大阪高等裁判所 平成18年(ネ)779号 判決 2007年1月30日
控訴人
A野花子
他2名
上記三名訴訟代理人弁護士
前川清成
同
植田勝博
同
竹内富康
同
高村真人
同
松尾善紀
同
山田治彦
同
浅葉律子
同
八木正雄
同
山岸克巳
同
西田広一
同
藤本一郎
他98名(別紙代理人目録記載のとおり)
被控訴人
株式会社 みずほ銀行
同代表者代表取締役
杉山清次
同訴訟代理人弁護士
中務嗣治郎
同
鈴木秋夫
被控訴人
株式会社 三井住友銀行
同代表者代表取締役
月原紘一
同訴訟代理人弁護士
仲田哲
主文
一 本件各控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人株式会社みずほ銀行(以下「被控訴人みずほ」という。)は、控訴人A野花子(以下「控訴人A野」という。)に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成一四年五月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人株式会社三井住友銀行(以下「被控訴人三井住友」という。)は、控訴人株式会社B山(以下「控訴人会社」という。)に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成一四年四月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(4) 被控訴人三井住友は、控訴人C川松夫(以下「控訴人C川」という。)に対し、一五〇万円及びこれに対する平成一四年四月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(5) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
(6) 仮執行宣言。
二 被控訴人ら
主文と同旨。
第二事案の概要
一 本件は、控訴人らが、被控訴人みずほ及び同三井住友において、被控訴人らの店舗に開設された預金口座の開設者の氏名・住所等について大阪弁護士会から弁護士法二三条の二第二項所定の照会による報告を求められながらその回答をせず、あるいは遅滞して回答したこと、及び預金名義人である特定の個人の住所・電話番号について大阪地方裁判所から民訴法一五一条一項六号、二項、一八六条に基づく調査嘱託を受けながらその回答をしなかったことが、同弁護士会に照会申出をした申請した弁護士の依頼者である控訴人A野及び控訴人会社、同裁判所において調査嘱託の上申をした控訴人会社、更には控訴人会社の代表者の控訴人C川に対する関係で違法な行為として不法行為になるなどと主張し、その損害賠償として、控訴人A野が被控訴人みずほに対して五〇〇万円とその遅延損害金の支払を、控訴人会社が被控訴人三井住友に対して三〇〇万円とその遅延損害金の支払を、控訴人C川が被控訴人三井住友に対して一五〇万円とその遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案である。
二 原判決は、控訴人らの各請求をいずれも理由がないとしてこれを棄却し、これに対して、控訴人らが控訴した。
三 前提となる事実等、争点及び争点についての当事者の主張は、次のとおり付加訂正するほか、原判決の「事実及び理由」中の第二の一ないし三(原判決二頁二二行目から五九頁七行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、引用に係る原判決中「原告A野」を「控訴人A野」に、「原告会社」を「控訴人会社」に、「被告みずほ銀行」を「被控訴人みずほ」に、「被告三井住友銀行」を「被控訴人三井住友」に、「原告C川ら」を「控訴人会社及び控訴人C川」にそれぞれ読み替える。後記の原判決の引用箇所においても同様とする。)。
(1) 原判決四頁二行目の「相手方の承諾が得られないため」から同三行目の「回答書を送付した。」までを「「相手方の承諾が得られない為、お答えできません。」との同月九日付けの回答書(甲A一の二)を送付した。」に改める。
(2) 原判決五頁六行目から同七行目にかけての「甲A四」を甲A四の一」に、同一〇行目の「回答書」を「回答書(甲A五)」に改める。
(3) 原判決八頁六行目の「同被告は」から同八行目の「回答書」までを「「当行は、顧客に対し、守秘義務を負っており、顧客の了解が得られないので回答できない。」などと記載した同月八日付けの回答書(甲B七の一)」に改める。
