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大阪高等裁判所 平成18年(ネ)2609号 判決 2007年5月17日

控訴人(被告)

関西金属工業株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

新宅正人

塩津立人

被控訴人(原告)

X1

被控訴人(原告)

X2

被控訴人(原告)

X3

被控訴人(原告)

X4

被控訴人(原告)

X5

被控訴人(原告)

X6

被控訴人(原告)

X7

被控訴人(原告)

X8

被控訴人(原告)

X9

被控訴人(原告)

X10

上記10名訴訟代理人弁護士

鎌田幸夫

城塚健之

河村学

古本剛之

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,被控訴人らが,控訴人に対し,控訴人から整理解雇されたが,その要件を欠くこと等から,解雇は無効であり,定年退職日が到来した被控訴人X6以外の被控訴人らについては,控訴人との間の労働契約関係は現在も継続しており,被控訴人らは労働契約上の地位を有しているとして,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに平成16年6月支払分以降の賃金及びその各弁済期(毎月26日)の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め,被控訴人X6については,平成16年6月支払分から平成17年5月15日(定年退職日)までの賃金及びその各弁済期(毎月26日)の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は,被控訴人X6以外の被控訴人らの請求をいずれも認容し,被控訴人X6の請求を一部認容したため,控訴人は,原判決を不服として控訴した。

2  争いのない事実等及び争点に関する当事者の主張

原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」及び「第3 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。

第3当裁判所の判断

<以下,原判決「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」の部分に付加、訂正を施した上で引用する。>

1  本件紛争を巡る経緯について

前提事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。

(1)  a社との取引の解消と売上高の減少

ア 控訴人は,従来からa社を主要な取引先としており,最盛期であった平成4年当時は約50億円の売上高を上げ,その95%以上がa社との取引によるものであった(<証拠・人証略>)。

その後,a社の方針により,控訴人に発注される商品が順次縮小されるようになり,平成13年9月期(控訴人では,毎年9月30日を決算期としている。)の決算当時には,控訴人の売上高は約18億円と減少した。もっとも,その売上高のうちa社との間の取引によるものは依然として約95%であった(<証拠・人証略>)。

このような売上高の減少のため,控訴人では,平成10年9月期の決算のころから,赤字経営になるようになった(<証拠・人証略>)。

イ 控訴人は,平成13年5月,a社から,控訴人との取引を縮小し,最終的には取引を解消することを予定している旨を告げられた(<証拠・人証略>)。

これに対して,控訴人は,取引継続を要請したが,結局,平成14年11月30日,控訴人とa社との間の取引が解消され,控訴人の売上高は更に減少するに至った(前提事実(2)ア参照。<証拠略>)。

ウ なお,被控訴人らは,前記取引の解消は,控訴人代表者が,a社との契約に違反し,競業相手であるa株式会社(以下「a社」という。)との取引を開始したからであるからと主張するが,a社との取引が開始される前から,取引解消の方針は定まっていたことがうかがえること,新聞報道でも,a社は,控訴人の契約違反と契約解消との関連を否定し,契約解消は,控訴人の事情であると説明していることが認められる(<証拠略>)。また,仮に,a社との取引開始が,早期の関係解消につながったとしても,取引解消の前記方針に変わりなく,また,そのことによって,人件費削減の必要性が否定されるわけでもない。

(2)  a社との取引の解消後の経営の状況等

ア 控訴人は,平成13年9月から,新規にa社との取引を開始するほか,平成14年5月ころから,取引先を開拓するために営業に回るなど,営業努力を行った(<証拠略>)。

なお,a社から控訴人が受注していた商品がb社(a社の子会社)に移管されることとなっていたことから,控訴人は,一時期,a社の二次請負となって,b社と取引することを期待したが,採算の取れない内容であったことなどから,断念するに至った(<証拠・人証略>)。

イ 控訴人は,平成9年以来,一般経費の削減に努め,平成13年9月期には約4600万円であった一般経費が,平成14年9月期には約4000万円,平成15年9月期には約3100万円に抑制された(<証拠略>)。

