大阪高等裁判所 平成18年(ネ)615号 判決 2006年7月13日
京都府<以下省略>
控訴人
X
上記訴訟代理人弁護士
齋藤護
大阪市<以下省略>
被控訴人
大洸ホールディングス株式会社
上記代表者代表取締役
A
上記訴訟代理人弁護士
田中博
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は,控訴人に対し,金1029万0108円及びこれに対する平成16年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを10分し,その3を控訴人の,その余を被控訴人の各負担とする。
5 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,金1475万4440円及びこれに対する平成16年8月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 仮執行宣言
第2事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件は,控訴人が,先物取引を業とする会社である被控訴人に委託してした商品先物取引について損失を被ったことに関して,被控訴人の従業員らの勧誘等に違法行為があったと主張して,被控訴人に対して民法709条,そうでないとしても同法715条1項により,損害賠償を求めた事案である。なお,附帯請求は,控訴人が最後の出捐を行った日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求である。
(2) 被控訴人は,被控訴人の外務員に違法な勧誘等はないと主張して争っている。
2 争いのない事実等
(1) 当事者
ア 控訴人は,昭和27年○月○日生まれの男性であり,a株式会社(以下「a社」という。)●●●に勤務する者である。
イ 被控訴人は,商品取引所法の適用を受ける商品取引所に上場されている商品の先物取引等を業とする株式会社(商品取引員)である。
(2) 被控訴人において,控訴人名義で行われた売買(以下「本件取引」という。)の内容は,別紙建玉分析表のとおりである。なお,商品は東京穀物商品取引所アラビカコーヒー生豆という名称のコーヒー豆(以下「アラビカ」という。)であり,値段は1袋(69キログラム)当たりであり,売買単位である1枚は50袋である。委託手数料欄の数額は,消費税抜きであり,実際にはこれに消費税5パーセントが加算される。同表中,「直」は「売直し」又は「買直し」を指し,これは,既存建玉を仕切るとともに,同一日内で新規に売直し又は買直しを行ったことを意味する。「途」は「途転」を指し,これは,既存建玉を仕切るとともに,同一日内で新規に反対の建玉を行ったことを意味する。「日」は「日計り」を指し,これは,新規に建玉し,同一日内に手仕舞いを行ったことを意味する。「両」は「両建玉」を指し,これは,既存建玉に対応させて,反対建玉を行ったことを意味する。「不」は「手数料不抜け」を指し,これは,売買取引により利益が発生したものの,当該利益が委託手数料より少なく,差引損となっていることを意味する。これらを総称して特定売買という(ただし,当該各取引が「直」,「途」,「日」,「両」,「不」に当たるかどうかについては争いがある。)。
アラビカについて,商品取引所の定める委託証拠金基準額及び委託証拠金の額は,1袋1万円未満の場合1枚当たり4万5000円,1袋1万円以上2万5000円未満の場合1枚当たり6万円,1袋2万5000円以上の場合1枚当たり7万5000円であるが,値動きにより,毎日の最終約定値段による値洗い損合計額が商品取引所の定める委託証拠金基準額の2分の1を超えた場合は委託追証拠金(以下「追証」という。)が必要であり,追証を預託しなければ手仕舞いにされる。
委託手数料については,新規売買分が1枚当たり3150円,仕切分が同月内2100円,2ないし3か月目2415円,4ないし5か月目2730円,6か月目以降3150円であるが,同一日新規・仕切売買に限り往復で3150円(いずれも消費税5パーセント込み。)である(甲33,乙6,14,15の1,2)。
(3) 控訴人が被控訴人に対し,委託証拠金に充てるために預託した金員と売買損益金及び委託手数料の差引計算の結果,払戻を受けた金員は,次のとおりであり,控訴人にはその差額である1341万4440円の取引損が発生した(甲14ないし17,乙5,18)。
平成16年4月19日(以下,月日のみで表示する場合は,いずれも平成16年の事実である。) 240万円預託
5月6日 360万円預託
5月18日 300万円預託
6月4日 350万円預託
7月2日 110万円預託
7月27日 100万円預託
8月30日 202万円預託
9月14日 320万5560円払戻
3 争点及び当事者の主張
(1) 被控訴人従業員らに次の違法ないし不当な行為があり,これらを総合すると被控訴人従業員らないし被控訴人に不法行為が成立するかどうか。
【控訴人の主張】
以下のとおり,本件取引の勧誘段階及び取引遂行過程において各違法行為があり,被控訴人は民法709条の不法行為責任,そうでないとしても同法715条に基づく使用者責任を負う。
ア 不適格者に対する勧誘
以下のとおり,控訴人は商品先物取引の不適格者であった。
(ア) 控訴人は証券(株式)取引,商品先物取引の経験がなかった。先物取引の勧誘を受けたのも初めてである。控訴人は,先物取引に危険がある程度のことは知っていたが,取引の仕組み等については何も知らなかった。控訴人は,工業高校卒業で,その後繊維の新規技術の開発に携わってきた者であって,金融取引や経済問題には疎かった。
控訴人は,本件取引で利益を上げようと思ったことはなく,出したお金が返ってくることだけにしか関心がなかった。
(イ) 控訴人は,a社に勤務するサラリーマンであるから,勤務時間を職務専念義務に拘束される身である。相場情報の取得,分析,検討や外務員とのやりとり等に充てるべき十分な時間がなかった。また,控訴人には投機取引に必要な情報収集力,判断能力が備わっていなかった。
(ウ) 控訴人は,給与生活者であって,給与及びその蓄えは家族の生活のための資金であり,投機適格資金ではない。控訴人は,投機行為を行うのに相応しい経済的基盤を有していなかった。
