大阪高等裁判所 平成18年(ネ)1788号 判決 2007年9月27日
控訴人・被控訴人
X1(以下「一審原告」という。)
(一審原告)
同訴訟代理人弁護士
国府泰道
同
斎藤英樹
同
井関正裕
被控訴人・控訴人
株式会社みずほ銀行
(一審被告)
(以下「一審被告株式会社みずほ銀行」という。)
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
滝口広子
同
大石武宏
被控訴人・控訴人
積水ハウス株式会社
(一審被告)
(以下「一審被告積水ハウス株式会社」といい、一審被告株式会社みずほ銀行と併せて「一審被告ら」という。)
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
上野勝
同
水田通治
同
足立毅
同
木村卓朗
同
土谷昌弘
主文
1 一審原告の控訴に基づき、原判決中、一審原告と一審被告らに関する部分を次のとおり変更する。
2 一審被告らは、一審原告に対し、連帯して4500万円及びこれに対する平成13年1月12日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。
3 一審原告の一審被告らに対するその余の請求を棄却する。
4 一審被告らの本件各控訴をいずれも棄却する。
5 訴訟の総費用はこれを8分し、その7を一審原告の、その余を一審被告らの各負担とする。
6 この判決は第2項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 一審原告
(控訴の趣旨)
(1) 原判決中、一審原告と一審被告らに関する部分を次のとおり変更する。
(2) 一審被告らは、一審原告に対し、連帯して3億3920万円及びこれに対する平成13年1月12日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟の総費用は一審被告らの負担とする。
(4) 仮執行宣言
(一審被告らの控訴の趣旨に対する答弁)
(1) 一審被告らの本件各控訴をいずれも棄却する。
(2) 控訴費用は一審被告らの負担とする。
2 一審被告ら
(控訴の趣旨)
(1) 原判決中、一審被告ら敗訴部分を取り消す。
(2) 前項の取消部分に係る一審原告の請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟の総費用は一審原告の負担とする。
(一審原告の控訴の趣旨に対する答弁)
(1) 一審原告の本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は一審原告の負担とする。
第2 事案の概要
1(1) 京都市内で「つづれ舎宗玄」の屋号でつづれ織りの製造業を営んでいた一審原告は、自己単独又は妻のC(以下「C」という。)及び子のD(以下「D」といい、一審原告、C、Dの3名を「一審原告ら」という。)と共同して別紙物件目録記載1ないし8の各土地(以下「本件各土地」といい、そのうち、1ないし4の各土地を「北側土地」、5ないし8の各土地を「南側土地」という。また、個々の土地をその番号に従い「1土地」などという。)及び同物件目録記載10の建物(以下「旧建物」という。)を所有し(1、3土地は、一審原告の単独所有、他は一審原告ら共有。)、原審相被告京都信用保証協会(以下「信用保証協会」という。)の保証を受けて、一審被告株式会社みずほ銀行(平成14年3月31日までの商号は株式会社第一勧業銀行。以下「一審被告銀行」という。)と当座貸越契約を締結していたところ、一審被告銀行の担当者から資産運用方法として上記土地に新規借入を受けて賃貸物件を新築し、北側土地を売却してその売却代金と賃貸料収入で新規借入を含む借入金の返済を行う計画の提案を受け、一審被告銀行と金銭消費貸借契約(以下、契約を「本件各貸付契約」といい、対象となる貸付を「本件各貸付」という。)を、一審被告積水ハウス株式会社(以下「一審被告積水」という。)と建物工事請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結し、旧建物を取り壊して別紙物件目録記載9の建物(以下「本件建物」という。)を新築し、その際、本件各土地及び本件建物(以下、両者を併せて「本件各物件」という。)に根抵当権を設定した(ただし、6ないし8土地については、株式会社第一勧銀ハウジング・センター(以下「DKBハウジングセンター」という。)が有していた根抵当権が一審被告銀行に譲渡された。)。その後、信用保証協会が、一部代位弁済により一審被告銀行から本件根抵当権の一部移転を受け、原審相被告株式会社共同債権買取機構(以下「債権買取機構」という。)が債権持分譲渡により本件根抵当権の権利移転を受けた。
(2) 本件は、一審原告らが、本件各貸付をした一審被告銀行及び本件建物の建築計画を作成した一審被告積水が一審原告に実現不可能な返済計画を実現可能と誤信させて各契約を締結させたものであるなどとして、債権買取機構及び信用保証協会に対し、錯誤を理由として本件各物件に経由された別紙登記目録1記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めるとともに、一審原告が、一審被告らに対し、不法行為又は債務不履行を理由として損害賠償を求めた事案である。
