大阪高等裁判所 平成18年(ネ)884号 判決 2006年6月29日
主文
1 本件附帯控訴に基づき,原判決主文第1,2項を次のとおり変更する。
(1) 控訴人らは,被控訴人に対し,各自677万6272円及びこれに対する平成15年2月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
2 本件控訴をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,控訴費用を除き,第1,2審を通じて,これを10分し,その3を被控訴人の,その余を控訴人らの各負担とし,控訴費用は控訴人らの負担とする。
4 この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 上記取消しに係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。
第2附帯控訴の趣旨
1 原判決を次のとおり変更する。
2 控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して,953万9834円及びこれに対する平成15年2月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(当審において請求を減縮)。
第3事案の概要
1 本件は,被控訴人が,横断歩道を歩行していた際,控訴人Aの運転するタクシーに衝突され,負傷したことから(以下,同事故を「本件事故」という。),同控訴人に対して民法709条に基づき,同控訴人の使用者である控訴人会社に対して民法715条に基づき,それぞれ,本件事故により被控訴人に生じた損害の賠償を求めたものである。
なお,被控訴人は,原審においては,損害金3184万5166円及びこれに対する本件事故の日である平成15年2月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めていたが,当審において,附帯控訴の趣旨第2項記載のとおり,請求を減縮した。
2 原判決は,被控訴人の請求のうち,394万7082円及び上記遅延損害金の支払を命じたが,控訴人らが敗訴部分について控訴を提起したところ,被控訴人が附帯控訴を提起した。
3 争いのない事実及び証拠によって容易に認定できる事実,争点,並びに争点に関する当事者の主張は,以下のとおり当審における当事者の主張を加えるほか,原判決「事実及び理由」欄第2「事案の概要」の1,2,3(1)(2)(原判決2頁6行目から5頁13行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決2頁19行目の「歯牙破損」を「歯牙破折」と改める。)。
4 当審における被控訴人の主張
(1) 被控訴人の損害
ア 被控訴人は,以下の損害の項目については,原判決の認容額に基づいて,以下のとおり,その請求を改める。
<ア> 治療費 134万6915円
<イ> 入院付添費 4万2000円
<ウ> 通院付添費 0円
<エ> 入院雑費 16万5100円
<オ> 通院交通費 6750円
<カ> 診断書作成費用 5万7830円
<キ> 休業損害 280万1248円
なお,有給休暇は,労働者のもつ権利として財産的価値を有するものであるから,他人による不法行為の結果,有給休暇を費消せざるを得なかった場合には,たとえ事故により欠勤したが有給休暇を振り当てたため,給与は全額支給されて計算上の休業損害が生じていない場合であっても,有給休暇の費消を財産的損害として賠償請求できるのは当然である。
<ク> 入通院慰謝料 220万0000円
<ケ> 後遺障害慰謝料 280万0000円
イ 逸失利益 1300万3746円
<ア> 逸失利益については,以下のとおり,控訴人の平成14年度の年収である1202万8890円に,労働能力喪失率14パーセントを乗じ,労働能力喪失期間である10年のライプニッツ係数7.72173493をさらに乗じて得られた1300万3746円をもって,相当とするというべきである。
<イ> 被控訴人は,株式会社B新聞社大阪本社(以下「B新聞社」という。)の即売部長であるところ,控訴人らは,被控訴人が知的労働の従事者であり,神経症状が残ったとしても,就労への支障がないと主張するが,被控訴人の担当する仕事は,新聞の販売部数の拡大のために,被控訴人自身が各地を回って顧客や販売店の店主等と実際に会い,折衝,接待を行うというものであって,多くの労力を要するものである。そして,被控訴人は,左前腕部の疼痛について,自賠責保険等級12級12号に当たるとの認定を受けたが,そのほかにも同等級に非該当とされた多数の障害が残っているのである。
