大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成18年(ネ)162号 判決 2006年11月29日

控訴人

永井弘二

同訴訟代理人弁護士

若松芳也

宮本恵伸

川村暢生

遠藤達也

住田浩史

小原路絵

草地邦晴

小嶋敦

長野浩三

長谷川彰

戸田洋平

吉田雄大

小原健司

小林務

由良尚文

被控訴人

京都府

同代表者知事

山田啓二

同訴訟代理人弁護士

置田文夫

同訴訟復代理人弁護士

村田純江

同指定代理人

上野善雄

他3名

主文

一  原判決を以下のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金二〇万円及びこれに対する平成一六年一一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、第二審を通じて一五分し、その二を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を以下のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金一五〇万円及びこれに対する平成一六年一一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、第二審とも、被控訴人の負担とする。

四  仮執行宣言

第二事案の概要

一  請求の要点及び訴訟の経過

原判決二頁三行目から同九行目までのとおりであるから、これを引用する。但し、以下のとおり補正する。

原判決二頁三行目の「一」を削除する。

原判決二頁九行目の末尾に改行して以下のとおり付加する。

「 原審裁判所は、控訴人の請求のうち金一五万円(慰謝料一二万円及び弁護士費用三万円)及びこれに対する不法行為の日である平成一六年一一月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるとして認容し、その余の請求を棄却した。これに対し、控訴人は控訴し、前記第一のとおりの判決を求めた。」

二  前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)

原判決二頁一一行目から同四頁一八行目までのとおりであるから、これを引用する。但し、以下のとおり補正する。

原判決二頁一二行目の「以下「被告人」という。」の次に「一般的な被告人を指す場合には「刑事被告人」という。」を付加する。

第三争点及び争点に関する当事者の主張

原判決四頁二〇行目から同七頁一八行目までのとおりであるから、これを引用する。但し、以下のとおり補正する。

原判決五頁一二行目の「そもそも」から一三行目の「捜査手法であること、」までを削除する。

原判決五頁二五行目の「(1)」を削除する。

原判決六頁三行目から同六行目までを削除する。

原判決七頁初行の末尾に改行して以下のとおり付加する。

「 留置場から被留置者が任意の取調のため出場しているときに、弁護人から接見の申出があったような場合には、最高裁判所平成一一年三月二四日判決(民集五三巻三号五一四頁)は、刑事被告人と弁護人との接見交通権は憲法の保障に由来する重要な権利であるとしても、刑罰権ないし捜査権に絶対的に優先するような性質のものではないと判示していること、被疑者留置規則七条及び「被疑者留置規則の一部を改正する規則の制定について」と題する通達(昭和五五年三月一三日、乙刑発第二号、乙官発第三号、乙務発第二号、乙保発第四号、乙交発第四号、乙備発第三号、次長から局課長、参事官、警大校長、研究所長、皇宮本部長、管区局長、総監、本部長、方面本部長あて、以下「関連通達」という。)第三の一によって、留置主任官は、捜査主任官と相互に連絡体制をとり、留置業務の適正な管理運営に当たるとともに、捜査主任官との連絡を密にして、適正かつ迅速な捜査の遂行に支障を来さないよう十分に配意することが求められていること、捜査官の取調権限は刑事訴訟法によって定められたものであり、捜査官の取調につき、旧監獄法施行規則一二六条、一二七条等所定の制限は課されないことが明白であることなどからすると、接見交通権の重要性のみを取り上げ、これを理由として、留置担当官に捜査権に優越する権限があるとすることは許されず、留置担当官が捜査担当官に対し捜査の中断を求める権限も義務もないものというべきであるから、留置担当官としては、捜査の遂行に支障を来さないよう配慮しながら、速やかな接見の実現に配意すべく、捜査担当官に対し弁護人から接見申出があった旨を連絡すれば足りるものというべきである。

