大阪高等裁判所 平成18年(ネ)731号 判決 2006年12月28日
控訴人
X
上記訴訟代理人弁護士
在間秀和
同
大橋さゆり
被控訴人
株式会社クリスタル観光バス
上記代表者代表取締役
W
上記訴訟代理人弁護士
伊丹浩
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は,控訴人に対し,
(1) 金700万2362円,
(2) 内金13万6463円に対する平成16年10月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(3) 内金29万6852円に対する平成16年11月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(4) 内金29万6852円に対する平成16年12月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(5) 内金29万6852円に対する平成17年1月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(6) 内金29万6852円に対する平成17年2月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(7) 内金29万6852円に対する平成17年3月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(8) 内金29万6852円に対する平成17年4月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(9) 内金29万6852円に対する平成17年5月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(10) 内金29万6852円に対する平成17年6月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(11) 内金29万6852円に対する平成17年7月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(12) 内金29万6852円に対する平成17年8月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(13) 内金29万6852円に対する平成17年9月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(14) 内金29万6852円に対する平成17年10月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(15) 内金29万6852円に対する平成17年11月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(16) 内金29万6852円に対する平成17年12月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(17) 内金29万6852円に対する平成18年1月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(18) 内金29万6852円に対する平成18年2月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(19) 内金29万6852円に対する平成18年3月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(20) 内金29万6852円に対する平成18年4月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(21) 内金29万6852円に対する平成18年5月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(22) 内金29万6852円に対する平成18年6月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(23) 内金29万6852円に対する平成18年7月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(24) 内金29万6852円に対する平成18年8月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(25) 内金29万6852円に対する平成18年9月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(26) 内金3万8303円に対する平成18年10月6日から支払済みまで年6分の割合による金員
を各支払え。
3 控訴人のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。
5 この判決は,第2項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,
(1) 金712万4448円,
(2) 内金14万6463円に対する平成16年10月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(3) 内金29万6852円に対する平成16年11月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(4) 内金29万6852円に対する平成16年12月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(5) 内金29万6852円に対する平成17年1月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(6) 内金29万6852円に対する平成17年2月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(7) 内金29万6852円に対する平成17年3月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(8) 内金29万6852円に対する平成17年4月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(9) 内金29万6852円に対する平成17年5月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(10) 内金29万6852円に対する平成17年6月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(11) 内金29万6852円に対する平成17年7月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(12) 内金29万6852円に対する平成17年8月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(13) 内金29万6852円に対する平成17年9月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(14) 