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大阪高等裁判所 平成18年(ネ)2285号 判決 2007年6月28日

滋賀県<以下省略>

控訴人兼被控訴人(以下「一審原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

木内哲郎

加藤進一郎

茶木真理子

東京都新宿区<以下省略>

被控訴人兼控訴人(以下「一審被告会社」という。)

オリエント貿易株式会社

同代表者代表取締役

大阪市<以下省略>

被控訴人兼控訴人(以下「一審被告Y1」という。)

Y1

上記両名訴訟代理人弁護士

後藤次宏

主文

1  一審原告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

2  一審被告会社は,一審原告に対し,737万3801円及びこれに対する平成15年4月28日から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。

3  一審被告Y1は,一審原告に対し,661万6614円及びこれに対する平成15年4月28日から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。

4  一審原告のその余の請求をいずれも棄却する。

5  一審被告らの控訴をいずれも棄却する。

6  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを2分し,その1を一審被告らの,その余を一審原告の負担とする。

7  この判決は,2項及び3項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  一審原告の控訴の趣旨

(1)原判決を次のとおり変更する。

(2)一審被告らは,一審原告に対し,各自1604万7602円及びこれに対する平成15年4月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)訴訟費用は,第1,2審とも一審被告らの負担とする。

(4)仮執行宣言

2  一審被告らの控訴の趣旨

(1)原判決中一審被告ら敗訴部分を取り消す。

(2)一審原告の請求をいずれも棄却する。

(3)訴訟費用は,第1,2審とも一審原告の負担とする。

第2事案の概要

事案の概要は,原判決12頁末行の「同年7月24日」を「同年7月26日」と,同13頁初行から2行目にかけての「同年12月21日」を「同年12月12日」と,それぞれ改めるほかは,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の項に摘示のとおりであるから,これを引用する。なお,以下において,略称は原判決の例による。

第3当裁判所の判断

1  判断の概要

当裁判所は,下記のとおり,本件の事実経過に照らして,本件取引開始時には,一審被告会社外務員に不法行為があったとは認められないが,本件取引が始まった後は,一種の一任売買とみられる違法な取引であるとともに,多数の特定取引があって,一審被告らにおいて手数料稼ぎの目的が認められ,さらには一審原告に資金的余裕が乏しいことを知りながら,多額の証拠金を入金させた点において,取引継続中の適合性原則違反があると認められるから,一審被告会社外務員らの行為は,一審原告に対する不法行為を構成する,ただし,一審原告にも落ち度があり,その過失割合は5割が相当であると判断する。

2  事実経過

本件取引に関する事実経過として,証拠(甲1,2,4,11ないし18,20,乙1,3ないし11,14ないし18,21,25,42,43,原審証人B,原審一審被告Y1〔ただし,書証は枝番を含む〕)及び弁論の全趣旨によって認められる事実(原判決摘示の基礎となる事実〔原判決2頁末行から同4頁18行目まで〕を含む。)は,以下に付加するほかは,原判決17頁11行目から同23頁初行までに説示のとおりであるから,これを引用する。

(1)原判決17頁17行目の次に,改行の上,次のとおり加える。

「 なお,当時の一審原告は,通常,午前9時30分頃に出社して,店舗の営業時間中は,来店客への対応,仕入先との交渉,仕入商品の選定,顧客からのクレームへの対応等の業務を担当しており,顧客方への訪問のため外出することもあった。」

(2)原判決23頁初行の次に,改行の上,次のとおり加える。

「サ 一審原告が取引をした商品のうち,ゴムは,東京工業品取引所・大阪商品取引所とも,前場2節・後場3節の立会であり,冷凍えびは,関西商品取引所で,前場2節・後場2節の立会であった。

シ 本件契約において従うべきものとされていた取引所の定める受託契約準則では,委託者は,取引の委託をするにあたって,取引の種類・上場商品の種類・限月・売買の区別・新規又は仕切の区別・枚数等を受託会員に指示するものとされ(6条),その全部又は一部について顧客の指示を受けないで委託を受けることや,顧客の指示を受けないで,顧客の計算によるべきものとして取引をすることを禁止していた(24条)。」

