大阪高等裁判所 平成18年(く)428号 決定 2006年9月22日
主文
本件即時抗告を棄却する。
理由
本件即時抗告の趣意は,検察官C作成の即時抗告申立書に記載のとおりであるから,これを引用するが,論旨は,原決定は,基本事件の期日間整理手続において,弁護人が開示請求した検察官作成の被告人の取調べ状況報告書42通中,すでに開示された部分を除く「被疑者等がその存在及び内容の開示を希望しない旨の意思を表明した被疑者供述調書等(以下「不開示希望調書」という。)の有無及び通数」欄(以下「不開示希望調書欄」という。)の各記載部分(原決定別紙記載のとおり)の各証拠の開示を認めたが,同決定は,刑訴法316条の15第1項8号の規定により開示すべき場合でないのにその判断を誤ってなされた不当な証拠開示決定であるから,原決定を取り消すとともに,弁護人の上記証拠開示命令請求を棄却する旨の裁判を求める,というのである。
そこで,所論にかんがみ,その各不開示希望調書欄について,被告人の防御の準備のために当該証拠を開示することの必要性の程度(①)並びに当該開示によって生じるおそれのある弊害の内容及び程度(②)を考慮し,開示が相当と認められるか否かについて検討すると,①については,弁護人は,被告人の各検察官調書(原審乙第15ないし第19号証,第42ないし第44号証)の証明力を判断するため,身柄拘束中の被告人に係る取調べの客観的状況(日時,場所,調書作成の有無,通数等)を知る必要があり,不開示希望調書欄を含め,開示がなければ,作成された調書の通数その他その取調べの外形的全体像を確認点検できないのであるから,防御の準備のため開示を受ける必要性が認められる。不開示希望調書の有無及び通数は,弁護人が被告人に質せば把握できる可能性が高いことなど,検察官が指摘し,原決定も承認する事情を考慮しても,開示の必要性が失われるものではない。また,検察官は,弁護人の必要性に関する主張は抽象的可能性を述べるのみで,開示の必要性を裏づける具体的主張ではないというが,弁護人は,被告人の特定の供述調書の信用性等を争い,その信用性等判断のために身柄拘束中の被告人に係る取調べの客観的状況を知る必要があると主張しているのであるから,本条(いわゆる類型的証拠開示)の必要性の主張としては十分である。②について,検察官は,組織犯罪等では不開示希望をした供述者の保護をはかる必要性は大きく,これが保障できないと,場合によっては供述者の生命,身体に危険が及ぶ深刻な事態も生じかねないが,不開示希望調書がある場合にのみ不開示の扱いをするとすれば,不開示としたことにより不開示希望調書の存在が推認されるから,結局,不開示希望をした供述者の保護を十分にはかることができない,したがって,不開示希望調書制度を維持するためには,原則として,一律に不開示希望調書欄は不開示とすべきであり,これを開示することによる弊害は大きい,と主張する。しかしながら,不開示希望調書制度を維持するためであるとして,本件で検察官が主張する開示による弊害は,事件の具体的事情にかかわらず一般的,抽象的に生じるものである。刑訴法316条の15第1項8号は,取調べ状況の記録に関する準則に基づき作成された取調べ状況報告書(不開示希望調書欄を含む。)について,同条1項の他の証拠と同様に,具体的事案において個別的に開示の相当性を判断すべきものと定めているのであるから,このような弊害をもって,一律に前記法条規定の相当性を失わせる事情と解するのは相当ではない。検察官としては,あくまで具体的事件における不開示を相当とする具体的事情を主張しなければならないというべきであるが,本件においては,これがなされていない。原決定が,開示の対象は法文上被告人に係る取調べ状況報告書に限定されていること,本件において,不開示希望調書制度の直接の保護の対象であるとして検察官の主張する被告人自身が開示を求める意思を有していること,弁護人が被告人の真意によらず開示請求しているとする形跡は全くないこと等に徴して,一般的にも,あるいは本件具体的事案においても,本件証拠開示を認めることの弊害は少ないと説示するところも,おおむね相当として是認できる。
そうすると,上記の開示の必要性と開示により生じるおそれのある弊害の内容と程度を考慮し,本件証拠の開示を命じた原決定は相当であり,原決定に裁量判断を誤った違法はない。論旨は理由がない。
よって,本件抗告は理由がないから,刑訴法426条1項によりこれを棄却することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 陶山博生 裁判官 杉森研二 裁判官 西田時弘)