大阪高等裁判所 平成18年(う)1618号 判決 2008年7月10日
主文
原判決を破棄する。
本件を神戸地方裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は,検察官大野宗作成の控訴趣意書記載のとおりであり,これに対する答弁は,被告人Y1及び同Y2主任弁護人阿部清司,弁護人安田正俊,同井上敏志,同今井佐和子共同作成の控訴答弁書並びに被告人Y3及び同Y4弁護人谷宜憲作成の答弁書記載のとおりであるから,これらを引用する。
論旨は,原判決の事実誤認をいうものである。
そこで,記録を調査し,検討する。
第1本件の経過
本件は,平成13年12月30日,兵庫県明石市<以下省略>先のa海岸東地区砂浜において,当時4歳の被害者が,砂層内に形成されていた大規模な空洞の上部が突如崩壊して発生した陥没孔に落ち込んで生き埋めとなり,約5か月後に死亡した事故(以下「本件事故」という。)について,被告人ら4名(以下「被告人ら」という。)が,事故現場である砂浜の安全管理に過失があったとして,それぞれ業務上過失致死罪により起訴されたが,原判決は,被告人らはいずれも無罪とした。
本件公訴事実の要旨,原判決の無罪理由の要旨及び検察官の控訴趣意の要旨は次のとおりである。
1 本件公訴事実の要旨
(1) 被告人Y1(以下「被告人Y1」という。)は,国土交通省近畿地方整備局姫路工事事務所(以下「姫路工事事務所」という。)工務第1課長として,被告人Y2(以下「被告人Y2」という。)は,同事務所東播海岸出張所(以下「東播海岸出張所」という。)所長として,それぞれ同整備局長が海岸管理者の権限を行使する,国所有の海岸保全施設で,明石市に対し使用目的を公園としてその占用を同意した兵庫県明石市<以下省略>先の砂浜及び同突堤の管理を行い,公衆の海岸の適正な利用を図り,公園利用者等の安全を確保すべき業務に従事していたもの,被告人Y3(以下「被告人Y3」という。)は,同市土木部海岸・治水担当参事として,被告人Y4(以下「被告人Y4」という。)は,同市土木部海岸・治水課(以下「市海岸・治水課」という。)課長として,それぞれ,同市が同整備局長から占用の同意を受けて公園として整備した公の施設である同砂浜及び突堤の維持及び管理を行い,公園利用者等の安全を確保すべき業務に従事していたものである。
上記砂浜は,北側が階段護岸に接し,東側及び南側がかぎ形の突堤(以下「かぎ形突堤」といい,その東側部分を「東側突堤」,南側部分を「南側突堤」という。また,本件事故現場を含むかぎ形突堤に接した付近一帯の砂浜を「本件砂浜」という。)に接して厚さ約2.5メートルの砂層を形成し,かぎ形突堤は,ケーソンを並べて築造され,ケーソン間の隙間の目地にはゴム製防砂板(以下「防砂板」という。)が取り付けられ,防砂板によって砂層の砂が海中に吸い出されるのを防止する構造になっていたところ,海水の作用により防砂板が摩耗して破損し,その破損部分から砂層の砂が海中に吸い出されて砂層内に空洞が発生して成長し,同空洞がその上部の砂の重みによって自ら崩壊して同砂浜の表面が陥没し,さらに,平成13年1月ころから同年4月ころまでの間,南側突堤内側の砂浜表面に多数の陥没が発生したため補修工事が行われたものの,その後も南側突堤及び東側突堤内側の砂浜において陥没発生が継続し,抜本的な砂の吸出防止工事を実施しなければ,かぎ形突堤に接した砂浜において,砂層内で成長した空洞が,その上部に乗った公園利用者等の重みによって崩壊して陥没し,公園利用者等の生命,身体に危害が加わるおそれがある状態に至っていた。
被告人Y1及びY2の両名は,同年5月から6月にかけて,被告人Y4ら市海岸・治水課職員から,防砂板が破損し砂層の砂が海中に吸い出されて同砂浜表面の陥没を食い止めることができない旨説明を受け,かつ,国土交通省による抜本的な砂の吸出防止工事の実施方の要望を受けた。被告人Y3は,同年1月から6月にかけて,市海岸・治水課職員から,防砂板が破損し砂層の砂が海中に吸い出されて上記砂浜表面の陥没を食い止めることができないこと及び姫路工事事務所に対して国土交通省による同工事の実施方を要望したことの各報告を受けた。被告人Y4は,同年1月から6月にかけて,防砂板が破損し砂層の砂が海中に吸い出されて同砂浜表面の陥没を食い止めることができないことを自ら確認し,また,市海岸・治水課職員からその旨報告を受け,同年5月から6月にかけて,姫路工事事務所に対して国土交通省による同工事の実施方を要望していた。
しかし,被告人らは,主位的に後記(2)の,予備的に後記(3)の業務上の注意義務があったのに,これを怠り,同年11月以降も同砂浜の陥没発生が継続していたことを知っていたにもかかわらず,同砂浜南端付近の表面に現出した陥没の周囲のみにカラーコーン等を設置する措置で事足りると軽信し,いずれも漫然同安全措置を講じることなく放置した各過失の競合により,同年12月30日午後零時50分ころ,東側突堤内側の砂浜において,A(当時4歳)が,かぎ形突堤のケーソン目地部に取り付けられた防砂板の破損により砂が吸い出され,砂層内に発生し成長していた大規模な空洞上を小走りで移動中,同児の重みによって同空洞を崩壊させて瞬時に陥没孔を発生させ,同児を同孔内に転落させて崩れ落ちた砂によって埋もれさせ,よって,そのころ,同児に窒息による低酸素性・虚血性脳障害の傷害を負わせ,平成14年5月26日午後7時3分,兵庫県明石市<以下省略>明石市立市民病院において,同児を同傷害によって死亡させた。
(2) 主位的な業務上の注意義務の内容
被告人らは,いずれも,同砂浜の陥没発生のメカニズム及び陥没発生の可能性のある砂浜の範囲が判然とせず,かぎ形突堤に接した砂浜のいかなる箇所で人の生命,身体に対する危害が惹起される陥没等が発生するか分からなかったのであるから,同メカニズム及び同範囲を確定するための調査並びに抜本的な砂の吸出防止工事が終了するまでの間,被告人Y1においては,姫路工事事務所自ら,あるいは明石市または東播海岸出張所を指導し,被告人Y2においては,東播海岸出張所自ら,あるいは同市を指導し,被告人Y3においては,被告人Y4ら市海岸・治水課職員を指導し,被告人Y4においては,市海岸・治水課自ら,あるいは同砂浜等の日常管理を同市が委託していた財団法人明石市緑化公園協会(以下「公園協会」という。)に指示して,いずれも,かぎ形突堤に接した上記砂浜一帯に人が立ち入ることがないよう,かぎ形突堤が上記階段護岸に接合する地点からその西方の水面を結ぶ線上にバリケード等を設置し,同砂浜陥没の事実及びその危険性を表示するなどの安全措置を講じ,もって,陥没等の発生により公園利用者等が死傷に至る事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があった。
(3) 予備的な業務上の注意義務の内容
被告人らは,いずれも,上記砂浜の陥没発生のメカニズムが判然としていなかったが,かぎ形突堤の内側約2.6メートルの範囲内の砂浜に多数の陥没が現に発生しており,同範囲内の砂浜のいかなる箇所で人の生命,身体に対する危害が惹起される陥没等がいつ発生するか分からなかったのであるから,同メカニズム及び人の生命,身体に対する危害が惹起される陥没等が発生する可能性のある範囲を確定するための調査並びに抜本的な砂の吸出防止工事が終了するまでの間,被告人Y1においては,姫路工事事務所自ら,あるいは明石市または東播海岸出張所を指導し,被告人Y2においては,東播海岸出張所自ら,あるいは同市を指導し,被告人Y3においては,被告人Y4ら市海岸・治水課職員を指導し,被告人Y4においては,市海岸・治水課自ら,あるいは公園協会に指示して,いずれも,かぎ形突堤内側の少なくとも約2.6メートルの範囲内の砂浜に人が立ち入ることができないよう,同範囲内の砂浜をバリケード等で囲むなどの安全措置を講じ,もって,陥没等の発生により公園利用者等が死傷に至る事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があった。
