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大阪高等裁判所 平成18年(ネ)530号 判決 2006年6月27日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  控訴人は、被控訴人に対し、44万9964円及びうち19万9964円に対する平成17年1月12日から、うち25万円に対する同年3月31日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人のその余の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、第1、2審とも、これを6分し、その1を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

3  この判決の第1項(1)は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

第2  被控訴人の請求の趣旨

控訴人は、被控訴人に対し、281万0115円及びうち239万6557円に対する平成16年12月28日から、うち40万円に対する平成17年3月31日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第3  事案の概要

1  本件は、被控訴人により、次の請求がされた事案である。

下記(1)、(2)及び(4)の合計は、請求額では281万0115円、原判決認容額では262万0127円である。

(1)  継続的な貸付け、利息制限法所定の利息を超える利息等の返済の取引により生じた不当利得の返還請求

239万6557円(原判決認容額は236万3415円)(請求額は原判決別紙原告計算書末尾<19頁>、原判決認容額は原判決別紙計算書末尾<15頁>)

(2)  上記に対し悪意の受益者が支払うべき平成16年11月16日から同年12月27日までの利息

1万3558円(原判決認容額は6712円)(請求額は原判決別紙原告計算書末尾<19頁>、原判決認容額は原判決別紙計算書末尾<15頁>)

(3)  前記(1)の不当利得金に対する平成16年12月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息又は遅延損害金

(4)  取引履歴不開示の不法行為による損害賠償請求40万円(原判決認容額は25万円)

(5)  (4)に対する平成17年3月31日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金

2  争いのない事実等及び争点

次のとおり改めるほかは、原判決「第2 事案の概要」1及び2(2頁1の1行目から6頁第3の上の行まで)の記載を引用する。

(1)  2頁2の上3、4行目及び同頁下から5、6行目の各「平成6年12月23日の22万円の借入れ」を、いずれも「平成6年5月4日の12万円の借入れ」と改める。

(2)  2頁2の上2行目の「とおりである」の次に次のとおり加える。

「。ただし、平成15年6月27日には貸付けに対する弁済はなく、平成14年12月27日及び平成15年7月28日には、貸付けに対する弁済は、それぞれ3万円及び10万3393円である(原判決別紙被告計算書(2)のとおり・原判決別紙計算書の数値は、立替金の弁済を含んでいると認められる。)」

(3)  3頁7行目から同頁(2)の上の行までを次のとおり改める。

「(控訴人)

ア 第一次的な主張

(ア) 各貸付けにより成立する貸金債権は、それぞれ別個であり、弁済については、それぞれどの債権に充当されるかを決める必要がある。控訴人は、被控訴人に対して、新規の取引があるたびに毎月の支払額(ただし、元利金の区分は明示しない。)及び残存債務についての償還予定を記載した支払案内を送付し、約定返済日前にも被控訴人に対して当月の請求額等を記載した「ご利用代金明細書」を送付しているから、被控訴人も、控訴人が想定する充当を了解していると解される。

(イ) 利息制限法所定の利率を超える弁済がされた場合には、過払金は、まず当該債権の元本に充当され、それでも過払となる金員があれば、そのとき存在する他の債権に充当されるが、そのとき存在しない将来発生する債権に充当されることはなく、その場合にはそこで不当利得返還請求権が成立する。

(ウ) 不当利得返還請求権が成立した後に貸付けが行われても、過払金がその貸付けに充当されたり貸付けとして交付された金員が不当利得返還請求債権の弁済に充当されることはなく、不当利得返還請求権と貸金債権とが並立する。

(エ) 不当利得返還請求権と貸金債権とを差し引き決済するのであれば、相殺の意思表示が必要である。

(オ) 本件訴えの提起から10年以上前にされた貸付け(平成6年12月23日までのもの)に関しては、その弁済により発生する不当利得返還請求権は、消滅時効により消滅する。本件訴えの提起前10年以内の貸付け(平成7年5月8日以後のもの)につき、弁済された金員が利息制限法所定の利息を超える際に元金や弁済時存在する他の債権に充当されるという前提で引き直し計算をすると、控訴人は、被控訴人に対して、33万1924円の貸金債権を有するし、仮に時効消滅した不当利得返還請求権と相殺されるとしても、貸金債権の総額が0になることはない。

