大阪高等裁判所 平成18年(う)1415号 判決 2006年12月20日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人〓昌章作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。
第1 法令の解釈適用の誤りないし事実誤認の控訴趣意について
論旨は、原判示の各事実について、いずれも詐欺罪は成立しないのに、その成立を認めた原判決は、法令の解釈適用を誤り、その結果、事実を誤認したもので、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。
1 原判示第1の事実について
預金通帳は、それ自体として所有権の対象となり得るものであるにとどまらず、これを利用して預金の預入れ、払戻しを受けられるなどの財産的価値を有するものと認められるから、他人名義で預金口座を開設し、それに伴って銀行から交付される場合であっても、刑法246条1項の財物と解するのが相当である(最高裁平成14年10月21日第2小法廷決定参照)。そして、被告人は、Aと共謀の上、銀行窓口係員に対し、Aにおいて、株式会社吉田土木の代表者Bの親族になりすまし、同口座開設後、これを同社が正規に利用するかのように装って、同会社名義の預金口座を開設し、これに伴って預金通帳を取得したのであるから、被告人に詐欺罪が成立すると認めるに十分である。
所論は、Aにおいて、Aの正式のパスポートを提出し、同会社の正式の現在事項全部証明書を提出したのみで、銀行係員において申込人の同一性に錯誤はないから、詐欺罪は成立しないというが、上記のとおり、Aにおいて、上記吉田土木の代表者Bの親族になりすまして、上記のとおり欺罔して錯誤に陥らせているのであるから、所論は理由がない。
2 原判示第2の事実について
本件は、リトルリバーの屋号で建設業を営む被告人が、羽曳野市から原判示の水道工事を受注し、同市工事請負約款に基づくリトルリバーと保証事業会社である西日本建設業保証株式会社との間で締結された前払金保証契約に基づき、同工事の前払金として、同契約時に指定された預託金融機関である株式会社近畿大阪銀行の被告人名義の銀行預金口座に振り込まれていた金480万円中400万円について、あらかじめ決められた支払先である下請工事業者吉田土木の口座に振り込むのでなければ、預金の引出しはできず、銀行においても、西日本建設との間で締結された業務委託契約に基づき、その点等、工事の必要経費の支払にあてられる旨同契約で定められた事項について形式的に確認できなければ支払できなかったにもかかわらず、被告人らにおいて、原判示第1の犯行により吉田土木に無断で開設した実質は被告人の口座である「吉田土木」名義の口座を、真実吉田土木の口座であると欺いて、吉田土木に支払うように装って、上記金400万円の預金の払戻しを請求し、預金の払出しを受けて、上記「吉田土木」の口座に振込入金させた事案である。
所論は、被告人は、本件預金払戻請求権を有するのであって、これを払戻し自らの別口座に振込入金させた本件行為は、違法性に欠けるから、詐欺罪とはならない、本件預金払戻の制限は、公共工事の適正な運用を目的としたもので、財産的法益の保護を目的としたものではないから、その払戻制限違反の欺罔行為は、詐欺罪における重要な事実の欺罔行為ではないし、銀行係員が陥った錯誤も詐欺罪における錯誤とはいえない、などという。
検討すると、本件預金について、西日本建設が銀行との間で締結した業務委託契約により、銀行は、保証会社から送付された使途内訳明細書の内容に符合した使途明細資料を添えて預託金払出しの請求を受けた場合に、保証契約者である被告人にその請求金額を払い出すこととされているところ、被告人らは、真実は、支払先が使途内訳明細書記載の吉田土木ではなく、被告人らが原判示第1の犯行により吉田土木名義で不正に開設した被告人らの口座であるのに、これを秘して、支払先が真実吉田土木であるかのように欺罔し、その旨銀行係員を誤信させたものであり、支払先口座が真実は被告人の口座であると知ったならば、銀行は支払を拒絶したものと考えられるのであって、被告人らの行為が違法であることは言うまでもなく、本件欺罔行為は、詐欺罪における重要な事実の欺罔行為ではないし、銀行係員が陥った錯誤も詐欺罪における錯誤とはいえないとする所論は理由がない。
また、所論は、被告人に詐欺の犯意がないともいうが、吉田土木の口座に振り込むのでなければ預金の払出しはできない旨銀行係員から説明を受けた被告人らが、原判示第1の犯行に及んで、実質は被告人の口座である「吉田土木」の口座を不正に開設した上、原判示第2の犯行に及んでいることの認められる本件にあっては、被告人らに詐欺の犯意が認められることは明らかである。所論は理由がない。
3 その他、所論にかんがみ記録を検討しても、原判決に所論の法令解釈適用の誤りないし事実誤認はなく、論旨はいずれも理由がない。
第2 量刑不当の控訴趣意について
論旨は、被告人を懲役2年6月(4年間刑の執行猶予)に処した原判決の量刑は、重過ぎて不当である、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討すると、本件は、上記のとおりの詐欺2件の事案であるところ、その量刑事情は、おおむね、原判決が「量刑の事情」の項で説示するとおりであって、本件各犯行は、金融機関の適正な業務遂行を脅かす犯行であることなどに徴すると、被告人の刑事責任は軽視できない。そうすると、本件が、被告人が自らの預金を違法に引き下ろすなどした一連の犯行であって、犯行の実質的被害者ともいうべき吉田土木に対する支払は一部を除きなされていること、その反省悔悟の情など、被告人のために斟酌すべき情状を十分に考慮しても、原判決の量刑が重過ぎて不当であるとまではいえない。論旨は理由がない。
(なお、原判決2頁下から7行目、5頁上から2行目にそれぞれ「必要な経費以外の支払」とあるのは、いずれも「必要な経費の支払」の誤記と認める。)
よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。