大阪高等裁判所 平成18年(ネ)1417号 判決 2007年1月18日
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人株式会社D及び同Eは,各自,控訴人B,同Cに対し各613万4554円及びこれらに対する平成16年11月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人Aの被控訴人らに対する請求及び控訴人B及び同Cのその余の各請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じ,控訴人Aと被控訴人らとの間においては,全部同控訴人の負担とし,控訴人B及び同Cと被控訴人らとの間においては,同控訴人らに生じた費用の3分の2を同控訴人らの負担とし,その余は各自の負担とする。
5 この判決は,2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは,連帯して,控訴人Aに対し3584万4896円,控訴人B,同Cに対し各1792万2248円宛て,並びにこれに対する平成12年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
4 仮執行宣言
第2事案の概要
1 事案の要旨及び訴訟の経過
(1) 事案の要旨
本件は,Fが出張時の投宿先で就寝中に死亡したのは,勤務先である被控訴人株式会社D(以下「被控訴人会社」という。)及びその代表取締役である被控訴人Eの安全配慮義務違反等によるとして,その法定相続人である控訴人らが,被控訴人会社に対しては,①民法415条,②同法709条,③同法44条あるいは④同法715条1項に基づき,被控訴人Eに対しては,①同法709条,②同法415条,③同法715条2項あるいは④旧商法266条の3に基づき,損害賠償を請求した事案である(遅延損害金の起算日は,Fが死亡した日である。)。
(2) 訴訟の経過
原審裁判所は,控訴人らの請求をいずれも全部棄却したのに対し,控訴人らが上記第1のとおりの判決を求めて控訴した。
2 争いのない事実等(確定根拠を示さない事実は当事者間に争いがない。)
(1) F(昭和15年2月24日生)は,高校を卒業した昭和33年に被控訴人会社の前身であるG商店に就職し,昭和51年に被控訴人会社の取締役に就任し,以後,社内外では専務取締役と呼ばれていたが,平成12年8月31日午前2時頃,出張先の富山市a町所在のホテルR606号のベッド上で急性循環不全により死亡した(甲37)。
控訴人AはFの妻,控訴人B及び同CはいずれもFの子であり,Fの死亡により同人の権利義務を法定相続分により相続した。
(2) 被控訴人会社は,袋物鞄の卸売業及びそれに附帯する業務を目的とする株式会社であり,被控訴人Eは,その代表取締役である。
3 争点
(1) 被控訴人らがFに対し安全配慮義務を負担すべき法律関係にあったか否か。
(2) 被控訴人らの具体的安全配慮義務の有無及びその違反とFの死亡との相当因果関係の有無
(3) 被控訴人Eの責任
(4) 損害額
(5) 過失相殺の可否
(6) 消滅時効の可否
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
控訴人らは,Fに付された被控訴人会社取締役の呼称いかんに関わらず,その実質は労働基準法(以下「労基法」という。)上の労働者として安全配慮義務の対象となると主張するのに対し,被控訴人らは,Fが実質的にも取締役の地位にあって労基法上の労働者に該当しないから安全配慮義務を負担すべきいわれはないと反論するものであるが,その具体的な主張は,以下のとおり付加するほかは,原判決4頁19行目から5頁19行目に記載するのと同一であるから,これをここに引用する。
ア 4頁20行目の冒頭に次のとおり付加する。
「安全配慮義務は,ある法律関係に基づいて特別の社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随的義務として,当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務であり,この義務が認められるのは,形式的に労働契約関係が存在する場合に限られず,一定の場所,設備等のもとに勤務を命じる立場にある者がこれを命ぜられる者に対して負うものである。したがって,両者の関係が,使用従属関係の下における労務の提供を行っているか否かにより判断されるべきで,労基法上の「労働者」の判断基準よりもむしろ広く解すべきである。具体的には,①仕事の依頼,業務の従事の指示等に対する諾否の自由の有無,②会社による業務の具体的内容及び遂行方法に関する指示の有無,業務の進捗状況に関する本人からの報告等による管理,把握の有無,③勤務時間に関する定め,使用者による管理の有無,④当該業務に従事することについての代替性の有無,⑤報酬の労務対償性の有無等を総合して判断すべきである。これを本件についてみると,次のとおり,Fは被控訴人会社との間では使用従属関係にあり,労働者に該当する。」
イ 5頁3行目の次に改行の上,次のとおり付加する。
「Fは,G商店に雇用されて以来,死亡するまでの間上記のような営業業務に従事し,専務取締役に選任後も担当する業務に変更はなかった。取締役であっても,使用人兼取締役という立場があるように,上記のような内容の職務の遂行に当たっては使用従属関係は依然として消滅しておらず,この職務部分に関しては,被控訴人会社も安全配慮義務を負担すべきである。」
ウ 5頁9行目の次に改行の上,次のとおり付加する。
「このように,上記諸点はFの労働者性を否定する事情ではなく,かえって,Fは,業務内容の大枠や業務遂行場所,設備が被控訴人会社によって決められており,これらを自由に決定することなどできなかったのであるから,被控訴人会社が安全配慮義務を負うべきは当然である。また,Fがいわゆる「管理職」として部下の従業員を管理する立場にあっても,これは被控訴人会社から委任を受けて行っているのであって,同社との関係では従属的地位にあったことは否定されない。さらに,Fの報酬が高額であったり,処遇体系が異なっていたとしても,それは労務内容が高度で複雑なものであり,労務遂行に裁量性を有する点が反映されたにすぎず,労務との対償性が失われるものでもない。
以上によれば,Fは,H一族による個人企業のいわゆる「番頭」と何ら異なるところはない。商法上の番頭に対する取扱いは,番頭に種々の権限を認めているところではあるものの,商業使用人であることには変わりなく,営業主とは雇用契約関係にある労働者と位置付けている。このように,専務取締役という役職に就いた途端に労働者ではなくなり,被控訴人会社の安全配慮義務が消滅するということは,Fの労働実態にそぐわないものである。」
エ 5頁18行目の「ほぼ同額である。」の次に次のとおり付加する。