(エ) 被控訴人従業員が控訴人に記載させた取引事前申込書(乙1)は,業者が気軽に委託者に書かせるものであり,控訴人の真意に基づかない。4月16日,控訴人は取引事前申込書(乙1)や約諾書(乙2)に署名しているけれども(ただし,押印したのは同月19日である。),それは取引をすると言ってもいないのに被控訴人従業員B(以下「B」という。)から既に注文(取引)が成立していると告げられたため,それが事実であると誤認し,かつ同人らから「6月には必ず戻ってきます。」と将来において控訴人が受け取るべき金額に断定的利益判断を提供されてその旨を誤信したことによるものである。控訴人は,被控訴人が控訴人名義で取引を勝手に始めてしまったので,3か月後には必ず返してもらう条件で契約をしたにすぎない。この意味でも上記各書面(乙1,2)は単なる形骸でしかない。
イ 断定的判断の提供
控訴人を最初に勧誘した被控訴人従業員であるC(以下「C」という。)は,4月15日,先ず控訴人の職場に電話で商品先物取引の勧誘をし,控訴人が明確に断ったのに,執拗に一度会うよう懇請し,同日午後9時ころから午前0時ころまで,焼鳥屋において,しつこく,「コーヒーの値段がいま下がっているので,これからは必ず上がる。いまコーヒーを買えば利益になる。」と言った。控訴人は最後まで断り続けた。店の支払はCがした。
翌16日,Cは朝,控訴人の職場に電話し,「コーヒー豆がえらいことになっています。」などと一方的にまくしたて,控訴人が断るのに,いったん電話を切った後,再度電話をかけ,「今まで下げ一方だったコーヒー豆が上がり出しました。これからは上げです。」などと確実に利益を得られる旨強調して取引に勧誘した。控訴人はその申出を断った。
Cは同日,3度目の電話をして,控訴人に会うことを承諾させた。Cは,同日午後8時過ぎころ,喫茶店で,上司であるBとともに,控訴人に対し,商品先物取引の勧誘をした。この時,Bは「コーヒー豆が下がり続けていたが,これから持ち直して上がっていくので,いまが取引をする絶好のチャンスです。」など必ず儲かるということを繰り返し喋りまくり,断定的利益判断を提供して勧誘した。
ウ 説明,情報提供義務違反
被控訴人従業員らは,「商品先物取引委託のガイド」や専門用語等について大雑把な説明をしたに過ぎない。商品先物取引は危険性が高いので,投機性について熟知していることが契約の前提でなければならず,勧誘するときの説明は,取引の仕組み・危険性,対象商品の特質等の熟知を目的とし,特に損をした場合の危険性・対処方法,取引対象の特性・価格形成等を完全に理解させて納得させる必要がある。取引経過中においても,絶えず変転する相場の情報について告知していく義務がある。被控訴人従業員らのような性急な契約の取り方は,社会的相当性を逸脱しており違法というべきである。
エ 執拗で欺瞞的な勧誘方法
被控訴人従業員らは,以下のように控訴人を困惑させて契約締結に追い込んだ。これは社会的相当性を甚だしく逸脱した違法行為である。
(ア) 控訴人は,電話でも面談でも繰り返し取引をする気がないことを伝えたにもかかわらず,被控訴人の従業員らは執拗に勧誘を継続した。
(イ) Cは,4月15日の電話において,控訴人が取引に応じるとも答えていないのに「とれるかどうか分かりませんが,一度聞いてみます。ちょっと5分ほど待ってください。」と言って勝手に電話し,あるいは電話をする振りをして,既に注文が通ってしまったから契約せざるをえないように装って契約の締結を迫った。
(ウ) 4月16日喫茶店において,Bは,控訴人に対し,既に控訴人が契約したような状況になっているかのように,「Cが,X様のために良いようになると思ってしたのに,それでは会社での彼の立場はどうなるんですか。」という旨の話を繰り返し,さらに,「あなたは人として何も感じないのですか。」と控訴人に執拗に,責任をとるべきかのように言った。
Bは,最終的に,「6月には必ず戻ってきますので,それまでということで120万円ほど都合してくれませんか。」と虚偽の事実を申し向けた。控訴人は根負けし,6月に戻ってくるならと思って出金することを承諾した。
(エ) 4月19日,控訴人が120万円を預託した際,被控訴人の従業員であるD(以下「D」という。)も,控訴人に対し,「もうあと120万円都合してもらえたら,連休明けにお返しできます。」と甘言を弄して欺いたので,控訴人はさらに120万円を郵便局から引き出してDに渡した。
オ 新規委託者に対する保護義務違反
被控訴人の作成している受託業務管理規則に定める新規委託者保護規定(第9条)の合理性には疑問があるが,それを前提にしても,控訴人の場合には契約後3か月の習熟期間内の取引制限は15ポイントで50枚以内となる。
ところが,控訴人の建玉は以下のように被控訴人の受託業務管理規則による新規委託者保護規定にも違反している。したがって,被控訴人の営業方針には新規委託者の保護など最初から念頭になかったものである。
(ア) 4月26日(取引開始後7日) 売残,買残各40枚の合計80枚
(イ) 5月7日 100枚
(ウ) 5月10日 147枚
(エ) 5月20日 190枚
(オ) 6月2日 210枚
(カ) 6月3日 230枚
カ 利乗せ満玉
利乗せ満玉とは,商品取引によって生じた差益を顧客に返還しないでこれを計算上委託証拠金に振り替えて,その増加した証拠金で建玉可能な限度一杯の取引を継続する方法をいう。
利乗せ満玉それ自体は,顧客に利益も損失も生じさせないけれども,顧客の手元に余剰資金を留保しないものであるから,相場動向が逆転した場合に適切な対応に窮する結果となって顧客に損失をもたらす難点があり,一般に賢明な取引方法とは考えられない。
被控訴人は,以下のように利乗せ満玉をしている。
(ア) 5月7日の前場2節でアラビカ40枚を売仕切り,43万円の利益が出た。同節でアラビカ40枚の買直しをし,同日後場1節でアラビカ20枚の売建と7枚の買建をした。
(イ) 5月11日の前場2節でアラビカ40枚を売仕切って57万円の利益を出すと,同節で43枚の買直しと5枚の売建をした。
(ウ) 6月2日の前場2節でアラビカ60枚を売仕切って150万円ほどの利益を出すと,同節でその利益を上乗せしてアラビカ122枚の買直しをした。
キ 一任売買
控訴人は,そもそも取引意思そのものがなく,控訴人が自ら注文したものではない。取引を続けたのは,仕方なく出捐した資金を返してもらうためだけであった。