ウ 控訴人は,平成14年1月から7月までにかけて,パートタイム従業員や嘱託従業員等合計22名について雇止めを行った(<証拠・人証略>)。

また,控訴人は,同年7月,8月及び10月には,全従業員の一時帰休を行った(<証拠・人証略>)。

さらには,控訴人は,平成10年以降,年間賞与支給額を減少させたほか,平成14年及び平成15年については昇給を行わないこととし,平成14年4月からは役員報酬を引き下げ,同年6月からは管理職全員に対して賃金を引き下げた(<証拠・人証略>)。すなわち,同年4月からA社長の役員報酬は10%,他の取締役の役員報酬はそれぞれ7%ずつ引き下げられ,同年9月からは引下率がそれぞれ20%及び15%とされた。また,同年6月から,管理職全員の賃金がそれぞれ5%ずつ引き下げられた(<証拠・人証略>)。

エ 控訴人は,平成14年10月22日,勤続1年以上の従業員全員を対象として,20名の希望退職者を募ったところ,26名の従業員が退職に応募し,応募者全員が退職した(第1次希望退職者募集。前提事実(2)ア参照)。

オ 控訴人は,以上のような経緯の後,平成14年11月,「経営数値三カ年計画」(以下「本件平成14年計画」という。)において,今後の数値目標を定めた(<証拠略>)。

本件平成14年計画においては,売上高の目標として,平成14年12月から平成15年9月までの間は月額2700万円,同年10月から平成16年9月までの間は月額3000万円を,それぞれ目指すこととして,わずかでも営業利益が計上できるように計画が立てられていた(<証拠・人証略>)。

カ 平成10年以降における控訴人の営業実績等は,次のとおりである。

(ア) 平成11年9月期から平成17年9月期までの控訴人の営業実績(いずれも単位は100万円であり,それ未満を切り捨てたもの。<証拠略>)

<省略>

(イ) 平成15年4月から平成16年2月までの各月の営業実績及び人件費(いずれも単位は千円であり,それ未満を切り捨てたもの。<証拠略>)

<省略>

(3)  控訴人の本件解雇の当時の状況

ア 控訴人の営業の状況

前記(2)カ(イ)記載のとおり,控訴人においては,本件平成14年計画の目標売上高(前記(2)オ参照)が達成されない月があり,平成15年9月期には営業損失が約2億7300万円に上る結果となり,また,平成16年2月までほぼ毎月営業損失を計上するに至っていた。

イ 控訴人の資産の状況

(ア) 控訴人においては,現預金が,平成14年9月期には約11億7900万円計上されていたが,平成15年9月期には約7億7200万円に減少し,さらに平成16年2月末当時には約6億3800万円に減少してきていたが,そのうち約3億円については,従業員の退職金のために確保しておく必要があり,実際に費消可能な現預金は約3億円強であった(<証拠・人証略>)。

(イ) 控訴人は,平成15年9月期には,固定資産として約2億9959万円の固定資産を計上し,原判決添付別紙不動産目録1(土地)及び同別紙不動産目録2(建物)記載の不動産を所有していたところ,これらの簿価及び固定資産税評価額は,同別紙に記載のとおりであり,担保権が設定されている不動産はなかった(<証拠略>)。

これらの不動産のうち,尼崎市所在の社員寮(c寮)については,本件解雇当時には利用されておらず,平成18年1月に5500万円で売却された(<証拠・人証略>。なお,売却されたのは土地のみで,建物については撤去されたものと思われる。)。

また,西宮市所在の賃貸モータープールについては,実際に駐車場として利用され,年間に約150万円の売上高を上げており,収益物件として活用されていた(<証拠略>)。

さらには,大阪市淀川区所在の第2工場については,組立部品,材料,仕掛品の置場等として使用されていた(<証拠略>。なお,本件解雇の当時に第2工場が遊休資産となっていたと認めるに足りる証拠はない。)。

(ウ) 控訴人は,本件解雇の当時,借入金債務を負っていなかった(<証拠略>)。

ウ 控訴人の人件費の状況

本件解雇の当時,控訴人においては,前記(2)カ(イ)記載のとおり,毎月約2000万円程度の人件費が支出されており,その売上高に対する比率は,平成15年4月から同年9月までの平均では95%,同年10月から平成16年2月までの平均では61%であって,相当に高率であった(<証拠略>)。