イ 第二次的な主張

仮に被控訴人が主張するような計算方法によるとしても、平成3年5月27日の弁済以前の取引と、平成6年5月4日の貸付け以後の取引とでは、約3年間の間隔があり、上記各取引は、別個のものと解すべきである。平成3年5月27日の弁済以前に発生した不当利得返還請求権は、平成6年5月4日以後の取引によっても影響されず、後記のとおり、時効により消滅する。平成6年5月4日の貸付け以後の取引につき被控訴人が主張するような計算方法により計算すると、原判決別紙被告計算書(2)のとおり、控訴人の不当利得の額は、20万円程度となる。

また、平成3年5月27日以前の取引による控訴人の不当利得の額については、貸付けなく弁済がされることはあり得ず、被控訴人がした弁済に関する控訴人の記録に弁済対象となる債権の連番と弁済額が記録されていることから、貸付けの内容について合理的な推計をすることができる。これを前提に被控訴人が主張するような計算方法により計算すると、原判決別紙被告計算書(3)のとおり、控訴人の不当利得の額は、22万2392円となる。

いずれにせよ、被控訴人が主張するような多額の不当利得返還請求権は、成立しない。」

(4)  4頁最下行の「全く」を「概略しか」と改める。

第4  当裁判所の判断

1  貸付け等が個別か一体かについて

争点(1)から(3)においては、前提問題として、利息制限法所定の利息を前提とした充当計算を行う際、各貸付けを個別のものと扱うか一体のものと扱うか、特に個別のものと扱うとして充当計算をどのようにするかなどについて、控訴人と被控訴人との主張に対立がある。

よって、これについて先に判断する。

(1)  被控訴人の主張の解釈

ア 被控訴人の主張は、文章による部分と計算書や提出された証拠などからうかがわれる部分とを総合すると、次のとおりであり、交互計算のように考えていると解される。以下、このような計算方法に従う取引を、「一体型の取引」ともいう。

(ア) 各貸付けは、合算されて1個の貸付けとなり、弁済は、その1個の債権に対する弁済として扱われ、充当先を決定する必要はない。

(イ) 過払金が生じた場合は、不当利得返還請求権が成立する。悪意の受益者については、利息債権も成立する。その後貸付けがされた場合には、その貸付金と不当利得金についての利息債権、不当利得返還請求権とが順に当然に差し引き計算され、発生する貸金債権額は、貸付額から上記利息債権及び不当利得返還請求権とを差し引いた額についてである。これは、上記利息及び過払金が貸金債権の発生と同時にそれに充当されるとも説明できるし、貸付金として支払われた金員が上記利息債権、不当利得返還請求債権の順に当然に充当されるとも説明できる。

(ウ) 複数の弁済により不当利得返還請求権が成立した場合にも、全体として1個の債権として扱われる。

(エ) 消滅時効は、取引が終了してから、すなわち貸付け又は返済が最後に行われたときから起算する。この時点ではじめて全体として1個の不当利得返還請求権の額が確定し、その行使が可能になるからである。

イ なお、本件では、被控訴人は、平成元年10月27日から不当利得返還請求権が成立し、控訴人の被控訴人に対する貸金債権が最初から最後まで成立しないと主張しているから、各貸付けが個別のものとして扱われるとしても、被控訴人の主張を基礎付けることは可能であるとも考えられる。しかし、各貸付けを個別のものとして扱うと、利息制限法所定の利息の計算は、当初の元本額が10万円未満か10万円以上100万円未満か100万円以上かに応じて、それぞれ利息制限法所定の利率で計算されることになると考えられる。ところが、証拠(甲16)によれば、同種の別の訴訟において、過払金の返還を請求する側は、利息制限法所定の利息を各貸付けの額ごとに区別して計算してはいないと認められる。各貸付けによる貸金債権を個別のものと扱うのは、被控訴人の意に沿わないと解される。消滅時効に関しても、各弁済ごとに別個の不当利得返還請求権が成立するとすると、各弁済時からそれぞれ行使可能であり時効期間が進行するとも考えられるので、やはり被控訴人の主張には沿わないと考えられる。

(2)  事実関係

各項末尾に記載した証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。なお、当裁判所に顕著な事実も掲げる。

ア 本件カード契約の申込書の裏面には、本件カード契約の規約が一部記載されている。

その中には、次の規定がある。(乙1)

第1章 一般条項

第5条 (カードの機能)

会員は、次章以下の規定に基づきカードを利用して当社の加盟店でお買物やサービスの提供(以下「カードショッピング」といいます。)と、当社からの金銭の借入れ(以下「カードキャッシング」といいます。)を受けることができます。

