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大阪高等裁判所 平成18年(ネ)56号 判決 2007年4月13日

別紙当事者目録記載のとおり

(以下、控訴人の特定にあたっては、同目録において各控訴人に付した番号を用いる。)

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人らに対し、それぞれ、別紙認容額等一覧表の当該控訴人に対応する「認容額」欄記載の金員及びこれに対する平成一四年一一月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その九を控訴人らの、その余を被控訴人の各負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人らに対し、それぞれ、別紙請求額等一覧表の当該控訴人に対応する「請求額」欄記載の各金員及びこれに対する平成一四年一一月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、被控訴人から分譲住宅を購入した者又はその相続人である控訴人らが、被控訴人に対し、被控訴人が、①売れ残った住宅をその後違法な値下販売をしたこと(主位的)、②その際、控訴人らと誠実に交渉しなかったこと(予備的)が、いずれも、控訴人らに対する債務不履行ないし不法行為に当たると主張して、損害賠償を求める事案である。

二  前提となる事実(争いのない事実、後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者

ア 控訴人らは、被控訴人から分譲住宅を購入した者ないしその相続人である。

イ 被控訴人は、住宅の不足の著しい地域において、住宅を必要とする勤労者の資金を受け入れ、これをその他の資金とあわせて活用して、これらの者に居住環境の良好な集団住宅及びその用に供する宅地を供給し、もって住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的として、地方住宅供給公社法(以下「法」という。)によって設立された特別法人である。

(2)  本件マンションの建築

被控訴人は、平成一一年一月、別紙物件目録記載の区分所有建物(西向きのA棟が一二五戸で、南向きのB棟が七八戸の総戸数二〇三戸。平均床面積七四・八九平方メートル。以下「本件マンション」という。なお、各区分所有建物については号室のみで表示する。)を新築した。

(3)  被控訴人の売出しと控訴人らの購入

ア 被控訴人は、本件マンションの売出価格を一坪当たり平均一五四万円と定め、完成前の平成一〇年一〇月から分譲を開始した。

イ 控訴人一ないし五三は、それぞれ、被控訴人から、別紙請求額等一覧表の当該控訴人に対応する「購入年月日」欄記載の日に、同表の「分譲住宅の表示」欄記載の号室のマンションの住戸(区分所有建物)を、同表の「売買代金」欄記載の金額で購入した。

ウ 控訴人五四ないし六三の各a・bは、それぞれ、被控訴人から、同表の当該控訴人に対応する「購入年月日」欄記載の日に、同表の「分譲住宅の表示」欄記載の号室の本件マンションの住戸(区分所有建物)を、同表の「持分」欄記載の各持分割合で取得することとして、同表の「売買代金」欄記載の金額で購入した。

エ 控訴人六四とB山松夫(以下「松夫」という。)は、被控訴人から、平成一一年七月四日、本件マンション四〇三号室を、控訴人六四が一〇分の九、松夫が一〇分の一の持分割合で取得することとし、二九四九万八〇〇〇円で購入した。

オ C川竹夫(以下「竹夫」という。)は、被控訴人から、同月三一日、本件マンション五〇二号室を、三三九九万八五〇〇円で購入した。

カ 控訴人六六のcとD原梅夫(以下「梅夫」という。)は、被控訴人から、同月二八日、本件マンション七〇四号室を、控訴人六六のcが一〇分の一、梅夫が一〇分の九の持分割合で取得することとし、三〇八九万四五〇〇円で購入した。

キ 控訴人六七とE田春夫(以下「E田」という。)は、被控訴人から、同年九月四日、本件マンション八一一号室を、控訴人六七が一〇〇分の九九、E田が一〇〇分の一を持分割合で取得することとし、三一八九万二〇〇〇円で購入した(以下、アないしキの各売買契約をあわせて、「本件売買契約」ということもある。)。

ク 本件売買契約には、法施行規則(以下「施行規則」という。)一二条、七条一項に基づき、買主は、本件マンションの各住戸を、譲渡の対価の支払いが完了するまでの間(引渡しの日から五年以内に支払を完了したときは五年間とする。)、被控訴人の承諾を受けずに第三者に譲渡できない旨の条件が付されている(以下「本件譲渡禁止特約」ともいう。)。

(4)  売残住戸の値下販売

ア 本件マンションは、平成一三年二月の時点で、A棟全一二五戸中の一四戸、B棟全七八戸中の五六戸、合計で、総戸数二〇三戸のうち七〇戸(約三四・五%)が売れ残っていた。上記売残物件の当初の販売予定価格は、平均で約三六九五万四八〇〇円(坪単価約一六四万六三〇〇円)であった。

イ 被控訴人は、平成一四年六月二四日、上記売残物件を約四九・六%値下げし、平均坪単価八三万円で販売することを決定し、同年一一月三〇日から、値下販売を開始した(以下「本件値下販売」という。)。

ウ その結果、被控訴人は、平成一五年五月までには、本件マンションの売残住戸を六二戸販売することができた。

(5)  相続の発生

ア(ア) 松夫は、平成一六年九月一日、死亡した。

(イ) その相続人は、控訴人六四、B山花子及びA田夏子の三名である。

(ウ) 上記三名の間で、平成一七年一二月六日、松夫が被控訴人に対して本件値下販売について損害賠償請求権を有するときは、控訴人六四がこれを取得する旨の遺産分割協議が成立した。

イ(ア) 竹夫は、平成一六年三月七日、死亡した。

(イ) その相続人は、控訴人六五のaないしdの四名であり、その相続分は、控訴人六五のdが二分の一、同六五のaないしcが各六分の一である。

ウ(ア) 梅夫は、平成一四年六月七日、死亡した。

(イ) その相続人は、控訴人六六のaないしcであり、その相続分は、控訴人六六のcが二分の一、同六六のa・bが各四分の一である。

(ウ) その結果、控訴人六六のaないしcが共有する本件マンション七〇四号室の持分は、別紙請求額等一覧表の上記各控訴人に対応する「持分」欄記載のとおりとなった。

三  争点

(1)  本件値下販売が債務不履行又は不法行為となるか(主位的主張・争点一)

(2)  被控訴人は、本件値下販売を行うに際し、購入者又はその承継人と誠実に交渉すべき義務があったか。これを行わないことは債務不履行又は不法行為となるか(予備的主張・争点二)

(3)  控訴人らに生じた損害(争点三)

四  争点についての当事者の主張

(1)  争点一(本件値下販売が債務不履行又は不法行為となるか)について

(控訴人ら)

ア 市場価格の下限を下回る価格での値下販売をしない義務

(ア) 契約上の義務

売買契約の売主は、その本来的給付義務を履行した後も、信義則上、目的物を買主から奪ったり、その価値を減少させる行為をしてはならない付随的義務を負う。

値下販売が、市場価格の下限を下回る価格でなされた場合には、販売済みの他の住戸の資産価値が実態以上に低く評価され、当該住戸を購入した者に損害を与えることになる。

また、分譲住宅は、購入後の人生の大半を過ごすべく、長期保有の目的で、多くの場合は長期のローン負担をして購入される、取引機会の少ない、高額の商品であり、購入者の生活の基礎をなすものであって、特にマンションの場合は、住民の間で大幅に購入価格に差があると、コミュニティ形成に悪影響を与えるところ、売主は、当初価格を適正に設定することによって、将来の値下販売を防止することができる。