被控訴人の従業員は,以下のように控訴人に申し向けて控訴人をパニック状態に陥らせるなどして自在に操縦し,控訴人から次々と大金を引き出した。控訴人が自らの相場判断で積極的に売買の指示をしたことは一度もない。
(ア) 4月下旬ころ,被控訴人の従業員であるE(以下「E」という。)において,「Xさん,いま危ない状況になっています。早く対応する必要があります。」「対策として,新たな入金なしでも進めることができますが,リスクが大きくなります。より安全に回収を図るには追加金が要りますよ。」「早く対応しないと,ますます危ないことになりますよ。」
(イ) 4月30日,Eにおいて,「追証金が必要になった。Xさんから早く返してくれと言われたので,勝負に出たらマイナスになったのです。」「新規開設の神戸支店に移ったことによる,健全な帳簿上の整備のために必要です。」「Xさん,また危ない状況になったので,安全策を取るために追加金を入れてください。」「いま状況がどんどん変わっているんですよ。待てばどうかなるのですか。早く対応しないと取り返しのつかないことになりますよ。」
ク 過当な反復売買(ころがし)
(ア) 被控訴人の従業員らは,控訴人に対し,前記キのように申し向けて,過当な反復売買をさせた。
(イ) 本件では,以下のように,無意味な反復売買ないし委託者の利益を無視した手数料稼ぎ行為の徴表とされる特定売買が60回あり,特定売買率も62.5%である。
a 売直し,買直し 6回
b 途転 10回
c 両建 27回
d 日計り 7回
e 手数料不抜け 10回
(ウ) 本件では,損金に占める手数料割合は,75.83パーセントである。
a 委託手数料合計 1017万2800円
b 売買差損金 273万3000円
c 差引損金 1341万4440円
(エ) 特定売買の回数の多さとその全体に占める割合の大きさや,委託手数料の額とその損金に占める割合の大きさは,本件の一連の取引が控訴人の合理的意思によらない,被控訴人主導の過当な反復売買であることを推認させる。
ケ 向い玉による「客殺し」
被控訴人は,委託玉の売りと買いとの差を自己玉で埋めていた(差玉向かい)。商品先物取引は,ゼロ・サムの関係にあるから,取引員において自己玉を建てて利益を取ろうとする場合は,必然的に委託者と勝負をし,委託者の委託玉を損失に導くことになる。すなわち,商品取引員に利益が生じ,委託者に損失が生じた場合,商品取引員は,委託者に損切りのための手仕舞いを勧め自己玉も手仕舞いして利益を確保することができる。また,商品取引員に損失が生じ,委託者に利益が生じた場合,商品取引員と商品取引所との間では委託玉と自己玉損益が相殺されて実質上売買差損益金の授受がない結果,委託者から利益の払い出しを要求されると商品取引員は自己の財産から支払わなければならない関係にあるから,商品取引員は,委託者に手仕舞いをさせないように勧めたり,手仕舞いにより発生した利益を委託証拠金に振替(利乗せ)させることを勧めるなどして取引を継続させようとする動機となる。被控訴人が控訴人には利益になるように装って売買を勧め,その裏で自社の利益獲得のために反対玉を建て続けることは,犯罪行為にほかならない。
【被控訴人の主張】
ア 不適格者に対する勧誘
(ア) 控訴人は,取引の仕組み,内容等について被控訴人の営業担当者から取引の委託のガイドで十分に説明を受けている。被控訴人は,取引事前申込書(乙1)により控訴人の属性について申告を受け,これらの資料を参考に受託業務管理規則(乙13)に基づき控訴人の商品先物取引にかかる適格性について審査判定をしている。
(イ) 控訴人は,第1回お客様アンケート・カード(乙1)において,理解,認識していると回答している。しかも,控訴人は,取引の仕組み,内容,損得等十分理解した上で自己資金で取引に参加するという旨の説明内容理解書も別途差し入れている。
(ウ) 控訴人は勤務時間中,被控訴人に対し,電話により頻繁な情報収集をし,積極的に取引の指示をなす等,取引に対する自主性は極めて顕著であった。
イ 断定的判断の提供
被控訴人の従業員Cやそのほかの従業員らは,以下のとおり,断定的判断の提供を全くしていないし,必ず儲かる等といった控訴人を誤信させる発言は一切していない。
Cは,4月15日,控訴人の職場に電話して商品先物取引の案内をしたが,控訴人の方から同日食事でもしながら話を聞く旨応じたので,同日午後9時ころから焼鳥屋で商談を行った。その際,Cは,取引の仕組み,危険性等を説明した上,アラビカの市況,今後の展望を説明した。控訴人は熱心に聞いており,先物取引に興味があり,儲けたいとの気持ちがあった。
同月16日,Cが電話をかけたところ,控訴人は「全く興味がない。」と言って電話を切った。Cが再度電話をかけ,「アラビカコーヒーの良い情報が入ったので,勤務が終了してからお会いできないか。」と言うと,控訴人はこれに応じた。同日午後8時ころから,喫茶店でC及び上司のBは,控訴人と話をした。その際,Bは取引の仕組み,損益計算方法,危険性等を詳細に説明し,アラビカの市況・今後の展望を話した。そうすると,控訴人は,20枚の120万円で取引に参加したいと申し入れたので,Bは取引事前申込書,アンケート・カードに回答してもらい,さらに約諾書を差し入れてもらった。
ウ 説明,情報提供義務違反
被控訴人の従業員であるCらは,控訴人に対し,委託のガイド等を交付し,損益計算について社用便箋に例を記載し,追証を請求される場合,預託した証拠金以上の多額の損失となる場合もあること等も挙げて,取引の仕組み,内容,危険性等を説明しており,説明,情報提供義務違反はない。控訴人は,商品先物取引の仕組みや内容について十分理解している旨を説明内容理解書(乙3),第2回お客様へのアンケート(乙10),建玉超過申出書(乙11)に記載している。
エ 執拗で欺瞞的な勧誘方法
被控訴人従業員であるC及びBの勧誘方法は,前記イ記載のとおりである。また,4月19日,Dは,控訴人に対し,予測として,連休明けに大きな値動きをするパターンが多いと答えたのみである。したがって,控訴人の主張はいずれも根拠のない虚構である。
オ 新規委託者に対する保護義務違反
被控訴人が新規委託者の習熟期間を設けて,委託者の属性を踏まえ,総合的にポイント制で管理していることは控訴人主張のとおりである。しかし,これによれば,控訴人は15ポイントで取引制限は100枚以下である(乙13・第11条1項③)。