<ウ> 被控訴人の年収は,本件事故当時,①1202万8890円であり,事故後いったん,②1206万0040円と増加し,その後,③1114万5610円と減少した。①と③,②と③とを比較すると,それぞれ7パーセント,9パーセントの減少となる。加えて,被控訴人は,上記後遺障害のため,特に長時間の移動,折衝等に困り,被控訴人の職務に大きな支障が出ているのであって,被控訴人が,同後遺障害により,以前よりも仕事ができなくなり,販売部数を伸ばせなくなったことが明らかであり,被控訴人がそのために昇進,昇給上の不利益を被る可能性は極めて高い。また,被控訴人は,屈伸運動やマッサージ,ストレッチをし,長距離の自動車の運転の際には,運転を代わってもらう人を同乗させる等の特段の努力をしている。
したがって,被控訴人の労働能力喪失率は14パーセントとするのが相当である。
<エ> B新聞社の現在の定年は60歳であるが,法律(高齢者等の雇用の安定に関する法律ほか)・通達の改正を受けて,定年を62歳,65歳に引き上げる予定である。また,同社では,定年に達した従業員は,系列会社に出向,再雇用され,68歳まで勤務するのが通常であり,役職も同社のものとほぼ同等の役職に就き,給与についても同社から支払われていたのとほぼ同額の給与の支払を受けている。したがって,被控訴人の同社での定年は65歳となり,被控訴人は定年後68歳まで系列会社に勤務するものであって,その給与の支払額にほとんど減少はない。
以上からすれば,原判決説示のとおり,被控訴人の労働能力の喪失期間は最低でも10年としなければならない。
ウ 以上合計 2242万3589円
エ 過失相殺後の損害(5対5) 1121万1795円
オ 弁護士費用 112万1179円
カ 以上合計額 1233万2974円
キ 既払額(自賠責保険金) 279万3140円
ク 損害額合計(請求額) 953万9834円
(2) 過失相殺
ア 乾燥路面における摩擦係数は,実務上,0.7が用いられるのであり,これを0.55又は0.6とする控訴人らの主張は認められない。
イ 控訴人らは,控訴人Aが運転していたタクシーの制動初速度を算定するについて,基準となるべきスリップ痕の長さについては,警察の実況見分により計測された長さから,同タクシーのホイールベースの長さを差し引くべきであると主張するが,仮に,そのような前提で計算しても,同タクシーの制動初速度は時速70キロメートルを超えることとなるから,同控訴人が,制限速度を時速20キロメートル以上超過する速度で運転していたことには変わりがない。
ウ 控訴人らは,控訴人Aが事故の回避行動をとったこと等を理由に過失割合の軽減を主張するが,同控訴人が制限速度を遵守していれば本件事故は起きなかったのであり,同控訴人が事故回避行動をとったことは意味がない。もともと,制限速度を時速20キロメートル以上超過する交通違反をしておきながら,自身が事故回避行動をとったこと等を理由に過失の軽減を主張すること自体,明らかに失当である。
エ 被控訴人が多量の飲酒をしていたことは認めるが,被控訴人が泥酔状態であったとすれば,被控訴人は千鳥足でゆっくりと横断していたはずであるから,控訴人Aに前方不注視があったことは明らかである。
オ 被控訴人は,被控訴人の対面信号は青色であったとの主張を維持するが,仮に,本件事故当時,被控訴人の対面信号が赤色であったとしても,控訴人Aが制限速度を時速20キロメートル以上超過して運転していたこと,同控訴人が前方不注視であったことからすると,被控訴人の過失は最高でも50パーセントに止まるというべきである。
5 当審における控訴人らの主張
(1) 過失相殺
ア 原判決は,本件事故態様が交差点における歩行者の赤信号無視の事案であるとしながら,控訴人Aが制限速度を時速20キロメートル以上超過して走行していたとして,過失相殺割合を,被控訴人6に対し,同控訴人4と判定したが,以下の事情からすると,被控訴人の過失割合は70パーセントを下ることはない。
イ 原判決は,乾燥路面の摩擦係数を0.7とし,制動痕の長さが,右側が30.4メートル,左側が30.0メートルであったとして,控訴人Aの運転するタクシーの制動初速度を計算している。しかし,摩擦係数は0.55もあり得るし(当審提出の乙6),制動痕の長さはホイールベース分(2.85メートル)長くなっているから,これを基に計算すると,制動初速度は時速62.19キロメートルとなる(摩擦係数を0.6としても,時速64.95キロメートルとなる。)。