したがって、売主が売れ残った分譲住宅を買主の同意を得ずに市場価格の下限を下回る価格に値下げして販売することは、上記義務に違反する。

本件売買契約には、施行規則一二条、七条一号に基づき、買主は、本件マンションの各住戸を、引渡しを受けた後五年間、被控訴人の承諾を受けずに第三者に譲渡できない旨の条件(本件譲渡禁止特約)が付されており、その結果、買主は、価格下落の局面でも、損失を回避し、又は小さくするため、購入物件を早期に転売できないから、被控訴人の上記義務は、なお一層強いものというべきである。

(イ) 不法行為上の義務

分譲住宅の購入者は、当該分譲住宅に売残りが生じても、売主は、市場価格の下限を下回る価格で売残住戸を廉価販売して、購入物件の資産価値を低下させることはないとの強い期待を抱いている。

被控訴人は、国及び兵庫県の住宅政策の一翼を担う公的機関であり、住宅を分譲するに当たっては、法二〇条により、適正な価格を設定すべき義務を課せられている。また、本件売買契約には、上記のとおり、本件譲渡禁止特約が付されている。分譲マンションにおいては、購入者は、同じマンションで生活をすることになるから、その売主は、住民となる買主の間に、購入価格の差によって、不公平感、不平等感が生まれ、コミュニティの形成に悪影響を与えないよう配慮することが必要である。

以上の諸事情を考えれば、被控訴人が市場価格の下限を下回る価格で売残住戸を廉価販売することはないという期待は、事実上のものではなく、法律上保護に値する権利というべきである。

したがって、被控訴人が本件マンションの各住戸の買主又はその権利の承継人の同意を得ることなく、売残住戸を市場価格の下限を下回る価格で廉価販売することは、上記権利を侵害する違法な行為であり、不法行為に該当する。

イ 当初分譲価格の設定の誤りと販売努力の欠如

被控訴人は、平成一〇年一〇月、平均坪単価を一五四万円と定めて、本件マンションの分譲を開始したが、三分の一を越える七〇戸について契約を締結することができなかった。

被控訴人は、分譲マンションの売行きは、分譲価格のみによって決せられるものではなく、市場心理の動向、周辺の環境整備・開発の状況、近隣における同規模物件の取引の進捗状況等販売開始当時には予見できない諸事情によっても左右されると主張するが、そのような事情は他の物件についても当てはまるものであるところ、本件マンションの周辺では、大半の分譲マンションが大幅な値下げをせずとも完売若しくはそれに近い状態まで売却できているから、被控訴人の当初の価格設定は高額に過ぎたし、販売努力も不十分であったといわざるをえない。

ウ 平成一四年六月時点における本件マンションの市場価格等

本件マンションの住戸の平成一四年六月時点における相当譲渡価格(坪単価)は、一一五万円ないし一二七万円(一戸当たり平均二六〇五万円ないし二八七七万円)であった。

エ 被控訴人の決定した値下価格の不合理性

(ア) 不動産販売会社に提案を求めた手続自体の問題

被控訴人は、本件値下販売を行うに当たって、東急リバブル株式会社(以下「東急リバブル」という。)、藤和住販株式会社(以下「藤和住販」という。)及び住友不動産販売株式会社(以下「住友不動産販売」という。)の三社に値下げをして販売を再開する場合の販売価格と販売方法等について具体的提案を求めた。

しかし、上記は、入札等、透明性のある公平で明確な方法によって行われたものではなく、三分の一もの売却残を生ぜしめた住友不動産販売もこれに加わる等、業者の選定自体がずさんで、その手続自体に問題がある。

(イ) 不動産販売会社の提案内容の不合理性

a 東急リバブルの提案価格の不合理性

東急リバブルは、本件マンションを値下げして販売する場合の相当価格を八〇万円ないし八五万円と提案した。

しかし、同社は、新築物件からの価格検証として、周辺新築マンションの平均価格に本件マンションの立地条件と市場下落率による補正を加えて、本件マンションの住戸の坪単価を一一六万二〇〇〇円と算出しながら、さらに「新古評価」として二〇%の、「戸数規模及び販売期間による補正」として一〇%の各減額補正を加えている。上記補正は、何ら客観的な根拠を有しておらず、重複して補正をしているともみなすべきものであって、多きに過ぎ、不当である。

また、同社は、隣接する県営の賃貸住宅の賃料をローン負担額に換算して、本件マンションの住戸の価格を七三平方メートルで一六六〇万円であるとしているが、上記は年収の低い層に適用される賃料を基準として算出されたものであって、合理性を欠く。ちなみに、年収五〇〇万円ないし七〇〇万円の層に適用される賃料を基準として上記計算を行うと、本件マンションの住戸の価格は七三平方メートルで約三〇二〇万円(坪単価約一三五万円)となる。

したがって、同社の提案価格は合理性を有していない。

b 藤和住販の提案価格の不合理性

藤和住販は、本件マンションを値下げして販売する場合の相当価格を八〇万円と提案した。

しかし、同社は、近隣の新築マンションの販売予定価格を三二九〇万円(坪単価一三九万円)とした上、これを三五年ローンで購入した場合の月々の返済額を基準とすると、本件マンションの住戸は二三七〇万円(坪単価一〇〇万一〇〇〇円)であるとしているが、上記は、本件マンションについては、ローンの返済期間を二〇年として算出されたものであり、その計算過程が不合理である。

c 住友不動産販売の提案価格の不合理性

住友不動産販売は、本件マンションを値下げして販売する場合の相当価格を七〇万円ないし七五万円と提案した。

しかし、同社は、本件マンションの新築物件の市場相場を坪当たり一四〇万円であるとしながら、「物件力」、「商品力」などというあいまいな概念を使用して四〇%を超えるマイナス補正をして、その価格を八〇万円程度とし、さらに、今後の物件力の低下、相場下落余地を加味する必要があるとして、上記の提案をしたものであって、その計算過程はあまりに不合理である。

(ウ) 被控訴人が決定した値下価格の不合理性

被控訴人は、周辺の新築物件の市場価格から本件マンションの価格を評価するに当たり、比較検討の対象となる周辺新築物件を三物件選定したが、これらは、いずれも、遠隔の芦屋市外の物件であり、これらの物件より坪単価の高い芦屋市内の新築物件をあえて比較対象からはずしている。

中古物件との比較においては、ほかに本件マンションと築年数がかけ離れていない中古物件の取引事例が存しているのに、あえて築年数が平均一二年の古い物件を比較対象とし、しかも、これには何らの補正も加えていないし、本件マンションが未入居物件であることも考慮していない。

したがって、被控訴人の本件値下販売における価格決定は、合理性を有するものではない。上記は、在庫を一掃し、早期に売残住戸を完売するという観点だけから定められたものであって、極めて不当である。

オ まとめ

以上のとおり、被控訴人は、平成一四年六月、その時点における本件マンションの相当譲渡価格は、坪単価一一五万円ないし一二七万円(一戸当たり平均二六〇五万円ないし二八七七万円)であったのに、市場価格の下限を大きく下回る坪単価八三万円(当初の平均販売予定価格からは約四九・六%の減。一戸当たり平均約一八六三万円)に値下げすることを決定し、同年一一月から本件値下販売を行ったものであるから、その行為は、債務不履行又は不法行為を構成する。

(被控訴人)

ア 値下販売の可否

(ア) 旧価格維持義務の存否

商品の価格は、市場における需要と供給のバランスによって決定されるが、市場では、常に新商品が登場するから、旧商品は、その型落ち、陳腐化により、それ自体値崩れして、価格が低下する。したがって、買主は、商品の売主が、売れ残った同種、同等の商品について旧価格を維持して販売を続けたとしても、商品について、購入当時と同等の価値を保持し続け得るものではない。