その後,控訴人は,建玉超過申出書(乙12)を提出し,240枚まで取引ができるように取引拡大を申し出た。控訴人が取引数量を拡大せざるを得なかったのは,以下のとおり控訴人の相場判断が招いた結果である。このことは,残高照合通知書・残高照合回答書(乙4の1ないし4)の記載上明らかである。
(ア) 控訴人は値上がり予想で初回建玉を行ったが,思惑に反して大きな値下げ局面に遭遇した。担当外務員は損切りを勧めたのに控訴人はこれを極端に嫌い,あえて両建を希望し,相場動向を見ることになった。
(イ) 両建直後,値上がり傾向の相場展開に移行するなど乱高下の様相となった。
(ウ) 買玉に評価益が出てきた状況を見ると,控訴人は単純に利益を出そうとした。担当外務員はリスクが拡大することを説明したが,控訴人は一定ラインまで値上がりをして再度下げ局面があると予想し,買玉の利食いのみを優先した。そして相場展開の悪化も伴い証拠金の有効保有を減少させていった。
(エ) 証拠金の有効保有が減少するために資金を追加して相場を追い,建玉を増加していった。
カ 利乗せ満玉
利乗せ満玉の一般論についての控訴人主張は理解できるが,被控訴人が「客殺し」の意図をもって利乗せ満玉を勧めたことは一切ない。また,被控訴人が利益金の払い戻し要求を拒否したり,控訴人に無断で利益金から証拠金に振り替えたこともない。利乗せ満玉も控訴人が選んだものである。
キ 一任売買
以下のように,一任売買は一切ない。控訴人は,必ず一旦電話を切って30分ないし1時間以内に再度電話して指示した。控訴人が指摘する一連の発言はなく,控訴人の主張は虚構である。
(ア) 4月26日の電話で,控訴人が「きっちりアドバイスして利益を取らせてくれ。」と言うのに対し,Eは,控訴人に対し,「この取引は元本保証ではなく,取引の一任もできない。」旨告げた。この日,アラビカの値段が急激に下がり,追証がかかりそうになったため,Eは再度電話し,控訴人に対し,建玉を手仕舞い及び一部決済する方法,追証を入金する方法,買建玉をして平均値を下げる方法(難平),反対の売建玉をする方法(両建)等を説明し,控訴人は両建を選択した。Eは両建のリスクが加わることを説明し,控訴人は了承した。
(イ) 4月30日に控訴人が360万円を入金した後,控訴人の指示による売買の結果,取引内容が悪化することが度々あった。その都度Eは,リスクを強調して建玉の一部処分をアドバイスした。しかし,控訴人は,極端に損切りを拒み,追証の必要性がある度に,早く取り戻したいという意思で追加の証拠金を入金した。Eは,その度に,控訴人に対し,余裕資金の範囲内であること,自己の責任と判断で取引を行っていることを確認した。被控訴人は,残高照合通知書の確認及び建玉超過申出書を差し入れてもらうなどし,控訴人はすべての残高照合通知書及び申出書にその意思で署名押印した。
ク 過当な反復売買(ころがし)
過当な反復売買(ころがし)を勧めたことはない。控訴人が指摘する「特定売買」は,「客殺し」の意図をもって勧めた場合はともかくとして取引手法自体としては何らの違法もないことは判例である。
ケ 向い玉による「客殺し」
被控訴人が控訴人には利益になるように装って売買を勧め,その裏で自社の利益獲得のために反対玉を建てたことなどない。
客殺しの手法としての向かい玉はあり得ない。自己玉は,①場勘定の流出の回避,②委託者の立替金の過大な発生の回避,③ストップ高とかストップ安において委託者の注文の救済等を目的とするものである。
(2) 過失相殺
【被控訴人の主張】
仮に,被控訴人に何らかの過失があるとしても,控訴人の過失は非常に大きいから,大幅な過失相殺は免れない。
【控訴人の主張】
本件は,一方が専門家で,他方が素人であること,加害行為が故意によるものであり,しかも被害者の過失を誘引したものであること,社会的秩序を乱す違法行為を容認する結果を招くことがあってはならないこと,人を信頼したことを不注意とすべきでないことなどから,過失相殺をすることは許されない。
(3) 控訴人の損害
【控訴人の主張】
ア 取引損1341万4440円
イ 弁護士費用相当損害134万円
【被控訴人の主張】
控訴人の損害は否認する。
第3争点に対する判断
1 争点(1)(被控訴人従業員らないし被控訴人の不法行為の成否)について
(1) 認定事実
上記争いのない事実等,証拠(甲1,乙20,22,証人C,同D,同E,控訴人本人のほか,後掲括弧内の各書証)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。
ア 控訴人は,昭和27年○月○日生まれであり,被控訴人との取引当時,51ないし52歳の男性である。控訴人は,工業高等学校工業化学科を卒業した後,b株式会社に就職した。控訴人は,当初b株式会社の●●●研究所で液晶の合成実験の研究に携わっていた。平成11年ころa社が発足し,このときから現在まで控訴人はa社に勤務している。控訴人は,a社で繊維加工などの新規技術の開発に携わっている。控訴人は,本件取引に至るまで,商品先物取引の経験はなく,株取引の経験もなかった。
イ 4月15日,被控訴人の本店営業部従業員であるC(甲2)は,控訴人の職場に電話をして商品先物取引の勧誘をした。控訴人はこれを断ったが,Cがなおも話をしたいと述べたことから,控訴人の勤務時間終了後にJRのc駅前で待ち合わせることになった。同日午後9時過ぎころ,控訴人とCは待ち合わせの場所で会い,そのまま駅前の焼鳥屋に行った。
焼鳥屋でCは,飲食しながら商品先物取引の話をした。Cは控訴人にチラシや約半年前にコーヒー豆が記録的な安値であったとの新聞記事を見せ,さらにアラビカの長期的な値動きを示すグラフにおおまかな価格変動の傾向を示す線を書き入れたりしながら,コーヒーは値下がりしていたが,最近底値を続けており,今後値上がりしそうである旨を述べて,取引の勧誘をした。Cは他方で,商品先物取引の仕組みを説明した上,同取引では,大きく利益を上げられる可能性があるが,損失もありうること,委託証拠金と追証についても説明書面を渡すなどして説明した。Cは,午前0時ころまで説明及び勧誘を続けたが,控訴人は取引には消極的な応答に終始していた。焼鳥屋の飲食代金はCが支払った(甲7の1ないし5)。