「そして,Fは,専務取締役として様々な面で包括的な権限を有し,ある程度の広い裁量を認められていた。Fは,自ら出張業務を担当していたが,その日程,費用等についても経営者としての裁量の下で行っていたのであり,営業担当の取締役として一定の売上が要求されることも当然であった。被控訴人Eからすれば,自己の父親の代から専務取締役として被控訴人会社を支え,幼年期から共に過ごしてきた家族以上の師であり大先輩である。このような両者間の関係の実態がFの被控訴人会社内の権限や裁量を支えていたのである。したがって,被控訴人会社内では被控訴人EとFの二頭体制であったところ,決裁者が2名いては現場が混乱するために被控訴人Eを決裁者としたにすぎず,両者間に指揮従属関係を示すようなものはない。」
オ 5頁19行目の次に改行の上,次のとおり付加する。
「これに対して,控訴人らは種々主張するが,Fは,専務取締役に就任して以来24年も経過しており,その間上記のとおり様々な点で業務内容が変更していった。特に,先代の代表取締役であった被控訴人Eの父であるKが闘病生活に入った頃には,Fがこれに代わって従業員を指導し,社外では同社のいわゆる顔として対応しており,この前後で,Fの被控訴人会社内外での権限及び地位が変化したということができ,もはや安全配慮義務の前提となるような使用従属関係は存在せず,Fが労働者であるということはできない。」
(2) 争点(2)について
① 業務の過重性
原判決5頁21行目から9頁18行目に記載するのと同一であるから,以下のとおり補正のうえ,これを引用する。
ア) 6頁16行目の「別紙」の次に「(以下,「別紙」は原判決添付のものをいう。)」を付加する。
イ) 7頁初行の次に改行の上,次のとおり付加する。
「さらに,Fは,次のとおり出荷作業も行っていたが,特に平成12年2月に女性従業員が退職したために,注文伝票や仕入伝票の作成,仕入れの注文とともに,次の出荷作業も自ら全部行う必要があった。」
ウ) 9頁2行目末尾に次のとおり付加する。
「なお,被控訴人会社は,労働者が常時10人未満であって,いわゆる特例措置対象事業場であり,その法定労働時間は当時週46時間であった(労基法40条1項,当時の同法施行規則25条の2<乙12>)。したがって,上記別紙2の「時間外労働時間数」欄は,40時間を控除するのではなく,46時間を控除することになる。」
エ) 9頁17行目を次のとおり訂正する。
「(ウ) Fは,専務取締役として,他の従業員に対して指導,監督,助言をし,あるいは従業員からの相談に乗り,被控訴人会社のような零細企業において会社役員が営業を行うことは稀なことではなく,売上の向上のために業務に懸命であったのであり,特にノルマが重視されていたとか,激しい業務を強いられていたとか,やりたくない仕事を無理矢理担当させられていたといった事情は見当たらない。」
② 被控訴人会社の上記業務に関する安全配慮義務の内容及びその違反
(控訴人らの主張)
被控訴人会社は,使用者としてFに対し労働契約に付随して業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積してFの心身の健康を損なうことがないようにする安全配慮義務を負っていた。具体的には,(ア)被控訴人会社には,労働時間,休憩時間,休日等について適正な労働条件を確保すべき義務があったのに,これを怠り,Fをして,上記のとおり,休日出勤をさせ,長時間に及ぶ時間外労働を余儀なくさせた。(イ)労働安全衛生法66条1項に基づき,Fに健康診断を受診させる義務があったのに,これを怠り,Fを含む従業員に対する健康診断を実施していなかった。(ウ)被控訴人会社は,労務管理をする上で,Fの健康状態を把握する義務があったが,これを怠り,全く無関心であった。(エ)平成12年2月からは,Fの業務を手伝ってくれていた女子従業員が退職し,被控訴人会社はこれを補充せず,その結果,Fに新たな負担を増やすことになった。(オ)Fは,平成12年7月に高血圧症と診断されたのであるから,被控訴人会社は,その健康状態に対応した労働時間等の軽減措置を講ずべき義務があったのに,これを怠り,その後も常軌を逸する長時間労働をさせた。以上からすると,被控訴人会社は,上記安全配慮義務に違反したから,民法415条に基づき損害賠償責任を負う。
なお,被控訴人らは,F自身に第一次的な自己の健康保持をすべき義務があると主張するが,労働者に対する健康診断の義務,これに基づき,医師の意見を聴取した上,受診を指示したり,就労の軽減措置をとるべき第一次的義務は使用者である被控訴人会社にある。
被控訴人会社は,Fの使用者として,不法行為上も上記安全配慮義務と同様の注意義務を負っていたのに,これを怠った。したがって,民法709条に基づき,損害賠償責任を負う。
被控訴人Eについては,原判決11頁5行目から12頁3行目までと同一であるから,これを引用する。なお,被控訴人Eは,被控訴人会社において,Fの労働時間の管理を行っていたところ,同被控訴人は,上記と同様の注意義務を負っていたのに,これを怠った。したがって,被控訴人会社は,その使用者として民法715条に基づき,不法責任を負う。
被控訴人らは,被控訴人らに予見可能性や予見義務はなかったから,安全配慮義務や不法行為責任はないと主張するが,長時間の業務が継続すれば,心身の健康を損ねることは周知のことであり,被控訴人らのFに対する労働時間管理の懈怠がなければ,Fの心身に変調を来すことはなかったと容易に予見できるところである。ましてや,被控訴人らはFが軽症ながら高血圧であったことを知っていたし,被控訴人会社が労働安全衛生法による健康診断義務を負っていた。
(被控訴人会社の主張)
被控訴人会社には,Fが死亡することについて予見可能性も予見義務もないし,また,結果回避可能性も存在しなかった。すなわち,Fはその専務取締役であったから,仮に労働者性が認められたとしても,被控訴人らにはその認識はなく,安全配慮義務等が課せられていることを認識する余地はない。被控訴人会社は零細企業であり,被控訴人EとFは,共同経営者として協力しながら被控訴人会社を経営していたのであるから,そのFに対して安全配慮義務を負うという基礎事情はない。ましてや,被控訴人EとFとの関係は,被控訴人Eが幼いころには,既にFが就職していて,親同然の立場にあったし,被控訴人EがFに対して命令し,Fがこれに服従するいう関係には元々なかった。さらに,Fは,自身の病状を申告せず,健康に配慮するような言動がなかったから,被控訴人らにとってその正確な健康状態を知り得るものではなかった。それでも,被控訴人EはFに対して出張を止めさせようとしたり,出張先の変更を申し入れたりしていた。
③ 上記安全配慮義務違反と死亡との因果関係
原判決9頁20行目から10頁5行目に記載するのと同一であるから,次のとおり付加・訂正して,これをここに引用する。
ア) 9頁20行目の次に改行の上,次のとおり付加する。
「Fは,心筋梗塞を発症して死亡した蓋然性が高い。Fの本態性高血圧はその原因となるものではない。すなわち,Fは,上記のとおりのストレスや疲労の蓄積により,高血圧の増悪のみならず,動脈硬化等の血管病変等の増悪があった可能性があり,これらによって,上記過重な業務が原因となって,心筋梗塞を発症した。」