内金29万6852円に対する平成17年10月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(15) 内金29万6852円に対する平成17年11月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(16) 内金29万6852円に対する平成17年12月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(17) 内金29万6852円に対する平成18年1月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(18) 内金29万6852円に対する平成18年2月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(19) 内金29万6852円に対する平成18年3月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(20) 内金29万6852円に対する平成18年4月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(21) 内金29万6852円に対する平成18年5月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(22) 内金29万6852円に対する平成18年6月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(23) 内金29万6852円に対する平成18年7月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(24) 内金29万6852円に対する平成18年8月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(25) 内金29万6852円に対する平成18年9月6日から支払済みまで年6分の割合による金員,
(26) 内金15万0389円に対する平成18年10月6日から支払済みまで年6分の割合による金員
を各支払え。
3 仮執行宣言
第2事案の概要
本件は,控訴人が,被控訴人に雇用されていたところ,60歳で雇用を打ち切られたのは,被控訴人と労働組合との間で成立した雇用延長に関する協定に反するなどと主張して,雇用契約上の権利を有することの確認及び上記雇用打切り後の賃金,うち平成16年10月5日支払期日分43万3314円については,同月6日以降の商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を付加し,その後の賃金月額29万6852円については,同年11月5日以降毎月5日限りの支払を請求した事案である。
原審は,控訴人の請求を棄却したので,控訴人が控訴した。
当審において,控訴人は,雇用延長の期間が満了したとして,雇用契約上の権利を有することの確認部分を取下げ,上記控訴の趣旨2項のとおり,雇用延長期間中の賃料及び毎月の支払うべき賃料に対する支払期日の翌日以降の商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める旨訴えを変更した。
なお,被控訴人について,もと大阪市住之江区を本店所在地とする株式会社クリスタル観光バスであったが,平成18年7月1日肩書住所地を本店所在地とする同名の株式会社クリスタル観光バスに合併され,同会社が訴訟を承継した。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)
(1) 当事者
ア 控訴人は,昭和○年○月○日生まれであり,平成16年8月24日に60歳となった者である。
イ 被控訴人は,昭和55年2月12日に設立された一般貸切旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社である。
被控訴人は,設立以来,南海観光バス株式会社の商号で営業を行ってきており,南海電気鉄道株式会社が被控訴人の株式の全てを所有していたが,平成15年1月24日,株式会社クリスタル(以下「クリスタル」という。)が,南海電気鉄道株式会社から被控訴人の株式全てを譲り受け,それに伴って取締役が交代し,商号も現在のものに変更された。
(2) 雇用契約の成立等
控訴人は,昭和60年9月17日,観光バスの運転手として被控訴人に採用され,3か月間の試用期間の後に本採用され,それと同時に,私鉄総連南海観光バス労働組合(その名称は,被控訴人の商号変更の際,私鉄総連関西地方連合会クリスタル観光バス大阪労働組合に変更された。以下「本件労組」という。)に加入した。
(3) 雇用延長に関する協定
ア 平成13年1月31日,本件労組と被控訴人との間で,「雇用延長に関する協定書」のとおり,協定が成立した(以下「本件協定」という。)。
(ア) 本件協定の一部である「雇用延長の基本方針について」に,次の定めがある(<証拠略>)。
「1 経営環境及び雇用情勢に著しい変化のない限り,平成13年4月1日以降,満60才に達する者の雇用を満62才まで延長する。
・ 但し,企業定年は満60才のままとし,就業規則は変更しない。
・ 延長者は,現職勤務継続可能な者を対象とし,本人の意志と会社の承認を前提とする。」
(イ) また,本件協定の一部である「雇用延長制度実施に伴う細目について」に,次の定めがある(<証拠略>)。
<1> 雇用延長の対象者について
「1 雇用延長は,満62才まで,現職務を継続する意志と能力,体力等を有することを前提とするため,年齢,体調等を理由とした本人都合による職務の変更はおこなわない。
2 次に該当する者は,雇用を延長せず,就業規則の定めにより退職するものとする。
(1) 現職務の継続が困難と判断される者
(2) すでに慢性疾患等,自己都合により他業務に従事している者
(3) 過去,服務及び事故(運転,営業,一般関係)関係で指導するも,その実のあがらなかった者」
<2> 雇用延長の手続について
「1 雇用延長を希望する者は,定年退職日の2ケ月前までに,その意志を書面により会社に願い出るものとする。希望しない者についても,その旨,会社に届け出るものとする。
2 満62才まで,現職務を継続する意志,能力,体力等の判定は,別に定める方法によりおこなう。
3 会社は,雇用延長の可否を総合的に判断し,定年退職日の1ケ月前までに,本人に通知する。」
イ 被控訴人の旧経営陣は,平成15年1月23日,被控訴人の株式のクリスタルへの売却に際し,本件労組に対し,従前の労使間の労働協約,個々の組合員との雇用契約はそのまま承継される旨を明確にした。
また,被控訴人の新経営陣は,同年2月25日,本件労組に対し,従前の労使間の労働協約,個々の組合員との雇用契約はそのまま承継する旨を確認した。
(4) 控訴人に対する「定年延長」の非承認
ア 控訴人は,平成16年7月23日付けの書面で「定年延長」を願う旨を被控訴人に通知した(<証拠略>)。
イ これに対し,被控訴人は,同月31日付けの書面により,控訴人の「定年延長」を「非承認」とする旨を控訴人に通知した。
ウ 被控訴人は,同年9月3日付けの書面(<証拠略>)において,前記イのとおり非承認とした理由が,次の点にあった旨を回答した。