(4) 原判決八頁二二行目から同二三行目にかけての「調査の嘱託の申出をし」を「職権にて調査するよう上申し」に、同二五行目から同二六行目にかけての「甲B九、一〇、二二の一、乙B一」を「甲B九、一〇の二、乙B一」に、九頁二行目の「E田の了解が得られなかったので、」から同三行目の「回答書」までを「「E田梅夫氏宛連絡致しましたが、本人の了承が得られませんでしたので、ご回答できません。」などと記載した回答書(甲B一〇の一)」に改め、同四行目の「、甲B一〇」を削る。
(5) 原判決一〇頁一行目の「原告A野」の前に「被控訴人みずほにおいて、本件二三条照会①による本件預金口座①を有する者の名称(氏名あるいは商号)及び所在地(住所)について、いったん回答を拒否し、回答を遅滞させたこと等により、それらが控訴人A野の関係で不法行為となり、」を加える。
(6) 原判決一〇頁三行目の「原告C川らの」の前に「被控訴人三井住友において、本件二三条照会②による本件預金口座②の開設者の住所及び電話番号につき、回答を拒否し、その後も結局回答しなかったり、本件調査嘱託によるE田梅夫の住所及び電話番号について、回答を拒否し、結局回答しなかったこと等により、それらが控訴人会社及び控訴人C川の関係で不法行為となり、」を加える。
(7) 原判決一六頁一〇行目の「「法令に基づく場合」と挙げ」を「「法令に基づく場合」を挙げ」に改める。
(8) 原判決三九頁一二行目の「本件二三条照会」を「本件二三条照会①」に、五四頁二〇行目の「本件二三条照会」を「本件二三条照会②」に改める。
四 控訴人らの当審における補足主張
(1) 本件二三条照会①②及び本件調査嘱託に対して被控訴人らがその情報に係る本人の同意の有無に関わらず回答義務があるのは、自明のことであって、営利企業である被控訴人らの判断の余地はないもので、ましてやその判断が本件二三条照会①②をした大阪弁護士会や本件調査嘱託をした裁判所の司法判断に優先する筈はない。
(2) 被控訴人みずほは、本件二三条照会①に回答しなければ、前川弁護士が受任通知書を発送することができず、控訴人A野が違法な支払請求を受け続けることを知っていた。控訴人A野は、被控訴人みずほの本件預金口座①に支払をしたことがあり、同口座の情報は同控訴人の自己の支払に関する情報であるから、同被控訴人は、同控訴人に対し、その情報の開示義務を負う。
(3) 被控訴人三井住友は、平成一四年一一月一一日付け通知書(甲B一二)、同年一二月六日付け通知書(甲B一三)の送付を受け、本件二三条照会②及び本件調査嘱託に回答しなければ、控訴人会社のE田梅夫らに対する小切手返還・債務不存在確認訴訟において当事者の住所が明らかにならず、E田梅夫はヤミ金融業者であって、その住所が不明なままでは控訴人会社が損害を被ることを認識していた。被控訴人三井住友は、小切手金の取立を受任した者であるから取立を委任したその本人の住所氏名を明らかにすべきである。
五 被控訴人らの当審における補足主張
控訴人らの当審における補足主張はいずれも争う。
第三当裁判所の判断
一 前提となる事実関係
判断の前提となる事実関係の認定については、原判決五九頁九行目から六八頁二三行目のとおりである(ただし、原判決六三頁四行目の「その筋に回るで。」を「ヤクザに回るで。」に、六六頁一三行目から同一四行目にかけての「調査の嘱託の申出をし」を「職権にて調査するよう上申し」に改める。)から、これを引用する(この事実関係を、以下「本件事実関係」ともいう。)。
二 控訴人A野は、被控訴人みずほが、大阪弁護士会からされた本件二三条照会①により、本件預金口座①を有する者の名称(氏名あるいは商号)及び所在地(住所)についての回答を求められながら、一旦これに応じられない旨の回答書を大阪弁護士会に送付してこれを拒否し、その後その回答したことが、同控訴人の関係で違法な行為として不法行為となると主張し、控訴人会社及び控訴人C川は、被控訴人三井住友が、大阪弁護士会からされた本件二三条照会②により、本件預金口座②の開設者の住所及び電話番号についての回答を求められながら、これに応じられない旨の回答書を大阪弁護士会に送付してこれを拒否し、その後も結局これに応じなかったこと及び本件調査嘱託により裁判所からE田梅夫の住所及び電話番号を調査して回答するように求められながらこれに応じなかったことが控訴人会社及びその代表取締役である控訴人C川との関係で違法な行為として不法行為になると主張する。そこで、まず、被控訴人らにおいて、本件二三条照会①②及び本件調査嘱託に応じる回答義務があったのかどうかを検討する。