イ) 10頁初行から5行目までを次のとおり訂正する。
「Fは,死亡直前に北陸地方へ出張中であったが,控訴人らが主張する出張中の事情は,いずれも因果関係を考える上で重要視できるようなものではない。すなわち,営業車の故障は偶発的なもので,元々同車の管理,修理はFに委ねられていたし,使用者からの指揮命令に基づく業務とは大きく質を異にするものである。オートマチック車の運転自体が特にストレスを生じさせるものではない。また,継続して運転が強いられたわけではなく,営業先で休憩も取れた。そして,宿泊が伴うものの,深夜労働に従事していたわけでもない。
Fは,長年にわたって同種の業務を継続遂行していて,これに習熟していたから,疲労を回復することは十分可能であったし,殊更死亡の直前,その1週間前,ひいては6か月前までの間にいずれも急激な労働負荷がかかったわけでもない。
Fの死亡は,広範囲な急性心筋梗塞又はそれに伴う重篤な不整脈によるものと考えられるところ,これは,基礎疾患である高血圧症,加齢,性等のFの属性ないし自然的経過によってもたらされたものと考えるべきであって,Fの業務と死亡との間には相当因果関係は存在しない。
なお,T労働基準監督署長の労災認定は,いかなる基礎資料及び前提事実を基にされたのか明らかではないし,業務起因性の上記認定が直ちに本件での,被控訴人会社の不法行為等とFの死亡との間の相当因果関係を肯定することにはならない。」
(3) 争点(3)について
原判決11頁4行目から12頁7行目に記載するのと同一であるから,これをここに引用する。ただし,12頁5行目から7行目までを次のとおり訂正する。
「被控訴人Eは,Fと契約関係にあるわけではないから,Fに対し安全配慮義務を負うものではない。また,Fの死亡について予見可能性,結果回避可能性,期待可能性がいずれもなかったから,不法行為上の責任も認められない。」
(4) 争点(4)ないし(6)について
争点(4)については原判決12頁9行目から13頁5行目に,争点(5)については原判決13頁7行目から22行目に,争点(6)については原判決13頁24行目から14頁8行目に記載するのと同一であるから,これらをここに引用する。ただし,次のとおり補正する。
ア 12頁21行目の末尾に「被控訴人らのその余の損益相殺の主張のうち,被控訴人ら主張の金員を受け取ったことは認めるが,これらは損益相殺の対象にはならず,争う。」を付加し,24行目の末尾に改行の上,次のとおり付加する。
「カ 素因減額に対する反論
被控訴人らは,Fが高血圧を理由に素因減額すべきであると主張するが,妥当ではない。すなわち,被控訴人会社が健康診断を実施していれば,Fが椎間板ヘルニアにより入院した当時の血圧が正常値の範囲内であったのに,その後,平成12年7月に立ちくらみや頭痛が出たころには,本態性高血圧の診断を受けていて,急激に血圧の状態が悪化していていた経過を知ることができた。被控訴人らがこれを知れば,Fに対して過重な労働を継続させることはなかったのである。そして,高血圧は,典型的な成人病であり,Fのように軽症の血圧値に留まっている限り,労働者の健康状態の多様性の範囲内のものであって,素因減額などできるものではない。」
イ 12頁末行を次のとおり訂正する。
「Fの賃金総額が年576万円であったことは認めるが,その余は争う。
仮に,Fの死亡と業務の間に因果関係が認められ,Fに損害が発生したとしても,上記のとおりFには高血圧の基礎疾患があり,同人の死亡の重要な一因となっていたのであり,Fが専務取締役であることも考慮して,公平の観点から相当の減額をすべきである。
さらに,仮に,被控訴人らが安全配慮義務違反により損害賠償責任を負うにしても,その遅延損害金の起算日は,本件の訴状送達の日の翌日である。」
ウ 13頁8行目から10行目までを次のとおり訂正する。
「Fは,勤務時間の規制はなく,病院への通院等の理由で遅刻早退しても,それらによる不利益が課せられておらず,実際にも病院に自由に行くことが認められていたから,自らの健康管理は自らの判断に委ねられていたというべきである。被控訴人Eは,健康管理センターから健康診断の案内が来た折りに,Fに対してこれに行くよう提案したが,Fはこれを断った。その上,Fは高血圧の既往症を有していたが,高血圧の薬もあまり飲んでいなかったばかりか,相当飲酒する習慣があった。その上,被控訴人Eに対して高血圧であるとの申告や,正確な病状等の説明等をすることもなかった。以上のように,F自身が適切な対応をしていなかったことは明らかである。したがって,」
エ 13頁25行目の「存在するとしても,」の次に「控訴人らは,平成12年8月31日にFが被控訴人会社の業務として出張中に死亡したことから,その時点で被控訴人らに対して何らかの損害賠償の請求ができることを認識していたというべきであるから,同日から消滅時効期間を起算すべきである。したがって,」を付加する。
オ 14頁初行の「12月13日の」の次に「原審」を,8行目の末尾に「さらに,控訴人らは,平成13年12月8日に実施された「過労死,過労自殺110番」に電話し,弁護士の意見を聞いて初めてFの死亡について被控訴人らに責任があるとの認識を有するに至ったから,どれだけ早くとも,消滅時効の起算点は平成13年12月8日より早まることはない。」を,それぞれ付加する。
第3当裁判所の判断
1 事実の認定
上記争いのない事実等に加え,証拠(下記に挙示する証拠のほか,甲1,2,5,6の1,7ないし9,10の1,11の1,12ないし35,36の1,47ないし50,52ないし54,乙6の1・2,7ないし10,13,ないし15,18の1~13,19,20,24,原審における証人I,被控訴人E)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
(1) Fの地位,処遇
ア 被控訴人会社は,被控訴人Eの祖父であるJが昭和10年頃に興したG商店を前身とし,昭和42年3月に株式会社化(資本金1000万円)され,その代表者は,J,K(昭和51年~),次いでE(平成11年~)が継いで今日に至っている。Fは,このG商店時代に住込み従業員となって以来,三代の代表者に対する忠勤に励んで代表者と二人して営業の中心となり,その温厚篤実な性格や住込み時代には幼かった被控訴人Eの遊び相手になるなど経営者一族から公私とも深い信頼を得ており,この間の昭和51年には専務取締役の役職を付与され,商業登記簿上も取締役として登載されていた。しかし,被控訴人会社は,株式は代表者一族が保有し(Fが名目上の株主になったことがあったが,被控訴人Eの代表者就任と共に名義を返還している。),実際の経営では株主総会や取締役会の開催もなかった。また,従業員も数名程度で就業規則,賃金規定もなく,役員は代表者の親族が占めるという所有と経営の分離しない小規模会社であり,その定款にも専務取締役の地位に関する規定や取締役の業務執行権に関する規定はなく,Fの専務取締役就任時にも,改めて雇用契約と取締役任用契約を切り替えるという手続もなかった。
