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大阪高等裁判所 平成18年(ネ)2020号 判決 2007年3月16日

東京都新宿区<以下省略>

控訴人・附帯被控訴人

オリエント貿易株式会社(以下「控訴人」という。)

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

田中博

兵庫県<以下省略>

被控訴人・附帯控訴人

X(以下「被控訴人」という。)

同訴訟代理人弁護士

土居由佳

平田元秀

主文

1  本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用のうち,控訴により生じた分は控訴人の,附帯控訴により生じた分は被控訴人の,各負担とする。

事実及び理由

第1申立て

1  控訴の趣旨

(1)  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

(2)  被控訴人の請求を棄却する。

2  附帯控訴の趣旨

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  控訴人は,被控訴人に対し,1379万1700円(原判決認容額は1064万3360円)及びこれに対する平成15年11月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

原判決「第2 事案の概要」の記載を引用する(但し,2頁3行目の「不要な」を「不当な」と改める。)。

第3当裁判所の判断

1  次のとおり改めるほかは,原判決「第3 当裁判所の判断」の記載を引用する。

(1)  43頁上から9行目の「記入し」の後に,次のとおり加える。

「(なお,当初当該金額欄は100万円と記載されたが,Bの指示によって,100の後に0が追記され,1000万円と記入された。)」

(2)  52頁の下から5行目の「自ら」から同3行目の「信用し難い。」を削る。

(3)  62頁(6)の2行目の「主張するが,」を次のとおり改める。

「主張する。確かに,控訴人は,これまで認めた事実及び後で認める事実によれば,新規委託者保護義務違反といえるような多数の玉を初心者である被控訴人に建てさせ,多額の損失を生じさせ,反面,短期間に多額の手数料収入を挙げたのであり,控訴人従業員の行為を全体としてみると不法行為が成立するということができる。しかし,それ以上に,」

(4)  66頁イの3行目及び同頁下から6,7行目の各「5月30日」をいずれも「5月31日ころ」と改める。

2  補足説明

(1)  事実関係及び責任の成否について

ア 控訴人の主張について

(ア) 控訴人は,控訴人の従業員は,5月31日ころなどに仕切り拒否をしなかったと主張する。

確かに,5月31日ころの状況についてみると,被控訴人は,後に認定するとおり,CやBがいうとおりガソリンや灯油が値上がりしたことから,控訴人を信じて,控訴人に対し5月30日に157万5000円を預託しており,5月30日までは,利益を狙ってある程度積極的に取引をする意思を有していたと推認できる。また,これまで認めたとおり,被控訴人は,6月2日午前9時35分ころ,控訴人の従業員Dからの確認電話を受けており,ここで仕切りたいと述べたとの証拠もない。しかし,被控訴人は,上記157万5000円を控訴人に預託した翌日(5月31日)ころ,妻から離婚の話を出されており,離婚問題ということがらの重大さからみて,この時点ですぐに取引を終了して問題を解消したいと考えるようになったと推認できるし,6月16日に控訴人に預託した210万円は母親からの借金であったから,このころには取引をすべて終了させることを真剣に考えたと推認するのが合理的である。そうすると,この点に関する被控訴人の供述や陳述書の記載には相応の信用性があるというべきであり,これに反するBやEなどの証言や陳述書の記載は,信用できない。被控訴人が仕切りを求めたのに対し,Bらがこれに応じず,被控訴人を説得にかかり,被控訴人の取引終了に向けた意思を,原判決認定のとおり,言葉巧みに翻意させたことは,実質的に仕切りを拒否したとの評価を受けてもやむを得ないものである。ただし,被控訴人も,上記のとおり,取引による利益を狙っていたのであり,被控訴人に対する取引継続の説得の程度も,被控訴人の意思を制圧するまでのものではなかったと認めるべきであって,被控訴人が,結果として取引継続に持ち込まれたことについては,本件において,被控訴人の過失に関し,考慮すべき事情と言わねばならない。