ウ 一方,被控訴人は,本件事故当時,多量に飲酒しており,事故後に搬送された病院で計測されたアルコール保有量は,血中濃度で420.0mg/dlというのであって,意識は消失し,昏睡状態となるという死亡に至る少し手前の状況であった。すなわち,被控訴人は,事故回避の能力を全く欠く状態で,一般の交通の場に出現し,本件事故を惹き起こしたのである。被控訴人が通常の能力を有する状態であれば,信号無視をしても,事故回避の行動をとることができ,本件事故を回避することができた可能性もある。その能力を失っていた者とそうでない者とを同一に考えるのは相当ではなく,被控訴人の過失割合が加重されて当然である。
エ 被控訴人が横断しようとしたのは,交通量の大きい,中央線のある片側2車線の国道であり,赤信号無視の横断は,事故必至と言っていいほどの極めて危険な行動である。そのような現場に,事故回避の能力を全く欠いて出て行った被控訴人の過失は重大といわざるを得ない。
(2) 入院付添費
原判決は,「入院中の原告に見舞いの限度を越える付添があったとの形跡は見当たらず」と正当に認定しながら,本件事故当日から7日分について,近親者付添の必要を認める。
しかしながら,損害として加害者に賠償請求が認められる近親者入院付添費は,その付添が医学的に必要と認められるものでなければならず,単に近親者の情として見舞いのために病室に赴くのは,加害者に対し,金銭的請求ができる対象となるものではない。被控訴人は,事故当日から14日間,集中治療室に入院したものであり,そこに私的介護の入る余地は全くないのであって,原判決の判断は誤りである。
(3) 診断書作成費用
原判決は,診断書作成料,明細書料として5万7830円を要したと認めて,同額を損害とした。
しかし,本件では,C病院の診療報酬明細書をみると,診断書及び明細書の費用として,通数4(1万4800円。甲11の5),通数6(1万7940円。甲11の6)及び通数5(1万0690円。甲11の7)というものがあり,これらは被控訴人がかけている保険への提出用が含まれていたり,同じ文書の二重計上も考えられる。
(4) 有給休暇の損害賠償
ア 被控訴人に対しては,休業期間中の給与が支払われているのであるから,被控訴人に現実の休業損害は生じていないが,その反面,有給休暇日数を費消しており,これをどのように評価すべきかが問題となる。
しかし,有給休暇は,有給で休業ができる利益であって,有給休暇を他に譲ったり,あるいは会社に買い上げてもらえる権利ではない。そうでないのに,原判決のように算定すれば,被控訴人の平成15年度の年収額は,結果的に1486万1288円(給料1206万0040円,有給休暇85日分の休業損害280万1248円)となってしまい,その結果はいかにも不公平である。有給休暇の日額を機械的に算出する粗雑な算定方法が生み出す不条理な結論というほかない。
イ このような点を考慮し,有給休暇使用によって休業損害が生じなかった以上,休業損害が生じる余地はないと正しく判定し,しかしそれを慰謝料で評価する裁判例が少なくない。
280万円もの存在しない損害を認定した原判決の判断は誤りである。
(5) 後遺症による逸失利益
ア 原判決は,被控訴人の減収率を8パーセントと認め,被控訴人の勤務先であるB新聞社が定年を62歳,65歳と引き上げていく予定であると認めた上,被控訴人の労働能力の喪失は今後10年間と見込むのが相当として,743万円余の逸失利益を認めた。
イ しかし,被控訴人は,知的労働の従事者であり,神経症状の後遺障害が残ったとしても,就労への支障はほとんどないと思われる。現に,本件事故のあった平成15年の年収は増加しているのであり,被控訴人の身体的故障がその年の年収の消長に影響を及ぼさないか,及ぼしても少ないことを推認させるに十分である。
原判決は,平成16年の年収が減少しているなどをとらえて,労働能力喪失率を8パーセントとしたが,同年の給与額がなぜ減少したのかについては,被控訴人において証明されておらず,漠然と8パーセントと認定するのは理に反する。
ウ 原判決は,喪失期間については,10年と認定したが,これは上記のとおり,定年が62歳,65歳と引き上げられていく予定であると認められるからであるという。しかし,「高齢者等の雇用の安定等に関する法律」があるからといって,私企業として無理な雇用体制を採用することはできないし,これを強制する方法もない。B新聞社の定年は60歳のままであるし,役職定年の制度もあるであろう。被控訴人が65歳まで即売部長のポストに据わり続け,年収額も減少しないで維持できるなどとは到底考えられない。原判決が,被控訴人の逸失利益を年収1202万円余を基準として固定し,その8パーセント(年額96万円余)を10年間にわたって喪失すると認定したのは,極めて非現実的であって,妥当ではない。