(ア) 控訴人が,平成14年9月5日,京都市伏見区の城南宮において,バスを道路で逆走させ,バスを石垣に接触させて破損させ,かつ,事故報告を怠ったこと(この事実を,以下「本件事実ア」という。)。
なお,本件事実アについて,控訴人は,同年10月25日,被控訴人から5973円の減給の懲戒処分を受けた(<証拠略>)。
(イ) 控訴人が,平成14年12月ころ,自家用車を運転中に,スピード違反を犯し,90日間の免許停止処分を受け,年末年始の繁忙期に運転手としての業務に就けなかったこと(この事実を,以下「本件事実イ」という。)。
(ウ) 控訴人は,数年前から,髪型をポニーテイル(束髪)にして,本件労組からの注意にもかかわらず,改めなかったこと(この事実を,以下「本件事実ウ」という。)。
(エ) 平成14年及び平成15年の夏及び年末年始に長期休暇を取得したこと(この事実を,以下「本件事実エ」という。)。
(オ) 雇用延長の申請が定年退職日の2か月前までに行われていないこと(この事実を,以下「本件事実オ」という。)
エ 前記ウ記載の事実のうち,次の事実については,当事者間に争いがない。
(ア) 本件事実アのうち,控訴人が平成14年9月5日に城南宮で石垣に接触する事故を起こしたこと
(イ) 本件事実イ(但し,繁忙期との点を除く。)
(ウ) 本件事実ウのうち,控訴人が髪型をポニーテイル(束髪)にしていること
(5) 賃金
ア 被控訴人における賃金は,毎月20日締めで翌月5日払いである。
イ 控訴人は,前記(4)イのとおり雇用延長が非承認とされる前の3か月間について,次のとおり賃金の支払を受けており(いずれも,各前月20日締めで各月5日支給分であり,公租公課等の控除後の手取額である。),この3か月の平均は月額29万6852円である。
平成16年6月 40万3913円
同年7月 20万3212円
同年8月 28万3431円
ウ 控訴人は,平成16年8月21日から同月24日までの就労に対応する賃金として少なくとも15万0389円(公租公課等の控除後の手取額)を同年10月5日に受領したが,その後の賃金の支払は受けていない。
2 争点
(1) 本件協定の趣旨,すなわち本件協定は,実質的には自動的に,ないし本人の希望がある限り定年を延長するものであるかなど。
(2) 被控訴人が控訴人の定年に際し,雇用の延長を認めなかったことが,解雇権濫用法理に反し,許されないものか。
(3) 被控訴人が,控訴人の雇用延長を非承認としたことが,権利の濫用に当たるか。
(4) 控訴人の給与債権額,特に下記の支給分について
ア 平成16年10月5日支給分
イ 平成18年10月5日支給分
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)について
(控訴人の主張)
次に述べるところからすると,本件協定は実質的には自動的に,ないし本人の希望がある限り定年を延長するものであって,雇用延長の非承認は解雇に他ならない。
ア 平成11年,厚生年金の満額支給年齢が65歳からに引き上げられたことに伴い,私鉄総連が全国統一要求として,同年10月5日希望者全員の65歳までの段階的雇用延長の要求を掲げた。この統一要求に基づき被控訴人と本件労組との間においても労使交渉がもたれ,平成13年1月31日に本件協定が締結された。
本件協定の締結における交渉では,本件労組側がこの私鉄総連の統一要求の実現を強く求めたのに対し,会社側は年齢の上限にこだわり,結局は62歳までの定年延長という合意に至ったのであり,就業規則の定年規定を変更しないものの,希望者全員の62歳までの定年延長ということで合意に達したものである。そして,承認のための手続や定年延長の例外については,全く議論されなかった。
イ この定年延長については,本件協定の締結後,クリスタルによる経営となるまでに4名の該当者がいたが,いずれも,何らの手続もなく,雇用を延長されており,クリスタルによる経営となってからも本件までに2名が雇用を延長されている。さらに,本件の後も,3名が雇用を延長されている。
これらのいずれの場合も,自動的に雇用延長の扱いがされ,対象者ごとに雇用延長の当否が判断された事実は窺われない。
例えば,A運転手(以下「A」という。)については,非違行為や事故歴が見られたにもかかわらず,雇用が延長されている。
本件協定が適用される対象者の中では,本件協定の締結から現在に至るまでの間,雇用の延長を拒否されたのは控訴人ただ1人である。
ウ 以上のような本件協定の締結の経緯及びその後の運用の実態からして,本件協定のそもそもの趣旨は,62歳までの定年延長というところにあり,現実には,年齢的な問題から乗務に耐えられる健康状態か否かという点が客観的に検査等によって判断され,特別に職務の継続が困難と判断される場合以外は,本人の希望がある限り雇用を62歳まで延長するというものであった。
(被控訴人の主張)
ア 本件協定において前提事実(3)ア(ア),(イ)記載のとおり定められていることからすると,本件協定は,被控訴人の従業員の定年を62歳まで自動的に延長するものでもなければ,希望者全員の定年を62歳まで当然に延長するものでもなく,本件協定に基づく雇用延長の実質は,定年後の再雇用である。したがって,被控訴人は,雇用延長の可否の決定の手続,及び雇用延長の可否を決定する権利を有し,その裁量の余地は大きく認められる。
イ 被控訴人と本件労組との本件協定の締結に関する交渉において,希望者全員について自動的に雇用延長をするとか,定年を62歳に変更するといった話は出ておらず,逆に,雇用延長を希望する場合は,当該従業員が事前に申請を行い,これに対し被控訴人がその可否を判断するとの前提で,本件協定書の文案が作成され,労使双方が調印した。
ウ 雇用延長の対象者となった控訴人以外の6名について,それぞれ個別的に再雇用の可否が検討されている。
本件労組は,控訴人の雇用延長非承認について,個人的な事情に起因するものであるとの立場を取って,異議を唱えていない。
(2) 争点(2)について
(控訴人の主張)
被控訴人が控訴人の定年に際し,雇用の延長を認めなかったことは,解雇権濫用法理に反し許されないものであり,法的に効力がない。
ア 本件事実アについて
本件事実アのうち,バスを逆走させたというのは誤りであり,城南宮から道路に出る際に右折禁止の標識が木立で見えなかったために右折が可能であると判断して右折し,物損事故を起こしたにすぎない。なお,この標識の設置に問題があったとして,警察からの処分もなかった。
事故報告について,控訴人は,交通量が多い道路上で大型バスを停止させて報告するわけにいかなかったことから,走行可能であることを現場で確認した上で,城南宮から500メートルほど先の京都南インターチェンジから高速道路に入り,大阪方面に5分ほど走行したところにある桂川パーキングエリアで,事故後10分程度しか経過していないころに報告した。さらに,その後に事故報告書及び始末書を会社に提出している。
この程度の物損事故は決して珍しいことではなく,この事故をもって控訴人の勤務態度が悪い徴表であるとまでいうことはできない。
イ 本件事実イについて
これは,プライベートな場面におけるものである。
控訴人は,この違反までは全く無事故無違反でゴールド免許を受けていたし,勤続10年の際には被控訴人から無事故表彰(乗客からのクレームまで「事故」とされるため,運転手でこれを受けられる者は,珍しい。)等も受けている。
ウ 本件事実ウについて
