大阪高等裁判所 平成18年(ネ)2610号 判決 2007年8月31日
控訴人(原告)
X
同訴訟代理人弁護士
西尾忠夫
同
田島義久
同
松田親男
被控訴人(被告)
株式会社損害保険ジャパン
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
峰島徳太郎
同
佛性徳重
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、2000万円及びこれに対する平成16年6月4日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
4 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。
第2事案の概要
1 本件は、弁護士である控訴人が、その依頼者に弁護過誤を理由とする2000万円の損害賠償を行ったことにつき、弁護士賠償責任保険契約に基づき、被控訴人に対して、上記2000万円及びこれに対する損害賠償義務確定の日の翌日である平成16年6月4日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 原審は、控訴人の請求を棄却した。そこで、控訴人は、これを不服として控訴した。
3 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり加除、訂正するほか、原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1 争いのない事実等」及び「2 争点」に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決2頁19行目の「(以下「本件免責約款」という。)」を削除する。
(2) 原判決3頁19行目から22行目までを次のとおり改める。
「ウ 平成14年7月25日、a産業は、控訴人に対し、控訴人の弁護過誤により3583万7000円の損害を被ったとして、その賠償を求める訴えを提起した(大阪地方裁判所平成14年(ワ)第7418号事件、以下「弁護過誤訴訟」という。)。
エ 同年9月、控訴人は、被控訴人に対し、弁護過誤訴訟が提起されたことを報告し、同訴訟に敗訴した場合に備えて保険請求をしたが、平成15年10月17日、被控訴人は、控訴人に対し、保険金を支払えない旨回答した。
オ 平成15年11月25日、弁護過誤訴訟において、控訴人に対して、明渡訴訟における控訴人の弁護過誤に基づく損害2666万6000円の支払を命ずる仮執行宣言付の判決がされた。」
(3) 原判決3頁23行目冒頭の「エ」を「カ」に、4頁1行目冒頭の「オ」を「キ」にそれぞれ改める。
(4) 原判決4頁5行目、15行目、5頁22行目、25行目及び6頁9行目の各「3条1号」の次に「後段」をそれぞれ加える。
(5) 原判決6頁1行目から9行目の「該当しない。」までを次のとおり改める。
「(2) 「他人に損害を与えるべきことを予見しながら行った行為(不作為を含みます。)」とは、故意を意味する。
(3) 仮に、これを「他人に損害を与えるべきことを予測し、かつこれを回避すべき手段があること認識しつつ、回避すべき手段を講じないという消極的な意思作用に基づく行為」(前記東京高等裁判所判決)と解するとしても、認識を伴わない重過失は、損害の予見可能性及び結果回避可能性があり、かつ回避手段を取らないことについて著しい不注意があれば成立するのに対し、「予見」とは認識を伴う意思作用を意味するのであるから、認識を伴わない重過失による行為は弁護士特約条項3条1号の「予見しながら行った行為」に該当しない。」
(6) 原判決6頁16行目冒頭の「(3)」を削除する。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も、控訴人の被控訴人に対する本件請求は理由がないから棄却するのが相当であると判断する。その理由は、次のとおり訂正するほか、原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決9頁10行目の「エ及びオ」を「カ及びキ」に改める。
(2) 原判決9頁12行目から12頁2行目までを次のとおり改める。
「(2) ところで、本件保険契約上定められた弁護士特約条項3条1号後段が、被保険者が「他人に損害を与えるべきことを予見しながら行った行為(不作為を含みます。)に起因する賠償責任」を免責の対象としていることは、前記争いのない事実等(2)のとおりであるところ、上記行為は、他人に損害を与える蓋然性が高いことを認識しながら行為することを意味するものと解される。そして、このような行為のうち、作為とは、直接他人に損害を与える行為をすることを意味するのに対し、不作為とは、法令、契約、慣習又は条理に基づき他人に損害が発生することを防止すべき作為義務を負う者が当該損害の発生を防止する行為をしないことを意味するものと解される。
(3) そこで、上記(2)の要件該当性の有無につき検討する。
ア まず、他人に損害を与える蓋然性が高いことの認識の有無につき検討する。