3  争点(1)(一審被告Y1ら一審被告会社外務員による一審原告に対する本件取引の勧誘行為などが不法行為を構成するか。)について

(1)取引開始段階での違法な勧誘行為について

当裁判所は,一審被告会社の外務員が,一審原告に対して本件取引の開始を勧誘した行為については,不法行為と認めるには至らないと判断する。その理由は,原判決23頁7行目から同27頁14行目までに説示のとおりであるから,これを引用する。

(2)取引継続段階での違法な勧誘行為について

ア 一任売買について

一審原告は,本件取引において,一審被告Y1ら一審被告会社外務員に対し,委託証拠金を交付したのみで,具体的に個々の売買の指示を出したことは一度もないから,同外務員らには一任売買を行った違法があると主張する。

確かに,上記引用にかかる原判決の21頁25行目から同23頁17行目に認定説示されているとおり,一審被告会社は,本件取引において,売買など取引を行った日ごとに,一審原告に対し,約定年月日,場節,数量,約定値段及び総取引金額などを記載した「売買報告書及び売買計算書」を交付していたこと,月1ないし3回程度,現在の建玉の内訳及び委託証拠金必要額などを記載した「残高照合通知書」を交付していたこと,一審原告は,上記残高照合通知書の交付を受けた場合には,かなり多くの場合(通知書送付27回中少なくとも15回),一審被告会社に対し,「通知書の通り相違ありません。」という項目に丸印をつけて,自筆で住所氏名を記載した「残高照会回答書」を返送していたこと,本件取引期間中,一審原告は,個々の取引や一審被告会社から送付された上記各書面について,異議や苦情を申し出たことがなかったこと,などの各事実が認められるほか,一審原告自身も,「一審被告会社のBから,追証が3回かかっても大丈夫な資金があると言われて任せることにした。」,「一審被告会社に電話したところ,一審被告会社の従業員から,買いを15枚入れてバランスをとると言われて,そのとおりに取引した。」,「一審被告Y1から,関西商品取引所に冷凍えびが新規上場したが,上場直後はご祝儀相場で必ず上るから,と勧誘されて取引に応じた。」,「一審被告Y1から,バランスをとるため買いを入れるので200万円を入れてもらいたい,マイナスを回復してガンガン勝負する,と言われて,200万円を一審被告会社に委託した。」などと陳述しており(甲18),これらの事実からすると,一審原告は,本件取引に含まれる個々の取引について,一審被告会社外務員に,それぞれ個別に委託をしていたことも考えられないわけではない。

しかしながら,他方,別紙建玉分析表のとおり,本件取引は,一時期には連日のように複数回の取引が行われ,その中には,1日前場・後場の複数節にまたがって複数の取引をしている日が多数あることや,両建・直し・途転・日計等とみられる取引が多数みられている。このような頻度や内容の取引をするには,買いまたは売りの一方の建玉をある程度の期間維持し,相場の大まかな流れの中で,一定の値上がりまたは値下がりをみて仕切るという,単純な取引の形態とは異なり,刻々と移りかわる商品市況について,相応の情報を収集し,それに基づいて相場観によって取引の指示をすることが必要と考えられるところ,前示の一審原告の勤務状況からすると,一審原告において,会社員としての本来の業務をこなしながら,一日の取引時間内に継続して,また連日にわたって,商品市況に関する情報を収集して相場観を形成することは,極めて困難といわなければならない。加えて,後記ウ(イ)②で例示するとおり,本件取引には合理的な説明の困難な取引が複数認められ,これらについて,一審原告が具体的な指示をしたとは到底認められないから,本件取引については,一審原告が,一審被告会社外務員から具体的に勧誘を受けて取引に応じたものも一部にはあると考えられるものの,個別の売買の多くは,一審原告において取引の概要を予め了解する程度で,一審被告会社外務員に売買の時期・数量等の判断を一任していたものと認めることが相当である。