ウ 4月16日,Cは,控訴人の勤務中に電話をかけ取引の勧誘をしたが,控訴人はこれを断ったところ,Cはいったん電話を切った。Cは控訴人にさらに電話をし,コーヒー豆が上がり出したなどと述べ,会って話をしたい旨迫った。そして,控訴人とCが控訴人の勤務終了後に再びc駅前で会うことになった。
控訴人は,同日午後8時ころまで勤務した後,c駅前でCに会った。Cは上司の本店営業部課長代理であるB(甲3)を同行していた。控訴人,C及びBは,駅前の喫茶店に入った。同所では,Bがほとんど話をし,Bは,コーヒー豆が下がり続けていたが,これから上がっていく見込みであるなどと述べて,コーヒー豆の買建を勧めた。控訴人は初めは断っていたが,ついには取引を始める旨応じた。
そこで,控訴人は,取引事前申込書(乙1),約諾書(乙2)を作成してBに渡した。
控訴人は,取引事前申込書の年齢欄に「51歳」,家族欄に「5人」,お勤め先欄に「a社」,役職欄に「主任」と各記載し,「商品先物取引の経験」及び「株式取引の経験」のいずれも「無」に印をつけ,投資予定額欄に「1020万円」と記載し,年収の欄の500万円以上,1000万円以上,1500万円以上,2000万円以上の選択肢の中から500万円以上に丸印をつけたが,資産状況欄は記載せず,住居欄は社宅に丸印をつけた。なお,控訴人は,動かせる資産として,5ないし600万円位である旨告げ,Cもそのように認識した。また,控訴人は,取引事前申込書の第1回お客様アンケート・カード欄に委託のガイド(事前交付書面)の交付を受け説明があったこと,損益計算の算出方法,委託追証拠金制度,値幅制限(ストップ高・安),各種の委託証拠金制度のいずれについても理解したこと,入金した以上に損失が発生すること,商品先物取引は投機的な性格のために元本保証・利益保証ができないこと,取引によって生じた損益は顧客に帰属することのいずれについても認識していることをそれぞれ示す箇所に丸印を付けた。また,控訴人は,取引事前申込書の受領証欄の商品先物取引実践ビデオ及び小冊子(定時増・臨時増証拠金の追加説明文を含む)を必見しますという欄に丸印を付けた。同受領証欄には,担当外務員Cから商品先物取引-委託のガイド(事前交付書面),取引事前申込書,第1回お客様アンケートカード,商品先物取引実践ビデオ及び小冊子,受託契約準則及び約諾書・通知書(控)について説明を受け受領したことが記載されている。上記商品先物取引-委託のガイド(乙15の1)には,商品先物取引の仕組み,これがハイリスク・ハイリターンな取引であり,委託証拠金以上の損失が生じうること,追証が必要になる場合があること,取引員に委託手数料を支払うべきことなどが解説されている。
控訴人が署名した約諾書(乙2)には,「私は貴社に対し,商品取引所の商品市場における取引の委託をするに際し,先物取引の危険性を了知した上で取引を執行する取引所の定める受託契約準則の規定に従って,私の判断と責任において取引を行うことを承諾したので,これを証するため,この約諾書を差し入れます。」との印刷文言の記載がある。
そして,B及びCは,控訴人に対し,アラビカ40枚,証拠金240万円の取引を勧め,控訴人は,とりあえず,4月19日に120万円を入金する旨約束した。
上記話合いを受けて,Cは,4月15,16日ころに控訴人の顧客カード(乙8の1)を作成し,新規建玉枚数として40枚との記載をし,被控訴人の管理部から控訴人との取引について適との判断を得た。
エ 4月19日,控訴人は,被控訴人本社に120万円を持参した。このとき控訴人に応対したのは本店営業部課長のD(甲4)である。Dは,控訴人に対し,再度先物取引の仕組み,計算方法及び相場について説明した。そして,アラビカの価格上昇について状況が良く,連休明けには大きな値動きがあるという趣旨の説明をし,さらに120万円を入金して取引額を増やすよう勧めた。そこで,控訴人は取引のチャンスと受け止め,持参した120万円の他に,新たに120万円を郵便局から引き出して合計240万円をDに渡した(乙21)。
控訴人は,その場で,Dの提示した文案に従い,「説明内容理解書」(乙3)を全文手書きで作成し,署名押印の上でこれをDに渡した。説明内容理解書には,「私は,営業担当者のD氏から,商品先物取引の仕組み・損益計算・仕切り(決済)・買注文・売注文・追証制度,及び現時点での契約破棄も可能であること等の説明を受け,理解しました。尚,投機性があることも理解したうえで,自己資金にて取引に参加しますので,一切問題ありません。」と記載されている。
被控訴人は,上記預託金を証拠金として,アラビカ40枚の買建(別紙建玉分析表No.1(以下,同表の取引を単にNo.を用いて特定する。))をした。
オ 4月19日ころ,被控訴人は,控訴人に対し,控訴人の取引担当を,被控訴人の本店営業部次長であるEとする旨通知した(甲5,8)。
4月26日ころ,Eが勤務中の控訴人に電話し,アラビカが急落し,建玉に追証がかかりそうであり,早く対応すべき旨告げた。Eは,さらに,対処方法として,建玉を仕切る方法,追証を入金する方法のほか,難平,あるいは両建による方法があるが,損失をいったん止めて,上がるまでを待つために両建が良い旨説明した。控訴人は,上記説明により,両建を選択し,Eは,証拠金の入金はなかったものの,同日40枚の売建(No.2)をした。控訴人は,4月30日に至って,Eに上記証拠金用を含め360万円を預けた(被控訴人の委託者別委託証拠金現在高帳(乙5)には,5月6日付で入金処理されている。)。5月7日,上記預託金の内,上記両建に使われた240万円以外の120万円を証拠金として売建20枚(No.7)がなされ,かつ同日までに仕切られた取引による益金累計額42万7400円のほとんどの42万円を証拠金として,買建7枚(No.8)がなされた(利乗せ満玉)。同月11日,それまでに仕切られた取引により不要となった証拠金に益金累計額21万2900円の過半である12万円を加えた金員を証拠金として,売建5枚(No.13)と買建43枚(No.14)がなされ,6月2日にはそれまでに仕切られた取引により不要となった証拠金に益金累計額309万9450円のほとんどの306万円を加えた金員を証拠金として,買建132枚(No.29)がなされた(利乗せ満玉)(甲9ないし11,乙5,7)。
5月以後も,Eは,控訴人に対し,電話により,相場の状況が切迫している旨告げ,対処方法を説明して建玉及び仕切りを勧め,控訴人はこれに従って建玉,仕切りの取引を重ねた。また,控訴人は,同月18日以後も,Eからの電話で,追証が必要になった旨告げられ,これに応じて金員の追加預託を重ねた。