控訴人は,束髪について,乗客から何らかの指摘を受けたことはなく,また,被控訴人や本件労組から注意を受けた事実もない。
エ 本件事実エについて
平成14年の夏については,控訴人の妻の母が高齢であり,兄弟らの肉親が一堂に会するのも最後になるかも知れないことから,控訴人だけが欠席するわけにもいかず,1週間の休暇をとった。この際,控訴人は,事前に事情を話し,年次有給休暇を取得したのであり,被控訴人から時季変更権の行使もなく,被控訴人の了解を得ていた。
また,平成15年8月にも,B部長に長期の休暇の取得を求めたが,B部長から仕事が詰まっているから休まないで欲しい旨を言われたため,長期休暇を取得しなかった。
さらに,同年12月27日,控訴人は,業務で奥飛騨方面に乗務したが,その帰路に体調を崩したため,翌年1月5日まで休暇をとった。これは,健康上やむをえない休業であった。
オ 本件事実オについて
本件協定の締結後,このような手続なしに雇用を延長する運用がされていたのであって,控訴人のみにこのような手続の遵守を求める理由はない。
カ 被控訴人は,事故歴や非違行為のある他の運転手について雇用延長を認めており,控訴人の事故歴が特に多いということは言えない。被控訴人は,事故歴の数の算定のために,期間についての一定の基準を立てることもしていない。
キ 控訴人は,被控訴人に対して,会社の違法行為や労働条件に関する様々な問題(特に労働時間等,労働基準法に関する事項,県外配車など)について,しばしば積極的に,率直に指摘してきた。そのため,被控訴人は,控訴人を嫌忌していたと考えられ,これが控訴人の雇用延長が認められなかった理由であったと考えられる。
(被控訴人の主張)
以下のとおり,控訴人は,多数の乗客の生命,身体の安全を預かるバス運転手としての適格性が認められなかった。また,控訴人の雇用延長を承認しなかったことが,被控訴人の裁量の範囲であったことは明らかである。
ア 本件事実アについて
現場の道路は,反対車線との間にポールが設置されており,仮に右折禁止の標識が見えなかったとしても,通常の注意を払えば,右折禁止であることは容易に判断できたものである。
また,控訴人は,事故現場からはもちろん,名神高速道路の桂川パーキングエリアからも事故報告を行っておらず,目的地に到着して客を降ろしてから,被控訴人に事故報告を行った。
事故現場の保存,乗客の安全等の観点からは,城南宮の駐車場でバスを駐車し,その場から被控訴人に報告することが適切であった。同駐車場を一旦出ても,城南宮を一周すれば,容易に同駐車場に戻ることができた。しかし,控訴人は,この接触事故のために外板の一部が脱落しかかった状態で,バスを高速道路に乗り入れて,数キロメートル走行し,さらに桂川パーキングエリアで右後輪のタイヤがパンクし,右トランク下部及び右後輪フェンダーが損傷していることを確認したにもかかわらず,損傷したバスで名神高速道路を経由して目的地まで走行した。これは,乗客の生命財産を預かる観光バス会社の従業員としてしてはならない行動であり,また,高速道路で走行中に外板の脱落等が生じたときは,後続車両を巻き込んだ大規模な交通事故の発生につながりかねない。
さらに,この接触事故により生じた損害は,バスの修理費用として53万5300円,城南宮の縁石の修理費用として1万5000円であった。平成14年において,修理費が10万円を超える事故は,この事故を含めて6件しかなかったことなどからすると,この事故が珍しい事故でなかったとはいえない。
イ 本件事実イについて
控訴人がスピード違反を犯した大阪府道浜寺臨海線は,危険物を積載した大型車両も多数走行している幹線道路であり,制限速度は60キロメートルとされている。控訴人は,この道路を高速道路の制限時速を大幅に上回る速度で走っていたものである。
なお,控訴人の主張イについては争う。
ウ 本件事実ウについて
控訴人には,観光バスの運転手として乗客に接する立場にあったことから,乗客に不安や不快の念を抱かせることのないよう,服装や身だしなみに格別の注意を払うべき義務があったところ,控訴人は,数年前から,束髪の髪型をしていた。
これについて,被控訴人の営業部の責任者であったC部長が,平成15年4月ころ,被控訴人の運輸部の責任者であったD係長が,同年2月ころ及び平成16年2月ころ,それぞれ,控訴人に対して,口頭で注意した。
また,控訴人が所属していた本件労組のE執行委員長も,控訴人の髪型が観光バス運転手としてふさわしくないと考え,被控訴人の商号が南海観光バスであった時期及び平成16年7月ころに,控訴人に対して,口頭で注意した。
しかし,控訴人は,束髪を改めなかった。
エ 本件事実エについて
年末年始や夏の盆の時期に長期の休暇が取得されると,他の運転手に余分の負担がかかるので,この時期には長期の休暇を取らないというのが被控訴人の運転手の間での不文律となっていた。
しかし,控訴人は,平成14年夏に連続9日間(有給休暇5日及び公休日4日)の,平成15年夏に連続5日間(有給休暇3日及び公休日2日)の各休暇を取得した。また,控訴人は,平成14年の年末から翌年の年始にかけて連続12日間の休暇(有給休暇8日及び公休日4日)を,平成15年の年末から翌年の年始にかけて連続9日間の休暇(有給休暇5日及び公休日4日)をそれぞれ取得した。
被控訴人が,運転手の雇用延長の判断に際して,当該運転手の協調性の有無や,被控訴人への協力の度合いを評価することは当然である。
なお,控訴人の主張エについては争う。
オ 本件協定のうち前提事実(3)ア(イ)<2>の1によると,雇用延長の可否の判断は,当該従業員からの適式な申出が前提になる。
カ 被控訴人は,事故歴そのものを雇用延長の判断材料としているものではない。控訴人の弁解が事実であるとしても,本件事実アについて,事故そのものもさることながら,その場で被控訴人に連絡せず,また,その場で待機せずに,高速道路に乗り入れて,桂川パーキングエリアまで走行した上,同パーキングエリアではじめて被控訴人に連絡したという,乗客の生命を預かるバス運転手としてあるまじき行為を,評価したものである。
なお,雇用延長された者及び控訴人の事故歴については,次のとおりであり(下記の口頭注意は,就業規則に基づく懲戒処分ではない。),本件事実アは群を抜いて重大なものである。
(ア) 本件協定の締結後に雇用延長がされた者(9名)の事故歴(aないしfについては平成12年6月以降の事故歴)
a F(60歳定年に達した日:平成13年12月15日)
<1> 平成14年4月14日 車庫内での接触(口頭注意)
<2> 平成15年11月9日 車庫内での接触(口頭注意)
b G(60歳定年に達した日:平成14年3月24日)事故歴等はない。
c H(60歳定年に達した日:平成14年4月27日)
<1> 平成14年6月15日 道間違い(口頭注意)
<2> 平成16年1月18日 接触事故(口頭注意)
d I(60歳定年に達した日:平成14年6月13日)
<1> 平成14年8月18日 接触事故(口頭注意)
<2> 平成15年10月12日 人身事故(同人は,この事故の直後に,自己都合退職を申し出た。)
e A(60歳定年に達した日:平成15年12月6日)
<1> 平成13年1月20日 飲酒させたバスガイドが急性アルコール中毒を発症(出勤停止5日)
<2> 平成14年3月17日 接触事故(口頭注意)
f E(60歳定年に達した日:平成15年12月22日)
平成15年7月6日 接触事故(口頭注意)
g J(60歳定年に達した日:平成17年6月25日)