したがって,本件取引には,その全部の取引についての全くの一任ではないものの,上記の程度における一任売買を認めることができ,このような取引をすることは,一般的に委託者の利益を害する危険性が大きく,また,前記受託契約準則の規定に照らしても,違法というべきである。

イ 適合性原則違反について

当裁判所も,本件取引については,適合性原則違反の違法があると判断するが,その理由は,原判決の28頁12行目から同31頁4行目までに説示のとおりであるから,これを引用する。

なお,一審被告らは,一審被告会社に顧客の資産調査義務を課していることは認めつつも,一審原告の場合には,別会社との取引で3000万円の損金を発生させた経験者であり,追証の必要性,大きな相場変動による損金の発生,損金を取り戻すことの困難性等は十分知っていたものである一方,一審被告会社にとって一審原告の資産調査は極めて困難であるから,そのような経験者である一審原告については,取引の程度,資金の性格の適否の判断を一審原告の自己責任の問題として解決するのが公平であると主張する。

しかしながら,前記引用にかかる原判決が説示するとおり,一審被告会社外務員らは,一審原告の言動や証拠金の入金の状況から,一審原告に資金的余裕がないことを十分認識していたものであることに加えて,前記アのとおり,本件取引は,一任売買の性質の強いものであったことや,後記ウのとおり,本件取引は一審被告らの手数料稼ぎの意図に出たものと認められることからして,そのような場合には,一審被告会社外務員らとしては,委託者保護の立場に照らして,新たな資金を必要とする取引の勧誘を差し控えるべきことは,当然のことというべきである。

一審被告らの上記主張は採用できない。

ウ 「直し」などの無意味な反復売買・特定売買について

(ア) 当裁判所も,本件取引には,無意味な反復売買・特定売買が多数存在し,一審被告会社外務員による手数料稼ぎの意図が認められると判断するが,その理由は,原判決の31頁6行目から同33頁3行目までに説示のとおりであるから,これを引用する。

(イ) 一審被告らの当審での主張について

① なお,一審被告らは,特定売買それ自体は無色の取引であって,特定売買であることから個々の取引が手数料稼ぎの目的であることを判断することはできない,特定売買率や手数料化率で手数料稼ぎの判断をすることは不合理である,などと主張する。

しかしながら,例えば,「直し」は,建玉をそのまま維持することとの対比で,利益の現金化等の特段の事情がなければ,その合理性を肯定し難いし,「両建」は,当面は当初の建玉についてより不利な相場が続くが,その後に相場が逆転するという相場観があって初めて合理性を肯定できる取引である。「途転」については,その時点での相場の逆転が,「日計」については,1日のうちでの大きな相場変動があるか,翌日以降に当日の見通しと反対の相場変動が予見される場合にのみ,合理性を肯定できる取引であり,「不抜け」についても,将来における相場の好転が期待できず,早期に仕切ることが有利との相場の見通しがあるような場合にのみ,合理性を肯定できる取引であるといわなければならない。そうすると,上記のような特定取引は,単に値動きを追うだけではなく,刻々と移りかわる市況について,その時点で得られた情報に基づき,相場観を形成した上でなされる取引ということができ,このような情報の収集や相場感の形成の事実が認められない以上,特定売買であることは,手数料稼ぎの目的があることを推認させる一事情であるというべきである。

このように,特定売買は,それ相応の理由がなければ,受託者の手数料稼ぎの目的を推認させるものであるから,取引全体に占める特定売買の比率が大きいことは,受託者やその外務員に手数料稼ぎの目的があることを裏付ける事実となることも明らかである。

さらに,手数料化率についても,損失に占める手数料の割合が大きいことは,委託者の損得を均衡させつつ,多数回の取引を繰り返した等の事実と相まって,手数料稼ぎの目的があることを推認させる一事情となるというべきである。

