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大阪高等裁判所 平成18年(ネ)2953号 判決 2007年2月27日

控訴人(原告)

被控訴人(被告)

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は控訴人に対して、七七八万八六〇二円及び内金六五八万八六〇二円に対する平成一三年四月一二日から、内金一二〇万円に対する平成一六年四月一六日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は一、二審を通じて二分して、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

三  この判決の第一項(1)は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は控訴人に対し、二二〇〇万円及び内金二〇〇〇万円に対する平成一三年四月一二日から、内金二〇〇万円に対する平成一六年四月一六日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(4)  仮執行宣言

二  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  事案の概要

(1)  本件は、控訴人が、平成一三年四月一三日に控訴人の亡夫Aが自動二輪車の転倒事故(以下「本件事故」という。)で死亡したのは、被控訴人が公道上に自動車(以下「被告車両」という。)を長時間違法駐車していたことが原因であるとして、不法行為及び自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき逸失利益及び慰謝料等の内金二〇〇〇万円並びに弁護士費用二〇〇万円の損害賠償請求と遅延損害金の支払いを求めた事案である。

(2)  原審は、<1>不法行為については、被控訴人の過失を認めるに足りないから請求は失当であり、<2>自賠法三条に基づく請求については、被控訴人による被告車両の駐車も運行に当たると認められるが、<3>Aの直接の死因である脳挫傷がAと被告車両との衝突により生じたと認めることはできず、事実的因果関係自体が認められない、<4>仮に脳挫傷が被告車両との衝突によって生じたものであったとしても、被告車両の違法駐車とAの死亡との間には相当因果関係があるとは認められないから、運行によって生じたものとはいえない、と判断して、本件請求を全て棄却した。そこで、控訴人が控訴に及んだ。

二  前提事実及び争点

前提事実及び争点は、当審における補充主張等にかんがみ一部に付加訂正を行うほかは、原判決が「事実及び理由」中の第二の「二 当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実」及び「三 争点」として摘示するとおりであるから、以下にこれを引用する。なお、当審で付加訂正した主要な部分は、ゴシック体で表記する。

【当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実(証拠による場合は括弧内に証拠を記載する。)】

(1)  原告(控訴人)は、Aの配偶者である。なお、BはAの父親であり、CはAの母親である。

(2)  本件事故の発生

次のとおり、交通事故(本件事故)が発生した(甲一、甲六の一ないし三)。

ア 日時 平成一三年四月一二日 午後一〇時五七分ころ

イ 場所 大阪市生野区田島五丁目一番三〇号先の市道大阪環状線(通称今里筋、以下「本件道路」という。)上

ウ 関係車両

(ア) Aが運転する普通自動二輪車(車両番号<省略>、以下「A車両」という。)

(イ) 被告(被控訴人)が所有する普通乗用自動車(車両番号<省略>)

(ウ) 訴外Dが運転する普通乗用自動車(車両番号<省略>、以下「D車両」という。)

エ 事故態様 A(昭和○年○月○日生。本件事故当時三二歳)は、片側三車線の本件道路を北から南に向かって走行していた際に、何らかの理由で急ブレーキをかけ、その後転倒した車両と共に本件道路上を南向きに移動し、その後、Aの身体は、A車両から離れ本件道路の進行方向に向かって左側の車線(以下「第一車線」という。)上に駐車していた被告車両に衝突した(本件事故)。

A車両は、Aの身体と分離した後、本件道路上をさらに南向きに移動し、本件道路上に駐車していたD車両に衝突した(道路の名称については弁論の全趣旨)。

(3)  Aの死亡

Aは、本件事故直後、救急車で病院に搬送されたが、びまん性軸索損傷、脳挫傷、外傷性クモ膜下出血、脳内出血、脳室内出血、頭蓋底骨折、頬骨骨折、下顎骨骨折、左気胸、肺挫傷、左第九肋骨骨折、左肘打撲、左大腿後面挫創と診断され、本件事故発生の翌日である一三日午前六時一〇分、脳挫傷を直接の死因として死亡した(甲八の二の二、八の二の八)。

【争点】

(1)  民法七〇九条に基づく請求について被告に過失(注意義務違反)が認められるか(争点一)。

(控訴人の主張)