売れ残った商品は、その保管、管理にコストがかかる上、借入金の利息は売主の経営を圧迫する。

したがって、商品の売主は、売買終了後、同時に発売した同種、同等の商品に売残りが生じた場合であっても、買主に対し、旧価格を維持して販売を続ける義務を負うものではなく、当初価格を下回る価格で販売することは許されるというべきである。

(イ) 控訴人らの主張について

a 控訴人らは、分譲マンションの買主は、同じ建物に居住することとなるから、売主は、買主の間で不平等、不公平感が生じて、適切なコミュニティの形成に悪影響を与えることのないよう、分譲価格に配慮する義務があると主張する。

しかし、上記のとおり、商品の価格は市場原理によって形成されるものであって、購入価格に差が生じるのは不可避であるから、その主張には理由がない。

b 控訴人らは、本件売買契約には譲渡制限規定(本件譲渡禁止特約)が付されていることを指摘する。

しかし、この規定は、一定期間分譲住宅の譲渡を制限し、その期間、現実に当該分譲住宅に居住する者に限って住宅を供給することにより、住宅を必要とする勤労者に居住環境の良好な集団住宅及びその用に供する宅地を供給し、もって住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与するという法一条所定の目的を実現するとともに、分譲住宅が投機の対象となることを防止することにあるから、合理性がある。また、現実の運用としては、かかる目的を潜脱するおそれがないと認められるやむを得ない場合には、例外的に再譲渡が承諾される取扱いがなされていて、買主にとって不当な制限となっていない。

したがって、この規定は、値下販売が許されない理由になるものではない。

イ 被控訴人が本件値下販売をした理由とその経過

(ア) 被控訴人は、本件マンションについて、種々の販売促進策を講じ、営業努力を重ねたが、長引く経済不況に加え、阪神間では大量に民間の分譲マンションが供給されて、不動産全般に市場価格が著しく下落したため、これを完売することができず、平成一三年二月末の時点で、七〇戸が未契約のまま売れ残った。

控訴人らは、当初の設定価格が高きに過ぎたから、多数の売残りが生じたと主張するが、分譲マンションの売行きは、分譲価格のみによって決せられるものではなく、市場心理の動向、周辺の環境整備・開発の状況、近隣における同規模物件の取引の進捗状況等販売開始当時には予見できない諸事情によっても左右される。被控訴人は、本件マンションの分譲を開始するに当たって、専門的知識と経験を有する複数の不動産販売会社に分譲事業の達成可能な売出価格の提案を求めたが、その結果は、藤和住販が平均坪単価一五五万円、関西積和不動産株式会社(以下「関西積和」という。)が同一四〇万円、三井不動産販売株式会社(以下「三井不動産販売」という。)が同一四五万円、住友不動産販売が同一五七万円であった。被控訴人は、その中間に位置する坪単価一五四万円に売出価格を決定したものであり、上記は当時の不動産市況における客観的情勢を反映する適正な価格であったから、未契約住戸が残ったという事実のみをもって当初の分譲価格が不相当であったということはできない。

したがって、上記主張には理由がない。

(イ) 被控訴人は、多数の売残住戸が生じた結果、多額の固定資産税と管理費を負担せざるを得なくなったが、これは被控訴人の財政・経営を圧迫した。また、多数の空き住戸があることは、本件マンション自体にとっても、その防犯、防災上看過し得ない問題であった。

(ウ) ところで、阪神地区の不動産価格は、平成一三年七月の時点で、本件マンションの分譲開始時に比し、著しく下落し、なお下落傾向にあったが、本件マンションは、建築からすでに二年以上が経過していたところ、近隣ではなお新築物件が安価に提供され続けていたから、従前の価格のままではこれ以上販売が見込めなかったし、規模と品質が同程度の新築マンション並みに値下げをしても、販売成績が向上する見通しはなかった。

(エ) そこで、被控訴人は、平成一三年七月、販売提携を依頼する予定の不動産販売会社三社に値下げをして販売を再開する場合の譲渡価格等について提案を求めたところ、東急リバブルは、その平均坪単価を八〇万円ないし八五万円と、藤和住販は、同価格を八〇万円と、住友不動産販売は、同価格を七〇万円ないし七五万円とすることを提案した。

(オ) 被控訴人は、その意見を参考に、周辺の新築マンションの価格動向と中古物件の成約状況等を検討して、平成一四年一月ころ、本件マンションは、新築比準坪単価は九〇万円であるが、建築後三年を経過しているので、四・五%の減価償却相当額を控除し、新築物件としては、八五万五〇〇〇円を基準とすべきであり、本件マンション及び近隣の中古物件では、坪単価七〇万円ないし八二万円で成約事例があるが、本件マンションの売残住戸は未入居であること等を考慮すべきである等として、その坪単価を平均八三万円に値下げして販売することを計画した。

(カ) 被控訴人は、同月一三日、本件マンションの管理組合の役員に上記経過を説明し、その後も、後記のとおり、住民と協議を重ねたが、その理解を得るには至らなかったので、同年六月二四日、最終的に本件マンションの売残住戸の坪単価を平均八三万円に値下げすることを決定し、同日、東急リバブルに販売提携を依頼の上、同年一一月三〇日から本件値下販売を開始した。

(キ) 本件マンションは、上記の値下げをしても、販売再開直後の一か月は、一八戸しか成約に至らず、その後、平成一五年五月ころまでにようやく六二戸について契約が成立した。

ウ まとめ

したがって、本件マンションは、その価格を値下げして早期にこれをできる限り完売すべき必要性があり、被控訴人は、合理的に算定された適正な価格でこれを値下販売したものであるから、被控訴人に債務不履行はないし、本件値下販売は違法なものとして不法行為に該当するものでもない。

控訴人らは、本件マンションの平成一四年六月当時の適正な再売出価格は坪単価一一五万円ないし一二七万円であると主張するが、上記は、平成一〇年と平成一四年の一般的なマンション市況における価格の変動率に基づいて算出された机上の抽象論的・結果論的な計算結果に過ぎず、売残感や供給過剰感といった市場心理や実際の来場者の収入状況等具体的な事情を考慮するものではないから、その主張は理由がない。

(2)  争点二(誠実交渉義務の存否とその履行の有無等)について

(控訴人ら)

ア 誠実交渉義務の根拠とその内容

分譲住宅の売主が、売残住戸を、市場価格を大きく下回る価格に値下げして廉価販売すると、既購入者が保有する分譲住宅の価値もそれに伴って下落し、買主は多大の経済的損失を被る。上記は、買主の信頼を裏切るものであり、その期待権を侵害するものでもある。

仮に、値下販売が実施されるにしても、控訴人ら既購入者は、被控訴人によりその合理的根拠が提示され、誠実な交渉が尽くされるべきであるという期待・利益を有しており、かかる期待・利益は法的保護に値するものというべきである。

したがって、被控訴人は、不動産売買契約における付随的義務として、信義則に基づき、本件マンションを値下販売するに当たっては、控訴人らを含む既購入者に対し、その利益を不当に損なうことのないよう、値下げをして販売せざるを得ない必要性とその根拠、当初譲渡価格の根拠とその合理性、その後の市場価格の動向、値下後の価格の設定根拠とその合理性等、控訴人らの利害に関わる重要な事項について、事実に基づいて説明を尽くすとともに、既購入者が受ける可能性のある不利益に対する補償の提示とその支払方法等について、誠実かつ真しに交渉を行い、既購入者の同意を得て値下販売を実施することができるよう、最大限の努力をする義務がある。上記義務に反して、誠実かつ真しに交渉を行うことなく市場価格の下限を下回る価格で値下販売をすることは、債務不履行又は不法行為を構成する。

