大阪高等裁判所 平成18年(ラ)58号 決定 2006年7月31日
抗告人(原審相手方)
A
相手方(原審申立人)
B
主文
1 原審判を次のとおり変更する。
「抗告人は,相手方に対し,金125万円を支払え。」
2 抗告費用は,抗告人の負担とする。
理由
第1事案の概要等
1 事案の概要
(1) 妻(相手方)が別居中の夫(抗告人,タイ王国バンコク市居住)に対して婚姻費用の分担(平成14年11月から平成17年1月までの27か月分の未払分189万円[1か月当たり7万円]及び同年2月以降月額14万円)を求めた事案である(平成17年3月×日調停申立て,同年×月×日原審判手続移行)。
(2) 原審は,平成17年12月21日,抗告人には,婚姻費用として,平成17年3月から同年10月までは合計88万円,同年11月以降は月額12万円の各支払義務があると定め,抗告人に対し,同年11月までの未払金65万円を即時に,同年12月以降は月額12万円を相手方に支払うよう命じる旨の原審判をした。
(3) 抗告人は,原審判を不服として即時抗告をした。
なお,相手方は,抗告人の平成18年4月に退職したとの主張を受け,当審において,抗告人に対して支払を求める婚姻費用分担の終期を平成18年4月までに限定する旨の申出をした。
これが本件である。
2 抗告の趣旨及び理由
(1) 抗告人は,原審判を取り消し,本件を原審に差し戻す旨の裁判を求めた。
(2) 抗告理由の要旨は,次のとおりである。
ア 抗告人は,相手方との別居後,タイ国人女性のC(以下「内妻」という。)と内縁関係にあり,同女との間に,D及びEの二子をもうけ,これらの者を現に扶養している。
しかるに,原審判がこの事実を考慮せずに抗告人の相手方に対する婚姻費用の分担額を算定したのは,不当である。
妻や子を養うことは,法律以前の義務・公序であり,特に,子については,認知の有無にかかわらず,父として扶養義務を負うはずである。認知をしていないから扶養義務を負わないとする原審判の判断は,誤りである。
のみならず,抗告人は,平成18年×月×日,D及びEを認知したから,いずれにしても,原審判は変更されるべきである。
イ 抗告人は,平成18年4月×日付けで,それまで勤めていた会社を退職した。
したがって,抗告人と相手方は,今後の婚姻費用の分担について,改めて協議する必要があるので,本件を原審に差し戻すべきである。
第2当裁判所の判断
1 本件は,渉外家事事件に該当するところ,本件に顕れた事実関係によれば,その国際裁判管轄は,我が国に属し,また,その準拠法は,認知に関する部分を含め我が国の民法が適用されるものと解される。
2 事実関係
(1) 記録によると,原審判1頁24行目から3頁4行目までに記載の事実が認められる。
(2) 当審記録によると,更に,次の事実が認められる。
ア 抗告人は,内妻との間に,Dをもうけた後,平成17年×月×日,更に,Eをもうけた。
イ 抗告人は,平成18年×月×日,D及びEを認知した。
ウ 抗告人は,平成18年4月×日付けで,それまで勤めていた株式会社○○を退職した。
3 上記認定の事実に基づき,抗告人の婚姻費用分担義務及び分担額について検討する。
(1) 本件においては,抗告人と相手方が別居に至った原因が,専ら又は主として相手方にあるとは認められないから,抗告人は,相手方及び相手方との間の長男Fに対し,いわゆる生活保持義務(自己と同程度の生活を扶養権利者にも保持させる義務)を負うものであり,この義務の履行として,相手方の婚姻費用を分担すべきである。
抗告人による婚姻費用分担の始期は,原審判と同じく,相手方が本件調停を申し立てた平成17年3月とするのが相当である。
また,本件で定めるべき婚姻費用分担の終期については,相手方が,本件において抗告人に対して婚姻費用の支払を求める範囲を,当審において,抗告人の退職した時期までに限定する申出をしたことを考慮し,平成18年4月までとする(したがって,抗告理由イのうち,退職後の婚姻費用の分担について,改めて協議するため,本件を原審に差し戻すべきであるとの主張は,採用しない。平成18年5月以降当事者が離婚又は別居解消までの婚姻費用の分担は,本件とは別の手続により定められるべきである。)。
(2) そこで,東京・大阪養育費等研究会の提案にかかる婚姻費用の算定方式(判例タイムズ1111号掲載),いわゆる標準算定方式に基づいて,抗告人が分担すべき婚姻費用の額について検討する。
ア 抗告人及び相手方の総収入及び基礎収入(いずれも年額)は,原審判と同じく,次のとおり認められる。
(ア) 抗告人(全期間を通じて)
総収入 761万8400円
基礎収入 266万6440円(総収入の35%とする。)
なお,タイ国と日本の物価の差を考慮して,基礎収入の割合を更に高く設定することも考えられるところであるが,ここでは,相手方から即時抗告のないことを考慮して,抗告人に有利に扱うこととする。
(イ) 相手方
a 平成17年3月から同年6月まで
総収入 232万3704円
基礎収入 88万3008円(総収入の38%)
b 平成17年7月から同年10月まで
総収入 172万3344円
基礎収入 65万4871円(総収入の38%)
c 平成17年11月以降
総収入 118万3046円
基礎収入 48万5049円(総収入の41%)
イ 抗告人は,相手方及びFのほか,内妻との間にもうけたD及びEに対しても,扶養義務(生活保持義務)を負う。抗告人は,平成18年×月×日にD及びEを認知したものであるが,認知の遡及効(民法784条)により,それぞれの出生時に遡って扶養義務を負うものである。