2 原判決の無罪理由の要旨
原判決は,上記砂浜のうち,現に陥没が発生していた範囲とそれが発生しておらず表面上何の異常もなかった範囲では,過失の成立に必要な予見の対象が異なり,後者の場合は,砂浜の当該範囲が危険であると判断する前提事実として,陥没すれば危険であると感じるような一定程度以上の大きさの空洞が砂層内に発生することが予見可能であるか否かという点が極めて重要な要素になるとした上,本件事故以前に東側突堤沿いの本件事故現場付近の砂浜において陥没が発生しているのを目撃したとするB(以下「B」という。)ら5名の各証言の信用性を否定し,本件事故現場付近の砂浜では本件事故以前に陥没は発生しておらず,表面上何ら異常が認められなかったとした上,本件事故の原因となった深さ約2メートル,直径約1メートルもの大規模な空洞が砂層中に発生しているのにその地表面に何ら異常が見られないという現象は土木工学上一般的な現象であるとされていなかったのであるから,砂層内の空洞形成による何らかの砂浜表面の異常が発生していたということが認められない本件においては,本件砂浜で人の生命,身体に対する危害が惹起される陥没等が発生することを被告人らにおいて予見可能であったと認めることはできないといわざるを得ないとして,主位的訴因及び予備的訴因のいずれについても,被告人らの過失を否定し,いずれも無罪とした。
3 控訴趣意の要旨
(1) 東側突堤沿いの陥没の有無について,Bら5名の各目撃証言は,それぞれ陥没を目撃した時期について特有の忘れがたい根拠を示している上,「アリ地獄」などと具体的かつ迫真的な内容であり,時間の経過による記憶の減退により細部についてあいまいな部分があるが,東側突堤沿いの北方の砂浜で陥没を目撃したという核心部分ではよく記憶が保たれており,一緒に同じ陥没を目撃したB及びC(以下「C」という。)の各供述は相互に補強しあっているなど,その信用性は極めて高いから,東側突堤沿いで陥没を生じていたことは明らかである。したがって,東側突堤沿いの砂浜での陥没の事実を認めなかった原判決には誤りがある。
(2) 被告人らの過失の成立に必要な予見の対象事実は,端的に,東側突堤沿いの本件事故現場付近の砂浜で,ケーソン目地部の防砂板が破損して砂が吸い出されたことにより,人の死傷を惹起する危険がある陥没が発生することと捉えれば足り,かつ,東側突堤沿いの砂浜で陥没が生じていたか否かにかかわらず,被告人らが東側突堤沿いの砂浜においても,南側突堤沿いの砂浜と同様に砂の吸出しによる陥没が発生することは容易に予見できたと認められる。すなわち,過失犯が成立するためには,構成要件的結果発生の予見可能性を必要とするところ,結果発生に至る因果関係の基本的部分につき予見可能性があれば,結果発生の予見可能性は肯定されるのであり,被告人らは,本件事故発生以前から,①南側突堤と東側突堤の基本的構造が同じであること,②南側突堤に接した砂浜で続発していた陥没の原因は防砂板が破損して砂が吸い出されたことによること,③南側突堤に接した砂浜において陥没が続発し,その発生範囲が次第に拡大していたこと,④南側突堤と東側突堤に当たる波浪の強さは程度の差があるに過ぎないことを認識し,あるいは認識し得たから,当然,東側突堤内側の砂浜においても,早晩陥没が発生することを予見することができたというべきであり,陥没すれば危険であると感じるような一定程度以上の大きさの空洞が砂層内に形成されることまでを予見する必要はないというべきである。
(3) 仮に,予見の対象を原判決が判示するように陥没すれば危険であると感じるような一定程度以上の大きさの空洞が砂層内に発生することとしても,①砂浜表面に何ら異常が見られない箇所の砂層内に空洞が生じその上部の砂が崩壊して陥没が起こることは決して珍しい現象ではなく,被告人らが容易に理解できる現象であること,②被告人らは,かぎ形突堤に接する砂浜付近で縁が垂直に下方に切り立ち底が落ち込んだ円筒状の陥没(以下「落とし穴状の陥没」という。)が発生していたのを認識していたこと,③被告人Y3及びY4は,平成13年1月17日に南側突堤のケーソン目地部付近の砂浜で大きな落とし穴状の陥没が発生したのを認識していたこと,④被告人Y1及びY2は,江井ヶ島海岸及びアジュール舞子の各砂浜で落とし穴状の陥没が発生していたのを認識していたこと等の事情に照らせば,被告人らに,砂浜の表面に何ら異常がなくてもその砂層内に空洞が生じていることがあるのを当然認識していたのであり,予見可能性があったことは明らかである。
以上によれば,原判決は,証拠の取捨選択及びその評価を誤るなどした結果,事実を誤認して被告人らにおける本件事故発生の予見可能性を否定したものであって,その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。
第2当裁判所の判断
1 本件事故現場付近の状況,本件事故に至る経過及び事故の発生状況,本件事故発生のメカニズム等について
関係証拠によると,以下の事実が認められる。
(1) 本件事故現場付近の状況について
本件事故現場は,兵庫県明石市内の朝霧川河口に位置するa海岸の朝霧川東側にある人工の砂浜(平成9年8月1日完成)で,原判決別紙図1及び2のとおりであるが,本件事故現場付近の砂浜は,北側で階段護岸に接し,東側と南側はかぎ形突堤に接し,西側は,南側突堤の西側から北方に延びている捨石突堤や南側突堤の延長線上にある離岸堤,潜堤やその西側にある砂浜に囲まれた海面と接している。
かぎ形突堤は,コンクリート製のケーソンを並べるなどして築造されており,南側突堤の長さは約100メートル,東側突堤の長さは約157メートルである。かぎ形突堤は,海底に基礎捨石を積み上げて造られたマウンドの上に,南側突堤においては海に面する幅約10メートル,奥行き約7.7メートル,高さ約9.3メートル,重量約700トンのケーソンを並べ,東側突堤においては海に面する幅約10メートル,奥行き約8メートル,高さ約4メートル,重量約300トンのケーソンを並べた上,その中に中詰め石が詰められ,ケーソンとケーソンが接する目地部分に防砂板を設置し,ケーソン上にコンクリートを打設するなどして築造されたものである(以下,原判決別紙図2のとおり,かぎ形突堤を構成するケーソンについて南側突堤の西端から東側突堤の北端まで順に1から25の番号で表示し,ケーソンの目地部分については「3-4番ケーソン目地部」のように表示する。)。南側突堤のケーソンは,直立消波ケーソンと呼ばれ,海に面した側の一部が空洞になっており,波が入るとその勢いが弱まり,突堤に当たって反射する波の力を弱め,付近を航行する船舶が突堤によって受ける反射波の影響を少なくするための構造である。東側突堤のケーソンは,消波構造にはなっておらず,その海面側には11番ケーソンのやや南側から25番ケーソンまで六脚ブロックと呼ばれる消波ブロックが設置されていた(原判決別紙図2中の××印は消波ブロックである。)。防砂板は,設置されたケーソンの目地部分に若干の隙間が生じるため,その隙間から海水が浸入して突堤に接する砂浜の砂等が海に流出するのを防止するもので,厚さ5ないし6ミリメートル程度,幅約0.7メートル,長さは取り付け場所により異なるが数メートルのゴム製の板で,このうち,中央部分がU字型の突起になってケーソン目地部分の隙間に差し入れられ(突起の高さは最大約10センチメートル程度として設計されている。),その両側をフラットバーと呼ばれる金属製の細長い板で押さえてケーソンに固定されていた。防砂板の耐用年数は,突堤の耐用年数とほぼ同じ約30年と考えられていた。
かぎ形突堤の内側は,上記防砂板が取り付けられた後,平均潮位の高さまで雑石が積み上げられ,その上に約2.5メートル程度の厚さになるまで砂が投入されていた。