イ 被控訴人の義務違反

(ア) 説明内容自体が事実に反していること

被控訴人は、本件値下販売について、市場価格の下落により、本件マンションの価値も低下したので、今後はこれに見合った価格に変更して販売をすると説明をした。しかし、上記のとおり、本件値下販売における本件マンションの譲渡価格は、市場価格を反映しておらず、かかる説明自体が虚偽であった。被控訴人の上記説明は不誠実極まりないものである。

(イ) 配布資料が欺瞞的であること

被控訴人は、本件値下販売に際し、控訴人らに対して他の分譲住宅の価格と比較する資料を配布したが、これらの資料には、比較対象として不適切な、遠方に所在する低額な新築物件や築年数の古い中古物件が記載されていた。これらの資料は、客観的な市場価格とは無関係に当初の約半額に設定された値下価格が市場を反映しているかのような外観を整える意図のもとに作成されたものであり、専門的知識を有さない控訴人らに対する欺瞞性は著しい。

(ウ) 交渉における対応が不誠実であること

控訴人らは、被控訴人に対し、本件値下販売の方針を知らされた平成一四年三月以降、値下げをすべき根拠の説明と値下げにより控訴人らの受ける影響についての補償措置を講じることを求めてきた。

しかし、被控訴人の担当者は、控訴人らに対し、本件値下販売における設定価格がやむを得ないものであることの具体的説明を行わず、説明及び交渉が無駄である旨の発言をするなど、極めて不誠実で、不適切な対応を繰り返した。

(エ) 販売協力金の提示とその後の交渉拒絶

被控訴人は、平成一四年八月初旬ころ、本件マンションの住民に対し、一戸当たり約五〇万円の販売協力金名目の金員を支払う旨を提示したが、その際、金額的には一切交渉の余地がないことを宣言した上、控訴人らにおいて既入居者の五分の四の同意を取り付けることを条件とする等、控訴人らに無理を強いた。そして、その後は、控訴人らが弁護士を選任して交渉を継続しようとしても、一切これに応じずに本件値下販売を強行し、その後の調停及び本件訴訟手続においても、控訴人らに誠実に対応しなかった。

ウ まとめ

したがって、被控訴人は、本件値下販売を実施するに際し、誠実かつ真しに交渉を行う義務を尽くさず、不当に本件値下販売を強行したものであるから、その行為は、債務不履行又は不法行為を構成する。

(被控訴人)

ア 本件値下販売に違法性が認められない以上、被控訴人において、売残住戸の譲渡価格改定の必要性や改定後の譲渡価格の算定根拠等について控訴人らに説明をすべき法的義務は認められない。

控訴人らの主張は、社会的、企業道徳的観点と法的義務を混同するものであって、理由がない。

イ 被控訴人は、本件マンションの売残住戸を当初価格から値下げして販売するとの方針を決定した後、管理組合や既入居者に対し、説明会を開催したり、説明資料を配布するなどしており、誠実に対応した。

また、被控訴人は、控訴人らに対し、全住戸の八〇パーセント以上が同意することとの条件は付したものの、販売協力金として総額六六〇〇万円(一戸当たり約四九万六二四〇円)を支払うことを提案したが、控訴人から、同意の要件の緩和や金額の再考を求められたことはなかった。

ウ 被控訴人は、上記のように誠実に対応した後、同年一一月三〇日から本件値下販売を行ったものであるから、被控訴人には、本件値下販売に際し、誠実に交渉をすべき義務を怠った債務不履行もないし、不法行為もない。

(3)  争点三(控訴人らに生じた損害)について

(控訴人ら)

ア 経済的損害

本件マンションの平成一四年六月二四日時点における市場価格は、一坪当たり一一五万円ないし一二七万円であった。被控訴人は、当初、本件マンションの各住戸を坪単価平均一五四万円で売り出していたから、その下落率は、一七・五%ないし二五・三%である。

したがって、控訴人らの所有ないし共有する本件マンションの住戸の一戸当たりの適正な市場価格は、別紙請求額等一覧表の「適正価格」欄記載のとおりである。

しかるに、被控訴人は、同日、本件マンションの売残住戸を、約四九・六%値下げすると決定し、控訴人らと誠実かつ真しに交渉をしないまま、同年一一月三〇日から、坪単価平均八三万円で、本件値下販売を行った。

控訴人らが所有する本件マンションの各住戸は、中古であるから、上記よりさらに値下げしなければ、売却できないことは確実である。

したがって、控訴人らの所有ないし共有する本件マンションの住戸の市場価格は、本件値下販売により、別紙請求額等一覧表の「値下価格」欄記載の金額以下となり、控訴人らは、被控訴人による違法な本件値下販売及び誠実交渉義務違反によって、本件マンションの住戸一戸当たりについて、最小でも別紙請求額等一覧表の「経済的損害」欄記載の金額の損害を被った。

イ 精神的損害

控訴人らは、本件値下販売によって、購入したマンションの価格を、購入後わずか約三年で半分以下に低下せしめられ、かつ、これについて誠実な交渉も行ってもらえなかったため、多大な精神的苦痛を受けた。その損害は、別紙請求額等一覧表の当該控訴人に対応する「精神的損害額」欄記載の金額(一戸当たり概ね二〇〇万円。ただし、控訴人の六五のaないしdについては、三〇〇万円。)を下るものではない。

ウ 弁護士費用

本件訴訟を遂行するに必要な弁護士費用としては、別紙請求額等一覧表の当該控訴人に対応する「弁護士費用」欄記載の金額(一戸当たり八〇万円で、共有物件については、持分割合等に近似するように配分した額)が相当である。

エ まとめ

したがって、控訴人らは、被控訴人に対し、上記合計額のうち、一部請求として、別紙請求額等一覧表の当該控訴人に対応する「請求額」欄記載の金員及びこれに対する本件値下販売後である平成一四年一一月三〇日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被控訴人)

争う。

本件マンションの各住戸は、平成一四年六月二四日当時、中古物件としては、坪単価平均八三万円以上の価格を有していなかったから、控訴人らには、本件値下販売又は誠実交渉義務違反によって、何ら経済的な損害は生じていない。

そして、経済的損害が発生していない以上、控訴人らには、精神的損害も、これを観念することはできない。

第三当裁判所の判断

一  事実経過

《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができる。

(1)  本件マンションの建築等

ア 被控訴人は、平成七年に発生した大規模災害である阪神・淡路大震災に関して、「公社住宅復興三カ年計画」を策定し、本件マンションの敷地上に総戸数約二〇〇戸の災害復興住宅(マンション)を建築し、これを分譲することを計画した。

イ 被控訴人は、上記計画に基づき、平成九年三月二五日、兵庫県から、本件マンションの敷地一万〇〇〇七・四四平方メートルを二六億八一九九万三九二〇円(一平方メートル当たり二六万八〇〇〇円)で買い受けた。