抗告人は,以上に加えて,抗告人の内妻に対する扶養義務も考慮すべきである旨主張するが,抗告人は,相手方との婚姻関係を法的に解消しないまま,内妻との関係を継続しているものであり,しかも,抗告人と相手方の別居は,専ら又は主として相手方に原因があるとはいえないのであるから,少なくとも相手方に対する関係において,抗告人が内妻を扶養しているとして,相手方に支払うべき婚姻費用の減額を主張することは,信義則に照らし許されないというべきである。
抗告理由アは,上記説示の限度で理由があるにとどまる。
ウ ところで,前記標準算定方式では,親の生活費指数を100としたとき,15歳未満の子の生活費指数は55とするとされているが,これは,当該人が我が国内で生活していることを前提とするものである。
しかるに,本件においては,抗告人,D及びEはタイ国に,相手方及びFは日本に,それぞれ生活の本拠を置いているところ,タイ国の物価が日本に比べて格段に安いことは公知の事実であり,タイ国では,日本の半額程度の費用で生活することが可能であると推認される。
したがって,本件において,各人の生活費指数は,抗告人50,D及びE各27.5,相手方100,F55とするのが相当である(なお,D及びEについては,内妻も生活保持義務を負うものであるが,D及びEの年齢に照らすと,同女に稼働を期待することは相当でないので,その稼働能力を考慮しないものとして,D及びEの生活費指数を上記のとおりとするものである。)。
エ そうすると,抗告人が分担すべき婚姻費用の額は,次のとおり試算される。
(ア) 平成17年3月から同年6月まで
抗告人の基礎収入266万6440円は,抗告人,相手方,F及びDの生活費に,相手方の基礎収入88万3008円は,抗告人,相手方及びFに割り振られることになるから,上記の生活費指数の割合で按分して,相手方及びFに割り振られる生活費の額を求めると,244万5267円となる。
2,666,440円×(100+55)/(100+50+55+27.5)=1,777,627円
883,008円×(100+55)/(100+50+55)=667,640円
1,777,627円+667,640円=2,445,267円
そして,そのうち88万3008円は,相手方の基礎収入で賄われることになるから,抗告人が相手方に支払うべき婚姻費用の額は,月額13万0188円と試算される。
2,445,267円-883,008円=1,562,259円
1,562,259円÷12=130,188円
(イ) 平成17年7月から同年10月まで
抗告人の基礎収入266万6440円は,抗告人,相手方,F及びDの生活費に,相手方の基礎収入65万4871円は,抗告人,相手方及びFに割り振られることになるから,上記の生活費指数の割合で按分して,相手方及びFに割り振られる生活費の額を求めると,227万2773円となる。
2,666,440円×(100+55)/(100+50+55+27.5)=1,777,627円
654,871円×(100+55)/(100+50+55)=495,146円
1,777,627円+495,146円=2,272,773円
そして,そのうち65万4871円は,相手方の基礎収入で賄われることになるから,抗告人が相手方に支払うべき婚姻費用の額は,月額13万4825円と試算される。
2,272,773円-654,871円=1,617,902円
1,617,902円÷12=134,825円
(ウ) 平成17年11月から平成18年4月まで
抗告人の基礎収入266万6440円は,抗告人,相手方,F,D及びEの生活費に,相手方の基礎収入48万5049円は,抗告人,相手方及びFに割り振られることになるから,上記の生活費指数の割合で按分して,相手方及びFに割り振られる生活費の額を求めると,195万6352円となる。
2,666,440円×(100+55)/(100+50+55+27.5+27.5)=1,589,608円
485,049円×(100+55)/(100+50+55)=366,744円
1,589,608円+366,744円=1,956,352円
そして,そのうち48万5049円は,相手方の基礎収入で賄われることになるから,抗告人が相手方に支払うべき婚姻費用の額は,月額12万2609円と試算される。
1,956,352円-485,049円=1,471,303円
1,471,303円÷12=122,609円
オ 以上の試算結果によれば,抗告人が平成17年3月から同年10月までの間に支払うべき婚姻費用の額が,合計88万円を下回ることはなく,また,同年11月以降支払うべき婚姻費用の額が,月額12万円を下回ることもない。
本件では,相手方が原審判に対して即時抗告をしていないこと,その他本件に顕れた一切の事情を勘案して,抗告人が支払うべき婚姻費用の額は,原審判と同じく,平成17年3月から同年10月までの間は合計88万円,同年11月から平成18年4月までは月額12万円(毎月末日払い)と定めるのが相当である(なお,抗告人は,平成18年4月20日付けで退職しているが,退職に当たっては,同日までの給与のほかにも相応の退職金の支給があったものと推認できるから,平成18年4月についても,12万円の支払義務と定める。)。
カ 記録によると,平成17年11月までに合計35万円の既払いがあったことが認められるが,その後については,双方から何らの主張立証がないため,婚姻費用に関する既払いがあったとは認められない。
そうすると,抗告人に対しては,平成17年3月から平成18年4月までの婚姻費用として,合計125万円を,相手方に支払うよう命じるのが相当である。
880,000円+120,000円×6-350,000円=1,250,000円
4 以上のとおり,原審判後に事情の変更があったので,現時点において原審判は相当でなく,本件抗告は,その限りで理由があるといえるから,原審判を変更することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 松本久 村田龍平)