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大阪高等裁判所 平成18年(ラ)439号 決定 2006年6月27日

兵庫県●●●

抗告人

●●●

京都市下京区烏丸通五条上る高砂町381-1

相手方

株式会社シティズ

同代表者代表取締役

●●●

主文

原決定を取り消す。

相手方の移送の申立てを却下する。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨及び理由は,別紙「移送決定に対する即時抗告申立書」及び「抗告理由書」に記載のとおりであり,相手方の反論は,別紙「意見書」に記載のとおりである。

第2当裁判所の判断

1  一件記録によると,次の事実が認められる。

(1)本案事件は,貸金業者である相手方から金銭を借り入れてその弁済を続けてきた抗告人が,利息制限法所定の制限の範囲内で充当計算をすると,過払金が生じていると主張して,不当利得返還請求権に基づき,305万6652円(最終弁済日である平成18年3月9日時点における過払金276万5984円と同日までの過払金につき生じた商事法定利率年6分の割合による法定利息29万0668円との合計額)及び内金276万5984円に対する訴状送達の日の翌日である平成18年3月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(2)抗告人は,平成11年9月28日,相手方から,同年10月から平成16年9月まで毎月15日に6万6000円(最終弁済金は10万6000円)ずつ分割弁済し,年29.80%の割合による利息を支払う旨の約定で400万円を借り入れた(以下「本件消費貸借契約」という。)。

(3)本件消費貸借契約締結の際,抗告人と相手方との間で取り交わされた金銭消費貸借契約証書には,1項から12項までの条項が存在しており,1項で元金の分割返済,2項で利息,3項及び4項で返済方法,5項で期限の利益喪失,6項で遅延損害金,7項で弁済の充当方法,8項で保証人の債務,9項で交付書面,10項で従前の借用金との関係が定められた上,11項において,「訴訟行為については,姫路簡易裁判所を以て専属的合意管轄裁判所とします。※支払いに際しては,本書記載の計算式及び受取証書を基に,元金・利息・損害金を確認の上,お支払い下さい。」旨が記載されている(以下「本件条項」という。)。また,本件消費貸借契約締結の際,抗告人が相手方から交付を受けた貸付契約説明書と題する書面にも,上記金銭消費貸借契約証書と同一の条項が記載されている。

(4)抗告人は,相手方に対し,平成11年9月28日から平成18年2月17日までの間,90回にわたって弁済を繰り返してきたが,各弁済のうち利息制限法1条1項所定の制限額を超えて利息として支払った部分を元本に充当すると過払金276万5984円が生じていることが判明したとして,同年3月10日,本案事件を神戸地方裁判所姫路支部に提起した。本案事件における主要な争点は,① 90回に及ぶ上記弁済について貸金業法43条1項によるみなし弁済が成立するかどうか,② 相手方が民法704条に基づき悪意の受益者として過払金に商事法定利率である年6分の割合による法定利息を付して返還する義務を負うかどうか,といった点であると考えられる。

(5)相手方は,兵庫県姫路市に姫路支店を有しており,本件消費貸借契約は,相手方の姫路支店において締結された。一方,抗告人は,兵庫県●●●に居住している。なお,本案事件が提起された神戸地方裁判所姫路支部は,姫路簡易裁判所と同一庁舎内にある。

2  相手方は,本件条項は本件消費貸借契約に関連する一切の訴えについて姫路簡易裁判所を管轄裁判所とする専属的合意管轄の定めであると解すべきであり,神戸地方裁判所姫路支部は本案事件について管轄権を有しない旨主張する。

確かに,本件条項中の「訴訟行為については,姫路簡易裁判所を以て専属的合意管轄裁判所とします。」という記載は,一見すると,本件消費貸借契約に関連する一切の訴えについて姫路簡易裁判所を管轄裁判所とする旨を定めたもののようにみえなくもない。

