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大阪高等裁判所 平成18年(ネ)678号 判決 2006年7月11日

東京都中央区<以下省略>

控訴人

株式会社コーワフューチャーズ(以下「控訴人会社」という。)

同代表者代表取締役

大阪府高石市<以下省略>

控訴人

Y1(以下「控訴人Y1」という。)

千葉県浦安市<以下省略>

控訴人

Y2(以下「控訴人Y2」という。)

千葉県市川市<以下省略>

控訴人

Y3(以下「控訴人Y3」という。)

福岡県糸島郡<以下省略>

控訴人

Y4(以下「控訴人Y4」という。)

上記5名訴訟代理人弁護士

藤田美奈子

東京都<以下省略>

被控訴人

同訴訟代理人弁護士

中嶋弘

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

第2被控訴人の請求の趣旨(原判決一部認容)

控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して,3502万4820円及びこれに対する平成15年1月25日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第3事案の概要

原判決「第2 事案の概要」の記載を引用する。ただし,8頁3行目の「省令」を「商品取引所法施行規則」と改める。

第4当裁判所の判断

1  原判決「第3 当裁判所の判断」の記載を引用する。ただし,32頁aの1行目末尾の「以下」の前に「昭和25年農林省・通商産業省令第7号<平成15年農林水産・経済産業省令第1号による改正前のもの>,」を加える。

2  補足説明

(1)  控訴人らは,適合性の原則について,取引開始前の勧誘につき妥当するとか取引継続段階では違法性を判断する際の補充的な要素と位置付ければ足りるなどと主張する。

しかし,商品取引所法136条の25第1項4号は,改善命令等の要件ではあるが,商品市場における取引の受託等について,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って委託者の保護に欠けることとなっており,又は欠けることとなるおそれがある場合を挙げている。商品先物取引協会が定めた「受託等業務に関する規則」3条3項は,自主規制としての規則ではあるが,「会員は,取引開始後においても,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不相応と認められる過度な取引が行われることのないよう適切な受託者管理を行うものとする。」と定めている。これらの規定は,取引開始時点での適格,不適格だけを問題にしているのではないといえる。本件の事実関係においては,これまで認めた事実によれば,取引開始後まもなく被控訴人の資力に照らして過大な取引がされたということができ,被控訴人の経験,資力,他で働いているという条件に照らし,被控訴人が本件のような取引を理解し遂行できず,これに適合しないことは,明らかである。そして,原判決別紙2建玉分析表に示された取引がされたことなど,これまで認めた事実によれば,そのような不適格性は,被控訴人が多額の損害を被ったことに強い関連性を有するといえるのであり,不適格性の問題を単なる補充的要素としてしか考慮しないのは,相当とはいえない。

(2)  控訴人らは,平成14年8月28日に仕切を拒否した事実はないと主張し,その根拠として,被控訴人が控訴人会社に金員を預託したことを挙げる。また,控訴人らは,控訴人会社の制限を超える建玉要請が被控訴人の意思に基づくと主張し,その根拠として,被控訴人が控訴人会社に同年9月10日及び同月26日に金員を預託したことを挙げる。さらに,控訴人らは,控訴人会社が被控訴人の知識,理解及び資力等を勘案したと主張する。

しかし,同年8月28日の仕切拒否につき,証拠(甲31,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,同月24日(土曜日)から同月28日(水曜日)までは夏休みであったが,それ以外は通常の勤務をしており,通勤時間が片道1時間程度あり帰宅は毎日遅かったこと,上記28日には体調も悪かったことが認められる。このこと及びこれまで認めた事実によれば,被控訴人は,相当に多忙であり,先物取引についての経験もなかったのであるから,同人が,仮に先物取引をするとしても,夏休みが終わる平成14年8月28日までに取引を終えたいという意向を持っていたということは,十分ありうることである。また,体調も悪いという状況のもとで,同月28日にすぐに決済したいという意向を示したという供述も,信用できる。これに対して,控訴人Y3の供述は,業務日誌にも十分な記載がなく,信用することができない。被控訴人は,控訴人Y3に対し,平成14年8月28日,同日の取引終了までにすべての玉を仕切ることを指示したが,それは,実行されなかったと認められる。

そして,控訴人会社の制限を超える建玉要請が被控訴人の意思に基づくかどうかについて,これまで認めたとおり,被控訴人は,同月29日には控訴人Y4からガソリンの値段が下がっていると告げられ,自分でどうすることもできずパニックに陥り追い込まれたことから,やむなく勧められた売玉を建て,その後内容を十分把握できないままおびただしい取引をした。また,これまで認めたとおり,被控訴人は,同年9月25日には,追証を要求され,なぜ自分がこのような責任を負わなければならないのかといった不満を述べ,控訴人会社の担当者との面談の結果,1680万円入金すれば少なくとも1400万円は戻ってくるから入金してほしいと言われ,同月26日,1658万9020円を入金した。