(2) 本件事故に至る経過(砂浜の陥没発生状況及び被告人らの対応等)について
ア 本件事故以前の南側突堤沿い及び東側突堤11-12番ケーソン目地部以南の陥没の存在等
(ア) かぎ形突堤の内側南側突堤沿いの8-9番ケーソン目地部及び9-10番ケーソン目地部付近の砂浜では,砂が海に吸い出されることに伴い,陥没等が発生するという現象が,遅くとも平成11年ころには発生していた(原審検甲第68号証)。平成12年11月5日ころ,東側突堤沿いの11-12番ケーソン目地部付近でも陥没があった。同月ころ,公園協会の公園管理課管理第2係長であったD(以下「D」という。)は,南側突堤沿いの2箇所で発生した陥没(直径約30ないし40センチメートル,深さ約20センチメートル)をスコップで埋めたことがあった。また,同月ころ,同課管理第1係長であったE(以下「E」という。)は,部下職員から陥没があったので土嚢袋等で埋め戻したという話を聞き,同年12月ころ,自らもかぎ形突堤の角部分の10番ケーソン内側付近で陥没を目撃し,市海岸・治水課に陥没が発生していることを電話で連絡した。
(イ) 平成13年1月2日,Fは,友人と釣りをするため,a海岸を訪れ,前記10番ケーソン内側付近及びその西側約10ないし15メートルの地点付近に,ケーソン目地部を中心として陥没があるのを目撃した。Fは,帰宅後,明石警察署に電話をかけて陥没の場所等を知らせ,明石警察署は明石市にその旨連絡した。明石市では,同月4日,南側突堤沿いの6-7番ケーソン目地部付近で陥没が発生しているのを確認した。
同月17日,Dは,公園協会の嘱託職員かシルバー人材センターの者から,南側突堤沿い付近で陥没がある旨連絡を受け,現地に赴くと,6-7番ケーソン目地部付近に大きな陥没があった。また,かぎ形突堤の折れ曲がった角部分から北に10メートル以内の東側突堤沿いに1箇所,上記6-7番ケーソン目地部付近の陥没とかぎ形突堤の角部分の間の角に近い南側突堤沿いにも1箇所陥没があった(原審検甲第238号証の同意部分,Dの原審公判供述)。Dら公園協会職員は,カラーコーンやトラロープを用いて,6-7番ケーソン目地部付近の大きな陥没の周りを囲むとともにその付近から東側突堤の11番ケーソン付近までをカラーコーンとトラロープで囲い,陥没に人が近寄らないように注意喚起をする警告文を木製の杭やカラーコーンに貼り付けた。同月19日現在,南側突堤沿いの6-7番ケーソン目地部付近の陥没は,東西約3メートル,南北約2メートル,深さ約1.7メートルであった(原審検甲第68,339号証)。被告人Y3とY4は,Dからの上記陥没の状況の連絡を受け,同月17日,a海岸を訪れ,上記6-7番ケーソン目地部付近の陥没を現認するとともに,上記のような立入禁止及び注意喚起の保安措置が講じられていることを確認した。市海岸・治水課では,上記6-7番ケーソン目地部付近の大きな陥没に対処するため,当面の措置として同月19日陥没箇所に粒径40ミリ程度の砕石を投入するなどして埋め戻す工事を行い,経過を観察することとした。被告人Y3及びY4は,市海岸・治水課で回覧された苦情等処理票(原審検甲第348号証「平成12年度苦情等処理関係書」1冊中の平成13年1月18日付け苦情等処理票)により,上記6-7番ケーソン目地部付近の陥没の状況,これに対処するため上記工事が行われたことに加え,陥没の原因が,ケーソン目地部に取り付けられた防砂板が破損し,砂が海に吸い出されていることによるものであると思われる旨の報告を受けた。
同月19日,6-7番ケーソン目地部付近において,発生した陥没に上記砕石を投入し,その上に砂を被せて埋め戻す工事が行われたが,その数日後には,再び,6-7番ケーソン目地部付近,8-9番ケーソン目地部付近,及び9-10番ケーソン目地部付近で相次いで陥没が発生した。そのため,そのころ,被告人Y3,Y4,市海岸・治水課主幹兼海岸係長であったG(以下「G」という。)及び同課専門員であったH(以下「H」という。)ら市海岸・治水課職員は対応策を協議し,a海岸のかぎ形突堤や砂浜を所有する国の方で工事をしてもらう方がよいなどの意見も出たが,被告人Y3が,「国とか市とか言っている場合ではない。海岸利用者が陥没にはまったら危ない。早く対処しないといけない。」という旨の発言をし,同人の発案で,明石市において,砂を掘り返して水砕スラグ(水に反応すると徐々に固まる物質)入りトン袋を使ってケーソン目地部を塞ぐ工事を実施することになり,公園協会が工事費用を負担し,同月29日及び30日に実施された。被告人Y3は,同月29日,Hとともに,その工事の実施状況を現場で確認した。被告人Y4は,後日,市海岸・治水課で回覧された写真で工事の実施状況を確認した。
(ウ) しかし,上記工事実施後も,同年2月5日,8-9番ケーソン目地部付近で陥没が再発し,同月26日にも7-8番ケーソン目地部付近で陥没が発生した。公園協会では,カラーコーンやトラロープを使って人が近付かないようにする措置をとり,それらについて記載されたパトロール記録が市海岸・治水課内で回覧され,その状況を被告人Y3及びY4は確認した。市海岸・治水課内では,国の方で補修工事を実施するように要望しようとの気運が高まり,同年2月28日,被告人Y3及びY4の指示を受けて,Gが,別の用件で明石市役所を訪れた姫路工事事務所工務第1課海岸係長のI(以下「I」という。)に対し,平成13年になってからかぎ形突堤の南側突堤沿いの砂浜で陥没が発生していること,明石市側で2回(同年1月19日及び同月29日)工事を実施したが,南側突堤沿いの砂浜で陥没が再発していることなどを説明し,姫路工事事務所の方で対応して欲しいと依頼した。Iは,その場では明確な返答をしなかった。
同年3月になると,南側突堤沿いの砂浜で発生していた陥没(7-8番,8-9番ケーソン各目地部付近)は徐々に大きくなっており,被告人Y3及びY4はその状況を回覧されたパトロール記録等で認識していた。
同年4月18日,南側突堤沿いの3箇所(7-8番,8-9番,9-10番ケーソン各目地部付近)で,陥没発生原因の調査をかねて砂を深く掘り返し,破損している防砂板の上に新しい防砂板を取り付け,土嚢袋で押さえるという補修工事が明石市により実施された。被告人Y4は,Hとともに工事現場に赴き,その実施状況を確認し,その後,Hが撮影した写真等から,防砂板が砂層と雑石層との境目辺りで破損し,ケーソン目地部から入った海水が,掘り下げてできた孔の底部に溜まっていることを確認した。被告人Y3も,それらの状況をHから説明を受けたり,工事写真帳を見るなどして確認した。
(エ) 同年4月の上記補修工事の後も,砂の吸出しを止めることができず,市海岸・治水課の定期パトロールで,同年5月2日(「砂浜南端部での陥没が進んでいる。」),同月14日(「砂の吸込み計3ヶ所」,その内の1箇所は8-9番ケーソン目地部付近(原審甲第68号証写真31,なお,同書証の「陥没発生状況一覧表」中の写真31の「陥没の場所を特定した客観的理由」中,「『7-8』目地部」とあるのは,「『8-9』目地部」の誤記と認める。)),南側突堤沿いの砂浜で陥没が発生していることが判明した。被告人Y3及びY4は,回覧されたパトロール記録でその状況を確認した。
同月7日過ぎころ,市海岸・治水課では,砂の吸出しを防止するためにはその原因に関する詳細な調査をし,抜本的な工事を実施する必要があるという結論に達したが,同年4月の上記補修工事の際に判明した防砂板の破損状況等から見て防砂板の破損が砂の吸出しの原因である可能性が高く,上記補修工事を実施した3箇所以外の防砂板についても同様に損傷しているおそれがあり,そうすると,相当大規模な補修工事を行う必要があることから,かぎ形突堤を所有する国に対し,その実施を要請することとした。そして,明石市が姫路工事事務所に対しかねて要望していたa海岸の砂浜にミニ突堤を設置する件について,被告人Y2がa海岸を訪れる予定があったことから,被告人Y4の指示で,Gが現地で陥没の発生状況等を被告人Y2に説明することになった。Gは,かぎ形突堤の平面図及び標準断面図,同年4月に実施した補修工事の模様を撮影した写真等を添付した説明用資料を作成し,被告人Y3及びY4に目を通してもらった上,これらを被告人Y2に届けた。