(3) 原判決は、一審原告らに錯誤があったとは認められないとして、一審原告らの債権買取機構及び信用保証協会に対する根抵当権設定登記の抹消登記手続請求を棄却し、一審原告の一審被告らに対する損害賠償請求につき、一審被告らが一審原告に第1貸付(平成2年3月29日から平成3年9月19日までの間に8回にわたって行われた本件建物建築費用合計4億6450万円の貸付。後記2の(7)ア参照。)の返済計画に関わる建築基準法上の規制につき、正確な情報を説明しなかった義務違反があり、一審原告が当初の返済計画どおりに返済できずに債務不履行に陥ってから原審口頭弁論の終結日(平成14年9月10日時点)までに一審被告銀行に支払義務を負うことになった遅延損害金から約定利息相当額を控除した額1億0733万4420円(一審被告らに対する最終の訴状送達の日(平成13年1月11日)後に生じた損害5837万9922円と訴状送達の日以前に生じた損害4895万4498円の合計額)の損害を受けたが、第2貸付(平成4年3月2日の証書貸付及び手形貸付による合計4億9200万円の貸付。後紀2の(7)イ参照。)が返済できなかったのはバブル経済の崩壊による不動産市況全体の冷え込みの影響もあるから一審被告らの説明義務違反と相当因果関係にある損害は上記1億0733万4420円のうち3000万円であるとし、損害金3000万円とこれを訴状送達日後の分とそれ以前の分に比例案分し、内金1368万2796円につき上記訴状送達日の翌日である平成13年1月12日から、内金1631万7204円につき上記口頭弁論終結日の翌日である平成14年9月11日から各完済まで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で一審原告の請求を認容しその余を棄却したことから、一審原告ら及び一審被告らがそれぞれ各敗訴部分を不服として控訴した(この審級を「差戻前控訴審」ともいう。)。差戻前控訴審において、一審原告は、一審被告銀行に対し、第2貸付に係る貸金債務の不存在確認を求める訴えを追加し、一方、有限会社トリコ・プロバティ・ツー(以下「トリコ社」という。)が、債権買取機構から債権譲渡により本件根抵当権の持分移転を受けたとして、訴訟引受の申立てをしたところ、差戻前控訴審裁判所は、訴訟引受を命じる決定をし、その後、債権買取機構が本件訴訟から脱退した。差戻前控訴審判決は、本件建物の建築後に北側土地を売却して約3億円程度の自己資金を捻出することが困難な状況にあったとは推認できず、一審被告銀行の説明義務違反はその前提を欠く、また、一審被告積水が一審原告に返済計画の実行不可能な本件建物の建築を強要したとは認めがたいとして、一審被告らの控訴に基づき、一審被告ら敗訴部分を取り消し、一審原告の損害賠償請求を棄却するとともに、一審原告らの控訴(同審で追加された債務不存在確認請求を含む。)を棄却したため、一審原告らが上告提起及び上告受理を申し立てた。
(4) 最高裁判所第一小法廷は、平成18年3月9日、上告提起事件(最高裁判所平成16年(オ)第1145号)につき、一審原告らの主張は民訴法312条1項、2項の上告理由に当たらないとして上告棄却決定をし、上告受理事件(同(受)第1219号)のうち、一審原告の一審被告らに対する請求に関する部分は、民訴法318条1項の事件に当たるとして上告を受理したが、その余の請求はこれに当たらないとして上告不受理決定をし(これらにより、第一審原告らの信用保証協会及びトリコ社〔債権買取機構訴訟引受人〕に対する根抵当権設定登記抹消登記手続請求並びに一審原告の一審被告銀行に対する債務不存在確認請求についての差戻前控訴審判決は確定した。)、平成18年6月12日、上記上告を受理した部分につき、一審被告らの説明義務違反を否定した差戻前控訴審判決の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるとして、これを破棄し、当審に差し戻す判決をした。
2 判断の前提となる事実関係(争いのある事実についての認定証拠は該当個所に掲記する。)
(1) 当事者等
ア 一審原告(昭和9年8月生)は、京都市上京区内で「つづれ舎宗玄」の屋号で本つづれ織りの製造業を営むものである。一審原告は、慶応義塾大学法学部を卒業後同大学院で社会学を専攻し、同大学院を修了した者であり、昭和35年に本つづれ織り職人であった4代目のE(昭和50年1月4日死亡)の娘・Cと婚姻の届出をし、その後、本つづれ織りの技術を習得し、4代目の死亡とともに5代目としてその跡を継いだものであり、D及びF(平成4年3月にGと婚姻の届出)はその実子である。(甲13、14、43、乙19の1・2、20)
イ 一審被告銀行は、平成14年3月31日までの商号は株式会社第一勧業銀行であり、銀行業務を主たる目的とするものである。
平成元年当時、一審被告銀行西陣支店の融資課には、課長としてH(昭和23年5月生。昭和47年4月入社後、昭和60年7月19日から平成2年2月22日まで西陣支店勤務。以下「H課長」という。)が、課員としてI(昭和36年9月生。昭和59年4月入社後、平成元年5月22日から平成3年7月まで西陣支店勤務。以下「I」という。)が在職中であった。なお、Hの後任の融資課長はJであり、平成2、3年当時の西陣支店長はKであった(甲13、16、乙9、10)。
ウ 一審被告積水は建設業等を目的とする株式会社であり、関西積和不動産はそのグループ会社の一つである。
平成元年当時、一審被告積水の京都特建営業所では、2級建築士の資格を持つL(昭和27年3月生。昭和46年入社。以下「L」という。)が主として中高層のマンション建設の請負契約締結の営業を担当し、M(以下「M」という。)が主としてアパート建築の請負契約締結の営業を担当していた(甲6、7、丁1、弁論の全趣旨)。
エ 信用保証協会は、信用保証協会法に基づく保証を行うものであり、一審原告と信用保証委託契約を締結していたものである。
オ 債権買取機構は、本件各物件の根抵当権の被担保債権及び根抵当権の譲渡を受けたものであり、その引受承継人がトリコ社である。
カ 有限会社アルタイル(本店は一審原告と同一住所。以下「アルタイル」という。)は、平成15年7月7日に不動産の賃貸・管理等を目的として設立された有限会社であり、その取締役であるFは一審原告の長女である(甲40、乙20)。
(2) 本件各物件の帰属
