大阪高等裁判所 平成18年(く)464号 決定 2006年10月21日
少年 Y (平成3.○.○生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は,少年作成の抗告申立書及び付添人弁護士○○△△作成の抗告理由補充書にそれぞれ記載のとおりであるから,これらを引用するが,要するに,少年を初等少年院に送致した原決定の処分は,特に短期処遇の勧告意見を付さなかった点において,重すぎて不当である,というのである。
そこで,記録を調査して検討するに,本件は,少年が,通学先の中学校の無人となっていた教室内で,他の生徒のリュックサック内にあった財布から現金5000円を抜き取って窃取したという事案であるところ,原決定が,上記非行の性質,少年の非行歴及び処分歴,性格や資質上の問題点,保護環境等について説示するところは,いずれも正当として是認でき,これらを総合して認められる少年の非行性及び要保護性に照らすと,少年に対しては,規律のある施設内での矯正教育を施すことが不可欠であり,原決定が少年を初等少年院に送致した処分が,著しく不当であるとはいえない。
また,少年が抱える問題点の根深さ,特にその情緒面の未熟さや衝動性の高さに照らすと,少年にそれらの問題を克服させ,自己統制力や社会適応力を身に付けさせるためには,特段の事情がない限り,相当長期間をかけた処遇を行うのが望ましいと考えられ,その点から見る限り,原決定が短期処遇の勧告を付さなかったことは,合理的な判断であるといえる。
しかし,少年は,現在中学校3年生で,中学卒業時の高校進学を切望しており,それが現時点におけるほとんど唯一の努力目標であると認められるところ,長期処遇によってその実現を事実上不可能にすることの弊害をも十分考慮する必要がある。特に,少年については,自分に批判的な相手や自分を規制しようとする相手に対しては,被害的,他害的な思い込みを強め,顕著な不信感や拒否的態度を示しやすく,いったん悪感情を持つと,その思い込みを強めていつまでもわだかまりを持つことになりがちな性格,資質上の傾向が指摘されており,前件における試験観察中の言動にもそれが顕著にうかがわれる。もとより,そうであるからこそ,その改善に相当長期間を要すると判断することも,一般的には合理性があるが,少年は,現に具体的な努力目標を持っており,これを精神的な糧として更生意欲を保持させつつ内面の改善に取り組ませるという選択肢が残されているのであり,それにもかかわらず,少年からこの目標を奪うことは,少年の上記傾向から見て,少年に保護矯正に関する制度全般やそれに携わる関係者に対する不信感を著しく高めさせ,不満を抱えたままの受動的,消極的な施設内生活に終始させるおそれを否定できず,また,仮にそうなった場合,時間をかけても教育の実効性が上がるとは限らないばかりか,少年の将来に事後的な措置によっては回復できない重大な弊害をもたらす可能性も高い。これらの点に加え,本件非行自体がその罪質や被害額から見て特に悪質であるとまではいえないこと,通学先の中学校の校長や担任教諭が審判に出廷して,少年が勉学に精励することを期待し,高校進学まで少年と共に努力する意向を示していることなどを総合すると,少年に対する今回の処遇は,長期ではなく,一般短期課程とし,その範囲内において可能な限りでの矯正教育と保護環境の調整を図るのが相当である。
そこで,当裁判所は,実質的な勧告の趣旨で上記の点を明らかにした上,本件抗告そのものは棄却することとし,少年法33条1項により,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 古川博 裁判官 植野聡 北村和)