第3章 カードキャッシング条項

第2条 (カードキャッシングの利息計算) カードキャッシングの利息計算は、アドオン方式(円未満は切り捨て)によるものとし、会員は、融資金にアドオン方式で算出された利息を加えた額(以下「カードキャッシングの返済金」といいます。)を当社に返済していただきます。尚、利息は、金融情勢等の変動により改定させていただくことがあります。

第3条 (カードキャッシングの利用限度額) カードキャッシングの利用限度額は、第1章第4条で定める範囲内でかつ当社が定めた金額とし会員に通知するものとします。

第4条 (キャッシングサービス)

(2)  返済回数、返済期間、実質年率等は、下記のとおりとします。

返済回数(回) 1 3 6 10 15 20

返済期間(カ月) 1 3 6 10 15 20

実質年率 17.3~36.5 30.4 34.2 35.6 35.9 35.6

利率(アドオン) 2.7 5.1 10.2 17.0 25.5 34.0

(3)  キャッシングサービスの返済金は、原則として毎月末日までのご利用分について、翌月27日を初回返済日として返済していただきます。尚、返済方法は、毎月元利均等分割返済方式とします。

イ 西ヶ谷葉子「クレジット・金融用語辞典<改訂版>」6頁は、アドオン方式とは、利息の計算方式で、あらかじめ元金に対して貸出期間と所定の年利率を掛けて利息額を算出し、元金と利息の総額を割賦回数で割って毎回の返済額を決めるものと説明している。(当裁判所に顕著)

ウ 本件カード契約の申込書の裏面には、複数の貸付けが行われた場合、それを合算して1個の債権として計算するのか、個々の貸金債権として別々に扱うのか、また利息制限法を超える支払により過払となった場合にどのような充当関係になるのかについて、直接の記載はない。(乙1)

エ 控訴人が弁済を受けると、それは、コンピューターに記録される。控訴人は、平成2年1月に勘定系及び情報系のホストコンピューターに関するシステムを変えた。平成2年1月以後のシステムにおいては、同月以後の返済について、弁済日、弁済合計額及び貸付けごとの充当額及びその元利金の内訳が記録される。平成元年以前の弁済については、問い合わせ等に対応する必要から、平成2年1月以後のシステムにおいても、弁済日、弁済合計額だけは記録される。

控訴人は、これとは別に、請求の内容に関する情報を、「カード計算書」として過去少なくとも10年間は保管している。この中には、請求する債権に関する情報もあり、それが分割払いであれば、分割払額と支払内容とを対照させ、ある程度の推計はできる。

なお、控訴人は、貸付け等をすると、その取引に、5001番から始まる連番を付ける。ただし、貸付け等の残高が0となり一定期間が経過すると、その後の貸付け等には、再び5001番からの連番を付ける。(甲4、乙4から6)

オ 被控訴人による弁済は、おおむね毎月27日に行われ、その額は、多くは3万円であるが、1万円という月もあり、3万円を超える月もある。控訴人側で記録された各弁済の内訳は、利息だけのものもあれば、元金及び利息となっているものもある。また、弁済記録に記載されている中には、立替金の返済(元金のみ計上)も若干ある。同一番号の元金又は利息が複数回にわたり弁済されたことになっているものもある。また、債権別にみると、借入後翌月27日に元利とも一括弁済されたもの(平成6年10月16日に借り入れられた5万円<連番5003>及び10万円<5004>)、借入後翌月27日から元金の分割弁済が始まり合計12回で弁済されたもの(平成6年5月4日に借り入れられた12万円<連番5001>)、借入後7か月後の27日から6回にわたり元金が分割弁済されたもの(平成6年10月7日に借り入れられた10万円<連番5002>)もある。なお、毎月の元利合計の返済額は、均等になるのが原則ではあるが、他の債権との関係で、そうならない場合がある。平成6年5月4日に借り入れられた12万円(連番5001)がその例であり、同年6月から10月までは毎月元利合計1万円ずつ返済されていたが、同年11月には、元利合計が5029円となり、連番5002の利息との合計額が1万円となっている。なお、平成3年5月27日と平成6年6月27日の間には、カード会員料の支払はあり、会員番号も変更されていない。(乙2、5)