ウ 被控訴人と大林・日産・ソネック・山田特別共同企業体は、同年五月二六日、本件マンションの建設工事請負契約を、代金四四億六二五〇万円と定めて締結した。

その設計・監理を行ったのは、株式会社安藤忠雄建築研究所(以下「安藤事務所」という。)であった。

エ 本件マンションは、平成一一年一月一二日、完成した。そこの総専有面積は一万五二〇二・二二平方メートルであった。

オ その事業原価は、最終的に、八一億一七四四万八〇〇〇円であった。

したがって、原価から計算すると、本件マンションの分譲坪単価は平均一七六万五〇〇〇円となる。

(2)  本件マンションの立地条件等

ア 本件マンションは、芦屋浜沖の埋立地である南芦屋浜で初の分譲住宅であり、その用途地域区分は、第一種住居地域である。

イ 最寄りの主要交通機関は阪神電鉄の芦屋駅で、同駅からはバス約一〇分、徒歩一分の距離にある。また、JR芦屋駅からも、バス約一二分、徒歩一分の距離にある。

ウ 本件マンションは、高名な安藤事務所の設計で、海に近く、中・高層階からは眺望がよい。

エ 南芦屋浜には、将来二〇〇〇戸の住宅供給が予定されていたが、平成一〇年ないし平成一四年当時は、震災復興住宅と小規模店舗があるのみで、学校も芦屋浜まで通学しなければならず、生活利便施設はほとんどなかった。

(3)  芦屋市近辺における分譲マンションの需給の動向と当初分譲価格の決定

ア 阪神間においては、平成八年以降、新築分譲マンションが大量に建設されたが、消費税が増額された同年一〇月以降、その契約成立率(以下「契約率」という。)は低下し始め、初月度契約率は平成九年後半から平成一〇年前半にかけて六〇%台に落ち込んで在庫過剰となり、その販売価格は下落傾向にあった。

また、中古物件も、その価格は下落傾向にあった。

イ 被控訴人は、隣接市の埋立地である西宮浜に3LDKを中心とした家族向けマンション「西宮マリナパークシティ」を建築し、平成八年一〇月から、坪単価一四〇万円台後半の価格で分譲を開始したところ、当初その売行きは順調であったが、平成九年六月以後、分譲価格を坪単価一五〇万円台前半に値上げしたところ、初月度契約率が七〇%台に低下し、同年秋以降は約五〇%にまで落ち込んだ。

ウ また、被控訴人が本件マンションの近隣において平成九年三月ころから販売していた分譲住宅「ラ・ヴェール芦屋Ⅲ」(平均坪単価約一七八万円)の販売状況も思わしくなかった。

エ 本件マンションの近辺では、平成一〇年以後も、神戸市中央区脇浜海岸通りに二つの大型物件の分譲が予定される等、阪神間では、需要期待量を上回る供給が予定されていて、購入者優位の市場となることが予想された。

オ 被控訴人は、本件マンションの分譲開始に先立ち、平成一〇年五月ころ、藤和住販、関西積和、三井不動産販売及び住友不動産販売に対し、譲渡価格等本件マンションの販売計画に関する提案を求めたところ、その分譲価格について、藤和住販は平均坪単価一五五万円と、関西積和は同一四〇万円と、三井不動産販売は同一四五万円と、住友不動産販売は同一五七万円と提案した。

カ 被控訴人は、上記提案を比較検討の上、同年六月一二日、住友不動産販売の提案を採用し、同社を販売委託先とすることを決定した。

キ 被控訴人は、その後、分譲価格等についてなお検討を進め、同年八月一二日、本件マンションは、取得原価から計算すると、その平均坪単価は一七六万五〇〇〇円であるが、上記各社の提案額はこれより低く、西宮マリナパークシティとラ・ヴェール芦屋Ⅲの売行状況もかんばしくないことを考慮し、その価格を平均坪単価一五四万円とし、同年一〇月から三次に分けて分譲を行うことを決定した。

(4)  本件マンションの販売状況

ア 本件マンションは、平成一〇年一〇月中旬から第一次の分譲(八〇戸)が、同年一一月末から第二次の分譲(五三戸)が、平成一一年一月末から第三次の分譲(七〇戸)が行われたが、同年二月末の時点で総戸数二〇三戸のうち七一戸しか契約が成立せず、その売行きは不調であった。

イ 被控訴人は、第三次分譲終了後も、毎月、住宅情報誌へ広告記事を掲載し、新聞の折込チラシの配布、特別案内会の開催、来場した顧客への戸別訪問などの販売促進活動を行ったが、販売成績は向上せず、平成一三年二月の時点で、A棟一二五戸中の一四戸、B棟七八戸中の五六戸、合計で、総戸数二〇三戸のうち七〇戸(約三四・五%)が未契約として売れ残った。

上記売残住戸の当初の販売予定価格は、平均で約三六九五万四八〇〇円(坪単価約一六四万六三〇〇円)であった。

(5)  値下販売をすること及びその額の決定

ア 被控訴人は、その後も、上記と同様の販売促進活動を行ったが、芦屋市及びその近辺では、本件マンションと同等以上の品質を有し、本件マンションより立地条件のよい新築マンションが、本件マンションよりも低価格で分譲されていたこともあり、本件マンションについては、その後、平成一三年七月まで、契約は一件も成立しなかった。

イ(ア) そこで、被控訴人は、価格を改定して本件マンションの販売を行うこととし、そのころ、藤和住販、住友不動産販売及び東急リバブルに対し、譲渡価格、販売方法、広告媒体、販売手数料等について、販売計画の提案を求めた。

(イ) 藤和住販は、本件マンションの住戸価格は、周辺の新築物件市場から判断すると坪単価八二万四〇〇〇円、周辺の中古物件市場から判断すると同九〇万四〇〇〇円、賃貸市場家賃から試算すると同八一万二〇〇〇円と推定されるが、①周辺市場が供給過剰気味であること、②本件マンションは、駅から遠く、生活利便施設も乏しいこと及び③売残住戸が七〇戸と多く、これを一気に販売するためには割安感を持った価格設定が必要なこと等を考慮すると、値下後の分譲価格は平均坪単価を八〇万円とするのが相当であると提案した。

(ウ) 住友不動産販売は、本件マンションの住戸価格は、周辺の新築物件市場から判断すると坪単価八〇万円であり、周辺の中古物件市場から判断すると同八〇万円と推定され、それが上限であるが、今後の周辺新築マンションの供給動向と市場の下落傾向を加味すれば、値下後の分譲価格は平均坪単価を七〇万円ないし七五万円とするのが相当であると提案した。

(エ) 東急リバブルは、本件マンションの住戸価格は、①周辺の新築物件市場から比較すると坪単価一一六万二〇〇〇円であるが、売出しに当たっては、新古評価として二〇%の、平成一四年度中に七〇戸を完売するために一〇%の各減額補正をする必要があるから、その坪単価は八三万六〇〇〇円である、②隣接県営住宅の賃料相場から、政令月収一五万三〇〇〇円を超え、一七万八〇〇〇円以下の市民層が購入可能な額を算出すると、その坪単価は八〇万円ないし八五万円である、③住宅ローンの返済額と月々の管理費から、年収三〇〇万円ないし四〇〇万円クラスの市民層が購入可能な額を算出すると、その坪単価は八五万円であるとして、値下後の分譲価格は平均坪単価を八〇万円ないし八五万円とするのが相当であると提案した。

(オ) 被控訴人は、上記各社の提案を比較検討し、平成一三年八月二四日、値下後の本件マンションの販売委託先を東急リバブルとすることを決定した。そして、同年九月末をもって本件マンションの販売を一旦中止し、平成一四年四月を目途にその価格を改定して、販売を再開することとした。

ウ(ア) 被控訴人は、本件マンションの値下後の新価格を検討するに当たり、周辺の新築物件市場に基づく評価と中古物件市場に基づく評価をすることとしたが、前者については、本件マンションが、国道四三号線以南に位置する、分譲戸数の多い大型物件であることから、これと条件が類似する物件として、平成一三年秋に分譲が行われた、西宮市所在のロイヤルアーク香櫨園アルティミューラ(以下「ロイヤルアーク」という。)、神戸市灘区所在の摩耶シーサイドプレイス(以下「シーサイドプレイス」という。)及び同市中央区所在の神戸海岸通ハーバーフラッツ(以下「ハーバーフラッツ」という。)の三物件(最寄りの交通機関、分譲価格、分譲戸数等、各物件の詳細は、別紙「新築周辺マンション市場状況」記載のとおり)を比較対象に選定した。