一審原告は1、3土地及び本件建物を所有し、C及びDとともに2、4ないし8土地を共有(持分は、いずれも、Dが2分の1、一審原告及びCが各4分の1)していたが、上記土地及び建物(本件各物件)は、平成18年8月31日、アルタイルに代金1億9000万円で売却され、同日その旨の移転登記が経由された(甲33の1・2、34)。
(3) 信用保証協会の旧根抵当権の設定
信用保証協会は、昭和60年10月1日、2、4ないし8土地及び旧建物につき、債務者を一審原告とする極度額3120万円の根抵当権(以下「信用保証協会の旧根抵当権」という。)を設定した(戊1の2・4ないし9)。
(4) 当座勘定貸越契約の締結と変更
一審原告は、昭和63年3月29日、信用保証協会との間に、一審原告が一審被告銀行から当座貸越を受けるにつき、信用保証委託契約を締結し、翌30日、一審被告銀行との間に貸越極度額2000万円、利率年5分、期限を昭和65年(平成2年)3月29日までとする当座勘定貸越契約を締結し、信用保証協会がこれに信用保証した。その際、信用保証協会は、一審被告銀行との間で、求償権の担保として、信用保証協会の旧根抵当権につき、900万円の限度で一審被告銀行が有していた2、4ないし8土地及び旧建物に対する根抵当権に優先する旨の合意をした。その後、一審原告は、一審被告銀行との間に、平成2年3月29日と平成4年3月27日に上記当座勘定貸越契約の期限を、それぞれ平成4年3月29日まで、平成5年3月29日までと各変更し、変更後の当座勘定貸越契約についても信用保証協会の信用保証を受けた。(戊2の1・2、3ないし8、弁論の全趣旨)
(5) 本件計画の立案と投資プランの策定
ア 一審原告は、いわゆるバブル期の平成元年ころ、取引銀行である一審被告銀行西陣支店の担当者Iから、土地の有効利用のノウハウを持つ不動産会社として一審被告積水を紹介され、同一審被告のMから、平成元年8月ころ、経営企画書(アパート経営計画書)の提出を受けた。この計画は、一審被告銀行から3200万円を20年分割弁済の方法による融資を受けて北側土地(用途地域指定・準工業地域、建ぺい率・60パーセント、容積率・200パーセント)のうちの223.21平方メートル上に2階建てのアパートを建築し、その賃料収入を借入金の返済等に充てるというものであったが、一審被告銀行西陣支店融資課のH課長は、収支規模が小さくて土地の有効利用にはならないとしてこれを退け、中層マンションの建築計画の立案を要請した(甲6、丁1、証人L)。
イ その後、H課長から、北側土地を売却すれば、建築資金の捻出が可能である旨の方向性が示され、これを受けて、一審被告積水は、主として中高層のマンション建設を担当するLが計画立案に関与することとなり、旧建物を取り壊して本件各土地全体を有効活用する方針で、IとLが、一審原告と打ち合わせる中で、一審被告銀行からの融資を受けて、本件各土地上の旧建物を含む建物(居宅及び作業場とも特に建て替えを要するものではなかった。甲15参照)を取り壊し、跡地に、自宅部分、賃貸部分及び店舗・事務所からなるマンションを建築し、その賃料収入を借入金の返済等に充てる計画(以下「本件計画」という。)を煮詰めていった。当初は、3階建の計画もあったが、最終的には、北側土地売却により捻出する自己資金を2億8770万円とし、借入金を9000万円とする資金計画をH課長が示し、これにより、Lが、自己資金2億8770万円に一審被告銀行からの借入金9000万円を加えた資金で5階建てマンション(1階は作業場、5階は自宅で、2階から4階までは12戸の賃貸住居部分)を建築し、賃貸部分の賃料収入で借入金を30年で分割弁済することを骨子とした平成2年1月18日付けの経営企画書(甲7。以下「本件経営企画書」という。)を作成し、これを受けて、Iは、本件経営企画書掲記の数字をそのまま使用し、一審被告銀行内の融資プラン作成ソフトを使用して作成した同月22日付けの「ハートの設備投資プラン」と題する書面(甲5。以下「本件投資プラン」という。)を作成した。これらは一審原告に提出された。本件投資プランは、一審原告に上記の自己資金(2億8770万円)の手持ちがなかったことから、前記新築される5階建てマンションの敷地となる本件各土地の北側土地のうち、80坪程度の土地(以下「売却予定地」という。)を坪350万円で売却して上記自己資金を調達することを前提とするプランであり、このことは、一審被告銀行(H課長及びI)と一審被告積水(L)との共通認識であった。Lは、本件経営企画書に基づいてH課長と打合せをしたが、その際に、H課長から、「北側土地は知っている業者に抱かせる」との話を聞いていた。また、Iとしても、一審原告の自己資金確保の成否が関心事であることから、Lに対し、北側土地売却の目処はあるのかなどと聞いたところ、Lは、「本件建物建築中は、北側土地を資材置き場として使用するので、建築工事中は売却困難であるが、建物完成後は問題ない。」と話した。更に、Iは、Lから建築計画の具体案を聞いたときに、建物の規模が思っていたよりも大きいとの印象を受け、Lに対し、北側土地の売却に問題はないのかという趣旨の質問をしている。
一審原告は、LとIから本件投資プランについての説明を受けたが、その際、Lは、北側土地の売却については、H課長から知り合いの業者に抱かせる旨の話を聞いていたので、一審原告に対し、「北側土地は売却できる。」と説明し、Iも「知り合いの不動産業者に声をかけておく。」と説明した。一審原告は、この説明により、北側土地を坪350万円で80坪ほど売却すれば、自己資金の捻出も可能と考えるに至り、一審被告銀行から建築資金全額の融資を受けることを決断して、本件建物を建築することとした。(甲5、6、7、10、乙9、丁1、証人L、同I、一審原告本人)。
(6) 本件請負契約の締結
一審原告は、平成2年4月1日、一審被告積水との間に、5階建てマンションである本件建物の設計契約を、同年6月29日に本件建物についての本件請負契約を代金3億9500万円で締結し、同年9月に工事が着工され、平成3年10月に完成の上、引き渡しを受けた(甲1の9、2、丁2の1ないし3、弁論の全趣旨)。