C山係長は、控訴人の接見の申立を受け、その旨捜査担当官に連絡したものであるから、法的義務に違背していない。被告人がポリグラフ検査中であり、その中断による検査結果への影響が懸念されることや同検査の終了時間を知り得ないことなどから、控訴人が捜査担当官との面談を求めたこともあって、C山係長は、接見に関する折衝を控訴人と捜査担当官とに委ねたものである。この措置は、当時の状況においては、やむを得なかった。」

第四当裁判所の判断

一  経緯

原判決七頁二〇行目から同一一頁一三行目までのとおりであるから、これを引用する。但し、以下のとおり補正する。

原判決七頁二〇行目の「一」を削除する。

二  司法警察職員の行為の違法性の有無

原判決一一頁一五行目から同一三頁二四行目までのとおりであるから、これを引用する。

三  留置担当官の行為の違法性の有無

(1)  刑事訴訟法六〇条一項、六四条一項、刑事施設における刑事被告人の収容に関する法律施行前の監獄法(以下、同じ。)一条一項四号によれば、刑事被告人の勾留は、主として被告人の逃亡と罪障隠滅を防止する目的で被告人を監獄(拘置監)に拘禁する強制処分であるが、勾留すべき監獄として同法一条三項所定の警察署に附属する留置場が指定されている場合には、該留置場が代用監獄となるのであるから、代用監獄に拘禁される被告人については同法、同施行規則が適用されるものであり、同時に、平成一八年五月二三日国家公安委員会規則一八号による改正前の被疑者留置規則(昭和三二年八月二二日同委員会規則第四号、以下、単に「被疑者留置規則」という。)三五条は、同規則の規定を代用監獄に準用しているのであるから、同法、同施行規則の適用関係については、被疑者留置規則四条一項所定の警察署長は監獄の長、同条二項所定の留置主任官は監獄官吏に準じた職責を負担するものというのが相当である。

しかして、監獄法四五条一項(在監者ニ接見センコトヲ請ウ者アルトキハ之ヲ許ス)、同施行規則一二一条(接見ノ時間ハ三十分以内トス但弁護人トノ接見ハ此限ニ在ラス)、被疑者留置規則二九条一項(留置人に対し、弁護人…から接見…の申出があったときは、留置主任官は…必要な措置を講じなければならない。)の各規定及び趣旨に加え、同項所定の「必要な措置」について、関連通達第三の四(1)が「弁護人との接見授受関係」とし、「ア」として「第二九条一項中「必要な措置」とは、刑事訴訟法三九条三項の規定による接見授受に関する指定の有無及び留置人の意思を確認し、その結果に応じた取扱をすることをいう。」旨を明らかにしている(甲一〇)ことからすれば、本件のように、留置人(被留置者)が公訴提起後の刑事被告人であって、別件の被疑者として逮捕・勾留されていない場合には、別件の捜査に関して同項による接見指定はあり得ないのであるから、弁護人から接見の申し出を受けた留置担当官(留置主任官及び留置係員)は、直ちに被留置者の意思を確認のうえ、接見を実現するため接見場所を提供し、身柄を同行するなどの措置をとらなければならない義務があるというべきである。

そして、このことは、公訴提起後の刑事被告人である被留置者が任意の余罪取調のため留置場から出場している場合でも同様であり、このような場合、留置担当官は、捜査担当官に対し弁護人から接見申出があった旨を連絡し、被留置者に対し接見の意思を確認の上、被留置者を留置場に戻し、接見を実現させるための場所を提供しなければならない職責を負うものというべきである。