よって,一審被告らの当審における主張はいずれも採用できない。

② なお,本件取引についてみると,別紙建玉分析表によれば,本件取引中には,以下のように合理的な説明の困難な個々の取引があり,これらも,本件取引が,一審被告らの手数料稼ぎの目的で行われたことを裏付ける事情というべきである。

ⅰ 両建について,同時期に売買が平行して仕切られているものがある(同表No.1,2,71,77,78,79)。このような取引は,両建で一般的に期待される,反対玉による利益で損失の拡大を防ぎつつ相場の反転によって当初の建玉で利益を得ようとする目的(乙1の1・32頁)に沿わない取引形態であり,単に両建時に生じていた損失を固定し,徐々に現実化するものに他ならず,一審被告らには手数料を受ける利益をもたらすものの,一審原告には利益がないというべきである。

一審被告らは,これについて,一審原告は,売玉と買玉を同時に仕切って損益を相殺させて,大きな損が確定することを抑えながら売りと買いの枚数差を縮めていったと主張するが,前記アのとおり,本件取引は全体として一種の一任売買と見られるものであることからしても,また,売玉と買玉を同時に仕切る限り,損失は確定しているのであって,それを徐々に仕切る取引に,両建のメリットはなく,合理性が認められないことからしても,一審原告からそのような指示があったとは認め難い。むしろ,このような取引があることは,相場の動きによって一審原告の利益や損失を一方的に拡大させることなく,一定の損失を固定した状態で,多数回の取引による手数料の取得を可能とするものであり,手数料稼ぎの目的を推認させる事情というべきである。

ⅱ 途転について,同一日に売買双方の途転が行われているものがある(No.42,43,64,65)。このような取引は,途転としてみれば,通常途転に伴ってあるべき相場の見通しの転換があってなされたものとはいえないし,これを同一玉でみると直しであって,従前の建玉を維持することに比して意味のある取引とはいい難い。

一審被告らは,これらの取引についても,当日の値動きや為替相場の傾向を基に,取引に合理的な理由があったと主張しているが,前記アのとおり,本件取引は,全体として一種の一任売買であって,その点だけからしても,一審原告から上記のような詳細な相場観に基づく指示があったとは認められないし,仮にそうでないとしても,一審被告らの主張は,結局のところ,値上がりの要素もあれば,値下がりの要素もあるというにすぎず,これらの取引に合理性があるとの説明ということはできない。

例えば,一審被告らは,平成14年7月1日の取引であるNo.42について,売玉を仕切って買玉決済で確定した損を相殺した後,引き続く値下がりを期待して再び売玉を建てたとし,同No.43について,売り方の利食い買いによって値上がりすることも考えられるので,買玉を建てたというが,No.42の売玉は,一審被告らの主張に反して利食い買いによる値上がりともみられる翌2日に半数が仕切られており,一審被告らの説明には矛盾があるというべきである。

ⅲ 直しについては,ほぼ一貫した下げ相場の中で,売玉を日計で決済したあと,売玉を建てては翌日ないし数日後に決済する取引を数回繰り返したものがある(No.51,53,57,59,60)ところ,このような取引は,手数料稼ぎ以外にメリットを見出せない無駄な取引というべきである。一審被告らは,これらについて,一審原告から利食いにより利益を確定する指示があったと主張するが,これらの取引の中には,一時的な値上がりにより損失を出したものもあり(No.57),一審被告らの説明には矛盾があるというべきである。

エ 説明義務違反について

一審原告は,取引継続段階において,一審被告会社外務員が個々の取引を行うにあたっての説明義務を尽くしていない違法がある旨主張するところ,前記アのとおり,本件取引は,全体として,一種の一任売買とみられるものであるから,個々の取引にあたって,必要な説明がなされたとは認められない。