本件道路は、終日駐車禁止の道路であるにもかかわらず、被告は、本件事故発生の約七時間前から駐車違反の状態で第一車線に自車を違法に駐車させていたものであり、本件事故は、この違法駐車により発生したものであるから、被告には、本件事故の発生を未然に防止すべき注意義務を怠った過失がある。本件事故が被告車両を避けようとして発生したものか否かは、被告車両の注意義務違反の存否を判断するに際して問題とすべき事柄ではなく、被控訴人の過失が認められた後に損害賠償額の判断をするに際して、過失相殺の根拠となる事実として検討すべき事柄であるに過ぎない。

(被控訴人の主張)

本件道路に駐車すること自体が違法であっても、被告車両を駐車する際に、駐車自体と直接関係なく、かなり離れた位置で転倒した単車の運転者の身体が路面を滑走して被告車両に衝突することまで予見することは不可能であるから、被控訴人に注意義務違反はない。

(2)  自賠法三条に基づく請求についてAの死亡は「運行によって」生じたといえるか(因果関係の有無)(争点二)。

(控訴人の主張)

Aは、A車両から体が投げ出された後、道路に着地することなく、直接、被告車両に上半身をぶつけ、ヘルメットは装着していたものの、衝撃の強さにより、直接の死因となった脳挫傷を含む様々な損傷を被ったものである。このことは、Aの死亡証明書によれば、Aの上半身に高エネルギー外傷と解される多数の損傷が認められる一方、下半身には余り損傷がないこと、またAの顔面等にも出血はないこと、他方、A車両はAが被告車両と衝突した位置より四〇m以上も先のD車両に衝突しており、Aの身体も衝突時には同様の運動エネルギーを保持していたと考えられることからも裏付けられる。したがって、Aの死因である脳挫傷はAと被告車両の衝突により生じたことは明らかであるというべきである。

また、自賠法は交通事故の被害者を救済するための法律であり、被害者側にいかに過失があろうとも、運行供用者の側が無過失でない限り、少なくとも半額の保険金が支払われることになっている。このような制度の趣旨は相当因果関係の判断においても無視し得ない。本件は自賠法三条但書の免責の抗弁を認めるべき事案とは到底考えがたいというべきである。

(被控訴人の主張)

A及びA車両の滑走距離からみてA車両は転倒直前に相当の高速で走行しており、Aは転倒して路上に投げ出された時及び被告車両と衝突するまで三〇メートル以上路面滑走する間に既に相当の負傷をしていたと考えられるのであり、Aの致命傷である脳挫傷がAの身体と被告車両との衝突の前後いずれの時点で生じたものか明らかでなく、この点で因果関係を欠く。

本件においては、被告車両の駐車は一次的な事故(A自らの転倒)の発生に寄与していない。このような場合、駐車形態が一般の違法駐車車両に比して著しく危険であるなどの特段の事情がない限り、駐車と受傷ないし死亡との間には相当因果関係がないと解すべきであり、本件の被告の駐車の態様は、一般の違法駐車車両に比べ著しく危険とはいえないから、本件においては、因果関係はない。

仮に、被告車両が駐車ではなく停車していたに過ぎなかったとしても同様の結果が発生しすることは回避し得ない。さらに、被告車両が駐車していなかったとすれば、被告車両の直前(南側)に歩道に半分くらい乗り上げて駐車していた他の駐車車両(甲第六号証の二記載の「○の車」)に衝突したか、あるいは歩道上に置かれていた植木鉢等に衝突して、同様の結果に至っていたと考えられる。したがって、被告車両の駐車とAの死亡との間には相当因果関係はない。

(3)  民法七〇九条に基づく請求について因果関係が認められるか(争点三)。

(控訴人の主張)

争点二における控訴人の主張と同じ。

(被控訴人の主張)

争点二における被控訴人の主張と同じ。

(4)  過失相殺(争点四)

(被控訴人の主張)

仮に、被控訴人に何らかの過失があったとしても、Aには大幅な過失があるから、予備的に過失相殺がされるべきである。

(5)  損害の発生及び損害額(争点五)

(控訴人の主張)

ア Aの損害

(ア) 死亡逸失利益 五八三三万〇六〇二円

基礎収入額を平成一二年の賃金センサス産業計、企業規模計、男子労働者三〇歳から三四歳の平均給与額五〇八万九一〇〇円とし、生活費相当分(生活費控除率は三〇%)を控除し、就労可能年数を三五年(ライプニッツ係数 一六・三七四一)として算出した額は、五八三三万〇六〇二円である。

