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大阪高等裁判所 平成18年(ネ)2546号 判決 2006年12月19日

控訴人・被控訴人・1審原告

株式会社日光ハウジング

同代表者代表取締役

米倉稔

同訴訟代理人弁護士

内藤早苗

中川澄

石川宏昭

被控訴人・控訴人・1審被告

白山殖産株式会社

同代表者代表取締役

白山隆

同訴訟代理人弁護士

堀弘二

浦野正幸

主文

1  本件各控訴を棄却する。

2  控訴費用は各控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

(1審原告)

1  原判決を次のとおり変更する。

2  1審被告は,1審原告に対し,751万5750円及びこれに対する平成17年5月3日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第1,2審とも1審被告の負担とする。

4  仮執行宣言

(1審被告)

1  原判決中,1審被告敗訴部分を取り消す。

2  1審原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第1,2審とも1審原告の負担とする。

第2  事案の概要

1  本件は,土地の買主である1審原告が,売買後に判明した,売買以前に同土地上に存在していた建物内で殺人事件があったとの事実が,民法570条の「売買の目的物に隠れた瑕疵があったとき」に当たるとして,売主である1審被告に対し,同条に基づき,損害賠償金751万5750円及びこれに対する支払催告日の翌日である平成17年5月3日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審裁判所は,1審被告に対し,75万1575円及び上記年月日から支払済みまで上記割合による遅延損害金の支払を命じ,1審原告のその余の請求を棄却するとの判決を言い渡した。

1審原告,1審被告双方とも,これを不服として控訴を提起した。

2  争いのない事実

(1)  1審原告は,不動産販売等を業とする株式会社であり,1審被告は,不動産賃貸等を業とする株式会社である。

(2)  1審原告は,平成16年11月29日,1審被告から,1審被告所有にかかる原判決別紙物件目録1及び2記載の土地(以下,同目録1記載の土地を「本件1土地」と,同目録2記載の土地を「本件2土地」と,両土地を「本件土地」とそれぞれいう。)を,代金1503万1500円で買い受けた(以下「本件売買」という。)。

3  争点

(1)  売買の目的物である本件土地に「隠れた瑕疵」があったといえるか否か。

(2)  (1)を肯定した場合,1審原告の損害額

4  争点に対する当事者の主張

(1)  争点に対する当事者の主張は,後記(2)のとおり当審における当事者の主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」〔二 原告の主張〕及び〔三 被告の主張〕欄に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決3頁15行目の「更地となっている。」を「本件売買当時,本件土地は更地となっていた。」と改め,同16行目の「あったとしても,」の次に「本件売買当時」を加える。)。

(2)  当審における当事者の主張

ア 1審原告

本件建物は本件売買がされる直前まで存在していたこと,本件土地周辺は多数の一戸建て住宅が立ち並び,住人の入れ替わりの少ない閉鎖的な地域であること,本件殺人事件から本件売買までの約8年半の期間は決して長期とはいえないことなどからすると,今後時間が経過しても嫌悪すべき心理的欠陥が風化するとはいえない。

そうすると,本件土地の瑕疵に基づく1審原告の損害額は,売買価格の50パーセントを下らないというべきである。

イ 1審被告

本件殺人事件から本件売買までに約8年半もの長年月を経過していること,本件殺人事件は近所で現認者があったわけでもなく,近隣の心理的影響度も高いとはいえないこと,同事件は本件1土地上の本件建物内で発生したが,同建物は本件売買前に撤去されており,しかも,この売買は本件1土地より面積の広い隣地と一体の更地売買であり,1審原告は地上に新築住居を建設し土地付き建物として第三者に販売する目的で,本件土地を購入していること,1審原告は,本件土地を,建売住宅用地としての売却だけでなく,本件土地そのものを購入価格を大幅に上回る2500万円で売却することを希望して広告で購入者を募っていることなどからすると,1審原告の損害の主張は理由がないことが明らかである。

第3  当裁判所の判断

1  争点(1)(売買の目的物である本件土地に「隠れた瑕疵」があったといえるか否か)について

(1)  事実認定

上記第2の2の争いのない事実に,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。

ア 1審被告は,大正10年3月3日,前所有者から本件土地を購入した。

イ 本件1土地と本件2土地は,いずれも長方形の土地で,地続きで隣接している。本件土地の形状も,ほぼ長方形である。公簿上の面積は,本件1土地が59.50平方メートル,本件2土地が100.77平方メートルであり,実測面積もこれとほぼ同じである。