被控訴人は、上記各物件と本件マンションを比較し、①駅からの距離が四〇〇メートルであれば0ポイント、八〇〇メートルであれば-2ポイント、一二〇〇メートルであれば-4ポイント、バス便は-15ポイントとして立地補正し、②住宅地は+2ポイント、店混在は0ポイント、周辺工場混在等は-2ポイント、その他条件(利便施設、買物施設等の不十分)を-2ポイントとして環境補正し、③住戸要因として、南向きは0ポイント、南西・南東向きは-3ポイントとして、別紙「新築周辺マンション市場状況」記載のとおりに補正を行い、ロイヤルアークは-6ポイント、シーサイドプレイスは-3・8ポイント、ハーバーフラッツは-3・4ポイント、本件マンションは-22ポイントであると総合評価した上、その分譲価格は、ロイヤルアークが坪単価一一六万円、シーサイドプレイスが同一〇八万円、ハーバーフラッツが同一一一万円であったので、下記の計算により、本件マンションの住戸価格は、周辺の新築物件市場から判断すると坪単価九〇万円が相当であると評価した。

(一一六万円/九四+一〇八万円/九六・二+一一一万円/九六・六)÷三×七八≒九一一五〇〇

そして、本件マンションは、平成一四年三月の時点では築後三年を経過しているから、減価償却相当額四万五〇〇〇円を控除すべきであるとして、本件マンションの改定価格は、新築物件市場からみると、坪単価八五万五〇〇〇円を基準とするのが相当であるとした。

(イ) 被控訴人は、本件マンションの住戸価格を周辺の中古物件市場から評価するに当たって、①芦屋市内で、②国道四三号線以南に位置し、③昭和六〇年以降に建築された比較的築浅の、④平成一三年以降に取引された物件として、別紙「中古物件取引事例」記載の一四件のサンプルを比較検討の資料とすることとした。

そして、①本件マンションについては、平成一三年六月に一件売買が成立しているが、その坪単価は八二万七〇〇〇円であること、②芦屋浜エリアでは、一三件売買が成立しているが、その平均坪単価は約八一万九〇〇〇円であること、③本件マンションと立地特性の似通ったラ・ヴェール芦屋では坪単価七〇万円から八二万円で契約が成立していることを考慮し、本件マンションの住戸価格は、周辺の中古物件市場から比較すると、坪単価七五万円ないし八二万円程度であると評価した。

(ウ) 被控訴人は、その上で、平成一四年一月ころ、①本件マンションは、築後三年を経過しており、すでに一三三戸が入居していて、共用部分は使用済みであるから、中古物件としての評価を免れないこと、②住宅金融公庫の融資に当たっても中古扱いとなり、融資条件が厳しくなること、③長引く経済不況により不動産の市場価格はなお下落傾向にある上、阪神間では低価格の新築マンションが大量に供給され続けていること、④本件マンションは多数の住居が売れ残ったというマイナスのイメージができていること、⑤販売戸数が七〇戸と多いが、これを一定期間で完売するためには、広域、大量に集客をし、販売層を拡大する必要があるし、割安感を与える価格設定が必要であること、⑥本件マンションの売残住戸は未入居であることなどを考慮して、本件マンションの売残住戸の価格を、当初の販売予定価格から約四九・六%値下げして、平均坪単価八三万円に改訂する方針を固めた。

(6)  控訴人らに対する説明及び交渉

ア 被控訴人は、平成一四年一月一三日、本件マンションの管理組合役員に対し、上記のとおり方針を決定したことを説明した。そして、同年二月一七日、本件マンションの管理組合の理事会に担当者が出席し、値下販売を行うことを既入居者に知らせる通知文、周辺の新築分譲住宅の市場状況や中古物件の取引事例を記載した文書、販売スケジュールなどの資料を配付し、値下販売について説明を行い、理解を求めた。

イ 被控訴人は、同年三月一一日、本件マンションの各入居者に対し、販売予定戸数、予定譲渡価格、同年四月から販売活動を開始することなどを記載した通知文を送付したところ、既入居者からの反対が多く、同年四月一〇日には、本件マンションの管理組合から説明会を開催するよう要請された。

ウ そこで、被控訴人は、同年四月から販売活動を再開する方針を変更し、同年五月二六日、説明会を開催し、約一三〇名の既入居者に対し、周辺の新築分譲住宅の市場状況や中古物件の取引事例を記載した文書を配付して、本件マンションの値下販売についての説明を行った。

エ 本件マンションの一三三戸の既入居者のうち一二一戸の入居者らは、その後、「○○○芦屋住民協議会」(以下「住民協議会」という。)を結成した。

住民協議会は、被控訴人に対し、同月三〇日、本件マンションの当初の譲渡価格と値下後の譲渡価格との差額を返還することを求める要望書を提出した。

被控訴人は、住民協議会に対し、同年六月一〇日、上記要望には応じられない旨の回答をした。

オ 被控訴人は、住民協議会との間で、その後二回にわたり本件マンションの値下販売に関する協議を行ったが、同会は、販売協力金の支払及びその額の提示を求めたので、被控訴人は、同年八月三日、入居者の五分の四以上の合意が得られることを前提として、総額六六〇〇万円(一戸につき約四九万六二四〇円)の販売協力金を支払う旨の提示をした。

カ 本件マンションの既入居者のうち七七戸の入居者らは、その後、「○○○芦屋住民同志の会」(以下「同志の会」という。)を結成し、控訴人ら代理人らをその代理人に選任した。

同志の会は、被控訴人に対し、同年一一月一四日、一戸当たり約五〇万円の販売協力金の金額や、既入戸の五分の四の同意を要するという条件を受け入れることはできないとして、同志の会の意向に十分配慮した措置をとるよう求める旨記載した通知書を送付した。

被控訴人は、同志の会に対し、同月二一日、本件マンションの値下げに至った経緯や販売協力金の提示の経緯などの説明を記載した回答書を送付した。

(7)  本件値下販売の実施

ア 被控訴人は、上記の経過を経た後、平成一四年一一月三〇日から、平均坪単価八三万円で本件マンションの値下販売を開始した。

イ 被控訴人は、その後平成一五年五月までの間に、本件マンションの六二戸を販売し、さらに平成一七年二月までに全戸販売することができた。

二  争点一(本件値下販売が債務不履行又は不法行為となるか)について

(1)  マンション分譲の特質と被控訴人の値下販売時における義務

ア 商品の価格は、市場における需要と供給の動向によって決定されるから、商品の所有者は、原則として、同種、同品質の商品であっても、暴利行為にわたらない限り、市場の価格動向を見ながら、自由に販売時期と価格を決定することができる。消費者は、商品の品質と価格を他と比較しながら、自らの判断と責任で購入するか否かを決めるものであって、客観的価値以上に高い価格で商品を購入したとしても、その責任は、基本的には自らがこれを負担すべきである。

ところで、市場では、従前より高品質、ないし安価な商品が提供されるのが常である上、商品の価格は、それに希少価値が見出されない限り、型落ち、陳腐化及び使用に伴う減耗等により、通常は、時間の経過とともに低下するから、買主は、商品購入後、必ずしも売買時の価格をそのまま保持し得るとは限らない。他方、売主は、在庫を抱えていると、保管費その他によってその経営を圧迫されるし、旧商品は、希少価値がない限り、通常、その価格が下がるから、これを売出価格より値下げして販売することにはそれなりの経済的合理性がある。

