、当初、自ら登録したヤフーIDを使うなどして上記妨害行為を行っていたが、やがて、出品者のヤフーIDの一部がパスワードとして使われていることが判明した場合には、そのパスワードを使ってログインし、当該出品を取り消すことをするようになり、さらには、出品者のヤフーIDのパスワードを勝手に変更し、当該会員のヤフーIDを使えないようにしたり、そのヤフーIDと変更後のパスワードを使用して、別の出品者の出品に対する入札を行ったりするようにもなった。

オ  被告人は、ヤフー会員であるBのヤフーID(略b)が不正使用されていることを知り、平成17年1月31日午後7時12分30秒ころ、被告人方のパーソナルコンピュータを使い、BのヤフーIDのパスワード(*****)を入力してヤフーのサービスにログインする不正アクセス行為(別表1の番号27)をした後、同日午後7時15分34秒ころ、BのヤフーIDの上記パスワードを「********(被告人の二人の子供の誕生日を併せたもの)」に変更する私電磁的記録不正作出、同供用の行為をした(別表2の番号2)。

カ  次いで、被告人は、ヤフーオークションに出品された前記3<ア>の東芝製パーソナルコンピュータ1台(オークションID「略d」)に対し、同年2月1日(以下、次項キまで同一日のため日付の記載を省略)午前9時49分29秒ころから午前9時51分2秒ころまでの間、BのヤフーID及び不正に変更した上記オのパスワードを使い、合計22回の入札を行った。

なお、上記<ア>の開始価格は17万5000円、最低落札価格は33万3333円であり、被告人は、最初、開始価格である17万5000円を最高入札額として入力したが(午前9時49分29秒)、この金額は上記最低落札価格に満たないため、上記ウのとおり、これに入札単位金額1000円が加算された額(17万6000円)が表示された。その直後、被告人は、上記ウの「確認」ボタンをクリックしたが(午前9時49分35秒)、上記最低落札価格に満たないため、入札単位が加算された金額(17万7000円)が表示されたことから、即座に「確認」ボタンをクリックし(午前9時49分35秒)、以後、最高入札額が19万4000円に達する午前9時49分52秒まで同様の行為を繰り返した。そして、被告人は、午前9時50分6秒に最高入札額を30万円に上げて入札し、午前9時51分2秒に同額を更に100万円に上げて入札したところ、上記最低落札価格を超えたことから、午前10時2分42秒、BのヤフーIDを使用した被告人が落札者となり(落札価格33万3333円)、オークションが終了した。

キ  また、被告人は、Bの上記ヤフーID及びパスワードを使い、午前9時53分31秒ころ、前記3<イ>のソニー製パーソナルコンピュータ1台(オークションID「略e」。出品数量は2台)に対し、最高入札額を20万円として入札し、午前11時47分36秒ころ、同<ウ>の液晶テレビ1台(同ID「略f」)に対し、最高入札額を30万円として入札した。このうち、上記<イ>のソニー製パーソナルコンピュータは、午後零時7分36秒、BのヤフーIDを使用した被告人が落札者となり(落札価格16万3000円)、オークションが終了した。

ク  そして、上記カ、キの経過による前記3<ア>、<イ>、<ウ>の各商品の出品及び入札に係るヤフーのコンピュータ記録(原審甲9)中、被告人が使用したBのヤフーIDによる入札部分には、いずれも接続元として、被告人が加入しているプロバイダーInfo Web(富士通株式会社)をドメイン名とするIPアドレス(***.***.***.***)の記載があり、各入札が上記接続元から送信されたものであることが記録されているが、落札部分にはその記載がない。

(2)  以上によれば、被告人は、ヤフーオークションに出品された商品に虚偽の入札を行う方法により、ヤフー及びBの事務処理を誤らせる目的で、BのヤフーID及び被告人が不正に変更したパスワードを使用し、前記3<ア>の商品に対して合計22回、同<イ>、<ウ>の各商品に対して各1回、いずれも虚偽の入札情報を送信し、ヤフーのサーバーコンピュータに接続された記憶装置に同情報を記憶蔵置させて、権利、義務に関する電磁的記録を不正に作り、ヤフー及び同会員の事務処理の用に供したことが認められるが、同<ア>、<イ>の各商品の落札情報に関する電磁的記録は、ヤフーオークションのシステム処理の結果にすぎず、被告人がこれを不正作出して供用したものではないことが認められる。