この間,控訴人は,4月26日,同月30日,5月17日,6月3日に,いずれも被控訴人から送付された各同日現在の本件取引の残高照合通知書と一体となった残高照合回答書の選択肢のうち貴社発行の残高照合通知書の記載内容に相違ないとの箇所に丸印をつけて,被控訴人に差し入れた。控訴人は,うち4月26日と6月3日の各回答書には,Eに指示され,本件取引につき,担当者Eと互いに常に確認した上で問題なく売買を行っている旨の記載もしている(乙4の1ないし4)。
カ 以上の次第で,控訴人は,別紙建玉分析表記載のとおりの取引をし,同表記載のとおりの損益があった。また,各取引について,同表「直」,「途」,「日」,「両」,「不」の各欄の記載内容どおりの特定売買があった。
キ 被控訴人は,アラビカにかかる控訴人の建玉の行われた日について,毎日多数回,顧客からの委託玉について,売り,買いどちらか委託玉の少ない方に多量の自己玉を建てて,その差の大半を埋めていた。控訴人の建玉との関係でも,控訴人及びほかの委託者の建玉と対向し,反対建玉との差の大部分を埋める自己玉を数十回建てていた(甲18の2,甲50)。
(2) 控訴人の本件取引への適格性について
上記(1)認定によれば,控訴人は,本件取引開始当時,51歳の男性であり,会社員として勤務し,年収500万円程度あったとはいえ,投資に即応しうる資金としては500万円ないし1000万円程度で,格別の財力もなく,商品先物取引の経験はおろか,株取引の経験もなかったというのであり,しかも,その仕事は技術者としてのものに過ぎず,本件取引のような多数回多額の反復取引をなすほどの資力,時間的余裕にも乏しい者であったということができる。したがって,控訴人は,商品先物取引一般について,十分な説明と取引の態様によっては,全く適格性を欠くとまではいえないものの,商品先物取引についての理解力が十分とはいえない上,その地位,経済力に照らし,本件取引のような態様の取引への対応能力に乏しい者であったと認めるのが相当である。
(3) 被控訴人の勧誘過程において断定的判断の提供,説明・情報提供義務違反,執拗で欺瞞的な勧誘があったかどうかについて
ア 上記(1)認定によると,C及びBは,4月15,16日の控訴人に対する勧誘において,控訴人が電話等で断っているにもかかわらず,電話を繰り返し,2度にわたって長時間面談するなど執拗に勧誘を続け,かつアラビカの値上がりが見込める旨強調したものであり,これをもって,断定的判断を提供したものとまでは認められないものの,取引に当初消極的であった控訴人をしてあえて取引に至らせたものであり,相当性を欠いた勧誘をしたものと認められる。
イ 説明・情報提供義務について,上記認定のとおり,控訴人は,被控訴人従業員らからの勧誘の際,C,B及びDから商品先物取引の仕組み,危険性等について説明を受け,これらを記載した資料を受け取ったうえ,これを理解した旨をアンケートで回答し,さらに手書で説明内容理解書(乙3)まで記載しているから,被控訴人従業員らにおいて,商品先物取引一般についての説明・情報提供義務を果していないものとまで認めることはできない。しかし,その説明等の内容は,商品先物取引の危険性について,大きく利益が上がる反面委託証拠金を上回る損失の危険もあるなどという程度に過ぎず,商品の値動き等から,本件取引,とりわけ別紙建玉分析表から抜粋整理した別紙値動き表にあるような短期間に相当大幅なものを含め頻繁に複雑な値動きが起き,その予測が商品取引員である業者にとっても困難であること(乙22,30,証人E)や,一定期間にどの程度の回数の取引を行うか,またその過程で追証の危険はどの程度あるのかや,委託手数料の累積による損失の危険の大きさまで商品先物取引について知識の乏しかった控訴人に理解させるに十分なものであったとはいい難い。
なお,控訴人本人の供述に照らしても,控訴人が本件取引をするに当たって,その危険性を十分理解していたものとは認められない。
ウ もっとも,控訴人(甲1及び本人尋問)は,4月16日の勧誘において,Bから,Cが既に取引を進めており,これを断るのは,人間として何とも思わないのかなどと責められ,断れなかった旨供述し,同日にBから,6月には必ずお金が返ってくると言われた旨,同月19日にはDから連休明けに返せると言われた旨供述する。
しかし,控訴人本人は,危険な取引ですよと言われたことは肯定する旨や,得するのは保証できませんという話も聞いた旨を供述していること,及び証拠(証人C,同D)に照らすと,上記控訴人の供述は採用できず,被控訴人の従業員らが欺瞞的な勧誘を行ったものとまでは認められない。
(4) 上記を総合すると,被控訴人従業員らによる控訴人に対する本件取引の勧誘は,商品先物取引の経験がなく,理解力及び対応能力に乏しい控訴人をして,本件取引のような頻繁な値動きがあり価格の予想が困難である商品につき,比較的短期間に多数回の反復取引をするについて,十分な説明・情報提供もなさないで,相当の確度で利益が見込めるものと誤信させ,かつ取引に当初消極的であった控訴人をしてその能力を超えた危険な取引に執拗に誘い込む不適切な勧誘であったものというべきである。
(5) 新規委託者保護義務違反について
証拠(乙8の1,乙13)によれば,被控訴人の定める受託業務管理規則では,新規委託者に対する取扱基準として,商品先物等取引経験の有無,年齢,職業及び役職,年収,お客様アンケート回答における理解の有無に分けてポイント数を設定しており(9,10条),上記ポイントの合計数に照らして,新規委託者との取引数量を,取引開始後3か月間は,10ポイント未満の受託しないから25ポイント以上の300枚まで段階的に制限する旨,15ポイント以上20ポイント未満での制限枚数は100枚である旨定めている(11条)こと,被控訴人は,この規則に基づき,控訴人について,取引経験なし0ポイント,年齢5ポイント,職業及び役職4ポイント,年収1ポイント,アンケートに理解したと回答5ポイントで,合計15ポイントであることから,制限枚数は100枚である旨判断していることが認められる。これは,被控訴人が自ら,上記制限内に取引を納めなければ,新規委託者の保護に欠けることとなるのを自認しているものというべきである。