Fは,代表者一族のように会社の経理,資金繰り,利益処分等の経営の根幹に関わることはなかったが,営業従業員の指導,取り纏め,地方への出張営業,ファクシミリ等による受注商品の出荷,出来合い商品の発注等では代表者とともに日常の営業の中心となっており,被控訴人Eが昭和58年に跡取りとして被控訴人会社に入社したときは営業全般を指導し,当時の代表者であるKが闘病生活を開始した平成10年1月頃には,代理で社長会(得意先の代表者を集合させて,競合他社に商品を売らないように促すために開催される会)に出席したり,Kが死去した平成11年4月には,30歳代半ばであった被控訴人Eから形式上代表取締役への就任要請を受けて断ったこともあった。
イ 専務取締役の肩書を付されたFは,代表者の意向ないし長年の社内慣行を襲用し,他の従業員と異なる取扱いがなされることがあった。例えば,他の従業員と異なり,皆勤手当,職務手当,営業家族手当,住宅手当等の諸手当は支払われない代わりに,職務手当12万円を含む月額報酬48万円は被控訴人Eと同額であり(非常勤の取締役であるEの母は年額102万円であった。),これら3名の報酬は,決算書類上,役員報酬として処理され,他の従業員と異なり雇用保険に加入せず,午前9時から午後5時30分の勤務時間(被控訴人会社は,いわゆる特例措置対象事業場で,その法定労働時間は週46時間であった。)につき,通院等により遅刻や早退,欠勤があってもすべて出勤扱いとされて報酬を減額されることはなく(他の従業員は,毎月の遅刻及び早退3回で皆勤手当は支給されず,遅刻・早退の時間数分の給与が減額されていた。),この点は後記腰椎椎間板ヘルニア手術で2か月ほど入院した時も同様であった。また,被控訴人会社には退職金制度はなく,役員については退職慰労金代わりに役員を被保険者とする生命保険に加入し,役員賞与を廃止することでその保険料を負担してきたが,Fが平成12年2月に60歳を迎えて上記生命保険を更新することができなかったときには,定額積立保険に加入し,年額120万円の保険料を被控訴人会社が負担することにし(なお,Fの死亡により,上記生命保険契約に基づく1000万円は,被控訴人会社から控訴人らに引き渡された。),さらに,交際費の支出については,代表者の事前承認が不要で(ただ,実際には交際費というほどのものを使うこともなかった。),地方得意先への毎月の出張の具体的な日程は自らが決め,仕事の内容・進め方に代表者の細かな指示を受けることはなく,従業員の採用,昇級について被控訴人Eから相談を受けていた。そして,Fの方でも,午前8時45分までには出勤して会社の鍵を開け,被控訴人Eの出張の折りには必ず在社し,被控訴人Eに代わって朝礼を実施し,従業員の勤務を管理監督し,新規仕入を代行決裁していたほか,他の従業員と異なり,出張が祝祭日にかかっても代休を取らず,隔週土曜日と定められた休日も代表者と同様に出勤し,他の従業員より後に退勤するというような勤務振りであった。
(2) Fの具体的な営業活動
ア 被控訴人会社は,袋物,鞄等の卸売業を営み,得意先が関西及び北陸,四国,中国方面のスーパーマーケットや小売業者であり,社で注文を受けるほか,商品のパンフレットや見本となる完成品を段ボール箱に入れ,営業車に積載しての地方の得意先回りも重要な営業活動であった。被控訴人会社の社屋は4階建ての建物の1,2階で,1階が事務所兼作業所,2階が商品倉庫になっていて,営業職員は営業回り以外は出荷作業に従事していた。受注後の出荷作業のあらましは,商品を2階の商品倉庫からエレベーターで1階の作業スペースに下ろし,作成した値札を個別の商品に付け,商品伝票,得意先への送り状を作成し,商品を段ボール箱に梱包して送り状を貼り付け,運送業者が引き取りに来る午後7時頃までに被控訴人会社の建物の外に積むという作業で,男性従業員は自己の担当受注分について一連の出荷作業を行っていたが,Fは,他の営業担当者よりも受注数が多かったことから,商品を2階から1階へ降ろす作業,値札付け,伝票書の作業は女性従業員が行い,梱包作業は他の営業担当者も手伝い,出張先で受けた注文はファクシミリで出荷の指示をし,他の従業員が出荷作業を行っていた。
イ 被控訴人会社の平成11年12月当時の陣容は,取締役3名(被控訴人E,F,それにEの母),営業職の男性従業員3名,事務職の女性従業員3名,これに経理を担当していたEの妻Iであったが,上記3名の女性従業員は,平成12年2月に一斉に退職し,同年4月にこれに代わる2名の女性従業員を採用したもののまもなく辞め,さらに,同年7月25日には男性従業員1名も退職したため,この段階で代表者以外で営業業務に従事するのはFと2名の男性従業員のみであった。ところで,Fの毎月の業務量のうち,二,三十年来の地方得意先回りはかなりの部分を占め,若いころから,毎月の業務予定として,北陸地方(5泊6日),愛媛県を除く四国3県(3泊4日),岡山県(1日)の地方出張が組み込まれていた。ちなみに,他の男性従業員1名は,福知山・舞鶴・鳥取(1泊2日),博多(1泊2日)を,他の1名は,大阪市内及び近郊の得意先を,被控訴人Eは日帰りないし1泊2日で愛媛県,広島県,大阪市内を,それぞれ担当し,Fの営業による売上げは,被控訴人会社の年間売上約2億2000万円の32ないし47%,大口得意先を有する被控訴人Eが55ないし66%を占めていた。なお,国内外メーカーとの新商品の価格・品質・納期の交渉,財務全般,対外的な折衝は被控訴人Eが担当していた。
(3) 死亡に至る経過
ア Fは,平成7年11月10日,S病院で腰椎椎間板ヘルニアの手術を受け,その後は腰痛や変形性股関節症のため歩行時に足を引きずるため電動自転車で20ないし30分かけ,午前8時45分頃までには出社していたが,1か月に1回程度S病院に,2回程度Mクリニックへ通院し,両病院とも午前9時からの診療となるため,一方の病院だけを受診した場合には,午前10時に,両病院に通院した場合には午前11時頃には出社していた。
Fは,平成12年始め頃,体調がすぐれず,店舗の奥で横になったことがあったが,被控訴人会社では,従業員に対する定期的な健康診断や,成人病検診は行われていなかった。
ところで,Fの受注した商品の出荷作業については,これを手伝っていた女子従業員の一斉退職により,Fが残った男性従業員3名とともに出荷作業に加わったものの,男性従業員は従前から女性従業員が行っていた細かな作業は不得手で,値札と商品の数が合わないなどミスも多く,自己の担当した注文の出荷をするのが精一杯で,Fの出荷作業を手伝う余裕はなく,Fが出張先で受けた注文も帰社後に出荷作業をすることもあり,運送業者が集荷に来るのに梱包が間に合わず待たせることもあった。また,被控訴人会社では,注文を受けた日の翌日には配送することになっていたが,午後8時くらいまで残業してもそうした出荷作業をすることができなくなっていった。