したがって、商品の売主は、一般的には、販売開始後、売残りがあった場合には、これを値下げして販売すること及びその価格を自由に設定することができるというべきである。

イ しかし、分譲マンションは、購入後の人生の大半を過ごすべく、長期保有の目的で、多くの場合は長期のローン負担をして購入される、取引機会の少ない(一生に一度ともいわれている)、極めて高額の商品(耐久消費財)であり、通常の商品とは異なる特性を有している。

しかも、マンションの分譲業者は、地域におけるマンションの需要と供給の動向を、将来の見通しを含めて認識、判断し得る立場にあるから、マンションを分譲する際には、完売ないしそれに近い状態を実現するため、適正な価格を設定することができる。仮に、当該マンションを早期に完売できなくても、他の物件と通算して経済的採算を考えることができるし、将来の値上がりを待つ等、合理的な経済行動をとることもできる。

ウ さらに、被控訴人は、前記のとおり、住宅の不足の著しい地域において、住宅を必要とする勤労者に居住環境の良好な集団住宅及びその用に供する宅地を供給し、もって住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とする(法一条)、地方の住宅政策の責任の一端を担う公的な法人であるところ、法は、住宅供給公社が住宅又は宅地の譲渡に関する業務を行う際は、その譲渡価格が適正なものとなるように努めなければならない(法二二条)と定めているから、被控訴人は、その価格設定について、一般の分譲業者と比較して、より重い責任が課せられているものというべきである。消費者は、被控訴人の公的性格から、被控訴人の販売するマンション等の譲渡価格の設定が適正になされているものと信頼して、これを購入している(公知の事実)。

また、《証拠省略》によれば、被控訴人は、平成一〇年当時、戸建て、宅地あわせて二〇団地、約七〇〇戸の分譲を行っていたことが認められるから、一般分譲業者と同様、分譲住宅の需要と供給の動向を、将来の予想も含め、認識・判断し、適正な譲渡価格を設定し得る立場にあったということができる。

エ そのほか、本件売買契約には、前記のとおり、買主は、本件マンションの引渡しを受けた後五年間、被控訴人の承諾を受けずに第三者に譲渡できない旨の条件(本件譲渡禁止特約)が付されていた。

したがって、控訴人らは、被控訴人が本件マンションの売残住戸を市場価格の下限を下回る価格で廉価販売しようとしている場合にも、その影響によって既購入物件に生じる価格下落等による損失を回避し、又は小さくするため、購入物件を早期に転売することができないことになっていた。

この点について、被控訴人は、現実の運用としては、上記の法一条所定の目的を潜脱するおそれがないと認められる場合には、例外的に再譲渡が承諾されると主張するが、価格下落等による損失を避けるべく転売するため、被控訴人の承諾を求めた場合に、法一条の文言に照らすと、直ちに上記転売が住民の生活の安定と社会福祉の増進につながるものとして、被控訴人の承諾が得られるかどうか明らかではなく、その保証はないといわざるを得ないから、上記被控訴人の主張は理由がない。

オ 上記イないしエのような分譲マンションの特性、被控訴人の性格及び本件売買契約の特性等を総合考慮すると、被控訴人には、本件マンションを含む分譲マンション等の売残住戸が生じた場合、完売を急ぐあまり、市場価格の下限を相当下回る廉価でこれを販売すると、当該マンション等の既購入者らに対し、その有する住戸の評価を市場価格よりも一層低下させるなど、既購入者らに損害を被らせるおそれがあるから、信義則上、上記のような事態を避けるため、適正な譲渡価格を設定して販売を実施すべき義務があるものというべきである。

(2)  本件値下販売の適法性

ア 価格決定の経過

先に認定したとおり、被控訴人は、本件マンションの値下販売を行うに当たり、その新たな分譲価格について、藤和住販から平均坪単価八〇万円と、住友不動産販売から同七〇万円ないし七五万円と、東急リバブルから同八〇万円ないし八五万円との提案を受け、自らも、周辺の新築マンションの価格及び中古マンション市場の動向等を検討して、本件マンションの価格を平均坪単価八三万円に値下げすることを決定した。

(ア) 藤和住販等の提案価格の合理性について

しかし、以下のとおり、藤和住販等の提案価格については、価格を算出する過程等に疑問があり、その提案価格は、客観性、合理性を欠くといわざるを得ない。

a 藤和住販

《証拠省略》によれば、藤和住販は、本件マンションの坪単価は、新築市場から比準すると一〇〇万一〇〇〇円、中古市場から比準すると九九万一〇〇〇円、賃貸市場から比較すると八一万二〇〇〇円であるが、本件マンションはバス利用が必要であるし、利便性が欠けている等として、減額修正を加え、坪単価を八一万二〇〇〇円ないし九〇万四〇〇〇円であると評価したことが認められる。

しかし、上記のうち、新築市場からの比準価格は、比較対象物件については三五年返済でローンを組むとしながら、本件マンションについては、毎月のローン返済額を同額にして、これを二〇年で返済するとして、その価格を算出したものであり、その計算過程は合理性を欠くものである。

なお、藤和住販は、本件マンションの客観的な価格を上記のとおり坪単価八一万二〇〇〇円ないし九〇万四〇〇〇円であると評価した上で、さらに、他の物件との競争に勝って、早期完売を目指すためには、価格でアピールする必要があるとして、これより低い平均坪単価八〇万円を値下後の分譲価格として提案したものである。

b 住友不動産販売

《証拠省略》によれば、住友不動産販売は、芦屋浜手エリアの新築物件の価格相場は坪単価一四〇万円であるとしながら、本件マンションは築後二年以上を経過し、交通利便、生活利便が低い等として、四〇%程度のマイナス評価をして、その評価額を坪単価約八〇万円としたことが認められる。

しかし、上記の修正理由はあまりに抽象的で、その修正幅は、他社と比較しても異常に大きい。したがって、上記計算に合理性を見出すことができない。

次に、同社は、中古物件との比較としては、近接するラ・ヴェール芦屋が坪単価約八〇万円で取引されているので、本件マンションの坪単価は八〇万円が上限であるとしている。

しかし、《証拠省略》によれば、上記取引の対象とされた物件は昭和六三年築であり、同じラ・ヴェール芦屋でも、その後平成二年に建築された物件は、坪単価約九五万円で取引され、ないしは取引しようとされていることが認められる。したがって、上記は適切な時点修正が行われていないものであって、その評価には合理性がない。

なお、住友不動産販売は、本件マンションの客観的な価格は坪単価八〇万円程度であると評価した上で、従前よりも年齢、年収ともワンランク低い層も顧客層に含めることによって売残住戸の平成一四年度中の完売を目指すこととし、さらに、今後の相場下落余地、築後年数の経過による物件力の低下等を考慮する必要があるとして、本件マンションについて、上記より低い平均坪単価七〇万円を値下後の分譲価格とすることを提案したものである。

c 東急リバブル

《証拠省略》によれば、東急リバブルは、①芦屋市、西宮市及び神戸市東灘区の阪神本線以南で平成一三年一月から五月までに供給された新築マンションの平均坪単価は一四六万六〇〇〇円であるが、②本件マンションは、バスを利用しなければならないから一〇%の、バス便利用物件は初月度契約率が低いから七・五%の減額補正をすべきであるとして、平成一三年七月時点における本件マンションの比準価格は坪単価一二二万円であるとし、③平成一四年五月に販売を再開するとすれば、その間に不動産市場は、五・六%×一〇/一二下落するとして、上記時点の比準価格を一一六万二〇〇〇円とした上、④さらに、新古評価としては二〇%の、七〇戸を短期間に完売するためには一〇%の各減額補正をすべきであるとして、新築物件から比較される本件マンションの価格は坪単価八三万六〇〇〇円であるとしたことが認められる。