カ 借入れの利率について、上記平成6年10月16日に借り入れられた10万円は、借入日から返済日(同年11月28日)まで合計44日に対して利息が3267円であり、利率は、27.10125%となる。計算は、100,000×0.2710125×44÷365=3267となる。また、平成6年10月7日に借り入れられた10万円については、同年12月から平成7年4月までは、元金の返済がなく、毎月2999円の利息が記録されているが、これは、10万円に対しては、月利2.999%(年利35.988%)となる。計算は、100,000×0.35988÷12=2999となる。(乙5)

キ 控訴人は、原審第1回口頭弁論期日において、控訴人が認める過払金は原判決別紙被告計算書(2)のとおり20万9964円だけである(原審準備書面1の2頁「(3)」)と述べていたが、当審において、平成6年以後の取引について、各貸付けによる貸金債権がそれぞれ個別のものであることを前提に超過額をその当時存在する他の債権に充当することを前提とした計算書を提出し、過払金は存在しないと主張した。(当裁判所に顕著)

(3)  判断

複数の貸付けを個別のものと扱うか一体のものと扱うかは、当事者の意思により決定されるといえる。充当についても、当事者の意思により決められる部分が多いといえる。

これまで認めた事実によれば、控訴人は、確かに、約定された利率による利息を当然収受できることを前提として、各貸付けをそれぞれ別個に扱う計算をしてきているといえるし、立替金との区別もしているといえる。

しかし、これまで認めた事実によれば、控訴人は、被控訴人から、利息として、利息制限法所定の利率を超えた金員を収受している。過払金が元金に充当され、元金がなくなれば過払金が他の債権に充当されるなどの結果、不当利得返還請求権が生じるから、約定利息を前提とした充当計算は、そのまま維持することはできず、そのような場合には、充当計算について別の考え方を採る余地があるともいえる。約定利息を前提とした充当計算を借主側が当然に容認するとも考えがたい。

そして、前記のとおり、本件カード契約の申込書の裏面に記載された規約にも、利息制限法に基づく計算をした場合に、どのような充当計算をするかは、明確に記載されていない。もっとも、本件カード契約の申込書の裏面に記載された規約では、各貸付けにつき異なる返済条件が適用されることから、各貸付けによる貸金債権は個別であり、各債権の個別性や各債権への充当額そのものは、利息制限法所定の金利を前提とする引き直し計算においてもそのとおり維持されうるかにみえる。しかし、これまで認めた事実によれば、実際の取引では、本件カード契約の申込書の裏面にある規約と異なり、必ずしも毎回の分割弁済額が同一でなかったり、返済回数が12回になっていたりする例もあるし、各取引の約定利息が前記規約と整合するのかも明らかでない。そうすると、本件カード契約における貸付けは、複雑な内容を有し、消費者にとってわかりにくいものであったといえるから、規約の記載をそのまま前提にできるかどうかは疑問であるといわざるを得ない。

また、控訴人も、前記のとおり、各貸付けが個別であること及び利息制限法所定の利息を前提とした充当計算の結果を提出したのは、当審においてであり、それも、平成6年5月4日から平成6年12月23日にかけて行われた貸付け(連番5001から5005)に関するものを含んでいない。控訴人は、これらの貸付けにより発生する不当利得返還請求権につき消滅時効が成立し、その後の貸付けとは無関係であるかのように主張するが、これらの債権の少なくとも一部(たとえば前記平成6年10月7日の10万円の貸付け・連番5002)は、約定弁済期の最後ころにはじめて元金がなくなって過払となり、そのときには充当対象となる他の貸金債権が存在し、その債権がさらに利息制限法超過の利息の支払により約定よりも早く元金が消滅する関係にあるといえるから、その後の取引と無関係であるとはいえない。なお、控訴人の計算は、きわめて膨大であり、提出時期からみても、新たな入力、計算等にかなりの手間を要したと推認できる。このように、利息制限法所定の利息を前提とした個別方式による計算は、煩雑な問題を引き起こすので、そのような場合にまで人的負担をかけて個別方式の計算をするのが当事者の合理的意思であるとは思われない。

ただし、平成3年5月27日までの取引については、これまで認めた事実によれば、そこでいったん完済扱いとなり、以後3年近く新規の貸付けもなかったといえる。したがって、取引番号が同一であり会員料が支払われていたことを考慮しても、ここまでの取引と平成6年5月4日以後の取引とは、連続性がなく、これらを通算して一体として計算するのは、当事者の合理的意思に反するというべきである。