第4当裁判所の判断
1 事故態様と過失相殺等について
(1) 本件事故の態様,控訴人らの責任原因及び過失相殺割合については,原判決が「事実及び理由」欄第3「当裁判所の判断」の1(1)ないし(3)(原判決8頁24行目から11頁11行目まで)において認定,判断するとおりであるから(過失割合は,被控訴人につき6,控訴人Aにつき4とするのが相当である。),これを引用する。
(2) 控訴人らは,控訴人Aの運転していたタクシーの制動初速度を計算するに当たり,同車の制動痕の長さを,左側30.0メートル,右側30.4メートルとするのは,同車のホイールベースの長さを考慮していないから,不当であると主張するが,本件事故における実況見分調書(乙1)によると,上記制動痕は,左右とも前輪のものであることが認められるから,これらが後輪のものを含むことを前提とする控訴人らの上記主張は採用することができない。
また,控訴人らは,本件事故現場は,アスファルト舗装であり,当時,乾燥していたから,上記制動初速度を計算する基礎となる摩擦係数は0.55から0.6を採用するべきであると主張する。しかしながら,原判決の説示するとおり,摩擦係数は0.7を採用するのが相当である上,仮に控訴人らのいうように,摩擦係数を0.55としても,上記制動痕の長さからして,上記初速度は時速約65.37ないし65.80キロメートルと計算されるのであり(摩擦係数を0.6とすれば,時速約68.29ないし68.73キロメートル),控訴人Aは,いずれにせよ,制限速度(時速50キロメートル)を時速15キロメートル以上超過した速度でタクシーを走行させていて,本件事故を惹起したことになり,同控訴人と被控訴人との過失割合に影響を及ぼすものとはいえないから(東京三弁護士会交通事故処理委員会編・民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準平成16年版119頁及び124頁参照),控訴人らの上記主張も採用することができない。
なお,被控訴人が泥酔状態で,赤信号を無視し,幹線道路を横断しようとしたことは,上記過失割合を算定するについて,すでに織り込み済みの事実であるから,この点に関する控訴人らの主張も理由がない。
2 被控訴人の損害について
被控訴人が本件事故により受けた損害は,以下のとおりであると認められる。
(1) 治療費 134万6915円
被控訴人の治療費が134万6915円と認められることは,原判決「事実及び理由」欄第3「当裁判所の判断」の3(以下「損害欄」という。)(1)ア(原判決12頁11行目から16行目まで)に説示するとおりであるから,これを引用する。
(2) 付添看護費 4万2000円
原判決の損害欄(1)イ(ア)(原判決12頁18行目から13頁4行目まで)に認定するとおりであるから,これを引用する。
控訴人らは,原判決が,被控訴人が集中治療室において治療を受けていて,医学的に私的な介護を容れる余地がない期間について,控訴人らに付添看護費の支払を命じたことは不当である旨主張するが,現実に病院を訪れた近親者が被害者の看護を行っていなくても,事故の被害者が重篤であるなどの事情のもとでは,容体の安定するまでの期間など相当の期間につき,近親者の付添看護費の支払を認容することは,不当とはいえず,被控訴人の入院の翌日から7日間につき,その支払を命じた原判決の判断は相当である。
(3) 通院付添費 0円
被控訴人は,当審において,通院付添費を請求しないので,同項目の損害として認定しない。
(4) 入院雑費 16万5100円
原判決の損害欄(1)ウ(原判決13頁11行目から17行目まで)に認定するとおりであるから,これを引用する。
(5) 通院交通費 6750円
原判決の損害欄(1)エ(原判決13頁18行目から24行目まで)に認定するとおりであるから,これを引用する。
(6) 診断書作成費用 5万7830円
原判決の損害欄(1)オ(原判決13頁25行目から14頁1行目まで)に認定するとおりであるから,これを引用する。
控訴人らは,被控訴人が多数の診断書や明細書の発行を受けているが,これらの内には,被控訴人が保険会社に提出するものが含まれていたり,同じ文書の二重計上も考えられると主張するが,そのような事情を窺わせるに足りる証拠はなく,上記主張は採用することができない。
(7) 休業損害(有給休暇費消分相当額) 280万1248円
原判決の損害欄(2)ア(原判決14頁5行目から15行目まで)に認定するとおりであるから,これを引用する。