さらに,同年7月25日に男性従業員1名(平成10年夏入社)が退職した後は出荷作業は大幅に遅れ,残った男性従業員2名(平成11年4月及び12月入社)のうち1名は1週間分程度出荷が遅れていたし,Fが前月に受注した商品を出荷できないまま翌月の出張に出ていくということもあり,このため,得意先からは,頻繁に催促の電話がかかるようになり,Fの退勤時間が連日午後8時を過ぎ,時には午後9時頃になることもあった。なお,被控訴人Eが出荷作業を手伝うことは月に1,2度であったが,上記の女性従業員が退職した後は,海外と直接貿易をして商品を仕入れようと,付き合いのために外出が多くなり,自らが担当する得意先の出荷作業をすることはなく,Iが手伝った。
イ このようななか,Fは,同年7月17日午後3時頃,仕事中に立ちくらみと頭痛を訴え,被控訴人Eから促されて翌18日,自宅近くのQ医院を受診した結果,脳血管障害を疑わせるような症状や高脂血症や糖尿病等を窺わせるような所見はなかったが,受診時の血圧は,左が156/91㎜Hg,右が160/91㎜Hgという中等度の高血圧で,本態性高血圧との診断を受け,以後降圧剤を服薬をするようになった。
その後,同月21日,同月28日,同年8月16日,同月25日には午後7時ないし7時半に通院し,血圧は160㎜Hg前後,90~100㎜Hgで推移し,降圧剤の服用によっても血圧の調整が悪かったため,医師からは,同年8月16日の受診時に,今後の経過によっては降圧剤の内容を再考するとの説明を受けていた。
被控訴人らは,平成12年7月末頃,Fから受診結果を聞き,また,同年8月のお盆前頃,降圧剤を服用しているらしいことを聞いた。
ウ Fの北陸出張は,1回につき,得意先40店舗以上のうち20ないし30店舗を回るもので,概ね毎月第4週目の1週間を当て,午前6時頃に荷物を積み込んだ営業車で自宅を出発し,約4時間の高速道路運転で福井県に入り,午後7時30分から午後8時まで県内の得意先(常時訪問先7店舗)を回り,午後8時から午後8時30分頃に福井市内の宿に宿泊し,2日目は石川県に入り,5日目までの間,宿泊先を午前8時ないし9時頃に出発して,午後7時30分から午後8時頃まで金沢市(常時訪問先1店舗)から能登半島(同3店舗)を経由して富山県高岡市,富山市内(同県内4店舗)の各所を回って宿泊先に到着し,最終日の6日目は,午前9時頃に宿を出て,午後4時頃まで富山市内の得意先を回り,その後高速道路を経由して午後9時30分頃に帰宅するというもので,その走行距離は約1400ないし1600kmに及ぶものであった。
また,この点は,得意先十数件を回る四国方面(3泊4日)の出張も同様で,往路は,午前0時頃自宅を出て高速道路で岡山に出てフェリーで四国に渡るか,午前4時頃自宅を出て瀬戸大橋で高松へ渡り,その後,徳島,高知を回って,高速道路で高松に戻り,上記連絡橋かフェリーを経由し,帰宅は概ね午後10時頃で走行距離は約1000kmであった。被控訴人Eは,Fが60歳を迎えたこともあり,担当を他の従業員に譲るように示唆したことがあり,Fは京都府舞鶴市と滋賀県の一部の担当を譲ったことがあった。
エ Fは,平成12年8月12日から同月16日までは盆休みを取り,同月17日から同月19日までは社内で通常の業務に就き,同月20日(日曜日)は自宅で持ち帰り仕事をし,翌21日(月曜日)から同月25日(金曜日)までは社内で通常の業務を行っていた。その間も,午前8時30分頃には出勤し,午後8時頃まで働いていた。同月25日の午後8時前頃,高血圧の治療のために通院をしたが,受診せずに投薬だけを受け,翌8月26日(土曜日)午前5時50分に営業車(トヨタのノア<ワンボックスカー>)で自宅を出発して北陸方面への出張に向かい,福井県武生市,鯖江市,福井市内の得意先を回り,午後8時頃に同市で宿泊した。翌27日(日曜日)は,福井市,三国港を回って福井市に戻り,午後8時頃に同じ宿泊先に到着した。翌28日(月曜日)は,石川県金沢市,内灘町,羽咋市を回り,同市で宿泊の予定を輪島での宿泊に変更して投宿した。翌29日(火曜日)には石川県輪島市,珠洲市を回り,能都町内を運転していたところ,営業車が故障したため,午後3時頃に能都町内の修理工場に持ち込み,今度は修理工場の車を借りて能都町内の営業を行い,さらに,レンタカー会社の代車が到着した午後5時30分頃からは,故障した営業車からサンプル商品が詰められた段ボール箱を代車に積み替え,慣れないオートマチック車(代車)を運転して,穴水市,高岡市の得意先を回り,同日午後10時頃同市で宿泊した。
同月29日の石川県能都町に近い珠洲市の気温は,最低温度が22.0度,最高気温が32.5度,平均気温が26.9度で,午前9時から午後4時までの間は30度を超えていた。
Fは,翌30日(水曜日),富山県高岡市から,富山市,滑川市,黒部市を周って,同日午後8時3分,富山市にあるホテルR606号に到着し,午後8時30分頃に控訴人Aに電話し,「とにかく暑かった,車が故障していつもと違う車の運転で疲れた。故障した車を明日取りに行くので遅くなる。」旨の連絡をし,その後1時間程度食事で外出して同日午後10時頃部屋に戻ったが,この時点では格別変わった様子はなかった。Fは,今時の北陸出張で,この段階で少なくとも29軒の得意先に出向いていた。同日の富山市の気候は,最低温度が24.4度,最高気温が32.8度,平均気温が28.6度で,午前8時から午後5時までの間は30度を超えていた。天候は晴れであった。
しかし,翌31日(木曜日)午前10時を過ぎてもFがチェックアウトの手続をしなかったため,ホテルの職員が在室確認をしたところ客室のベッド上で死亡していた。死亡推定時刻は同日午前2時頃で,所持品の中にはQ医院から処方された降圧剤インヒベースがあり,室内で缶チューハイを1本飲んでおり,また,風呂に入った跡があった。死体検案書(甲37)では,急性循環不全が死亡原因とされたが解剖所見は得られていない。
2 争点(1)について
(1) いわゆる労使関係における安全配慮義務は,使用者が被用者を指揮命令下において労務の提供を受けるについて,雇用契約の付随的義務として被用者の生命及び健康を危険から保護するよう配慮すべき義務をいうところ,本件におけるFは,久しく被控訴人会社の取締役の肩書を付されていたとはいうものの,その職種,労務内容,勤務時間,労務の提供場所等の実態に即してみれば,取締役の名称は名目的に付されたものにすぎず,被控訴人会社との法律関係は,その指揮命令に基づき営業社員としての労務を提供すべき雇用契約の域を出ないものというべきであって,被控訴人会社がFに対し,一般的に上記安全配慮義務を負担すべき地位にあったことを否定することはできない。