平成17年1月31日 接触事故(口頭注意)
h K(60歳定年に達した日:平成18年4月25日)
平成17年10月12日 接触事故(口頭注意)
i L(60歳定年に達した日:平成18年9月4日)
平成17年9月27日 接触事故(口頭注意)
(イ) 控訴人の平成12年6月以降の事故歴
a 平成12年6月6日 自転車との接触事故(訓告)
b 平成14年9月5日 本件事実ア
c 同年10月6日 急ブレーキによる同乗ガイドの受傷事故(口頭注意)
d 平成16年2月6日 接触事故(口頭注意)
e 同年2月25日接触事故(口頭注意)
キ 控訴人の主張キについては争う。
(3) 争点(3)について
(控訴人の主張)
仮に,被控訴人が,雇用延長非承認の意思表示をする権利があり,これを解雇と同視できないとしても,その行使は,裁量権を逸脱した権利濫用である。その理由は,上記(1),(2)に述べたほか,次のとおりである。
ア 本件協定上,被控訴人が,雇用延長を非承認にするかどうかに際して認められた裁量権は,前提事実(3)ア(イ)<1>の2の(1)ないし(3)の各要件への該当性の判断をすることに限られる。
イ 被控訴人がした雇用延長非承認の理由は為にするものである。
被控訴人のB部長は,控訴人に対し,非承認の理由について,「束髪が気にくわない」と「ガイドからのクレームが多い」の2点のみを告げた。ところが,その後控訴人に送付された内容証明郵便で,前提事実(4)ウ(ア)ないし(エ)の理由を示した。
このように,被控訴人は,上記のうち(ア),(イ),(エ)について当初は念頭に置いておらず,非承認時念頭に置いていたのは,「束髪が(B部長にとって)気にくわない」という恣意的な理由,あるいは控訴人が被控訴人の言うとおり都合良く働いてくれないという理由しかなかった。
上記(ア),(イ),(エ)については,現場においては雇用を延長しないで打ち切るほどの重大な事情とは認識されていなかった。
ウ 本件協定の前提事実(3)ア(イ)<1>の2の(3)の要件としては,被控訴人から見て,できれば雇用関係を打ち切りたいと思わせるような問題行動の頻発及び被控訴人から問題行動に対する指導がなされ,これに対し改善が見られなかったことが必要である。
本件事実アについて,控訴人は始末書を提出して反省の意を示し,同様のことを繰り返していない。
業務上の物損事故3件は,被控訴人側から重大視するほどのものには当たらない。
その他,控訴人の行動に上記要件に当てはまるものはない。
エ 本件協定の運用において,合理的理由を欠く差別がある。
Aは,勤務中に,飲酒を拒んでいる未成年のガイドに飲酒させ,女性の部屋で女性の衣服を脱がせるなどしたものであり,これは,故意による犯罪行為と評価され,懲戒解雇に付されてもやむを得ない行為である。これに対し,本件事実アは過失行為にすぎない。
無事故20期表彰等の表彰を受けているなどの控訴人の勤務実績に対し,被控訴人は,正当な検討評価をしていない。
オ 被控訴人が,控訴人において具体的・客観的に該当可能性を予見できるような判断基準によらず,不意打ち的に雇用延長を非承認とした行為は,改正高年齢者雇用安定法の精神に反する行為である。
(被控訴人の主張)
ア 雇用延長の承認・非承認は被控訴人の自由裁量である。
イ B部長は,控訴人に対し,雇用延長申請の非承認の理由について,総合的判断であることを述べた上で,
<1> 安全運転の問題が第一であること
<2> 観光バス事業はサービス業であること,従って頭髪が問題になること
<3> 退職したガイドから,控訴人の言動についてクレームを受けていること
を説明しようとしたが,控訴人が聞かずに帰ったので,休日の取得の件やスピード違反の件についてまで言及できなかった。
ウ 控訴人には,本件事実ア,イの各事故等を含め,平成12年6月以降の事故歴として,上記(2)カ(イ)に主張したものがある。
控訴人は,本件事実アについて,責任回避の態度に終始し,その他の接触事故等について反省の態度を示していない。
被控訴人は,本件事実アについて,所属長から指導,教育をしたが,その後本件事実イを犯し,かつその後も接触事故を惹起した。
これらの経過に照らせば,控訴人が前提事実(3)ア(イ)<1>2の(3)の非承認の事由に該当することは明らかである。
エ 控訴人の無事故表彰やゴールド免許は,本件事実ア及び同イよりも以前に存した事情にすぎない。控訴人は,上記2件により,それまでの信用を完全に失った。
オ 控訴人が被控訴人に対し,考えるところを指摘したという点,同僚やガイドによく文句をつけていたが,個人的なものにすぎず,法的に正しいか否かとか建設的な提言などではなかった。なお,控訴人が会社に問題点を指摘したと主張する日時は,クリスタルによる被控訴人の買収前のものである。
(4) 争点(4)について
(控訴人の主張)
ア 控訴人は,平成16年10月5日支給分給与のうち15万0389円のみ受領した。したがって,残給与額は,14万6463円である。
イ 控訴人は,平成18年10月5日支給分給与として,15万0389円を請求する権利を有する。
(被控訴人の主張)
ア 控訴人は,平成16年10月5日支給分給与として,被控訴人から16万0389円を受領した。
イ 控訴人の主張イは争う。
第3判断
1 本件協定の趣旨(争点(1))について
(1) 前記前提事実に加え,証拠(各項に掲記)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 平成11年,老齢厚生年金の満額支給年齢が60歳からであったのが,65歳からに引き上げられた。この結果,平成13年4月以降は,後記の者について,報酬比例部分相当額については,60歳から支給されるものの,定額部分及び加給年金金額については,後記内容の支給繰り下げがされることとなった(<証拠略>)。
男子 特例支給年齢
昭和16年4月2日ないし昭和18年4月1日生 61歳
昭和18年4月2日ないし昭和20年4月1日生 62歳
昭和20年4月2日ないし昭和22年4月1日生 63歳
昭和22年4月2日ないし昭和24年4月1日生 64歳
女子 特例支給年齢
昭和21年4月2日ないし昭和23年4月1日生 61歳
昭和23年4月2日ないし昭和25年4月1日生 62歳
昭和25年4月2日ないし昭和27年4月1日生 63歳
昭和27年4月2日ないし昭和29年4月1日生 64歳
イ これに伴い,日本私鉄労働組合総連合会(私鉄総連)が,平成11年10月5日,全国統一要求として,労働協約の改定に当たり,60歳以降の雇用延長について,厚生年金の満額支給年齢と関連して,希望者全員の65歳までの段階的雇用延長の要求を行った。この統一要求に基づき被控訴人と本件労組との間においても労使交渉がもたれ,その結果,平成13年1月31日に本件協定が締結された。
本件協定の締結における交渉では,本件労組側がこの私鉄総連の統一要求の実現を強く求めたのに対し,被控訴人側は年齢の上限にこだわったが,結局は希望者全員について,原則として62歳まで雇用を延長するという本件協定に至った(<証拠略>)。
ウ 本件協定の一部である「雇用延長制度実施に伴う細目について」の<2>の2にいう「別に定める方法」としては,本件協定の一部として「現職務を継続する意志,能力,体力等の判定方法について」が定められており,その内容は次のとおりである(<証拠略>)。
「満62才まで,現職種を継続する意志,能力,体力等の判定は,次の方法により,行なう。