(7) 本件各貸付と根抵当権の設定等
ア 一審被告銀行は、①平成2年3月29日に800万円、②同年6月29日に500万円、③同年7月31日に350万円、④同年11月30日に1億3650万円(①ないし③の借換分1650万円を含む。)、⑤平成3年1月9日に2500万円、⑥平成3年4月26日に1億3250万円、⑦同年8月29日に1億4400万円、⑧同年9月19日に1000万円の合計4億6450万円(①ないし③の借換分1650万円を控除すると4億4800万円)を本件建物の建築資金等として貸し付け(この8回の貸付が「第1貸付」である。)、DKBハウジング・センターが、これを保証し、同保証に際して、平成3年1月10日、一審原告らとの間に、6ないし8土地につき、一審原告を債務者とし、極度額をそれぞれ4億5430万円と2750万円とする各根抵当権(以下、前者を「南側土地の根抵当権1」、後者を「南側土地の根抵当権2」という。)の設定契約を締結した上、その旨の根抵当権設定登記を経由し、同年9月19日、南側土地の根抵当権2についてはその極度額を3850万円に変更すると共に、2、4、5土地につき、同内容の根抵当権の設定契約を締結し、その旨の根抵当権設定登記を経由した(戊1の2・3ないし8、弁論の全趣旨)。
イ その後、一審被告銀行は、平成4年3月2日、一審原告に対し、証書貸付により1億5000万円(最終弁済期は平成7年2月5日、貸付利率は年6.032パーセント、遅延損害金の利率は年14パーセント)、手形貸付により3億4200万円(一審原告の振出手形の支払期日は平成4年9月2日とされた。)の合計4億9200万円を主として本件第1貸付に係る債務の弁済に充てるため貸し付けた(この2口の貸付が「第2貸付」である。)。
ウ 金融機関における貸出に際しては、稟議書が作成されてこれに基づく稟議が行われ、融資資金の使途、金額の妥当性、返済原資と返済能力等につき営業店の意見を具申し、審査の上決裁されるが、住宅ローン融資の際には、特に、担保物件(担保となる取得予定の土地建物を含む。)につき、関係法令上の適格性に関する調査、権利関係の調査、担保価格の調査を行うものとされ、一審原告の本件投資プランによる投資資金のうち借入金は9000万円(その割合は23.82パーセント)、自己資金は2億8770万円(その割合は76.17パーセント)であるところ、自己資金を北側土地の売却によって調達することが前提とされ、上記説明により、これがI、L及び一審原告の三者の共通認識となったものであり、一審原告の返済能力を審査、判断するためには、稟議において、単に賃料収入による借入金返済の能力のみならず、投資資金の大半を占める自己資金調達の具体的可能性の裏付を調査、検討の上、説明して審査を受ける必要があった。一審被告銀行西陣支店は、第1貸付の稟議において、新築予定の本件建物の敷地として利用されている本件各土地の一部を構成する北側土地の売却の実現可能性の具体的裏付についても、建築関係法令を調査・検討して意見具申の上審査を受け、この稟議が本部の決裁を受けていた(証人Iの証言によると、第1貸付についての稟議書には「建物完成後に北側土地を売却して、残額については長期ローンで返済される」旨明記されている。なお、一審被告銀行は、本件訴訟手続において、稟議書の任意提出の求めには応じていない。甲18、19、弁論の全趣旨(原審記録672丁ないし692丁、証人I、当審第2回口頭弁論調書))。
エ ところで、当時の大蔵省は、平成2年3月27日、銀行局長通知をもって、続いていた地価高騰を防ぐ目的から、金融機関の不動産関連融資残高の前年同期比増加率を、全融資残高の増加率の範囲内にとどめると同時に、建設や不動産及びこれらの関連ノンバンク向け融資の実行状況を報告することを義務付け、同年4月1日からこれを実施した(公知の事実。いわゆる不動産融資の総量規制)。その結果、同年4月ないし6月期の不動産向け融資は、1月ないし3月期と比較して、総貸出残高が2.3パーセントの増加であるのに対し、0.9パーセント減少し、同年7月ないし9月期の不動産向け融資は、4月ないし6月期と比較して、総貸出残高2.3パーセント増に対し、0.1パーセント増加にとどまり、全国銀行協会連合会も金融機関の不動産融資が地価高騰を招いたという社会的批判を受けたことから、同年11月20日の理事会で不動産関連融資の抑制徹底を申し合わせた(甲12の1ないし3、弁論の全趣旨)。
(8) 一審被告銀行の本件各土地の根抵当権と異動
ア 信用保証協会は、平成4年4月7日、2、4ないし8土地についての信用保証協会の旧根抵当権を放棄し、同月9日にその旨の附記登記を経由した。また、DKBハウジング・センターは、平成4年4月9日に2、4ないし8土地について、南側土地の根抵当権2を放棄し、一審被告銀行に対し、南側土地の根抵当権1を譲渡し、その旨の附記登記(別紙登記目録2記載3及び4の各(2))を経由した。(甲1の6ないし8、戊1の2、4ないし9、弁論の全趣旨)
イ 一審被告銀行は、平成4年4月9日、一審原告との間に、1、3土地及び本件建物について、一審原告らとの間に、2、4、5土地について、極度額を5億1600万円とし、債務者を一審原告とする根抵当権の設定契約を締結し、その旨の根抵当権設定登記を経由した(甲1の1ないし5、9)。
ウ 信用保証協会は、平成5年5月19日、一審被告銀行に対し、当座貸越契約に基づく一審原告の当座貸越債務元利金合計2017万9306円を弁済し、本件各物件につき、一審被告銀行から根抵当権一部移転附記登記(別紙登記目録2記載1(2)、3(3))を経由した(甲1の1ないし9、乙13、弁論の全趣旨)。
エ 一審被告銀行は、一審原告らの同意を得て、平成6年4月28日、債権買取機構に対し、本件各物件につき設定されている根抵当権の共有持分とその被担保債権(第2貸付債権)を譲渡し、その旨の根抵当権共有者持分移転附記登記(別紙登記目録2記載2(2)、4(3))を経由した(甲1の1ないし9、乙7、8)。