三 本件二三条照会①②の法的根拠は、弁護士法二三条の二の規定であり、同条一項は、「弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めること申し出ることができる。申出があった場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる。」旨規定し、同条二項は、「弁護士会は、前項の規定による申出に基き、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。」旨規定している。そして、弁護士法は、第一章の弁護士の使命及び職務として、弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする(同法一条一項)、弁護士は、前項の使命に基づき、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない(同条二項)などと規定し、第二、第三及び第五章において、弁護士となる資格について極めて厳格な要件を課すると共に、弁護士となるための、弁護士名簿への登録、弁護士会への入会等について規定し、第四章の弁護士の権利及び義務として、弁護士及び弁護士であった者は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う(二三条)、弁護士は、正当の理由がなければ、法令により官公署の委嘱した事項及び会則の定めるところにより所属弁護士会又は日本弁護士連合会の指定した事項を行うことを辞することができない(二四条)、弁護士は、営利を目的とする業務を営もうとするときなどは、所属弁護士会に届け出なければならない(三〇条)などと規定し、更に、第八章の懲戒として、弁護士及び弁護士法人は、この法律又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があったときは、懲戒を受ける(五六条一項)、懲戒は、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会がこれを行う(同条二項)、日本弁護士連合会も懲戒を行うことができる(六〇条一項)などと規定し、所属弁護士会による懲戒の処分についての不服申立は、まず、日本弁護士連合会に対する審査請求により行い(五九条)、その審査請求についての日本弁護士連合会による裁決について、更に不服である場合にはその裁決の取消しの訴えを、日本弁護士連合会による懲戒の処分については、その取消しの訴えを東京高等裁判所に提起することによって行う(六一条)などとされている。
これらの弁護士法の各規定に照らすと、弁護士は、法律で定められた様々な職種の中でも、その職務は格段に公益性の高い重要な職務であると位置づけられていると共に、弁護士会及び日本弁護士連合会の組織を通じて相当に強い、しかも広範囲な自治が認められ、特別な地位が付与されているのであって、その職務は、国の機関による公務とまではいえないまでも、単に依頼者の個人的な利益を擁護するためのものではなく、極めて公共性の強い性格のものと位置づけられているというべきである。そして、同法二三条の二所定の照会の制度は、上記のような弁護士法の各規定の下で、弁護士が、受任している事件を処理するために必要な事実の調査及び証拠の発見、収集を容易にし、これによって当該事件の適正な解決を図ることが意図されているもので、我が国の司法制度を維持するための一つの制度であると解される。そして、その適正な運用を確保する趣旨から、照会する権限を弁護士会に付与し、その権限の発動を個々の弁護士の申出にかからせるとともに、個々の弁護士の申出が二三条の二の照会の制度の趣旨に照らして適当でないか否かの判断を当該弁護士会の自律的判断に委ねたものと解される。
このようにみてくると、弁護士法二三条の二所定の照会を受けた公務所又は公私の団体は、照会に応じずに報告をしなかった場合についての制裁を定めた規定がないものの、当該照会により報告を求められた事項について、照会をした弁護士会に対して、法律上、報告する公的な義務を負うものと解するのが相当である。
四 本件調査嘱託の法定根拠は、民訴法一五一条一項六号、二項、一八六条であり、同法一五一条一項は、「裁判所は、訴訟関係を明瞭にするために、次に掲げる処分をすることができる。」と規定し、同項六号で「調査を嘱託すること。」が挙げられ、同条二項で準用される同法一八六条は、「裁判所は、必要な調査を官庁若しくは公署、外国の官庁若しくは公署又は学校、商工会議所、取引所その他の団体に嘱託することができる」旨規定している。この調査の嘱託は、十分な設備を有する官庁や会社など、公私の団体を利用して、裁判所の判断に必要な事実の調査報告を徴する特別な方法であり、その報告書作成過程に過誤のないことが期待されるような事項、すなわち手許にある客観的資料から容易に結果の得られる事項について報告させることにより、簡易迅速に訴訟関係を明瞭にすることができるものとする趣旨で設けられたものと解される。