ウ 本件土地は,南海電車津守駅より北西約800メートルほどの位置にあり,周辺に多数の住宅,小店舗などが立ち並ぶ地区内にある。

エ 1審被告は,昭和62年7月8日,春野一郎こと花村一郎(以下「春野」という。)に対し,本件1土地を,賃貸期間を同月1日から20年間,賃料を月額2万3800円とし,春野が同月2日に夏川二郎から買い受けた同土地上の建物(昭和35年4月1日新築,木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建工場,1階45.45平方メートル,2階12.39平方メートル)(本件建物)を事務所・居宅として使用する目的で,賃貸した。

オ 平成8年4月22日当時,本件建物には秋山三郎が居住していた。

カ 平成8年4月28日付け読売新聞の大阪版朝刊に,「女性の刺殺体発見」との見出しの下に,「傷害の現行犯で大阪府警西成署が逮捕した大阪市西成区<以下略>,解体工秋山三郎容疑者の自宅から,女性の刺殺体が見つかっていたことが,27日わかった。秋山容疑者は,「女を刺した」などと話しており,同署は,裏付けが取れ次第,秋山容疑者を殺人容疑で逮捕する。調べでは,秋山容疑者は22日午前10時30分ころ,同区<以下略>の親類方に泥酔状態で訪れ,持っていたナイフで親類の顔を切りつけた。同日夕,西成署員が秋山容疑者の自宅である同区<以下略>の自宅を捜索した結果,胸を刺された女性の遺体を寝室で発見した。」との内容の記事が掲載された。

キ 春野は,平成15年4月ころから平成16年3月ころまでの間,同人が関与するA土木建設株式会社に,本件建物を倉庫として使用させていた。

ク 1審被告は,平成13年3月8日,株式会社B発動機製作所に対し,本件2土地を,賃料を月額8万円とし,同社が同土地を自動車の露天置場として一時使用する目的で,賃貸した。

ケ 1審被告と株式会社B発動機製作所は,平成14年5月24日,本件2土地の賃貸借を合意解除した。

コ 春野は,平成16年5月20日,本件建物を取り壊し,同月31日,1審被告との間で,本件1土地の賃貸借を合意解除した。

サ 平成16年10月初めころ,媒介業者である株式会社Cの冬樹四郎が1審原告に本件土地購入の話を持ってきた。1審原告は,本件土地を等面積(75.29平方メートル)に分けたうえで,各部分に各1棟の建売住宅を建設して販売する予定で,本件土地を購入することとした。

シ 1審原告は,平成16年11月29日,1審被告から,上記コの本件建物取壊しによって更地となった本件土地を,代金1503万1500円で買い受けた(本件売買)。

ス 1審原告は,平成17年1月初めに,上記サの建売住宅用地の販売のため,チラシを出して広告していたところ,10件程度の問い合わせがあり,そのうちの客の1人が,本件土地を等面積で分けた東側の土地部分(本件1土地側の土地部分)の購入を一旦決め,1審原告宛てに同年3月27日付けで買付証明書(甲14の1・2)を作成したが,同人は,その後,本件土地の近所の人から本件1土地上の本件建物内で以前殺人事件があったことを聞き及び,上記購入をキャンセルしてきた。1審原告は,西成警察署で確認したところ,詳しい内容は教えられないが本件1土地上の本件建物内で殺人事件があったことは確かであるとの回答を得た。1審原告は,これにより初めて,本件1土地の本件建物内で殺人事件があったことを知った。その後1審原告は,上記客に西側の土地部分(本件2土地側の土地部分)の購入を勧めたが,同人は,隣の土地でも気持ちが悪いなどと述べて,上記キャンセルの意思を変えなかったため,同人との売買の話しは結局流れた。

セ その後,1審原告は,本件土地を,建売住宅用地としての売却だけでなく,本件土地そのものを2500万円で売却することを希望して広告で購入者を募っているが,本件建物内で殺人事件があったことは知らせておらず,未だ売却できていない。

以上の事実が認められ,同認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 売買の目的物に民法570条の瑕疵があるというのは,その目的物が通常保有する性質を欠いていることをいい,目的物に物理的欠陥がある場合だけではなく,目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的欠陥がある場合も含まれるものと解するのが相当である。