(イ) 死亡慰謝料 二七〇〇万円

イ 原告固有の損害

(ア) 入院治療費 三万七五〇〇円

(イ) 葬儀関係費用 一二〇万円

(ウ) 慰謝料 一〇〇〇万円

ウ 弁護士費用 二〇〇万円

(被控訴人の主張)

ア 死亡逸失利益

Aの本件事故当時の就労状況は立証されておらず、年齢層別賃金センサスに基づいて主張する基礎収入額が将来にわたって得られる蓋然性も立証されていない。また、生活費控除率三〇パーセントは低きに失する。

イ 死亡慰謝料

A固有の死亡慰謝料及び原告固有の死亡慰謝料はいずれも高きに失する。

第三当裁判所の判断

一  判断の大要

当裁判所は、原審とは異なり、次のように判断する。

(1)  Aの直接の死因である脳挫傷は、駐車していた被告車両とAの衝突によって生じたものであり、本件の事情のもとでは自賠法三条にいう被告車両の運行によって生じたものというべきである。したがって、被控訴人は自賠法三条に基づく損害賠償責任を負う。

(2)  しかし、本件事故の発端となったA車両の転倒自体は、Aが自らの過失により招いたものと推認され、被告車両の違法駐車の本件事故の発生に対する寄与割合を考慮すると、控訴人の損害賠償請求については八割の過失相殺をすべきである。

(3)  その結果、控訴人の請求は、被控訴人に対して、金七七八万八六〇二円と弁護士費用を除く六五八万八六〇二円に対する本件事故の日である平成一三年四月一二日から、弁護士費用分一二〇万円に対する訴状送達の日の翌日である平成一六年四月一六日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容すべきである。

その詳細は以下のとおりである。

二  本件事故の具体的状況

(1)  前提事実及び証拠(甲二、六の一ないし三、七の二、八の二、一〇、一三の二の一ないし一三、乙六)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア Aは、A車両を運転して、片側三車線の幹線道路である本件道路の第二車線を南向きに走行し、本件事故発生地点の北にある信号機による交通規制がされている交差点(田島五丁目交差点)に入った時点で、急ブレーキをかけた。そして、同交差点南側の横断歩道を越えて長さ約八mのスリップ痕を残し、その後、別紙図面(原判決別紙図面と同じ)の<1>記載の地点(以下同図面中の地点を「<1>の地点」のように略称する。)の手前付近で、A車両は車体の左側を下にして転倒する形となり、その状態で進行した後、<2>の地点付近でAの身体とA車両とが分離し、Aの身体は左斜め前方に駐車していた被告車両と衝突して停止し、他方、A車両は更に滑走して<ア>の地点に駐車していたD車両に衝突して停止した(ただし、後述のように<1>、<2>の地点は必ずしも正確ではない。)。

イ 被控訴人は、本件事故発生の約七時間前から、被告車両を第一車線の○の地点に駐車しており、被告車両の右側面と本件道路の東側歩道の縁石との距離は約二・一〇mであった。また、被告車両の駐車位置付近の歩道上には、植木鉢やプランター等が多数置かれていた。なお、本件道路は終日駐車禁止場所と指定されていた。

ウ 本件事故当時、別紙図面には記載されていないが被告車両の更に南前方には歩道に半分ほど乗り上げるような形で他の四輪自動車一台が駐車していた。

エ Aは、搬送された大阪市立大学附属病院で死亡したが、外傷としては、左大腿後面の高度挫創、左肘打撲、右耳及び口腔内からの出血があり、CT及びレントゲン検査の結果、瀰漫性軸索損傷、脳挫傷、外傷性クモ膜下出血、脳内出血、脳室内出血、頭蓋底骨折、頬骨骨折、下顎骨骨折、左気胸、肺挫傷、左第九肋骨骨折と診断された。なお、カルテには発見時の状況について「車の下にうつぶせになっているところを発見された。(ヘルメット(+))。」と記載されている。担当医師は、Aの死因はかなりの強さで頭部を打撲したことによる高エネルギー外傷としての脳挫傷と判断した。