控訴人らは,有給休暇を使用することによって,被控訴人には現実の休業損害が生じなかったのであり,有給休暇が,他に譲ることができたり,会社に買い上げてもらえる権利ではないこと,原判決のように算定すれば,被控訴人の平成15年度の年収額は,結果的に実収入額を上回るものとなってしまい,その結果はいかにも不公平であることから,被控訴人に上記休業損害を認定するのは誤りであると主張する。
しかしながら,被控訴人において,本件事故により欠勤することの不利益を免れる意味で,本来なら自由に使用することができる有給休暇の日を,本件事故による療養に充てたと考えられるから,これらの日を休業損害算定のための基礎日数にすることは不当とはいえず,控訴人らの上記主張は採用しない。
(8) 後遺症による逸失利益 1300万3687円
ア 被控訴人は,本件事故の前年である平成14年において,勤務先であるB新聞社から,1202万8890円の給与収入を得ていたところ(甲15),平成16年7月1日,左前腕に疼痛を残して症状固定とされ(甲8の1),損害保険会社から同症状が自賠法施行令別表2における12級12号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当するものと認定されたのであり(甲9),上記症状については同認定をもって相当とするというべきであるから,被控訴人は,本件事故により,14パーセントの労働能力を喪失したというべきである。
そして,被控訴人は,上記症状固定時は55歳であり,今後,12年間は就労が可能であると認められるから,その範囲内で,被控訴人の主張する10年間の上記逸失利益は,1300万3687円(円未満切捨)となる。
計算式:12,028,890×0.14×7.7217≒13,003,687
7.7217は10年のライプニッツ係数(年金現価表)である。
イ 控訴人らは,神経症状の後遺障害は知的労働の従事者である被控訴人の就労に支障をほとんど及ぼさないこと,「高齢者等の雇用の安定等に関する法律」があるからといって,被控訴人が65歳まで即売部長のポストに据わり続け,年収額も減少しないで維持できるなどとは到底考えられないことを主張して,被控訴人の労働能力喪失率を8パーセントとし,労働能力喪失期間を10年と認定した原判決を非難する。
しかしながら,被控訴人の後遺障害の等級及びその労働能力喪失率が14パーセントであることは前記アに説示するとおりである。そして,甲第18,第20号証によると,被控訴人は,B新聞社の即売部長として,その仕事はデスクワークを中心としているものの,1か月に10日ほどは,担当地区である中国・四国エリアの販売局を訪れて,販売促進のために報告や指導を行っていること,1時間程度いすに座っていると左足の関節部分を動かすことが困難となるため,会議の時には30分おきに屈伸運動をしたり,会社では座高の高いいすを使用していること,長時間の移動や和室での接待についても不便や困難を感じるため,他人に代わってもらっていること,自動車で長距離を運転する時には途中で運転を代わってもらえる人を同乗させていること,雨の日は自己の負担でタクシーにより出勤していること,移動の際には鞄を左手で持てないため右手に負担がかかり,出張先ではマッサージを呼ぶことが多くなったことが認められるのであり,本件事故の翌年度以降の被控訴人の現実の収入に変動がほとんど見られないとしても,それは被控訴人の努力により上記後遺障害による減収を防いでいることによるものと認められるから,被控訴人の今後の稼働可能年数である12年を下回る10年間の逸失利益の発生は,最低限認められるというべきであり,控訴人らの上記主張は失当である。
(9) 慰謝料 500万0000円
被控訴人の入通院慰謝料として220万円,後遺障害慰謝料として280万円をそれぞれ認めるのが相当であることは,原判決の損害欄(3)(原判決15頁7行目から15行目まで)に認定するとおりであるから,これを引用する。
(10) 小計 2242万3530円
(11) 過失相殺後の損害額 896万9412円
(12) 既払金 △279万3140円
(13) 合計 617万6272円
(14) 弁護士費用 60万0000円
(15) 認容額 677万6272円
3 以上の次第で,被控訴人の本訴請求は,上記損害金677万6272円及びこれに対する前記遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これと結論を異にする原判決は変更を免れない。
よって,原判決を変更し,被控訴人の請求を上記の限度で認容し,その余を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 菊池徹 裁判官 市村弘)