そして、この調査嘱託は、民事訴訟を審理する裁判所が、職権で、当該事件の審理をする上で必要であると判断した事項についてされるもので、その回答は直接に国の司法作用のために供されるのであり、民事訴訟法において明文で上記規定が定められたものであることに照らしても、これに応じなかった場合の制裁を直接に定めた規定が民訴法その他の法律にはないものの、嘱託を受けた民訴法一八六条所定の公私の団体は、裁判所に対し、これに応じる公的な義務を負うことは明らかであると解される(なお、民訴費用法二〇条一項によれば、嘱託を受けた上記の公私の団体は、請求により、報酬及び必要な費用が支給されるものと定められている。)。
五 ところで、本件事実関係によれば、被控訴人らは、いずれも銀行法に基づいて免許を受けた銀行であり、本件二三条照会①②及び本件調査嘱託において被控訴人らが回答を求められた事項は、本件預金口座①を有する者の名称(氏名又は商号)及び所在地(住所)、本件預金口座②の開設者(名義人E田梅夫)の住所、特定の個人(E田梅夫)の住所及び電話番号であって、それらの事項は、いずれも、銀行である被控訴人らが有するその顧客の情報であり、それらが生存する個人に関する情報である場合には、本件二三条照会①②及び本件調査嘱託がされた後の平成一五年五月三〇日に施行された個人情報の保護に関する法律(平成一五年法律第五七号、以下「個人情報保護法」という。)によるならば、いずれも特定の個人を認識することができる同法上の個人情報(同法二条一項)に該当するものと解される。そうである以上、個人情報保護法施行前であっても、上記各情報のうち個人(自然人)の情報については、通常他人に知られたくないプライバシーにわたる事項であって、その個人に対する関係で一定の法的な保護が要請される事項であるといえる。また、被控訴人らは、銀行としてその顧客との間で、預金契約や金銭消費貸借契約をする際などに取得した個人情報について、その同意がない限り、その個人情報をみだりに第三者に提供しないものとする扱いをし、それを銀行の業務上の秘密にすることによって、顧客との間の信頼関係を維持して業務利益を挙げるという営業上の利益を有するもので、一般的には、被控訴人ら銀行とその顧客との間には、被控訴人らの取引契約上の付随義務として、一定の場合を除いて、顧客の個人情報をみだりに第三者に提供してはならない義務を負うものと解される。また、被控訴人らが銀行として取得した法人や団体の情報については、その業務や法人や団体の性質上、法人や団体の営業上あるいは業務上の秘密として同様に保護すべきかどうかの問題とはなるが、その問題は、上記の個人のプライバシーの保護とはやや赴きを異にし、その保護の必要や程度は個人の場合よりも一般的には小さいものと考えられる。
六 上記五の観点からは、本件二三条照会①②及び本件調査嘱託を受けた被控訴人らの上記三及び四のとおりの回答義務が何らかの制約を受けるのかどうかが一応問題になるところ、それについては、以下のとおり、被控訴人らの上記のとおりの回答義務は、上記五の観点から何らの制約を受けないものであって、被控訴人らは、本件二三条照会①②及び本件調査嘱託を受けた以上、照会及び調査を嘱託された情報が法人又は他の団体の情報であるときはむろん、個人の情報であっても、それらの者の同意の有無に関わらず、照会をした弁護士会及び嘱託をした裁判所に対し、求められた上記各情報について当然に回答義務を負うものと解される。
なぜなら、弁護士法二三条の二所定の照会も、上記の民訴法一五一条一項六号に基づくものであるか同法一八六条に基づくものであるかを問わず、裁判所がする調査嘱託も、弁護士法や民訴法その他の法律において個人情報についての除外規定や制限規定などはなく、いずれも、その根拠および手続要件が弁護士法及び民訴法によって明文規定で定められたもので、それらの法律上の趣旨は上記のとおりであって、弁護士法によって弁護士会がその個人情報を得ることが必要であると判断し、あるいは、裁判所が事件の審理や事案の解明のために必要であると判断した情報が個人情報であるとの理由でその取得を制限されるのであれば、弁護士法や民訴法の趣旨が没却され、必要な事実関係の解明を追求する国の司法制度は維持できなくなってしまうものであり、この理は、被控訴人らが、銀行として、司法警察職員や検察官の刑事事件の捜査に協力するために個人情報の提供をする場合(刑訴法一八九条、一九一条、一九七条二項ほか)、税務当局の税務調査に応じて個人情報を提供する場合(所得税法二三四条、法人税法一五三条、相続税法六〇条ほか)、更には、銀行法二四条及び二五条に基づいて、監督官庁に個人情報が含まれる資料を提供するなどする場合と同様であると解されるからである。