そうすると,本件取引には,個々の取引にあたって一審被告会社外務員のなすべき説明義務に反した違法があるというべきである。

オ 因果玉の放置について

一審原告は,本件取引において,最終決済日までの期間が百数十日に及んだ建玉が複数存在し,その間,それに対応する無数の両建がなされて一審原告の損勘定に対する感覚が鈍らされたとして,一審被告会社外務員には因果玉を放置した違法がある旨主張する。

確かに,原判決の基礎となる事実(3)ア及び別紙建玉分析表のとおり,本件取引の中には,建玉をした後,最終決済日までの期間が百数十日に及ぶ取引が複数存在し,かつ,その間の相場の変動から,適切な時期にこれを仕切れば,利益を得ることができたということができる。しかしながら,冷凍えびの売りの建玉(別紙建玉分析表No.35)については,その限月(平成14年12月)が近付いた平成14年10月に,買いの建玉が1回なされただけで,無数の両建てがなされたとは言い難いし,東工ゴムの建玉(別紙建玉分析表No.79,83,119)については,仕切まで長期間を要した建玉は,全体の中のわずかであって,いずれも,それによって「一審原告の損勘定に対する感覚が鈍らされた」といえるものとまでは認められない。

ただし,前記アないしウのとおり,本件取引では,個々の取引の多くが一種の一任売買であり,一審原告に多額の証拠金を入金させるとともに,個々の取引をほぼ一任されていることを利用して意味のない特定取引を多数回繰り返して,一審被告らの手数料稼ぎに用いられたことが,一審原告に多額の損失が生じたことの主たる原因であるといえ,一審原告の指摘する因果玉の放置は,上記一任売買の一部であって,本件取引全体の違法性を基礎づける一事情と評価すべきと考えられるものである。

カ 不当な増し建玉(利乗せ)について

一審原告は,一審被告会社には,一審原告に対して利益発生の事実を告げることなく利益を証拠金に振り替え,増玉を行った違法行為があると主張する。

確かに,別紙建玉分析表によれば,本件取引では,前後7回にわたって合計604万7698円が利益金から証拠金に振り替えられており,前記アの事実に照らすと,これらの振替が,事前に一審原告の指示によってなされたものであることは,必ずしも認め難いといわなければならない。

しかしながら,前記引用にかかる原判決の認定事実(原判決22頁18行目から同25行目まで)のとおり,本件取引で発生した利益(帳尻金)が証拠金に振り替えられた場合,一審被告会社は,一審原告に対し,直ちに振替通知書を交付し,一審原告は,同通知書の内容について,一審被告会社に異議,苦情などの申し入れをしていない。したがって,帳尻金の証拠金への振替のみをみれば,一審原告は,その振替を承諾したものといえ,これを独立した違法行為とみるには至らない。

しかし,上記イ,オで説示したとおり,本件取引は,全体として,一種の一任売買とみられる違法行為であるとともに,一審被告Y1ら一審被告会社外務員には,一審原告に資金的余裕がないことを知りながら,漫然と取引を継続させた,適合性原則違反の違法行為があるといえるから,上記のような帳尻金の証拠金への振替も,そのような違法行為の一部をなすものというべきである。

キ 無敷・薄敷について

一審原告は,一審被告会社が,平成14年6月17日及び同年7月26日に証拠金不足の状態で建玉したこと(薄敷)が商品取引所法にも違反する違法な勧誘行為である旨主張する。

確かに,無敷・薄敷は,商品取引所法97条1項によって禁じられているところ,同年6月17日及び7月26日の各取引(別紙建玉分析表No.20,79)は,一審原告から事前に証拠金を徴収することなく建玉が行われたこと(薄敷)が明らかである。

ところで,同法によって無敷・薄敷が禁止されているのは,それらが委託者の資金的能力を超えた取引になりやすいためであって,委託者保護の面からすると,商品取引員の担当者は,無敷・薄敷での取引を勧誘することは原則として避けるべきであるということはできる。しかし,同条は取締法規であって,同条に違反したからといって直ちに私法上も違法であると即断することができるものではなく,個々の取引の実情に即して,違法か否かを判断すべきであると考えられる。