(2) 被控訴人らは,Fは委任契約法理により律せられるべき取締役として,他の従業員とは異なる権限と地位を付与されており,被控訴人会社の指揮命令に従い労務を提供する関係になかったから,双方間には,およそ安全配慮義務を観念する余地がない旨反論するが,もともと被控訴人会社が所有と経営の分離しない小規模会社で,Fの被控訴人会社での地位が利益参加の機会を有しないものであることや,本来の株式会社としての株主総会,取締役会の開催もなく,定款には専務取締役の業務執行権の規定も,Fが取締役会決議に基づき業務執行権が付与された事実も,さらに専務取締役の職務分掌を定める内規の類もないものであって,Fが,業務のかたわら代表者の日常的な相談相手となったり,他の従業員と異なる権限を付与されたり,処遇を受けてきた(部下従業員の指揮監督,新規採用者の採否の相談,商品の取扱,交際費,具体的業務遂行過程における広い裁量,勤務時間管理,高給等)のは,基本的には,創業時から多年にわたる営業社員としての知識,経験,実績,さらには代表者一族並びに取引先との間に築かれた信頼関係を背景に,いわば営業,労務を含む幅広い代表者の補助的な役割が要請され,これに対応した長年の社内慣行・態勢により形成されたものにすぎないと推測され,業務執行者である代表者の黙示的な指揮命令の下で労務を提供する立場にあったことと矛盾しないものというべきである。したがって,被控訴人会社が,このようなFの業務遂行について,およそいかなる安全配慮義務も負担しないとする被控訴人らの主張は採用しない。
3 争点(2)について
(1) そこでまず,Fの死亡原因と業務との関係についてみると,証拠(甲4,37,38の1,42ないし46,乙16,17,21)及び弁論の全趣旨によると,Fの死亡原因とされた急性循環不全は,突然死といわれる病態を表現するものであって死亡の原因を明らかにするものではなく,死亡原因は急性心筋梗塞と考えるのが医学的知見に照らして合理的であること,Fが仕事中の立ちくらみや頭痛を訴えたことから,死亡する1月半前に明らかとなった本態性高血圧症は心筋梗塞を含む虚血性心疾患の基礎疾病であり,心身の過重負荷の蓄積はこれを自然的経過を超えて増悪させて心臓疾患が発生する場合があること,しかるに,Fの北陸地方出張前の体調と会社における日常業務に加え,出張による暑熱下における長時間の車両運転とこの間の相次ぐ得意先との商談,各日の業務の遂行に要した時間等から,T労働監督基準署長は,Fの死亡に業務起因性を認めて労働者損害賠償保障保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく支給決定をしたことが認められ,これら一連の事実関係によれば,Fの心筋梗塞による死亡と被控訴人会社の業務執行と相当因果関係を肯定すべきものと考えられる。
(2) そこで,控訴人らは,上記死亡原因とFの健康状態に加え,その職種,内容,勤務時間等の内容に即し,被控訴人会社には,Fの業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積することのないよう,勤務時間を適切に管理すべき安全配慮義務があったのにこれを怠ったと主張するのに対し,被控訴人会社は,仮にしかりとしても,被控訴人会社にはFの死亡についてまでの予見可能性,結果回避可能性,期待可能性がなかったと反論している。
たしかに,Fは,個人商店時代に就職してから死亡するまで42年の間には,死亡原因に関連しない椎間板ヘルニアという整形外科的疾患は明らかとなっていたが,心筋梗塞をはじめとする心臓疾患系の病歴や症状・発作の発現は明らかでなかったから,被控訴人会社としても,後に現実的に発生した心筋梗塞発作による死亡という具体的な被害を予見することは困難であったというべきである。しかし,高血圧による動脈硬化が脳血管系障害や心臓疾患系障害の引き金になることは成人病の一つとして広く知られたところであるから,厳密な医学的知識を持たなくとも,長時間労働による身体的,精神的な過重負担がその増悪因子となることは,使用者として当然に予見すべき事柄に属するというべきである。しかして,被控訴人会社では,タイムカード等による労働時間管理は行われていなかったため,記録化されたFの勤務時間は精確には把握しがたい側面は残るものの,上記認定事実によれば,Fが体調不良を訴えた平成12年は,被控訴人EとF,経理担当専従のIを除く従業員6名のうち,Fの発送業務を補助していた女性従業員3名が2月に退職し(新規補充者2名も間もなく辞めている。),7月には残った男子従業員3名のうち1名が退職したため,営業の責任者としてFの業務量は明らかに密度が濃くなっており,その結果として予定された発送業務が大幅に遅滞し,前月受注分の発送さえおぼつかず,得意先から苦情が入るという状況であってみれば,普段でも法定労働時間を超過して勤務していたFが,それまで以上に長時間の過密で不規則な勤務に従事してきたことは容易に推認できる。これに加え,Fの毎月の予定に組み込まれた北陸地方の出張も,月曜日から金曜日までの上記のような勤務に引き続き,土,日を挟んで5泊6日の予定で,午前6時前に荷物を積み込んだ商用車で自宅を出発し,出張先では毎日車を運転して10時間から12時間の営業(商談,受注)をこなし,最終日も同様の営業を終えて,夕方から再び高速道路を運転して午後9時半頃帰阪し,その走行距離は1400kmから1600kmに及ぶものである。これら事実関係,なかんずく,死亡の6か月前に部下従業員6名のうち半数,その前月には残り3名のうち1名が退社して過密な長時間労働を余儀なくされていたことに加え,出張時における緊張を強いられる長距離の車両運転,宿泊先を出発してから到着までの拘束時間等に照らせば,齢60歳にして高血圧に罹患していたFにとっては,明らかに身体的,精神的な限度を超えた過重労務を負担していたもので,被控訴人会社としては,Fの健康状態にかんがみ,勤務時間を適切に管理し,業務負担を適宜軽減して,Fの生命,健康被害の危険を防止する安全配慮義務があったのに,これに違背(放置)したものというのが相当である。証拠(乙23)中には「被控訴人EがFに対し,年齢も考慮して,折に触れて,出張先等を若い従業員に肩代わりしてもらうように提案した。」と記載する部分があるが,現実には,上記結果回避を果たすための措置をとっていない。
また被控訴人会社の報告書(甲30)ないし被控訴人Eの陳述書(乙23)には「出荷作業は,本来営業担当者の仕事で女性従業員がサポートするだけであったから,女性従業員が退職しても,それほど負担ではなかった。」とする記載等があるものの,原審における証人Iの証言でも,女性従業員が退職した後は終日出荷作業をしていたとしているし,同年2月以降の出荷作業が大変であったことは,従業員であったN,O及びPとも一致しているところであって(甲25,26,28等),被控訴人Eの上記報告記載等は採用できない。
さらに,被控訴人らは,自らの健康管理は,第一次的にはF本人が負うべきであると主張するが,私生活における健康管理は別論として,労務提供過程での従業員の心身の健康に対する配慮をするのは,先ずは使用者である被控訴人会社にあるものということができ,被控訴人らの上記主張は採用しない。
4 争点(3),(6)について
控訴人らは,被控訴人Eについても,Fに対し直接安全配慮義務を負担すべきものと主張するところ,被控訴人Eは,Fとの間で何ら契約関係にはないから,同被控訴人がFに対して安全配慮義務を負担する前提を欠くものであり,また,被控訴人Eの民法709条,715条2項の責任については,仮に,被控訴人Eが不法行為責任を負担するとしても,民法724条前段の消滅時効の起算点は,控訴人らがFの死因を知った平成12年8月31日とするのが相当であり,平成15年8月31日の経過をもって消滅時効は完成し,被控訴人Eが原審の第1回口頭弁論期日において時効を援用したことは当裁判所において顕著な事実であるから,被控訴人Eの不法行為責任を問うことはできないというべきである。