(4)  実施された本件計画の内容

控訴人は,次のとおり,まず希望退職者を募集し(第2次希望退職者募集),さらに本件変更解約告知を行って,これらにより人員削減と賃金の切下げを実現させようとした(<証拠・人証略>)。

ア 第2次希望退職者募集

控訴人は,対象者を勤続30年以上の全社員とし,募集人員を6名として,希望退職者を募集した。

募集の期間については,<1>第1期として平成16年4月1日から同月7日まで,<2>第2期として4月8日から同月14日まで,<3>第3期として4月15日から同月20日までとし,また,希望退職者には,本来の退職金(自己都合によるもの)に加えて,次のとおり,優遇措置として勤続年数に応じた特別退職金を支払うこととするが,退職を申し出る期間ごとに特別退職金の額は異なることとされた。

<1> 第1期に退職を申し出た者の特別退職金

勤続30年から35年まで 60万円

勤続36年から40年まで 75万円

勤続41年以上 90万円

<2> 第2期に退職を申し出た者の特別退職金

勤続30年から35年まで 50万円

勤続36年から40年まで 65万円

勤続41年以上 80万円

<3> 第3期に退職を申し出た者の特別退職金

勤続30年から35年まで 40万円

勤続36年から40年まで 55万円

勤続41年以上 70万円

しかし,この第2次希望退職者募集に応募した従業員はいなかった。

イ 本件変更解約告知(前提事実(2)オ参照)

(ア) 控訴人は,平成16年4月16日(第2次希望退職者募集の期間中である。),本件変更解約告知の通知を行った。

この本件変更解約告知の内容は,勤続25年以上の全従業員(希望退職者を除く。)を同年5月20日付けで解雇し,他方で,解雇対象者について新規の条件での採用を募集するというものであった。なお,新規募集期間は,<1>第1期として同年5月1日から同月7日まで,<2>第2期として同月8日から14日までとし,採用日は同月21日とされていた。

(イ) しかし,控訴人は,対象とされた従業員が本件変更解約告知に応じて新規採用に応募した場合であっても,採用されない場合があることを明示していた。

すなわち,控訴人作成の本件変更解約告知の通知文書においては,「採用決定通知を発行されなかった(選考にもれた)者に対しては,控訴人の就業規則62条4号に基づき,5月20日付け(この日は,本件変更解約告知により解雇される日と同一であり,新規採用された場合における採用日の前日である。)で整理解雇を行う」旨が明記されていた(<証拠略>。前提事実(2)オ(ウ)参照)。

(ウ) 本件変更解約告知による解雇については,募集期間内に応募して採用が決定された者には,本来の退職金(自己都合によるもの)に加えて,次のとおり,優遇措置として勤続年数に応じた特別退職金を支払うこととするが,募集期間ごとに特別退職金の額は異なることとされた。

<1> 第1期に本件変更解約告知に応じて新規採用に応募した者の特別退職金

勤続25年から41年まで 30万円

勤続42年以上 60万円

<2> 第2期に本件変更解約告知に応じて新規採用に応募した者の特別退職金

勤続25年から41年まで 25万円

勤続42年以上 50万円

(エ) 新規の採用条件の内容については,前提事実(2)オ(イ)記載のとおりであって,勤続25年以上41年以下の者については,基本給等を,第1期に応募した者については従前の70%,第2期に応募した者については従前の65%とすることとされていた。

ウ 本件希望退職者追加募集(前提事実(2)カ,キ参照)

控訴人は,平成16年5月12日,本件変更解約告知に応じない対象者が被控訴人ら10名のみであったことから,同月14日を募集期限とする本件希望退職者追加募集を行った。

しかし,被控訴人ら10名はいずれも,同日までに希望退職の応募をしなかった。

エ 本件通知(前提事実(2)ク参照)

被控訴人ら10名は,本件変更解約告知に応じなかったが,被控訴人ら10名以外の本件変更解約告知の対象者は全てこれに応じ,その全員が新規採用された。

控訴人は,平成16年5月17日,被控訴人らに対し,同月20日付けで解雇する旨を通知した(前提事実(2)ク)。

(5)  本件計画を実施するに当たっての控訴人の説明

控訴人は,本件組合や従業員に対し,本件計画の内容について,平成16年3月23日における第2次希望退職者募集の対象者に対する説明会や,同年4月5日開催の本件組合との団体交渉などの場で,次のとおり説明していた(<証拠略>,控訴人代表者)。