被告人Y2は,同年5月17日,東播海岸出張所事務係長であるJ(以下「J」という。)とともにa海岸に赴き,G,Hらからミニ突堤の設置の件とともに陥没の発生状況や明石市側が実施した補修工事の概要等の説明を受けた。その時点で,南側突堤沿いの7-8番ケーソン目地部付近,8-9番ケーソン目地部付近,及び9-10番ケーソン目地部付近の3箇所で陥没が発生しており,カラーコーンやトラロープで陥没の周囲を囲むなどの保安措置がとられており,東播海岸出張所側も,その状況を写真撮影した。その際,Gは,同年4月の上記補修工事の際に行った調査により,ケーソン目地部に取り付けられた防砂板が破損しており,そこから砂が海に吸い出されている可能性が高いことなどを被告人Y2及びJに伝えた。被告人Y2は,ミニ突堤の設置は,国が取り組むべき海岸保全とは関係がなく,砂浜利用者の利用上の問題であるとして,国が実施することに難色を示す一方,陥没対策については,砂の吸出しが続けば砂浜の保全機能に影響するおそれがあると考え,緊急性や必要性があるなどと言って積極的に取り組む姿勢を見せ,すぐに姫路工事事務所に報告すると述べた。被告人Y2は,a海岸の視察やGから受けた説明等を基に,陥没の発生状況や原因,これまでの明石市側の対応等を文書にまとめ,Gから受け取った資料を添付し,東播海岸出張所内で回覧したほか,姫路工事事務所に赴き,被告人Y1及び,Iの後任として同事務所工務第1課海岸係長となったK(以下「K」という。)に対し,上記文書に基づいて説明するとともに,明石市が姫路工事事務所側に抜本的な対策を講じて欲しい旨要望していることなどを伝えた。
(オ) その後,同年6月4日には,南側突堤沿いの上記3箇所のほか新たに東側突堤沿いの11-12番ケーソン目地部付近でも陥没が発生し,その大きさは,同月11日には南北約2.4メートル,東西約1メートル,深さ約0.8メートルであった。
同月15日,姫路工事事務所で,平成14年度の予算要望に関する事前打ち合わせ(以下「事前打ち合わせ」という。)が姫路工事事務所と明石市との間で開催された。姫路工事事務所側からは被告人Y1及びKらが,東播海岸出張所からは被告人Y2が,明石市側からは被告人Y4,Gらが出席した。明石市側は,上記のような陥没の状況(東側突堤沿いの南寄りの砂浜での陥没の発生を含む。)や防砂板の破損状況を説明した上,抜本的な対策工事を要請した。被告人Y1は,かぎ形突堤や砂浜は明石市が工事をして作ったものであるから,明石市側ですべきであるなどとして国が対策を講じることに対して消極的な姿勢を示し,他方,明石市側の出席者は,本件砂浜やかぎ形突堤の所有権が国に帰属しているとして姫路工事事務所側で対策を講じるよう強く求めた。
被告人Y3は,上記事前打ち合わせに出席しなかったが,被告人Y4からその協議内容について報告を受けた。
(カ) a海岸は,同年7月1日から8月31日まで海水浴場として利用された。海開きに当たって,a海岸の砂浜の整地作業が行われ,陥没は均して埋められた(公園協会公園管理課のa海岸を担当する管理第1係長Eは,市海岸・治水課海岸係長Gに対し,ブルドーザーによる整地の依頼をしており,同年7月3日,被告人Y1及びY2ら,姫路工事事務所,東播海岸出張所関係者がa海岸を視察した際,砂浜が均され,南側突堤沿いで陥没があったとき設置されていたカラーコーン等が写真に写っていないことから,そのときまでに,上記のとおり整地作業が行われたものと推認することができる。)。公園協会は,海水浴期間中,警備会社にa海岸の警備を委託していたところ,同会社の警備員は,同年7月17日,陥没が発生したことを警備日誌に記載した(警備日誌の記載からは場所は特定できない。)。同年8月23日には,陥没が生じていた場所を含め,a海岸でブルドーザーによる整地作業が行われた。同月31日,散歩中の人が陥没の存在を警備員に告げ,警備員が南側突堤沿いで3,4箇所の陥没を見付けてカラーコーンとバーで人が立ち入らないようにする措置をとった。
(キ) 同年10月15日,定期パトロールによって,東側突堤の11-12番ケーソン目地部の上部工(ケーソンの上に打設されたコンクリート部分)に4,5センチメートルの隙間が発生しているのが見付けられた。
さらに,同年11月12日,定期パトロールにより,東側突堤沿いの11-12番ケーソン目地部付近や南側突堤沿い(なお,正確な場所は特定できない。)で陥没が発生しているのが見付かった。公園協会のD及びEは,東側突堤の12番ケーソン付近から南側突堤中央付近を結ぶようにカラーコーンを設置して陥没が発生していた周辺に人が立ち入らないようにするとともに,東側突堤と南側突堤上にも,カラーコーンを設置し,その直下に陥没があるという注意喚起の措置をとった。被告人Y3及びY4は陥没の発生状況等について,パトロール記録等により報告を受けていた。
その後,Eは,カラーコーンは風で倒れたりするので,立ち入り防止策としては十分でないと考え,市海岸・治水課に対し,公園協会の方でフェンスのようなものを設置することを提案したが,市海岸・治水課の方が対策を講じるという回答を受け,従前通りカラーコーンとトラロープによる立入禁止・注意喚起の措置を続けた。
(ク) 市海岸・治水課では,海水浴期間終了後の同年9月中旬ころから,東播海岸出張所や姫路工事事務所に対し,陥没対策を講じるよう重ねて要望していた。Kも,被告人Y2から陥没が依然として発生していること等を聞き,被告人Y1に対し,コンサルタント会社に依頼するなどして再調査する必要があるなどと進言していた。被告人Y1も,明石市が同年4月の前記補修工事の際に実施した調査では,雑石層上面から下の状況が明らかでなかったため,さらに調査した方がよいと考え,別件の設計業務を委託するコンサルタント会社に対し,本件の陥没対策に関する調査もさせることにした。
(ケ) 市海岸・治水課の定期パトロールにより,同年12月3日(「特に変化なし,少し深くなったかも」との記載あり(原審検甲第333号)。),10日(南側突堤の中央部付近に砂の吸出し1箇所の表示あり(原審検甲第333号)。),17日(「a海岸 砂の吸い出し部所 先週埋め戻した部所の砂が吸い出され,穴になっていた。」と記載され,南側突堤沿いの2箇所と東側突堤沿いの1箇所に穴の位置の図面添付(原審検甲第333号)。1箇所は8-9番ケーソン目地部付近(原審検甲第68号証))にも,南側突堤沿いでこれまでと同様の陥没のあることが確認され,特に,17日には,東側突堤沿いの1箇所でも陥没が発生していることが確認された。他方で,公園協会でも,同月7日,南側突堤沿いの3箇所及び東側突堤沿いの1箇所で陥没が発生しているのを確認し,人の立ち入り等を防止するため,南側突堤沿いの6-7番ケーソン目地部付近から東側突堤沿いの11-12番ケーソン目地部付近までを囲うようにしてカラーコーンとトラロープを設置するなどし,その状況をGに報告した。Gは,東播海岸出張所技官L(以下「L」という。)にその状況を報告したところ,Lは,現地を確認して写真を撮影し,被告人Y2に報告するとともに,姫路工事事務所のK宛にファクシミリで陥没の発生状況や明石市側の立ち入り防止策の実施状況を報告した。被告人Y1は,同月10日になって,それらのファクシミリ送信された資料を見ながら,Kからその状況について説明を受けた。
被告人Y4は,公園協会からフェンスの設置の提案を受け,バリケード等の設置について,市海岸・治水課内で協議を重ねていたが,同月10日ころ,A型バリケード(長さ数メートルの鉄管2本とこれを支える枠を連続して架設する柵で,鉄管を支える枠が側方から見て「A」の字形をしたもの。Aの字の頂点部分及びAの字の横棒の中ほど部分に鉄管を取り付ける器具が設置されている。)を設置することとした。