以上によれば、平成3年5月27日までの取引及び平成6年5月4日以後の取引は、それぞれ、被控訴人が主張するような一体型の取引と解するのが当事者の合理的意思であると認めるべきであるが、上記の2個は別個と認めるべきである。そして、平成3年5月27日までの取引により生じた不当利得返還請求権は、後に述べるとおり、額に明確でないところは残るがさほど多額ではなく、これが平成6年5月4日以後の貸付けに充当されたり平成6年5月4日以後の貸付けとして交付された金員がそれに充当されるという根拠(当事者の明示又は黙示の意思)を認めるに足りる証拠はない。したがって、上記不当利得返還請求権は、平成6年5月4日以後の取引によっても影響を受けないと認めるべきである。

2  争点(1)(被控訴人と控訴人との間の金銭消費貸借取引の経過と過払金額)、争点(2)(控訴人は悪意の受益者に当たるか)及び争点(3)(消滅時効の成否)について

(1)  平成3年5月27日の時点における不当利得額について

証拠(乙5<79、80頁>)によれば、平成2年2月5日から同年12月27日の間の返済対象は、連番5001番から5010番までの取引であること、これらの元本の合計が46万1567円であり、利息の合計が1万3696円であることが認められる。以上の事実によれば、少なくとも同額の元金があり、元金額については不当利得とならないから、上記弁済による不当利得額は、1万3696円を超えることはなく、利息の一部が利息制限法の範囲内であることを考えれば、さらに少なくなると認められる。

なお、被控訴人は、控訴人が取引履歴を開示しておらず平成3年5月27日以前の貸付けの存在は認めがたいように主張するが、そもそも貸付けなしに被控訴人が控訴人に対し金員を交付することは考えられず、乙5の記載からすると、上記のような貸金の存在自体は、貸付日を特定できないにせよ、証拠上認められるというべきである。

そして、それ以前の弁済が存在することから、それ以前にも貸付けがあったと推認できる。平成元年9月以前の入金額は明確ではないが、仮にあったとすれば、それに対応する貸付けがあったと推認できる。平成元年10月以後の返済実績からみて、平均して1か月10万円を下回る程度の短期の貸付けであり、利息制限法所定の利率を超える約定利息が支払われたことにより不当利得が生じるとしても、その総額は、前記平成2年の弁済によるものと大きくは変わらないと推認できる。平成3年においても、証拠(乙5)及び弁論の全趣旨によれば、弁済がされたのは5月27日の3万0743円の1回だけであり、元金は平成2年12月以後に発生した3万円であると認められる。これによれば、元金額については不当利得額にならず、上記過払による不当利得額は、利息として支払われた743円から利息制限法の制限内のものを除いた額となるから、743円を下回ったと認められる。

以上は、各債権を個別にみた結果であるが、平成3年5月27日までの段階では、取引期間が短く、取引の総数も多くはないから、平成3年5月27日の時点における不当利得返還請求権の額は、一体型の取引として計算した場合であっても、さほどの額にはならなかったと認められる。

(2)  利息制限法所定の利率の基準額について

平成6年5月4日以後の取引においては、貸金元本がその後特に多額になることはなく、上記日の元金額である12万円を基準として年18%の割合とするのが当事者の合理的意思と認めるべきである。

(3)  控訴人は悪意の受益者に当たるか

控訴人は、貸金業者であり、大量の取引を行いこれに精通していると推認できるから、原則として、不当利得の発生について悪意であると推認すべきである。

しかし、本件の事実関係及び証拠関係、特に控訴人が各貸付けによる貸金債権等が個別であることを前提とする充当処理をしてきたことからすると、控訴人が上記の前提により貸金債権が残存すると考えることにも相当の理由があり、結果的に一体型の取引であると認められるとしても、控訴人が不当利得返還請求権の発生時にそれを知っていたと当然に推認することはできない。

以上によれば、平成6年5月4日以後の取引による不当利得額は、原判決別紙被告計算書(2)のとおり(この表では20万9964円)となる。ただし、被控訴人は、平成16年12月6日の1万円の借入れを訴状において自認し、控訴人も当審においてそのような貸付けがあったことを主張している(控訴理由書別紙<3枚のもの>の3枚目)ので、これも考慮すると、19万9964円となる。