オ A車両は車体の外部には繊維強化プラスチック(FRP)製のカウル(外装)が装備されていたところ、本件事故により擦過した損傷はあるものの、車体から分離してはいない。また、Aのヘルメット、着衣等にも目立った損傷は認められない。被告車両は後部バンパーの左側部分にへこみが生じ、またバンパー内側のマフラー(消音器)にもつよい外力が働いて移動変形が生じており、被告車両のバックゲート左下部からバンパー左側部分にかけて強い衝突が生じた痕跡がある。

(2)  本件事故については、警察の捜査においては、いわゆる自損事故として取扱われたために刑事事件の捜査結果を十分利用することができず、資料が十分でない。別紙図面は警察による実況見分調書であるが、路面に残された客観的な痕跡は、長さ約八メートルのスリップ痕とその先の擦過跡と被告車両後部付近の血痕のみで、A車両の転倒及び路面滑走の開始位置は必ずしも明らかではない。<1>及び<2>の点は、路上を歩行していた目撃者の指示した地点であるが、瞬間的な事故の発生状況については必ずしも正確な認識を期待しがたい上(甲一四)、供述調書自体は証拠として利用できず、供述内容によってその正確性を分析することもできない。そうすると、A車両が急ブレーキをかけてスリップ痕を生じてから途中で転倒滑走しながら約八六メートルも進行して他車と衝突して停車していることからすると、A車両がかなりの高速度を出していたことがうかがえるが、その速度や、転倒位置等は必ずしも明らかでないといわざるを得ない。被控訴人は、A車両が本件事故当時に時速一〇〇km以上を出していたとの意見書(乙一〇の一、二)を提出しているが、同意見書は路面滑走距離七八メートルを前提とするところ、控訴人及び反対の意見書(甲一四)も指摘するように、滑走距離が七八メートルとする客観的根拠は乏しく、同意見書の結論を採用することはできない。

次に、(1)の認定事実によれば、Aの身体には、左大腿後部に高度の挫創があるほかは目立った外傷はない。この左大腿後面の高度の挫創(甲八の二[枝番を含む])は、その部位、形状及び程度からすると、道路面との擦過によって生じたような傷ではなく、Aが車体の下でうつぶせになって発見されたということを合わせ考えると、被告車両との衝突によるものと推認される。そして、他に、ヘルメットや着衣にも滑走によって生じた擦過痕等は存在しないから、Aの身体自体が路面に衝突して滑走して擦過痕を生じた可能性は少ない。むしろ、Aの身体はA車両と共に滑走中は、車両のFRP製のカウル(外装)で保護される形になっていたと考えられ、A車両と分離後、Aは、路面に激突することなどないまま直接被告車両に衝突したものと推認するのが相当である。なお、被告車両に衝突したときAがヘルメットを着用していたか否かに関して、カルテ上には前記のように「ヘルメット(+)」との記載があり、これは救急隊員等からの聞き込みを記載したものと考えられるから、衝突当時、Aはヘルメットを着用していた可能性がある。もっとも、甲第一四号証中にはヘルメットを着用していた場合に、頭部や下顎部の骨折は生じないとの記載があるが、極めて強い衝撃があった場合にも同様に言えるかは疑問である。しかし、いずれにせよ、上記認定のようにAに頭蓋底骨折、脳挫傷、頬骨骨折、下顎骨骨折等が存在することからすると、Aが極めて大きな力で被告車両に衝突し、頭部に強い衝撃を受け、これが直接の死因となって死亡したことは明らかである。

三  自賠法三条の責任について

(1)  被告車両は前記のように、結果的に七時間にわたって本件事故現場に駐車されていたものであるが、前記のように駐車禁止場所であること等を考慮すれば、被告車両を長期間放置するという趣旨ではなく、一時的な駐車に留まり、運転を再開することが予定されていたものと認められ、なお運行状態にあったものと認められる。

(2)  次に、本件事故が被告車両の上記運行によって生じたものか否かを検討する。

ア 上記認定のとおり、Aは被告車両と衝突した結果、頭部に強い衝撃を受け、脳挫傷により死亡したものと認められる。これに対し、被控訴人は、被告車両が駐車していなかったとしても、被告車両の前方には他の車両も存在し、また、被告車両が違法駐車したのではなく、その時間に偶然停車しただけであっても同様の結果が生じた可能性が強いとして、被告車両の駐車とAの死亡との間には因果関係がないと主張する。しかし、以上のとおり被告車両と衝突した結果、Aの脳挫傷が生じ死亡したと認められ、被告車両がなくても同様の結果が生じ当該死亡が避けられなかったと認めるに足る証拠はないから、被告車両の駐車とAの死亡との間には、事実的な意味での因果関係があることは明らかである。問題は、そのような場合がすべて自賠法三条の「運行によって他人の生命又は身体を害した場合」にあたるといえるか否かである。