このような状況に照らせば,被控訴人が9月10日や同月26日に証拠金として金員を預託したのも,主として控訴人Y3の仕切拒否や控訴人Y4の一任売買の結果やむなくそうしたと認められ,制限を超える建玉要請が被控訴人自身の意思に基づくなどとは認め得ない。

また,控訴人会社における勘案については,控訴人会社が,同社の受託業務管理規則7条所定の制限を超えることの可否につき,何らかの検討をしたことを示す書類はない。また,これまで認めた事実によれば,被控訴人は,相応の学歴,職歴や資産を有していたが,先物取引など,相場が変動する商品の購入などの取引をした経験はない。そのような者に,8月28日に仕切を拒否したうえ両建を勧めてそれをさせ,その後取引開始後1か月以内に1200枚以上のおびただしい枚数の取引をさせるなどは,被控訴人の理解,判断能力を超えていることが明らかであり,控訴人会社が被控訴人の能力等を勘案したなどとは認め得ない。

(3)  控訴人らは,両建に関し,控訴人Y4が被控訴人に対し平成14年8月29日に両建について説明したとの供述は合理的であり,被控訴人側が知識の習得を怠ったかのように主張する。

しかし,控訴人Y4の供述は,被控訴人の指示やその前提となる理解につきあいまいである。控訴人Y4自身,本人尋問において,9月4日午前11時50分に同一限月のガソリンの売り建て60枚と買い建て38枚を注文したのはなぜかを問われて答えられない。そのような取引を,被控訴人が理解し自らの意思で指示したなどとは考えがたい。これまで認めた事実によれば,控訴人らは,上記の取引も含め,先物取引の経験のない被控訴人に,取引開始3日で手持ち資産のうち高い割合の金員を預託させ,平成14年8月29日以降は,控訴人Y4において,包括的な承認のもと,取引開始後1か月以内の間だけでも1200枚以上の大量の取引をさせたこととなる。これは,明らかに被控訴人の理解,判断能力の限度を超える取引であり,包括的な承認が相応の理解に裏付けられていたともいえず,実質上の一任売買というべきである。そして,本件の取引は,大量の玉を建て,相場の変動により顧客に多額の損失を被らせる危険を犯しながら控訴人会社に多額の手数料債権を生じさせる取引であり,利益を生む取引もあったものの,最終的には被控訴人に多額の損害を生じさせ,損害賠償法上も強い違法性を有するというほかない。

(4)  控訴人らは,相場の動きに応じて臨機応変に対応する必要があるとかザラバ方式の下で特定売買の比率を論じることは意味がないなどと主張し,無意味な反復売買はなかったと主張する。

しかし,本件における取引総数及びその中に占める特定売買の比率はあまりに大きく,短期間に極めて大量の取引がされて多額の手数料が取得されている。このような取引内容に照らすと,控訴人らが主張するところを考慮しても,無意味な反復売買が多々あったといわざるを得ない。

控訴人らの主張は,採用することができない。

(5)  控訴人らは,仮に控訴人らに損害賠償義務が生じるとしても,過失相殺が認められるべきであると主張する。

過失相殺は,損害賠償制度を指導する公平の原則及び債権法を支配する信義則の立場から認められると解される。

しかし,これまで認めたとおり,控訴人会社は,経験がない被控訴人に対し,最初から仕切拒否やおびただしい一任取引を行っており,その行為の違法性は,全体として極めて強い。他方,被控訴人は,これまで認めた事実によれば,確かに勧誘に応じてではあっても自らの意思により取引に参加したといえるが,それも,平成13年からの数回にわたる勧誘の結果であり,積極的に先物取引による利益獲得を目指したとまでは認めがたい。これらのことに照らせば,被控訴人の自己責任を問題にして過失相殺を認めることは,公平であるとはいえず,上記のような違法行為をした控訴人らが過失相殺の主張をするのは,信義則上も相当でない。

控訴人らは,他の裁判例において過失相殺が認められる例が多いことを指摘するが,本件と事案が同一であるとはいえない。本件の証拠関係,事実関係に照らし,本件において過失相殺を認めることは相当でない。

(6)  控訴人らは,その他さまざまな主張をするが,これらは,これまで認めた事実に照らし,いずれも,本件の結論を左右するとはいえない。

3  以上によれば,被控訴人の控訴人会社に対する請求は,債務不履行による損害賠償請求のうち3390万4820円及びこれに対する平成16年2月10日から支払済みまで商事法定利率年6%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容されるべきである。平成16年2月10日は,訴状送達の日の翌日であり,それより前に損害賠償請求がされたことを認めるだけの証拠はない。被控訴人の控訴人Y1,同Y2,同Y3,同Y4に対する請求は,連帯して,共同不法行為による損害賠償請求のうち3390万4820円及びこれに対する平成15年1月25日(不法行為の最終日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容されるべきである。

これと同趣旨の原判決は,相当である。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 竹中邦夫 裁判官 久留島群一)

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