同月11日,被告人Y1は,Kとともに,陥没対策の調査を依頼したコンサルタント会社のM(以下「M」という。)に対し,平成14年1月10日までに陥没対策等の見積書や計画書を提出することを求めた。その際,被告人Y1は,Mに対し,南側突堤沿いの陥没の写真やかぎ形突堤の構造等に関する図面を示したりしたが,特にどの範囲で調査をするかなどの指示や要望は出さなかった。Mは,平成13年12月16日,a海岸に行き,南側突堤沿いの7-8,8-9,9-10番ケーソン各目地部及び東側突堤沿いの11番ケーソン付近で陥没が発生しているのを見付けた。
同月25日,市海岸・治水課は,陥没発生箇所を整地して穴を埋めた上,その陥没のあった場所には,A型バリケード(鉄管の長さ約4メートル)を2個ずつ平行に並べて設置し,突堤側から陥没があった場所付近に下り立つことができないようにする措置をとるとともに,南側突堤の6番ケーソン付近から東側突堤の12-13番ケーソン目地部付近までを直線で結ぶような形で,A型バリケード(鉄管の長さ約4メートル)10連を1列に設置し,かぎ形突堤とA型バリケードで囲まれた砂浜に人が立ち入らないようにする保安措置をとった。被告人Y4は,同日,HからA型バリケードの設置状況について報告を受け,被告人Y3も同月28日,回覧された書類等によりその報告を受けていた。また,同日,Gほか1名が,東播海岸出張所に赴き,A型バリケードの設置状況をJに報告した。Jは,Gらから受け取った報告資料を姫路工事事務所にファクシミリ送信し,被告人Y1は,同日,ファクシミリ送信された文書でA型バリケードの設置状況を確認した。被告人Y2は,同日,休暇を取っていたため,本件事故発生後の平成14年1月4日になってその設置状況を知った。
イ 本件事故以前の東側突堤沿いの11-12番ケーソン目地部付近より北の砂浜の陥没の有無
原判決は,本件事故以前の東側突堤沿いの陥没の有無について,その目撃者であるBほか4名の原審公判供述の信用性を否定し,東側突堤沿いでの陥没の存在を否定しているが,この点について,検討する。
(ア) Bほか4名の原審公判供述の要旨は,次のとおりである。
a Bの原審公判供述の要旨
私(B)は,平成13年10月上旬か中旬ころ,東側突堤沿いの16-17番ケーソン目地部付近の砂浜で陥没を目撃した。平成14年7月ころ,警察官と現地を確認し,その場所を指示説明したところ,警察官からその場所が16-17番ケーソン目地部であると説明された。その陥没は,南北約1メートル強,東西約0.7ないし0.8メートル,深さ約0.3メートルの半すり鉢状で,目地部の底に黒いゴムのようなピラピラした昆布様のものが見えていた。平成13年10月下旬ころにも,同じ目地部付近の砂浜で,前に見たときと同じくらいか,そのときよりやや大きくなっていた陥没を見た。このときも陥没の底に黒いゴム様のものが見えた。
b Cの原審公判供述の要旨
私(C,上記Bの娘)は,平成13年10月下旬ころ,東側突堤沿いの16-17番ケーソン目地部付近に南北約1.5メートル,東西約1メートル,深さ約0.3ないし0.4メートルの半すり鉢状の陥没があるのを見た。陥没の中には黒いゴムみたいなボロボロのものが下からのぞいていた。
c N(以下「N」という。)の原審公判供述の要旨
私(N)は,平成12年末から平成13年初頭にかけてかぎ形突堤で行われた花火の打ち上げの準備作業をしていた平成12年12月下旬ころ,南側突堤沿いの6-7番ケーソン目地部か,その両隣の目地部かいずれかの目地部付近で直径約2メートル,深さ約1メートル弱の半すり鉢状の陥没を,東側突堤沿いの15-16番ケーソン目地部付近,少なくとも13-14番ケーソン目地部付近より北方のいずれかの目地部付近で直径約1メートル,深さ約0.5メートル弱の半すり鉢状の陥没をそれぞれ見た。
d O(以下「O」という。)の原審公判供述の要旨
私(O)は,平成13年2月の第1週ころ,東側突堤沿いの砂浜の12-13番ケーソン目地部付近,14-15番ケーソン目地部付近が陥没しているのを見た。東側突堤沿いの18-19番ケーソン目地部付近でももっと大きな陥没があった。その陥没は,直径約1.1メートル,深さ約0.4ないし0.5メートルくらいだった。帰りに公園協会事務所に行き,付近にいた3名の明石市職員に陥没があるので確認して欲しいと言った。
e P(以下「P」という。)の原審公判供述の要旨
平成12年と13年のいずれも夏ころ,南側突堤沿いの5-6番ケーソン目地部付近,9-10番ケーソン目地部付近,東側突堤沿いの13番ケーソンから16番ケーソンまでのケーソン各目地部付近に3箇所,14,15番ケーソンから概ね西方向へ約10メートル離れた地点にそれぞれ陥没があるのを見た。南側突堤沿いの5-6番ケーソン目地部付近の陥没は,東西約1メートル,南北約1メートル,深さ約1メートルで傾斜のきつい半すり鉢状,東側突堤沿いの13番から16番までのケーソン各目地部付近3箇所の陥没は南北約1メートル,東西約1メートル弱,深さ約0.3ないし0.5メートルで半すり鉢状,14番,15番ケーソンから西方向へ約10メートル離れた陥没は直径約1.5メートル,深さ約0.3ないし0.5メートルのすり鉢状だった。また,南側突堤沿いの9-10番ケーソン目地部付近の陥没は,平らなすり鉢状ではなく,垂直に砂がズボッと落ちたような形だった。陥没は,いずれもケーソン目地部にできていたので,目地部に隙間があって波が砂をさらっていって砂中に空洞ができ,その空洞の上の砂が落ちて陥没したんだと思った。
(イ) これに対して,原判決は,Bの上記原審公判供述については,場所を特定した理由が明確でなく,時期についての供述もあいまいであるなどとする。しかし,同証人は,夫が病気で入院した時期を根拠に目撃した日時を特定しているから,あいまいであるとは言いがたい。また,場所については,砂浜側から東側突堤を見ると,各ケーソン上部に打設されたコンクリート製の上部工が連続していて隣接する上部工同士を区別する特徴もないから,証言時に,どのケーソン目地部かを特定し,その理由を述べることができなくても,何ら不自然ではない。むしろ,Bは,平成13年10月上・中旬ころ,南側突堤に接する砂浜から南側突堤の上に上がろうとしたが,砂が減っていて上がることができず,上がれる場所を探して東側突堤のほうに行き,陥没を目撃したというのであり,東側突堤に接する砂浜で陥没を目撃したという点では明確で,理由も合理的である。同月下旬ころに目撃した陥没についても,前に見た場所と同じ場所であると供述しており,不明確ではない。
原判決は,Cの上記原審公判供述については,同人が防砂板らしきものが見えてボロボロに裂けていたと供述している点を捉えて防砂板が露出する深さの陥没ではないなどとする。しかし,Cの供述する内容は具体的であり,また,尋問において防砂板を示されて上記のとおり応答したが,防砂板であると断定したのではなく,窪みの中に防砂板に似たものがあり,それが防砂板と判断して供述したとしてもそれが不自然,不合理なわけではない。なお,窪みの中にそのようなものがあったことについては,BとCの供述は符合している。
原判決は,Nの上記原審公判供述については,東側突堤沿いの穴の位置の特定があいまいであるなどとする。しかし,同人は,a海岸で行われるイベントで南側突堤に設置した打ち上げ花火の点火等を制御するため,そのケーブルを東側突堤沿いの砂浜に設置する過程で陥没を発見したというものであり,具体的で迫真的であり,東側突堤沿いと南側突堤沿いとを混同しているおそれもない。しかも,東側突堤の散水栓の出っ張りを基準にして陥没の存した場所を説明しているのであり,上記のとおり,東側突堤上部工にはさしたる特徴がないことからすると,陥没の位置を厳密に特定できないことが不自然,不合理ということはできない。