(イ) 控訴人は,差玉向いシフト(取組高均衡仕法)を採用する場合に,そのことを事前に開示すべき信義則上の義務は認められないと主張する。

しかし,商品取引員が顧客と反対の玉を同数建て,顧客が玉を仕切るのと同時に商品取引員の玉を仕切る場合,顧客が利益を得るのであれば,商品取引員は,損失を蒙ることになり,商品取引員が利益を得るのであれば,顧客は同額の損失を蒙ることとなる。顧客が玉を仕切って利益をあげた後,相場が反転すれば,商品取引員も反対玉で利益を得ることができるが,限られた限月の中で,そのようにならない可能性が相当あることは,合理的に推認できる。そうであれば,差玉向いシフトを採用するということは,委託者と商品取引員との間の利益相反関係を構造的に生じさせ得るといえる。もちろん,相場が将来どのように動くかは,不確実であるから,顧客が建てた玉と反対の玉を建てたからといって,顧客が常に損をして商品取引員が常に利益を得るとは限らないが,差玉向いシフトを採用するということは,商品取引員において,少なくとも,相場予測が著しく不確実であるとの認識を有しているものであって,顧客の利益をはかるべき商品取引員としては,そのようなシフトを有していることを顧客に知らせ,仮に商品取引員側から提供された相場の見通しに沿った建玉がある場合に,上記事実を知らせ,それを維持するかどうかの判断材料を提供する信義則上の義務を有しているというべきである。控訴人の個々の従業員(担当者)が控訴人における差玉向いシフトの採用を知らなかったとしても,個々の従業員(担当者)において上記義務を免れることはできない。

(ウ) 控訴人は,本件では,被控訴人が,先物取引に対して強い関心を有し,強い意志をもって取引に参加したから,自己責任の原則が全面的に適用されるべきであるとも主張する。

確かに,証拠(甲B3,被控訴人本人<本人調書13頁など>)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,平成15年4月25日ころ,Fの勧誘に対し,面白そうだと考え,このころ,「へそくりをそっと増やす」とも考えたと認められ,被控訴人は,Bから促されて平成15年5月20日に105万円を入金したり同月30日に157万5000円を入金する際にも,Bがいうとおりガソリンの値段が4月末に比べて現実に上昇したことを受け,控訴人を信頼できると考えたことが認められる。これらの事実によれば,控訴人は,少なくとも5月30日までは,相場の動きを把握し,利益を狙ってある程度積極的に取引をする意思を有していたと推認できる。また,証拠(乙22,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,平成8年2月から5月にかけて保有していた株式を売却し,同年9月に西日本旅客鉄道の株式発行に応募し,平成9年8月にはフジタ,平成10年2月には東洋建設の株式を買い付けたこと,フジタが倒産して株式の価値がなくなるという経験も経たことが認められる。これらの事実からすれば,被控訴人が,株式の売買をある程度経験しており,相場の上下という被控訴人が支配できない要因により損失が生じ得ることを,ある程度は覚悟していたということも可能である。

しかし,これまで認めた事実によれば,被控訴人は,先物取引の経験がなく,パワーショベルのオペレーターとして日々働いていて先物取引に割ける時間や労力は極めて限られていたといえる。そうすると,本件の取引は,おおむね,控訴人の従業員であるC,B,E又はGが建玉や決済を勧め,被控訴人がこれを承諾するという形で行われたと認めることができる。そして,C,B,E又はGが勧めた取引は,先物取引の初心者である被控訴人に対し,断定的判断を提供し,取引終了の申し出に応じず,Bにおいて6月16日に追証が必要でないのにそのように言うなど説明義務違反を行い,以後多額の預託金を借金で工面させ,多数の玉を建てさせ,大きな損失を生じさせたものである。又,両建も一定数あり,差玉向いシフトについての説明もなかった。反面,控訴人の委託手数料は,合計927万8000円(消費税相当分を除く)であり,そのほとんどは,期間内に大きな損失が生じた6月から8月までの約3か月の間に建てられた玉によるものであった。このような本件の事実関係を考慮すると,控訴人の従業員の行為は,全体として,先物取引の初心者である被控訴人に大きな損失が生じる危険の下に,控訴人が多額の委託手数料を得るような取引を,違法な形態により勧誘し,これを行わせた,不法行為というほかはない。自己責任の原則は,これまで認めた被控訴人の本件取引への関与の態様や財産状況等に照らし,過失相殺の原因にはなり得るが,自己責任の原則により損害賠償責任が生じないという主張は,採用することができない。

イ 被控訴人の主張について

(ア) 被控訴人は,「4月26日ころ,1000万円を用意することは可能だ,と述べたことはない。先物取引口座設定申込書(乙5)の投下可能額の『1000』の記入も,当初自らしたのは『100』であり,所有不動産として土地及び建物に丸印をつけたのも,Bに言われてのことである。」と主張する。

しかし,被控訴人は,管理に関して妻との間に約束があったにせよ,相応の預金を有し,趣味の釣りに用いる船も有していた。また,前記のとおり,被控訴人は,5月30日までは,仕切りを申し出ることもなく,Bの求めに応じて預託金を預託しており,ある程度積極的に取引をする意思を有していたと認められる。これらの事実によれば,被控訴人は,1000万円を用意することは可能であると考え,乙5に,最終的には,自己の意思により1000万円と記載し,土地や建物の欄に印をつけたと認めるべきである。