(9) 本件各土地の規制と本件敷地問題
本件各土地の建築基準法52条1項所定の容積率は10分の20であり、本件建物の建築確認は本件各土地全体を敷地としてなされたもので、建築建物延べ面積は、その敷地の容積率の制限の上限に近いものであった(10分の18.2)ため、売却予定地が実際に売却されてしまうと残された敷地部分のみでは容積率の規制を超える不適合建築物となり、また、売却予定地の買主がその土地を敷地として建物を建築する際には、売却予定地が既に本件建物の建築確認において敷地として申請されていることから、同じ土地が全く別個の2つの建築物の敷地として二重に使用されることとなる(以下「敷地の二重使用」という。)ため、建築確認申請をしても建築確認を受けられないかあるいは容易にはこれを受けられない可能性があり、これらの問題(以下「本件敷地問題」という。)が減価要因となって、売却予定地の売却価格を引き下げざるを得なくなることについては、一審被告積水の担当者Lも認識していたが、H課長が知り合いの業者に北側土地を抱かせて処分する意向を示していたこともあって、売却予定地の買主による建物の建築確認時に建築主事が敷地の二重使用に気付かなければ建築確認がされ、建物の建築に支障はないとの見込みから本件計画を提案したものであり、一審原告には本件敷地問題の存在すら説明をしていなかった(甲2、丁1、証人L、一審原告)。
(10) 本件各物件の売却と一部弁済
一審原告は、本件建物を建築した後、予定どおり北側土地を売却できなかったため、返済資金を確保できず、第2貸付に係る債務の支払を遅滞し、一審被告銀行は、第2貸付に係る債権を担保するため、本件各土地及び本件建物(本件各物件)に設定していた根抵当権の実行に踏み切り、不動産競売開始決定がなされた。その後、本件各物件は、平成18年8月31日、アルタイルに代金1億9000万円で売却され、同代金は、第2貸付の手形貸付分、証書貸付分に各充当され(平成18年9月4日時点で、手形貸付分の残元金は1億7098万0465円、確定遅延損害金は5億7998万7637円、証書貸付分の残元金は9012万8945円、確定遅延損害金は2億4166万2036円〔総合計は残元金が2億6110万9410円、確定遅延損害金が8億2164万9673円〕とされる。)、残債については、平成18年9月5日、弁護士Nに譲渡された。(甲34、35の1ないし3、36、37)
3 争点
(1) 一審被告らの損害賠償責任の成否
(一審原告)
一審被告積水は、本件敷地問題を認識しており、そのため北側土地の売却が著しく困難であることを知りながら、本件敷地問題の存在を一審原告に説明しなかったものであり、そのため、およそ実行不可能な返済計画を内容とする本件投資プランに従い、一審原告をして、第1貸付を受け、本件請負契約を締結して本件建物を建築することを決断させるに至ったものであるから、一審被告積水には一審原告に対する説明義務違反があるというべきであり、債務不履行又は不法行為に基づき、この説明義務違反によって一審原告に生じた損害の賠償義務を負う。
一審被告銀行は、本件各土地の有効利用を図る提案をして一審被告積水を紹介し、北側土地を売却して返済資金に充てる本件経営企画書を基に本件投資プランを作成し、一審被告積水の担当者とともにその内容を一審原告に説明し、その際、北側土地の予定価格での売却を不安視する一審原告に対し、一審被告銀行担当者も本件敷地問題の存在を知りながらこれを一審原告に告げず、「知り合いの業者に抱かせる」などと確実に売却できる旨を申し出たものであり、そのため、およそ実行不可能な返済計画を内容とする本件投資プランに従い、一審被告銀行から第1貸付を受けて本件建物を建築することを決断させるに至ったものであるから、一審被告銀行には一審原告に対する説明義務違反があるというべきであり、債務不履行又は不法行為に基づき、この説明義務違反によって一審原告に生じた損害の賠償義務を負う。仮に、一審被告銀行担当者が本件敷地問題の存在を知らなかったとしても、担当者において、「知り合いの業者に抱かせる」などと確実に売却できる旨を述べているのであるから、一審被告銀行担当者としても、本件敷地問題の存在を含め、北側土地の売却可能性を調査して、これを一審原告に説明すべき信義則上の義務があるというべきである。したがって、一審被告銀行はこの義務を怠った結果、一審原告が本件投資プランに従い、一審被告銀行から第1貸付を受けて本件建物を建築することを決断するに至ったものであるから、一審被告銀行は、債務不履行又は不法行為により、この説明義務違反によって一審原告に生じた損害の賠償義務を負う。
(一審被告積水)
否認する。一審被告積水は本件建物の資金調達に関与しておらず、説明義務違反による損害賠償責任はない。
(一審被告銀行)
銀行は融資契約の内容でない事実に関する説明義務を一般には負わず、本件でも、上告審判決の指摘するような「特段の事情」は認められないから、一審被告銀行は一審原告の主張するような説明義務を負っておらず、損害賠償責任はない。一審原告は、当時の西陣織業の先行不安から収益物件を得るべく、当時、西陣で流行しつつあった所有不動産を利用した資金運用プランに関心があり、その意向で本件投資プランに至ったものであって、本人の積極的な土地活用の意図に基づく投資プランであった。
(2) 一審原告の損害
(一審原告)
北側土地が相当価格で売却できるとして5階建ての中高層マンションの本件計画を積極的に推進したのは、一審被告銀行西陣支店融資課のH課長及びIであり、一審被告積水のLに本件経営企画書を作成させ、本件投資プランを積極的に提案したため、一審原告は専門家の意見に従って、これに応じたものにすぎない。一審原告が本件敷地問題と北側土地の売却の困難性、価格低下の説明を受けていれば、一審原告が返済目処の立たない本件プランを採用して旧建物を取り壊すことも、本件建物を建築することもなかった。仮に建替えを行うとしても、北側土地の売却可能な3階建てプランにより適法な建物の建築をし、本件各土地及び本件建物を任意売却により処分するようなことはなかったはずである。いずれにしても、一審原告は、本件貸付の元金も利息も遅延損害金も負担することはなかった。ところが、一審原告は、本件投資プランに従って、一審被告銀行から本件貸付を受け、結局、競売手続中に任意売却に応じる形で、本件各物件をすべて失った。