被控訴人は、被留置者が任意の取調のため留置場から出場しているときに、弁護人から接見の申出があった場合について、最高裁判所平成一一年三月二四日判決(民集五三巻三号五一四頁)が、刑事被告人と弁護人との接見交通権は憲法の保障に由来する重要な権利であるとしても、刑罰権ないし捜査権に絶対的に優先するような性質のものではないと判示していること、被疑者留置規則七条及び関連通達第三の一によって、留置主任官は、捜査主任官と相互に連絡体制をとり、留置業務の適正な管理運営に当たるとともに、捜査主任官との連絡を密にして、適正かつ迅速な捜査の遂行に支障を来さないよう十分に配意することが求められていること、捜査官の取調権限は刑事訴訟法によって定められたものであり、捜査官の取調につき、監獄法施行規則一二六条、一二七条等所定の制限は課されないことが明白であることなどからすると、接見交通権の重要性のみを取り上げ、これを理由として、捜査担当官に捜査権に優越する権限があるとすることは許されず、留置担当官が捜査担当官に対し捜査の中断を求める権限も義務もないものというべきであるから、留置担当官としては、捜査の遂行に支障を来さないよう配慮しながら、速やかな接見の実現に配意すべく、捜査担当官に弁護人から接見申出があった旨を連絡すれば足りるものというべきである旨主張する。しかし、上記最高裁判決は、恐喝未遂事件による代用監獄に勾留中の被疑者に接見しようとした弁護人が留置係の警察官に当該事件の捜査の必要等を理由に接見を拒否されたなどとして、国家賠償を求めた事案であり、身柄拘束を受けている事件についての捜査権の行使と接見交通権の行使との間の対立関係における合理的な調整に関する問題が争点となったものであり、本件のように、身柄拘束事件の公訴提起後の刑事被告人であり被留置者である被告人が任意の余罪取調のため留置場から出場している場合とは明らかに事案を異にしている。上記最高裁判決は、その判示の内容からして、刑事被告人の接見交通権が余罪の刑罰権ないし捜査権に優先しない旨判示したものでなく、本件をその射程内とするものではないことは明らかである。また、被疑者留置規則七条及び関連通達第三の一には、留置主任官は、捜査主任官と相互に連絡体制をとり、留置業務の適正な管理運営に当たるとともに、捜査主任官との連絡を密にして、適正かつ迅速な捜査の遂行に支障を来さないよう十分に配意することを求める趣旨の規定があるが(甲一〇)、上記規則条項は、留置主任官と捜査主任官との間において被留置者の処遇の適正を図るために必要な連絡を義務付ける規定であり、上記通達条項は、上記規則条項の運用上の留意事項を定めたものであるにすぎず、いずれも監獄法、同施行規則、被疑者留置規則二九条一項の留置主任官の義務(弁護人から被留置者に対する接見の申出があったときに、留置主任官が必要な措置を講じなければならないことを義務付ける)規定の適用を排除し、その例外を設ける規定ではないことが明らかであり、被疑者留置規則七条及び関連通達第三の一があるからといって、留置主任者が上記措置義務を免れるべき根拠とはなし得ない。さらに、捜査官の取調権限は刑事訴訟法によって定められたものであり、捜査官の取調につき、監獄法施行規則一二六条、一二七条等所定の制限は課されないことが明白であるとしても、これらをもって、直ちに公訴提起後の刑事被告人である被留置者が任意の余罪取調のため留置場から出場している場合に、監獄法、同施行規則、被疑者留置規則二九条一項の留置主任官の義務が免除されるべき法的根拠ともなし難い。