1.本人の意志は,会社がこれを確認する。
2.健康診断
(1) 産業医による健康診断をおこなう。
(2) 検査項目
<1> 血圧測定
<2> 尿検査
<3> 胸部X線直接撮影
<4> 血液検査
<5> 心電図
<6> 視力関係(大型2種免許基準を参考とする。)
<7> その他必要とされる事項
なお,非乗務員については,必要に応じて,上記項目の検査をおこなう。
(3) 判定
上記の検査をもとに,産業医の意見ならびに過去の病歴を参考に判定する。」
エ 本件協定締結後,現在までに,次のとおり,60歳に達した者が雇用延長された。また,雇用延長を拒否された者は,控訴人のみであり,他にはいない。なお,(ア)ないし(カ)の者の平成14年以降の事故歴及び(キ)ないし(ク)の者の平成17年以降の事故歴は次のとおりである。
(ア) F(60歳定年に達した日:平成13年12月15日)
<1> 平成14年4月14日 車庫内での接触(口頭注意)
<2> 平成15年11月9日 車庫内での接触(口頭注意)
(イ) G(60歳定年に達した日:平成14年3月24日)
事故歴等はない。
(ウ) H(60歳定年に達した日:平成14年4月27日)
<1> 平成14年6月15日 道間違い(口頭注意)
<2> 平成16年1月18日 接触事故(口頭注意)
(エ) I(60歳定年に達した日:平成14年6月13日)
<1> 平成14年8月18日 接触事故(口頭注意)
<2> 平成15年10月12日 人身事故(同人は,この事故の直後に,自己都合退職を申し出た。)
(オ) A(60歳定年に達した日:平成15年12月6日)
平成14年3月17日 接触事故(口頭注意)
なお,Aは,平成13年1月20日 (ママ)飲酒させたバスガイドが急性アルコール中毒を発症させたこと等により,出勤停止5日の懲戒処分を受けている。
(カ) E(60歳定年に達した日:平成15年12月22日)
平成15年7月6日 接触事故(口頭注意)
(キ) J(60歳定年に達した日:平成17年6月25日)
平成17年1月31日 接触事故(口頭注意)
(ク) K(60歳定年に達した日:平成18年4月25日)
平成17年10月12日 接触事故(口頭注意)
(ケ) L(60歳定年に達した日:平成18年9月4日)
平成17年9月27日 接触事故(口頭注意)
上記(ア)ないし(エ)の者の雇用延長は,南海観光バス株式会社当時のものであるが,雇用延長に際して,同社は,専ら健康診断結果及び適性(乙14ないし17の各1に「適正」とあるのは「適性」の誤記と認められる。)診断結果により延長の可否を判定していた。他方,上記(オ)及び(カ)の者の雇用延長は,現在の株式会社クリスタル観光バスとなってからのものであるが,運転手の勤務ぶりをも考慮して延長の可否を判定された。被控訴人は,本件訴訟(原審第4準備書面18,19頁)において,本件協定に基づく雇用延長について,事故歴及びその内容を適否の判断材料にはしていない旨,Aにつき,上記非違行為に係わらず,雇用延長に問題がない旨主張している(<証拠・人証略>)。
(2) 上記前提事実にある本件協定の内容に加え,(1)認定の本件協定締結の経緯及びその後の運用の実態からすると,本件協定のそもそもの趣旨は,厚生年金の満額支給が61歳ないし65歳からに繰り下げられることをにらんで,その実施時期を上記厚生年金支給繰り下げと符牒を合わせ,従業員に対し,上記支給開始までの間雇用及びこれによる収入を相当程度保障するため,60歳の定年制度を実質的に改め,原則として62歳まで雇用延長することとし,ただ,該当従業員らの意志,体力その他の能力により,その職種において62歳まで稼働を継続できないと見られる者等については,例外的に雇用を延長しないこととし,上記例外的措置に該当する場合を限定的に列挙し,これに該当しない限りは,該当従業員らからの希望があれば雇用延長を行うというところにあると認めるのが相当である。そして,上記例外的措置に該当する場合について,本件協定によると,前提事実(3)ア(イ)<1>の2(1),(2)はいずれも従業員らの意志,身体的事情等からその職種における稼働が遂行できない状態にある場合と解される。同(3)についても,その表現及び同(1),(2)との均衡,上記協定の趣旨,特に雇用延長の可否判定の基準及び方法は,本件協定上,本人の意志以外には専ら健康診断等身体的検査によるものとされていること,その後の運用実態,被控訴人も事故歴自体を判断材料にはしない旨の認識を示していること等に照らすと,単に事故歴ないし処分歴の有無,その数や程度により,雇用延長の拒否をもたらすものではなく,これらを含めた勤務実績及び指導の結果に照らし,その身体的ないし技術的能力上,およそその職種の勤務を遂行するに耐え得ない状態にあり,今後もこれを遂行するに耐える能力を有しないと認められる場合をいうものと解するべきである。
もっとも,本件協定のうち,前提事実(3)ア(ア)1には「企業定年は満60才のままとし,就業規則は変更しない。」との定めがあるが,これは,形式的には,雇用延長を行うかどうかを双方の意思表示や例外的場合に該当するかどうかの検討を経て行うものとされていることを受けてのものにすぎず,上記解釈を左右するものではない。また,同(イ)<2>の3は,被控訴人において,雇用延長の可否を総合的に判断する旨定めるが,これは,上記協定の趣旨,内容に照らすと,被控訴人の裁量を広く認めるものではなく,上記例外的措置の内容を受けて,判定に当たっては,意志,体力その他の能力によるが,これらを総合的に判断することを注意的に定めたにすぎないと解するべきであり,本件協定が締結された当時の当事者であった南海観光バス株式会社時代には,専ら健康診断,適性診断の結果により雇用延長の可否が判定されていたところである。
そして,本件協定の上記趣旨及び内容によると,60歳の定年に達する従業員は,例外的事由に該当しない限り,雇用延長契約を締結する雇用契約上の権利を有するものと認められるから,定年までに該当従業員から雇用延長願いが被控訴人に対してなされ,被控訴人が,これを非承認にした場合については,解雇権濫用の法理が類推適用され,それが,例外的事由該当の判断を誤ってなされた場合には,非承認の意思表示は無効であり,該当従業員と被控訴人との間には,上記該当従業員の雇用延長に係る権利の行使としての新たな雇用契約の申込に基づき,雇用延長に係る雇用契約が成立したものと扱われるべきである。
2 控訴人の雇用延長にかかる解雇権の濫用の存否(争点(2))について
(1) 本件事実アについて
ア 前記前提事実に加え,証拠(<証拠略>,証人B,控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
城南宮の駐車場出口を出ると,両側を城南宮の境内に挟まれた東西方向のセンターラインのない道路(参道)があり,これを西方向にしばらく進行すると,南北に走る国道1号線(片道2車線)の東側に出会う交差点となる。その北側には数百メートル離れた位置に名神高速道路京都南インターチェンジの入口がある。そして,上記交差点では,北方向へ右折することが禁じられており,その旨の道路標識がその付近に設置されているが,本件事実アの当時,木立に隠れて容易に視認できない状態であった。このほか,上記交差点の同国道の中央線上に,車がこれを超えて進入するのを防ぐため,ポールが立てられていた。