しかしながら,前記1で認定したとおり,① 本件消費貸借契約に係る金銭消費貸借契約証書及び貸付契約説明書には,1項で元金の分割返済,2項で利息,3項及び4項で返済方法,5項で期限の利益喪失,6項で遅延損害金,7項で弁済の充当方法,8項で保証人の債務,9項で交付書面,10項で従前の借用金との関係が定められており,本件条項は,これらの条項の後に記載されている上,② 本件条項には,「訴訟行為については,姫路簡易裁判所を以て専属的合意管轄裁判所とします。」という文言に引き続いて,わざわざ※印を付した上,「支払いに際しては,本書記載の計算式及び受取証書を基に,元金・利息・損害金を確認の上,お支払い下さい。」と記載されているのであるから,本件条項を全体としてみると,約定どおりに元金,利息及び損害金が支払われない場合に提起される訴訟行為の管轄裁判所を姫路簡易裁判所とする旨を定めた規定であるとみることもできるのであって,本件条項をもって,直ちに本件消費貸借契約に関連する一切の訴えについて姫路簡易裁判所を管轄裁判所とする趣旨の規定であると断ずることはできない。

3  また,この点を暫く措くとしても,地方裁判所は,訴訟がその管轄区域内の簡易裁判所の管轄(専属的管轄の合意がされた場合を含む。)に属する場合においても,相当と認めるときは,申立て又は職権により訴訟を簡易裁判所に移送することなく,自ら審理裁判することができるものとされており(民訴法16条2項),他方,簡易裁判所は,訴訟がその管轄に属する場合においても,相当と認めるときは,申立て又は職権により訴訟をその所在地を管轄する地方裁判所に移送することができるものとされている(同法18条)。これらの規定は,簡易裁判所においては,合議制が排除され(裁判所法35条),簡易裁判所判事の任用資格も緩和されている上(同法44条,45条),簡易な訴訟手続が定められていることから(民訴法270条以下),簡易裁判所よりも地方裁判所の方が慎重な審理を期待することができ,地方裁判所で審理裁判することは,当事者にとって利益になることはあっても,不利益をもたらすことはないという見地に立って定められたものである。このような上記各規定の内容や立法趣旨に照らすと,民訴法16条2項にいう「相当と認めるとき」に当たるかどうかは,上記のような簡易裁判所の特殊性,当該事件の内容,予想される争点,関連事件の係属の有無等の諸事情を考慮して柔軟に解するのが相当であり,これを限定的に解すべきではない。

そこで,このような見地から本件についてみるに,前記1で認定した事実によると,① 本案事件の訴額は,簡易裁判所の事物管轄に含まれる訴額の上限(140万円)をはるかに超えており,本案事件は,もともと地方裁判所の事物管轄に属する事件であること,② 本案事件においては,90回に及ぶ弁済について貸金業法43条1項によるみなし弁済が成立するかどうかや,相手方が民法704条に基づき悪意の受益者として過払金に商事法定利率である年6分の割合による法定利息を付して返還する義務を負うかどうかといった点が争点になるものと予想されるところ,前者については弁済回数が多数回に上り,後者については解釈上争いのある法律問題を含んでいることから,ある程度慎重に弁論を重ねる必要があると考えられる事案であること,③ 本案事件が提起された神戸地方裁判所姫路支部は,移送先である姫路簡易裁判所と同一庁舎内にあり,本案事件がこれらの裁判所のいずれで審理されても,当事者や証人等の出頭の便宜に違いはないこと,④ 簡易裁判所における審理の特徴は,地方裁判所よりも簡易な手続によって迅速な紛争解決を図ることにあるが(民訴法270条参照),本案事件を提起した抗告人は,このような簡易裁判所における簡易な手続を望まず,地方裁判所において慎重な審理裁判が行われることを希望していること等を指摘することができるのであって,これらの諸事情に照らすと,本案事件は,姫路簡易裁判所において審理裁判するよりも,本案事件が提起された神戸地方裁判所姫路支部において審理裁判するのが相当であるというべきである。

4  以上によると,相手方の移送申立ては,いずれにしても理由がないからこれを却下すべきである。よって,これと結論を異にする原決定を取り消し,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 島田清次郎 裁判官 片岡勝行 裁判官 福井章代)

<以下省略>

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