(3)  そうすると、前記1<3>の事実のうち、被告人が、別表3落札状況欄記載の番号1、2のとおり、2回にわたり各出品物を落札した旨の虚偽の情報を送信し、私電磁的記録不正作出、同供用を行ったとの事実は認められないから、これを認定した原判決は、その部分につき事実を誤認したというべきである。

そして、原判決は、別表1の不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反の各罪、別表2、別表3の入札状況番号23、24及び同落札状況番号2の各罪(いずれも牽連犯として、犯情の重い不正作出私電磁的記録供用罪の刑で処断したもの)、別表3の入札状況番号1ないし21の罪(観念的競合及び牽連犯として結局1罪とし、刑及び犯情の最も重い同表入札状況番号21の不正作出私電磁的記録供用罪の刑で処断したもの)、別表3の入札状況番号22と同表落札状況番号1の罪(観念的競合及び牽連犯として結局1罪とし、刑及び犯情の最も重い同表落札状況番号1の不正作出私電磁的記録供用罪の刑で処断したもの)を併合罪とし、刑及び犯情の最も重い別表3の落札状況番号1の罪の刑に加重した刑をもって処断しているから、所論について判断するまでもなく、原判決は全部破棄を免れない。

5  そこで、刑訴法397条1項、382条により原判決を破棄し、同法400条ただし書によって、当審で変更された前記1<3>に係る訴因に基づき、被告事件について更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

第1、第2の各事実は、原判決が「罪となるべき事実」において引用する前記1の起訴状記載の公訴事実第1及び同起訴状添付の別表1(ただし、表題中「パスワード変更後の」を削る。)、同公訴事実第2及び同別表2(ただし、項目中の「No」を「番号」に改める。)と同一である。

第3の事実は、原判決が引用する上記公訴事実第3及び上記別表3に代えて、当審における変更後の訴因に基づき、次のとおり認定する。

被告人は、ヤフー及びBらの事務処理を誤らせる目的で、ほしいままに、平成17年2月1日午前9時49分29秒ころから同日午前11時47分36秒ころまでの間、多数回にわたり、京都市a区b町6番地2グラン・シティオ北山通り○○○号の被告人方において、同所に設置されたパーソナルコンピュータから電気通信回線を介して、ヤフーが東京都千代田区大手町2丁目2番2号所在のNTTデータ大手町ビル内に設置された電子計算機であるサーバーコンピュータに対し、実際は、Bが、ヤフーオークションにおいてオークションID「略d」等として出品された商品に対して入札を行った事実がないのに、Bが同商品に対して入札を行った旨の虚偽の情報を送信し、上記電子計算機に接続された記憶装置に上記情報を記憶蔵置させ、もって、権利、義務に関する電磁的記録を不正に作出し、ヤフー及びBらの事務処理の用に供したものである。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)

被告人の判示第1の別表1記載の各所為は不正アクセス行為の禁止等に関する法律8条1号、3条1項、2項1号に、判示第2の別表2記載の各所為のうち、私電磁的記録不正作出の点は刑法161条の2第1項に、不正作出私電磁的記録供用の点は同法161条の2第3項、1項に、判示第3の所為のうち、私電磁的記録不正作出の点は包括して刑法161条の2第1項に、不正作出私電磁的記録供用の点は包括して同法161条の2第3項、1項にそれぞれ該当するが、判示第2の別表2記載の各私電磁的記録不正作出とその供用との間、判示第3の私電磁的記録不正作出とその供用との間には、それぞれ手段結果の関係があるので、同法54条1項後段、10条により、それぞれ1罪として犯情の重い不正作出私電磁的記録供用罪の刑で処断することとし、各所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法45条前段の併合罪であるから、同法47条本文、10条により刑及び犯情の最も重い判示第3の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役1年4月に処し、情状により同法25条1項を適用してこの裁判確定の日から3年間上記刑の執行を猶予し、原審及び当審における訴訟費用は刑訴法181条1項ただし書を適用して、被告人に負担させないこととする。