そうすると、一審被告らの調査・説明義務違反により一審原告が受けた損害は、本件各土地及び本件建物の処分後に弁済充当した平成18年9月4日時点での証書貸付の残元本1億7098万0465円、確定遅延損害金5億7998万7637円及び手形貸付の残元本9012万8945円、確定遅延損害金2億4166万2036円の合計10億8275万9083円(甲36参照)に本件各土地の買戻費用1億5500万円(1億9000万円から任意売却時の建物評価額3500万円を控除したもの)を加えた総合計12億3775万9083円となるほか、更に、慰謝料1000万円、弁護士費用3392万円及び北側土地の価格が下落したことによる損害もある。
したがって、一審原告は、その範囲内で内金3億3920万円及びこれに対する平成13年1月12日から完済まで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(一審被告ら)
一審原告主張の損害は否認する。一審被告らの説明義務違反と相当因果関係にある損害に限り賠償責任を負う。
(3) 過失相殺と損益相殺との可否
(一審被告ら)
一審原告は、大学院修了の高学歴者であり、北側土地の地域性、立地条件から坪350万円で売却できるか否かを懸念していたにもかかわらず、どの業者にいつ買い取らせるのかの具体的内容を確認したり、業者からの買入申込書をとることもなく、積極的な土地活用の意図から本件計画の実現が可能と軽信して一審被告銀行から第1貸付を受けて豪華な造りの本件建物を建築したものであって、確定遅延損害金が拡大したのは一審原告が本件各物件の売却を承認せず、任意売却の時期を逸したことが原因であり、損害額の算定に際しては、一審原告の上記諸事情を勘案して相応の過失相殺がなされるべきである。
一審原告は、本件貸付により建築した本件建物の賃料収入と北側土地の駐車場収入を得ており、これを損害から控除すべきである。
(一審原告)
過失相殺の主張は争う。一審原告は、大学院修了ではあるが、建築基準法の知識はなく不動産取引の経験もなかった。また、一審原告は、北側土地の売却に関し、常時、一審被告銀行に協力しており、本件各物件全部を一審原告が売却すべき義務はなく、一審被告銀行が担保権の実行を猶予したにすぎないから、一審被告銀行の主張する損害拡大防止義務違反の事実もない。
一審被告らの損益相殺の主張については、本件建物の収入は融資金の利息と対応しており、融資金の利息及び遅延損害金中、利息相当分が損害と認められた場合には、土地の利用利益を除いた建物の利用利益相当分だけが損益相殺されるべきものである。駐車場の利用利益は無関係であり、損益相殺の対象とはなりえない。
第3 当裁判所の判断
当裁判所は、一審原告の一審被告らに対する損害賠償請求は、連帯して4500万円及びこれに対する平成13年1月12日から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度でこれを認容すべきであり、その余は理由がないから、これを棄却すべきものと判断する。
1 争点(1)(一審被告らの損害賠償責任の成否)について
(1) 一審被告積水の損害賠償責任の成否
前記判断の前提となる事実関係によると、一審原告は、一審被告積水及び一審被告銀行の各担当者の説明により、本件貸付の返済計画が実現可能であると考え、一審被告積水との間で本件建物の設計契約及び建築請負契約を締結し、一審被告銀行から本件貸付を受け、本件建物が建築されたところ、北側土地の売却により、本件建物は、その余の敷地部分のみでは容積率の制限を越える違法な建築物となるのであるから、一審原告としては、十分な広さの隣接土地を本件建物の敷地として確保しない限り、北側土地を売却してはならないこととなり、また、北側土地を売却する場合には、買主がこれを敷地として建物を建築する際、敷地の二重使用となって建築確認を直ちには受けられない可能性があったのであるから、信義則上敷地の二重使用問題を北側土地の買主に明らかにして売却する義務があるというべきであり、そうである以上、本件建物がない場合に比較して売却価格が大きく低下せざるを得ないことは明らかである。したがって、本件建物を建築した後に、北側土地を予定どおりの価格で売却することは、もともと困難であったというべきである。そして、上記の問題は、一審原告が一審被告積水との間で上記各契約を締結し、一審被告銀行との間で本件貸付に係る消費貸借契約を締結するに当たり、極めて重要な考慮要素となるといえる。
したがって、一審被告積水担当者としては、本件建築計画を提案するに際し、上記各契約の附随義務として、本件敷地問題とこれによる北側土地の価格低下を説明すべき信義則上の義務があったというべきである。しかるに、一審被告積水担当者は、本件敷地問題を認識していたにもかかわらず、一審原告に対し、本件敷地問題について何ら説明することなく、上記計画を提案したというのであるから、上記説明義務に違反することは明らかであり、これにより一審原告に生じた損害を賠償すべき責任を負うというべきである。
(2) 一審被告銀行の損害賠償責任の成否