ア 控訴人は,第2次希望退職者募集における希望退職者が6名に達しなかったときには,6名に達するまでの人員を削減することを予定していること

イ 6名分の人員削減の理由について,次の点

(ア) その当時,毎月1500万円から2000万円の営業損失が生じているという実情から,毎月の人件費を600万円削減させることにより,控訴人の再建を図りたいこと

(イ) 前記(ア)記載の600万円の人件費削減のうちの500万円分については,本件計画における賃金の切下げ及び人員削減により実現させ,その余の100万円分については,役員報酬の切下げにより実現させる計画であること

(ウ) 前記(イ)記載の500万円のうちの260万円分については,本件変更解約告知による賃金の切下げにより実現させ,240万円分については第2次希望退職者募集などによる人員削減により実現させる計画であること

(エ) 前記(ウ)記載の240万円分に係る人員削減のためには,勤続25年以上の正社員の平均賃金が44万円であるために,6名分の人員削減が必要であること

2  本件解雇の有効性

(1)  本件変更解約告知とその後予定されていた整理解雇との関係

ア 前記1(4)イ(イ)のとおり,控訴人は,本件変更解約告知の行使に当たって,その対象とされた従業員が本件変更解約告知に応じて新規採用に応募した場合であっても,採用されない場合があることを明示していたことが認められる。

この点について,控訴人は,本件計画は本件変更解約告知と整理解雇を組み合わせたものではあるものの,それぞれは単体として独立したものであり,本件解雇は,第1段階としての本件変更解約告知に応じなかったために行われたものであって,第2段階としての整理解雇は発動されていない旨主張している。また,控訴人代表者は,後にやむをえず整理解雇がされる場合がありうることはともかくとして,本件変更解約告知に応じて新規採用に応募した者は,いったんは全員採用される予定であったと供述等している(<証拠・人証略>)が,これは,控訴人の主張に沿うものと考えられる。

しかし,前記1(4)イ(イ)認定のとおり,控訴人作成の本件変更解約告知の通知文書においては,本件変更解約告知により解雇される日(平成16年5月20日)と同一の日において整理解雇がされることが予定されており,このような整理解雇が行われることによって新規採用の応募に対する採用決定がされないことがありうる旨が明記されていた。また,控訴人は,平成16年3月26日,本件変更解約告知の対象者に対して,「選定(残留)基準について」と題したアンケート用紙を配布し,同アンケートの記載内容により選定を行うことを説明していた(前提事実(2)ウ参照)。これらの事情によれば,整理解雇が,本件変更解約告知とは独立したものとして予定されていたと認めることはできない。

そして,前記1(5)の認定事実及び弁論の全趣旨によれば,本件変更解約告知の対象者の全員がこれに応じて新規採用に応募した場合であっても,控訴人は,そのうちの6名については採用しないことを予定していたことが認められる。

イ なお,この点について,控訴人は,本件変更解約告知と本件整理解雇とは論理的に主位的・予備的の関係にあるだけでなく,時的にも主位的・予備的の関係にあるものであって,両者の効果発生日が同日であることや,予備的な本件整理解雇を主位的な本件変更解約告知と同時に告知していたこと,基礎資料の収集が本件変更解約告知と並行して行われていたことによって両者の独立性が否定されるものではないと主張する。

しかし,上記前提事実(2)記載の経緯からすれば,本件変更解約告知と本件整理解雇とが,別個独立のものとして,主位的・予備的の関係にあるものとは考えられず,特に,控訴人は,本件変更解約告知に当たって,その対象とされた従業員が変更解約告知に応じて新規採用に応募した場合であっても,変更解約告知により解雇される日(平成16年5月20日)と同一の日において整理解雇をすることを予定し,このような整理解雇が行われることによって新規採用の応募に対する採用決定がされないことがありうる旨を明記していることからすれば,変更解約告知の対象者の全員がこれに応じて新規採用に応募した場合であっても,控訴人は,そのうちの6名については採用しないことを予定していたことが認められるから,6名について当初から整理解雇に至ることが予定されていたものと認められる。