本件取引の中では,薄敷は上記2回にすぎず,必ずしも頻繁に薄敷が行われたということはできないし,同2回の薄敷も,一審原告が入金を承諾して,翌日もしくは3日後に入金がされて証拠金不足が解消されているのであるから,この程度の薄敷の取引をもって,当該取引が無効であるとか,本件取引全体の違法性をもたらすものとまではいえないというべきである。

したがって,一審原告の上記薄敷にかかる主張は,本件取引の独立の違法事由として取り上げるまでには至らない。

ク 取組高均衡について

一審原告は,平成16年2月9日の東工ゴムの取組高から,一審被告会社は取組高均衡手法を採用している旨主張する。

確かに,証拠(甲6)によれば,一審被告会社における平成16年2月9日の東工ゴムの取組高は,売り2926枚に対し,買い2916枚と,取組高が均衡していることが認められるが,この一時点の事実のみから,一審被告会社が,本件取引期間やそれ以外の期間において継続して取組高を均衡させ,委託者が損を出して取引を終了させれば,一審被告会社の利益になるという,違法な客殺し商法を一般的に行っていたと推認することは困難というべきである。

したがって,一審原告の上記取組高均衡の主張は理由がない。

(3)まとめ

以上によれば,一審被告会社外務員において,本件取引の開始段階での一審原告に対する不法行為は認められないが,本件取引開始後は,一審原告から一種の一任売買を受けて個々の取引を行い,その過程で,一審原告に資金的余裕がないことを認識しながら,取引を継続し,保証金を入金させて取引を拡大した不法行為があるというべきである。また,そのような一審被告会社外務員らの不法行為は,一審被告会社の業務の執行について行われたことが明らかであるから,一審被告会社が,その不法行為による損害について,賠償の責任を負うことも明らかである。

なお,一審被告Y1が一審原告の担当となったのは,平成14年4月以降であるから,一審被告Y1の負う損害賠償の責任は,自らが担当となった後に生じたものに限られるというべきである。

4  争点(2)(損害)について

(1)経済的損害

一審原告は,一審被告会社への預託金額のうち,同会社からの返還金額を除いた差額1354万7602円の返還を受けていないところ,以上の事実を踏まえると,一審原告は,一審被告らの上記不法行為により同差額に相当する1354万7602円の損害を被ったと認めることが相当である。

なお,前記2ウのとおり,一審被告らの本件取引における不法行為の目的は,もっぱら手数料稼ぎにあったと認められるが,売買自体の差損金も手数料稼ぎの違法な取引を繰り返した結果,必然的に生じるものというべきであるから,これについても,一審被告らの不法行為と相当因果関係のある損害として,一審被告らに賠償の責任を負わせることが相当である。

さらに,前記のとおり,一審被告Y1の負う損害賠償の範囲は,同一審被告が一審原告の担当となった平成14年4月以降に生じたものに限られるから,同人が負うべき損害の範囲は,前記1354万7602円から,平成14年3月までに生じた損失の累計額151万4373円を差し引いた1203万3229円と認めることが相当である。

(2)精神的損害に対する慰謝料

一審原告は,一審被告らの不法行為により精神的苦痛を被ったところ,同苦痛を金銭的に評価すると100万円が相当であると主張するけれども,本件全証拠によるも,一審原告に財産的損害の回復によっては慰謝されないほどの精神的損害が発生したとは認めることができない。

したがって,一審原告の上記精神的損害にかかる主張は理由がない。

(3)過失相殺

ア 一審被告会社外務員らの本件取引における不法行為は,一審原告から一種の一任売買による取引を行うことができることを利用して,手数料稼ぎを意図し,一審原告が資金的余裕に乏しいことを知りながら取引を継続し,両建・直し・途転等の一審原告の利益とならない無意味な取引を行い,一審原告に経済的損害を与えたというものであって,一審被告会社外務員の主観においては故意に近いものがあるといえ,その悪質性は強いといわなければならない。