ア 一審被告銀行は、消費貸借契約の一方の当事者であり、一般的には、返済計画の具体的実現可能性は、借受人が検討すべき事項であるから、本件においても、一審被告銀行担当者には、返済計画の内容である北側土地の売却可能性について調査した上で一審原告に説明すべき義務が当然にあるわけではない。しかしながら、本件においては、一審被告銀行西陣支店融資課の担当者Iは、一審原告に対し、土地の有効利用のノウハウを持つ会社として一審被告積水を紹介し、当初、一審被告積水においてアパート建築請負の営業を担当するMがアパート経営の企画を提案したが、収支規模が小さいとして同支店融資課のH課長に退けられた後、H課長の意向を受けて、一審被告積水の中高層マンション建築請負の営業担当者Lが計画立案に関与することとなり、IとLが一審原告と打合せをして本件計画を煮詰めた結果、Lから本件経営企画書が作成、提出され、Iからも本件経営企画書を前提に作成された本件投資プランが作成、提出されたものであり、そして、これによれば、一審原告らが所有する土地の有効活用を前提に、自己資金2億8770万円、借入金9000万円をもって工事代金3億7770万円を調達して5階建てマンションを建築し、借入金を賃貸部分の賃料収入で分割返済することを骨子とするもので、一審原告には上記の自己資金の手持ちがないことから、売却予定地(北側土地のうち80坪程度)を売却してこれを調達することが予定され、これは、I、L及び一審原告の共通の認識事項となっていたのであり、Iも、Lとともにこれを前提として、一審原告に本件投資プランの説明をしたこと、一審原告もこの説明により、北側土地を売却すれば自己資金の捻出も可能と考え、本件投資プランに従い、一審被告銀行から建築資金全額の融資を受けて、本件建物を建築することにしたことが認められるのである。
イ そして、本件北側土地の売却については、本件敷地問題が内在していたことは前記認定のとおりであるところ、一審被告銀行側がLから本件敷地問題の指摘を受けたりして、これを認識していたことを認めるに足りる証拠はないものの(LがH課長にこれを指摘した旨の証人Lの証言及び丁1はそのとおりには採用することができない。)、Iにとっては、一審原告の自己資金確保の成否が関心事であったというのであり、Lに北側土地売却の目処について聞いたところ、Lから、「本件建物建築中は、北側土地を資材置き場として使用することから、建築工事中は売却困難であるが、建物完成後は問題ない。」と聞いたというのであり、更に、Lから建築計画の具体案を聞いたときに、建物の規模が思っていたよりも大きいとの印象を受け、Lに対し、北側土地の売却に問題はないのかという趣旨の質問をしているのであるから、新築される本件建物が、本件各土地全体を敷地として建築されるものであることを認識、認容した上、返済資金のうちの自己資金を売却予定地の売却により捻出するしかないとの一審原告の自己資金の捻出方法にまで深く関わっていた一審被告銀行担当者としては、Lの上記説明を鵜呑みにすることなく、売却予定地について、その購入者がそこに建築物を建てる場合の容積率や建ぺい率等の売却可能性を大きく左右する法規制適合性の有無等を一審被告積水の担当者とともに十分調査を尽くして、一審原告に説明すべき本件貸付に係る消費貸借契約に附随する信義則上の義務があるというべきである。
ウ しかるに、一審被告銀行のH課長は、上記の調査を十分にしないまま、知り合いの業者に北側土地を抱かせて処分する意向を示し、これを受けたLも、売却予定地に建物が建てられる際の建築確認時に、建築主事が敷地の二重使用に気付かなければ、建物の建築に支障はないとの見込みから、本件敷地問題について一審原告に説明しないまま、本件計画を提案したものである。確かに、H課長又はIが直接一審原告に対し、知り合いの業者に抱かせる旨の説明をした事実については、これを認めるに足りる証拠はない。しかしながら、H課長は、Lに対し、北側土地を業者に抱かせて処分する意向を示したのであり、H課長のこの行為がLをして、本件敷地問題を認識していたにもかかわらず、一審原告に対して「北側土地は売却できる。」と発言させたものと考えられるし、Iからも「知り合いの不動産業者に声をかけておく。」との発言があったのと相俟って、一審原告が北側土地の売却が可能なものと判断するに至ったものであるから、一審被告銀行担当者の行為は、上記説明義務に違反することが明らかであり、一審被告銀行は、一審原告に対し、上記説明義務違反によって一審原告に生じた損害について賠償すべき責任を負うというべきである。
(3) 一審被告らの責任の関係
一審被告らの説明義務違反はいずれも本件各土地の有効利用を前提にした本件計画に基づく消費貸借契約及び設計、建築請負契約に附随するものであるから、一審被告らの損害賠償責任は不真正連帯関係にあるものと認めるのが相当である。
2 争点(2)及び(3)について
(1) 一審原告は、損害について、一審被告らが前記説明義務を尽くしていれば、一審原告が返済目処の立たない本件投資プランを採用して旧建物を取り壊すことも、本件建物を建築することもなかったもので、仮に建替えを行うとしても、北側土地の売却可能な3階建てプランにより適法な建物の建築をし、本件各土地及び本件建物を任意売却により処分する筈はなかったなどとして、一審原告が負担するに至った本件貸付による各残元本、各確定遅延損害金、一審原告が失った本件各土地の買戻費用、一審原告の慰謝料、弁護士費用、及び北側土地の価格下落分も、一審被告らが前記説明義務に違反したことによる損害になるなどとも主張する。
(2) 確かに、前記の判断の前提となる事実関係によれば、一審被告らが本件敷地問題とこれによる北側土地の価格低下を一審原告に説明して前記説明義務を尽くしていたとすれば、一審原告は、本件投資プランをそのまま実行に移さず、本件建物の建築、本件各土地の一部の売却、また、一審被告銀行からの借入や返済計画について何らかの変更を余儀なくされたものとは認められる。しかし、上記の事実関係、特に一審原告の本件投資プランに対する積極的な態度によっても、それ以上に、いわゆるバブル期であった当時において、一審原告が、本件投資プラン全部を断念して白紙に戻すことはむろん、一審原告が主張するように北側土地の売却可能な3階建てプランにするまでの大幅な計画変更をすることになったとまでは認めることができず、本件各証拠を検討しても、そのような事実までは認められないというべきである。