したがって、被控訴人らとその顧客との間で、仮に、顧客の同意がない限りその個人情報を被控訴人らが第三者に提供することを禁止するとの明示の契約をした場合であっても、そのような契約は、法律に基づいて上記のように弁護士会や裁判所に個人情報を提供することまで禁止する限度において、公の秩序に反するもので無効であると解される。平成一五年五月三〇日から個人情報保護法が施行され、同法によって個人情報の保護に関する諸規定が明文で定められ、その二三条一項においても、個人情報取扱事業者(個人情報を含む情報の集合物で電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの等を事業の用に供している者、同法二条一ないし三項参照)は、本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供することを原則として禁止されることになったが、法令に基づく場合(同法二三条一項一号)、国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき(同項二号)などは除外されており、弁護士法二三条の二の規定による照会や裁判所の調査嘱託に対する回答の場合には、正に前記の法令に基づく場合(同法二三条一項一号)に該当するもので、結局、これらの規定は、前記のような趣旨を明文化したものと考えられる(行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律八条一項、独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律九条一項にも同趣旨の規定があるが、これらも同様に解される。)。
七 なお、裁判所の調査嘱託において、求める情報に個人情報が含まれる場合に、裁判所がその本人の同意書を添付した上で嘱託をする扱いが仮にあったとしても、そのような扱いがあるからといって、上記の判断が左右されることがないのはむろんである。また、個人情報の中でも、前科及び犯罪経歴については、他の個人情報とは相当にその性格を異にするもので、法令上、その情報自体が秘密情報として、官公署の極めて限定された特定の部署に厳重に保管されることが予定され、選挙人名簿被登録資格調査、各種免許処分審理及び刑事事件の捜査や裁判、その他極めて限定された行政及び司法手続のためのみに使用することが予定された情報であるといえるから、上記のような銀行が保管する個人情報とは同一に論じられないものと解される(最高裁昭和五六年四月一四日第三小法廷判決・民集三五巻三号六二〇頁参照)。
八 このようにみてくると、本件事実関係の下で、被控訴人みずほが、大阪弁護士会からされた本件二三条照会①に対していったんこれを拒否したこと、被控訴人三井住友が、本件二三条照会②及び本件調査嘱託に対していずれも回答しなかったこと(以下、被控訴人らのこれらの拒否行為を一括して「本件各拒否行為」という。)は、本件預金口座①②についてのE田梅夫ら関係する本人の同意の有無に関わらず、大阪弁護士会に対する公的義務及び裁判所に対する公的義務に違反したものというほかはない。
九 次に、控訴人らが主張する被控訴人らの本件各拒否行為が、それぞれ、控訴人A野、控訴人会社及び控訴人C川との関係で、控訴人らの各人の権利を侵害するものとして、控訴人らの関係で違法であって、不法行為となるかどうかについて検討する。
確かに、前記説示のとおり、被控訴人らの本件各拒否行為は、被控訴人らの大阪弁護士会及び裁判所に対する義務に違反したものである。また、本件事実関係によれば、控訴人A野の代理人である前川弁護士は、被控訴人みずほに対し、直接に、顧客の承諾が得られないというだけでは回答拒否の理由にならないことを説明すると共に、本件預金口座①の開設者は無登録の貸金業者であると考えられ、回答が得られないと控訴人A野はその開設者から取立てを受け続けることになり、代理人としての受任の通知や告訴の手続をとることができないこと等を告げたもので、被控訴人みずほは、それでもなお、回答拒否の態度を続け、平成一四年九月二七日付けの大阪弁護士会会長及び大阪弁護士会司法委員会委員長作成の申入書の送付を受け、ようやく回答するに至ったものである。また、控訴人会社の代理人の植田弁護士らは、被控訴人三井住友に対し、平成一四年一一月一二日、直接に、本件二三条照会②及び本件調査嘱託の回答が得られなければ、控訴人会社側はいわゆるヤミ金融業者の正体をつかむことができず、同被控訴人の態度はヤミ金融業者の貸金回収に加担することになるなどと記載した書面を送付したが、それでも、同被控訴人は、回答拒否の態度を貫いたものである。これらの被控訴人らの本件各拒否行為は、個人情報の保護の趣旨を誤解した誤った判断の下に、弁護士会や裁判所に対して負っている法的義務に違反し、司法制度の維持のために弁護士会や裁判所が必要と判断した情報の提供を拒絶して、これに協力しなかったもので、社会的に非難されるべき行為であるといえる。