控訴人らは,被控訴人Eにつき,旧商法266条の3に基づき,代表取締役として,被控訴人会社がFに対して負担する安全配慮義務を履行すべく業務を行うべき善管注意義務を負っているのに,悪意又は重大な過失により,Fの労働時間,休憩時間,休日等について適正な労働条件を定め,さらには労働安全衛生法に定められた健康診断を実施するなどして健康状態を把握し,従事する業務内容等の軽減を図るなどの措置を講じなかったと主張する。
そこで検討するに,旧商法266条の3は,株式会社内の取締役の地位の重要性にかんがみ,取締役の職務懈怠によって当該株式会社が第三者に損害を与えた場合には,第三者を保護するために,法律上特別に取締役に課した法定責任であるところ,本来,商法は商又は商事として定める法律事実をもって規律の対象とするものであるが,そこにおける労使関係は企業経営に不可欠な領域を占めるものであり,ここにいう取締役の会社に対する善管注意義務は,ただに,会社資産の横領,背任,取引行為という財産的範疇に属する任務懈怠ばかりでなく,会社の使用者としての立場から遵守されるべき被用者の安全配慮義務の履行に関する任務懈怠をも包含すると解するのが相当である。これを本件につき検討すると,上記3(1)に判示のとおり,被控訴人会社はFに対し,その健康状態にかんがみ,勤務時間を適切に管理し,業務負担と適宜軽減してFの生命,健康被害の危険を防止すべき安全配慮義務を負っていたところ,被控訴人会社の規模・陣容,Fの職務内容に照らせば,これら安全配慮義務は,唯一,被控訴人会社の代表取締役である被控訴人Eの業務執行を通じて実現されるべきものであると認められる。そして,上記1の認定事実によれば,被控訴人Eは,Fの勤務状況,休日等の取得状況,これに引き続く北陸出張の実態について十分に認識し,その労務の過重性についても認識し得たのであるから,被控訴人会社が適宜適切に安全配慮義務を履行できるように業務執行すべき注意義務を負担しながら,重大な過失によりこれを放置した任務懈怠があり,その結果,第三者であるFの死亡という結果を招いたから,被控訴人Eも旧商法266条の3に基づき,控訴人らに対し,被控訴人会社と同一の責任を負担するというのが相当である。
5 争点(4),(5)について
(1) 死亡による逸失利益 1999万7452円
Fの年収が576万円であったことは当事者間に争いがなく,Fが60歳で現に就労していたとはいえ,他の従業員と比較した業務内容と健康状態にかんがみれば,向後平均余命の半分(11年)の就労が可能とするのは経験則上いささか無理があり,就労可能年数は,控えめにみて67歳までの7年とするのが相当である。そして,Fは一家の支柱であったから生活費控除を40%とすると,逸失利益は1999万7452円{=576万円×5.7863×(100%-40%)}と認められる(円未満切り捨て,以下同じ。)。
(2) 慰謝料 2500万円
Fの年齢,家族の支柱としての立場等を総合勘案すると,その慰謝料は2500万円とするのが相当である。
(3) 葬儀費用 120万円
相当因果関係のあるFの葬儀費用は120万円とするのが相当である。
(4) 素因減額
Fの死亡には,少なからずFの本態性高血圧が寄与していることは上記認定判断のとおりである。
ところで,Fの上記疾患と過重勤務によるストレスが共に原因となってFの死亡という損害が発生した場合には,当該疾患の態様,程度等に照らし,被控訴人らに損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法722条2項の規定を類推適用して,Fの疾患を斟酌することができ(最高裁判所平成8年10月29日第三小法廷判決・交通民集29巻5号1272号参照),このことは安全配慮義務違反による損害賠償でも同様であると解するの相当である。本件では,Fに基礎疾患があり,これが死亡に少なからず寄与しているから,損害賠償の額の算定に当たり斟酌すべきであり,その寄与の割合は3割をもって相当というべきである。
この点について,控訴人らは,Fの高血圧症は,通常の労働者の健康状態の多様性の範囲内にあるもので,これを斟酌すべきではないと主張するが,基礎疾病である高血圧症と心疾患との関係,当時のFが,高血圧症への罹患と降圧剤の服用をしていた状況では,被控訴人会社の有力な従業員として被控訴人Eに意見具申し,労働時間,出張形態についての調整を図り得る地位にあったことを考慮すれば,損害賠償の公平な負担という観点からして,控訴人らの上記主張は採用できない。
よって,上記(1)ないし(3)の損害額の合計4619万7452円の3割を控除すれば,その残額は,3233万8216円となる。
なお,被控訴人らは,過失相殺を主張するが,そのよって立つ根拠は,Fには第一次的に自らの健康管理をする責務があるというにある。しかし,その主張が採用できないことは上記判断のとおりである。
(5) 損益相殺について
ア 労災保険給付 △1359万8533円
控訴人Aが労災保険給付を受けていること及び損益相殺されるべき性質の給付であることは当事者間に争いがなく,弁論の全趣旨によれば,当審口頭弁論終結日である平成18年9月8日まで受けた給付(同年8月支給分まで)の合計は,1359万8533円と認めることができる。したがって,同給付金は,控訴人Aの損害賠償請求について損益相殺されるべきである。
イ 弔慰金 △144万円
被控訴人会社が控訴人らに対して弔慰金として144万円を支払ったことは当事者間に争いがない。同弔慰金は,Fの死亡を原因として支払われたものであり,通常の社会儀礼上の相当額を超えるものであることは明らかであるから,同弔慰金は全損害額から控除するのが相当である。
ウ 退職金及び死亡退職金 △856万円
被控訴人会社が控訴人らに対して退職金として576万円及び死亡退職金の上増分として280万円を支払ったことは当事者間に争いがなく,Fの場合死亡退職金制度がなかったから,これらの退職金は被控訴人会社が,Fの死亡を原因として支払ったもので,全損害額から控除すべきである。
エ 生命保険金 0円
上記1の認定事実によれば,Fが60歳に至った際に役員の退職金に相当するものとして,被控訴人会社がL生命との間で定額積立保険に加入し,年額120万円の保険料の支払を負担していたこと,Fの死亡により被控訴人会社は保険金1000万円を受け取り,そのまま控訴人らに渡したことが認められる。この保険金は,保険金の名称を有するものの,実質的にはFに対する退職金相当額と見ることができ,いわば給料の後払い的性格を有する。したがって,Fの死亡により発生したものではなく,上記保険契約とともに被控訴人EとFの合意に基づき支払われたものと認められるから,損益相殺の対象とするのは相当ではない。
オ 小括