原判決は,Oの上記原審公判供述については,穴の位置の特定があいまいであるし,その形状も砂浜表面の凹凸の類のものと考えられるなどとする。しかし,同人の陥没の目撃状況は具体的であり,実際に明石市職員にそのことを伝えに行ったというのであって,自らの行動と結びついた記憶である。また,その目撃した陥没の深さは,約0.2メートルないし約0.5メートルであると供述しており,これらは,南側突堤沿いで生じていた陥没でも見付かっている規模のものであり,東側突堤沿いの陥没についてのみ自然に発生する砂浜表面の凹凸の類と考えるのは合理的とはいえない。同人は,南側突堤に釣り人の様子を見に行った帰りに東側突堤上を北に向かって歩きながら,発見したというのであるから,東側突堤を南側突堤と取り違えた可能性はない。
原判決は,Pの上記原審公判供述については,穴を見た時期や回数があいまいで,危険とは思わなかった穴の存在を証言時まで記憶していたのは不自然であるとする。しかし,同人は,すり鉢状になった陥没と,垂直に切れ落ちたような陥没とを区別して供述しており,具体的である。同人は,セメント会社に勤務していた経験から,砂の陥没や空洞の存在については知識と経験があり,記憶の定着を助けたと考えても不合理ではない。
そして,原判決は,以上のBら原審証人の各供述は,目撃時から証言までに3年ないし4年という時間的間隔があり,その対象が普段さほど注視することのないような事柄であって,その位置や大きさを正確に記憶していたとは考えがたいなどとして各供述の信用性が低いとする。しかし,いずれの供述も,時間の経過に伴う記憶のあいまいさがあることは否定できないが,それぞれ具体性を備えており,本件事故発生により,その前に見た陥没の状況を想起するなどしたため記憶が保たれたことも十分に考え得るところである。
ただ,Bら目撃者は,必ずしも同一の陥没について供述しているものではないことから,それぞれが目撃した陥没の位置,形状,大きさ等について不確実,不統一なところがあることは否定しがたい。しかしながら,Bらの供述は,少なくとも,11-12番ケーソン目地部より北の東側突堤沿いのケーソン目地部付近においても砂浜表面に陥没様の異常な状態が存したというかぎりでは,一概にその信用性を否定することはできないというべきである。
(ウ) また,公園協会は,毎週月曜日から土曜日までの毎日,a海岸の砂浜やかぎ形突堤の手すりや周辺施設等の清掃,漂流物の回収,異常な箇所の点検や補修作業をシルバー人材センターに依頼し,そこから随時報告を受けており,また,毎週月曜日に市海岸・治水課の担当者が明石市内の海岸線をパトロールしてその結果を記録し,市海岸・治水課内で回覧するなどしていたが,これらの記録中のa海岸についての記載としては,11-12番ケーソン目地部付近での陥没以外には,東側突堤沿いでの陥没の発生及びその埋め戻し等の補修工事があったことは記録されていない。原判決は,これを根拠として東側突堤沿いでの陥没の存在を否定している。
確かに,南側突堤沿いで陥没が反復して起こっており,これらについては上記パトロールの結果に記録されていることからすると,東側突堤沿いで陥没が起こっていれば,当然,記録されてしかるべきものと考えられる。しかしながら,上記目撃者5名の供述する東側突堤沿いの陥没を目撃した時期と陥没の大きさは,平成12年または13年夏から秋口にかけて,直径約1.5メートル,深さ約0.3ないし0.5メートルのもの(P供述)とか,平成12年12月下旬ころ,直径約1メートル,深さ約0.5メートルのもの(N供述)とか,平成13年2月上旬ころ,直径約1.1メートル,深さ約0.4ないし0.5メートルのもの(O供述)とか,平成13年10月ころ,直径約1.5メートル,深さ約0.3ないし0.4メートルのもの(B・C供述)というところ,これらは,比較的浅い陥没であり,南側突堤沿いで確認されていたような大規模なものではなく,あるいは,大規模なものに成長しなかったために,見落とされていた可能性があることも否定することができない。また,パトロール記録や補修工事の記録等に残されていないが,①前記ア(ア)で認定したように,平成12年11月ころ,公園協会のDが自ら南側突堤沿いの陥没をスコップで埋め戻したりしており,②前記ア(ケ)で認定したように,平成13年12月17日のパトロール記録中に,「a海岸 砂の吸い出し部所 先週埋め戻した部所の砂が吸い出され,穴になっていた。」との記載があり,これにより埋め戻し作業がなされていたことがうかがわれる。そうすると,上記記録については,本件砂浜の状況や取られた保安措置のすべてについて記載されたものとするには疑問を入れる余地があり,これらに記録が残っていなくても,東側突堤沿いの砂浜でも陥没が存し,これに対しては埋め戻し作業がされていた可能性も否定することができない。パトロール記録等に記録されていないことから,東側突堤沿いの陥没が発生しなかったと判断することは相当でない。
(エ) 以上のとおり,東側突堤沿いの陥没についての目撃者である上記Bら5名の供述によると,平成12年夏ころから13年10月ころまでに東側突堤沿いの11-12番ケーソン目地部付近よりも北方の砂浜でも複数の陥没様の異常な状態が生じていたことが推認されるから,これと異なる原判決の認定には誤りがある。
(3) 本件事故の発生状況(その直後の現場の状況を含む。)について
ア 被害者(当時4歳)は,平成13年12月30日午後零時30分ころ,父親とともにa海岸を訪れ,同日午後零時50分ころ,小走りで東側突堤の17-18番ケーソン目地部付近に近寄ったところ,その足下付近の砂が瞬時に落下して陥没し,被害者はこれに巻き込まれ,いったん下半身が砂に埋まる状態で止まった後,さらに崩壊していく陥没孔に落ち込み,間もなく全身が砂中に埋まった。父親は,被害者を助けるため被害者の上を覆う砂を手でかき出すとともに,付近にいた男女に子供が生き埋めになっていることを告げて救助を求めるなどした。さらに,父親は,砂をかき出し,被害者の片手を探り当て,引っ張り上げようとしたが,引き上げることはできなかった。通報により明石消防署救急隊員が,同日午後零時53分ころ,本件事故現場に到着し,救助作業に当たり,同日午後1時16分ころ,砂中から被害者を救出した。このとき,被害者は,心肺停止状態であった。
被害者は,直ちに救急車で明石市立市民病院に搬送され,救命措置が施され,心拍が再開し,翌31日には自発呼吸が回復したものの,平成14年1月1日には自発呼吸がなくなり,意識が回復しないまま,同年5月26日午後7時3分,同病院において,窒息による低酸素性・虚血性脳障害により死亡した。
イ 被害者が転落した陥没孔は,救助作業で掘り返されるなどして事故発生時の原状を止めていないが,平成14年2月1日から4日までの間実施された実況見分の結果(原審検甲第22号証。本件事故後ブルーシートをかけるなどして保存されていた。)によれば,東側突堤沿いの17-18番ケーソン目地部付近に南北約5メートル,東西約3.4メートル,深さ約1.6メートルの半円形をしたすり鉢状の穴で,その底部は,17-18番ケーソン目地部に接し,南北約0.5メートル,東西約0.5メートルの範囲が周囲よりさらに少し深く陥没し,かつ,周囲から崩れ落ちたと考えられる砂が堆積していた。同目地部の防砂板は,幅約70センチメートル,長さ約450センチメートルで,防砂板取り付け位置上部から約100センチメートル下方から長さ約38センチメートルの亀裂があった。亀裂部分の周囲には,小さい穴が無数に開き,その厚みは約1ミリメートル以下であった。