なお、弁護人は、判示第1の各不正アクセス行為は、判示第2、第3の各私電磁的記録不正作出、同供用を行うための手段として行われたものであるから、判示第1と第2の各行為、判示第1と第3の各行為は、それぞれ牽連犯として処断されるべきであり、少なくとも、別表1記載の番号15の行為は、別表2記載の番号1のパスワードを変更するための手段であり、別表1記載の番号28の行為は、別表2記載の番号2のパスワードを変更するための手段であるから、いずれも牽連犯として処断されるべきであると主張する。しかし、不正アクセス行為と私電磁的記録不正作出、同供用との間には、その罪質上通例として、前者が後者の手段又は結果となる関係にあるものとはいえないから、被告人の意図にかかわらず、両者が牽連犯の関係にあると解するのは相当ではない。上記主張は採用することができない。

(量刑理由)

本件は、被告人が、自宅のパーソナルコンピュータを使い、<1>他人名義の会員IDとパスワードを不正に使用することによって、会員のみに利用が制限されたインターネットオークションを運営管理する会社のサーバーコンピュータに対し、合計100回にわたる不正アクセス行為を行った不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反(判示第1)、<2>他人名義の会員IDとパスワードを使い、上記サーバーコンピュータに対し、2回にわたり、パスワードを変更した旨の虚偽の情報を送信して、同サーバーに接続された記憶装置に記憶蔵置させ、事実証明に関する電磁的記録を不正作出し、同社の事務処理の用に供した私電磁的記録不正作出、同供用(判示第2)、<3>他人名義の会員IDと上記により変更したパスワードを使い、インターネットオークションの出品に対し、多数回にわたり虚偽の入札を行ってその情報を送信し、上記サーバーに接続された記憶装置に記憶蔵置させ、権利、義務に関する電磁的記録を不正作出し、同社及び上記会員らの事務処理の用に供した私電磁的記録不正作出、同供用(判示第3)の各事実からなる事案である。

被告人は、生活費の不足を補うため、インターネットオークションを利用して自分の持ち物を売却していたところ、他人の会員ID等を使って虚偽の商品を出品し、代金を詐取するなどの手口による詐欺が行われていることを知り、これに強い反感を抱いて、詐欺を疑う出品に対し、自ら落札するなどの妨害行為を繰り返していたが、やがて自己名義の会員IDが使えなくなったことから、他人名義の会員IDとパスワードを使うことによって同様の妨害行為を行うようになり、本件各犯行に及んだものであるが、その犯行動機は、誤った正義感に基づいている上、目的を達成するためにはインターネットオークションの運営会社や一般会員が迷惑を被っても構わないとする身勝手なものであり、格別酌むべき点はない。約3か月間にわたり、多数回の不正アクセス行為を行った上、不正に他人のIDを使ってパスワードを変更し、出品を妨害した犯行態様は、執拗かつ悪質である。また、上記会社はもとより、不正にIDを利用され、更には勝手にパスワードを変更された会員らが被った不便や業務上の支障等のほか、インターネットオークションに対する信頼性に与えた影響を考えると、本件各犯行の結果は軽いものではない。以上の諸事情を併せると、被告人の刑事責任を軽くみることはできない。

そうすると、犯行自体は単純なものであり、被告人に利益目的はなかったこと、本件により逮捕され、実名で新聞報道されるなど一定の社会的制裁を受けたこと、被告人は、原判決後、ヤフーやID等を不正使用したヤフー会員らに謝罪文を送付し、会員2名との間では損害賠償金を支払うことで示談が成立したほか、同人らから嘆願書が提出されたこと、財団法人法律扶助協会に金20万円の贖罪寄付をしたこと、被告人の内妻が監督を約していること、被告人の健康状態、経済状況、本件を深く反省していること、被告人には平成2年に受けた業務上過失傷害罪による罰金刑以外の前科がないことのほか、被告人が禁錮以上の刑に処せられれば、地方公務員法の規定により当然失職し、また、その教員免許状も失効することを十分考慮しても、本件は罰金刑を選択すべき事案とはいえず、被告人に対しては、主文の刑に処し、なお、その刑の執行を猶予するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

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