以上によると,上記(4)の損害残額3233万8216円から,上記イ及びウを控除すると,残額は2233万8216円となるところ,これを控訴人らの法定相続分で除すると,控訴人Aは1116万9108円,その余の控訴人は各558万4554円になる。そして,上記アによる損益相殺によれば,既発生の確定遅延損害金を考慮しても控訴人Aの上記金額による損害賠償請求は認められない。
(6) 弁護士費用 110万円
本件事案の性格,原審及び当審における控訴人ら代理人の主張,立証の態様その他諸般の事情を総合すると,相当因果関係がある弁護士費用は110万円とするのが相当である。これは2分の1の55万円ずつを控訴人B及び同Cの各損害賠償に加算する。
6 結論
以上によれば,控訴人B及び同Cが被控訴人会社及び被控訴人Eに対して各613万4554円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成16年11月2日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,控訴人Aの請求及び控訴人B及び同Cのその余の各請求はいずれも理由がないからこれらを棄却すべきところ,これと一部結論を異にする原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡邉安一 裁判官 矢延正平 裁判官 川口泰司)
平成19年1月23日判決言渡
平成18年(ネ)第1417号 損害賠償請求控訴事件
変更判決
主文
頭書事件につき,当裁判所が平成19年1月18日言い渡した判決につき,法令違背を発見したので,次のとおり変更判決をする。
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人D及び同Eは,各自,控訴人Aに対し1009万円,控訴人B,同Cに対し各889万4554円及びこれらに対する平成16年11月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その3を控訴人らの負担とし,その余を被控訴人らの負担とする。
5 この判決は,2項に限り,仮に執行することができる。
理由
1 当裁判所が,頭書事件につき,平成19年1月18日に言い渡した判決においては,①控訴人Aに既支給の労災保険金(遺族補償年金)を財産的損害(逸失利益と葬儀費用)に充当した超過額を精神的損害(慰謝料)に充当し,その結果,同控訴人の財産的損害ばかりか,精神的損害についての賠償請求権も消滅したものと判断し,同控訴人の請求を棄却した。しかし,控訴人Aの労災保険による損益相殺については,既支給の労災保険金(遺族補償年金)は,人的損害のうち財産的損害(消極損害)に対応する損害を填補し,これと性質を同じくしない精神的損害(慰謝料)を填補するものではなく,労災保険給付が同財産的損害を填補して余りある場合にも,この超過額で慰謝料額を填補するものとして慰謝料額を減縮することができないことは,すでに確立した最高裁判例(昭和35年(オ)第381号昭和37年4月26日第一小法廷判決・民集16巻4号975頁,昭和55年(オ)第82号昭和58年4月19日第三小法廷判決・民集37巻3号321頁,昭和58年(オ)第128号昭和62年7月10日第二小法廷判決・民集41巻5号1202頁)である。②被控訴人会社から控訴人らに対し,生命保険金1000万円のほか,別途弔慰金144万円,退職金576万円及び死亡退職金280万円が支払われたことを前提に損益相殺を説示したことは弁論主義に違背するものである。以上のとおり,上記言い渡し判決には法令に違反する誤りがあり,その結果が主文に影響することは明らかであるから,可及的速やかに判決の誤りが正されるべく要請される。
2 よって,上記言い渡し判決の主文を本判決主文のとおり変更するほか,その事実及び理由欄の該当説示(29枚目15行目から31枚目13行目まで)を以下のとおり変更する。
「(5) 損益相殺について
ア 上記損害賠償額の相続関係は以下のとおりである。
(控訴人A)
逸失利益
699万9108円
慰謝料
875万円
葬儀費用
42万円
(控訴人B,同C)
逸失利益
各349万9554円
慰謝料
各437万5000円
葬儀費用
各21万円
イ 労災保険給付 △1359万8533円
控訴人Aが労災保険給付(遺族補償年金)を受けていること及び損益相殺されるべき性質の給付であることは当事者間に争いがなく,弁論の全趣旨によれば,当審口頭弁論終結日である平成18年9月8日まで受けた給付(同年8月支給分まで)の合計は,1359万8533円と認めることができる。これら労災保険給付は,慰謝料を除く財産的損害のうち消極損害(逸失利益)を填補するものであるから,Aの相続した逸失利益に係る損害は填補されている。
ウ 弔慰金,退職金及び死亡退職金 △0円
上記1の認定事実に加え,弁論の全趣旨によれば,被控訴人会社では,Fとの間で,それまでの役員賞与の支給を廃止する代わりに,その相当額を保険料としてL生命との間で定額積立保険に加入し,保険事故の発生により被控訴人会社が保険金を受領したときはそれをFないし遺族に退職金代わりに支払う旨合意し,本件のFの死亡により被控訴人会社は生命保険金1000万円を受け取り,これを弔慰金144万円,退職金576万円及び死亡退職金の上増分280万円の名目で控訴人らに支払ったことが認められる。そうとすれば,被控訴人会社主張の退職金等は,実際には上記合意により支払われた保険金であって,別途に損害賠償金の支払をなしたものではないから,これらを損益相殺の対象とするのは相当ではない。
エ 小括
以上によると,控訴人らが被控訴人らに請求し得べき賠償額は,控訴人Aについては917万円(=699万9108円+875万円+42万円-699万9108円),控訴人B,同Cについては各808万4554円(=349万9554円+437万5000円+21万円)となる。
(6) 弁護士費用
本件事案の性格,原審及び当審における控訴人ら代理人の主張,立証の態様その他諸般の事情を総合すると,控訴人らが控訴人ら代理人に支払うべき弁護士費用のうち,Fの死亡と相当因果関係を肯定すべき弁護士費用は,控訴人Aにつき92万円,控訴人B,同Cにつき各81万円をもって相当というべきである。
6 結論
以上によれば,控訴人らの請求は,被控訴人会社及び被控訴人Eに対し,控訴人Aが1009万円,控訴人B,同Cが各889万4554円並びにこれらに対し,訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成16年11月2日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却すべきところ,これと一部結論を異にする原判決を変更することとする。」
3 よって,民訴法256条1項による変更判決をすることとし,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第6民事部
(裁判長裁判官 渡邉安一 裁判官 矢延正平 裁判官 川口泰司)