ウ 本件事故当日の実況見分(原審検甲第381号証)によると,本件事故当時,東側突堤沿いの11-12番ケーソン目地部付近,南側突堤沿いの7-8番ケーソン目地部付近,8-9番ケーソン目地部付近及び9-10番ケーソン目地部付近においても,複数の陥没が発生していたことが認められる。また,平成14年1月25日から同年2月2日までにわたって実施された実況見分(原審検甲第27,33号証)によると,新たに5-6番ケーソン目地部付近,14-15番ケーソン目地部付近で陥没が見つかり,これら及び9-10番ケーソン目地部付近の陥没孔に発泡ウレタンを充填してその大きさを確かめたところ,5-6番ケーソン目地部付近の陥没は,底部で東西約0.45メートル,南北約0.15メートル,深さ約0.74メートルで,9-10番ケーソン目地部付近の陥没は,東西最大幅約0.45メートル,南北約0.4メートル,深さ約1.47メートルで,14-15番ケーソン目地部付近の陥没は,南北最大幅約0.9メートル,東西約0.48メートル,深さ約1.45メートルであった。さらに,ケーソンに接する砂層及び雑石層を掘り返して行われたケーソン目地部の防砂板の状況等の調査によると,事故のあった17-18ケーソン目地部付近を含め,5-6番ケーソン目地部付近から19-20番ケーソン目地部付近まで各ケーソン目地部の防砂板について,概ね平均海面付近の高さから下側に防砂板の突起部分の亀裂や穴,すり切れが確認され,また,亀裂の長さもまちまちであるが,数センチメートルから数メートルのものがあることが判明した。
(4) 陥没発生のメカニズムについて
本件事故現場における陥没を調査,考察した土木工学関係者らの鑑定書等(原審検甲第51,52,271ないし274号証,原審弁第14,16,20,21号証,Q・Rの原審公判供述)を総合すると,陥没発生のメカニズムについては,次のように認めることができる。
防砂板が損傷すると,損傷した箇所からかぎ形突堤内側に海水が浸入し,浸入した海水が海に戻る際にそれに伴って破損箇所に接する部分の砂が海に流出していく。しかし,砂が吸い出されても,その周囲の砂層内の砂は水分を含んでおり,水分を含んだ砂の粒子同士が引き合う力によって,その上部が崩れにくくなり,そこにいわゆるアーチ作用(凸型に湾曲した構造に上方向からの力が作用するとき,その力を湾曲に沿って分散させることで,上方向からの力に対して抵抗する作用)が働いて,砂が吸い出された部分の上部がアーチ状に保たれる一方で,砂層内のケーソン目地部付近には空洞が形成される。さらに砂の流出が続くと空洞は大きくなり,アーチ状の部分が上部の重みに耐えられなくなると崩壊し,その部分に上部の砂が落ち込むため,砂浜表面に陥没が生じる。このような空洞は,空洞の上部のアーチ作用によって崩壊を免れる間にその下部のケーソン目地部から砂の吸出しが続くため,大きな空洞は,縦長の形状になりやすい。
このような陥没発生に至るメカニズムから,本件事故に至る陥没孔は,17-18番ケーソン目地部付近の砂層内で形成されていた深さ約2メートル程度,直径約1メートル程度の縦長の筒状の空洞の上を被害者が歩行した際,空洞の上部のアーチ状の部分が,その上に乗った被害者の重みに耐えられず,瞬時に崩壊したことによって発生したものと推認される。
そこで,以上の事実を前提として,以下,争点についての判断を示す。
2 予見可能性について
(1) 業務上過失致死傷罪における業務上の注意義務の存在を認めるためには,結果発生についての予見可能性が存することが必要であり,これを肯定するためには,過失行為から結果発生に至る因果経過に関して予見可能であることが求められる。本件において,この点を検討すると,本件事故は,17-18番ケーソン目地部の防砂板の破損によりその付近の砂層内の砂が東側突堤外に吸い出されたため,砂層内に空洞が発生し,それが深さ約2メートル,直径約1メートルにまで成長していたところ,被害者がその空洞上部に乗った際,重みで空洞上部の砂層が崩壊した結果,生じた陥没内に被害者を転落させ,崩れ落ちた砂によって埋もれさせ,窒息による低酸素性・虚血性脳障害の傷害を負わせ,同傷害により,死亡するに至らしめたという因果経過をたどったものである。ところで,原判決は,被告人らの過失責任を問う前提としての結果発生についての予見可能性を検討するにつき,予見の対象に関し,「陥没すれば危険であると感じるような一定程度以上の大きさの空洞が砂層内に発生すること」を予見することととらえている。そして,「本件事故の原因となったような深さ約2メートル,直径約1メートルもの大規模な空洞が砂層中に発生しているのに,その地表に何らの異常が見られないという現象が土木工学上よく知られた一般的現象であるとは認められず,人の死傷の危険性についての予見可能性が被告人らに認められるというためには砂浜表面に何らかの異常が発生していることについて認識することが可能である状況が必要である」(原判決71頁キ)としているから,上記深さ約2メートル,直径約1メートルの空洞ないしこれに準ずるような大規模な空洞が砂層中に存していることを本件における予見の対象としているものと解される。
しかしながら,過失犯において行為者に過失責任を問うために予見可能性の存在を必要とする理由は,過失行為により当該被害結果を招来するに至ったことにつき,行為者に過失行為時,当該被害結果の発生を予見する可能性が存すれば,結果回避措置を講ずることを期待できることを問責の根拠とするものであるから,実際にたどった具体的な因果経過そのものについての予見可能性までを必要とするものではなく,結果発生に至る因果関係の基本的部分について予見可能であれば足りることは,過失犯の性質上,当然のことと解される。
これを本件についてみると,本件事故以前に南側突堤沿いの砂浜においては,防砂板の破損によりケーソン目地部から砂の吸出しが起こり,これにより砂浜の表面が徐々に沈下したと考えられるすり鉢状の陥没や,いったん砂層内に空洞が発生し,それが崩壊して上部の砂が落下したため生じたと考えられる落とし穴状の陥没が発生していたが,すり鉢状のものにせよ,落とし穴状のものにせよ,必ずしも本件のような大規模な陥没でなかったとしても,砂浜に陥没が発生すれば,例えば幼児などの場合ではその陥没孔内に生き埋めになったり,成人でも落ち込んで負傷するなど人の生命・身体に対する危険が発生することを十分予想できるから,この結果を回避するための措置を講ずべきことを十分に動機付けることができる。したがって,本件において予見可能性が要求される因果関係の基本的部分は,本件事故現場を含む東側突堤沿いの砂浜のどこかで,ケーソン目地部の防砂板が破損して砂が吸い出され陥没が発生するという一連の因果経過であり,これを予見の対象ととらえることが相当である。
(2) そこで,東側突堤沿いの砂浜において砂の吸出しにより陥没が発生することについて,被告人らが予見することが可能であったか否かを検討する。
ア 前記1(2)で認定した事実によれば,①かぎ形突堤に接する砂浜では,少なくとも,平成13年1月以降,南側突堤沿い6番から10番までのケーソン目地部及び東側突堤の南寄りの11-12番ケーソン目地部付近の砂浜で断続的に陥没が発生し,平成13年1月から4月までの間に行われた3回の補修工事(同年1月19日,同月29日,同年4月18日)にもかかわらず,その後も陥没が発生していたこと,それらの陥没は,すり鉢状の陥没や落とし穴状の陥没であったこと,②その陥没の中には,東西約3メートル,南北約2メートル,深さ約1.7メートルのもの(6-7番ケーソン目地部,平成13年1月17日ころのもの)や東西約3.6メートル,南北約2メートル,深さ約0.8メートルのもの(8-9番ケーソン目地部,同年4月17日ころのもの),南北約2.4メートル,東西約1メートル,深さ約0.8メートルのもの(11-12番ケーソン目地部,同年6月11日ころのもの)といった相当大規模な陥没があったこと,③被告人Y3及びY4は,市海岸・治水課職員が行っていた週1回のパトロールの記録等により,上記陥没の発生状況について報告を受けており,被告人Y2は,市海岸・治水課海岸係長のGからの説明を受けることにより,また,被告人Y1は,Gの説明等をまとめた被告人Y2作成の報告書等により,同様の事実を認識・了知していたことが明らかである。そして,同年12月25日には,市海岸・治水課において,南側突堤沿いの6番ケーソン目地部付近から12-13番ケーソン目地部付近までをA型バリケードで囲うなどの保安措置をとり,そのことが東播海岸出張所に報告されると,東播海岸出張所のJは,報告資料を姫路工事事務所に送付している。