そして,売買における売主の瑕疵担保責任は,売買が有償契約であることを根拠として,物の交換価値ないし利用価値の対価として支払われる代金額との等価性を維持し,当事者間の衡平をはかることにあるから,この制度趣旨からみると,売買の目的物が不動産のような場合,上記後者の場合の事由をもって瑕疵といいうるためには,単に買主において同事由の存する不動産への居住を好まないだけでは足らず,それが通常一般人において,買主の立場に置かれた場合,上記事由があれば,住み心地の良さを欠き,居住の用に適さないと感じることに合理性があると判断される程度に至ったものであることを必要とすると解すべきである。

これを本件についてみると,1審原告は,1審被告から,本件土地を等面積に分け各部分に1棟ずつ合計2棟の建売住宅を建設して販売する目的でこれを買い受けたものであるが,本件土地のうちのほぼ3分の1強の面積に匹敵する本件1土地上にかつて存在していた本件建物内で,本件売買の約8年以上前に女性が胸を刺されて殺害されるという本件殺人事件があったというのであり,本件売買当時本件建物は取り壊されていて,嫌悪すべき心理的欠陥の対象は具体的な建物の中の一部の空間という特定を離れて,もはや特定できない一空間内におけるものに変容していたとはいえるものの,上記事件は,女性が胸を刺されて殺害されるというもので,病死,事故死,自殺に比べても残虐性が大きく,通常一般人の嫌悪の度合いも相当大きいと考えられること,本件殺人事件があったことは新聞にも報道されており,本件売買から約8年以上前に発生したものとはいえ,その事件の性質からしても,本件土地付近に多数存在する住宅等の住民の記憶に少なからず残っているものと推測されるし,現に,本件売買後,本件土地を等面積で分けた東側の土地部分(本件殺人事件が起きた本件1土地側の土地部分)の購入を一旦決めた者が,本件土地の近所の人から,本件1土地上の本件建物内で以前殺人事件があったことを聞き及び,気持ち悪がって,その購入を見送っていることなどの事情に照らせば,本件土地上に新たに建物を建築しようとする者や本件土地上に新たに建築された建物を購入しようとする者が,同建物に居住した場合,殺人があったところに住んでいるとの話題や指摘が人々によってなされ,居住者の耳に届くような状態がつきまとうことも予測されうるのであって,以上によれば,本件売買の目的物である本件土地には,これらの者が上記建物を,住み心地が良くなく,居住の用に適さないと感じることに合理性があると認められる程度の,嫌悪すべき心理的欠陥がなお存在するものというべきである。

そうすると,本件売買の目的物である本件土地には民法570条にいう「隠れた瑕疵」があると認められるから,1審原告は1審被告に対し,これに基づく損害賠償を請求しうるものというべきである。

なお,本件売買は,地続きで隣接し,いずれも更地であった本件1土地と本件2土地の一括した売買であり,本件土地の面積も比較的狭いものであるから,本件売買の目的物である本件土地は一体として瑕疵を帯びるものであるというべきである。

2  争点(2)(1審原告の損害額)について

そこで,1審原告が本件土地の上記瑕疵により被った損害額について検討するに,本件建物内で本件殺人事件があったという重大な歴史的背景の存在・内容,周辺に多数の住宅,小店舗などが立ち並んでいるという本件土地の生活環境,他方,本件殺人事件は本件売買の約8年以上前に発生したものであり,しかも本件建物は本件売買時には既に取り壊されており,同時点では,嫌悪すべき心理的欠陥は相当程度風化していたといえること,1審原告は,本件土地を,建売住宅用地としての売却だけでなく,本件土地そのものを購入価格を約1000万円上回る2500万円で売却することを希望して広告で購入者を募っているが,未だ売却できていないうえ,本件建物内で殺人事件があったことを知らせないでの売却希望価格であり,実際に売却する際には大幅の減額が必要であることが予想されること,本件土地の大きさ,その他上記1(1)の認定事実からうかがわれる一切の諸事情を総合すると,1審原告の上記損害額は,本件売買の代金額の5パーセントに当たる75万1575円と認めるのが相当である。

3  まとめ

以上の次第で,1審原告は,1審被告に対し,民法570条に基づき,75万1575円及びこれに対する支払催告日の翌日である平成17年5月3日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めうるものであるが,1審原告のその余の請求は理由がない。

第4  結論

よって,以上と同旨の原判決は相当であり,本件各控訴はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・横田勝年,裁判官・東畑良雄,裁判官・植屋伸一)

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