イ 自賠法は、自動車の運行によって人の生命又は身体が害された場合における損害賠償を保障する制度を確立することにより、被害者の保護を図り、あわせて自動車運送の健全な発達に資することを目的とする(同法一条)。すなわち、同法は、自動車の運行によって社会的に見れば一定の割合でいわば不可避的に発生する交通事故の損害について、保険原理を通じて自動車運行供用者全体にその危険を分散して、全体の負担において個別被害の救済を図ろうとする制度であり、自賠法三条はその責任原因を根拠づけるものである(もっとも、自賠法三条の責任は、自賠法に基づくいわゆる強制保険の限度での責任に限定されるものではないが、今日ではその超過する部分はいわゆる任意保険の普及によってカバーされている。)。

ところで、自動車の運行によって生ずる危険の態様は実に様々であって、人がこれを予見し予測し尽くすことは困難であり、単に予見可能性をもって損害救済の範囲を画するとすれば、自動車の運行によって客観的に生ずる危険あるいはそれによって生ずる損害の救済の範囲を狭めることになり、上記制度の趣旨を十分に生かすことができないおそれがある。そこで、自賠法三条にいう「運行によって」の解釈としては、運行の概念を広く解するとともに、運行によって通常生ずる可能性のある危険をなるべく広く賠償の対象として取り込んで、被害者の保護を図るのが相当である。

そこで、以下、これを本件幹線道路上の違法駐車(これが「運行」にあたることは上記のとおりである。)について具体的に検討する。駐車車両に関連して生ずる事故の類型としては、<1>駐車中の自動車に前方不注意の対向車や後続車が衝突するという典型的な場合のほかにも、<2>駐車中の自動車を避けようとして進路変更した車に、前方からあるいは後方から進行してきた車が衝突する場合や、<3>他車との衝突を避けようとした車がたまたま駐車中の自動車に衝突する場合や、<4>何らかの原因でコントロールを失った車がそのまま駐車中の自動車に衝突する場合や、<5>駐車中の自動車により道幅が狭められあるいは見通しが妨げられ、そのことが間接的に事故を誘発する場合など、様々な類型が考えられる。ちなみに、本件事故は、コントロールを失った二輪車から投げ出された乗員が駐車中の自動車に衝突して死亡した事例であるが、コントロールを失った二輪車自体が駐車中の自動車に衝突して乗員が死傷した場合と本質的な差があるとは考えられないから<4>の類型に属するものといえよう。そして、上記<3>と<4>の類型では、駐車中の自動車そのものは事故の第一次的な原因にはなっていないともいえるが、本来は障害物があってはならない道路上に駐車中の自動車があったがために生じ、あるいは損害が拡大した事故であることは明らかであり、上記自賠法の趣旨に照らすと、これも運行によって生じた交通事故にあたると解するのが相当である。すなわち、本件事故も自動車の運行(この場合は駐車)が交通の安全に及ぼす危険が現実化して生じた交通事故の一つと解されるのである。このことは、いわゆる二重衝突事故や三重衝突事故の事例に照らしても明らかである。最初の衝突によってコントロールを失った車が付近を走行中の自動車を事故に巻き込んだり、巻き込まれた車が更に他車を巻き込んだり、事故を避けて停車した車に他車が衝突し、押し込んで二重に衝突したりするといったようないわゆる多重衝突事故は、決してまれではないが、そのような場合には、関係する車両相互の運行によって当該交通事故が生じたと解するほうが自然であろう。もっとも、そのような場合に、巻き込まれた自動車の運行供用者全部が必ずしも自賠法三条の賠償責任を負担するべきものではないが、それは同条但書きの免責の適用の問題であって、当該交通事故が関係する車両全ての相互の運行によって生じた事故であること自体が否定されるわけではない。さらに、仮に本件事故が、A車両が転倒した後にたまたま走行してきた後続車がこれを回避できずに衝突し轢過したような場合であったとすれば、(後続車の運行供用者に自賠法三条但書きの免責が認められるかどうかはともかく)事故が後続車の運行によって生じたということ自体については、疑問がないといえよう。そして、本件の駐車も自賠法三条の運行の一態様であることからすれば、本件事故も自賠法の関係ではそのような場合と本質的な意味での差はないと解するのが相当である。