控訴人は,平成14年9月5日午後3時10分ころ,乗客及び運転手(控訴人),バスガイド合計40名が乗車する被控訴人の観光バスを運転し,城南宮の駐車場から上記インターチェンジに向かうため,同駐車場から上記東西方向の道路(参道)を通って上記国道に出るに際して,右折禁止の標識を認めることができなかったため,名神高速道路に早く乗り入れるために右折しようと考え,同国道の右側車線(南方向車線)に乗り入れて,上記のポールを避けて,斜め右(北)方向に進行しようとした。この右折の際,同国道を北から南方向ヘトラックが走行してきたので,これを避けるため,控訴人が同バスを右側に寄せすぎたために,同バスの右側後方が城南宮境内石垣の縁石に接触し,同縁石の角を少し削るとともに,バスの車体下端を擦過し,外板の一部が亀裂するなどの損傷を負わせた。
控訴人は,そのまま,上記国道の右側車線(南方向車線)を斜め右方向に進行し,さらに左側車線(北方向車線)を同方向に進行し,同車線に入り終わり,北方向に車の向きを変えてすぐの,少し道幅の広いところで一旦バスを停車させ,車内からの目視により,上記縁石の損傷が目立たない上,同バスの損傷状況についても,運行に支障はないと判断し,付近の交通量が多かったことから,被控訴人に直ちに連絡を入れることなく,再発進して名神高速道路に乗り入れ,数キロメートル走行し,桂川パーキングエリアに停車して,被控訴人に事故の連絡をした。また,控訴人は,同所で,再度同バスの損傷箇所を確認したが,運行に支障はないと判断し,名神高速道路を走行させて車庫まで帰った。なお,国道1号線を横切った後,城南宮の駐車場に戻るのは,同バスにとって,経路が大回りになり,相当の時間も要するので,容易ではない。
この接触事故により,同バスには,右後輪フェンダー破損,右トランクキッド破損,右トランク下部損傷,右後輪外側タイヤ亀裂の損傷が生じており,入庫時には,外板の一部が少し垂れ下がっていた。
被控訴人は,その翌日,城南宮に陳謝するとともに,警察署に事故届を提出した。なお,警察による調査のためには事故車両が必要であったことから,被控訴人は,事故車両を城南宮まで回送した。
この接触事故により,バスの修理代金として53万5300円,縁石の修理代金として1万5000円の損害が生じた。
控訴人は,この接触事故及び事故後の対応について,被控訴人に対し反省の意を表した始末書を提出し,同年10月25日,被控訴人から5973円の減給の懲戒処分を受けた。
イ この右折の際の接触事故について,控訴人は,右折禁止の標識が木立で見えなかったために右折が可能であると判断して右折してしまった旨,事故報告が遅れたとはいえない旨を主張する。
しかし,アで認定したとおり,城南宮の境内の間の道路から国道に出る交差点においては,国道の中央線に車の進入を防ぐためポールが立てられており,控訴人は,右折禁止の標識が木立に隠れて容易に視認できない状態にあったため,その標識を認めることができなかったというものの,前記ポール(右折禁止の表示ではないが)を認識していたにもかかわらず右折し,その際接触事故を起こしたものであって,乗客の安全を担う観光バスの運転手としては落ち度があったというべきである。
また,アで認定したとおり,バスの車両には右外板の亀裂や後輪外側タイヤ亀裂をはじめとする損傷が生じていたところ,控訴人が,事故直後に車内から損傷状況を見たのみで,被控訴人に直ちに報告して事後の対応について相談することもなく,そのまま高速道路に乗り入れたことは,バスの乗客の安全はもちろんのこと,高速道路の後続車両等の安全を考慮すると,危険な行為であったと言わなくてはならない。
以上のほか,この事故により被控訴人に相当額の損害が生じたこと等を考慮すると,この事故及び事故後の対応には,単なる接触事故を超えた問題点があるというべきである。もっとも,上記ア認定に照らすと,控訴人が上記交差点が右折禁止であることを認識していたり,事故後上記バスの損傷が運行に危険な状態であったことを認識しつつ運行したなどの故意による違法行為を行ったとまでは認められないし,報告が遅れた点も判断上の過失によるものと見られる。
(2) 本件事実イについて
ア 前記前提事実に加え,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,本件事実イは,控訴人が,退勤途中に府道浜寺臨海線で,制限速度が時速60キロメートルのところを,制限速度を54キロメートル上回る時速114キロメートルで走行したというものであること,控訴人は,この違反により,90日間の免許停止処分を受けたが,講習を受けることにより免許停止期間を平成14年12月から平成15年1月にかけての45日間に短縮されたこと,上記免許停止期間中,運転手として乗務できなかったが,相当日数は年休を使い,その他の出勤日には,ガイド役で乗務したりしたことが認められる。
イ このような制限速度を大幅に上回るスピード違反をし,相当長期間運転業務に就くことができなかったことは,業務外の事件によるものであるが,控訴人のバス運転手としての評価を低下させることは否めないものである。
(3) 本件事実ウについて
証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は束髪しているが,観光バスの運転手として異様であるなどの印象を受けるものではないと認められるから,その業務を遂行する上で不相当なものとはいい難い。
(4) 本件事実エについて
証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,平成14年夏の盆前後に,帰省のため,有給休暇5日を取得し,公休日4日と合わせれば連続9日間休み,平成15年夏の盆前後に有給休暇3日を取得し,公休日2日と合わせれば連続5日間休み,平成14年の年末から翌年の年始にかけて有給休暇8日を取得し,公休日4日と合わせれば連続12日間休み,平成15年の年末から翌年の年始にかけて,体調不良のため,有給休暇5日を取得し,公休日4日と合わせれば連続9日間休んだこと,これらについて,被控訴人は時季変更権を行使せず,承認していることが認められる。
なお,夏の盆や年末年始に長期休暇を取得しないことが運転手間の不文律となっていることを認めるに足りる証拠はないし,証拠(<証拠・人証略>)に照らしても,上記控訴人の休暇取得時期が繁忙期であるとか,これにより被控訴人の業務に支障が生じたといった事情は何ら認められない。
(5) 本件事実オについて
前記前提事実によると,控訴人の雇用延長申請は,本件協定の定めにある2か月前までになされてはいない。
しかし,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によると,被控訴人において,必ずしも,他の雇用延長該当従業員が申請を明示的に行ったり,定年の2か月前までに行ってはいなかったこと,これまで,上記申請がなくとも,被控訴人においてこれを問題視していなかったことが認められる。
(6) 控訴人のその他の事故歴等について
ア 証拠(<証拠略>)によれば,控訴人の平成12年6月以降の事故及び処分歴として,上記(1)のほか,次のとおり認められる。
(ア) 平成12年6月6日 自転車との接触事故(訓告)
(イ) 平成14年10月6日 急ブレーキによる同乗ガイドの受傷事故(口頭注意)
(ウ) 平成16年2月6日 接触事故(口頭注意)
(エ) 平成16年2月25日 接触事故(口頭注意)