控訴人が、a産業と顧問契約を締結した平成10年1月27日の時点で、a産業から相談を受け、Bに本件建物の修繕をさせるため、Bを交渉の席に着かせる手段として、賃料不払を行っていることを認識していたが、その一方で、a産業は、本件建物の瑕疵にかかわらず、本件店舗の営業をすることができており、Bの修繕未履行によって、a産業が賃料の支払を拒めるのは、賃料額の半額程度であろうと認識していたことは、上記(1)ア及びイ認定のとおりである。そして、その後、a産業が、約11か月もの間、本件店舗の営業を続けながら、賃料の支払をしなかった結果、平成10年12月11日に、未払賃料等合計1114万9739円を10日以内に支払わなければ、本件賃貸借契約を解除するという本件催告がされるに至ったことは、上記(1)エ認定のとおりである。かかる事実によれば、本件催告がされた当時、控訴人が、a産業がBに対し、本件催告に応じて、速やかに相当額の支払ないし供託をしなければ、本件賃貸借契約が解除されてしまう可能性があることを認識していたことは明らかである。そして、控訴人に対するa産業の依頼が、Bに本件店舗の修繕をさせることを狙いとするものであったことからすれば、a産業が、本件店舗からの撤退を望んでおらず、本件賃貸借契約の解除が、本件店舗で営業を行っているa産業に損害を与えるものであることを、当然に認識していたと認めることができる。
問題は、控訴人が損害発生の蓋然性が高いことを認識していたとまでいえるか否かであるが、通常の弁護士の知識水準を前提として、特定の措置(すなわち、賃料の支払又は供託)を講じない限り依頼者が損害を被る(すなわち、解除に至る)蓋然性の高い状況下において、当該特定の措置を講じることを指導助言しなかったというのであるから、控訴人が損害発生の蓋然性が高いことを認識しながら行為したと評価せざるを得ない。
イ 次に、他人に損害が発生することを防止すべき作為義務違反の有無について検討するに、①控訴人が、a産業と顧問契約を締結し、かつ、a産業から本件賃貸借契約について相談を受け、賃料全額不払いという戦術を指導していたこと、②本件賃貸借契約の解除による本件店舗の撤退という損害がa産業に発生することを防止する手段は、本件催告期間内に賃料(修繕義務未履行により賃料の一部の支払を拒めるのであれば、その残額部分)の支払又は供託をすることであり、弁護士である控訴人は、当然にそのことを認識していたと認められることからすると、控訴人は、顧問契約又は先行行為に基づき、少なくとも、本件催告についてa産業から相談を受けた際に、上記支払又は供託をしない限り本件賃貸借契約が解除され、本件建物を明け渡さなければならない旨説明し、可能な限り賃料を工面するように促す作為義務を負っていたものと認められる。
これに対し、控訴人は、賃料を支払わなくても明渡訴訟において敗訴する見込みが高いとは認識しておらず、解除が権利濫用に当たるとして争った場合に敗訴するかどうか分からなかった旨供述するけれども、司法修習終了後十数年間継続的に一般民事事件処理を含む法律事務を取り扱ってきた弁護士の供述としては措信し難い。
そして、控訴人は、a産業に対し、一般的抽象論として、賃料の支払を停止すれば本件賃貸借契約が解除されるおそれがあるという説明はしたものの、本件催告により解除が現実の危機となっており、本件催告に応じなければ本件賃貸借契約が解除され、本件店舗を明け渡さなければならなくなる旨説明して、事態の緊急性と重大性を認識させた上で、金策の具体的可能性を問うようなことをせず、Cとの間で、上記(1)エ認定の程度の会話を行うことしかしなかったのであるから、前記作為義務に反する不作為があったものと認められる。
ウ 控訴人は、本件催告当時、a産業は、本件催告に応じて賃料の支払又は供託をすることができなかったから、損害回避手段がなかったと主張するが、この主張は控訴人の上記不作為とa産業の損害との間の因果関係を争う趣旨のものと解される。
確かに、当時、Cが、控訴人の問いかけに対し、「まとまってそんだけの金額は今ちょっとできないですね。」と答えたことは上記(1)エ認定のとおりである。しかし、a産業が、自らの判断で、本件催告の約2か月後に、催告額の約8割の金額を供託していることは、上記(1)カ認定のとおりであって、a産業が、控訴人からの指示や助言がなく、事態の緊急性と重大性の認識があったとは認め難い状況で、かかる金額の供託を行っていることからすれば、本件催告時に、控訴人による適時適切な指導助言等が行われていれば、相当額の支払又は供託をすることができた高度の蓋然性があったと推認することができる。したがって、控訴人の上記不作為とa産業の損害との間に因果関係はあったと認めることができる。
控訴人は、Cの上記発言や、a産業が行った供託が、催告期限を過ぎ、催告額に満たないこと、a産業が銀行借入れ債務につき滞納していたことを指摘するが、いずれも現実に行われた供託に基づく上記推認を覆すに足りる事情とはいえない。
エ さらに、控訴人は、仮に、損害回避手段があったとしても、控訴人は、損害回避手段があることを認識していなかったとも主張する。
しかし、そもそも、控訴人が、a産業との間で、事態の緊急性と重大性を前提に、いつまでにどの程度の金額であれば支払又は供託ができるのかといった、資金繰り等に関する協議まで行わないことには、損害回避手段がないことの認識に達しようもないところ、そのような様子は窺われないのであって、単に控訴人がa産業に適時適切な指導助言等をしなかったために、損害回避手段の有無に対する明確な認識を持ち得なかったというにすぎないから、上記主張は採用できない。
オ 以上のとおり、控訴人は、本件催告時、本件賃貸借契約が解除され、a産業に損害が生じる可能性を認識し、損害発生の蓋然性が高いことを認識し、かつ、これを防止すべき義務があるのに、上記(1)エ認定の程度の会話を行うのみで、損害を防止すべき措置を具体的に指導しなかったというのであるから、かかる控訴人の不作為は、弁護士特約条項3条1号後段に定める「他人に損害を与えるべきことを予見しながら行った行為」に該当するものというべきである。」
(3) 原判決12頁3行目の「弁護士特約3条1号」を「弁護士特約条項3条1号後段」に改める。
2 よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島田清次郎 裁判官 山垣清正 浅井隆彦)