ウ 以上の次第で、自賠法三条の趣旨にかんがみれば、本件事故は、被告車両の上記運行によって生じたものと解される。これに対し、被控訴人は、本件事故のような態様の事故は予見不可能であり、相当因果関係がないと主張するが、「運行によって」ということの意義を通常の意味での予見可能性や相当性を基準に解釈することは必ずしも適切とはいえないことは上記のとおりであって、自賠法の関係において因果関係の相当性は否定されないから、被控訴人の主張は採用できない。

(3)  したがって、被告車両の運行供用者である被控訴人は、自賠法三条本文に基づき、本件事故によって生じた損害を賠償する責めに任ずる。

四  損害額について

(1)  Aの損害

ア 死亡逸失利益 二〇〇五万八二七二円

控訴人は、基礎収入額を平成一二年の賃金センサスの男子労働者三〇歳から三四歳の平均給与額によるべきことを主張するが、Aがそれまでいかなる仕事に従事し、どのような収入を得ていたかは本件証拠上明らかではなく、前記平均給与額の収入を得られた蓋然性があるか否かは明らかではない。なお、控訴人の平成一七年四月一八日付け準備書面には、Aは当時食品関係の仕事を自営でしていたとの記載があるが、これを裏付ける証拠は提出されていない。そして、甲第一八号証の納税証明書によれば、本件事故の前年度のAの収入は給与収入として二四五万円であることが認められるので、逸失利益算定の基礎収入は同金額によるのが相当である。また、甲第三号証によればAは控訴人と平成一一年九月に結婚していたと認められるが、主としてAの収入によって家計が維持されていたと認めるべき証拠もない(ちなみに、甲第一八号証によると配偶者控除は〇円となっている)ので、生活費控除率は五〇%とするのが相当である。甲第三号証によれば、Aは死亡当時三二歳であったと認められるから、就労可能年数は三五年として、ライプニッツ係数一六・三七四一により年五分の割合による中間利息の控除をして逸失利益の現価を計算すると、死亡逸失利益は二〇〇五万八二七二円となる。

計算式 2,450,000×0.5×16.3741=20,058,272

イ 死亡慰謝料 二〇〇〇万円

慰謝料としては前記のとおり、主としてAの収入によって家計が維持されていたと認めるべき証拠がないので前記金額が相当と認める。

ウ 過失相殺後の残額

前記のとおり、本件事故は第一次的にはAの自招事故であって、転倒滑走後たまたま被告車両に衝突したのにとどまり、被告車両の違法駐車の本件事故全体に対する寄与割合は低いから、八割の過失相殺をするのが相当である。前記損害額について過失相殺をすると、残額は八〇一万一六五四円となる。

エ 相続

控訴人はAの配偶者で子はなく、甲第一二号証によればAの両親が他の相続人であったと認められるから、控訴人は前記のAの損害額のうち三分の二に当たる五三四万一一〇二円を相続したものと認められる。

(2)  控訴人の固有損害

ア 入院治療費 三万七五〇〇円

甲第四号証によれば、控訴人がAの治療費(文書料を含む。)として三万七五〇〇円を支払ったことが認められる。

イ 葬儀関係費用 一二〇万円

弁論の全趣旨によれば、控訴人がAの葬儀を営んだものと認められ、その費用として一二〇万円を損害と認める。

ウ 固有慰謝料 五〇〇万円

エ 過失相殺後の残額 一二四万七五〇〇円

(3)  弁護士費用

乙第二ないし四号証及び弁論の全趣旨によると、控訴人は弁護士に依頼して本件訴訟を提起することを余儀なくされたことが明らかであり、本件事案の内容、認容額、自賠責保険金請求手続や私的鑑定を含む本件訴訟の経緯等にかんがみ、弁護士費用のうち一二〇万円は本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

五  結論

以上の次第で、控訴人の本件損害賠償請求は、合計七七八万八六〇二円と内金六五八万八六〇二円に対する本件事故の日である平成一三年四月一二日から、内金一二〇万円に対する訴状送達の日の翌日である平成一六年四月一六日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がない。よって、これと異なる原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 小田耕治 富川照雄 小林久起)

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