もっとも,証拠(乙11ないし13)によると,被控訴人の受託業務管理規則には,上記取引制限に関して,委託者から自筆にて「この取引の危険性を了知し資金的に問題ありません」旨の建玉超過申出書の提出があり,被控訴人の総括責任者が認めた場合はこの限りでないとの規定もあり(11条),控訴人は,被控訴人に対し,5月6日,印刷文言で,商品先物取引の仕組み,内容等を理解し,建玉の増加と共に危険性も増すことを承知しており,投下資金は,余裕を持った自己の能力範囲であることなどから,受託業務管理規則の判断ポイントを超えて,150枚(この数字のみ自筆)の建玉枚数を希望する旨記載された建玉超過申出書を差し入れ,6月1日には,同様に240枚の建玉枚数を希望する旨の建玉超過申出書を差し入れていることが認められる。しかし,上記建玉超過申出書は,上記規則11条の規定にいう自筆での申出書提出には当たらない上,保護を受けるべき委託者自身が提出するに過ぎないものであり,上記100枚の制限超過を許容すべき事情も窺えないから,これを徴したからといって,新規委託者の保護の必要性が減少するものではなく,被控訴人の責任を緩和する根拠となるものとはいい難い。
そして,控訴人の建玉枚数は,別紙建玉分析表によると,5月7日には107枚,6月2日には210枚,6月3日には230枚に達するなど,新規取引開始日である4月19日から3か月以内にはほとんどの日で100枚を超過している。
以上によれば,本件取引には,新規委託者に対する保護義務違反があったものと認められる。
(6) 利乗せ満玉,一任売買,過当な反復売買(ころがし)について
ア 本件取引に利乗せ満玉ないしこれに準ずる利益金を委託証拠金に加えた建玉が3度あったことは,上記(1)認定のとおりである。
これらは,控訴人に対し,利益金の取得を妨げるのみならず,本件取引の値動きが頻繁複雑であることなどに照らすと,以後の取引で相場動向により,新たに多額の追証を要するようになったり,損失を拡大させる危険性を著しく増大させるので,不適当な取扱というべきである。
イ 過当な反復売買について,上記建玉分析表中の取引経緯からは,以下の事実を指摘することができる。
(ア) 直し,途転,日計り,両建,手数料不抜けについては,同表の「直」,「途」,「日」,「両」,「不」の各欄のとおりあり,直しが48回,途転が27回,日計りが7回,両建が45回,手数料不抜けが10回であり,重複分について,上記順序が先のもので1回として数えると,合計数は71回,特定売買比率は71÷154×100=46.1パーセントである。
(イ) 直しについて,同一場節において行われている例が繰り返されており,その多くは限月を異にするとはいえ,本件のような反復,継続的取引において,控訴人にとって実益は考えられず,主な目的は手数料稼ぎと見ざるを得ないものである。
もっとも,証人Eは,5月7日及び同月11日の各買直しについて,利食いのため,異限月間の鞘を取る意味や異限月の値上がり見込みで買いを入れた旨供述するが,別紙建玉分析表のとおり,5月11日の買直しについては,価格の低い1月限(No.12)から価格の高い3月限(No.14)に買直しているから,利食いの意味づけは疑問であり,買直しをすることによる見通しの改善については,異限月の物の価格はそれぞれ別々に概ね平行した値動きをしているから,このような異限月間の買直しをしたからといって,利益になるとする根拠は薄弱である。さらに6月2日の買直し(No.28とNo.29)及び同月8日の売直し(No.49とNo.51),同月17日の売直し(No.71とNo.73)に至っては,いずれも同場節に同限月間のものが大半であり,控訴人にとって無意味な直しで手数料が余分にかかり,不利益となるのみというべきである。
(ウ) 途転について,値が思惑と逆に動いた時に試みるものと考えられるが,頻繁な値動きのある中で行うのは,裏目に出る可能性も高く,利益になるとする根拠が薄弱である上,別紙建玉分析表のとおり,途転の中には,限月が異なるとはいえ,同場節で反対の建玉と両建の形で行われているもの(No.7とNo.8,No.50とNo.51,No.58とNo.59等)もあり,これは,途転の根拠がなかったことを端的に示すものといえる。
(エ) 日計りについて,別紙値動き表に照らすと,アラビカの同一日での値動きは概ね小幅に留まっていることから,手数料不抜けにつながりやすく,そうでないとしても,控訴人の利益は薄い一方,次の反復売買を招きやすいことにより,被控訴人に手数料を稼ぐ契機となる利益があるものと見られる。手数料不抜けについては,原則として控訴人の利益を軽視して,被控訴人に手数料稼ぎの利益を与えるものと見られる。
(オ) 両建については,値動きから損が出ている場合,それ以上の損失拡大を回避したり,追証を納める代わりに応急的になす意味が考えられるが,損失を固定するもので,控訴人にとって,それ自体損失を挽回するなどの利益をもたらすものではなく,かえって手数料がかさむものである上,取引の終了をしにくくするから危険が増す面もあり,基本的に避けるべきものである。しかし,本件取引では,別紙建玉分析表のとおり,両建の回数が多い上,同一限月のものも多く,取引開始直後の4月26日以降,常時両建の状態となっていたことに照らすと,仕切りのタイミング等でやむを得なかったような事情があって行われたとはいえず,控訴人にとって,上記手数料負担等の不利益をもたらすものであったと見るべきである。
(カ) 別紙建玉分析表のとおり,本件取引による委託手数料の合計額は1017万2800円及びこれに対する消費税額5パーセントで50万8640円の合計1068万1440円,売買差損金は273万3000円であって,この合計損金は1341万4440円であるから,損金に占める手数料(消費税込み)割合は,79.63パーセントである。
ウ 一任売買に関して,控訴人本人は,本件取引をEに一任した形で行った旨供述する。
しかし,これは,上記認定のとおり,控訴人が残高照合回答書を作成提出していること,及び証拠(証人E)に照らして措信し難く,一任売買があったとは認められない。
却って,証拠(控訴人本人,証人E)を総合すると,控訴人としては,本件取引において,アラビカの値動きや相場の見通し,さらに個々の取引の是非について,何ら具体的な意見を持ち得ず,4月26日の両建を含め,それ以後,ただEの勧めに従うのみであったものであり,Eは,4月26日には証拠金の入金を待たずに両建を行うなど,Eの主導により取引が行われていたものと認められる。