被控訴人は、控訴人が主張するように接見交通権の重要性のみを取り上げ、これを理由として、留置担当官に捜査権に優越する権限があるとすることは許されない旨、留置担当官が捜査担当官に対し捜査の中断を求める権限も義務もない旨主張するが、公訴提起後の刑事被告人である被留置者の接見交通権が、当然に任意の余罪捜査権に劣後し、或いはそれと調整すべき関係にあることを肯認すべき法的根拠は存在しない(仮に任意の余罪捜査を理由に、当然のように公訴提起後の刑事被告人の接見交通権が制限されるとすれば、当該接見交通権は画餅に帰する)上に、元来、公訴提起後の刑事被告人である被留置者が任意の余罪取調のため留置場から出場しているとしても、留置の権限及び責務を担うのは依然留置担当官であり、捜査担当官は、留置担当官の留置権限を前提に、その枠内において留置権限を行使し得るに過ぎず、留置担当官を離れて、独自の留置権限を行使し得るとする法的根拠は見あたらない。したがって、当該接見の申出があった場合、措置し得る権限及び責務を有するのは留置担当官であり、留置担当官としては、直ちに監獄法、同施行規則、被疑者留置規則二九条一項及び関連通達第三の四(1)に基づき、被留置者の接見の意思を確認し、その結果に応じた取扱をすべく、被留置者が接見を希望すれば、捜査担当官からその身柄の引渡を受け、接見を実現させるべきものである。その場合、捜査担当官は、留置担当官から接見の実現のために被留置者の身柄の引渡を求められれば、これを拒むべき法的根拠はない。留置担当官に捜査権に優越する権限がないとか、留置担当官が捜査担当官に対し捜査の中断を求める権限及び義務がないとかの議論をもって、留置担当官の被留置者の身柄に対する権限と責務を否定する論は、採用に価しない。

よって、C山係長は、控訴人から接見の申出を受けたのであるから、留置担当官として、任意取調によるポリグラフ検査中の捜査担当官に対してその旨連絡し、被留置者である被告人に接見の意思を確認の上、接見を希望すれば、被告人を留置場に戻し、接見を実現させるための場所を提供しなければならない義務を負っていたものというべきである。

(2)  前記認定の事実関係によれば、C山係長は、午後一時四〇分ころ、控訴人から接見の申し出を受けた際には、そのことを捜査担当者に伝えるため、ポリブラフ検査が実施されている部屋まで赴き、小さくノックをし小声で呼び掛けていること、それにもかかわらず返事がないため、山科署に電話をし、捜査担当者を控訴人の待機している留置事務室前の西側通路まで呼んでいること、また、控訴人が検察官に電話をしたいと申し出たときは面会・差入受付室の電話の使用を認めていること、さらに、控訴人が捜査担当者を呼び戻すよう要求した際も直ちに山科署に連絡をとって同人らを呼び戻していることは認められるが、控訴人が直ちに接見を求めたのに対し、捜査担当官がしばらく待つよう要請するなどして事実上接見を拒否し、両者間にやりとりがなされているにもかかわらず、その折衝に自ら関わった形跡はない。

以上によれば、C山係長は、留置担当官としての自己がなすべき控訴人に対する対応を捜査担当官に任せ、捜査担当官の事実上の接見拒絶により、控訴人が被告人との接見を妨害されるがままに放置していたものというほかなく、留置担当官として本来尽くすべき職責を果たさなかったものというべきである。

四  控訴人の損害

原判決一六頁一五行目から同二〇行目までのとおりであるから、これを引用する、但し、以下のとおり補正する。

原判決一六頁一五行目の「被告は、」を「被控訴人は、捜査担当官である」に訂正する。

原判決一六頁一五行目の「巡査部長」の次に「並びに留置担当官であるC山係長」を付加する。

原判決一六頁一七行目の「前記認定の」の次に「接見妨害の経緯態様、空費された時間、被告人の業務に対する影響等その他」を付加する。

原判決一六頁一八行目の「部長」の次に「並びにC山係長」を付加する。

原判決一六頁一八行目の「一二万円」を「一五万円」に訂正する。

原判決一六頁一九行目の「三万円」を「五万円」に訂正する。

五  結論

以上によれば、控訴人の請求は、損害金二〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成一六年一一月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきところ、原判決は上記と一致する限度で正当であるが、上記と異なる限度で不当であるから、上記のとおり変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条二項、六四条本文、六一条を適用し、仮執行宣言の申立についてはその必要がないものと認め、これを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邉安一 裁判官 矢延正平 松本清隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例