変更解約告知とは,新たな労働条件での新雇用契約の締結(再雇用)の申込みを伴った従来の雇用契約の解約(解雇)であり,それを受け入れるか否かのイニシアティブは,労働者の側にあることから,解雇とは異なった扱いがされるものと解されるところ,本件変更解約告知は,その実態は,これに応じない者のうち6名に対しては,解雇することを予定しているものであるから,本件の変更解約告知を整理解雇と別個独立のものであるとする控訴人の主張は採用できない。

(2)  人員整理の必要性

ア ところで,労働契約を解約(解雇)するとともに新たな労働条件での雇用契約の締結(再雇用)を募集すること(いわゆる変更解約告知)が,適法な使用者の措置として許される場合はあろうが,本件のように,それが労働条件の変更のみならず人員の削減を目的として行われ,一定の人員については再雇用しないことが予定されている場合には,整理解雇と同様の機能を有することとなるから,整理解雇の場合と同様に,その変更解約告知において再雇用されないことが予定された人員に見合った人員整理の必要性が存在することが必要となると考えられる。

すなわち,人員の削減を目的として本件のような変更解約告知が行われた場合に,変更解約告知に応じない者が多数生じたからといって,人員整理の必要性により本来許容されるべき限度を超えて解雇が行われることは許されないというべきである。

この点について,控訴人は,変更解約告知による解雇の場合,変更解約告知を受け入れるか否かのイニシアティブは労働者の側にあるから,厳密な意味での被解雇者の人数に相当する人員削減の必要性は考慮要素とされるべきでないと主張する。しかし,本件変更解約告知のように,これに応じて新規採用に応募した場合であっても採用されないことが予定されていたときには,解雇について労働者の側に控訴人主張のようなイニシアティブがあったとは認め難いから,この控訴人の主張を認めることはできない。

イ 控訴人は,人員削減の必要性について,a社との取引解消の前後から損失が累積していたこと,人件費率が相当に高率であったこと,このような経営状況の中,控訴人が損失を補填するために現預金を急激に縮小させ,財務状況も悪化していたことから,少々の売上増や諸経費の削減では赤字は解消されず,赤字経営の根本原因である製造原価における人件費の構造的是正が必要であったこと,売上増を図る一方,一般経費の削減を行い,また,解雇を伴わない人件費削減努力を行ってきたものの,人件費を約600万円削減して初めて損益が均衡することとなることから,このうち100万円を役員報酬3名分のカットなどで吸収し,残り500万円を従業員の希望退職及び賃金切下げによる人件費削滅で行うこととし,具体的には,勤続年数25年以上の従業員全員の賃金の22%の引下げ(これにより約240万円の人件費の削減)とともに,勤続30年以上の従業員を対象(平均賃金44万円)とした第2次希望退職者を6名募集する方法(これにより約265万円の人件費の削減)により人員削減を行うことを予定したが,希望退職者の応募がなかったことから,希望退職相当分(約265万円分・勤続25年以上の平均賃金の6名分)の人件費を削減する必要があったと主張している。

確かに,前記1(1)ないし(3)のとおり,本件解雇の当時の控訴人の経営状態は,相当額の営業損失が計上されており,売上高に対する人件費率も高率であって,現預金を減少させながら営業を維持させていた状況であったことが認められる。

したがって,控訴人がその当時に借入金債務を負担しておらず,固定資産として約3億円を計上しており,遊休資産として社員寮があったことや,費消可能な現預金が約3億円強あったこと(前記1(3)イ),また,控訴人においては,本件解雇後に新たに9名の人員の補充がされていたこと(<証拠・人証略>)を考慮しても,前記のような営業損失の規模や人件費率の状況からすると,本件解雇の当時には,控訴人においては人件費を削減する必要性が高かったものと認められる。

ウ しかし,上記のような事実関係を前提としても,本件解雇の当時において人員削減の必要性が認められるのは,6人を超えない限度であるというべきである。しかるに,本件解雇では10名が解雇されているのであって,これを全員解雇する必要性があったことについての主張立証はされていない。すなわち,控訴人は,従業員の人件費を500万円削減するために,賃金の引下げのほかに,人員を6名削減する必要があった旨を主張するのみである(控訴人の主張(1)ア,同(2)ア,ウ参照)。