しかしながら、弁護士法二三条の二所定の照会や調査嘱託に対して回答すべき法的義務は、すでに説示したところからも明らかなように、司法制度上の重要な役割を担う公的性格の強い弁護士会や国の司法機関である裁判所に対する公的な義務であって、必ずしも、それを利用する個々の弁護士やその依頼者個人に対する関係での義務ではなく、それは同時に、個々の弁護士や依頼者がその権利として、被控訴人らに対し、上記の回答を求める権利を有するものとされているわけではないことを意味するものと解される。一般的には、弁護士法二三条の二所定の照会に対する回答や調査嘱託に対する回答の結果は、申出をした弁護士の依頼案件や裁判所の係属事件において、あくまでその事件の審理や事案の解明のための資料になるのであって、最終的にその弁護士側や調査嘱託の職権発動を求め又は調査嘱託の申立てをした者の側に必ず有利になるとも限らないものである。また、控訴人らが、直接に、被控訴人らに対し、本件二三条照会①②や本件調査嘱託に回答を求める実定法上の権利を有することを肯認する根拠規定(例えば特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律四条一項の発信者情報の開示請求に関する規定)も見当たらず(控訴人らは、本来、銀行に対し、直接の開示請求権を有するものであるかのような主張もするが、その趣旨も不明確であり、失当である。)、また、本件各拒否行為があったからといって、控訴人らの裁判を受ける権利が直ちに侵害されるものともいえない。したがって、被控訴人らの本件各拒否行為は、大阪弁護士会や裁判所に対する公的な義務に違反するものではあるが、原則的には、控訴人らの個々の権利を侵害するものではなく、また、控訴人らの法的に保護された利益を侵害するものとまでもいえないもので、民法七〇九条の「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」との要件には当たらないものと解される(なお、本件各損害賠償請求権の発生根拠として控訴人らが主張するのは、やや趣旨が不明確であるが、民法七一五条、七一〇条、七〇九条、会社法三五〇条のいずれかではないかと解されるが、いずれにしても、その責任根拠は民法七〇九条の要件と同じ要件が前提となるもので、同条の「法律上保護される利益を侵害した」との文言は、平成一六年法律第一四七号による改正で追加されたものであるところ、改正の前後を通じて同条の解釈が特に異なるものではないと解される。また、被控訴人らはいずれも法人であるから、民法七〇九条のみによって、被控訴人らに対し、その損害賠償請求をすることはできないと解される。)。また、控訴人らの主張の中に、被控訴人らにおいて、控訴人らがヤミ金融業者からの違法な取立行為に遭ってその生活が脅かされており、その違法な取立行為を防止するためには、上記の各回答が不可欠な状況であることを十分に認識したにも関わらず、それでもなお、被控訴人らは本件各拒否行為を継続して控訴人A野や同C川らの人格権を侵害したとの趣旨の主張が含まれるとしても、控訴人らのこのような窮状等を裏付ける資料を控訴人ら代理人らが被控訴人らに提供したことまでは認められず、本件全証拠を検討しても、被控訴人らが上記のような認識を有していたことまでは、これを認めるに足りる証拠はないというべきである。いずれにしても、被控訴人らの本件各拒否行為が控訴人らに対する関係で違法となることを肯認する事情は、認められない。
以上のとおり、被控訴人らの本件各拒否行為が控訴人らに対する関係で不法行為になるとは認められない。上記の判断に反する控訴人らの主張は、当審における補足主張も含めていずれも採用できない。
一〇 結論
以上によれば、控訴人らの本件各請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、いずれもこれを棄却すべきものである。
よって、控訴人らの請求を棄却した原判決は、結論において相当であって、本件各控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡邉等 裁判官 八木良一 樋口英明)
<以下省略>