他方,一審原告にあっても,本件取引以前に小林洋行を通じた商品先物取引により3000万円を超える損失を出していた経験があり,商品先物取引の危険性等を十分に認識していたといえること,それにもかかわらず,これまでの損失を取り返すとの甘い目論見の下に漫然と本件取引を開始したこと,本件取引を開始するにあたっても,一審被告会社外務員であるBや中野から追証など商品先物取引の仕組みについての説明を受け,商品先物取引のルールや注意点を説明した新規委託者用ビデオテープを見せられることによって,先物取引の危険性を再認識し得たこと,本件取引では,前記のとおり,一種の一任売買を行っており,そのような取引形態を容認したことにも,一審原告の責任があること,一審被告会社から売買報告書,売買計算書及び残高照合通知書の交付を受けておきながら,本件取引期間中,個々の取引を含めて本件取引について何ら異議や苦情を申し出たことはなく,残高照合通知書の交付を受ける度に,一審被告会社に対し,「通知書の通り相違ありません。」という項目にチェックをした残高照会回答書を送付していたことなどの事情を総合すると,本件取引による損害の発生及び拡大について,一審原告にも責めに帰すべき大きな事由があったといわざるを得ない。

イ ところで,一審原告は,小林洋行における取引により,3000万円以上の損失を被り,心理的パニックに陥っていたため,一審原告に過失相殺を認めるに足る帰責性はない旨主張し,そのような趣旨を記載した社会心理学者の意見書(甲23)を提出している。しかしながら,同意見書は,一審原告と面談したといいながらも,具体的には一審原告の資産状況が記述されているだけで,一審原告が,一審被告会社外務員の言いなりに証拠金を支払った心理過程や,損害が生じてもなお同外務員の言いなりに取引を行い,同外務員を監督するなどしなかった心理過程については,論者の見解を述べるのみで,一審原告に現実にそのような心理過程が生じていたことの検証を経たものではない。そうすると,同意見書により,一審原告が,その主張する心理的パニックに陥っていたと認めることはできないというべきである。また,その他の全証拠によるも,本件取引開始当時や本件取引の継続中に,一審原告が正常な判断が不可能なほどの心理的な異常を抱えていたとまでは認めるに至らない。

したがって,一審原告の上記過失相殺にかかる主張は理由がない。

ウ 以上のことからすると,一審被告らが賠償すべき損害額の算定にあたっては過失相殺をすべきであり,本件事案に現れた上記諸般の事情を考慮すると,一審原告の過失割合は5割とすることが相当である。

そうすると,一審被告会社が一審原告に賠償すべき損害額は1354万7602円の5割に相当する677万3801円となり,一審被告Y1が一審原告に賠償すべき損害額は1203万3229円の5割に相当する601万6614円となる。

(4)弁護士費用

一審原告は,弁護士に委任して本件訴訟を提起している(当裁判所に顕著な事実)ところ,上記(3)で認定説示した認容額,その他本件に現れた諸般の事情を考慮すれば,一審被告らの不法行為と相当因果関係がある弁護士費用の損害は60万円とするのが相当である。

第4結論

以上によれば,一審原告の請求は,一審被告会社に対して737万3801円とこれに対する不法行為終了以後の日である平成15年4月28日から,一審被告Y1に対して661万6614円とこれに対する前同日から,それぞれ支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度(一審被告会社に対する請求と不真正連帯債務の関係に立つ。)で理由がある。

よって,一審原告の控訴に基づいて,これと異なる原判決を主文のとおり変更し,一審被告らの控訴は理由がないから,いずれもこれを棄却することとする。

(裁判長裁判官 渡邉安一 裁判官 松本清隆 裁判官矢延正平は転任のため署名押印できない 裁判長裁判官 渡邉安一)

<以下省略>

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