この点について,控訴人は,当審において,本件変更解約告知の計画当初から10名を削減する予定であったわけではなく,被控訴人らが変更解約告知に応じなかった結果,10名の人員削減をせざるを得なかっただけであると主張し,控訴人は,この6名分の人件費削減の必要性について十分な主張立証を行ってきたと主張している。

確かに,上記イ記載のとおり,本件解雇の当時には,控訴人において人件費を削減する必要があったものと認められ,また,その人員数として,6名とすることも,あながちこれを不相当な規模の人員削減であるということはできないものと考えられる。しかし,本件解雇では10名が解雇されているのであって,上記のとおり,本件解雇については,整理解雇と同様の要件を必要とするものと解される以上,10名を全員解雇する必要性があったことについて主張立証されることが必要であるというべきであり,たとえ6名の人員削減の必要性が認められたとしても,本件解雇は,同一の理由に基づいて同一の機会に行われており,特定の6名を選定する作業が実際に行われていない以上,結局のところ,本件解雇すべてについてその必要性が主張立証されなかったことに帰するというほかないのである。

エ そうすると,本件解雇においては,本件変更解約告知において削減された人員に見合った人員整理の必要性があったとは認めることができないこととなる。

(3)  解雇手続の相当性

前記1(5)記載の事実によれば,控訴人は,本件計画の説明に当たって,6名の人員を削減する必要性があることを説明したにとどまるのであって,その説明した人員削減の必要性の範囲を超えて,被控訴人ら10名について本件解雇を行うことは,労使間の手続の相当性の点においても合理性を欠くと考えられる。

なお,この点について,控訴人は,当審において,被控訴人ら及び被控訴人らが所属する本件組合に対し,平成16年4月27日の団体交渉において,本件変更解約告知において6名を超える10名が応募しなかった場合には,10名全員が本件変更解約告知による解雇となることを説明しているのであって(<証拠略>),労使間の手続において,本件計画の内容につき十分な協議・説明が尽くされており,極めて相当なものであった旨主張している。

しかし,控訴人が摘示する証拠(<証拠略>)を精査するも,本件組合の「6名が10名になっても解雇するのか。」との質問に対し,控訴人が「そうです,私はそう解釈しているが,次回にはっきりと回答します。」と答えているのみであって,10名の人員削減の必要性については何ら説明していないのであるから,上記事実をもって控訴人主張のように十分な協議・説明が尽くされたものなどとは到底いうことができない。ほかに控訴人主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

3  以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件解雇は無効であると認められる。

なお,仮に6名までの人員整理の必要性が認められたとしても,被控訴人らに対する本件解雇は同一の理由に基づいて同一の機会に行われており,特定の6名を選定する作業が実際に行われていない以上,本件解雇すべてを無効と認めるしかないというべきであり,特定の6名の解雇を有効とし,残りの4名の解雇だけを無効とすることはできない。

また,前記2(2)ウのとおり,一定程度の人員整理の必要性が認められるものの,実際に何名までの人員整理の必要性があったかについては,前記の結論を左右するものではないので,それ以上の検討はしないこととする。

4  上記のとおり,本件解雇は無効であるから,被控訴人X6以外の被控訴人らは,控訴人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることとなり,また,前提事実(4)記載の事実により,平成16年6月支払分以降の賃金債権(賃金月額は,原判決添付別紙賃金目録記載のとおり)を有することとなる。

また,被控訴人X6については,平成16年6月支払分から平成17年5月15日(定年退職日)までの賃金債権(賃金月額は,原判決添付別紙賃金目録記載のとおり52万7210円)を有することとなるが,平成17年4月21日から同年5月15日までの25日分(同年5月26日支払分)は,日割計算をすると,次の計算式のとおり,43万9342円となる。

527,210÷30×25=439,342(小数第1位において四捨五入)

そうすると,本件請求は,被控訴人X6の請求のうち,平成17年5月26日支払分については43万9342円及びそれに対する遅延損害金の限度で,その余の被控訴人らについては,全額,理由があるものと認められる。

5  結論

以上の次第で,被控訴人らの請求は,上記の限度で理由があるので,一部認容し,その余を棄却すべきところ,これと結論を同じくする原判決は正当であるから,本件控訴をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成18年12月13日)

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 小原卓雄 裁判官 吉川愼一)

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