なお、証拠(甲2の1)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、被控訴人代理人弁護士に対し、平成17年1月12日付けで、平成6年12月23日以後の取引により計算した過払金が10万6622円あるとの債権届出書を提出したことが認められる。これによれば、控訴人は、上記時点では、同年5月4日からの取引により本訴で認められる程度の過払金が存在することも知ったと推認でき、平成17年1月12日以後悪意の受益者として民法所定の利息を支払う義務があると認めるべきである。

(4)  消滅時効の成否について

平成3年5月27日までの取引による不当利得返還請求権については、前記のとおり、平成6年5月4日以後の取引と一体化することはなく、その後の貸付けには影響されない。上記不当利得返還請求権は、仮に平成3年5月27日までの取引が一体型の取引であるとして被控訴人の消滅時効の主張に従っても、同日までに額が確定し、そのときから法律上権利行使が可能な状態となり、10年の超過により時効消滅したというべきである。

平成6年5月4日以後の取引による不当利得返還請求権については、いったん発生した不当利得返還請求権が消滅せず存続するのは、原判決別紙被告計算書(2)のとおり、平成16年1月27日からであり、このときから10年を経過していないから、消滅時効は成立しないというべきである。

(5)  不当利得返還請求についての結論

以上によれば、被控訴人の不当利得返還請求及びこれに対する利息又は遅延損害金の請求は、19万9964円及びこれに対する平成17年1月12日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容されるべきである。

3  争点(4)(取引履歴不開示を理由とする損害賠償請求)について

次のとおり改めるほかは、原判決9頁4の2行目から11頁5の上の行までの記載を引用する。

(1)  10頁オの3行目の「ところ、」の次に「被控訴人の計算方法によれば、」を加える。

(2)  10頁(3)の上4行目の「平成17年1月12日付け」から同2行目冒頭の「いこと、」を削る。

(3)  11頁3行目の「裁判所時報1392号5頁」を「民集59巻6号1783頁」と改める。

(4)  11頁4行目から同頁5の上4行目までを次のとおり改める。

「 これについて、控訴人は、開示できる資料はすべて開示したとして、違法性を争う。確かに、前記のとおり、控訴人が平成2年1月からシステムを変更したこと、利用頻度が少ないと考えられる古い記録を残すことに合理性が見当たらないとも考えられることからすると、控訴人が主張するとおり、本件において開示できる資料又はそれに基づく履歴は、すべて開示された可能性も考えられる。

しかし、仮にそうであるとしても、取引履歴の開示は、請求後合理的な期間内に行われるべきである。本件においては、乙5が開示され取引の詳細が相当程度明らかになったのは、平成17年7月ころ、すなわちA弁護士が債務整理のため取引履歴の開示を求めてから半年以上経過後であり、本件訴訟提起後であった。しかも、控訴人は、平成17年6月2日に行われた原審第1回口頭弁論期日において、乙5から相当程度のことがわかる平成3年5月27日以前の貸付けについて、「全く分からない」と答弁し、消滅時効を援用するとの主張をした(原審準備書面1の2頁)。これでは、合理的期間内に開示が行われたということはできず、このことだけからみても、相当額の精神的損害の発生が基礎付けられるというべきである。

また、本件においては、平成6年5月4日より前の取引(最終のものは平成3年5月27日の弁済)が不当利得額の計算に影響しないから、不開示の実質的違法性もないかにみえる。しかし、証拠(甲16、17)及び弁論の全趣旨によれば、多数の貸付け、返済という取引がされた場合には、各貸付けを一体として合算して計算するとか貸金を既に発生した不当利得返還請求権に充当するなどの明示の合意がなくても、裁判上、被控訴人が主張するような一体型の計算がされ(当事者の<合理的>意思によるなどの認定がされていると考えられる。)、消滅時効の起算点も全取引終了時などとされる例が相当数存在すると認められる。多重債務者の債務整理を円滑に進めるためには、そのような計算により不当利得返還請求ができるのか、そこまでできないのかをできるだけ早期に見極める必要があり、計算の結果にかかわらず、開示可能な全履歴を合理的期間内に開示する必要性は変わらないといわねばならない。

控訴人は、その他さまざまな主張をするが、これらは、いずれも、前記判例の『特段の事情』を基礎付けるとはいえず、損害賠償責任の成立を妨げるとはいえない。」

4  以上によれば、被控訴人の請求は、44万9964円及びうち19万9964円に対する平成17年1月12日から、うち25万円に対する平成17年3月31日から、各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容されるべきである。原判決は、控訴人に対し、これより多額の支払を命じており、一部相当でないこととなる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 竹中邦夫 久留島群一)

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