これらの事実によれば,本件事故以前に,市海岸・治水課では,現に陥没が発生している場所付近では,バリケードにより人の立ち入りを阻止するなどの人身事故発生を防止する保安措置をとり,東播海岸出張所及び姫路工事事務所ではその保安措置がとられたことを了知していたことが認められる。
イ さらに,同じく前記1(2)で認定した事実によれば,①明石市ないし公園協会が南側突堤沿いの陥没発生箇所につき,平成13年1月29日及び同年4月18日に実施した補修工事で,陥没付近のケーソン目地部の防砂板が破損していることが発見されたことから,市海岸・治水課では,陥没の発生原因に防砂板の破損が関係しており,補修工事を実施した箇所以外の防砂板も損傷している可能性があると考えていたこと,②市海岸・治水課は,他の箇所での防砂板の破損の調査及びその補修を行う必要性があり,そのためには相当大規模な工事となることから,姫路工事事務所,東播海岸出張所,市海岸・治水課の関係者が集まった前記事前打ち合わせの場で,かぎ形突堤の所有者である国に対し,防砂板の破損の調査及び補修工事の実施を要請したこと,③被告人Y4及びY3は,市海岸・治水課内での検討等を通じて,また,被告人Y2は,市海岸・治水課海岸係長のGからの説明や上記事前打ち合わせを通じて,さらに,被告人Y1も,Gの説明に関する被告人Y2の報告や上記事前打ち合わせを通じて,それぞれ,かぎ形突堤の防砂板の破損状態及びそれが陥没発生の原因である可能性があることを認識・了知していたことが明らかである。
ウ そして,前記1(1)で認定した事実によれば,南側突堤及び東側突堤は,いずれも,基礎捨石でマウンドを築き,その上にケーソンを並べて設置し,各ケーソン目地部に海水の浸入防止のために防砂板が設置されているという同一構造であり,ただ南側突堤が直立消波ケーソンであるが,東側突堤が箱形ケーソンであり,東側突堤の海側には消波ブロックが設置されている点では異なるが,直立消波ケーソンは,ケーソンに打ち寄せて反射する波の影響を緩和することにより,ケーソンによる反射波の影響を受ける航路を航行する船舶への影響を抑える目的で選択されたものであるに過ぎず,ケーソン目地部からの海水浸入の点についてはいずれの突堤でも異ならない。また,ケーソン目地部に使用された防砂板は,南側突堤も東側突堤も同一種類のもので,耐用年数は30年とされていた。
そうすると,本件事故以前に,被告人らにおいては,当面の補修等が必要な対象として現に陥没が発生していた南側突堤沿いの砂浜及び東側突堤沿いの南寄りの11-12番ケーソン目地部付近までと考えていたものと推認されるが,実際には,上記1(2)イで認定したとおり,11-12番ケーソン目地部付近より北方の東側突堤沿いの砂浜でも陥没様の砂浜表面の異常が発生していたことが否定できない上,上記のとおり,南側突堤と東側突堤とはケーソン目地部の構造は同一であり,本来耐用年数30年とされた防砂板がわずか数年で破損していることが判明していたのであるから,11-12番ケーソン目地部より北方の東側突堤のケーソン目地部においても,防砂板が破損することにより陥没が発生する可能性があることは,砂浜を管理する者としては十分予見可能であったといわなければならない。
エ 原判決は,防砂板の耐用年数は30年程度とされていたにもかかわらず,わずか数年で現に陥没が発生していた箇所の防砂板が損傷していたのであり,ケーソン目地部の隙間を防砂板で塞ぐという構造は東側突堤でも南側突堤と同様であったことからすると,現に陥没が発生していた範囲以外の部分の防砂板も損傷しているのではないかと疑う余地がなかったとはいえないと正当に指摘しながら,他方で,「防砂板が損傷して砂が吸い出された場合に,直ちには砂浜表面に異常は生ぜず,砂層内にある程度大きな空洞が発生し,それがやがて崩壊して砂浜表面に陥没孔が発生することが土木工学上よく知られた一般的な現象でなかったとすれば,被告人らにおいて,砂が吸い出されるような損傷が防砂板に発生したとすれば,それに応じて砂浜表面に何らかの異常が出現するはずであると考えたとしても無理からぬものといえる」(原判決66頁(5))と判示している。
しかし,原審で取り調べた土木工学研究者らの見解でも,結局,砂浜表面に何らの異常がなく,本件のような大規模な空洞が発生する例はこれまで知見がないことをいうにとどまり,防砂板の損傷による砂の吸出しとこれにより陥没が生じる原理自体を否定するものではない。そうすると,防砂板の損傷により砂の吸出しが生じているのに,その生成段階のいかんによりすぐには砂浜表面に異常が生じなかったり,短時間の単位では相当大規模の空洞が生成しているのに砂浜表面には顕著な変化が見られないということもあり得ることである。したがって,被告人らにおいて,砂の吸出しがあれば直ちに砂浜表面に異常が出現するはずであると考えていたとすれば,本件砂浜の保全管理を担当する業務に携わる被告人らのそれまでの情報や知見からすると,安易に過ぎるといわざるを得ない。
原判決の判断は是認することができない。
オ なお,被告人Y1及びY2の弁護人らは,控訴答弁書において,原因究明の本格的な調査が実施されていなかったから,防砂板の破損による砂の吸出しが陥没の原因であると認識することはできなかったとか,被告人Y2は,Gから南側突堤の防砂板の破損について,もともと防砂板の耐用年数は20ないし30年であるが,南側突堤が真っ正面から波を受ける位置にあり,波の影響が強いためであると説明を受けており,被告人Y1もその旨報告を受けていたから,東側突堤の防砂板の破損の可能性を認識することはできなかったなどの点を指摘する。
しかしながら,本件事故時までに,本格的な調査が未了であったとはいえ,市海岸・治水課において,防砂板の破損による砂の吸出しが陥没の原因である可能性が高いと考えられており,被告人Y1及びY2もその旨の報告等により陥没の原因をある程度認識していたことからすれば,原因究明の途上であったとしても,砂の吸出しによる陥没の発生を予見できなかったとはいえない。また,市海岸・治水課海岸係長のGは被告人Y2に各突堤の防砂板の破損についての説明をしているが,南側突堤以外の防砂板(11-12番ケーソン目地部)の破損の可能性をも指摘しており,現に,東側突堤沿いの11-12番ケーソン目地部付近で陥没が発生していることは了知していたのであるから,被告人Y1及びY2において,東側突堤の防砂板の破損の可能性を予見することができなかったということはできない。
(3) 以上のとおり,被告人らには,いずれも,本件事故現場を含む東側突堤沿いの北方の砂浜において,防砂板の破損による砂の吸出しにより陥没が発生することについて,予見可能性があったというべきである。したがって,これと結論を異にする原判決の認定判断には誤りがあり,検察官の控訴の趣意は理由がある。
第3結語
以上のとおり,本件では,被告人らに関し,人の死傷の結果に対する予見可能性が肯定されるところ,原審は,これを否定し,被告人らに対し,犯罪事実を確定せず無罪の言渡しをしている。したがって,予見可能性の存在を前提として被告人らの罪責を確定するためには,さらに,被告人らが取りうる結果回避措置の内容や刑の量定に関する認定判断を必要とするところ,これらの点に関し,当審においては証拠調べを行っていないから,当審において自判しない。
よって,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,なお,原裁判所において,上記の諸点についてさらに審理すべきものと認め,同法400条本文により,本件を神戸地方裁判所に差し戻すこととし,主文のとおり判決する。