しかし、バス利用の必要性を述べて一〇%の減額修正をしながら、バス利用物件は売行きが悪いとして、上記減額後の額にさらに七・五%もの減額修正をするのは、同じ理由を二重に評価するものであり、その減額幅は多きに過ぎ、その合理性を欠くものである。

また、新古評価として二〇%の減額をしているが、築後年数の経過により減額評価を受けるのは建物部分だけであるし、《証拠省略》によれば、築後三年の減価償却は七%を超えるものではないことが認められるから、上記減額修正の割合も多きに過ぎる。

なお、東急リバブルは、短期間に七〇戸を完売するためには、一〇%の減額補正をすべきとしているが、これは、要するに、在庫一掃のためには市場価格を下回る廉価販売をすることを勧めているとしか評価し得ない。

(イ) 被控訴人の価格決定の合理性について

a 被控訴人は、ロイヤルアーク、シーサイドプレイス及びハーバーフラッツの三物件を比較対象物件に選定して、本件マンションの値下後の価格は、新築物件市場からみると、坪単価八五万五〇〇〇円を基準とするのが相当であるとした。

しかし、《証拠省略》によれば、国道四三号線以南では、同じ芦屋市内で、平均床面積約九〇平方メートルのマンションが、平成一三年秋に、一〇〇戸以上の規模で、坪単価一三〇万円ないし一四〇万円で分譲されていることが認められる。

上記被控訴人の使用した比準価格は、もっとも近い類似物件を比較対象からはずして算定されたものであるから、それだけでも客観性、合理性を欠くといわざるを得ない。

b また、被控訴人は、周辺の中古物件の市場価格に基づき、本件マンションの坪単価を七五万円ないし八二万円程度と評価しているが、《証拠省略》によれば、上記評価をする際に比較対象とされた物件は、そのほとんどが昭和に建築された物件で、もっとも築経過年数が少ないものでも約一二年を経過している(被控訴人は、平成一三年六月一二日に契約が成立した物件は平成九年築であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)のに、何らの補正もなされていないことが認められる。

先に認定したとおり、藤和住販は、中古物件市場からみた本件マンションの比準価格を坪単価約九九万円(利便性等で修正を加えるとしても、九〇万四〇〇〇円)としているが、被控訴人の上記評価額は、これを大きく下回るものである。

したがって、上記評価も客観性、合理性を欠くといわざるを得ない。

イ 本件マンションの価格の客観的な下落の程度について

(ア) 《証拠省略》によれば、①近畿圏の新築分譲マンションの平均坪単価は、平成一〇年には一六一万四〇〇〇円であったが、平成一四年には一三六万五〇〇〇円となり、その価格は、約一五・四%下落した、②本件マンションから三km以内に位置する周辺の新築マンションの平均坪単価は、平成一〇年には一六二万円であったが、平成一四年には一四二万円となり、その価格は、約一二・三%下落した、③同地域に位置する平均築年数一三ないし一五年の中古マンションの平均坪単価は、平成一〇年には一一六万円であったが、平成一四年には八九万円となり、その価格は、約二三・三%下落しており、これに原価及び固定資産評価額の変動率を考慮すると、平成一〇年八月から平成一四年六月の間に本件マンション周辺のマンション価格は概ね一四%ないし二三%下落したと判断される。これに、競争等による価格下落傾向、販売期間等を考慮して、平成一四年六月二四日時点における再販価格を予想すると、その下落の程度は当初の分譲予定価格の二四%ないし三〇%とするのが相当であると認められる。

(イ) 被控訴人は、上記の分析は机上のものにすぎない等と論難する。

しかし、藤和住販、住友不動産販売及び東急リバブルは、短期間に七〇戸を完売するためには、市場価格として算出された価格にさらに減額修正をする必要があるとして、大幅な値下げを提案したものであって、上記各社も、市場価格そのものが平成一〇年から平成一四年の間に三〇%以上下落したとはしていない。

(ウ) したがって、本件マンションの客観的な市場価格は、平成一四年六月の時点でも、売出価格から三〇%以上は値下がりしていなかったというべきであり、本件値下後の販売は、市場価格の下限を一〇%以上下回る価格で行われたものであると認められる。

ウ 上記によれば、被控訴人は、前記信義則上の義務に違反し、売残住戸の完売を急ぐあまり、分譲開始から約四年後に、当時の市場価格の下限を一〇%以上も下回る、当初の分譲予定価格から四九・六%値下げした平均坪単価八三万円という著しく適正を欠く価格で本件マンションを販売したものであるから、その行為には過失があり、不法行為を構成するといわざるを得ない。

したがって、被控訴人は、これにより、控訴人らが被った損害を賠償する責任がある。

三  争点三(損害)について

(1)  経済的損害

マンションを含む商品の価格は、市場における需要と供給の動向によって決定されるから、本件マンションの住戸の価格が、本件値下販売によって、一時的に値下がりしたとしても、これが将来にわたって続くものとはいい難い。

したがって、上記不法行為により控訴人らが主張する経済的損害が発生したものとは直ちに認めることができない。

(2)  精神的損害

本件マンションの既購入者である控訴人らは、本件不法行為により、少なくとも、一時的には、その購入した住戸の価格を本来の市場価格以下に低下させられ、多大な精神的苦痛を被ったものと推認することができる。したがって、本件不法行為の内容、程度、被控訴人は、本件値下販売を行う際、前記「被控訴人の価格決定の合理性について」において説示したとおり、控訴人らに対し、客観性、合理性を欠く資料に基づいて値下販売の必要性を説明した上、一戸当たり五〇万円の協力金の支払も、全住戸の八割の同意という実現困難な条件を付して提案をしたものであって、その交渉態度は必ずしも誠実なものであったとはいい難いこと、その他本件記録に現れた一切の事情を総合考慮すると、控訴人らの精神的苦痛に対する慰謝料は、その所有ないし共有する住戸の床面積の多寡にかかわらず、一戸当たり一〇〇万円が相当と認められる。

(3)  弁護士費用

本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は、一戸当たり一〇万円が相当と認められる。

四  まとめ

したがって、被控訴人は、控訴人らに対し、それぞれ、別紙認容額等一覧表の当該控訴人に対応する「認容額」欄記載の金員及びこれに対する不法行為の日である平成一四年一一月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

なお、本件値下販売当時の本件マンションの住戸の共有者に対しては、上記損害額を前提として、その共有持分の割合に従って分割するのが相当である。また、控訴人六四については、松夫が本件マンション四〇三号室の持分一〇分の一について取得した損害賠償債権を相続したものを含み、控訴人六五のaないしdについては、竹夫が本件マンション五〇二号室について取得した損害賠償債権を相続したものである。

第四結語

以上のとおり、控訴人らの本訴請求は、別紙認容額等一覧表の当該控訴人に対応する「認容額」欄記載の金員及びこれに対する平成一四年一一月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。

よって、上記の結論を異にする原判決は不当であるから、これを変更し、主文のとおり判決する(担保を条件とする仮執行免脱宣言は、相当でないから、付さない。)。

(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 高田泰治 裁判官藤本久俊は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 大谷正治)

<以下省略>

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