(3) のみならず、前記の判断の前提となる事実関係によれば、本件各土地上に5階建ての本件建物が建築されたものの、その後の我が国の経済情勢は、当初予想できなかった総量規制やいわゆるバブル経済崩壊によるかつて経験したことがないほどの急激かつ甚大な経済事情の変動により、不動産市況が極度に冷え込み、本件各土地はむろん、全国において大幅かつ継続的な地価の下落傾向が続く状態に至ったものであって、一審原告が本件貸付の期限どおりの返済ができず、結局期限の利益を喪失するに至ったことも、また、北側土地が予定どおりに売却することができず、また、本件各土地及び本件建物の売却によっても、第2貸付を返済できなかったのも、いずれも、これらの経済事情の大変動が極めて大きく寄与しているものといわざるを得ない。
(4) 上記の判断を前提にして、一審原告の損害を認定するのは、極めて困難であるが、少なくとも、以下の事実関係を前提とせざるを得ないというべきである。
ア まず、一審原告の前記の損害についての主張の中の本件貸付金の各残元本、各確定遅延損害金、それに本件各土地の買戻費用相当分については、結局、実質的には、一審原告が本件投資プランを全部断念したことを前提としてはじめて一審原告が被った損害になるものと解されるから、このような負担分までは、一審被告らの説明義務違反と相当因果関係を有する損害とは認められないというべきである。また、北側土地の価格下落分についても、同様の観点から、相当因果関係を有する一審原告の損害とは認められない。
イ 次に、一審原告は、前記説明義務違反により本件投資プランに従って、一審被告銀行から借り入れた第2貸付について期限の利益を喪失したことにより、約定利率6.032パーセントよりも加重な14パーセントの割合による遅延損害金の支払義務を負担したものであり、弁論の全趣旨によると、一審原告は、平成18年9月4日までに生じた本件証書貸付分に係る確定遅延損害金相当額5億7998万7637円及び本件手形貸付分に係る確定遅延損害金相当額2億4166万2036円の合計8億2164万9673円の遅延損害金を負担していることが認められるところ、計算の結果によると、このうちの3億5401万3630円は約定利息として本来負担すべきものであるから、期限の利益喪失によって加重に負担することとなった金額は、4億6763万6043円となる。しかし、前記のとおりの経済事情の大変動も、上記の期限の利益の喪失に大きく寄与したものといわざるを得ないから、期限の利益の喪失によって加重に負担することになった上記負担分がそのまま損害になるものとは到底いえないというべきであり、そのうちの一定の割合分のみが一審原告の損害と認められるべきことになる。
ウ また、他方、一審原告は、本件投資プランにより本件建物を建築して、これを賃貸の用に供して賃料等の収入を得ていたものであり、弁論の全趣旨によると、一審原告は、平成3年から平成14年までの間に本件建物賃貸部分を賃貸することにより、合計賃貸料、礼金及びガレージ収入として合計2億0744万5128円の収入を挙げ、この収入を得るために、租税公課2012万8026円、損害保険料20万0546円、修繕費274万2831円、光熱費674万7111円、不動産管理費1410万0929円、消耗品費26万6690円及び登記手続費用322万0667円の合計4740万6800円の経費を支弁して、差し引き合計1億6003万8328円の収益を得たことが認められる。しかして、これは、本件建物の引渡を受けたのが平成3年10月であるから、同年中に賃貸できた期間を2か月とみて、上記収益は、11年2か月間の収益とみることができ、そうすると、平成15年1月から一審原告が本件建物を譲渡した平成18年8月31日までの間に得た収益は、合計5254万9898円と推認することができる。したがって、上記収益の合計2億1258万8226円は本件投資プランに従って本件建物を建築したことによって得た利益であるということができるところ、前記判断のとおり、前記説明義務違反が尽くされていれば、一審原告としては何らかの計画変更があったものと認められる関係にあるから、上記収益のうちの相当割合分を一審原告の損害の算定において控除すべきものと考えられる。
エ 更に、一審原告は、上記の説明義務違反によって、精神的苦痛を被り、また、弁護士に本件訴訟を委任したことによって、弁護士費用相当の損害も被ったものと認められる。
(5) 以上の各判断及び諸点、それに本件に顕れた諸般の事情、更に、民訴法248条の趣旨に照らすと、一審被告銀行及び一審被告積水による前記説明義務違反と相当因果関係のある一審原告の損害は、前記(4)イの期限の利益喪失によって加重に負担することとなった4億6763万6043円から前記(4)ウの本件投資プランに従って本件建物を建築したことによって得た利益の合計2億1258万8226円を控除した金額(約2億5504万円)のほぼ100分の18の割合による金額をやや下回る4500万円であると評価認定するのが相当である。
(6) なお、一審被告銀行は、一審原告には過失があるから、過失相殺をすべきであると主張するが、採用しない。
第4 そうすると、一審被告らは、連帯して、一審原告に対し、4500万円及びこれに対する本件訴状送達の日(一審被告らに対する最終の訴状送達の日)の翌日である平成13年1月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払をする義務があり、一審原告の一審被告らに対する請求は、その限度で理由があり、その余は理由がない。したがって、この判断と一部符合しない原判決を上記の趣旨に変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡邉等 裁判官 八木良一 裁判官岡原剛は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 渡邉等)
<以下省略>