イ 他方,証拠(<証拠略>)によれば,控訴人は,被控訴人に入社以来,観光バスの運転手として真面目に稼働し,平成8年10月1日,被控訴人から,20期間(10年間)の連続無事故運転について表彰され,また,平成13年6月1日には,被控訴人から,在職15年間職務に精励したことを表彰されたことが認められる。
(7) 被控訴人に雇用された控訴人以外の運転手の事故歴,非違行為について
証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
被控訴人における運転手の接触事故は,年間数十件あるところ,平成14年中にも31件あり,うち修理費用が10万円を超えるものは6件であった。
Aは,平成13年1月20日,1泊2日間バス旅行のためのバス運転の勤務の1日目の行程が終了後,宿泊先ホテルの駐車場に駐車中のバス車内及び同ホテルでの夕食時に,未成年の女性バスガイドに飲酒を強要して,急性アルコール中毒に陥らせ,また,同バスガイドの部屋においてその衣服を脱がせるなどしたため,会社内の風紀,秩序を乱し,会社の対面を著しく汚したとして,停職5日間の懲戒処分に処せられた。
(8) そして,前提事実(3)ア(イ)<1>の2(3)のとおり,「過去,服務及び事故(運転,営業,一般関係)関係で指導するも,その実のあがらなかった者」については雇用を延長しないこととされているところ,控訴人には,上記(1)の本件事実アがあり,その事故内容及び事後対応について,単なる接触事故よりも重く見られるものであり,この他に上記(2)の本件事実イや(6)アの複数回の接触等事故歴もあって,これらは,服務及び事故関係上,不適切な行為であり,指導対象となるべき事実である。
しかし,上記1に述べた本件協定の趣旨及び雇用延長の例外事由の解釈に照らして考えると,控訴人は,無事故表彰等を受けるなど,日頃真面目に運転手として稼働していたこと,上記各事実以後も,平成16年の事故の処分も口頭注意で済まされており,定年まで運転手としての稼働を続け,相当の勤務実績を挙げていたものと認められることに照らすと,控訴人について,上記事故等の事実にかかわらず,バス運転手としての勤務実績及び指導の結果に照らし,その身体的ないし技術的能力上,およそその職種の勤務を遂行するに耐え得ない状態にあるとか,今後これを遂行するに耐える能力を有しないと見られる場合には当たるとはいえず,前提事実(3)ア(イ)<1>の2(3)の事由に該当するものと認めることはできない。
次に,本件事実ウについて,束髪のような容姿については,控訴人の観光バス運転手としての業務を遂行する上で不相当なものであり,その意志,能力等を疑わせるものとはいえない。また,本件事実エについて,この休暇取得については控訴人の権利の行使にすぎず,被控訴人が時季変更権を行使していないこと等に照らしても,これを雇用延長の拒否事由とすることは労働基準法の趣旨に反し到底許容できない。したがって,これらの事実は,何ら上記雇用延長の例外的事由を構成するものとはいえない。
本件事実オについて,上記(5)認定事実のほか,雇用延長申請が2か月前になされなかったことにより,雇用延長の可否についての判断に支障があったことの主張立証はないことに照らすと,この点をもって,雇用延長を拒絶するべき事由ということはできない。
なお,控訴人の事故等の経歴は,上記1(1)エ認定の,他の雇用延長された者らの事故歴に比べ,回数や程度において重いもののようにも見られる。しかし,上記他の者の事故歴が,控訴人について指摘されたと同様,平成12年6月以降のものかどうかについては,証拠(<証拠略>)に,うち上記1(1)エ(ア)ないし(カ)の者らについて,平成12年6月以降の事故歴である旨の供述があるが,被控訴人が当初は平成14年以降の事故歴として主張していたこと(原審被控訴人第3準備書面1頁参照)に照らし,上記証拠は直ちに措信し難い。また,上記雇用延長された者らの事故歴が,控訴人について指摘されたと同様,定年の4年余り前以降のものを網羅しているかどうかは,被控訴人の主張及び証拠上,そのような説明はなく,上記事故歴は,専ら被控訴人が資料を提供したものであるが,うち3名の事故歴が定年後に限られ,それ以外の者の事故歴についてもA以外は定年前1年間に限られていることに照らすと,これら以前の事故歴もあるのではとの疑いを持たざるを得ないので,結局不明というほかなく,そうすると,控訴人の事故歴が他の雇用延長された者らより特に多いとか重いとまで認めることはできない。また,Aについて,その上記(7)認定の非違行為は,その内容及び被控訴人の処分に照らしても,控訴人の事故等よりも著しく重く見られるにもかかわらず,上記例外事由に該当しないとして雇用延長されており,このことは,控訴人も上記例外事由に該当しないことを十分窺わせるものであり,そのように解するのが合理的である。
(9) そうすると,被控訴人が控訴人の雇用延長を非承認としたことは,本件協定の適用を誤ったものであり,解雇権濫用の法理の類推適用により,上記雇用延長の非承認は無効であると認めるのが相当である。そして,控訴人の雇用延長願いにより,控訴人と被控訴人との間には,控訴人の定年後62歳まで,従前と同様の内容の雇用契約を延長する契約が成立したものと扱うべきである。
3 控訴人の給与債権額(争点(4))について
(1) 控訴人の平成16年10月5日支給分の給与について
ア 証拠(<証拠略>)によると,控訴人は,被控訴人から,上記給与のうち,16万0389円を受領したことが認められる。
イ そうすると,控訴人が上記支給分について有する残給与額は,前記3か月の平均給与月額29万6852円から上記受領額を差し引いた13万6463円である。
(2) 控訴人は,平成16年11月から平成18年9月の各5日支給分給与については,各月について29万6852円ずつの債権を有することとなる。
(3) 控訴人の平成18年10月5日支給分の給与について
ア 証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によると,控訴人は,平成18年10月5日支給分については,控訴人が62歳で退職する日までの同年8月21日から同月24日分について,前記争いのない月額平均支給額に対する日割計算により,下記のとおり,3万8303円の支給を受けるべきであったものと認められる。
29万6852円÷31×4=3万8303円
イ 証拠(<証拠略>)によると,控訴人は,被控訴人から平成16年10月5日支給分について,60歳定年までの4日間の稼働日数であるにもかかわらず,基本給15万円と通勤手当8500円について満額の支給を受けていることが認められるが,これが他の時期についても適用されるものかどうか証拠上明らかではないから,平成18年10月5日支給分についてのア認定を左右するものとはいえない。
(4) 以上のとおりであるから,控訴人は被控訴人に対し,上記各給与額及びこれに対する各支給日の翌日以降商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を請求することができるというべきである。
4 結論
よって,控訴人の被控訴人に対する本件請求は,主文2項の限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却すべきところ,これと異なる原判決を上記のとおり変更することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 高田泰治 裁判官 西井和徒)