(イ) 被控訴人は,被控訴人には取引当初から適格性がなかったと主張する。しかし,これまで認めた事実によれば,被控訴人は,4月25日及び同月26日に相応の時間をかけて説明を受け,取引確認書(乙6)にも多くの項目において「よく理解した」の欄に丸印をつけており,証拠(甲B3,被控訴人本人)によれば,被控訴人は,5月2日に建玉数を増やすよう勧められたときも,追証が必要になったら大変だと考え,又,被控訴人は,5月20日や30日に金員を預託したときも,勧誘どおりガソリンの値段が上がっていることを確認している。これらの事実や株式の売買の経験があったことなどを総合すれば,被控訴人は,新規委託者保護などの準則が守られれば,先物取引の危険性について相応の理解を身につける能力を有していたと認めるべきであり,本件取引開始にあたっては適格性があったと認めるべきである。

(ウ) 被控訴人は,5月2日,5月20日及び7月1日の説明についても,説明義務違反があったと主張する。しかし,被控訴人は,これまで認めたとおり,先物取引の危険性について相応の理解を身につける能力を有していたと認められ,特に説明義務違反を認め得るような事情は認められない。

(エ) 被控訴人は,商品取引員側のいいなりになって取引したような場合も実質的一任売買に該当し,本件もこれに該当して違法であると主張する。しかし,これまで認めた事実によれば,7月15日には,建玉残が11枚まで減らされている。これは,取引に消極的になり仕切りを求めた被控訴人の意向にある程度沿っていると考えられる。また,9月に入り,玉を建てたり決済したりする取引の数も取引がされた日も少なくなっている。これも,Eが証言する(証人調書12,13頁)とおり,被控訴人自身が「相場を見たい」として取引の回数を減らしたと認めるべきである。被控訴人自身,取引のときは必ず相談があったこと,担当者が勝手に売買したことはないことを認める供述をしている(本人調書33頁)。これらの事実をも考慮すれば,被控訴人自身が取引の都度一応の了解をしているといえるから,本件の事実関係においては,控訴人側が被控訴人に本件の取引をさせたことが実質的一任売買として違法であるとまではいえない。

(オ) 被控訴人は,本件の取引が過当取引に該当し,過当取引の主張の根拠となる売買回転率等に関する一つ一つの指摘に対して,それを排斥する説得的な理由を示す必要があると主張する。しかし,行政的に特定売買の多用が規制されたとしても,ただちにその一つ一つについて個々的な判断を示す必要があるとする損害賠償法上の根拠は,見当たらないというほかない。この点に関する被控訴人の主張を,そのまま全部採用することはできない。

(2)  慰謝料について

被控訴人は,慰謝料の賠償も認められるべきであると主張する。

しかし,本件においては,被控訴人が自由な意思で取引に参加したといえる部分もあり,本件の事案を考慮すると,財産的損害のてん補を受けてもなお金銭によって慰謝すべき精神的損害が発生したとまでは認められない。

(3)  過失相殺について

控訴人は,事実経過等に関する主張を前提に,仮に損害賠償責任が認められるとしても,2割以上の過失相殺がされるべきであると主張する。他方,被控訴人は,控訴人従業員の行為の強い違法性などを指摘し,過失相殺がされるべきではないと主張する。

本件においては,被控訴人が個人事業主として一定の社会的,経済的生活を営み,株式の売買の経験もあり,投機的な取引について一定の積極性,親和性を有していたと認められる。そして,被控訴人は,先物取引の内容や危険性について一定の説明を受け,自らも携帯電話を用いて相場の動向を確認するなどしており,5月20日や同月30日には相場が値上がりしているのを確認して157万5000円を預託するなど,利益を狙ってある程度積極的に取引をする意思を有していた。このような経緯からすると,被控訴人が相当の危険を有する先物取引に関与したことを考慮し,損害の公平な分担の見地から,弁護士費用を除く損害につき2割の過失相殺をするのが相当である。

被控訴人は,「本件取引に関しては被控訴人には何ら過失はなく,本件のような違法な先物取引を禁圧するためにも,過失相殺をするべきではない。」,或いは,「過失相殺の根拠として認められる,損害発生拡大に向けた被害者の責に帰すべき行為態様とは,煎じ詰めれば,損害発生拡大抑止の行為義務違反であるととらえられるべきである。」などと,さまざまな主張をする。しかし,過失相殺は,具体的な事案ごとに,損害の公平な分担の見地から,諸般の事情を考慮して行うべきものと解され,過失相殺の可否につき,あらかじめ限定的な要件を立てることはできないというべきである。

(4)  控訴人,被控訴人とも,その他さまざまな主張をするが,これらは,いずれも,これまで述べたところを考慮すれば,本件の結論を左右し得るとはいえない。

3  結論

以上によれば,原判決は,相当である。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井ユタカ 裁判官 竹中邦夫 裁判官 久留島群一)

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