エ 以上のとおり,本件取引は,B,D,Eら被控訴人従業員らの主導により,短期間に多数回反復して行われたものであり,その間利乗せ満玉があり,直し,両建等の特定売買の回数が多く,その売買総回数に占める率も高く,しかも無意味で単なる手数料稼ぎとしか思えない取引も散見され,結果として被控訴人は非常に多額の手数料を取得し,しかも控訴人の損失に占める手数料の割合も極めて高いものであり,後記向かい玉の存在も合わせ,被控訴人従業員らが,控訴人の利益を軽視して,根拠が薄弱であるのに,多数回の売買を行わせたものというべきである。
(7) 向い玉による「客殺し」について
上記(1)キ認定の被控訴人が建てた自己玉は,顧客の委託建玉との関係で,これと対向する形で建てたいわゆる向い玉と呼びうるものであり,控訴人の委託建玉との関係でも,ほかの委託者の建玉と合わせた反対建玉と対向する形で建てられたから,向かい玉と呼びうるものであったと認められる。
ところで,証拠(乙30,証人F)及び弁論の全趣旨によると,向い玉の目的は,主として,自己玉と同様,投機的収益を上げるためであるが,その他,売買の枚数を一致させて売買を成立しやすくすること,委託証拠金の取引所への支払額を極力抑え,相場の変動により,委託玉について多額の差金支払の負担及びその立替金の過大発生の危険を回避したり,ストップ安,高になり,早急な手仕舞いを要する場合に対処することにもあると認められる。
そして,証拠(証人F)に照らすと,被控訴人には,向い玉により,自己玉の値上がりを予測し,一方控訴人に取引損を被らせる意図があったものとまで認められず,それ自体を違法とまではいうことはできない。
しかし,向い玉を有すること自体,その投機的収益追求の目的により,基本的に対向する委託玉を有する顧客と利害が対立する関係にあるから,被控訴人の従業員らが控訴人の取引について説明したり,意見を述べる場合,上記向い玉の存在に照らすと,専ら控訴人のために発言するかどうか疑わしく,控訴人の利益を軽視する可能性を否定できない。この点は,被控訴人の従業員らが本件取引に関与した際の,違法行為の有無を判断するに当たっての事情としての意味を有するものと考えられる。
(8) 以上の検討に照らすと,本件取引開始に先立つ被控訴人従業員らの控訴人に対する勧誘行為は,控訴人が,商品先物取引についての理解力及び対応能力に乏しく,しかも本件取引に消極的態度を示していたにもかかわらず,執拗に値上がりの見込みを強調して本件取引に誘い込んだものであり,本件取引も,被控訴人従業員らが主導して,新規委託者保護義務に違反し,かつ控訴人にとって損失の危険が大きく,手数料のかさむ態様の利乗せ満玉,特定売買比率の高い過当な反復売買という相当性を欠くものであり,以上は全体として違法であって,被控訴人従業員らには上記勧誘及び本件取引への関与について少なくとも過失があるから,控訴人に対する不法行為を構成するものと認めるのが相当である。
したがって,被控訴人は,上記従業員らの不法行為に基づき,民法715条の使用者責任を負うものというべきである。
2 争点(2)(過失相殺)について
(1) 上記1(1)認定事実によると,控訴人は,本件取引開始当時51歳の男性であって,会社員として勤務するなど社会経験を積んでおり,商品先物取引の仕組み,危険性について,被控訴人従業員らから重ねて説明を受けていたから,その危険性の具体的内容には十分理解が行き届かなかったものの,投資金額を上回る損失を被るおそれがあることを認識することができたというべく,その上,取引を重ねる過程で,残高照合通知書を受け取り,証拠(乙4の1ないし4)によると,同通知書には,値洗差金が日を経るにつれマイナスが増大している旨記載されていることが認められ,上記1(1)認定のとおり,Eから追証が必要との連絡を重ねて受けてもいた。そうすると,控訴人としては,本件取引の損得勘定が委託手数料も含めてどのようになっているのかを,本件取引の途中においても,被控訴人に確かめるべきであり,そうすれば,日を追うにつれて損失が増大していることを知り得たものと考えられ,これを知ったならば,取引を終了し,損失のさらなる増大を防ぐこともある程度可能であった。しかし,控訴人は,そのような行為に至らずに本件取引を継続した点,過失があるものというべきである。
(2) 他方,被控訴人従業員らの本件取引への勧誘及び関与の態様は,上記1に述べたとおりであり,アラビカの値動きなどに照らすと,故意に控訴人を騙して入金させ,これを巻き上げるために勧誘,関与をしたとまでは認められないものの,取引開始直後には,勧誘の際説明していた値上がり予想を大きく外れた値動きにより両建に追い込んだり,利乗せ満玉を行い,特定売買を多く行うなどの取引経過,控訴人の損失に占める委託手数料の多さなどから,控訴人の利益を軽視した行為であったといわざるを得ず,控訴人の損失の発生・拡大については,上記被控訴人従業員らの寄与の程度は大きいものというべきである。
(3) 上記各事情,その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると,控訴人の過失割合としては,3割を相当と認める。
3 争点(3)(控訴人の損害)について
(1) 控訴人の本件取引上の損害額は,第2の2(3)記載の取引損1341万4440円である。
これに,上記過失割合3割による過失相殺を施すと,以下のとおり939万0108円となる。
1341万4440円×(1-0.3)=939万0108円
(2) 弁論の全趣旨によると,控訴人は,本件訴訟の提起追行を弁護士に委任して行わざるを得なかったと認められるところ,その弁護士費用相当損害については,上記損害額及び本件訴訟の経過等に照らし,90万円を相当と認める。
4 結論
よって,控訴人の被控訴人に対する本件請求は,1029万0108円及びこれに対する不法行為による損害が全体として確定したものと認められる平成16年9月2日以後支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却するべきであり,これと異なる原判決を上記のとおり変更することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 高田泰治 裁判官 西井和徒)
<以下省略>